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[C3874] 負けてもいい

勝つか負けるかの世界に身を置きながら、このワンフレーズはなかなか言えないのではないかと想いました。今のチームの状態を誰よりもしっているからこそ言える。もし、プロだからとか優勝しなければとか、そのようなねばならない的な監督ならば、そのような発言は、むしろ選手のモチベイトを下げる様に批判されることと想います。しかし、オシムのその言葉には結果がすべてではないと言っているようにも聞こえるし大切なのは自分たちのサッカーをすることそれに今きずくことのように聞こえるました。ただただ普通の状態でない選手たちにとってこれほど緊張感を解いてくれる、言葉はないのかもしれません。なんか、制御をかけてるかのように感じました。
  • 2006/09/08-14:11:50
  • 投稿者 : じんのり
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[C3829] >「負けてもいい」

>「試合は最後まで分からないから、万が一のためにも頑張ってこい。力を抜くな」
スポ根マンガなどでは、このセリフの方がよく聞かれるのではないかと思います。
実際のスポーツの場面でも、こういうとはよく言われるように思います。

今までになかった優勝を目の前にして、そして、強いチームという先入観がきっとあったであろう、ジュピロを前にして、選手たちはきっと緊張し、気合バリバリで、がんばるぞ!おー!って感じだったと思います。
何かに向って気合を入れるというのは、一見いいように見えるけど、その状態では、力は発揮できないと、オシム監督は分かっていたのだと思いました。
ほっておけば力が入りすぎる選手たちに、「負けてもいい」の言葉は、とてもリラックスできたのではないかと思いました。
そして、気合でごまかすことなく、奇跡を夢見るのではなく、現実に立つ、今現在に自分を置くことができたのではないかと思います。

「優勝してくださいね」ということばも、つい軽く言ってしまうように思います。
相手を応援している・・という気持ちを表したのだと思いますが、よく考えれば、どう答えたらいいものか・・
ハイがんばります、というのもへんだし、いやいやできません、というのもおかしい。
がんばるも何も・・もうすでにがんばっているのです。
優勝するかどうかは・・やってみなければ分からないこと・・
今はただ、今の状態で試合に臨む・・だたそれだけ。

他にも、その場をつなぐというか、その場をやり過ごすために、相手を持ち上げるような同じような言葉をふっと言ってしまうときがあります(汗)。
逆に、言われることもあります。
ここでキレるオシム監督はさすがだと思いました。

[C3791] こんにちは

なるほど~。じゃぁコレはどうですか?
http://www.dvd-synergy.com/3454
  • 2006/09/06-06:02:13
  • 投稿者 : ゆうな
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[C3738] 勝つことは「するべきこと」か・・・

もしかしたら、私(達)は「勝たなければならない」ことをいつのまにか自分自身に強要していたのかもしれません。

「勝ち」が上で「負け」が下という差を付けていたように思います。
そのことがいい悪いではなく、それを自己強要したいるかもしれない事のほうがヤバイという気がします。

負けてもいいというのはそういう自己強要から解放するものかもしれません。
しかし、もっと見てみれば制御の一つなのかもしれません。
オシムは選手に対する制御がうまいと思います。

しかし本人がどうか知りませんが、勝つこと=するべきことに対して一歩踏み込んでいる気がしました。
だから最後の詰めをうまく撤退しているように思えるのです。

[C3732] >「優勝してくださいね」

自分が選手でこういわれた場合でも、チーム事情を知らないようなファンの発言は内心はとても嫌だろうと思います。でもファンだからと思いなおして「頑張ります」ぐらいの返答になるんじゃないでしょうか。でもオシムの場合はチームの戦力や状態に対する正確な観察に基づいた自分の見解についてはっきりとのべています。それがあるからこそ「負けてもいい」がでてくるのでしょう。

自分も会社のプロジェクトなどでたまに人を管理する立場になることがありますが、人の実力や欠点・良い点などは意外とはっきり見えるものです。でも、それに基づいた分析とその結果してもらうべき役割を本人にどう伝えるか、回りに今の状態をどう伝えるか、どうすればいいと自分は思うかというコミュニケーションは難しいと感じています。結局実情を知らない立場の強い人や、間違っていると思っても、まるく収めるために押しが強い人の意見に従ったりします。そしてだんだんどうてもよくなっていくんだと思います。

それは結局、日本の組織は、最終的な責任を自分でとらなくてもいいという気楽さがあると思います。しかし、オシムにはそんな「気楽さ」はないと思います。だから大事なところで「それは違う」というのだと思います。
  • 2006/09/04-07:37:18
  • 投稿者 : ナイル
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[C3726] >自分たちのサッカーを思い切ってやろう。負けてもいいから


自分たちのサッカーを思い切りできるようになれば、どんな強豪なチームと試合をしても勝つことも可能なのではないかと思います。

本場の試合で自分の力を100パーセント出し切れる人ってどれくらいいるのでしょう。

試験でもそうです。ほとんどの人が普段の実力の70%から80%の力しか出せないと言われています。

自分たちのサッカーが思い切りできるということは、120%の力が出せていることだと思います。

120%の力を出して負けたのならばあきらめがつくでしょう。
  
自分の人生も、「運命」にどんなに翻弄されようとも、自分を120%出し切ったならば、悔いは無いのかもしれないと思いました。






  • 2006/09/04-00:29:45
  • 投稿者 : ばなな
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[C3725] >「負けてもいい」

運命に奇跡はないのだと思います。
生まれるはずのない子供が生まれたのは、奇跡が起きたからではなく、携帯ストラップをつけたからでした。
負けることがわかっているような状況の中で、奇跡を信じて結果に囚われるよりも、どのような状態であったのかをオシムを問うているのだと思いました。
  • 2006/09/04-00:04:56
  • 投稿者 : くるみ
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[C3724] >「負けてもいい」

「負けてもいいから」
「私は結果」を受け入れ、概ね結果は決まっていると思われる中でも自分たち流のリスキーな試合をやれとオシムは言っているような感じがします。もし「勝て」と訓示するなら、負けないように守りに入るような場合もあります。でも「負けてもいいから」という指令下では逆説的に攻められます。こういう状態はオシム的にはハンドルを手放させつつ、制御をチームにかけているのではないかと思いました。「私は結果」で概ね勝敗は予想出来る、しかし、だからこそ好きなだけリスクを張れるんだ、奇跡を起こす神なんていない、でもだからこそリスクを張って戦うお前たちこそ神なんだ、オシムはこういうこともいいたいのでしょうか、でも本当に何を考えているか、何を言い出す人なのか分かりません(汗)。
  • 2006/09/03-23:45:24
  • 投稿者 : おかだ
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[C3723] >「負けてもいい」

負けてもいいから、という言葉は、選手の気負いや緊張をとって、とにかく全力を出し切ることに集中させたと思います。
奇跡や偶然を期待せず、現実だけがある、という、あきらめと、だから、全力を出し切る他は無い、というあきらめを共有したのだと思います。あきらめ、というのも変かもしれませんが、そのあきらめが、全力を出し切らせたのではないかと思います。
負けてもいいから、という言葉は、そういうふうに、選手に伝わったのではないかと思いました。
  • 2006/09/03-23:09:35
  • 投稿者 : ワヲン
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[C3722] >「負けてもいい」

「神様は信じていないから、何で勝てたかは分析するけどね。」というオシムの言葉を
読んだとき、あぁ、この人は「奇跡の神」の世界には生きていないのだと思いました。
勝ってよし・・ではなく、それもまたデータなのだと。
そして、「監督の頭の中では、先にゲームが終わってるんじゃないかなって思うときがあります。」という選手の言葉もありました。
予想通りに試合が展開するのは、自分のチームを知り尽くし、相手チームを研究し尽くして
いるからこそなのだと思います。
端から見れば、運不運と言えることなんて、いやというほど経験していると思います。
けれど、それは言い訳でしかないのかもしれません。
たとえ負けたとしても、自分たちのサッカーができたかどうか・・・
リスクを冒しても、自分たちのサッカーをしようとしたか・・・なのだと思いました

[C3721] >「負けてもいい」

奇跡はもしかしたらひょっとしたら上手くいくかもしれないといった期待だとすると、
オシム氏はそのようなあいまいな不確かなものを全部排除したのだと思いました。
サッカー選手として現役でいられる時間は限りがあります。
奇跡や期待といった、ありもしないことにエネルギーを消耗するにはあまりにも短い時間
だと思います。
あいまいな不確かなものを全部排除することができるのは、確かなものを全部やるからだ
と思いました。
そして確実に残ったものだけを見据えて、ありのままを選手に伝えたのだと思いました。
そして選手は選手として走っていることができる時間を、一滴も無駄にすることなく燃焼
させることができるのだと思いました。
  • 2006/09/03-21:55:46
  • 投稿者 : イーキン
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[C3719] >「負けてもいい」


>「負けてもいい」・・これは正確な表現なのだと思います。オシムにとって神など不在なのです。奇跡は起きないのです。奇跡を期待して「試合は最後まで分からないから、万が一のためにも頑張ってこい。力を抜くな」などとは言わないのです。
 
>これは運命を知ったあとの私たちのようなものです(笑)。


何が起こるか分からないから、
最後まで気を抜くな・・
奇跡は起きるかもしれないか・・

と、

少なくとも私は、今まで、そうやって生きていました・・

私はどこかで、奇跡の神を信じていたのかもしれません・・

存在しないはずであろう、奇跡の神の存在を。
 

オシムは、数学の才能が高いと聞きました。
物理方程式にパラメータを挿入すれば、正確な答えが出力できるのと同じように、その試合展開や勝敗にいたるまで、すべてを計算しつくしていたと思います。

頑張れ、勝ちに行け・・
というのは、

オシムのチームではなく、
奇跡の神に視点を向けた台詞だから、
オシムは切れたのだと思いました。

奇跡の神などではなく、オレたちを見てくれ・・と。

オレたちを見れば、分かるだろう・・と。


「負けてもいい」といったオシムには、
負けることが分かっていたのだと思いました。

でも、それがどうした・・という思いが、最初からあったのだと思いました。


>これは運命を知ったあとの私たちのようなものです(笑)。


運命をしったあと、可能性など、すべて終わるのだと思います。

いえ、すでに終わっているけど、
今はまだ知っていない・・ということであって・・

負けることも分かっている・・

負けてもいい・・

でも、だからこそ、力みが消えて、全力で自分たちのサッカーができるのだと思いました。

大切なのは、自分たちのサッカーをすることなのだと思いました。

それと同じように、

負けてもいい・・
ということばが、
私たちの余計な力を抜き、
自分たちの人生を、全力で生きれるようになるのだと思いました。


 
  • 2006/09/03-20:08:22
  • 投稿者 : あかり
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[C3718] 負けてもいい~~。。

ジェットコースターで。。最大出力が。。暴走モードで。終わった後でも止まらず。。回転しつづけたりするのかも。。シンクロモードも加速して。。どっからでも行ける状態かも。。なんだか。。そんな感じ。。(ノ∀≦。)ノぷぷ-ッ笑
  • 2006/09/03-19:56:41
  • 投稿者 : バニー
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[C3717] 「負けてもいい」

オシム監督は、悲観的でもなく楽観的でもなく、現実的だと思いました。

自分のチームの状況を的確に分析して、優勝は出来ないと判断。根性論が出てきません。

精一杯やる事だけが、この試合のメリットだと選手に言うのは、選手に不思議な力が出てくるのかもしれないと思いました。

[C3716] >「負けてもいい」

「これ以上は出来ないというくらいのハードな練習を今日までやってきて、試合でも
同じだけハードに動くことだけが自分たちに出来ること。他に出来ることはない…」
 
選手たちに考えることが出来るのは、そこまでなんじゃないかと思います。
そこに更に勝つことを考えるのは、心の負担が重すぎます。
でも周りからは「勝つ」ことを言われ続けて、心の負担は背負いきれないほどになっ
ていたと思います。
 
だからオシム監督が最後に言った「負けてもいいから」の一言でどんなに楽になって
試合に臨む集中力を取り戻したかと思います。
 
監督の言った「負けてもいいから」は、選手を楽にする意味もあったかもしれません
が、選手への的確な指令にもなったのだと思いました。
 
奇跡と呼ばれるような逆転劇や勝利というのは、想像することは出来ても予測するこ
となんて出来ないのだと思いました。
 
「勝つかもしれないから」は、予測不能な事を目標にしてしまうことで、「負けても
いいから」は、勝利が目標ではなく、試合でベストを尽くすことだけが現実だと伝え
ていると思いました。
  • 2006/09/03-18:58:46
  • 投稿者 : ぷく
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[C3715] だめ人間日記。。

ここまでいくと。。なんだか気使って話してるゆとりもないような~~。。。いつまでも夢の中~~。。。という感じもあるような。。。オシム監督。。。次の動きを読んでて。。言葉もかっこいいでっすううう~~^^本をみてきます^^
  • 2006/09/03-17:21:10
  • 投稿者 : バニー
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[C3714] >「負けてもいい」

なんでか涙が出ました・・
まわりがアッと驚く猛練習をやってきたのは、ひとえに勝つためではなかったのかと思えそうなところ、「負けてもいいから」とは、いったい何てことだろうと思いました。
過程が大事なのだと気づきました。
目の前のたかが一度のゴールのためにこれまでを犠牲にしてきたのではない。
あらゆる瞬間において最大限のことをやってきた人たちだからこそ、試合直前の送り出す言葉は「負けてもいい」なのかと感じました。
もりけんさんの言われる「状態を生きる」というのと重なります。
選手たちは監督から言われた「負けてもいい」の一言から、これから臨む試合の勝ち負けだけでなく、死ぬまで続く永遠の瞬間を生きることをつかむんだと思いました。
  • 2006/09/03-16:46:43
  • 投稿者 : ゆくえ
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[C3712] >自分たちのサッカーを思い切ってやろう。負けてもいいから

まず、自分達の力を出し切ってみる・・・そこから始まるのだと思いました。

勝負というのは、双方がちからを出し切ったところで、力のあるほうが勝つんだと思います。その勝負の前に緊張やプレッシャーで、自分達のサッカーができなければ、本当の力は見えないです。

こうなりたいというのが、頭の中にあるのかと思います。そして今、なにをしなければいけないのかというで動、見極めていると思いました。

意味のない「頑張れ」はいらないんだと思いました。今は今の実力でしかない。ならば、その今の実力を最大限にだせ・・と。この言葉は自分自身にもいいきかせました。だせ、と。結果は決まってる・・けれど、やることあるでしょ・・だすときは、出す。

[C3710] 負けてもいい

>「負けてもいい」・・これは正確な表現なのだと思います。
オシムにとって神など不在なのです。奇跡は起きないのです。
>これは運命を知ったあとの私たちのようなものです(笑)。

奇跡は起きない、神などいない・・
オシム監督の厳しい練習内容で、徹底的に弱さ(事実)を
つきつけられ、はじめて等身大の自分とゆうものを知る・・
のだと思います。
自分を棚にあげる人は・・目を逸らして去ると思います。
オシム監督が話すことは事実そのまま・・夢を見させて
選手を持ち上げたってどうにもならないことなんだ・・と
どうしてそんな事実が見えなくなったのか、よほど現実を
生きてなかったと思います。
私もどれだけ・・どれだけ・・自分をかいかぶってきたのだろう
と思う。
これはサッカー選手にだけ言えることではないです。
私も同じです。
どれだけ自分を高く見積もっているのか・・バカだ。
ちゃんと見れば、よくわかることです。
大したことない。奇跡も起こせない。神様でも何でもない。
負けてもいい・・そう言われると力が湧いてくるんです。
等身大の自分の力で突っ走ればいいんだ・・そう思います。
どうせ私なんか、何もできっこない、何も期待しないでくれ・・から
誰も私になんか期待していない、何ができるとゆうわけでもないから
そうゆう風に変わったのは大きいです。
サッカー選手に置き換えたら、だから走れるのだと思います。
期待なんかされてない、とゆうのが事実だし、だから軽くなれる
んだなと思うのです。
頑張れ・・とゆうのは他人事だと思います。
オシム監督はそのままの選手の気持ちがよくわかっているから
だからあんな言葉が言えると思います。自分のことを棚に上げて
たら言えないと思います。
この世で、どれだけそのままの人がいるんだろうか・・
と思います。
ムリしないとそのままの自分って出せないのか・・と思います。
なんでこんな風になってしまったんだろう、そう思います。
時代も世代も関係ない・・そう思いました。
人が人以上にも以下にもなれるわけがない・・
そんな気がしました。所詮、人だとそう思います。
これからもずっとバカでダメは変わらない・・だけど
最低な方へゆくんだ・・と思いました。






 

[C3709] >「負けてもいい」

>その証拠に、前日、ある女性ファン(ドイツ語が堪能なファン)が、オシムと料理の趣味などの話しをしたあと最後に「優勝してくださいね」と言ったのです。ところがオシムはその途端、キレたのです。

オシムは本心を偽らない人と思いました。
「ファンの機嫌をそこねたら」などと相手の思惑を気にして妥協したら出てこない態度と言葉です。
妥協は偽りと思います。
言いたいけれど言わないとかは、つまるところ「自分は他人によく思われたい」から発すると思います。

そして、オシムが本心の人であることを一番よく分かっているのが選手と思います。

・スレッドテーマ  ダメ人間日記
ダメ人間賛成です。
真面目はやってられません。実体は周りに気がねして妥協してばっかりなのに。

[C3708] >「負けてもいい」

コメントをどうぞ

[C3706]

>「それは間違っている。どうしてうちが優勝するんだ? ええ? うちは今年補強したか? 猛練習? そんなものはどこでもやっている。昨年と同じメンバーでしかも三人怪我で失っている」
 
このバカたれが!優勝はするものなのか?現状を見ろよ、こんなつぎはぎチームでも必死でやってんだよ。もしそれをいうなら…お前がどーにかしろ!バカも~~~~ん!!…といわれてる気がしました。一人分だけでなく選手のぶんまで怒ったと思います。現場の叫びだと思いました。怒ったオシムの感じてる重圧って…いつももの凄かったんじゃないかと思います。何時だって叫びだしたくなる場所に、監督して据えられてるんだと思いました。この女性みたいな人に…「オシムジャパンがなんとかしてくれる。オシムがきたから大丈夫」という人に囲まれながら。
 
>「負けてもいい」・・これは正確な表現なのだと思います。オシムにとって神など不在なのです。奇跡は起きないのです。
 
オシムに奇跡はない、そこに引かれるのかもしれないと思いました。(言葉になんなかったけど)願い…奇跡って願ってたけど、いつもそんなものがやってくる事はなかった気がします。オシムの現実とは比べらんないけど、思い出せば、スポーツとかってあからさまに体の話で、どうしようもない局面のとき(点を取られたりミスったり)するとき、「どうにかなんね~かな」って希望をいだくんだけど、ソレがまた自分を弱らせてくという気がしました。足がかえってすくむというか。
 
>これは運命を知ったあとの私たちのようなものです(笑)。
 
運命を知った後の私たち…私はまだ私のバカな人生後半戦の全貌をしりません。知ってなお…どうすんのか…。負けるって知ってて走れんのか…この間六爻でこれはと思う事があって(読めてないとおもうけど)七転八倒しました。どんなカッコいいいっても、感情は乱れます。(私は)でも絶対誰が悪い訳でなくそうなるのだとしたら、失点をした仲間を…どうするのか、今まではソコが人生だった。人や自分を責めるの褒めるの…。まだ、活け造りの鯉だってのを認められませんが…オシムの言葉を神さんの言葉にスライドすると…私には、そのどうしようもないお前を生きるんだよ、といわれてる気がしました。(←なんか多分に感傷的ですいません)

[C3705] >「負けてもいい」

 駒としての機能を優勝という呪縛から放たれて、追行してもらいたかったのかもしれません。わがチームはまず相手より弱いという視点から入ってきていると思います。弱いけど作戦の駒として機能してくれれば、弱いなりの試合ができるのではないかと思いました。 
 作戦を優勝という圧力のかかった試合で再現するには、今迄以上に選手は駒を演じきらなければならないと思いました。それができれば次またオシムが演出を考えてみんなに周知させれば、今回負けたとしても次につながるように思いました。 
 駒をひとりひとりが演じきることによって、より以上の力をだすというような気負いもなくなり、全体としての歯車も円滑に回り、全体としての機能性は、過剰な意識を排除して、高まるかもしれないと思いました。
  • 2006/09/03-09:46:21
  • 投稿者 : yk
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[C3702] >「負けてもいい」

そういえば、前に出ていた記事からも、目の前の勝敗のはこだわっていないという印象がありました。そこに焦点があれば勝ち試合で怒ったりはしないと思いました。もっと、根源的なものを変えようとしているようにおもいました。そうすることによって、おのずと勝ちはついてくるのだと思いますが。。「優勝してくださいね。」にきれたのは、現実的にものをみている人だからかもと思いました。適当に相手に合わせたりする事のない人なのだと思いました.そして,現実的にものをみて、分析して,優勝に導こうとしているのだと思いました。

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「負けてもいい」

 
 本の抜萃です。
 
********************
 
 7月20日、ジェビロとの戦いは文字通り死闘となった。
 試合前、オシムはこう言って選手を送り出していた。
 
「ジェビロはJの中ではナンバーワンのチーム。だから、そこに負けても恥ずかしいことではない。まずは、自分たちのサッカーを思い切ってやろう。負けてもいいから」
 
 負けてもいい。
 
 厳格な監督がホッと漏らしたその言葉が「優勝」という未体験の領域に挑もうとする選手を呪縛から解き放った。
 
*********************
 
 オシムは、すべて計算しているのだと思いました。自分のチームと相手のチームを研究し尽くして、もはや勝ち負けの状態をオシムは知っているのだと思いました。
 
 その証拠に、前日、ある女性ファン(ドイツ語が堪能なファン)が、オシムと料理の趣味などの話しをしたあと最後に「優勝してくださいね」と言ったのです。ところがオシムはその途端、キレたのです。
 
「それは間違っている。どうしてうちが優勝するんだ? ええ? うちは今年補強したか? 猛練習? そんなものはどこでもやっている。昨年と同じメンバーでしかも三人怪我で失っている」
 
 あまりの豹変ぶりに女性は戸惑うだけだったそうです(笑)。
 
「負けてもいい」・・これは正確な表現なのだと思います。オシムにとって神など不在なのです。奇跡は起きないのです。奇跡を期待して「試合は最後まで分からないから、万が一のためにも頑張ってこい。力を抜くな」などとは言わないのです。
 
 これは運命を知ったあとの私たちのようなものです(笑)。
 
 
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24件のコメント

[C3874] 負けてもいい

勝つか負けるかの世界に身を置きながら、このワンフレーズはなかなか言えないのではないかと想いました。今のチームの状態を誰よりもしっているからこそ言える。もし、プロだからとか優勝しなければとか、そのようなねばならない的な監督ならば、そのような発言は、むしろ選手のモチベイトを下げる様に批判されることと想います。しかし、オシムのその言葉には結果がすべてではないと言っているようにも聞こえるし大切なのは自分たちのサッカーをすることそれに今きずくことのように聞こえるました。ただただ普通の状態でない選手たちにとってこれほど緊張感を解いてくれる、言葉はないのかもしれません。なんか、制御をかけてるかのように感じました。
  • 2006/09/08-14:11:50
  • 投稿者 : じんのり
  • URL
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[C3829] >「負けてもいい」

>「試合は最後まで分からないから、万が一のためにも頑張ってこい。力を抜くな」
スポ根マンガなどでは、このセリフの方がよく聞かれるのではないかと思います。
実際のスポーツの場面でも、こういうとはよく言われるように思います。

今までになかった優勝を目の前にして、そして、強いチームという先入観がきっとあったであろう、ジュピロを前にして、選手たちはきっと緊張し、気合バリバリで、がんばるぞ!おー!って感じだったと思います。
何かに向って気合を入れるというのは、一見いいように見えるけど、その状態では、力は発揮できないと、オシム監督は分かっていたのだと思いました。
ほっておけば力が入りすぎる選手たちに、「負けてもいい」の言葉は、とてもリラックスできたのではないかと思いました。
そして、気合でごまかすことなく、奇跡を夢見るのではなく、現実に立つ、今現在に自分を置くことができたのではないかと思います。

「優勝してくださいね」ということばも、つい軽く言ってしまうように思います。
相手を応援している・・という気持ちを表したのだと思いますが、よく考えれば、どう答えたらいいものか・・
ハイがんばります、というのもへんだし、いやいやできません、というのもおかしい。
がんばるも何も・・もうすでにがんばっているのです。
優勝するかどうかは・・やってみなければ分からないこと・・
今はただ、今の状態で試合に臨む・・だたそれだけ。

他にも、その場をつなぐというか、その場をやり過ごすために、相手を持ち上げるような同じような言葉をふっと言ってしまうときがあります(汗)。
逆に、言われることもあります。
ここでキレるオシム監督はさすがだと思いました。

[C3791] こんにちは

なるほど~。じゃぁコレはどうですか?
http://www.dvd-synergy.com/3454
  • 2006/09/06-06:02:13
  • 投稿者 : ゆうな
  • URL
  • 編集

[C3738] 勝つことは「するべきこと」か・・・

もしかしたら、私(達)は「勝たなければならない」ことをいつのまにか自分自身に強要していたのかもしれません。

「勝ち」が上で「負け」が下という差を付けていたように思います。
そのことがいい悪いではなく、それを自己強要したいるかもしれない事のほうがヤバイという気がします。

負けてもいいというのはそういう自己強要から解放するものかもしれません。
しかし、もっと見てみれば制御の一つなのかもしれません。
オシムは選手に対する制御がうまいと思います。

しかし本人がどうか知りませんが、勝つこと=するべきことに対して一歩踏み込んでいる気がしました。
だから最後の詰めをうまく撤退しているように思えるのです。

[C3732] >「優勝してくださいね」

自分が選手でこういわれた場合でも、チーム事情を知らないようなファンの発言は内心はとても嫌だろうと思います。でもファンだからと思いなおして「頑張ります」ぐらいの返答になるんじゃないでしょうか。でもオシムの場合はチームの戦力や状態に対する正確な観察に基づいた自分の見解についてはっきりとのべています。それがあるからこそ「負けてもいい」がでてくるのでしょう。

自分も会社のプロジェクトなどでたまに人を管理する立場になることがありますが、人の実力や欠点・良い点などは意外とはっきり見えるものです。でも、それに基づいた分析とその結果してもらうべき役割を本人にどう伝えるか、回りに今の状態をどう伝えるか、どうすればいいと自分は思うかというコミュニケーションは難しいと感じています。結局実情を知らない立場の強い人や、間違っていると思っても、まるく収めるために押しが強い人の意見に従ったりします。そしてだんだんどうてもよくなっていくんだと思います。

それは結局、日本の組織は、最終的な責任を自分でとらなくてもいいという気楽さがあると思います。しかし、オシムにはそんな「気楽さ」はないと思います。だから大事なところで「それは違う」というのだと思います。
  • 2006/09/04-07:37:18
  • 投稿者 : ナイル
  • URL
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[C3726] >自分たちのサッカーを思い切ってやろう。負けてもいいから


自分たちのサッカーを思い切りできるようになれば、どんな強豪なチームと試合をしても勝つことも可能なのではないかと思います。

本場の試合で自分の力を100パーセント出し切れる人ってどれくらいいるのでしょう。

試験でもそうです。ほとんどの人が普段の実力の70%から80%の力しか出せないと言われています。

自分たちのサッカーが思い切りできるということは、120%の力が出せていることだと思います。

120%の力を出して負けたのならばあきらめがつくでしょう。
  
自分の人生も、「運命」にどんなに翻弄されようとも、自分を120%出し切ったならば、悔いは無いのかもしれないと思いました。






  • 2006/09/04-00:29:45
  • 投稿者 : ばなな
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[C3725] >「負けてもいい」

運命に奇跡はないのだと思います。
生まれるはずのない子供が生まれたのは、奇跡が起きたからではなく、携帯ストラップをつけたからでした。
負けることがわかっているような状況の中で、奇跡を信じて結果に囚われるよりも、どのような状態であったのかをオシムを問うているのだと思いました。
  • 2006/09/04-00:04:56
  • 投稿者 : くるみ
  • URL
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[C3724] >「負けてもいい」

「負けてもいいから」
「私は結果」を受け入れ、概ね結果は決まっていると思われる中でも自分たち流のリスキーな試合をやれとオシムは言っているような感じがします。もし「勝て」と訓示するなら、負けないように守りに入るような場合もあります。でも「負けてもいいから」という指令下では逆説的に攻められます。こういう状態はオシム的にはハンドルを手放させつつ、制御をチームにかけているのではないかと思いました。「私は結果」で概ね勝敗は予想出来る、しかし、だからこそ好きなだけリスクを張れるんだ、奇跡を起こす神なんていない、でもだからこそリスクを張って戦うお前たちこそ神なんだ、オシムはこういうこともいいたいのでしょうか、でも本当に何を考えているか、何を言い出す人なのか分かりません(汗)。
  • 2006/09/03-23:45:24
  • 投稿者 : おかだ
  • URL
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[C3723] >「負けてもいい」

負けてもいいから、という言葉は、選手の気負いや緊張をとって、とにかく全力を出し切ることに集中させたと思います。
奇跡や偶然を期待せず、現実だけがある、という、あきらめと、だから、全力を出し切る他は無い、というあきらめを共有したのだと思います。あきらめ、というのも変かもしれませんが、そのあきらめが、全力を出し切らせたのではないかと思います。
負けてもいいから、という言葉は、そういうふうに、選手に伝わったのではないかと思いました。
  • 2006/09/03-23:09:35
  • 投稿者 : ワヲン
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[C3722] >「負けてもいい」

「神様は信じていないから、何で勝てたかは分析するけどね。」というオシムの言葉を
読んだとき、あぁ、この人は「奇跡の神」の世界には生きていないのだと思いました。
勝ってよし・・ではなく、それもまたデータなのだと。
そして、「監督の頭の中では、先にゲームが終わってるんじゃないかなって思うときがあります。」という選手の言葉もありました。
予想通りに試合が展開するのは、自分のチームを知り尽くし、相手チームを研究し尽くして
いるからこそなのだと思います。
端から見れば、運不運と言えることなんて、いやというほど経験していると思います。
けれど、それは言い訳でしかないのかもしれません。
たとえ負けたとしても、自分たちのサッカーができたかどうか・・・
リスクを冒しても、自分たちのサッカーをしようとしたか・・・なのだと思いました

[C3721] >「負けてもいい」

奇跡はもしかしたらひょっとしたら上手くいくかもしれないといった期待だとすると、
オシム氏はそのようなあいまいな不確かなものを全部排除したのだと思いました。
サッカー選手として現役でいられる時間は限りがあります。
奇跡や期待といった、ありもしないことにエネルギーを消耗するにはあまりにも短い時間
だと思います。
あいまいな不確かなものを全部排除することができるのは、確かなものを全部やるからだ
と思いました。
そして確実に残ったものだけを見据えて、ありのままを選手に伝えたのだと思いました。
そして選手は選手として走っていることができる時間を、一滴も無駄にすることなく燃焼
させることができるのだと思いました。
  • 2006/09/03-21:55:46
  • 投稿者 : イーキン
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[C3719] >「負けてもいい」


>「負けてもいい」・・これは正確な表現なのだと思います。オシムにとって神など不在なのです。奇跡は起きないのです。奇跡を期待して「試合は最後まで分からないから、万が一のためにも頑張ってこい。力を抜くな」などとは言わないのです。
 
>これは運命を知ったあとの私たちのようなものです(笑)。


何が起こるか分からないから、
最後まで気を抜くな・・
奇跡は起きるかもしれないか・・

と、

少なくとも私は、今まで、そうやって生きていました・・

私はどこかで、奇跡の神を信じていたのかもしれません・・

存在しないはずであろう、奇跡の神の存在を。
 

オシムは、数学の才能が高いと聞きました。
物理方程式にパラメータを挿入すれば、正確な答えが出力できるのと同じように、その試合展開や勝敗にいたるまで、すべてを計算しつくしていたと思います。

頑張れ、勝ちに行け・・
というのは、

オシムのチームではなく、
奇跡の神に視点を向けた台詞だから、
オシムは切れたのだと思いました。

奇跡の神などではなく、オレたちを見てくれ・・と。

オレたちを見れば、分かるだろう・・と。


「負けてもいい」といったオシムには、
負けることが分かっていたのだと思いました。

でも、それがどうした・・という思いが、最初からあったのだと思いました。


>これは運命を知ったあとの私たちのようなものです(笑)。


運命をしったあと、可能性など、すべて終わるのだと思います。

いえ、すでに終わっているけど、
今はまだ知っていない・・ということであって・・

負けることも分かっている・・

負けてもいい・・

でも、だからこそ、力みが消えて、全力で自分たちのサッカーができるのだと思いました。

大切なのは、自分たちのサッカーをすることなのだと思いました。

それと同じように、

負けてもいい・・
ということばが、
私たちの余計な力を抜き、
自分たちの人生を、全力で生きれるようになるのだと思いました。


 
  • 2006/09/03-20:08:22
  • 投稿者 : あかり
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[C3718] 負けてもいい~~。。

ジェットコースターで。。最大出力が。。暴走モードで。終わった後でも止まらず。。回転しつづけたりするのかも。。シンクロモードも加速して。。どっからでも行ける状態かも。。なんだか。。そんな感じ。。(ノ∀≦。)ノぷぷ-ッ笑
  • 2006/09/03-19:56:41
  • 投稿者 : バニー
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[C3717] 「負けてもいい」

オシム監督は、悲観的でもなく楽観的でもなく、現実的だと思いました。

自分のチームの状況を的確に分析して、優勝は出来ないと判断。根性論が出てきません。

精一杯やる事だけが、この試合のメリットだと選手に言うのは、選手に不思議な力が出てくるのかもしれないと思いました。

[C3716] >「負けてもいい」

「これ以上は出来ないというくらいのハードな練習を今日までやってきて、試合でも
同じだけハードに動くことだけが自分たちに出来ること。他に出来ることはない…」
 
選手たちに考えることが出来るのは、そこまでなんじゃないかと思います。
そこに更に勝つことを考えるのは、心の負担が重すぎます。
でも周りからは「勝つ」ことを言われ続けて、心の負担は背負いきれないほどになっ
ていたと思います。
 
だからオシム監督が最後に言った「負けてもいいから」の一言でどんなに楽になって
試合に臨む集中力を取り戻したかと思います。
 
監督の言った「負けてもいいから」は、選手を楽にする意味もあったかもしれません
が、選手への的確な指令にもなったのだと思いました。
 
奇跡と呼ばれるような逆転劇や勝利というのは、想像することは出来ても予測するこ
となんて出来ないのだと思いました。
 
「勝つかもしれないから」は、予測不能な事を目標にしてしまうことで、「負けても
いいから」は、勝利が目標ではなく、試合でベストを尽くすことだけが現実だと伝え
ていると思いました。
  • 2006/09/03-18:58:46
  • 投稿者 : ぷく
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[C3715] だめ人間日記。。

ここまでいくと。。なんだか気使って話してるゆとりもないような~~。。。いつまでも夢の中~~。。。という感じもあるような。。。オシム監督。。。次の動きを読んでて。。言葉もかっこいいでっすううう~~^^本をみてきます^^
  • 2006/09/03-17:21:10
  • 投稿者 : バニー
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[C3714] >「負けてもいい」

なんでか涙が出ました・・
まわりがアッと驚く猛練習をやってきたのは、ひとえに勝つためではなかったのかと思えそうなところ、「負けてもいいから」とは、いったい何てことだろうと思いました。
過程が大事なのだと気づきました。
目の前のたかが一度のゴールのためにこれまでを犠牲にしてきたのではない。
あらゆる瞬間において最大限のことをやってきた人たちだからこそ、試合直前の送り出す言葉は「負けてもいい」なのかと感じました。
もりけんさんの言われる「状態を生きる」というのと重なります。
選手たちは監督から言われた「負けてもいい」の一言から、これから臨む試合の勝ち負けだけでなく、死ぬまで続く永遠の瞬間を生きることをつかむんだと思いました。
  • 2006/09/03-16:46:43
  • 投稿者 : ゆくえ
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[C3712] >自分たちのサッカーを思い切ってやろう。負けてもいいから

まず、自分達の力を出し切ってみる・・・そこから始まるのだと思いました。

勝負というのは、双方がちからを出し切ったところで、力のあるほうが勝つんだと思います。その勝負の前に緊張やプレッシャーで、自分達のサッカーができなければ、本当の力は見えないです。

こうなりたいというのが、頭の中にあるのかと思います。そして今、なにをしなければいけないのかというで動、見極めていると思いました。

意味のない「頑張れ」はいらないんだと思いました。今は今の実力でしかない。ならば、その今の実力を最大限にだせ・・と。この言葉は自分自身にもいいきかせました。だせ、と。結果は決まってる・・けれど、やることあるでしょ・・だすときは、出す。

[C3710] 負けてもいい

>「負けてもいい」・・これは正確な表現なのだと思います。
オシムにとって神など不在なのです。奇跡は起きないのです。
>これは運命を知ったあとの私たちのようなものです(笑)。

奇跡は起きない、神などいない・・
オシム監督の厳しい練習内容で、徹底的に弱さ(事実)を
つきつけられ、はじめて等身大の自分とゆうものを知る・・
のだと思います。
自分を棚にあげる人は・・目を逸らして去ると思います。
オシム監督が話すことは事実そのまま・・夢を見させて
選手を持ち上げたってどうにもならないことなんだ・・と
どうしてそんな事実が見えなくなったのか、よほど現実を
生きてなかったと思います。
私もどれだけ・・どれだけ・・自分をかいかぶってきたのだろう
と思う。
これはサッカー選手にだけ言えることではないです。
私も同じです。
どれだけ自分を高く見積もっているのか・・バカだ。
ちゃんと見れば、よくわかることです。
大したことない。奇跡も起こせない。神様でも何でもない。
負けてもいい・・そう言われると力が湧いてくるんです。
等身大の自分の力で突っ走ればいいんだ・・そう思います。
どうせ私なんか、何もできっこない、何も期待しないでくれ・・から
誰も私になんか期待していない、何ができるとゆうわけでもないから
そうゆう風に変わったのは大きいです。
サッカー選手に置き換えたら、だから走れるのだと思います。
期待なんかされてない、とゆうのが事実だし、だから軽くなれる
んだなと思うのです。
頑張れ・・とゆうのは他人事だと思います。
オシム監督はそのままの選手の気持ちがよくわかっているから
だからあんな言葉が言えると思います。自分のことを棚に上げて
たら言えないと思います。
この世で、どれだけそのままの人がいるんだろうか・・
と思います。
ムリしないとそのままの自分って出せないのか・・と思います。
なんでこんな風になってしまったんだろう、そう思います。
時代も世代も関係ない・・そう思いました。
人が人以上にも以下にもなれるわけがない・・
そんな気がしました。所詮、人だとそう思います。
これからもずっとバカでダメは変わらない・・だけど
最低な方へゆくんだ・・と思いました。






 

[C3709] >「負けてもいい」

>その証拠に、前日、ある女性ファン(ドイツ語が堪能なファン)が、オシムと料理の趣味などの話しをしたあと最後に「優勝してくださいね」と言ったのです。ところがオシムはその途端、キレたのです。

オシムは本心を偽らない人と思いました。
「ファンの機嫌をそこねたら」などと相手の思惑を気にして妥協したら出てこない態度と言葉です。
妥協は偽りと思います。
言いたいけれど言わないとかは、つまるところ「自分は他人によく思われたい」から発すると思います。

そして、オシムが本心の人であることを一番よく分かっているのが選手と思います。

・スレッドテーマ  ダメ人間日記
ダメ人間賛成です。
真面目はやってられません。実体は周りに気がねして妥協してばっかりなのに。

[C3708] >「負けてもいい」

コメントをどうぞ

[C3706]

>「それは間違っている。どうしてうちが優勝するんだ? ええ? うちは今年補強したか? 猛練習? そんなものはどこでもやっている。昨年と同じメンバーでしかも三人怪我で失っている」
 
このバカたれが!優勝はするものなのか?現状を見ろよ、こんなつぎはぎチームでも必死でやってんだよ。もしそれをいうなら…お前がどーにかしろ!バカも~~~~ん!!…といわれてる気がしました。一人分だけでなく選手のぶんまで怒ったと思います。現場の叫びだと思いました。怒ったオシムの感じてる重圧って…いつももの凄かったんじゃないかと思います。何時だって叫びだしたくなる場所に、監督して据えられてるんだと思いました。この女性みたいな人に…「オシムジャパンがなんとかしてくれる。オシムがきたから大丈夫」という人に囲まれながら。
 
>「負けてもいい」・・これは正確な表現なのだと思います。オシムにとって神など不在なのです。奇跡は起きないのです。
 
オシムに奇跡はない、そこに引かれるのかもしれないと思いました。(言葉になんなかったけど)願い…奇跡って願ってたけど、いつもそんなものがやってくる事はなかった気がします。オシムの現実とは比べらんないけど、思い出せば、スポーツとかってあからさまに体の話で、どうしようもない局面のとき(点を取られたりミスったり)するとき、「どうにかなんね~かな」って希望をいだくんだけど、ソレがまた自分を弱らせてくという気がしました。足がかえってすくむというか。
 
>これは運命を知ったあとの私たちのようなものです(笑)。
 
運命を知った後の私たち…私はまだ私のバカな人生後半戦の全貌をしりません。知ってなお…どうすんのか…。負けるって知ってて走れんのか…この間六爻でこれはと思う事があって(読めてないとおもうけど)七転八倒しました。どんなカッコいいいっても、感情は乱れます。(私は)でも絶対誰が悪い訳でなくそうなるのだとしたら、失点をした仲間を…どうするのか、今まではソコが人生だった。人や自分を責めるの褒めるの…。まだ、活け造りの鯉だってのを認められませんが…オシムの言葉を神さんの言葉にスライドすると…私には、そのどうしようもないお前を生きるんだよ、といわれてる気がしました。(←なんか多分に感傷的ですいません)

[C3705] >「負けてもいい」

 駒としての機能を優勝という呪縛から放たれて、追行してもらいたかったのかもしれません。わがチームはまず相手より弱いという視点から入ってきていると思います。弱いけど作戦の駒として機能してくれれば、弱いなりの試合ができるのではないかと思いました。 
 作戦を優勝という圧力のかかった試合で再現するには、今迄以上に選手は駒を演じきらなければならないと思いました。それができれば次またオシムが演出を考えてみんなに周知させれば、今回負けたとしても次につながるように思いました。 
 駒をひとりひとりが演じきることによって、より以上の力をだすというような気負いもなくなり、全体としての歯車も円滑に回り、全体としての機能性は、過剰な意識を排除して、高まるかもしれないと思いました。
  • 2006/09/03-09:46:21
  • 投稿者 : yk
  • URL
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[C3702] >「負けてもいい」

そういえば、前に出ていた記事からも、目の前の勝敗のはこだわっていないという印象がありました。そこに焦点があれば勝ち試合で怒ったりはしないと思いました。もっと、根源的なものを変えようとしているようにおもいました。そうすることによって、おのずと勝ちはついてくるのだと思いますが。。「優勝してくださいね。」にきれたのは、現実的にものをみている人だからかもと思いました。適当に相手に合わせたりする事のない人なのだと思いました.そして,現実的にものをみて、分析して,優勝に導こうとしているのだと思いました。

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