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[C4140]

>運命は我々に合わせてくれない

運命が私に何かを合わせてくれた事はないと思います。
自分から一生懸命運命を追って生きてきたように思います。
ほかっておいても勝手に進んでいく運命とは知らずに。
しかし、オシムの時間に対する考え方は
運命は勝手に進んで行くだけでなく、こちらの一挙一足を見ているのかもしれないと思わせるものです。

時間を従えさせる事を考えたことはありませんが、オシム監督は時間もお前たちに従えてくれている。と言っているようです。


余談ですが・・・
黒い背景の時に書き込むタイミングに初めて出会いました。
なんか秘め事を書いているみたいなのと、みょーにリラックスして書く事が出来ました。
メインはいつもキンチョーしながら書いています。
そして、ワードの白い背景で下書きをして、読み返して
なんてことを繰り返します。
しかし、ブログの方は一発勝負が多いです。
今もメインの亀を書いて、こっちに来ました。
この黒い背景はなんかいい雰囲気です。

[C4067] >時間のメイド化

時間はコントロールできないものだと思っていました。
一定で変わらないもの・・
でも、こちらの意識の持ちようで、早く感じたり、遅く感じたり、止まったように思ったり・・ということはありました。
それでも、それはたまたまそうなっただけであって、こちらからコントロールしたという感じではありません。

メイド化された時間とともにいるメイド化された選手たち・・相手とも対等、そして時間とも対等になった選手たちは、そういう場で、よけいなことに気を取られず、自分たちの力を100%発揮できるだろうと思いました。

[C4061] 時間のメイド化

私たちは時間に対しては常に受身であり、また思い通りにならないといった感覚を持っていると思います。しかしオシム監督は違って時間に対して受身ではなく、また思い通りにならないといった感覚や、その逆の思い通りにしてやろうといった感覚も持ち併せていないのではないかと思いました。「時間に呼ばれて行くんじゃないよ」、この発言をしたオシム監督は巌流島に遅れていった武蔵を彷彿とさせます。選手が出て行かなければ試合は始まらない、また武蔵が巌流島に到着しないと小次郎との試合は始まりません。時間に対して一歩も引かない人であるとオシム監督をそう思いました。
  • 2006/09/14-23:35:56
  • 投稿者 : おかだ
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[C4058] >時間のメイド化

資本主義社会はプロテスタントの教義から、絶対説から産み出されたという、
マックスウェーバー、それを敷衍した小室直樹さんの説があります。
最近では副島隆彦さんが、資本主義はユダヤ教から産み出されたという新たな見方を展開しています。

ちょっと昔に調べていたのでおぼつかない点もあるのですが、
プロテスタントが旧来のキリスト教から産み出された一環として、
時間の概念も変化したとの説があったのを覚えています。

それまでのキリスト教・カトリックの世界では、人は神のために生きるので
時間の概念がなかった、なので自画像という概念も発達しなかった。
という説です。
永遠の今が流れ続けるという説だったのを記憶しています。

もりけんさんの提案する「時間のメイド化」という概念は、旧来の自我が存在しないキリスト教(カトリック)の世界の時間の概念(埋没した時間)から
引っ張り出されたプロテスタントの時間の概念(人を制御する時間)を超えて、存在する時間を自由に操り、操られる(時間と人間との対等化)方へと変化しているように感じます。

  • 2006/09/14-22:49:45
  • 投稿者 : キュナード
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[C4045] >時間のメイド化

遅刻をしたら怒られる。時間に遅れてはいけないと教えられその通りに生活していると、時間にしたがう、運命にしたがうということが、当たり前で、普通のことでした。しかし、オシムが関係性をハサミで切ったというところから、今までにない新しい世界に入った感じがしました。メイドの駒にたいして、時間もメイドになった。何か無限な可能性に入った、そしてうつむく選手はいなくなった。そんな感じがしました。
  • 2006/09/14-13:34:39
  • 投稿者 : なんしぃ
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[C4025] >時間のメイド化

 時間とのひとつの関係性、外側である時間に合わせないというスタンスを取ることで、はじめて時間をも駒として扱うことがはじめて成立したような気がしました。時間に対する視点の変化をあたえることで時間が絶対者になったり、メイドとして奉仕してくれたり、サッカーをする外側という時間も含めた環境を変えるには、それぞれが状況に対するパーツであるという認識ではないのかと思いました。
  • 2006/09/14-02:32:18
  • 投稿者 : yk
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[C4023]

時間は自分の感じ方で長かったり短かったりしています。
子供のころと大人になっての時間の過ごし方が違っているのかと思うくらい時間に合わされているように思っていました。
時間に合わせてもらう視点は持ちえていません。
試合で対戦相手がいないのにはじめるわけに行きません。
待つと言ってもホンの数分だと思いますが、
時間もメイドに含んで戦う姿勢を貫くのはとても並じゃないと思いました。
  • 2006/09/13-22:48:32
  • 投稿者 : 小町
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[C4022] >時間のメイド化

わざと遅れて巌流島に行った武蔵みたいです。
そこには、対相手と共に、対運命もしくは時空との
作戦があったのでは、と思います。(意識していたかは分かりませんが)
翻って、私は時間に追われて日々を過ごす奴隷みたいです。

[C4021] 時間すら独立できない

時間の長さは意識によって感じ方が変わると思います。
世界には標準時間が定められ、地方によって細かく決められています。
でもそういうマクロな時間ですら、意識による区分けによって初めて成り立つと思います。

ならば、時間自体も人が存在しなければ存在できないのだと思います。
だから主体ではなく、意識あっての時間というメイドなのだと思います。

人間と時間と場はどこかで互い違いにうまいことはめ込まれたパズルみたいに思うことがあります。
皆結果だとしたら、お互いがお互いのメイドになってしまうのだと思います。

ということは、飛びますが、変化することは時間も場も人間も一斉に変わってしまうのかもしれません。
だから完全から完全へなのだと思いました。

[C4020] 時間は、自分のチームと

相手のチームが対戦をするために不可欠の要素です。つまり共通の前提です。45分ハーフが、片方のチームの都合で、勝手に50分に伸ばされたり、40分に縮められるようであれば、試合にはなりません。ですから試合中の時間は、「審判」という守護神によって守られ、両軍にとって、冒すことのできない「聖なるもの」として君臨しています。
しかし、その守護神の呪縛から唯一逃れることが可能なのが、ハーフタイムだと思います。
もちろん、時間通りに出て行くことが「前提」になっています。しかし、たとえその決まりを破ったとしても、即イエローカードとか、そういう罰則は整備されていないでしょう。
これまでにそういうタブーを犯した人がいなかったから、未踏査のままで放置されてきた領域という風にいえます。
それでも、今後たびたびハーフを引き伸ばすチームが現れたりすれば、あらたな罰則が規定されるかもしれません。あるいは、たとえハーフを引き伸ばすことができたとしても、前後半を引き伸ばすことはできないし、sんなことをすれば、ゲームそのものが成立しなくなります。
というわけで、ハーフを引き伸ばすこと、それ自体が持っている可能性はとても小さなものに見えます。
だからこそ、これまであえて誰も、そんな「無駄なこと」はやってみなかったのかもしれません。
しかし、もしかすると私が生きているこの運命の時間の中にも、冒すべからざる45分に挟まれるようにして、その気になれば、引き摺り下ろすことが可能なハーフタイムが、挟まっているのかもしれません。
  • 2006/09/13-20:17:15
  • 投稿者 : L.B.
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[C4019] >時間は、ご主人様でした


たしかに、この日本において、時間は暴君のごとき振る舞いを見せています。

街は「時間教」の信者であふれています。
僕もその一人です。
まるで
「時間を守れないヤツはカスだ」と言わんばかりですし、実際にそう言っているのだと思います。

しかし、暴君だと思っていた時間は、実はメイドだった・・・
意外な展開です。

時間と運命は、表裏一体というくらい密接なつながりを見せています。

たしかに運命には逆らえないと思いいつつも、無駄なあがきをしてきました。

しかし、運命のほうも、私たちには逆らえなかった・・。

私たちと運命は、お互いに様子をうかがって、相手の出方に従うだけのメイド同士だった・・。
どえらい図だと思います。

ご主人様はどこかへ行ってしまった・・。
初めからご主人様なんていなかったのか・・

[C4018] >時間のメイド化

時間に追いかけられたり、とらわれたりしている状態とは、まったく別次元と思いました。
時間は、自分のものだけでなくチームを覆いネットワークの中で、他の選手と重なり、交錯していると言えそうです。

とらわれの枠が取っ払われたとき、のびのびとしたプレーが自然発生的に現れて、チーム全体のパワーが一気に上昇しそうに思いました。

[C4017] >時間のメイド化

もしここに来なければ・・・みんなが時間を守っているから社会が回っていると思ってい
ました(汗)、なので放送研究会の早大生のことは笑えません、どちらかといえば慶応より
も早大生のノリ方が私は近いです(爆)。
もりけんさんの土日の過ごし方は平日とほとんど区別が無いし、メトロノームな生活は、
時間に対して奴隷になっているわけでもなく、かといってご主人様にもなっていない、
かなり対等に近い感じもします。
時間が世界を支配しているのではなくて、時間もこの世、もしかして「あの世」の中での
パーツにすぎないのかなと思いました。
それは人間がメイド化状態にならないと気が付くことはできないのかなと思いました。
命式だって時間(暦)の一部を切り取ったようなものです。
しかし「私」が生まれてこなければ命式は存在しないも同然です。
たくさんの「私」が生まれてこなければ、時間はただ惰性で流れて行くだけです。
「私」という存在があって、初めて時間は時間としての役割を果たすのだと思いました。
  • 2006/09/13-18:46:30
  • 投稿者 : イーキン
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[C4016]

私達は日々の生活の中で間に合わせなければならない「刻(とき)」を抱え、それがやってくるまでの間の時間をいかに過ごすかを工夫しながら暮らしています。
片方では待ってくれない絶対的なご主人的時間に仕え、もう片方では締め切りに間に合うように仕事の段取りを組んで出かける前に準備を整えと、限られた手持ちの時間を管理しやりくりするといった、時間に対するご主人的役回りをしなければならず・・・それはとても窮屈で息苦しいものです。
そう言えば、前々から自分で気づいていたことがありました。受身という言葉には心地良い響きを感じるのに、「合わせている」という意識があるとストレスを感じる自分に・・・。
「こっちが合わせているんだ」みたいな意識には、まだ主体としての自分が残っているのだと思います。そうして自分よりも相手の方がご主人的様度が高そうに見えて、勝手に被害者意識を抱えてしまうのだと思います。
自分の中にご主人様意識があると、相手にもご主人様像を投影してしまうような気がします。
自分は完全にメイドだと認識すること・・・相手(神でも時間でも運命でも)は完全にメイドだったと認識すること・・・どちらが先ということはないのかも知れません。
今までは、「ご主人-メイド」という対の図式しか考えられなかったから、自分が仕方なく向こうに合わせるか、でなければ向こうをこちら側に合わさせるかの二択しかないものだと思ってきました。
時間も、運命でさえも駒でありメイドだと・・。そう思える境地があるということ自体が衝撃で、今これを書いている私が体感で分かるにはとても程遠いのですが・・・。
ただ、双方がメイドだというのは、改めて凄い概念だということを感じています。
  • 2006/09/13-17:09:05
  • 投稿者 : 未来
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[C4015] 時間もメイド

「全て決まっている私」を考えるとき
私も固定されているが時間も固定されていると思っていました。
でも時間もメイドになるとは思ってませんでした。
決まった事に対して自分は後から…みたいな所がありました。

時間に合わせて動こうとする時 
時間に対してやや卑屈になっているのかなと思います。
自分があわせなければならない、というふうにです。

時間は全ての存在に対して同じに接していると思ってました。 
そういうもので変える事は出来ないって思ってました。
自分は小さくて時間は大きいと思ってました。 
なので時間もメイドというのは衝撃です。

[C4014] こういうものだ・・

という考えに、どれ程とらわれているんだろうと思います。
時間は絶対・・のイメージをいつから疑いもなく
受け入れたのかと思います。
このイメージはいろんなことと関係していると思うし
奇跡的なことや大どんでん返し的なもの等、
浮遊するあらゆるものを暗に否定することが出来るように
思います。
時間のメイド化・・
途切れることが無いと思っていた流れが、途端に
そんな流れが果たして本当にあるのだろうか・・に変わる・・。
スゴイと思います。より浮遊感が増す感じがします。
  • 2006/09/13-14:43:52
  • 投稿者 : まる
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[C4013] >時間のメイド化

神から贈られたのは、無色透明の見えない流れのようなものなのだと思います。
そこに潜んだ法則性を発見して作られたのがカレンダーや時計でしょう。
動物はお日様だけ感じて暮らしているかも知れませんが、人はカレンダーや時計ナシで生活するのは難しいと思います。
社会生活上共通認識として大いに役立ているはずです。
でも、国や地方によって、時間の流れる速さが違うように感じるのは、そこの社会が緻密であればあるほど、人々を忙しくするせいではと思います。
神の法則である時間というベースに、社会が為した層が形成されていて、人々はそれに支配されがちなのだと思います。
その層は、代替可能なものなので、今の自分が抱く時間的概念というのも、代替可能だと思います。
インドなどへ行った人の話は、ゆったりを通り越して気の遠くなるような間を感じます。
たまの渋滞にイラついて、信号まで憎らしくなる私は、ちょっとインド的時間概念をちょうだいしたいと思いました。
  • 2006/09/13-11:49:50
  • 投稿者 : ゆくえ
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[C4012] >時間のメイド化

外部の時間さえメイド化する・・・時間がご主人様というわけではないんだ!
監督は時間に対しても縛られないし運命に対しても受身であると同時に合わせている訳ではないんだと感じました。
かといって時間が自分のメイドになるわけではなく、皆対等にメイド化する・・。
今まで皆別々のものだと思っていたことが渾然一体化して神や宇宙はもとより時間の広がりも一体化してきたという印象を持ちました。
  • 2006/09/13-11:42:26
  • 投稿者 : 空タネ
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[C4011] >時間のメイド化

精神世界では、時間について幻だとかいいます。時間の中にいるようで私たちの中に時間があり、その前に、時間に束縛されているという記憶をときはなちなさい。と、そのために自分自身を見つめなさい、などと本で読みました。しかし、今の時間のメイド化は、私たちもメイドであるならば、時間も受身で、まちの状態である、ここでも対等であるというスタンスです。時間さえもご主人様でないとするならば、いままでの束縛から広がりをみせて同じ1時間でも自由を感じるような感覚です。時間もメイドで選手もメイドならば浮いているだけのように感じます。
>「時間に呼ばれて行くんじゃないよ」
このオシムの言葉に。。。
またも、、、
試合のなかでいえない言葉
だと想いました。
  • 2006/09/13-11:17:10
  • 投稿者 : じんのり
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[C4010] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/09/13-11:02:42
  • 投稿者 :
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[C4008] >時間は、ご主人様でした。時間にだけは逆らうことが出来ませんでした。

身に覚えがありすぎます(汗)
というより、これ以外なかったと思いました。
 
自分の体調の悪さを押してでも時間に間に合うように行動していました。
時間に間に合ってもギリギリだったり、数分遅れただけでも罪悪感と圧迫感がありました。
そもそも自分は何のためにその時間に行くかということも、どうして間に合うように行くかということも二の次で、時間に間に合うことが大事でした。
 
時間は私の中では一番偉かったと思います。まさにご主人様でした。
 
> 時間がメイドになって、すでにメイド化した選手とともにいる・・
 
「時間なんてどうでもいい。遅刻がどうした。」という考えになれば、今度は私が時間のご主人様になってしまうのだろうと思います。
 
時間と私は従う関係でも従わせる関係でもなくて、それぞれがやる事を持っている。
私はその時間から何かをしようとしているし、時間は何かを開始するタイミングとして設定された。。。そういうことなんだと思います。
 
だから時間も選手も、それぞれがやることをやっているんだと思いました。
 
運命で考えれば、私たちが運命に動かされているわけでもないし、運命が私たちを動かしているわけでもないのだと思いました。
  • 2006/09/13-10:48:56
  • 投稿者 : ぷく
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[C4007] 時間のメイド化

初めて出会う見方で、自分の中では、まだ時間が、空間の断面をつなぎ合わせて作ったカタい棒のままです・・・。
でもこれから、時間でさえもやわらかくなるのか、ひょっとして形さえなくなるのか(もともとないか(笑))と思うとなんだか楽しみです。
  • 2006/09/13-10:41:40
  • 投稿者 : くまぽん
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[C4006] >時間のメイド化

>駒になるのは、自分たちだけではなく、時間もそうなのだ・・と。


時間というのは、不思議なものだな。。
と思います。

時間っていったいなんだろう。。
いったいいつできたのだろう。。

地球の自転や公転にともないできた
座標のようなものなのかな・・と思います。

そして、私たちは、その座標をよりどころにして生きているのだと思いました。

そして、時間というのは、ある程度絶対的なものです・・

もりけんさんも述べているとおり、
時間は待ってはくれません・・

そして、時間を守らないと、信用を失う。。とかいう現実があります。

時間は、ご主人様のようで、
抗えないもののようです。。

そして、時間に従う私たちは、メイドのようです。。

しかし・・


オシム監督は、

>「時間に呼ばれて行くんじゃないよ」・・と。


いうことで、ご主人様であったであろうはずの時間に、揺らぎを与えたのだと思います。

いや、ご主人様は、もともとはそうではなかったけれども、そのように仕立て上げられたのしれませんが・・

たとえば、クリントン大統領が、申のお尻に火がついて大統領になったように・・

運命によってそのように、仕立て上げられたように
時間も、本来は、絶対的ではなく、
相対的なものなのかもしれません。


>時間がメイドになって、すでにメイド化した選手とともにいる・・


双方ともによりどころを失い・・
座標軸を失い・・

空間に、漂っているふたりのメイドが思い浮かびました。




  • 2006/09/13-10:00:15
  • 投稿者 : あかり
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[C4005] >時間のメイド化

うっわぁー、そういうことですか!
すごい、ホントに。
時間は、絶対動かないもの・向こうが主で私が従・いつも私を追いまくってくるもの・私を縛ってくるもの・・、そんな風に思って来ました。

運命と同じように我々には逆らう事のできないもの、としてしか考えられなかった関係性をハサミで切った!

そうしたら、時間もメイドになった。えぇ~~?!です。はじめ人間はメイドだと知らされた時、回りはご主人様だらけの世界のように感じたものでした。でも、時空もメイドだと知らされ、時間もメイドだと知らされ、つまりは、メイドだらけじゃないか、と思いました。

なんで、今までそう思えなかったのだろう。自分で自分の首を絞めてただけだったのか。急に時間がくにゃっとした柔らかいものに思えてきました。

でも、実際どのくらい柔軟なんだろう、と考えると、答えが出てきません。例えばどんな時、時間がメイド化した、と言えるのか、自分で例を挙げることがうまく出来ません。だから、まだちゃんと分かってないのだと思います。

おもしろいな、と思うのが、時間に「追われる」と感じる人と、「追いかける」と感じる人がいるのだな、ということです。これも何か関係あるんでしょうか・・。もっと考えます。
  • 2006/09/13-09:53:19
  • 投稿者 : ぱらむ
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[C4003] 時間は止まらないはずだった

二人以上揃わないと始まらない場合に時間のメイド化が発生。時間は勝手に進常識があり不思議な感じ。ネットワークに関係ありそう。中国紀行の飛行機遅延もあった。機内や空港職員、到着先の空港関連など広範囲にメイド化したが、その中に時間も確かにいると気付き驚いた。メイド化が可能なら柔軟な性質が必要かも。
  • 2006/09/13-08:54:35
  • 投稿者 : テクノン
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[C4002] >時間のメイド化

遅刻してはいけない、早く行って準備準備してるのがよくて正々堂々、そんな暗黙の了解ってあると思います.そう考えると、武蔵が遅れて行ったのと同じようなものをオシム氏にも感じます。相手は強いです。まともに戦ってもかなわない、そんな気持ちはあったかもと思います.スポーツにはルールがあります。それを破ることはできません。自滅にも繋がります。しかし、ちょっと遅れていくことはルールの虚をついた作戦だったかもと思います。なんだかんだ言っても、プロですから、勝ってなんぼでしょう。。最大限、選手が勝てる環境をオシム氏は作りだしているのではないかと思います.自分で考えうる限りのことを。。

[C4001] 時間のメイド化

うーん・・。
すごくグっときました。
 
私の思う「時間」の概念って何なんだ・・と。
 
>「時間に呼ばれて行くんじゃないよ」・・ 

 すごい言葉で、胸がドキドキします。
 合わせなきゃいけない・・じゃなくって
 そうゆうのではなくて
 タイミングを測るのとも違うような
 「自由」のような何かを、このフレーズに
 感じます。
 自分もメイドなのに
 時間もメイド・・。
 みんな限りなく受身の世界・・
 
 理解できているかわからないけれど
 
 でも何か、すごくドキドキが満載な気がします。
 
 

  • 2006/09/13-01:58:17
  • 投稿者 : こはな
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[C4000] >「時間に呼ばれて行くんじゃないよ」・・と。

> しかし今までは逆でした。時間は、ご主人様でした。時間にだけは逆らうことが出来ませんでした。
 
「時間に呼ばれて行くんじゃないよ」って…すっごい衝撃!時間は24時間みんなに平等かと思ってた。朝日が昇って夕日が沈むそっちが先かと思ってた。それと…私と時間との関係は別なのか…と思いました。あれ…私に流れてるのは時空の時間(リズム)なのかと思いました。私って…ほんと時空のメイド…地球のじゃなくて。そして時間もメイド。なんかどうなってんだろう…視角に収まらなくて…時間を考えた事ってないです。とても空間的なのだと思います。

[C3999] 時間のメイド化

時間が じっと耐えている けなげに待っている感じがしました。
いつでも私は 時間に追いつこう、追いつこうとしていたと思います。
追いつこうと追えば追うほど おいてきぼり。
たまには 待たせてみるのもよいではないかと思いました。 運命を待たせるとどうなるのかなと考えたら、楽しくなりました。
  • 2006/09/13-01:38:35
  • 投稿者 : なんしぃ
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時間のメイド化

 
 もう一日引っ張ります。「大丈夫だ。お前らが出て行かないと、試合は始まらないんだから」というセリフを・・です。
 
 私たちは、こういう世界にはいませんでした。
 
 電車が、遅刻する私を待っていてくれることはありません(笑)。
 入学試験が、遅刻する私を待っていたことはありません。
 恋人は待っていてくれても、どこか不機嫌です(爆)
 
 常に外部の「時間」に合わせていかなければならないのが、私たちでした。
 それは運命という考え方に大きく関係してきました。
 運命に合わせるのが我々であり、運命は我々に合わせてはくれない・・・。
 
 しかしオシムは、その関係性のひとつをハサミで切りました。
 
「時間に呼ばれて行くんじゃないよ」・・と。
 
 あの言葉は、彼の根本思想のひとつなのではないでしょうか・・。
 駒になるのは、自分たちだけではなく、時間もそうなのだ・・と。
 
 時間のメイド化・・
 
 しかし今までは逆でした。時間は、ご主人様でした。時間にだけは逆らうことが出来ませんでした。
 
 時間がメイドになって、すでにメイド化した選手とともにいる・・
 
 そんな図が思い浮かびました。
 
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29件のコメント

[C4140]

>運命は我々に合わせてくれない

運命が私に何かを合わせてくれた事はないと思います。
自分から一生懸命運命を追って生きてきたように思います。
ほかっておいても勝手に進んでいく運命とは知らずに。
しかし、オシムの時間に対する考え方は
運命は勝手に進んで行くだけでなく、こちらの一挙一足を見ているのかもしれないと思わせるものです。

時間を従えさせる事を考えたことはありませんが、オシム監督は時間もお前たちに従えてくれている。と言っているようです。


余談ですが・・・
黒い背景の時に書き込むタイミングに初めて出会いました。
なんか秘め事を書いているみたいなのと、みょーにリラックスして書く事が出来ました。
メインはいつもキンチョーしながら書いています。
そして、ワードの白い背景で下書きをして、読み返して
なんてことを繰り返します。
しかし、ブログの方は一発勝負が多いです。
今もメインの亀を書いて、こっちに来ました。
この黒い背景はなんかいい雰囲気です。

[C4067] >時間のメイド化

時間はコントロールできないものだと思っていました。
一定で変わらないもの・・
でも、こちらの意識の持ちようで、早く感じたり、遅く感じたり、止まったように思ったり・・ということはありました。
それでも、それはたまたまそうなっただけであって、こちらからコントロールしたという感じではありません。

メイド化された時間とともにいるメイド化された選手たち・・相手とも対等、そして時間とも対等になった選手たちは、そういう場で、よけいなことに気を取られず、自分たちの力を100%発揮できるだろうと思いました。

[C4061] 時間のメイド化

私たちは時間に対しては常に受身であり、また思い通りにならないといった感覚を持っていると思います。しかしオシム監督は違って時間に対して受身ではなく、また思い通りにならないといった感覚や、その逆の思い通りにしてやろうといった感覚も持ち併せていないのではないかと思いました。「時間に呼ばれて行くんじゃないよ」、この発言をしたオシム監督は巌流島に遅れていった武蔵を彷彿とさせます。選手が出て行かなければ試合は始まらない、また武蔵が巌流島に到着しないと小次郎との試合は始まりません。時間に対して一歩も引かない人であるとオシム監督をそう思いました。
  • 2006/09/14-23:35:56
  • 投稿者 : おかだ
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[C4058] >時間のメイド化

資本主義社会はプロテスタントの教義から、絶対説から産み出されたという、
マックスウェーバー、それを敷衍した小室直樹さんの説があります。
最近では副島隆彦さんが、資本主義はユダヤ教から産み出されたという新たな見方を展開しています。

ちょっと昔に調べていたのでおぼつかない点もあるのですが、
プロテスタントが旧来のキリスト教から産み出された一環として、
時間の概念も変化したとの説があったのを覚えています。

それまでのキリスト教・カトリックの世界では、人は神のために生きるので
時間の概念がなかった、なので自画像という概念も発達しなかった。
という説です。
永遠の今が流れ続けるという説だったのを記憶しています。

もりけんさんの提案する「時間のメイド化」という概念は、旧来の自我が存在しないキリスト教(カトリック)の世界の時間の概念(埋没した時間)から
引っ張り出されたプロテスタントの時間の概念(人を制御する時間)を超えて、存在する時間を自由に操り、操られる(時間と人間との対等化)方へと変化しているように感じます。

  • 2006/09/14-22:49:45
  • 投稿者 : キュナード
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[C4045] >時間のメイド化

遅刻をしたら怒られる。時間に遅れてはいけないと教えられその通りに生活していると、時間にしたがう、運命にしたがうということが、当たり前で、普通のことでした。しかし、オシムが関係性をハサミで切ったというところから、今までにない新しい世界に入った感じがしました。メイドの駒にたいして、時間もメイドになった。何か無限な可能性に入った、そしてうつむく選手はいなくなった。そんな感じがしました。
  • 2006/09/14-13:34:39
  • 投稿者 : なんしぃ
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[C4025] >時間のメイド化

 時間とのひとつの関係性、外側である時間に合わせないというスタンスを取ることで、はじめて時間をも駒として扱うことがはじめて成立したような気がしました。時間に対する視点の変化をあたえることで時間が絶対者になったり、メイドとして奉仕してくれたり、サッカーをする外側という時間も含めた環境を変えるには、それぞれが状況に対するパーツであるという認識ではないのかと思いました。
  • 2006/09/14-02:32:18
  • 投稿者 : yk
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[C4023]

時間は自分の感じ方で長かったり短かったりしています。
子供のころと大人になっての時間の過ごし方が違っているのかと思うくらい時間に合わされているように思っていました。
時間に合わせてもらう視点は持ちえていません。
試合で対戦相手がいないのにはじめるわけに行きません。
待つと言ってもホンの数分だと思いますが、
時間もメイドに含んで戦う姿勢を貫くのはとても並じゃないと思いました。
  • 2006/09/13-22:48:32
  • 投稿者 : 小町
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[C4022] >時間のメイド化

わざと遅れて巌流島に行った武蔵みたいです。
そこには、対相手と共に、対運命もしくは時空との
作戦があったのでは、と思います。(意識していたかは分かりませんが)
翻って、私は時間に追われて日々を過ごす奴隷みたいです。

[C4021] 時間すら独立できない

時間の長さは意識によって感じ方が変わると思います。
世界には標準時間が定められ、地方によって細かく決められています。
でもそういうマクロな時間ですら、意識による区分けによって初めて成り立つと思います。

ならば、時間自体も人が存在しなければ存在できないのだと思います。
だから主体ではなく、意識あっての時間というメイドなのだと思います。

人間と時間と場はどこかで互い違いにうまいことはめ込まれたパズルみたいに思うことがあります。
皆結果だとしたら、お互いがお互いのメイドになってしまうのだと思います。

ということは、飛びますが、変化することは時間も場も人間も一斉に変わってしまうのかもしれません。
だから完全から完全へなのだと思いました。

[C4020] 時間は、自分のチームと

相手のチームが対戦をするために不可欠の要素です。つまり共通の前提です。45分ハーフが、片方のチームの都合で、勝手に50分に伸ばされたり、40分に縮められるようであれば、試合にはなりません。ですから試合中の時間は、「審判」という守護神によって守られ、両軍にとって、冒すことのできない「聖なるもの」として君臨しています。
しかし、その守護神の呪縛から唯一逃れることが可能なのが、ハーフタイムだと思います。
もちろん、時間通りに出て行くことが「前提」になっています。しかし、たとえその決まりを破ったとしても、即イエローカードとか、そういう罰則は整備されていないでしょう。
これまでにそういうタブーを犯した人がいなかったから、未踏査のままで放置されてきた領域という風にいえます。
それでも、今後たびたびハーフを引き伸ばすチームが現れたりすれば、あらたな罰則が規定されるかもしれません。あるいは、たとえハーフを引き伸ばすことができたとしても、前後半を引き伸ばすことはできないし、sんなことをすれば、ゲームそのものが成立しなくなります。
というわけで、ハーフを引き伸ばすこと、それ自体が持っている可能性はとても小さなものに見えます。
だからこそ、これまであえて誰も、そんな「無駄なこと」はやってみなかったのかもしれません。
しかし、もしかすると私が生きているこの運命の時間の中にも、冒すべからざる45分に挟まれるようにして、その気になれば、引き摺り下ろすことが可能なハーフタイムが、挟まっているのかもしれません。
  • 2006/09/13-20:17:15
  • 投稿者 : L.B.
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[C4019] >時間は、ご主人様でした


たしかに、この日本において、時間は暴君のごとき振る舞いを見せています。

街は「時間教」の信者であふれています。
僕もその一人です。
まるで
「時間を守れないヤツはカスだ」と言わんばかりですし、実際にそう言っているのだと思います。

しかし、暴君だと思っていた時間は、実はメイドだった・・・
意外な展開です。

時間と運命は、表裏一体というくらい密接なつながりを見せています。

たしかに運命には逆らえないと思いいつつも、無駄なあがきをしてきました。

しかし、運命のほうも、私たちには逆らえなかった・・。

私たちと運命は、お互いに様子をうかがって、相手の出方に従うだけのメイド同士だった・・。
どえらい図だと思います。

ご主人様はどこかへ行ってしまった・・。
初めからご主人様なんていなかったのか・・

[C4018] >時間のメイド化

時間に追いかけられたり、とらわれたりしている状態とは、まったく別次元と思いました。
時間は、自分のものだけでなくチームを覆いネットワークの中で、他の選手と重なり、交錯していると言えそうです。

とらわれの枠が取っ払われたとき、のびのびとしたプレーが自然発生的に現れて、チーム全体のパワーが一気に上昇しそうに思いました。

[C4017] >時間のメイド化

もしここに来なければ・・・みんなが時間を守っているから社会が回っていると思ってい
ました(汗)、なので放送研究会の早大生のことは笑えません、どちらかといえば慶応より
も早大生のノリ方が私は近いです(爆)。
もりけんさんの土日の過ごし方は平日とほとんど区別が無いし、メトロノームな生活は、
時間に対して奴隷になっているわけでもなく、かといってご主人様にもなっていない、
かなり対等に近い感じもします。
時間が世界を支配しているのではなくて、時間もこの世、もしかして「あの世」の中での
パーツにすぎないのかなと思いました。
それは人間がメイド化状態にならないと気が付くことはできないのかなと思いました。
命式だって時間(暦)の一部を切り取ったようなものです。
しかし「私」が生まれてこなければ命式は存在しないも同然です。
たくさんの「私」が生まれてこなければ、時間はただ惰性で流れて行くだけです。
「私」という存在があって、初めて時間は時間としての役割を果たすのだと思いました。
  • 2006/09/13-18:46:30
  • 投稿者 : イーキン
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[C4016]

私達は日々の生活の中で間に合わせなければならない「刻(とき)」を抱え、それがやってくるまでの間の時間をいかに過ごすかを工夫しながら暮らしています。
片方では待ってくれない絶対的なご主人的時間に仕え、もう片方では締め切りに間に合うように仕事の段取りを組んで出かける前に準備を整えと、限られた手持ちの時間を管理しやりくりするといった、時間に対するご主人的役回りをしなければならず・・・それはとても窮屈で息苦しいものです。
そう言えば、前々から自分で気づいていたことがありました。受身という言葉には心地良い響きを感じるのに、「合わせている」という意識があるとストレスを感じる自分に・・・。
「こっちが合わせているんだ」みたいな意識には、まだ主体としての自分が残っているのだと思います。そうして自分よりも相手の方がご主人的様度が高そうに見えて、勝手に被害者意識を抱えてしまうのだと思います。
自分の中にご主人様意識があると、相手にもご主人様像を投影してしまうような気がします。
自分は完全にメイドだと認識すること・・・相手(神でも時間でも運命でも)は完全にメイドだったと認識すること・・・どちらが先ということはないのかも知れません。
今までは、「ご主人-メイド」という対の図式しか考えられなかったから、自分が仕方なく向こうに合わせるか、でなければ向こうをこちら側に合わさせるかの二択しかないものだと思ってきました。
時間も、運命でさえも駒でありメイドだと・・。そう思える境地があるということ自体が衝撃で、今これを書いている私が体感で分かるにはとても程遠いのですが・・・。
ただ、双方がメイドだというのは、改めて凄い概念だということを感じています。
  • 2006/09/13-17:09:05
  • 投稿者 : 未来
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[C4015] 時間もメイド

「全て決まっている私」を考えるとき
私も固定されているが時間も固定されていると思っていました。
でも時間もメイドになるとは思ってませんでした。
決まった事に対して自分は後から…みたいな所がありました。

時間に合わせて動こうとする時 
時間に対してやや卑屈になっているのかなと思います。
自分があわせなければならない、というふうにです。

時間は全ての存在に対して同じに接していると思ってました。 
そういうもので変える事は出来ないって思ってました。
自分は小さくて時間は大きいと思ってました。 
なので時間もメイドというのは衝撃です。

[C4014] こういうものだ・・

という考えに、どれ程とらわれているんだろうと思います。
時間は絶対・・のイメージをいつから疑いもなく
受け入れたのかと思います。
このイメージはいろんなことと関係していると思うし
奇跡的なことや大どんでん返し的なもの等、
浮遊するあらゆるものを暗に否定することが出来るように
思います。
時間のメイド化・・
途切れることが無いと思っていた流れが、途端に
そんな流れが果たして本当にあるのだろうか・・に変わる・・。
スゴイと思います。より浮遊感が増す感じがします。
  • 2006/09/13-14:43:52
  • 投稿者 : まる
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[C4013] >時間のメイド化

神から贈られたのは、無色透明の見えない流れのようなものなのだと思います。
そこに潜んだ法則性を発見して作られたのがカレンダーや時計でしょう。
動物はお日様だけ感じて暮らしているかも知れませんが、人はカレンダーや時計ナシで生活するのは難しいと思います。
社会生活上共通認識として大いに役立ているはずです。
でも、国や地方によって、時間の流れる速さが違うように感じるのは、そこの社会が緻密であればあるほど、人々を忙しくするせいではと思います。
神の法則である時間というベースに、社会が為した層が形成されていて、人々はそれに支配されがちなのだと思います。
その層は、代替可能なものなので、今の自分が抱く時間的概念というのも、代替可能だと思います。
インドなどへ行った人の話は、ゆったりを通り越して気の遠くなるような間を感じます。
たまの渋滞にイラついて、信号まで憎らしくなる私は、ちょっとインド的時間概念をちょうだいしたいと思いました。
  • 2006/09/13-11:49:50
  • 投稿者 : ゆくえ
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[C4012] >時間のメイド化

外部の時間さえメイド化する・・・時間がご主人様というわけではないんだ!
監督は時間に対しても縛られないし運命に対しても受身であると同時に合わせている訳ではないんだと感じました。
かといって時間が自分のメイドになるわけではなく、皆対等にメイド化する・・。
今まで皆別々のものだと思っていたことが渾然一体化して神や宇宙はもとより時間の広がりも一体化してきたという印象を持ちました。
  • 2006/09/13-11:42:26
  • 投稿者 : 空タネ
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[C4011] >時間のメイド化

精神世界では、時間について幻だとかいいます。時間の中にいるようで私たちの中に時間があり、その前に、時間に束縛されているという記憶をときはなちなさい。と、そのために自分自身を見つめなさい、などと本で読みました。しかし、今の時間のメイド化は、私たちもメイドであるならば、時間も受身で、まちの状態である、ここでも対等であるというスタンスです。時間さえもご主人様でないとするならば、いままでの束縛から広がりをみせて同じ1時間でも自由を感じるような感覚です。時間もメイドで選手もメイドならば浮いているだけのように感じます。
>「時間に呼ばれて行くんじゃないよ」
このオシムの言葉に。。。
またも、、、
試合のなかでいえない言葉
だと想いました。
  • 2006/09/13-11:17:10
  • 投稿者 : じんのり
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[C4010] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/09/13-11:02:42
  • 投稿者 :
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[C4008] >時間は、ご主人様でした。時間にだけは逆らうことが出来ませんでした。

身に覚えがありすぎます(汗)
というより、これ以外なかったと思いました。
 
自分の体調の悪さを押してでも時間に間に合うように行動していました。
時間に間に合ってもギリギリだったり、数分遅れただけでも罪悪感と圧迫感がありました。
そもそも自分は何のためにその時間に行くかということも、どうして間に合うように行くかということも二の次で、時間に間に合うことが大事でした。
 
時間は私の中では一番偉かったと思います。まさにご主人様でした。
 
> 時間がメイドになって、すでにメイド化した選手とともにいる・・
 
「時間なんてどうでもいい。遅刻がどうした。」という考えになれば、今度は私が時間のご主人様になってしまうのだろうと思います。
 
時間と私は従う関係でも従わせる関係でもなくて、それぞれがやる事を持っている。
私はその時間から何かをしようとしているし、時間は何かを開始するタイミングとして設定された。。。そういうことなんだと思います。
 
だから時間も選手も、それぞれがやることをやっているんだと思いました。
 
運命で考えれば、私たちが運命に動かされているわけでもないし、運命が私たちを動かしているわけでもないのだと思いました。
  • 2006/09/13-10:48:56
  • 投稿者 : ぷく
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[C4007] 時間のメイド化

初めて出会う見方で、自分の中では、まだ時間が、空間の断面をつなぎ合わせて作ったカタい棒のままです・・・。
でもこれから、時間でさえもやわらかくなるのか、ひょっとして形さえなくなるのか(もともとないか(笑))と思うとなんだか楽しみです。
  • 2006/09/13-10:41:40
  • 投稿者 : くまぽん
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[C4006] >時間のメイド化

>駒になるのは、自分たちだけではなく、時間もそうなのだ・・と。


時間というのは、不思議なものだな。。
と思います。

時間っていったいなんだろう。。
いったいいつできたのだろう。。

地球の自転や公転にともないできた
座標のようなものなのかな・・と思います。

そして、私たちは、その座標をよりどころにして生きているのだと思いました。

そして、時間というのは、ある程度絶対的なものです・・

もりけんさんも述べているとおり、
時間は待ってはくれません・・

そして、時間を守らないと、信用を失う。。とかいう現実があります。

時間は、ご主人様のようで、
抗えないもののようです。。

そして、時間に従う私たちは、メイドのようです。。

しかし・・


オシム監督は、

>「時間に呼ばれて行くんじゃないよ」・・と。


いうことで、ご主人様であったであろうはずの時間に、揺らぎを与えたのだと思います。

いや、ご主人様は、もともとはそうではなかったけれども、そのように仕立て上げられたのしれませんが・・

たとえば、クリントン大統領が、申のお尻に火がついて大統領になったように・・

運命によってそのように、仕立て上げられたように
時間も、本来は、絶対的ではなく、
相対的なものなのかもしれません。


>時間がメイドになって、すでにメイド化した選手とともにいる・・


双方ともによりどころを失い・・
座標軸を失い・・

空間に、漂っているふたりのメイドが思い浮かびました。




  • 2006/09/13-10:00:15
  • 投稿者 : あかり
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[C4005] >時間のメイド化

うっわぁー、そういうことですか!
すごい、ホントに。
時間は、絶対動かないもの・向こうが主で私が従・いつも私を追いまくってくるもの・私を縛ってくるもの・・、そんな風に思って来ました。

運命と同じように我々には逆らう事のできないもの、としてしか考えられなかった関係性をハサミで切った!

そうしたら、時間もメイドになった。えぇ~~?!です。はじめ人間はメイドだと知らされた時、回りはご主人様だらけの世界のように感じたものでした。でも、時空もメイドだと知らされ、時間もメイドだと知らされ、つまりは、メイドだらけじゃないか、と思いました。

なんで、今までそう思えなかったのだろう。自分で自分の首を絞めてただけだったのか。急に時間がくにゃっとした柔らかいものに思えてきました。

でも、実際どのくらい柔軟なんだろう、と考えると、答えが出てきません。例えばどんな時、時間がメイド化した、と言えるのか、自分で例を挙げることがうまく出来ません。だから、まだちゃんと分かってないのだと思います。

おもしろいな、と思うのが、時間に「追われる」と感じる人と、「追いかける」と感じる人がいるのだな、ということです。これも何か関係あるんでしょうか・・。もっと考えます。
  • 2006/09/13-09:53:19
  • 投稿者 : ぱらむ
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[C4003] 時間は止まらないはずだった

二人以上揃わないと始まらない場合に時間のメイド化が発生。時間は勝手に進常識があり不思議な感じ。ネットワークに関係ありそう。中国紀行の飛行機遅延もあった。機内や空港職員、到着先の空港関連など広範囲にメイド化したが、その中に時間も確かにいると気付き驚いた。メイド化が可能なら柔軟な性質が必要かも。
  • 2006/09/13-08:54:35
  • 投稿者 : テクノン
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[C4002] >時間のメイド化

遅刻してはいけない、早く行って準備準備してるのがよくて正々堂々、そんな暗黙の了解ってあると思います.そう考えると、武蔵が遅れて行ったのと同じようなものをオシム氏にも感じます。相手は強いです。まともに戦ってもかなわない、そんな気持ちはあったかもと思います.スポーツにはルールがあります。それを破ることはできません。自滅にも繋がります。しかし、ちょっと遅れていくことはルールの虚をついた作戦だったかもと思います。なんだかんだ言っても、プロですから、勝ってなんぼでしょう。。最大限、選手が勝てる環境をオシム氏は作りだしているのではないかと思います.自分で考えうる限りのことを。。

[C4001] 時間のメイド化

うーん・・。
すごくグっときました。
 
私の思う「時間」の概念って何なんだ・・と。
 
>「時間に呼ばれて行くんじゃないよ」・・ 

 すごい言葉で、胸がドキドキします。
 合わせなきゃいけない・・じゃなくって
 そうゆうのではなくて
 タイミングを測るのとも違うような
 「自由」のような何かを、このフレーズに
 感じます。
 自分もメイドなのに
 時間もメイド・・。
 みんな限りなく受身の世界・・
 
 理解できているかわからないけれど
 
 でも何か、すごくドキドキが満載な気がします。
 
 

  • 2006/09/13-01:58:17
  • 投稿者 : こはな
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[C4000] >「時間に呼ばれて行くんじゃないよ」・・と。

> しかし今までは逆でした。時間は、ご主人様でした。時間にだけは逆らうことが出来ませんでした。
 
「時間に呼ばれて行くんじゃないよ」って…すっごい衝撃!時間は24時間みんなに平等かと思ってた。朝日が昇って夕日が沈むそっちが先かと思ってた。それと…私と時間との関係は別なのか…と思いました。あれ…私に流れてるのは時空の時間(リズム)なのかと思いました。私って…ほんと時空のメイド…地球のじゃなくて。そして時間もメイド。なんかどうなってんだろう…視角に収まらなくて…時間を考えた事ってないです。とても空間的なのだと思います。

[C3999] 時間のメイド化

時間が じっと耐えている けなげに待っている感じがしました。
いつでも私は 時間に追いつこう、追いつこうとしていたと思います。
追いつこうと追えば追うほど おいてきぼり。
たまには 待たせてみるのもよいではないかと思いました。 運命を待たせるとどうなるのかなと考えたら、楽しくなりました。
  • 2006/09/13-01:38:35
  • 投稿者 : なんしぃ
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