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-件のコメント

[C4125] >根本的な水質改善

意識改革なのだと言っていますが、そうかも知れないとは思いました。これは概念の変化ということと一致するかと思ったからです。
ただ、その改革を行うことは人ではないのだろうと思いました。
サッカーのみならず、いままで変化を遂げて成果を出したことというのは、実は外からの環境から変わることでその結果が生まれたものなのに、人間さんが勝手な解釈(内面の意識が変わったことでうまくいったのだ)をされ続けてきたのかも知れないと思いました。
オシム監督はそのことをあらかじめ判っておられるのだろうかと思いました。

[C3758] 根本的な水質改善



>「原因」は選手なのであって、それを根本的に変えなければダメなんだよ・・そういう世界に長いこと、いました。

オシムはそういう考え方を持っていない・・・
まったく今までにない監督なんだなって思いました。
今までは見なかったスポーツニュースなどオシムの話を見るのが癖になるかもしれないと思いました。
  • 2006/09/05-03:55:59
  • 投稿者 : Ciel
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[C3613] >根本的な水質改善

こういう比喩をされる選手たちの気持ちを考えたことあるのか!このライターさんは!!!
あ、ライターさんじゃなくって評論家サマなんでしたか。とってもエライ方が書いたんでしょネ。
けれど、サポーターやファンなど多くの人がこういうのを読んですっかり染まった目で選手を見ることを考えれば、マスコミの無責任さにゃ腹が立ちます!
選手を萎えさせて負けることを望んでいるのかと!!!
評論家サマも、以前には多くの人の心を打つ著作があったと思います。私も図書館で借りて読み感動しました。
それがいつのまにかこんなエラい文章家になられていたとは驚きです・・
積み上げてしまったんですねーコワイことです別人だ・・

私は中田ヒデ選手引退のとき、泣きました。
心情あふれる文章に再度泣きました。
彼のすさまじい真剣さと、その裏にある同じくらいかそれ以上の孤独がほんの少しでも感じられる気がして泣きました。
そう感じることができたのは、もりけんさんのサイトに参加しているからこそだとも感じました。
もりけんさんや中田ヒデ選手・・そういった真剣さの存在を知るどころかイメージすることさえ困難な人がほとんどだと思えるので、彼らを理解できるの人は、ほとんどいないのではと思われます。
イチローになれるのなれなかったの表現もアッタマ来ました。比較できる問題か!比較にどんな意味がある!!
評論家やライターさんは、黒子になってこそではないのかと思います。
今後は、マスコミが高いところからエラそうに言うことをせせら笑いながら、オシムジャパンに注目しようと思います。
マスコミもオシム語録にゃかないそうもない予感です・・
  • 2006/08/30-09:50:49
  • 投稿者 : ゆくえ
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[C3597] 原因が選手じゃないなら

原因が選手の質だけの問題なら、日本のサッカーは、新しい人材が出てくるまで勝てないということになります。
言い訳上手な人の言い訳になりそうです。監督のせいじゃない・・と。

チラッと聞いただけですが、オシム氏の練習は、相手の動きを考えて自分の行動を考える・・だったと思います。

しかも、まずそのパターンの練習をしていたと思います。将棋でも囲碁でもまず、いろんなパターンを覚えることから入ります。

今までのサッカーを見ていて、そのことが出来ていなかったから、ひきうけたのではないかと思いました。

と書いて、ここで、サッカー論議をしたいわけじゃないと思いました。知ってることは、ついつい書きたくなるもので。

自分を変えずに周りを動かすことで、自分が変わっていくというか、全体が変わるという方法をオシム氏はしっているのだと思いました。

[C3563] >根本的な水質改善


水質改善が必要であるということは選手の質が悪いといいたいのかもしれません。
でも、もしかしたら、選手の質は悪くないのではないかと思いました。
確かにワールドカップでは日本の選手は点を取れず、各国に比べて見劣りがしました。
しかしそれでも、日本の選手は少しずつ外国のチームでプレイするようになってきています。
もしそれほど日本の選手の質が悪いのなら、外国のチームは日本の選手をとらないのではないでしょうか・・。
 
最初から腐っている水なんてないでしょう。
選手の質が悪いのではなく、これまでは全体としてうまく機能していなかっただけなのかもしれないと思いました。
今まではどちらかというと「個人」だったのではないでしょうか・・。
その結果、「チーム」としてどう動くか、どう動いているかということを、選手はフィールドで考えたことがなかったのかもしれないと思いました。
  • 2006/08/28-14:26:23
  • 投稿者 : くるみ
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[C3559] >根本的な水質改善

私もずっとそんな考え方をしてきました。
だから選手でも技術者でも何であっても、多くの人が基本をみっちりと
学べる環境があって、全体の能力の質が上がって、その中から特に優れ
た人を選べるようになればいいと思っていました。
 
でも「中身が悪いから、いくら外を変えても同じなんだよ・・」という
部分を読んで、根本的な水質改善によって作り上げようとしているのは、
しっかりした基礎部分のように見えて、実は選び抜かれた材料によって
作り上げられるたった一つのものじゃないかと思いました。つまり性能
の良い完成品が出来ればいいという考えなのだと思いました。

その完成品が特に優れたものなら、ガッチリと固めて長く使おうとして
いるのだと思いました。
 
でも今までもそれをやって何度も失敗してきたと思います。
しっかりした基礎部分は作り上げていなかったとしても能力の高い選手
は存在したし、その選手を投入していたと思います。
それでも失敗を続けてきたのは、完成品を作ることにこだわってきたか
らかもしれないと思いました。
  • 2006/08/28-11:38:19
  • 投稿者 : ぷく
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[C3556] >根本的な水質改善

オシム監督はどういう考えを持っているのだろうかと思いました。
井戸の発掘者は、水の水質も変えてしまおうという事かと思いました。それが、監督としての進歩だと思ってるのではないかと思いました。
それは選手を育てるという事だと思いました。

[C3555] >根本的な水質改善

 改善したいのは代替可能である概念であるのかなと思いました。
 サッカーという競技とそれをとりまく環境もふくめて変えたかったのかもしれないと思いました。たしかに全部一気に変わらないかぎりもとに戻る要因はあるわけで、どんな良い水脈を掘り当てても環境が同じならば出口で同じだなと思いました。 
 それと日本的小集団にあるがちな「しがらみ」のようなものをオシムは感じとったのではないかと思いました。サッカー村のなかでも「しがらみ」はありそうです。スポーツ競技という勝つことに重きをおいてる集団のなかでは禁物な情ではないかと思います。それがないとタイトな感じがしますが、「しがらみ」も言い方向へ利用できるような環境づくりができればいいなと思います。目的を共ににした集団がまとまるには、戦術とか細かなディテールではなく、根幹を成す大まかな概念をまず変えたかったのだと思いました。
  • 2006/08/27-21:03:40
  • 投稿者 : yk
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[C3553] 根本的な水質改善

また、オシム監督が怒ったことを思い出しました。
勝ったのに、怒る・・よくよく考えると今までの監督の
怒りの種類とは違うかもしれない・・と、思いました。
ただ勝てばよい、それだけはないんだ・・と思います。
私がサッカーを観る時も、勝つか負けるかに意識が向いて
いました。
ただ「勝てばいい」それって、ただ見てるひとです・・。
選手も「結果を残せばいいんだろ?」とゆう感じだったかも
しれません。
でも今は自分で考えて、気がつかないといけない感じです。
もちろんオシム監督も同じです。まったく同じではないけれど
やはり監督かもしれないけれど、一緒に走っていると思います。

[C3552] 日本サッカーにはスタイルがない

タイトルはちょっとおしゃれに決めましたが、本当は「日本サッカーには哲学がない」とまで言ってしまいたいです。自分もその一部であるということは重々承知の上です。

スポーツ界では恵まれない境遇からたたき上げてきた選手を、仔馬のころから立ち上がれないほどまでたたかれて育ったアラブの馬にたとえ、恵まれた境遇で天才肌、努力のあとも見せない天才を、少女に仔馬のころからやさしく世話をして調教されたサラブレッドにたとえます。古い例ですが、わかりやすいのは陸上のベン・ジョンソンとカール・ルイスです。でもどんな育ち方をしてもパフォーマンスがよければそれでよいわけです。

日本はアラブの馬でもなければサラブレッドでもないという位置づけだと思います。それでは日本のやり方はというと確固たる考え方はないのではないかと思います。サッカーだけではなく全てにおいてです。

それでは「哲学」というのはどのように生まれるのでしょうか。大学入試でとりあえず目先の点を一点でも多く積み重ね一ランクでも上の大学を狙う。そのためにはその要領を教えてくれる夏期講習に通い家庭教師をつけというのが、すべての分野における典型的な日本人の頑張り方だとします(そうじゃない人も多いです)。

でもHPでいつか拝読したもりけんさんのやり方は物理が好きだから、公式を丸暗記して解法を覚えるのではなく、ひたすら「神の性質」を考え続けるということでした。たぶん「応用力」とか「哲学」とは、予備校で「皆さんは学者になるわけではないので、この公式とその使い方だけ覚えればいいです」ということの、ちょうど対極にあるものなのではないでしょうか。

使えるフォーメーションをひたすら覚えるのではなく、「傾向と対策」の外側にある「哲学」。それの持つ豊かさ。目先の一点や一勝にとらわれることなく、どんなに時間がかかってもこれを形成していくことを優先することが、そしてそれに対して関係者が一枚岩であることが、いわゆる「応用力」につながり、日本サッカー界の水質の根本的な改善につながるのではないかと思いました。
  • 2006/08/27-15:24:58
  • 投稿者 : ナイル
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[C3550] >根本的な水質改善                        

最近は特に「意識改革」や「体質改善」や「組織のリストラチャリング」というフレーズが目につきます。

何か問題があって、では抜本的な解決策は何かというと、「意識や組織の改革」をすることだに落ち着くのですが、抜本的に100パーセント何かを改革することが可能なのかでしょうか。

そのそも人間に根本的に何か改革するためのエネルギーが運命から与ええられているのでしょうか。

与えられていないから、全ての物が「盛者必衰」なのでしょう。おそらく。
                
サッカーというスポーツは日本人の体質に合わないと思います。

だから、「意識改革」ができたとしても中途半端なものでしょうし、限界があると思います。




  • 2006/08/27-14:16:55
  • 投稿者 : ばなな
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[C3548] 意識改革は、ノーアイデア

なとかせねば!というときに、よく出てくるのが、意識改革である。
でも、こう言う場合、ほとんどが、ノーアイデア、ノーデータで、気合で乗り切ろう!に等しい。
それは、ぼくも、たくさんやってきました。

運命の仕組みで言えば、選手の才能が、生まれたときにもう設定されているのは、事実に近いかもしれない。
しかし、それも中身のうち。

でも、不思議研究所で研究されていることは、うんと外からなら、才能も変わるかもしれない、その点でも選手も代替可能ということだと、思います。

評論家が、「人」にスポットを当てていますが、オシムは、それ以外にスポットを当てているような気がします。
ジーコさんも、「人」にスポットを当てていたいような。

その視点の違いが、サッカーなら結果がポンとでるのが、おもしろそうです。
  • 2006/08/27-13:53:27
  • 投稿者 :
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[C3547] >おっきくなあれ

はじめ読んだ時、「なんだ、中身が腐ってるから取り替えろ」ということか、と思い、なんだか腹立たしく思いました。「監督ももちろんだが、選手のそれぞれ、そして関係者全てが、もっと統一した意識改革をしろ、おのおの自己改革をせよ、でないと、いつまでも全体も変わらない」ということか、と思いました。

昨日も書きましたが、監督は選手にとって枠・制御なのだと私は思います。枠内のもの(選手)は、枠いかんで、いかようにも変わっていくのだと思いました。枠・制御の掛けられ方は、それぞれの選手にとって共通のルールで、その共通項に従って、それぞれがそれぞれなりのベストな成長をすれば、一見バラバラに見えた選手同士が互いにつながって、枠内で自由な成長を遂げていくように思いました。全体的な意識改革をするって、統一された考え方に導かれた不気味な統一感を感じます、洗脳のようです。それより、中はバラバラでも(バラバラで当たり前です、それぞれ、特性が違うのですから)、一つの枠・制御の存在で、それがつながりあって影響しあって、それぞれなりにベストな成長をとげて、結果として全体で上昇する、という感じのほうが、選手のやる気も一層出てくるだろうし、良い結果を生める気がしました。

おっきくなあれ、は、個人に向けた成長を願う気持から出てくる言葉だと思います。意識改革のような、一つの方向へと統一してむけようとする意味での成長を願ってはいないのだと思います。
  • 2006/08/27-13:05:13
  • 投稿者 : ぱらむ
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[C3546] 本当にその順序か?

私は原因の概念には「思考や考え方が行動を左右するがある」と思います。

まず思考や考え方ありきです。
それも駒であるプレーヤーのものです。
思考があって、その次に行動が決められているという暗黙の了解の順序がありそうです。

しかし、世界や人間はそういう一方的な関係で動いているわけではないと思います。
問えば返るという基本形が世界にあるような気がします。

もしかしたら、今までは監督と選手を繋ぐ「問い」に何か問題があったのかもしれません。
思考や考え方は問われなければ視点移動が不可能だと思うからです。

原因探しを選手だけあるいは監督だけと特定してしまう時点で既に終わっているような気がします。

問題はブツ(個)そのものではない・・・

[C3545] >根本的な水質改善

サッカーだけでなくスポーツの世界は勝ちと負けだけがあって、強い方が必ず勝ちます。
なぜならば勝った方が強い方だからです。
理論理屈のさしはさむ余地なき冷厳、非情の世界と思います。

「勝つためには、連携プレーも含めて選手個々人の技術を向上させることだ」に向かったとき、どうにもならない小さなところに到達してしまうイメージを抱きます。
そして、オシムは、そういう到達の仕方をしたら行き止まりと思っているのではないかと想像しました。

大切なのは、限界を破ろうとする気力や、勝ち抜こうとする意志であり、更には、それが当たり前な「場」にすることであって、そのことを「日本サッカーにかかわる人すべての意識改革である」と言っているように思いました。
それは「人間に変われと言ったところで変われるものではない」が信念にあるようにも思えます。

[C3544] >根本的な水質改善

毎朝の通勤途中に、お互いどこが良くて一緒になったのかさっぱりわからないカップルと
よく会うのですが、外見も関係ないけど、中味の改善も関係ないのだなと盲師派推命占術
に出会えて本当に、これさえも決まっていたのだと思うのだけど、よかった!!、嬉し
い!!です(爆)。
水脈や意識改革云々ですが、これを言うのは実際に実績があるからでしょう。
傾きかけた会社を社内の体質改善、意識改革をやって業績を立て直したという実例がある
からだと思いました。
日産自動車のカルロス・ゴーン氏を思い浮かべたのですが、彼が行ったのは、意識改革も
したかもしれませんが、従業員解雇などのリストラや工場閉鎖とかの外側から圧力をかけ
るようなことをしていたので、ちょっと違うかな(汗)と思いました。
オシム氏が選手達に考え続けろと言っているのは、決して中味の改革を言っているのでは
ないと思いました。
本人の中味をギリギリまで燃焼させろと言っているのであって、“変わる”ことを要求して
いるわけではないのだと思いました。
  • 2006/08/27-10:05:31
  • 投稿者 : イーキン
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[C3543]

評論を育児バージョンに書き換えてみました
 
「もって生まれた個性を生かすのもいい。新しい才能を開発するのもいい。だが、保護者が最終的にやらなければならないのは子供の根本的な質の改善である。どれほど有能な才能の発掘者を雇ったところで、出てくる才能が社会に適してなければどうしようもない。では、質を改善するには何が必要なのか。子供にかかわる人すべての意識改革である」
 
なんか…人類全部を働き蜂にする計画のようだと思いました。そんなことのためにこの否応無しの個性があるのかとおもって(絶句)ていうか私たち(親)も「うんうん」とか言っちゃて…私が…危険な状態だという気がしました。子供ってふいに宿ったもんだし、なんで操作できない向こうから来たものを…。制御の一面なんでしょうか。なんか変だ。でもこれが…いわゆる「普通」だ。サッカーするのにサッカー意外は必要ないんだ。そこに視点は一つだという気がしました。なんか…もやしっ子みたいな(上手く書けません)
 
オシムは…ちょっと違うと思います。粒の揃ったイイ選手をもとめてないと思いました。なんかサッカーがなんなのか考えろ、プロってことがなんなのか考えろ、お前がなんなのか考えろ、日本人がなんなのか考えろ、今出来た事を考えろ…って感じがします。枠をくれない感じがします。なんか…決まった答えのない世界と言うか…いつかでなくて、局面と私の世界と言うか…。なんかそんなことを考えました。

[C3542] 選手は「結果」

またヴィジョンです。

オシムのヴィジョンを共有する必要があるのは日ごろネクタイをしめて企画にかかわっている人たちもです。そうしなければ日本サッカーの体質は変わらない。自分が普段気がついてさえいない無意識にさえ切り込んでそれを変えなくてはならない。本当に大変なことです。

たとえば、「それは人間としてやってはいけないでしょ」ということを、それが全然悪いと思っていない他人に理解させるるのも大変なら、本物を見たことがない人に、「本物はこうだ」と伝えるのも至難のわざです。皆前提が違うからです。毎日皆が平気で飲んでいる水を「この水は腐っていてとても飲めたもんじゃない」と説明するのはほとんど不可能です。たぶん水が腐っていることさえ理解しない人が大部分だと思います。

どうすればいいか。オシムとヴィジョンを共有する気がないか、する能力がない人は全て事務方から選手まで日本サッカー会を去るということしかないのではないかと思います。
  • 2006/08/27-09:31:51
  • 投稿者 : ナイル
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根本的な水質改善


 もうひとつ気になる論評を発見したので、書きたいと思います。
 
「古い井戸を生かすのもいい。新しい井戸を掘るのもいい。だが、日本サッカー界が最終的にやらなければならないのは水脈の根本的な水質改善である。どれほど有能な井戸の発掘者を雇ったところで、出てくる水が飲用に適してなければどうしようもない。では、水質を改善するには何が必要なのか。日本サッカーにかかわる人すべての意識改革である」
 
 こういう記述です。
 つまりいくら監督を変えても、その下でプレーする人たちが同じなら、変わりようがないでしょう・・という意見なのです。
 これは昨日書いた「ただ、当たり前だが、プレーするのは選手であって監督ではない」に通じる考え方なのです。
 
 しかも今回は、「日本サッカーにかかわる人すべての意識改革である」とまで言っています。中身が悪いから、いくら外を変えても同じなんだよ・・と言っているのです。
 
 しかし私たちはこの考え方をバカに出来ません。
 長いこと、そういう世界にいたからです。
 
「自分を変えて世界を変えよう」などという講演会の講師までしました(私のこと)。
 
「原因」は選手なのであって、それを根本的に変えなければダメなんだよ・・そういう世界に長いこと、いました。
 
 しかしオシムはこの考え方を持ってはいないのです。それが彼に惹き付けられた理由でもあります。

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18件のコメント

[C4125] >根本的な水質改善

意識改革なのだと言っていますが、そうかも知れないとは思いました。これは概念の変化ということと一致するかと思ったからです。
ただ、その改革を行うことは人ではないのだろうと思いました。
サッカーのみならず、いままで変化を遂げて成果を出したことというのは、実は外からの環境から変わることでその結果が生まれたものなのに、人間さんが勝手な解釈(内面の意識が変わったことでうまくいったのだ)をされ続けてきたのかも知れないと思いました。
オシム監督はそのことをあらかじめ判っておられるのだろうかと思いました。

[C3758] 根本的な水質改善



>「原因」は選手なのであって、それを根本的に変えなければダメなんだよ・・そういう世界に長いこと、いました。

オシムはそういう考え方を持っていない・・・
まったく今までにない監督なんだなって思いました。
今までは見なかったスポーツニュースなどオシムの話を見るのが癖になるかもしれないと思いました。
  • 2006/09/05-03:55:59
  • 投稿者 : Ciel
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[C3613] >根本的な水質改善

こういう比喩をされる選手たちの気持ちを考えたことあるのか!このライターさんは!!!
あ、ライターさんじゃなくって評論家サマなんでしたか。とってもエライ方が書いたんでしょネ。
けれど、サポーターやファンなど多くの人がこういうのを読んですっかり染まった目で選手を見ることを考えれば、マスコミの無責任さにゃ腹が立ちます!
選手を萎えさせて負けることを望んでいるのかと!!!
評論家サマも、以前には多くの人の心を打つ著作があったと思います。私も図書館で借りて読み感動しました。
それがいつのまにかこんなエラい文章家になられていたとは驚きです・・
積み上げてしまったんですねーコワイことです別人だ・・

私は中田ヒデ選手引退のとき、泣きました。
心情あふれる文章に再度泣きました。
彼のすさまじい真剣さと、その裏にある同じくらいかそれ以上の孤独がほんの少しでも感じられる気がして泣きました。
そう感じることができたのは、もりけんさんのサイトに参加しているからこそだとも感じました。
もりけんさんや中田ヒデ選手・・そういった真剣さの存在を知るどころかイメージすることさえ困難な人がほとんどだと思えるので、彼らを理解できるの人は、ほとんどいないのではと思われます。
イチローになれるのなれなかったの表現もアッタマ来ました。比較できる問題か!比較にどんな意味がある!!
評論家やライターさんは、黒子になってこそではないのかと思います。
今後は、マスコミが高いところからエラそうに言うことをせせら笑いながら、オシムジャパンに注目しようと思います。
マスコミもオシム語録にゃかないそうもない予感です・・
  • 2006/08/30-09:50:49
  • 投稿者 : ゆくえ
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[C3597] 原因が選手じゃないなら

原因が選手の質だけの問題なら、日本のサッカーは、新しい人材が出てくるまで勝てないということになります。
言い訳上手な人の言い訳になりそうです。監督のせいじゃない・・と。

チラッと聞いただけですが、オシム氏の練習は、相手の動きを考えて自分の行動を考える・・だったと思います。

しかも、まずそのパターンの練習をしていたと思います。将棋でも囲碁でもまず、いろんなパターンを覚えることから入ります。

今までのサッカーを見ていて、そのことが出来ていなかったから、ひきうけたのではないかと思いました。

と書いて、ここで、サッカー論議をしたいわけじゃないと思いました。知ってることは、ついつい書きたくなるもので。

自分を変えずに周りを動かすことで、自分が変わっていくというか、全体が変わるという方法をオシム氏はしっているのだと思いました。

[C3563] >根本的な水質改善


水質改善が必要であるということは選手の質が悪いといいたいのかもしれません。
でも、もしかしたら、選手の質は悪くないのではないかと思いました。
確かにワールドカップでは日本の選手は点を取れず、各国に比べて見劣りがしました。
しかしそれでも、日本の選手は少しずつ外国のチームでプレイするようになってきています。
もしそれほど日本の選手の質が悪いのなら、外国のチームは日本の選手をとらないのではないでしょうか・・。
 
最初から腐っている水なんてないでしょう。
選手の質が悪いのではなく、これまでは全体としてうまく機能していなかっただけなのかもしれないと思いました。
今まではどちらかというと「個人」だったのではないでしょうか・・。
その結果、「チーム」としてどう動くか、どう動いているかということを、選手はフィールドで考えたことがなかったのかもしれないと思いました。
  • 2006/08/28-14:26:23
  • 投稿者 : くるみ
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[C3559] >根本的な水質改善

私もずっとそんな考え方をしてきました。
だから選手でも技術者でも何であっても、多くの人が基本をみっちりと
学べる環境があって、全体の能力の質が上がって、その中から特に優れ
た人を選べるようになればいいと思っていました。
 
でも「中身が悪いから、いくら外を変えても同じなんだよ・・」という
部分を読んで、根本的な水質改善によって作り上げようとしているのは、
しっかりした基礎部分のように見えて、実は選び抜かれた材料によって
作り上げられるたった一つのものじゃないかと思いました。つまり性能
の良い完成品が出来ればいいという考えなのだと思いました。

その完成品が特に優れたものなら、ガッチリと固めて長く使おうとして
いるのだと思いました。
 
でも今までもそれをやって何度も失敗してきたと思います。
しっかりした基礎部分は作り上げていなかったとしても能力の高い選手
は存在したし、その選手を投入していたと思います。
それでも失敗を続けてきたのは、完成品を作ることにこだわってきたか
らかもしれないと思いました。
  • 2006/08/28-11:38:19
  • 投稿者 : ぷく
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[C3556] >根本的な水質改善

オシム監督はどういう考えを持っているのだろうかと思いました。
井戸の発掘者は、水の水質も変えてしまおうという事かと思いました。それが、監督としての進歩だと思ってるのではないかと思いました。
それは選手を育てるという事だと思いました。

[C3555] >根本的な水質改善

 改善したいのは代替可能である概念であるのかなと思いました。
 サッカーという競技とそれをとりまく環境もふくめて変えたかったのかもしれないと思いました。たしかに全部一気に変わらないかぎりもとに戻る要因はあるわけで、どんな良い水脈を掘り当てても環境が同じならば出口で同じだなと思いました。 
 それと日本的小集団にあるがちな「しがらみ」のようなものをオシムは感じとったのではないかと思いました。サッカー村のなかでも「しがらみ」はありそうです。スポーツ競技という勝つことに重きをおいてる集団のなかでは禁物な情ではないかと思います。それがないとタイトな感じがしますが、「しがらみ」も言い方向へ利用できるような環境づくりができればいいなと思います。目的を共ににした集団がまとまるには、戦術とか細かなディテールではなく、根幹を成す大まかな概念をまず変えたかったのだと思いました。
  • 2006/08/27-21:03:40
  • 投稿者 : yk
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[C3553] 根本的な水質改善

また、オシム監督が怒ったことを思い出しました。
勝ったのに、怒る・・よくよく考えると今までの監督の
怒りの種類とは違うかもしれない・・と、思いました。
ただ勝てばよい、それだけはないんだ・・と思います。
私がサッカーを観る時も、勝つか負けるかに意識が向いて
いました。
ただ「勝てばいい」それって、ただ見てるひとです・・。
選手も「結果を残せばいいんだろ?」とゆう感じだったかも
しれません。
でも今は自分で考えて、気がつかないといけない感じです。
もちろんオシム監督も同じです。まったく同じではないけれど
やはり監督かもしれないけれど、一緒に走っていると思います。

[C3552] 日本サッカーにはスタイルがない

タイトルはちょっとおしゃれに決めましたが、本当は「日本サッカーには哲学がない」とまで言ってしまいたいです。自分もその一部であるということは重々承知の上です。

スポーツ界では恵まれない境遇からたたき上げてきた選手を、仔馬のころから立ち上がれないほどまでたたかれて育ったアラブの馬にたとえ、恵まれた境遇で天才肌、努力のあとも見せない天才を、少女に仔馬のころからやさしく世話をして調教されたサラブレッドにたとえます。古い例ですが、わかりやすいのは陸上のベン・ジョンソンとカール・ルイスです。でもどんな育ち方をしてもパフォーマンスがよければそれでよいわけです。

日本はアラブの馬でもなければサラブレッドでもないという位置づけだと思います。それでは日本のやり方はというと確固たる考え方はないのではないかと思います。サッカーだけではなく全てにおいてです。

それでは「哲学」というのはどのように生まれるのでしょうか。大学入試でとりあえず目先の点を一点でも多く積み重ね一ランクでも上の大学を狙う。そのためにはその要領を教えてくれる夏期講習に通い家庭教師をつけというのが、すべての分野における典型的な日本人の頑張り方だとします(そうじゃない人も多いです)。

でもHPでいつか拝読したもりけんさんのやり方は物理が好きだから、公式を丸暗記して解法を覚えるのではなく、ひたすら「神の性質」を考え続けるということでした。たぶん「応用力」とか「哲学」とは、予備校で「皆さんは学者になるわけではないので、この公式とその使い方だけ覚えればいいです」ということの、ちょうど対極にあるものなのではないでしょうか。

使えるフォーメーションをひたすら覚えるのではなく、「傾向と対策」の外側にある「哲学」。それの持つ豊かさ。目先の一点や一勝にとらわれることなく、どんなに時間がかかってもこれを形成していくことを優先することが、そしてそれに対して関係者が一枚岩であることが、いわゆる「応用力」につながり、日本サッカー界の水質の根本的な改善につながるのではないかと思いました。
  • 2006/08/27-15:24:58
  • 投稿者 : ナイル
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[C3550] >根本的な水質改善                        

最近は特に「意識改革」や「体質改善」や「組織のリストラチャリング」というフレーズが目につきます。

何か問題があって、では抜本的な解決策は何かというと、「意識や組織の改革」をすることだに落ち着くのですが、抜本的に100パーセント何かを改革することが可能なのかでしょうか。

そのそも人間に根本的に何か改革するためのエネルギーが運命から与ええられているのでしょうか。

与えられていないから、全ての物が「盛者必衰」なのでしょう。おそらく。
                
サッカーというスポーツは日本人の体質に合わないと思います。

だから、「意識改革」ができたとしても中途半端なものでしょうし、限界があると思います。




  • 2006/08/27-14:16:55
  • 投稿者 : ばなな
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[C3548] 意識改革は、ノーアイデア

なとかせねば!というときに、よく出てくるのが、意識改革である。
でも、こう言う場合、ほとんどが、ノーアイデア、ノーデータで、気合で乗り切ろう!に等しい。
それは、ぼくも、たくさんやってきました。

運命の仕組みで言えば、選手の才能が、生まれたときにもう設定されているのは、事実に近いかもしれない。
しかし、それも中身のうち。

でも、不思議研究所で研究されていることは、うんと外からなら、才能も変わるかもしれない、その点でも選手も代替可能ということだと、思います。

評論家が、「人」にスポットを当てていますが、オシムは、それ以外にスポットを当てているような気がします。
ジーコさんも、「人」にスポットを当てていたいような。

その視点の違いが、サッカーなら結果がポンとでるのが、おもしろそうです。
  • 2006/08/27-13:53:27
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[C3547] >おっきくなあれ

はじめ読んだ時、「なんだ、中身が腐ってるから取り替えろ」ということか、と思い、なんだか腹立たしく思いました。「監督ももちろんだが、選手のそれぞれ、そして関係者全てが、もっと統一した意識改革をしろ、おのおの自己改革をせよ、でないと、いつまでも全体も変わらない」ということか、と思いました。

昨日も書きましたが、監督は選手にとって枠・制御なのだと私は思います。枠内のもの(選手)は、枠いかんで、いかようにも変わっていくのだと思いました。枠・制御の掛けられ方は、それぞれの選手にとって共通のルールで、その共通項に従って、それぞれがそれぞれなりのベストな成長をすれば、一見バラバラに見えた選手同士が互いにつながって、枠内で自由な成長を遂げていくように思いました。全体的な意識改革をするって、統一された考え方に導かれた不気味な統一感を感じます、洗脳のようです。それより、中はバラバラでも(バラバラで当たり前です、それぞれ、特性が違うのですから)、一つの枠・制御の存在で、それがつながりあって影響しあって、それぞれなりにベストな成長をとげて、結果として全体で上昇する、という感じのほうが、選手のやる気も一層出てくるだろうし、良い結果を生める気がしました。

おっきくなあれ、は、個人に向けた成長を願う気持から出てくる言葉だと思います。意識改革のような、一つの方向へと統一してむけようとする意味での成長を願ってはいないのだと思います。
  • 2006/08/27-13:05:13
  • 投稿者 : ぱらむ
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[C3546] 本当にその順序か?

私は原因の概念には「思考や考え方が行動を左右するがある」と思います。

まず思考や考え方ありきです。
それも駒であるプレーヤーのものです。
思考があって、その次に行動が決められているという暗黙の了解の順序がありそうです。

しかし、世界や人間はそういう一方的な関係で動いているわけではないと思います。
問えば返るという基本形が世界にあるような気がします。

もしかしたら、今までは監督と選手を繋ぐ「問い」に何か問題があったのかもしれません。
思考や考え方は問われなければ視点移動が不可能だと思うからです。

原因探しを選手だけあるいは監督だけと特定してしまう時点で既に終わっているような気がします。

問題はブツ(個)そのものではない・・・

[C3545] >根本的な水質改善

サッカーだけでなくスポーツの世界は勝ちと負けだけがあって、強い方が必ず勝ちます。
なぜならば勝った方が強い方だからです。
理論理屈のさしはさむ余地なき冷厳、非情の世界と思います。

「勝つためには、連携プレーも含めて選手個々人の技術を向上させることだ」に向かったとき、どうにもならない小さなところに到達してしまうイメージを抱きます。
そして、オシムは、そういう到達の仕方をしたら行き止まりと思っているのではないかと想像しました。

大切なのは、限界を破ろうとする気力や、勝ち抜こうとする意志であり、更には、それが当たり前な「場」にすることであって、そのことを「日本サッカーにかかわる人すべての意識改革である」と言っているように思いました。
それは「人間に変われと言ったところで変われるものではない」が信念にあるようにも思えます。

[C3544] >根本的な水質改善

毎朝の通勤途中に、お互いどこが良くて一緒になったのかさっぱりわからないカップルと
よく会うのですが、外見も関係ないけど、中味の改善も関係ないのだなと盲師派推命占術
に出会えて本当に、これさえも決まっていたのだと思うのだけど、よかった!!、嬉し
い!!です(爆)。
水脈や意識改革云々ですが、これを言うのは実際に実績があるからでしょう。
傾きかけた会社を社内の体質改善、意識改革をやって業績を立て直したという実例がある
からだと思いました。
日産自動車のカルロス・ゴーン氏を思い浮かべたのですが、彼が行ったのは、意識改革も
したかもしれませんが、従業員解雇などのリストラや工場閉鎖とかの外側から圧力をかけ
るようなことをしていたので、ちょっと違うかな(汗)と思いました。
オシム氏が選手達に考え続けろと言っているのは、決して中味の改革を言っているのでは
ないと思いました。
本人の中味をギリギリまで燃焼させろと言っているのであって、“変わる”ことを要求して
いるわけではないのだと思いました。
  • 2006/08/27-10:05:31
  • 投稿者 : イーキン
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[C3543]

評論を育児バージョンに書き換えてみました
 
「もって生まれた個性を生かすのもいい。新しい才能を開発するのもいい。だが、保護者が最終的にやらなければならないのは子供の根本的な質の改善である。どれほど有能な才能の発掘者を雇ったところで、出てくる才能が社会に適してなければどうしようもない。では、質を改善するには何が必要なのか。子供にかかわる人すべての意識改革である」
 
なんか…人類全部を働き蜂にする計画のようだと思いました。そんなことのためにこの否応無しの個性があるのかとおもって(絶句)ていうか私たち(親)も「うんうん」とか言っちゃて…私が…危険な状態だという気がしました。子供ってふいに宿ったもんだし、なんで操作できない向こうから来たものを…。制御の一面なんでしょうか。なんか変だ。でもこれが…いわゆる「普通」だ。サッカーするのにサッカー意外は必要ないんだ。そこに視点は一つだという気がしました。なんか…もやしっ子みたいな(上手く書けません)
 
オシムは…ちょっと違うと思います。粒の揃ったイイ選手をもとめてないと思いました。なんかサッカーがなんなのか考えろ、プロってことがなんなのか考えろ、お前がなんなのか考えろ、日本人がなんなのか考えろ、今出来た事を考えろ…って感じがします。枠をくれない感じがします。なんか…決まった答えのない世界と言うか…いつかでなくて、局面と私の世界と言うか…。なんかそんなことを考えました。

[C3542] 選手は「結果」

またヴィジョンです。

オシムのヴィジョンを共有する必要があるのは日ごろネクタイをしめて企画にかかわっている人たちもです。そうしなければ日本サッカーの体質は変わらない。自分が普段気がついてさえいない無意識にさえ切り込んでそれを変えなくてはならない。本当に大変なことです。

たとえば、「それは人間としてやってはいけないでしょ」ということを、それが全然悪いと思っていない他人に理解させるるのも大変なら、本物を見たことがない人に、「本物はこうだ」と伝えるのも至難のわざです。皆前提が違うからです。毎日皆が平気で飲んでいる水を「この水は腐っていてとても飲めたもんじゃない」と説明するのはほとんど不可能です。たぶん水が腐っていることさえ理解しない人が大部分だと思います。

どうすればいいか。オシムとヴィジョンを共有する気がないか、する能力がない人は全て事務方から選手まで日本サッカー会を去るということしかないのではないかと思います。
  • 2006/08/27-09:31:51
  • 投稿者 : ナイル
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