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-件のコメント

[C3982] 精神的なたくましさ

場に慣れることによりより外側のメイドとし代替可能な駒として動けるとオシムは考えていたようにな感じました 。オシムは常に外側を意識して選手たちを流れに乗せていったような気がします。
  • 2006/09/12-12:55:23
  • 投稿者 : じんのり
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[C3962] 精神的なたくましさ

なんだか、それこそ、努力してつくれるものではない
ような気がします・・・・。
精神的なたくましさから想像するのは、
「自己を抑えることができる」ということですが、
ここが(今書いていて、ハッとしたんですが)
自己を抑えることができた場合は、主人に迎合している
と思いました。
本来の自分(の気持ち)は、どこにあるのか、です。

駒、というのも「自分を抑えている」ような印象がありまが、
この違い、というのが、面白いと思いました。
どこが違うのか・・・・。。(うーん、、「これ、面白い!」
というのが先に来てしまいました(汗))

・・・それは、人(命令)に対して迎合しているか
していないか、というところだと思いました。
(すぐに思いつかないですが)
もし、駒が何かに迎合しているとしたら、
それは「特定の一人ではなく、全体」なんだと思いました。


全体に迎合して、ほんとうに生き生きできるとしたら、
それは、人は対等だと知ることができる、
という事だと思いました。
  • 2006/09/11-15:43:09
  • 投稿者 : マリ
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[C3960] 個人の手柄に注目するサッカーニュース

サッカーニュースでは今日のバルセロナのロナウジーニョのプレイなど個人の活躍や天才技が取り上げられてる。テレビではスーパープレーのドアッブが繰り返し放送される。しかしオシムサッカーの真髄を伝える場合、選手のアップでは難しく、長回しや遠くからのアングルのニュースばかりになりそうだ。

[C3948] 精神的なたくましさ

精神的なたくましさっていうとどんな場にも馴染んでしまう強靭さみたいなものを連想してしまいます。
現地のものを食べて、真夜中の練習を敢行するなんて
監督も選手も相当たくましいって思えます。まったく評論家とオシムとは差があるのだなって思いました。評論家にも必要のない癖が沢山あるのかもしれないって思いました。
  • 2006/09/10-15:23:55
  • 投稿者 : Ciel
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[C3942] たくましさ

たくましさを考えているとついつい頑強とか重厚なイメージが出てきます。
打たれ強い感じもします。

頑強・重厚はフットワークの重さを感じてしまいます。例えばある方向には壁としての守備が万全だけど、違う方向からは全然よわっちぃかもしれません。

精神的なたくましさが何かよく分かりません。
というか今でも日本代表は十分たくましいと思うからです。
場といち早くシンクロするために、強行スケジュールで文句もあまり言わずガンガンやっているのはたくましいといわずして何というのか・・・分かりません。

スポーツで言われる精神論はいつも空虚な感じがします。
歌の歌詞のようにイメージ先行で語られることが多く、具体的なのに具体的でない気がします。

「精神的なたくましさ」にしても勝手に結論付けて、はいおしまい!という感じがします。

ライターの方には目の前で起こっていることへの興味や好奇心がほんとはないのかもしれません。

[C3938] シェフを帯同せず現地の料理を食べたのは、もしかすると現地の「場」に早く入らせるためかも知れません。

なるほどそういうことかあ~~♪♪。。。サバイバルでは。。とても生き残れないので・・・あきらめまっすうう~~♪♪。。。お風呂とトイレがないと。。チョット。。むり~。。汗汗。。大体、何でも食べれて。。まあ。。それはいい~~^^しかしオシムが望んでいるのは「駒」すなわち代替可能なパーツになることだと思います。・・・サッカー的には。。もち。。そんなことも。。ありえます。。監督の指示ならば。。戦力アップ。。守備力増強。。結果がすべてではないにしても。。。監督の命令は。。絶対的かもね~~。。うんうん~。。でも。。時空的には一概にそうだとはいえません。。監督の指示も蹴飛ばすこともありえると思います。。わたし的には。。そんなに自身があって自己主義なら。。最初から。。巻き込まないで。。てめ~~ひとりでやれ~~!!・・・ありえません!!
 
  • 2006/09/10-10:00:25
  • 投稿者 : バニー
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[C3932] >精神的なたくましさ

 それに向って行く事によって別な意味での選手の選別化、すなわち精神的な支柱という代替可能でない中心選手をつくってしまうのと思いました。 
 「場」に入るという観念は、普段のニュートラルな力発揮する上で、何にもおいて重要な問題であるのかと思いました。苦手なカレー南蛮を「美味しい」といえるように・・。
  • 2006/09/10-05:08:45
  • 投稿者 : yk
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[C3930] >精神的なたくましさ

現地の料理を食べ、真夜中の練習を行う、というのは、一見、精神を鍛えるためにしているように見えるのかと思います。
私もこのことにはそういう面もあるのかと思っていました。。
でも、今回の書き込みを拝見し、それはちょっと違うかも・・と思えてきました。

選手に、駒、代替可能なパーツを望む・・というのは、その人、一人一人の力(精神的な面も含め)を伸ばすというよりも、今もっている力を、チームの中で、そしてその時、その場所の試合で、どれだけ発揮し、うまく機能させるか・・それを考えているのではないかと思いました。

現地の料理を食べる・・というのは、面相師がカレー南蛮をたべたことや、オシム監督が、自分で魚を選び、さばいて刺身で食べる・・というのを同じだと思いました。
その場に入りこむ・・心も体も入り込む・・そこで、駒になれなければ、好き嫌いやこれまでの食習慣にこだわってしまい、気持ちだけでなく、体も反応して、受け付けない場合もあるかもしれない・・と思いました。

また、スポーツというものは、体と心を鍛えるもので、勝つためにはそれが必要・・・という、先入観が、多くの人の中にあるのではないかと思います。
そういう目で現地の料理を食べるなどということを見ると、それで精神的なたくましさを身につけようとしたんだ、となるのではないかと思いました。

[C3922] >代替可能なパーツに向かって「精神的なたくましさ」を要求しますか?

さっきエンター間違って押した(汗)
代替可能のパーツの場合、たくましさの種類がなんか違うような気がする。強い個をむしろ殺してどこでもなんでもやるようにって感じやから、個の個性はなくなる方向やから、ずっと雑草であり続けるたくましさ‥みたいになるんやろか‥それもヘタすると被害者意識を持ちそうなところを、自分のことよりチーム優先に‥たくましくなろうとか思ったら、自分のことを忘れられないような気がする‥
  • 2006/09/09-23:40:20
  • 投稿者 : 龍(ロン)
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[C3921] >代替可能なパーツに向かって「精神的なたくましさ」を要求しますか?

コメントをどうぞ
  • 2006/09/09-23:32:55
  • 投稿者 : 龍(ロン)
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[C3920] 現地のものを食べる・・

真夜中に練習する・・
というと、アタマから苦行だと思ってしまいます。
しかし、オシムはそうは思っていなかったのではないでしょうか。
自分が人に苦行を押し付けているという風に思っていたとすれば、そこには加害者意識と罪悪感がたちはだかるはずです。
そういうものがあれば、ああいう行動には出られないでしょう。
罪悪感がないからやれるんでしょう。
罪悪感がないとすれば、苦行を押し付けているつもりもないわけだし、だとすれば、これは修行ではありません。
それらが修行でないとすれば、そこから精神的なたくましさを育てて欲しいと期待することもなかったと思います。
  • 2006/09/09-22:54:13
  • 投稿者 : L.B.
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[C3919] >精神的なたくましさ

一般的な精神的なたくましさとは、何ごとにも動じない精神力のことだと思います。
 
何ごとにも動じないとは、外側の変化に対して、私は変わらないということです。
 
もしも、オシムがこのような精神力を選手に求めているのだとしたら、
国際試合の経験が豊富なベテランや、海外のクラブで活躍している選手を
代表に選んでいると思います。
 
オシムが選手に求めているのは、まったく逆のように感じます。
 
いかなる場所でも、その場所に入り込んでしまえる、たくましさ・・
 
外側の変化に敏感に反応して、変わっていく・・そこに個はありません。
 
個を追いかけている評論家には、その感覚が分っていないと思います。
  • 2006/09/09-22:23:46
  • 投稿者 : 福
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[C3918] >精神的なたくましさ

精神的な強さとは私はしなやかさや柔軟性でもあると思っています。どういう状況にも対応できるというような。。そういうものは、根底に強さがないと生まれてこないと思っているからです。また、話は違いますが、5年生の長女が夏に2泊3日の林間学校に行きました。毎年、5年生が行くのですが、校長先生に言わせると、その林間学校から帰ってると5年生は変わるのだそうです。日頃とは違う体験がそうさせるのではと思ったりします.まあ,もしかしたら,年齢的なものもあるのかもしれませんが、短期間で変わるみたいです.私には娘の違いはよくわからないのですが、毎年多くの生徒を見てきている先生はそう言ってたそうです。(ちなみに今年の5年生は200人位います。)ちょっとずれた話かもしれませんが、私の思う精神的なたくましさと一般的なたくましさってどうも違っていたような気がしたので。。

[C3917] >現地の料理を食べ、真夜中の練習まで敢行しながら

オシムは開放に向かっているのだと思いました。厳しさや制御ばかり伝えられますが、数日間オシムについて考えてきて、今はこのように思っています。

オシムは外国人です。当然本国のチームのユースと日本人選手を比較するはずです。そして何が弱いか、何が強いか、何を改善すればいいかを意識しているはずです。

おそらく真実を知ることによる開放や魂レベルでの開放を求めているのかどうかはわかりませんが、それでも開放に向かおうとしていることだけは、間違いはないのではないかと思います。

俊輔は自分のチームで連続出場し、平山はホームシックで帰国しました。そして思い浮べるのはやっぱりヒデです。中田はイタリアのチームに移ったときに、非常に短期間でイタリア語を話すようになりました。渡英したときも現地なまりの英語を驚くほど上手に話すことができるようになりました。何か中田はとても同世代のサッカー選手に比べると開かれているような気がしました。

サッカーは文化であり、情熱であり、魂だといいます。多くの人が違う表現のしかたで、このことを語ってきました。それを理解するというのは、とても単純なことでありとても難しいことだと思います。ヒデはそれを自分の血肉にする方向で進んだと思います。ヒデはサッカーが言語であるということを理解していたと思います。言語なのだから文法や構文を分析するよりもまず身に着けるしかないのだと。

「解き放つ」ということが必要なのだと思います。何の開放かというと脚の労働からの解放です。日本の場合、相撲のすり足はありますが、サッカーのようなステップはあまり伝統の中にないのではないかと思います。手の労働からの開放はあります。若者のハラジュク・ダンスや民謡の手踊りというのが日本の文化の中にはありますが、アイルランドのリバーダンスやサッカーのドリブルのような脚の遊びはないような気がします。そしてサッカーの「言語」というのはたぶんこっちです。

労働に縛り付けられた脚ではなく、狩猟のための脚、そして遊びのための脚です。それは、やはり、生活していくということからは、少し逸脱した場所に位置し、魂となんらかのやり方で、結びついているような気がします。

W杯の日本の試合を見ていても「格下」のチームの選手に支配しているボールを実に簡単にカットされてしまうことが多かったような気がします。たぶんジダンのような(汗)ねちっこくいやらしいステップを踏むことができたら、あんなに簡単にボールを頻繁にカットされることはなかったのではないかと思います。

たぶん、日本の選手は全体的に脚がこのような意味で開放されてはいないのではないかと思います。「遊び」ではなく労働するための脚から脱却していないのだと思います。そして、脚がもう少しウイッティに動くようにするためには、おそらく脳の回路を少しいじる必要があって、そのあたりを柔軟にするために、現地の料理を食べたり、(時差対策もあると思いますが)真夜中に現地の(野外で?)練習をするなどという、通り一遍ではないことをやって、選手が持っている「前提」を崩す作業をしているのではないかと思いました。

まだ時間はあるので、そのようなことからやっていっても、南アW杯には十分間に合うのではないかと思います。
  • 2006/09/09-21:11:17
  • 投稿者 : ナイル
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[C3916] >選手に「天才になれ」と望むのなら、精神的なたくましさもアリです。

天才がなぜ尊敬されるのかと言えば、まさしくその精神的なたくましさもあるからです。
これはスポーツ選手に限ったことではありません。
ロシアの文豪ドフトエフスキーも、政治思想犯で捕まって、独房に入れられ、銃殺される
寸前に恩赦で命拾いしています。
彼だけに限らず天才はそのジェットコースターのような波乱万丈な人生をあらかじめ用意
されているが故に、その人生をなぞっているうちに精神が鍛えられるのか、それとも元々
制御のかかったキツイ人生だから、精神力を最初から強いものとして用意されているのだ
と思います。
海辺で小次郎の刀より長い櫂を拾ったり、日照時間や引き潮作戦は、精神力の強さなど
どこにも見当たりません。
むしろ弱いことを知っているがゆえの行動だと思います。
駒が外側に全権をゆだねるのであれば、中味の素晴らしさはどうでもよいのだと思いまし
た。
むしろ駒でいることは無敵なのだと思えてきました。
  • 2006/09/09-21:02:43
  • 投稿者 : イーキン
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[C3915] >精神的なたくましさ

「精神的なたくましさ」という言葉は、「我の強さ」を思わせます。我を強くすると、相対的に周りが弱くなります。
我を強くすると言うのは、「個」の価値観を上げるというものです。

「駒」、「代替可能」には、「個」の価値観がありません。
だから、「天才」を「凡人」と取り替えてもいいのです。(笑)
一見、「私にかけがえのない価値がない」と言うのは、機械的で人間的ではないように思えます。

でも、強い「個」、優秀な「個」に価値が集中して、「凡人」が代替可能な「駒」以下、零コンマの扱いを受ける方がよっぽど非人間的だと思います。

[C3914] >ありのままのオシムジャパンは何処にいるのでしょうか?

どこにいてもかまわない。
 
>いわゆる『オシム語録』というヤツも聞いた側・読んだ側が勝手に深読みして意味を「与えている」に過ぎないのかもしれません。
 
当たり前です。五行の、間接の世界なら、特に・・

>見る側・聞く側のひとり相撲?

フシトモ増刊号を読んでいないのかも・・(笑)。独り相撲はあり得ない・・。

[C3913] 見る側・聞く側のひとり相撲?

オシム氏は何も考えていないのかもしれません(笑)。
いわゆる『オシム語録』というヤツも聞いた側・読んだ側が勝手に深読みして意味を「与えている」に過ぎないのかもしれません。
ありのままのオシムジャパンは何処にいるのでしょうか?
  • 2006/09/09-20:36:50
  • 投稿者 : くらた
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[C3912] 精神的なたくましさ

今の代表選手には、精神的たくましさの話はまだ先の事ではないかと思っていました。

なぜならば、初代表に選ばれた選手も多い中、今はとくかく勝ちたい、オシムの言うことを理解したい。という気持の方が大きいのではないかと思います。

だから、川口選手もオシムのやり方を知っている選手に話を聞きに行ったのだと思います。

さらに言えば、オシムは精神的たくましさなどそんなに気にしていないのではないかと思います。

どれだけ走れて、どれだけ戦術を理解するかだけ気にしていると思います。

選手もそこに焦点を合わせたら、生き残れる事を既に知っているのではないかと思います。

[C3911] >精神的なたくましさ

ワールドカップは4年に一度行われます。今現在の勝ち負けはオシムさんの進退問題以外は誰にも影響がありません。リスクがあるのはオシムさんだけです。新しく選ばれた選手はいい経験をしているぐらいにしか思っていないのかもしれません。その温度差を埋めようとオシムさんはしている様子もなく、オシム流を言い続けているのは オシムさんも含めてみんなが代替可能なのだといいたいのだと思いました。

[C3910] >精神的なたくましさ

は、全くございません・・
もりけんさんのサイトに参加して以来、何度ジクジク塩をまかれたナメクジのようになってることか・・
レスにいいわけや恨み言を散りばめたり、よし辞めよう!今まで参加してたのが不思議なんダと自分を誉めたりなぐさめたりなのデス。
が、辞めようと思うとレスしたくなる、書き込める不思議も覚えました・・
案外シブトイ自分発見カモなのでした。

で、この記者さんは、試合に勝つと「彼らは精神的にもたくましくなった」とか書くのミエミエで勝手なモンだと思います。
どうも、始まったばかりのオシムジャパンについて、好奇心を発揮して探りを入れるような、読者に問いを投げかけてくるような記事を書く人は柔軟で素敵に思え、そうでない自分のモノサシを頑固にたずさえ、しょっぱなからキツイ野次を飛ばす記者さんはふんぞり返ったモテないオヤジに思えます。
前者は方向性を定めてないようなのに対して、後者は積み上げてきたものガチガチという気がします。
精神的なたくましさを望むなら、若い選手を育ててやれよ!と思います。
ファンや観客をノせるような記事を書かんかい!と思います。

でも、きっとそんなこと必要とすることなく、選手たちはメキメキ調子を上げてくること間違いないと思います。
常に交代=代替可能が頭にあるって、非情とか冷酷なのではなくて、案外、楽だと思うのです。
個への重圧が全くなくてお気軽楽チン、そしてプレイに熱中できると思います。
皆が熱くつないでつないでつないだ結果、勝利があると思います。

スレッドテーマ、おかしいデス。
この前、メインレスにお婿さん談があったの楽しかったデス。

ナメクジって久しく見かけませんが絶滅してはないでしょうか・・こうなったら希少価値だナ。
  • 2006/09/09-19:32:19
  • 投稿者 : ゆくえ
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[C3909] >精神的なたくましさ

マスコミやスポーツ評論家たちのほうが意識改革したほうがいいんじゃないかと思います。
精神的なたくましさなど身につけたら、ますます個をアピールするようになってしまうと思います。
  • 2006/09/09-19:15:02
  • 投稿者 : くるみ
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[C3908] >精神的なたくましさ

そもそも、精神的なたくましさって何らかの方法で身にけることが可能なのでしょうか?

生まれえたときのエネルギーの強さによって決めえられているのならば、後天的な努力によって強まるものでもないと思います。

オシム監督は科学的なサッカーをやろうとしているのではないでしょうか。

ヒーローを作らずに、選手全員を代替可能なパーツにしたてたほうが勝率は高まると判断したのでしょう。

サッカーって、或る意味では人々の夢や希望を体現したものだと思うし、だからヒーローが好まれるのでしょうか、オシム監督にとってサッカーって何を意味するのでしょうか。





  • 2006/09/09-18:05:23
  • 投稿者 : ばなな
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[C3907] >精神的なたくましさ

これってなんだろう、と考えました。
多分「何が何でも、勝つ、という自負心」みたいなものかな、と思いました。自分を頼みにしている小次郎を彷彿とさせます。

オシム監督は「負けてもいい」と言います。全くの逆を突いてきます。自分一人が頑張ることで勝利に導ける選手など、要らないのだと思います。誰がいつどこに存在していても同じようにプレーできるチームを目指しているのだと思います。

「お前は弱い」を思い出します。オシムが「お前はスターじゃない、お前は駒だ」と言ってるようです。「自分は駒なんだ」と自覚したとき、いつでも誰でもどこにでも配置できる戦力になれて、それこそ誰に頼るでもない、全てが横並びで全てが代替可能で全てが繋がり合っているプレーができるのだと思います。

そこに必要なのは、自負心ではなく、自分を駒だと認識できる「成り下がり」感・・とでも言えばいいでしょうか。(メインから言葉を拝借いたしました)

「場」は自負心を持ったスターがこれから征服するための舞台ではなく、駒が駒として最大限の力を出せるための強力な味方になる外側なのだと思います。だからオシムは「場」を大事にし、そこに溶け込むことを第一義にしたのだと思いました。
  • 2006/09/09-15:45:03
  • 投稿者 : ぱらむ
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[C3906] >精神的なたくましさ

ホントそうです。現地入りしてからは、精神的なたくましさなんか、身に付く暇がないです。
やはり、郷に入ったのだから早く郷にしたがえるようにオシムはしたかったと思います。
しかしマスコミってヒーローを作りたがるな~。

[C3905] 精神的なたくましさ

代替可能なパーツに求められるものって・・しなやかさとか
柔らかさ、かもしれません。
肉体的に、たくましくあるのは必要かもしれませんが・・。
取って変えられるわけですから、もしもそこにいたいのなら
自分を変幻自在に出来ることが、一瞬一瞬の場の要求(?)
に答えられることが出来ることが必要なのでは・・と、思います。
何でも出来る・・走れる、守れる、考えて動ける・・
そうゆう人がいっぱいいる、その中のうちのひとりであり
誰かがケガで出られなくなっても、替えがきく人たちです。
こうして考えると、天才よりすごいのではないか・・と、思います。
オールマイティです。派手さはないけれど(爆)
川口をセンターフォワードにして練習した時・・
川口はすごく動揺しているようにインタビューから、感じました。
GKとゆう特殊なポジションでさえ、チーム中のものです。
駒になれない人は、サッカーがチームプレイであることを忘れて
いるのかもしれません。
わかっているけれど・・駒に成り下がれないのかもしれない、
そう思いました。

[C3904]

>シェフを帯同せず現地の料理を食べ
 
この記事には心底驚いたのです。
そもそもシェフを同行させるのというのは食中毒の危機管理がからんでるみたいだったので。危機管理、それって大事な事じゃないのかと。いざとなったら皆倒れろという事か?!倒れればそれまでなのか?!それってチームとしてどうなのか?!とかなり「?」の嵐でした。管理者(責任者)はそれをどう考えるのか…と次に思いました。
しかし考えてみれば選手はお客様ではないのです。なぜチームで管理しなくてはいけないのか…。では選手に「心頭滅却すれば火もまた涼し」みたいに、どっかしら「徹底自己管理すれば食中毒もまたこわからず」とでもいっているのかと思いました。…「精神的たくましさ」をもとめているのかと思いました。
 
しかしそんな事で食中毒の危険にさらすだろうか…と思いました。

> しかしオシムが望んでいるのは「駒」すなわち代替可能なパーツになることだと思います。 
>代替可能なパーツに向かって「精神的なたくましさ」を要求しますか? 
 
すっごい考えてましたが…オシムに取ってアクシデントはあって当然のものなのかと思いました。否応無しにチームのパーツが無くなったり取り替えざるおえなくなるような状況が普通なのかと思いました。選手が倒れる、それは食中毒にかぎりません。そういうものを精神的に頑張って(できるのかという疑問もありますが)個がひとつ乗り越えたところで…それで万事解決するのかと思いました。
なんか…オシムの敵はほんとに「運」なのかもしれないと思います。オシムって人はどうしようもない「運」を感じてるんじゃないかと思います。自分自身どうやったってソコでその時やるしかないというような、諦めがある気がしました。アクシデントすらあたりまえのところで…個の精神論ではなくて瞬間ギリギリの正確な現状把握で考えてるのではないかと思いました。それを冷静に見ているのではないかと思いました。
 
> 「戦えない」お嫁さま(姑&舅問題)
 お嫁なぜ戦えないか…オシムと走ると見えてくる気がします。それはお嫁パーツだから…かなと思います。(汗)

[C3903] >精神的なたくましさ

「場」は客観的な状況と言えそうに思いました。
「勝つ」という主観的立場を優先したら、精神的たくましさに向かうと思います。

車で一直線に走って目的地に行こうとしても、道路がなければ迂回しなければなりません。
何が何でも一直線に向かおうとして道なき道を走っても無理というものです。
「勝ちたい」と道なき道を一直線に走るのは似ていそうです。
「場」という客観的な状況(道路)の制約の前には、どうやっても勝てないと思います。

「場」に溶け込んだ「個」は「駒」になった状態とと思いました。

[C3902] >精神的なたくましさ

オシム監督の求めているものは次元が少し違うのかもしれません。

どこかの番組で解説者が「考えて走るのは当たり前で、それぞれの個性や持ち味をもっと出していかないと」といったことを言ってましたが、その通りなのかもしれませんが何か微妙な違和感がありました。確かどこかでオシム監督が「自分をアピールするような選手は必要ない」といったニュアンスのことを言っていたからです(汗)

そもそも、20年近くサッカーをやり続けている選手に「精神的なたくましさ」が無いとは思えないし、日本選手の勤勉さに呆れることもあるオシム監督が今更それを求めているとは思えません(汗)
それより「精神的なたくましさ」でガチガチでは見えないものを示しているような気がします。

それにしても、もりけんさんは普段サッカー観られないのですよね?どうしてこんなに解説や評論やっている人達(自分も潜在的にはそういうことしちゃうところがあります(汗))に見えないような的を得た視点が次か次へと出てくるのかが不思議です。(汗)

やっぱり、下位の問いをどこかに持ちながら観ているからなのでしょうか・・・

[C3901] >精神的なたくましさ

>「シェフを帯同せず現地の料理を食べ、真夜中の練習まで敢行しながら、精神的な
>たくましさは身に付かなかった」
 
何ヶ月も合宿した後の選手達のことを書いてるような記事だと思いました。
でもたった数日のことなら、精神的なたくましさと言っても「身に付く」
種類のたくましさじゃないと思いました。
 
私はオシムが、選手達が早く気持ちを切り替えられるための補助をしている
ように思いました。
選手の背中をバシッ!と叩いて「ほらっ!イエメン戦だぞ!」って言ってる
みたいです。
 
慣れない食事や練習は、視点を変えれば刺激にもなるんじゃないかと思います。
そういう刺激を受け入れられたら、切り替えも早くなって、試合に臨む体制が
早く出来上がりそうだと思いました。
 
これが「もうどんな食事が来ても慣れたから平気」という意味のたくましさに
なったら、刺激にはならないから気持ちの切り替えの早さには繋がらないと思
いました。
 
> 代替可能なパーツに向かって「精神的なたくましさ」を要求しますか?
 
私が駒で、駒であることを自覚していたら、急に使うと言われても、急に外す
と言われても、そのことにいつまでも動揺していないですぐに指示されたこと
を実行に移すのが今要求されていることだと考えると思います。
選手全員が考えるだけじゃなく、その通り実行できるようになった時、チーム
全体の力はアップするように思いました。
  • 2006/09/09-11:24:14
  • 投稿者 : ぷく
  • URL
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[C3900] >精神的なたくましさ

>「シェフを帯同せず現地の料理を食べ、真夜中の練習まで敢行しながら、精神的なたくましさは身に付かなかった」 <これを読んで,何を根拠にそう言ってるのかと思いました。今思えば,すぐに出る結果を求めての発言のように思いました。現地の料理を食べ真夜中の練習をし。。すぐに、目に見えるような結果はでなかったかもしれませんが、そういう事を体験した選手達は、今までとは違うのではないかと思います。その結果は徐々に出てくるのではないかと思っています。天才と呼ばれる人は天性の才能もあるかとは思いますが、地道な努力も人一倍してるのではないかと思います。私はオシム氏は1人1人たくましくしようと思っているのではないかと思っています。今まで天才の陰に隠れ、天才に依存していた人達をも。。そうすることで層も厚くなって、誰が何をするかわからないチームになるかもしれないと思っています。

[C3899] >精神的なたくましさ

>選手に「天才になれ」と望むのなら、精神的なたくましさもアリです。
>しかしオシムが望んでいるのは「駒」すなわち代替可能なパーツになることだと思います。 
 
>代替可能なパーツに向かって「精神的なたくましさ」を要求しますか?


もりけんさんが、一昨日、不思議研究所のHPのひとりごとのコーナーに、「精神的なたくましさ」をテーマにしようと書いたときから、
精神的なたくましさ・・っていったいなんだろう。。と考えていました。

で・・ずっと、分からなかったのですが、
きょうのもりけんさんのブログの書き込みを読んで、

精神的なたくましさ・・っていうのは、
「負けない」という強い気持ちなのかなと思いました。

だから、オシム監督は、負けてもいい・・といった。
だから、オシム監督は、精神的なたくましさなど、求めていないということ・・


>シェフを帯同せず現地の料理を食べたのは、もしかすると現地の「場」に早く入らせるためかも知れません。
>真夜中の練習まで敢行したのも、同様かも知れません。
 

私も、そう思いました・・

現地の食を食べることは、その現と同化することに等しいのかもしれません・・

面相師が、カレー南蛮を食べて、美味しかったといったことが、脳裏をよぎりました。

真夜中の練習・・

現地について行った、初めてのことは、練習。
普通ならば休養であるはずが、練習です。

この話をきいたとき、
もりけんさんが、不思議調査で、
なによりも、書き込みを優先していることと、同じことのように思いました。

ぎっくり腰になっても、生放送をやり、なんだか楽しかったですと言ったもりけんさんと同じだと思いました。

過酷だけど、へばっている場合じゃなくて、
でも、なんだか、楽しい


代替可能なパーツって、

場に同化して、エゴがなくて、
ぎりぎりの状態でへばらない・・って感じがしました。

精神的なたくましさ・・
っていうのは、エゴで、勝とうという気持ちだと思いますが、

場に同化すると、エゴはきっと無くなってしまうのだと思いました。


 

  • 2006/09/09-10:52:20
  • 投稿者 : あかり
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[C3898] >精神的なたくましさ

オシムは確か試合前に選手に、どんな悪条件でもパニックになるな
と言ったと解説されていました。私もよく仕事でパニくるので分かるのですが、パニックになる時って、自分でなんとかしよう、コントロールしようとしたときパニックになります。コントロールしようとしても自分でコントロール不能だと分かり余計にパニックに…。もう、パニックが止まらないんじゃないか状態です。オシムの言っている精神力とは、自分がコントロールしようという気持ちを捨てよ!と言っているのだと思いました。自分がご主人になるなと メイドに成り下がる精神力をつけろと言った気がしました。
  • 2006/09/09-10:48:48
  • 投稿者 : なんしぃ
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[C3897] >「個」のたくましさに依存したら、オシムのサッカーは無い・・そんな風に感じるから、私はブログを書いているのです。

オシム氏の考え方ともりけんさんの考えが一致しているかどうか、本人に聞いたわけでは
ないからわからないですし、もしオシム氏本人に聞く機会があったとして、質問したとし
たら、もしかしたら「えっ、私はそんなこと考えてませんよ」と言うかもしれません。
しかし問題は一致しているかとか、正しいかが問題ではないのです。
オシム氏から正解を引き出すことではなく、もりけんさんがオシム氏を題材に問い続ける
ことができるかどうかが、問題なのだと思いました。
  • 2006/09/09-10:12:07
  • 投稿者 : イーキン
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精神的なたくましさ

 一昨日のイエメン戦に対する記事に、以下のものがありました。
 
「シェフを帯同せず現地の料理を食べ、真夜中の練習まで敢行しながら、精神的なたくましさは身に付かなかった」
 
 オシムは一般的な意味で言うところの「精神的なたくましさ」を求めているのだろうか・・。
 私は違うような気がします。
 
 シェフを帯同せず現地の料理を食べたのは、もしかすると現地の「場」に早く入らせるためかも知れません。
 真夜中の練習まで敢行したのも、同様かも知れません。
 
 オシムが一般的な意味で言うところの「精神的なたくましさ」を求めているのなら、「負けてもいい」などとは言わないと思います。
 
 選手に「天才になれ」と望むのなら、精神的なたくましさもアリです。
 しかしオシムが望んでいるのは「駒」すなわち代替可能なパーツになることだと思います。 
 
 代替可能なパーツに向かって「精神的なたくましさ」を要求しますか?
 
 いわゆる評論家たちは、オシムの言うところの代替可能なパーツという概念を、分かっていないのではないかと思います。
「個」のたくましさに依存したら、オシムのサッカーは無い・・そんな風に感じるから、私はブログを書いているのです。
 
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34件のコメント

[C3982] 精神的なたくましさ

場に慣れることによりより外側のメイドとし代替可能な駒として動けるとオシムは考えていたようにな感じました 。オシムは常に外側を意識して選手たちを流れに乗せていったような気がします。
  • 2006/09/12-12:55:23
  • 投稿者 : じんのり
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[C3962] 精神的なたくましさ

なんだか、それこそ、努力してつくれるものではない
ような気がします・・・・。
精神的なたくましさから想像するのは、
「自己を抑えることができる」ということですが、
ここが(今書いていて、ハッとしたんですが)
自己を抑えることができた場合は、主人に迎合している
と思いました。
本来の自分(の気持ち)は、どこにあるのか、です。

駒、というのも「自分を抑えている」ような印象がありまが、
この違い、というのが、面白いと思いました。
どこが違うのか・・・・。。(うーん、、「これ、面白い!」
というのが先に来てしまいました(汗))

・・・それは、人(命令)に対して迎合しているか
していないか、というところだと思いました。
(すぐに思いつかないですが)
もし、駒が何かに迎合しているとしたら、
それは「特定の一人ではなく、全体」なんだと思いました。


全体に迎合して、ほんとうに生き生きできるとしたら、
それは、人は対等だと知ることができる、
という事だと思いました。
  • 2006/09/11-15:43:09
  • 投稿者 : マリ
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[C3960] 個人の手柄に注目するサッカーニュース

サッカーニュースでは今日のバルセロナのロナウジーニョのプレイなど個人の活躍や天才技が取り上げられてる。テレビではスーパープレーのドアッブが繰り返し放送される。しかしオシムサッカーの真髄を伝える場合、選手のアップでは難しく、長回しや遠くからのアングルのニュースばかりになりそうだ。

[C3948] 精神的なたくましさ

精神的なたくましさっていうとどんな場にも馴染んでしまう強靭さみたいなものを連想してしまいます。
現地のものを食べて、真夜中の練習を敢行するなんて
監督も選手も相当たくましいって思えます。まったく評論家とオシムとは差があるのだなって思いました。評論家にも必要のない癖が沢山あるのかもしれないって思いました。
  • 2006/09/10-15:23:55
  • 投稿者 : Ciel
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[C3942] たくましさ

たくましさを考えているとついつい頑強とか重厚なイメージが出てきます。
打たれ強い感じもします。

頑強・重厚はフットワークの重さを感じてしまいます。例えばある方向には壁としての守備が万全だけど、違う方向からは全然よわっちぃかもしれません。

精神的なたくましさが何かよく分かりません。
というか今でも日本代表は十分たくましいと思うからです。
場といち早くシンクロするために、強行スケジュールで文句もあまり言わずガンガンやっているのはたくましいといわずして何というのか・・・分かりません。

スポーツで言われる精神論はいつも空虚な感じがします。
歌の歌詞のようにイメージ先行で語られることが多く、具体的なのに具体的でない気がします。

「精神的なたくましさ」にしても勝手に結論付けて、はいおしまい!という感じがします。

ライターの方には目の前で起こっていることへの興味や好奇心がほんとはないのかもしれません。

[C3938] シェフを帯同せず現地の料理を食べたのは、もしかすると現地の「場」に早く入らせるためかも知れません。

なるほどそういうことかあ~~♪♪。。。サバイバルでは。。とても生き残れないので・・・あきらめまっすうう~~♪♪。。。お風呂とトイレがないと。。チョット。。むり~。。汗汗。。大体、何でも食べれて。。まあ。。それはいい~~^^しかしオシムが望んでいるのは「駒」すなわち代替可能なパーツになることだと思います。・・・サッカー的には。。もち。。そんなことも。。ありえます。。監督の指示ならば。。戦力アップ。。守備力増強。。結果がすべてではないにしても。。。監督の命令は。。絶対的かもね~~。。うんうん~。。でも。。時空的には一概にそうだとはいえません。。監督の指示も蹴飛ばすこともありえると思います。。わたし的には。。そんなに自身があって自己主義なら。。最初から。。巻き込まないで。。てめ~~ひとりでやれ~~!!・・・ありえません!!
 
  • 2006/09/10-10:00:25
  • 投稿者 : バニー
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[C3932] >精神的なたくましさ

 それに向って行く事によって別な意味での選手の選別化、すなわち精神的な支柱という代替可能でない中心選手をつくってしまうのと思いました。 
 「場」に入るという観念は、普段のニュートラルな力発揮する上で、何にもおいて重要な問題であるのかと思いました。苦手なカレー南蛮を「美味しい」といえるように・・。
  • 2006/09/10-05:08:45
  • 投稿者 : yk
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[C3930] >精神的なたくましさ

現地の料理を食べ、真夜中の練習を行う、というのは、一見、精神を鍛えるためにしているように見えるのかと思います。
私もこのことにはそういう面もあるのかと思っていました。。
でも、今回の書き込みを拝見し、それはちょっと違うかも・・と思えてきました。

選手に、駒、代替可能なパーツを望む・・というのは、その人、一人一人の力(精神的な面も含め)を伸ばすというよりも、今もっている力を、チームの中で、そしてその時、その場所の試合で、どれだけ発揮し、うまく機能させるか・・それを考えているのではないかと思いました。

現地の料理を食べる・・というのは、面相師がカレー南蛮をたべたことや、オシム監督が、自分で魚を選び、さばいて刺身で食べる・・というのを同じだと思いました。
その場に入りこむ・・心も体も入り込む・・そこで、駒になれなければ、好き嫌いやこれまでの食習慣にこだわってしまい、気持ちだけでなく、体も反応して、受け付けない場合もあるかもしれない・・と思いました。

また、スポーツというものは、体と心を鍛えるもので、勝つためにはそれが必要・・・という、先入観が、多くの人の中にあるのではないかと思います。
そういう目で現地の料理を食べるなどということを見ると、それで精神的なたくましさを身につけようとしたんだ、となるのではないかと思いました。

[C3922] >代替可能なパーツに向かって「精神的なたくましさ」を要求しますか?

さっきエンター間違って押した(汗)
代替可能のパーツの場合、たくましさの種類がなんか違うような気がする。強い個をむしろ殺してどこでもなんでもやるようにって感じやから、個の個性はなくなる方向やから、ずっと雑草であり続けるたくましさ‥みたいになるんやろか‥それもヘタすると被害者意識を持ちそうなところを、自分のことよりチーム優先に‥たくましくなろうとか思ったら、自分のことを忘れられないような気がする‥
  • 2006/09/09-23:40:20
  • 投稿者 : 龍(ロン)
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[C3921] >代替可能なパーツに向かって「精神的なたくましさ」を要求しますか?

コメントをどうぞ
  • 2006/09/09-23:32:55
  • 投稿者 : 龍(ロン)
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[C3920] 現地のものを食べる・・

真夜中に練習する・・
というと、アタマから苦行だと思ってしまいます。
しかし、オシムはそうは思っていなかったのではないでしょうか。
自分が人に苦行を押し付けているという風に思っていたとすれば、そこには加害者意識と罪悪感がたちはだかるはずです。
そういうものがあれば、ああいう行動には出られないでしょう。
罪悪感がないからやれるんでしょう。
罪悪感がないとすれば、苦行を押し付けているつもりもないわけだし、だとすれば、これは修行ではありません。
それらが修行でないとすれば、そこから精神的なたくましさを育てて欲しいと期待することもなかったと思います。
  • 2006/09/09-22:54:13
  • 投稿者 : L.B.
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[C3919] >精神的なたくましさ

一般的な精神的なたくましさとは、何ごとにも動じない精神力のことだと思います。
 
何ごとにも動じないとは、外側の変化に対して、私は変わらないということです。
 
もしも、オシムがこのような精神力を選手に求めているのだとしたら、
国際試合の経験が豊富なベテランや、海外のクラブで活躍している選手を
代表に選んでいると思います。
 
オシムが選手に求めているのは、まったく逆のように感じます。
 
いかなる場所でも、その場所に入り込んでしまえる、たくましさ・・
 
外側の変化に敏感に反応して、変わっていく・・そこに個はありません。
 
個を追いかけている評論家には、その感覚が分っていないと思います。
  • 2006/09/09-22:23:46
  • 投稿者 : 福
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[C3918] >精神的なたくましさ

精神的な強さとは私はしなやかさや柔軟性でもあると思っています。どういう状況にも対応できるというような。。そういうものは、根底に強さがないと生まれてこないと思っているからです。また、話は違いますが、5年生の長女が夏に2泊3日の林間学校に行きました。毎年、5年生が行くのですが、校長先生に言わせると、その林間学校から帰ってると5年生は変わるのだそうです。日頃とは違う体験がそうさせるのではと思ったりします.まあ,もしかしたら,年齢的なものもあるのかもしれませんが、短期間で変わるみたいです.私には娘の違いはよくわからないのですが、毎年多くの生徒を見てきている先生はそう言ってたそうです。(ちなみに今年の5年生は200人位います。)ちょっとずれた話かもしれませんが、私の思う精神的なたくましさと一般的なたくましさってどうも違っていたような気がしたので。。

[C3917] >現地の料理を食べ、真夜中の練習まで敢行しながら

オシムは開放に向かっているのだと思いました。厳しさや制御ばかり伝えられますが、数日間オシムについて考えてきて、今はこのように思っています。

オシムは外国人です。当然本国のチームのユースと日本人選手を比較するはずです。そして何が弱いか、何が強いか、何を改善すればいいかを意識しているはずです。

おそらく真実を知ることによる開放や魂レベルでの開放を求めているのかどうかはわかりませんが、それでも開放に向かおうとしていることだけは、間違いはないのではないかと思います。

俊輔は自分のチームで連続出場し、平山はホームシックで帰国しました。そして思い浮べるのはやっぱりヒデです。中田はイタリアのチームに移ったときに、非常に短期間でイタリア語を話すようになりました。渡英したときも現地なまりの英語を驚くほど上手に話すことができるようになりました。何か中田はとても同世代のサッカー選手に比べると開かれているような気がしました。

サッカーは文化であり、情熱であり、魂だといいます。多くの人が違う表現のしかたで、このことを語ってきました。それを理解するというのは、とても単純なことでありとても難しいことだと思います。ヒデはそれを自分の血肉にする方向で進んだと思います。ヒデはサッカーが言語であるということを理解していたと思います。言語なのだから文法や構文を分析するよりもまず身に着けるしかないのだと。

「解き放つ」ということが必要なのだと思います。何の開放かというと脚の労働からの解放です。日本の場合、相撲のすり足はありますが、サッカーのようなステップはあまり伝統の中にないのではないかと思います。手の労働からの開放はあります。若者のハラジュク・ダンスや民謡の手踊りというのが日本の文化の中にはありますが、アイルランドのリバーダンスやサッカーのドリブルのような脚の遊びはないような気がします。そしてサッカーの「言語」というのはたぶんこっちです。

労働に縛り付けられた脚ではなく、狩猟のための脚、そして遊びのための脚です。それは、やはり、生活していくということからは、少し逸脱した場所に位置し、魂となんらかのやり方で、結びついているような気がします。

W杯の日本の試合を見ていても「格下」のチームの選手に支配しているボールを実に簡単にカットされてしまうことが多かったような気がします。たぶんジダンのような(汗)ねちっこくいやらしいステップを踏むことができたら、あんなに簡単にボールを頻繁にカットされることはなかったのではないかと思います。

たぶん、日本の選手は全体的に脚がこのような意味で開放されてはいないのではないかと思います。「遊び」ではなく労働するための脚から脱却していないのだと思います。そして、脚がもう少しウイッティに動くようにするためには、おそらく脳の回路を少しいじる必要があって、そのあたりを柔軟にするために、現地の料理を食べたり、(時差対策もあると思いますが)真夜中に現地の(野外で?)練習をするなどという、通り一遍ではないことをやって、選手が持っている「前提」を崩す作業をしているのではないかと思いました。

まだ時間はあるので、そのようなことからやっていっても、南アW杯には十分間に合うのではないかと思います。
  • 2006/09/09-21:11:17
  • 投稿者 : ナイル
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[C3916] >選手に「天才になれ」と望むのなら、精神的なたくましさもアリです。

天才がなぜ尊敬されるのかと言えば、まさしくその精神的なたくましさもあるからです。
これはスポーツ選手に限ったことではありません。
ロシアの文豪ドフトエフスキーも、政治思想犯で捕まって、独房に入れられ、銃殺される
寸前に恩赦で命拾いしています。
彼だけに限らず天才はそのジェットコースターのような波乱万丈な人生をあらかじめ用意
されているが故に、その人生をなぞっているうちに精神が鍛えられるのか、それとも元々
制御のかかったキツイ人生だから、精神力を最初から強いものとして用意されているのだ
と思います。
海辺で小次郎の刀より長い櫂を拾ったり、日照時間や引き潮作戦は、精神力の強さなど
どこにも見当たりません。
むしろ弱いことを知っているがゆえの行動だと思います。
駒が外側に全権をゆだねるのであれば、中味の素晴らしさはどうでもよいのだと思いまし
た。
むしろ駒でいることは無敵なのだと思えてきました。
  • 2006/09/09-21:02:43
  • 投稿者 : イーキン
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[C3915] >精神的なたくましさ

「精神的なたくましさ」という言葉は、「我の強さ」を思わせます。我を強くすると、相対的に周りが弱くなります。
我を強くすると言うのは、「個」の価値観を上げるというものです。

「駒」、「代替可能」には、「個」の価値観がありません。
だから、「天才」を「凡人」と取り替えてもいいのです。(笑)
一見、「私にかけがえのない価値がない」と言うのは、機械的で人間的ではないように思えます。

でも、強い「個」、優秀な「個」に価値が集中して、「凡人」が代替可能な「駒」以下、零コンマの扱いを受ける方がよっぽど非人間的だと思います。

[C3914] >ありのままのオシムジャパンは何処にいるのでしょうか?

どこにいてもかまわない。
 
>いわゆる『オシム語録』というヤツも聞いた側・読んだ側が勝手に深読みして意味を「与えている」に過ぎないのかもしれません。
 
当たり前です。五行の、間接の世界なら、特に・・

>見る側・聞く側のひとり相撲?

フシトモ増刊号を読んでいないのかも・・(笑)。独り相撲はあり得ない・・。

[C3913] 見る側・聞く側のひとり相撲?

オシム氏は何も考えていないのかもしれません(笑)。
いわゆる『オシム語録』というヤツも聞いた側・読んだ側が勝手に深読みして意味を「与えている」に過ぎないのかもしれません。
ありのままのオシムジャパンは何処にいるのでしょうか?
  • 2006/09/09-20:36:50
  • 投稿者 : くらた
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[C3912] 精神的なたくましさ

今の代表選手には、精神的たくましさの話はまだ先の事ではないかと思っていました。

なぜならば、初代表に選ばれた選手も多い中、今はとくかく勝ちたい、オシムの言うことを理解したい。という気持の方が大きいのではないかと思います。

だから、川口選手もオシムのやり方を知っている選手に話を聞きに行ったのだと思います。

さらに言えば、オシムは精神的たくましさなどそんなに気にしていないのではないかと思います。

どれだけ走れて、どれだけ戦術を理解するかだけ気にしていると思います。

選手もそこに焦点を合わせたら、生き残れる事を既に知っているのではないかと思います。

[C3911] >精神的なたくましさ

ワールドカップは4年に一度行われます。今現在の勝ち負けはオシムさんの進退問題以外は誰にも影響がありません。リスクがあるのはオシムさんだけです。新しく選ばれた選手はいい経験をしているぐらいにしか思っていないのかもしれません。その温度差を埋めようとオシムさんはしている様子もなく、オシム流を言い続けているのは オシムさんも含めてみんなが代替可能なのだといいたいのだと思いました。

[C3910] >精神的なたくましさ

は、全くございません・・
もりけんさんのサイトに参加して以来、何度ジクジク塩をまかれたナメクジのようになってることか・・
レスにいいわけや恨み言を散りばめたり、よし辞めよう!今まで参加してたのが不思議なんダと自分を誉めたりなぐさめたりなのデス。
が、辞めようと思うとレスしたくなる、書き込める不思議も覚えました・・
案外シブトイ自分発見カモなのでした。

で、この記者さんは、試合に勝つと「彼らは精神的にもたくましくなった」とか書くのミエミエで勝手なモンだと思います。
どうも、始まったばかりのオシムジャパンについて、好奇心を発揮して探りを入れるような、読者に問いを投げかけてくるような記事を書く人は柔軟で素敵に思え、そうでない自分のモノサシを頑固にたずさえ、しょっぱなからキツイ野次を飛ばす記者さんはふんぞり返ったモテないオヤジに思えます。
前者は方向性を定めてないようなのに対して、後者は積み上げてきたものガチガチという気がします。
精神的なたくましさを望むなら、若い選手を育ててやれよ!と思います。
ファンや観客をノせるような記事を書かんかい!と思います。

でも、きっとそんなこと必要とすることなく、選手たちはメキメキ調子を上げてくること間違いないと思います。
常に交代=代替可能が頭にあるって、非情とか冷酷なのではなくて、案外、楽だと思うのです。
個への重圧が全くなくてお気軽楽チン、そしてプレイに熱中できると思います。
皆が熱くつないでつないでつないだ結果、勝利があると思います。

スレッドテーマ、おかしいデス。
この前、メインレスにお婿さん談があったの楽しかったデス。

ナメクジって久しく見かけませんが絶滅してはないでしょうか・・こうなったら希少価値だナ。
  • 2006/09/09-19:32:19
  • 投稿者 : ゆくえ
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[C3909] >精神的なたくましさ

マスコミやスポーツ評論家たちのほうが意識改革したほうがいいんじゃないかと思います。
精神的なたくましさなど身につけたら、ますます個をアピールするようになってしまうと思います。
  • 2006/09/09-19:15:02
  • 投稿者 : くるみ
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[C3908] >精神的なたくましさ

そもそも、精神的なたくましさって何らかの方法で身にけることが可能なのでしょうか?

生まれえたときのエネルギーの強さによって決めえられているのならば、後天的な努力によって強まるものでもないと思います。

オシム監督は科学的なサッカーをやろうとしているのではないでしょうか。

ヒーローを作らずに、選手全員を代替可能なパーツにしたてたほうが勝率は高まると判断したのでしょう。

サッカーって、或る意味では人々の夢や希望を体現したものだと思うし、だからヒーローが好まれるのでしょうか、オシム監督にとってサッカーって何を意味するのでしょうか。





  • 2006/09/09-18:05:23
  • 投稿者 : ばなな
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[C3907] >精神的なたくましさ

これってなんだろう、と考えました。
多分「何が何でも、勝つ、という自負心」みたいなものかな、と思いました。自分を頼みにしている小次郎を彷彿とさせます。

オシム監督は「負けてもいい」と言います。全くの逆を突いてきます。自分一人が頑張ることで勝利に導ける選手など、要らないのだと思います。誰がいつどこに存在していても同じようにプレーできるチームを目指しているのだと思います。

「お前は弱い」を思い出します。オシムが「お前はスターじゃない、お前は駒だ」と言ってるようです。「自分は駒なんだ」と自覚したとき、いつでも誰でもどこにでも配置できる戦力になれて、それこそ誰に頼るでもない、全てが横並びで全てが代替可能で全てが繋がり合っているプレーができるのだと思います。

そこに必要なのは、自負心ではなく、自分を駒だと認識できる「成り下がり」感・・とでも言えばいいでしょうか。(メインから言葉を拝借いたしました)

「場」は自負心を持ったスターがこれから征服するための舞台ではなく、駒が駒として最大限の力を出せるための強力な味方になる外側なのだと思います。だからオシムは「場」を大事にし、そこに溶け込むことを第一義にしたのだと思いました。
  • 2006/09/09-15:45:03
  • 投稿者 : ぱらむ
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[C3906] >精神的なたくましさ

ホントそうです。現地入りしてからは、精神的なたくましさなんか、身に付く暇がないです。
やはり、郷に入ったのだから早く郷にしたがえるようにオシムはしたかったと思います。
しかしマスコミってヒーローを作りたがるな~。

[C3905] 精神的なたくましさ

代替可能なパーツに求められるものって・・しなやかさとか
柔らかさ、かもしれません。
肉体的に、たくましくあるのは必要かもしれませんが・・。
取って変えられるわけですから、もしもそこにいたいのなら
自分を変幻自在に出来ることが、一瞬一瞬の場の要求(?)
に答えられることが出来ることが必要なのでは・・と、思います。
何でも出来る・・走れる、守れる、考えて動ける・・
そうゆう人がいっぱいいる、その中のうちのひとりであり
誰かがケガで出られなくなっても、替えがきく人たちです。
こうして考えると、天才よりすごいのではないか・・と、思います。
オールマイティです。派手さはないけれど(爆)
川口をセンターフォワードにして練習した時・・
川口はすごく動揺しているようにインタビューから、感じました。
GKとゆう特殊なポジションでさえ、チーム中のものです。
駒になれない人は、サッカーがチームプレイであることを忘れて
いるのかもしれません。
わかっているけれど・・駒に成り下がれないのかもしれない、
そう思いました。

[C3904]

>シェフを帯同せず現地の料理を食べ
 
この記事には心底驚いたのです。
そもそもシェフを同行させるのというのは食中毒の危機管理がからんでるみたいだったので。危機管理、それって大事な事じゃないのかと。いざとなったら皆倒れろという事か?!倒れればそれまでなのか?!それってチームとしてどうなのか?!とかなり「?」の嵐でした。管理者(責任者)はそれをどう考えるのか…と次に思いました。
しかし考えてみれば選手はお客様ではないのです。なぜチームで管理しなくてはいけないのか…。では選手に「心頭滅却すれば火もまた涼し」みたいに、どっかしら「徹底自己管理すれば食中毒もまたこわからず」とでもいっているのかと思いました。…「精神的たくましさ」をもとめているのかと思いました。
 
しかしそんな事で食中毒の危険にさらすだろうか…と思いました。

> しかしオシムが望んでいるのは「駒」すなわち代替可能なパーツになることだと思います。 
>代替可能なパーツに向かって「精神的なたくましさ」を要求しますか? 
 
すっごい考えてましたが…オシムに取ってアクシデントはあって当然のものなのかと思いました。否応無しにチームのパーツが無くなったり取り替えざるおえなくなるような状況が普通なのかと思いました。選手が倒れる、それは食中毒にかぎりません。そういうものを精神的に頑張って(できるのかという疑問もありますが)個がひとつ乗り越えたところで…それで万事解決するのかと思いました。
なんか…オシムの敵はほんとに「運」なのかもしれないと思います。オシムって人はどうしようもない「運」を感じてるんじゃないかと思います。自分自身どうやったってソコでその時やるしかないというような、諦めがある気がしました。アクシデントすらあたりまえのところで…個の精神論ではなくて瞬間ギリギリの正確な現状把握で考えてるのではないかと思いました。それを冷静に見ているのではないかと思いました。
 
> 「戦えない」お嫁さま(姑&舅問題)
 お嫁なぜ戦えないか…オシムと走ると見えてくる気がします。それはお嫁パーツだから…かなと思います。(汗)

[C3903] >精神的なたくましさ

「場」は客観的な状況と言えそうに思いました。
「勝つ」という主観的立場を優先したら、精神的たくましさに向かうと思います。

車で一直線に走って目的地に行こうとしても、道路がなければ迂回しなければなりません。
何が何でも一直線に向かおうとして道なき道を走っても無理というものです。
「勝ちたい」と道なき道を一直線に走るのは似ていそうです。
「場」という客観的な状況(道路)の制約の前には、どうやっても勝てないと思います。

「場」に溶け込んだ「個」は「駒」になった状態とと思いました。

[C3902] >精神的なたくましさ

オシム監督の求めているものは次元が少し違うのかもしれません。

どこかの番組で解説者が「考えて走るのは当たり前で、それぞれの個性や持ち味をもっと出していかないと」といったことを言ってましたが、その通りなのかもしれませんが何か微妙な違和感がありました。確かどこかでオシム監督が「自分をアピールするような選手は必要ない」といったニュアンスのことを言っていたからです(汗)

そもそも、20年近くサッカーをやり続けている選手に「精神的なたくましさ」が無いとは思えないし、日本選手の勤勉さに呆れることもあるオシム監督が今更それを求めているとは思えません(汗)
それより「精神的なたくましさ」でガチガチでは見えないものを示しているような気がします。

それにしても、もりけんさんは普段サッカー観られないのですよね?どうしてこんなに解説や評論やっている人達(自分も潜在的にはそういうことしちゃうところがあります(汗))に見えないような的を得た視点が次か次へと出てくるのかが不思議です。(汗)

やっぱり、下位の問いをどこかに持ちながら観ているからなのでしょうか・・・

[C3901] >精神的なたくましさ

>「シェフを帯同せず現地の料理を食べ、真夜中の練習まで敢行しながら、精神的な
>たくましさは身に付かなかった」
 
何ヶ月も合宿した後の選手達のことを書いてるような記事だと思いました。
でもたった数日のことなら、精神的なたくましさと言っても「身に付く」
種類のたくましさじゃないと思いました。
 
私はオシムが、選手達が早く気持ちを切り替えられるための補助をしている
ように思いました。
選手の背中をバシッ!と叩いて「ほらっ!イエメン戦だぞ!」って言ってる
みたいです。
 
慣れない食事や練習は、視点を変えれば刺激にもなるんじゃないかと思います。
そういう刺激を受け入れられたら、切り替えも早くなって、試合に臨む体制が
早く出来上がりそうだと思いました。
 
これが「もうどんな食事が来ても慣れたから平気」という意味のたくましさに
なったら、刺激にはならないから気持ちの切り替えの早さには繋がらないと思
いました。
 
> 代替可能なパーツに向かって「精神的なたくましさ」を要求しますか?
 
私が駒で、駒であることを自覚していたら、急に使うと言われても、急に外す
と言われても、そのことにいつまでも動揺していないですぐに指示されたこと
を実行に移すのが今要求されていることだと考えると思います。
選手全員が考えるだけじゃなく、その通り実行できるようになった時、チーム
全体の力はアップするように思いました。
  • 2006/09/09-11:24:14
  • 投稿者 : ぷく
  • URL
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[C3900] >精神的なたくましさ

>「シェフを帯同せず現地の料理を食べ、真夜中の練習まで敢行しながら、精神的なたくましさは身に付かなかった」 <これを読んで,何を根拠にそう言ってるのかと思いました。今思えば,すぐに出る結果を求めての発言のように思いました。現地の料理を食べ真夜中の練習をし。。すぐに、目に見えるような結果はでなかったかもしれませんが、そういう事を体験した選手達は、今までとは違うのではないかと思います。その結果は徐々に出てくるのではないかと思っています。天才と呼ばれる人は天性の才能もあるかとは思いますが、地道な努力も人一倍してるのではないかと思います。私はオシム氏は1人1人たくましくしようと思っているのではないかと思っています。今まで天才の陰に隠れ、天才に依存していた人達をも。。そうすることで層も厚くなって、誰が何をするかわからないチームになるかもしれないと思っています。

[C3899] >精神的なたくましさ

>選手に「天才になれ」と望むのなら、精神的なたくましさもアリです。
>しかしオシムが望んでいるのは「駒」すなわち代替可能なパーツになることだと思います。 
 
>代替可能なパーツに向かって「精神的なたくましさ」を要求しますか?


もりけんさんが、一昨日、不思議研究所のHPのひとりごとのコーナーに、「精神的なたくましさ」をテーマにしようと書いたときから、
精神的なたくましさ・・っていったいなんだろう。。と考えていました。

で・・ずっと、分からなかったのですが、
きょうのもりけんさんのブログの書き込みを読んで、

精神的なたくましさ・・っていうのは、
「負けない」という強い気持ちなのかなと思いました。

だから、オシム監督は、負けてもいい・・といった。
だから、オシム監督は、精神的なたくましさなど、求めていないということ・・


>シェフを帯同せず現地の料理を食べたのは、もしかすると現地の「場」に早く入らせるためかも知れません。
>真夜中の練習まで敢行したのも、同様かも知れません。
 

私も、そう思いました・・

現地の食を食べることは、その現と同化することに等しいのかもしれません・・

面相師が、カレー南蛮を食べて、美味しかったといったことが、脳裏をよぎりました。

真夜中の練習・・

現地について行った、初めてのことは、練習。
普通ならば休養であるはずが、練習です。

この話をきいたとき、
もりけんさんが、不思議調査で、
なによりも、書き込みを優先していることと、同じことのように思いました。

ぎっくり腰になっても、生放送をやり、なんだか楽しかったですと言ったもりけんさんと同じだと思いました。

過酷だけど、へばっている場合じゃなくて、
でも、なんだか、楽しい


代替可能なパーツって、

場に同化して、エゴがなくて、
ぎりぎりの状態でへばらない・・って感じがしました。

精神的なたくましさ・・
っていうのは、エゴで、勝とうという気持ちだと思いますが、

場に同化すると、エゴはきっと無くなってしまうのだと思いました。


 

  • 2006/09/09-10:52:20
  • 投稿者 : あかり
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[C3898] >精神的なたくましさ

オシムは確か試合前に選手に、どんな悪条件でもパニックになるな
と言ったと解説されていました。私もよく仕事でパニくるので分かるのですが、パニックになる時って、自分でなんとかしよう、コントロールしようとしたときパニックになります。コントロールしようとしても自分でコントロール不能だと分かり余計にパニックに…。もう、パニックが止まらないんじゃないか状態です。オシムの言っている精神力とは、自分がコントロールしようという気持ちを捨てよ!と言っているのだと思いました。自分がご主人になるなと メイドに成り下がる精神力をつけろと言った気がしました。
  • 2006/09/09-10:48:48
  • 投稿者 : なんしぃ
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[C3897] >「個」のたくましさに依存したら、オシムのサッカーは無い・・そんな風に感じるから、私はブログを書いているのです。

オシム氏の考え方ともりけんさんの考えが一致しているかどうか、本人に聞いたわけでは
ないからわからないですし、もしオシム氏本人に聞く機会があったとして、質問したとし
たら、もしかしたら「えっ、私はそんなこと考えてませんよ」と言うかもしれません。
しかし問題は一致しているかとか、正しいかが問題ではないのです。
オシム氏から正解を引き出すことではなく、もりけんさんがオシム氏を題材に問い続ける
ことができるかどうかが、問題なのだと思いました。
  • 2006/09/09-10:12:07
  • 投稿者 : イーキン
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