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-件のコメント

[C4145] 実績にしがみつくこと

FWで守備をあまりしない選手は多いと思います。
その場面を見ていて私は11人でやっているのだから、
もっとFWもゲーム全体に参加すればいいのにとは良く思っていました。

実績のある選手を走らないFWとしておいておけば、それはご主人様の為に皆がプレイをするようなものになってしまうと思います。

すると、ご主人様がうまくいかない時は全てがダメになって島します。
しかし、全員がメイドとしてプレイすれば、一人がミスをしてもその他の10人がサポートに回れます。

実績にしがみつく事は自分の中のご主人様実績にしがみつく事で、そのご主人様がコケれば、全てダメになります。
しかし、実績があったとしても、それだけに頼らなければ実績以外の事に自分が自分に助けられると思いました。

[C4143] 凡人は被害者か?

実績は、外に向った、他者に向った達成感です。つまり、人との比較です。外に向わなければ、爽快感です。このHPに来てから、段々薄れていく気がします。そうすると・・・

>全身がしびれた。この人はどこまでも自分たちを見ていてくれる。その上、選手を横一線で見ているのだ。

>「守備をしないと、お前も使わない」


オシム監督の目線は対等です。

でも、エリート意識を持っていたのは、ヨンスだけでしょうか?凡人だって、結果が出せないだけで心性は同じではないでしょうか?ただ、エリート意識の裏返しの被害者意識を持っているだけではないでしょうか?


当たり前ですが、私も含めて、世の中凡人が殆どです。だから、凡人というのでしょう。(爆)天才は極僅かです。

まず、「凡人が守備をしろ!」なんて言える天才に出会うことは稀です。ところがです。凡人同士が寸差で、優劣を付け合って、加害者をやっているのが日常だと思います。

だから、一部のエリートが牛耳って加害者をやっているのではなく、評価されない被害者を装ったこの大多数の凡人こそがこの縦型の仕組みを支えているのではないかと思いました。なにしろ、大勢ですから。。。


思うに、オシム監督が横一線で自分達をみていてくれるじゃなくて、監督がいなくても、自分達同士で対等にできるかが問題です。
一番対等を身につけたのが、加害者の自覚のあるヨンスだけだったなんてことにならないようにと思います。



 

[C4137] >実績にしがみつくこと

実績は、自分の勲章みたいなものです。しかし、そこにしがみ付くと、上位の問いから下位の問いになかなか迎えません。一度、リセットし直すことにより、オシムは、今までの選手の固定化された視点を解き放ち、可能性を広げたようです。しかし、ここでもお前は、駒だといわんばかりです。しかし、オシムは、結果に捕らわれないです。例え、得点王だとしても。。。
  • 2006/09/16-20:15:45
  • 投稿者 : じんのり
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[C4128] 歴代の監督も彼は点を取ってくれればOK

このことを時間との関係で考えてみました。手っ取り早くすぐすませるセックスに思えました。とりあえず点さえいれてくれればそれでいい。あんまり感じない気がしました。守備をやってもらわないと使わない。ところは、入れるだけでなくきちんと愛撫もしてもらうぞ。に感じました。時間をかけること、快感の増大。ここにも時間が関係しているのではないかと思いました。
  • 2006/09/16-18:26:01
  • 投稿者 : なんしぃ
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[C4127] >実績にしがみつくこと

 
本の抜粋を読んで、監督は選手を指導してゲームでは選手に指示を出す立場だけど、
チームには有名な選手がいることが多いから、監督の立場は確固としたものじゃな
く微妙なんだ…って思いました。
 
それは有名選手の周りのスタッフや監督が気を使うだけじゃなく、選手本人も口に
は出さなくても、特別扱いされるのは当たり前という気持ちになっているように思
います。それはバランスが保たれているというより、固まってしまった関係という
感じがしました。
 
その固まった状態がオシムによってアッサリ崩されたんだと思いました。
崩されたスタッフと選手はすごく驚いたんじゃないかと思います。
 
その時に選手自身が自分は実績にしがみついていたと気が付いて、苦労しながらで
も実績から離れようとすれば、駒の一つになることができるように思いました。
 
でも実績から離れることが出来なかったら駒にはなれず、試合に出てもチームの中
で充分機能出来ないどころか浮いてしまいそうだと思いました。
 
> これは私たち個人の人生でも同じです。
> 自分はこの分野で実績があると思えば、それにしがみつきます。
 
何かにしがみつくのは、たとえば水の中にいて溺れるのを恐れている時だと思いま
す。溺れるのが怖いから、どんな小さな物でも浮いているものを見つければ、しが
みつかずにはいられないと思います。
 
だから輝かしい実績がある人だけじゃなく、ごく小さな実績しかない人でも、それ
にしがみついてしまいそうです。
ごく小さな実績なら誰でも持っていると思うから、誰でも実績にしがみついてしま
う可能性があるし、しがみついてしまっていると思いました。
 
溺れるのを恐れるだけなら、いつまでもしがみついているしかないんだと思いまし
た。
その状態から抜け出そうと思えば、しがみつくのをやめて、泳いでみるしかないよ
うに思いました。
  • 2006/09/16-18:21:24
  • 投稿者 : ぷく
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[C4119] 代替え可能の凄まじさ

代替え可能状態で駒になる凄まじさがあると思う。実績とは私感覚だと思う。それは支えでもあり存在意義でもある。しかしそれを取り除いても私が消えることはない。ただ凸の私が凹に変わりそこでパーと私は放射しそう。
実績は格であり他者との差別化だ。そこで途切れてしまいそう。存在価値とはなんかもったいないなぁ。
  • 2006/09/16-16:02:05
  • 投稿者 : テクノンVF
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[C4109] >実績にしがみつくこと

世の中には、大御所、と呼ばれる人たちがいます。
そのほとんどが過去の栄光で生きている人たちです。
 
そういう人を見ていると、何かズレのようなものを感じていました。
 
そのズレが何なのか? よくわからなかったのですが、
最近、外側の環境の変化に対してのズレなのだとわかったきました。
 
長い時間をかけて積み上げてきたものと、環境とのズレは致命的です。
 
それに気がついても、それを手放すのは並大抵ではないと思います。
というか、自分ひとりでは気づくことはできないような気がします。
 
ヨンス選手はオシム監督に出会い、バッサリいかれたのは幸運だったのだと思いました。
 
  • 2006/09/16-13:37:03
  • 投稿者 : 福
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[C4108] >実績にしがみつくこと

実績とよべるほどのことでなくても、自分ががんばったと思っていることに、しがみついてしまうように思います。
そこに自他共に認めるほどの成果があると、なおさらです。
でも・・そのがんばったことも、実績も、「今」を生きるのに何ら関係はないのでした・・・。
関係ないどころか、ただ、「今」という時間を生きるには、じゃまになることすらありそうです。


実績が輝かしいほど、それは自分にも他人にも目に付きます。
スポーツの世界だったら、やはりそれを生かそうと考えると思います。
でも、それを無視した・・というのがすごいと思います。


たった11人しか出場できないサッカーの試合。
実績を抱えた選手が多くいて、そのことだけをしていては、11人で11人分の仕事しかできないように思いますが、実績はないけど、オールマイティな駒になって走る選手が多くいれば、11人でもそれ以上の人数分の仕事ができそうな気がしました。
実際、地面から選手が湧いて出るように、味方の選手が出現してきたとのことです。
11人全体でサッカーをするには、実績を斬る必要があったのだと思いました。

[C4107] ヨンス選手

私がもしヨンス選手だと考えたら、選ばれなかったことにほっとしたかもしれないと思いました。選ばれて、実績が出なかった時を考えたらプレッシャーがかかるからです。ファンタジスタばかり召集される監督のチームならば、選ばれても少しは恐さが半減する気がしました。なぜならまわりがみんな自分と同じ、負けに怯えて走る人ばかりだと感じるからです。負けてもいい。の仲間と肩を並べるのは恐いと感じるのではないかと思いました。
  • 2006/09/16-12:20:21
  • 投稿者 : なんしぃ
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[C4106] >実績があるとおもえばこれにしがみつきます

今日はこの事が悲しいことだと感じました。幸か不幸か輝かしい実績を持ってしまったものは、自分で持っていると感じてしまったものは、それを放したとき自分が無になってしまう、自分が人から見て価値がなくなってしまうと常に怯えている人なのだと感じました。人からの評価を気にして、評価のために自分を自分で高めよう改善しようともがき苦しんでいる人だと感じました。そこにはサッカーを心から楽しむ余裕もなく、自分の命だけを守る、落ちたくないからしがみつく。なんとかしよう自分の力でなんとかしようと、している姿が浮かびました。優越感よりも、コンプレックスが強い気がしました。
  • 2006/09/16-12:12:46
  • 投稿者 : なんしぃ
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[C4102] しがらみからの解放

>選手を横一線で見ているのだ
>自分はこの分野で実績があると思えば、それにしがみつきます。

自分に対してだけでなく、他人に対しても、つい実績や成果、あるいは経験などを見てしまいがちです。
そして、それによって縦に一線を引こうとするから、それらにしがみついてしまうのかなと思います。

しかし、この縦に一線を引くというのは、「個」に原因があるという考え方に基づいていると思います。
なぜなら、実績や成果を上げる、あるいは経験を積むという行為自体が、「私個人」に原因があり、それを改善して成長するために努力する行為だと思えるからです。

一方、横一線で捉える場合は、今までのキーワードを使わせていただくと、いかに選手が「駒」となれるか、または「代替可能なメイド」に徹せられるかが重要となると思います。
逆に、実績や成果、経験などはどれも基準ではなくなると思います。
となると、「個」が原因とされるこれらの要素は切り捨てられ、選手もそれらのしがらみから解放されると思います。

そのしがらみからの解放という意味では、「駒」や「代替可能なメイド」になるという行為には、やはり何か不思議と自由を感じてしまいます。

[C4100] 実績と今


実績を重視しなくて選手を横一線ということは
その選手が今できることをもっとも重用ししているからだと思いました。 
未来と過去と現在があっても
勝負が過去に変わる瞬間は今だからなのだと思います。 
今出来ればたとえ今迄実績が無くても起用するという事なのだと思いました。

勝負の世界というのは結局勝つか負けるかで
もちろん勝つ為に練習して試合をしていると思います。
練習して勝って実績となって
でもそれを無かった事にして今出来るか出来ないかのまな板にのるって
毎日生まれ変わっている状態みたいだなと思いました。

[C4094]

実績にしがみつかないかどうかよりも、絶えずスタートラインに立てるかがポイントなんだと思う。いつも白紙の状態でいられるか? 360°視界は開けているか? 開けていれば自分がどう動けば良いか、おのずとわかる。オシムもそれが言いたかったのでは。
  • 2006/09/16-00:27:09
  • 投稿者 : yt
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[C4093] >実績にしがみつくこと

実力のある人は過去にしがみ付かないと思います。
そして、人の値打ちも過去だけじゃなく、今現在が大切だと思います。
過去を評価せずに今に視点を集める。それが「常にスタートラインに立つ」につながるのだと思いました。

[C4092] >実績にしがみつくこと

オシムにとっては、次の試合に勝てるかどうか、選手が機能するかどうかが問題なのだと思いました。
それは、次の試合がどうなるかを、ゼロから検討することだと思いました。
いつもあたりまえにそれをやっているのだと思います。
 
実績について考えると、オシムは単に点を取ることを実績と考えていないのだと思いました。
ファンタスティックなキックでそこそこの確率で点を取ることは重視していないと思いました。
それと比べて、走ることは確実にできることで、考えることも確実にできることだと思います。
走る選手は確実に走り、考える選手は確実に考えると思います。
それをベースに、ゲームを組み立てることが、勝つ確率をあげることなのだと思います。
だから、「走る」「考える」という実績を重視しているのだと思いました。
「走る」と「考える」は、この前やったことではなく、今やることで、その意味で、「過去に何点取った」という種類の実績とは無関係なのだと思いました。
  • 2006/09/15-22:56:04
  • 投稿者 : ワヲン
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[C4091] >実績にしがみつくこと

オシム指導下の駒として働いてもらわないといけないので、輝かしい実績を持つチェ選手でもオシム監督の駒とならなければ不必要なのでしょう、勇人選手のような駒になる素質無しと判断されたら切られてしまうかもしれません。もし、中田が引退していなくて残っていても、日本代表のメンバーとしてオシムの駒となる素質無しとオシムが判断すれば、98年に岡田監督がカズを切ったように彼も切られると思います。オシム監督の今の「駒」たちはこれからの日本のサッカーにおいてスタートラインに立つ上での試金石なのだなと思いました。
  • 2006/09/15-22:53:08
  • 投稿者 : おかだ
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[C4090] >全身がしびれた

人が、蓄積したものやコンプレックスなど握りしめていたものを全て取り払うと、五感の働くただのセンサーなのだと思います。
受信発信双方向のセンサーです。

人はその身を置くこの世において、さまざまなものにしばられ囲まれているわけですが、それらを意識から外へ追いやれば、世間や社会の存在はなきものとなります。

人がもろもろの執着を取り払ったセンサーとなり、今世で得たたまたまの環境を意識から払いのけたそのときにこそ、神とつながれるのだと思います。

つながった瞬間その感覚は、しびれるようにじ~んとかガ~ンと身体にくるものだと思います。
覚醒というものかと思います。

そのとき、プレイも時間感覚も全て無意識領域の申し子となり、爽快感が残るのみなのだと思います。

きました・・
神の全貌とセンサーたる自分を認識できたと思ったとき、雷に打たれたように(打たれたことはないですが)頭がが~ん・・と固まりました。
顔もしばらく固まって、唇が乾くほどでした。
まだ頭がじんじんします。
知ってしまった・・という感動がまだ冷めません。
涙が出そうで出なくて、何かいったいどうしよう・・と困惑するような感情もあります。
身震いします。
このへんにしなきゃ。
おかしなヤツでスミマセン。

もりけんさん・・・すごいです・・・
  • 2006/09/15-21:20:24
  • 投稿者 : ゆくえ
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[C4089] 「サッカーは美しく、こんなにも楽しいものだったのか」

これは「サッカー」を「人生」に置き換えてもいいと思いました。
そしてそれは“駒”にならなければ決して味わうことはないのだと思いました。
“駒”が何にでもなれるのは、FWの得点王ではなくて、中味が空っぽだからです。
中味が空っぽだから代替可能であり、FW得点王では代替“不可能”になってしまいます。
選手達がたくさん走れるようになったのも役割を一つのものに固定されなくなったからな
のだと思いました。
何にもなろうとしない、どこへも目指そうとしないのは、未来を知るより強いのではない
かと思いました。
いえ未来を知ったとしても、今を拡大していくことによって爽快感を感じることはできる
のではないかと思いました。
そしてその爽快感は実績にしがみついていては決して味わうことはできないものなのだと
思いました。
  • 2006/09/15-21:02:11
  • 投稿者 : イーキン
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[C4088] >過去の実績

があっても、いままでそれでチームは勝てなかったわけだし、過去の蓄積を捨てないと、新しい蓄積というのはできないものなのかもと思いました。

メインの、勇人選手の蓄積は、オシム監督が来る前の過去の蓄積を捨てて、オシム監督のやり方の新しい蓄積をしたということになるのかなと思いました。でも、なにもかも蓄積を捨てたのかというと、いままでのサッカーの基礎とか、鍛錬された足腰という蓄積はそのままなのだし、まずい部分だけ捨てて、いいところだけ取り入れたわけで、総リセットじゃなくて、リフォームだよなと思いました。
  • 2006/09/15-20:43:54
  • 投稿者 : リョウコ
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[C4087] >過去の実績

車の運転の場合、もし高速で200キロで走った実績とかあっても、ふつうの道路で信号無視していいってものでもないです。自分の車が駐車にちょっと時間がかかったりすると、上手そうな運転者に限って、クラクション激しく鳴らしたりします。初心な気持ちは残ってなさそうです。

実績のある人は、自分のやり方以外の他の考えを入れにくいと思います。自分も慣れている仕事などは、自分のやり方が速いとか思ってしまったりします。でも、人のやり方をよく聞いてみると、案外それがやりやすい方法だとわかったりします。実績があると、狭い範囲を堅持して、他を受け入れないかたくなな状態になりやすいかもと思います。それをズバッとリセットして、もう一度スタートラインに戻すと、新しく入ってくることすべてに柔軟になれるんじゃないかと思います。固くなった餅に、もう一度水を入れてつきなおすみたいにも思います。
  • 2006/09/15-20:26:36
  • 投稿者 : リョウコ
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[C4086] >実績にしがみつくこと

しがみつく実績は経験の結果だと思いますが、その経験は光り輝くものであると思います。同じ経験でも、失敗を重ねたもののなら逆にしがみつくことは無いと思いました。

過去の自分自身の幻想にしがみついているように思います。過去の素晴らしい経験が今の自分を作っているという気負いがあるのだと感じます。

今に不安を感じる分、しがみつき度合いも強くなりそうです。

不安のもとがあって、今が常にゼロであることを心のどこかで知っているのではないかと思います。
個人は自分の実績を背負っていますが、個人を見る外側も背負った実績を含んだ個人を見てしまっているように思います。

実績は過去のことなのに、それが大きければ大きいほど偉大な存在と感じてしまうようで、自分も周りもそれに囚われてしまいそうです。

でも考えてみると、こちら側が自ら進んで囚われ人となっているように思います。自分が囚われの世界から抜けないと、囚われの人しか見れないと思います。
そして、オシムはそこから抜けていると思いました。

[C4085] >実績にしがみつくこと

>「守備をしないと、お前も使わない」

オシム監督にとっては、
これまでの実績など、かえって邪魔になるのだと思いました。

どんなに点を取ることに長けている人であっても、
守備もできなきゃイケナイ・・

代替可能な存在にならないと、使わない。。ってことだと思いました。


>これは私たち個人の人生でも同じです。
>自分はこの分野で実績があると思えば、それにしがみつきます。

どんなに実績がある専門分野があっても、
それにしがみついたら、
どんどんスタートラインから遠ざかっていくのだと思いました。
オンリーワンの存在になってしまうからです。

スタートラインっていうのは、
何にでもなれる代替可能な存在の状態ってことだと思いました。


>がんばってます☆

あはは。。
きょうも、一日、なんとか、がんばりました。
へばりそうになったとき、休憩室で、少し休み
そして、仕事に戻るとき、
鏡に向かって、
「よし、がんばろう。。
がんばって。。」
って、と、心の中でいってから、仕事に戻りました。


 
  • 2006/09/15-19:07:57
  • 投稿者 : あかり
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[C4084] マージナルポイント

実績というのはがんばってきた結果、自然にできたものだと思います。
実績、実績・・と唱えながら歩んできたワケじゃないと。
砂をかむようなとか血のにじむ思いで何かと引き替えにしてきた場合だってありそうです。
そんな自分を肯定し、周囲から認められ誉められるのは当然のことと思います。
だけど・・
代替可能なパーツとして見れば、ミョーなクセのついた使えないヤツに成り下がってしまうのだと言えそうです。

宗教の勧誘と同じかもっと、保険の外交しませんかとよく誘われたモンですが、とてもとてもできませんと断ると、素人主婦が最適なのダと相手もなかなか引きませんでした。
セールス慣れした達人よりも、トロそうなおどおどした人の方が信頼されて良いとのことでした。
今は保険も外資系掛け捨てが主流で、こんな話も過去の遺物となるのでしょう・・・

で、思ったのですが、もりけんさんのサイトでは高学歴の人がイジメられるのが何ともヘンテコに感じたのですが、それは蓄積ゼロへ誘う愛のムチだったのかとわかりました。
また、蓄積なんてナイもんね~とほくそ笑んでても斬られるのは、依頼心強すぎ甘えすぎとか怠惰に対して、もちょっと考えろという、蓄積ゼロどころかマイナス領域でのほほんとしてる不埒な輩への鉄拳なのだと思い当たりました。
蓄積プラスとマイナスの両代表者が斬られることで、サイト参加者みんなが、実績や習性を捨て去る効果があるのカモと思いました。
  • 2006/09/15-17:24:43
  • 投稿者 : ゆくえ
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[C4082] 実績と蓄積

メインでは「未来に拡大した行為をずっと続けていたという『過去の蓄積』」に触れています。
過去の実績と蓄積。
ヨンスの得点王という実績と過去の蓄積=「『それでもいいから出せ』という『試合の積み上げ』」は何が違うのか・・・

得点王は輝かしい結果であり、失敗したゴールは含まれません。
過去の蓄積はうまくいった・いかないに関わらず全て含まれています。

敢えて言いますが、得点王というのは手癖ならぬ足癖に近いと思います。
できるべくしてできたという実は「できて当たり前」なのだと思います。

でも選手が全て考えながら走るという「積み重ね」はある意味チャレンジであり、足癖を意識的にさせようとしているように思えました。
足癖を意識させることで足癖に対する視点が生まれます。
それに対して思考することができ、ある意味足癖から離れる=自由になるように思えるのです。

過去の実績を捨てるのは勇気が要ると思います。

実は今まで私はオシムがどの部分でリスクを侵しているかよく分かりませんでした(汗)。
しかし、敢えて得点の取れる足癖から自由にさせる=不安定にさせることが、チーム全体にとってリスキーな判断だと気づきました。

しかしリスクを受け入れ敢えて不安定にいることが自由へのヒントのような気がしました。

[C4081] >実績にしがみつくこと

 
企業内での従業員の発明で、発明者が会社を訴えるケースがあります。
たとえば、青色発光ダイオードの発明者は元勤務先の会社に対して約200億円の支払いを要求しました。
でも、これってどうなんだろう・・と思います。
青色発光ダイオードの発明者に限らず、会社を訴える人というのは本当にたった一人で発明したのでしょうか・・
共同で研究していたチームとか、仲間とか、協力者とか・・いたのではないかと思います。
実験器具だって、会社の設備を使っていたのではないでしょうか・・
その会社に所属して研究していたからこそ、発明できたのかもしれません。
だとすれば、その人一人が発明者とはいえないのではないかという気がします。
それは、サッカーチームの得点王も同じではないかと思います。
最終的にゴールを決める得点王だけが注目されるけれど、守ってくれる人、パスしてくれる人がいるからこそ、シュートを打てるのだろうと思います。
そのチームとか会社とかという場、あるいは発明の場合は時代も関係しているのかもしれませんが、そういう全体の流れの中から発明は生まれるし、得点も決まるのであって、一人の個に帰するものではないのではないかと思います。
もちろん、それなりに対価が欲しいという気持ちは分からなくもないですが・・
神坂さんは、発明というのはもともと開いている穴に落っこちるだけだ・・と言っていました。
結局青色発光ダイオードの場合は、約8億円で和解したようですが、そうやって個の実績にしがみついていたら、全体は見えてこないのではないかと思います。
  • 2006/09/15-15:45:01
  • 投稿者 : くるみ
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[C4080]

オシムはなぜ、今の日本代表に実績のある選手を使わないのか?と思っていました。(ジーコとは違っています)

このヨンス事件を読んで、オシムのそんなもの(輝かしい実績)を無視することと、

もりけんさんの「スタートラインに立つ」ということが奇跡を起こすキーかもしれないと思いました。
  • 2006/09/15-15:24:37
  • 投稿者 : 文蔵
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[C4078] 実績と心中

実績にしがみつくことは、口では簡単に斬れますが、実際にはなかなかそうそう斬れなかったりします。
そこがジレンマだったりします。

でもこの道何十年の場合、自分が歩いてきた道のりかあるいは一からスタートラインに立つ方を見るのかでスタンスが全く違ってきます。

後者の場合、自分も駒としてみていないと到底やれません。
オシム監督は自分の実績も「肉でも魚でもない」とか言って、特別視したりしないのでしょう。

一瞬一瞬が勝負時な気がしました。

[C4077] 輝かしい実績

オシムが選手を横一線でみる。というところに驚きました。今までは、線から突起したほうが値打ちがあると思っていました。この分野では誰にも負けない。それが最大の売りになると思っていました。私も過去に、社内で誰もできない分野でトップにたったことがあります。でもその時は、無意識の内にこれだけ貢献したのだから報酬があって当たり前だろうと思っていました。結果的に会社の輪に入れずはじき出されました。意味がわかりませんでした。しかし、当時のままでは守りはできなかったと思います。庶民のシュートなんてバカらしいダンクがうちたいと頭をゴールにぶつけてしまう阿呆でした。今は、裸一貫になり、毎日ドリブルからやり直しています。オシムの判断もすばらしいと思えるようになれました。スタートラインに立つことは難しく、並大抵の事ではないと思います。
  • 2006/09/15-13:34:51
  • 投稿者 : なんしぃ
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[C4076]

>がんばってます☆
あははは、頑張ったところで一撃です(意味不明)
 
>常にスタートラインに立つというのは、大変です。
>サッカーの監督であれば、選手の持つ輝かしい実績がそれを阻みます。
>しかしオシムはそんなものは、無視したのです。
 
なんでか…いつの間にかそういうもの考慮してしまうのだと思います。勝ちへの保険を。なんとか手堅い点が欲しいという気持ちがある気がします。そっから考えるとオシムはリスクがスゴイです。(計算されてるとは思いますが)いつも新しい。それはなんでだろうかと思います。オシムはサッカーを「経験」してきたとおもいます。子供のころからやってたんだし…ある意味サッカー人生だったろうなと思います。積み上げないサッカーってなんなんだろうと思います。
  
オシムって今は監督という駒やってるのかなと思います。それは彼に取ってサッカーでの未知分野なのかもしれないと思います。それも言葉の通じない日本で。いつも新しいところに駒を置いてサッカーしてるんだと思いました。自分自身を常に環境からリストラしてるみたい。なんかそんな事を思いました。

[C4075] がんばってます☆

よろ~しく~。。おねがいしま~す☆☆
C= C= C= C= C= C= ┌(;・_・)┘トコトコ
  • 2006/09/15-11:52:59
  • 投稿者 : バニー
  • URL
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[C4074] チームの得点王・・

スタートしてしまっている状態での対等は
ないんだと思いました。
チームが本当にひとつになるというのは、
気持ちを合わせるとか、同じ方を向くとかではなくて、
皆がスタートラインに立つということかなと思いました。
  • 2006/09/15-11:25:32
  • 投稿者 : まる
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[C4073] >「守備をしないと、お前も使わない」

駒として使われるのだから余計な部品はないほうが軽くて良いのかもしれません。

駒としての個はメイドそのものだと思いました。ご主人様の先の意向を読み取りながら行動する・・・・
スタートラインにたつこと・メイドに徹するって簡単じゃないです。
でも対等なんだ・・・・・・差が無い。。。。

[C4072]

実績なんてモノはなにも持っていなくて、それが劣等感に繋がって自己を過剰に卑下していたなぁ・・・と思います。
学歴も無いし。。。。
だからレスも頓珍漢で文章としてはとてもおそまつなものしか書けていません。
斬られることもしばしば・・・・
なのになんでいるんでしょ。。。。そろそろ追い出されるのかしらと毎回ビビリながら書いていて、自分でアホか。。。と思います。

でも。。。命式ですから(爆)
わたしのせいじゃありません。( ̄ー ̄)ふっ

オシム監督のもとでプレイできる選手は快100%って気がします。(意味不明)

[C4071] >自分はこの分野で実績があると思えば、それにしがみつきます。

しがみつこうか、と思って行動していた時期がありました。人からしがみつけといわれたこともあります、もったいない、と。でも、止めました。だって、つまらないです。

極めたくも無いのに、必要で詳しくなってしまったこともありました、そして、人からそれを人の役に立てろ、と言われました。でも、うんざりでした、そんな、自分の人生を外側からの切っ掛けで一色に塗りつぶすのは、まっぴらごめんでした。言ってきた人に、ふざけんな、と思いました。

スタートラインに立つ、がどういうことなのか、少しだけはっきりしてきた気がします。少しだけ見えた気がします。

それにしても、オシムって、一体、どこから湧いて出た人なんだろう、って思うくらい、すごい視点を持ってますね。驚きます。サッカーに興味なかったし、今もあまりないですが、オシムには、そしてオシムと共にある選手には興味津々です。
  • 2006/09/15-09:57:14
  • 投稿者 : ぱらむ
  • URL
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[C4070] >実績にしがみつくこと

オシム語録のなかに、「点をとったのは佐藤でも勇人でもなく、ジェフというチームが挙げたものだ。私はそう考えている。」というものがありました。
 
これは、選手にとってみれば最初は嫌だとおもいます。「オレの手柄なのに・・」って思うとおもいます。
積み上げてきたという意識があれば、次に得点するかどうかは自分だけにかかってきます。
でも、積み上げた実績は所詮、過去のもの。
未来に「実績」なんて存在するはずありません。
もちろん、次に点を取れる保証など一つもありません。
ひょっとして、この先の選手生活で一点も取れないことだってあり得ます。

逆に、チームの手柄となれば、いつ、どの試合でも、チームの一員として機能すればいい。
そう思えることは、後々楽になっていくと思いました。
自分はなんだってやっていい。って思えることは、気持ちいいことなんだと思いました。
  • 2006/09/15-09:18:44
  • 投稿者 : くまぽん
  • URL
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[C4068] >常にスタートラインに立つというのは、大変です。

今更ですが、スタートラインに立つことの意味がよく分かりました。
これまで、もりけんさんの言っている言葉を、単なる借り物の言葉で口にしていたと思いました(汗)。

実績にしがみつくのは、「驕り高ぶり」のようなものかも知れません。
スタートラインに立つことは、全方向に向かっての備えのようなものと思いました。

[C4066] >実績にしがみつくこと

実績にしがみつくということは、それ以上の成長は望まないという事のようにも思います。得点王に「守備をしないと、お前も使わない」ってことは、厳しいようでもありますが、 守備の面でも開発できれば、個としても鬼に金棒だと思います。実績を捨て、スタートラインにたつというのは、今までにない能力の開発でもあって、個の成長とも言えるのではないかと思います。

[C4065] >実績にしがみつくこと

オシムはそれを壊して、再構築したかったのかもしれません。だからこそチームの得点王でも、趣旨にそわなければ、使わないと面と向っていったのだと思います。それが全体に方針を周知し緊張を生んだと思いました。実績は永遠に独自存在しえることやモノはなく、実績は、それが除除に消えてなくなって行くものだということを痛感していたのかもしれません。ものごとは始まりと終わり両方向へ対等に流れていくのかなと思いました。
  • 2006/09/15-05:59:02
  • 投稿者 : yk
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[C4064] 「守備をしないと、お前も使わない」

>常にスタートラインに立つというのは、大変です。
 サッカーの監督であれば、選手の持つ輝かしい実績がそれを阻みます。
 しかしオシムはそんなものは、無視したのです。
 
> これは私たち個人の人生でも同じです。
 自分はこの分野で実績があると思えば、それにしがみつきます。
 
 私は、専門職の実績を大きく評価されていたら、更に極めることにしか目が向かないように思います、そして、固定された私に向かってどんどん進んで行ってしまう。
 
>ところがオシムは面と向かって
「守備をしないと、お前も使わない」
 
 オシム監督は、駒としての考えがあったからこそ、この言葉をいったのだと思います、しかし、オシム監督の素晴らしところは、ただの駒でなく、選手に「爽快感」を感じさせた所だと思います。
 
 更に素晴らしのは、「結果」で評価する「上位の問い」の世界の中で、「過程」をきちんと見ている所だと思います、観戦している私さえ何か違うと思うわけですから、接している選手はもっと違いを身体に感じていると思います、だから選手も変わってしまった。

[C4063] 選手が誰でもミドルシュートを打つチーム

をつくるためには選手の役割分担を取り払う必要があると思います。自分が打てる位置にいても、自分よりもFWの選手のほうがシュートがうまいと自分も周囲も信じていたら思い切ってミドルシュートを打つというよりも、ボールをFWの選手につないでしまうと思うのです。また自分が打ってはずしてしまい、チャンスをつぶすことになったら「自信がないのならパスをまわせ」と、せめられるのは自分だという恐怖もあると思います。

オシムはDFの選手がミドルシュートを打ったとしてもそれでチャンスをつぶしたとは言わないような気がします。そうではなくてFWの選手が守備に手を貸さず味方のゴールが責められているときに、口をぽかんとあけて見ていたら、オシムはそれを非難するということだと思います。

ビーチバレーの選手で、自分は背が低いけれども攻撃もしたいから、バレーボールの選手からあえてビーチバレーに転向したという選手の話をこの間テレビで見ました。ビーチバレーは2人しかいないので攻撃も守備も全てやらなくてはなりません。むしろ全部やりたいからビーチバレーに転向、というのが新鮮でした。

ビーチバレーもサッカーも結局は「まかない」だと思います。守備が足りないときにぼけっとつったってるような「でくのぼう」はいらないということだと思います。

ボランチ(MF)が司令塔の役割などしてゲームを仕切られたら、せっかくDFの選手がミドルシュートを打つチャンスを、しのごの言ってつぶすだろうし、ゲームの流れを中断されるのが嫌だということのような気がします。

オシムのサッカーでは司令塔はいらない、ではなく、司令塔はむしろ邪魔なのではないかと思いました。司令塔はいらないから、全員が考えながら走れといっているのだと思います。考えながら走るのであれば誰かの指示などいらないということになります。
  • 2006/09/15-01:00:53
  • 投稿者 : ナイル
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[C4062] >実績にしがみつくこと

自分の書いたレスを読むと・・その時は
よくぞ書いたな(えへん)と勝手に悦にはいってますが・・
皆さんのコメント、特に・・もりけんさんのメインの書き込みを
読むと、わ~~~~~~~~~と(爆)吹っ飛びそうになります。
私のは、あまりにも個人の感覚に頼ったレスだなあと思うからです(汗)
だからもっと、ホントは勉強がいるんではないかなと思います。
もっと深く考えないと・・見えてこないことはいっぱいあると
思います。
そして・・
オシム監督のように、選手のそのままの姿を見るように
この世界のそのまま(謎のまま)を、そもそもから目を逸らさずに
深い洞察を身につけたいなと思いました・・。
反省する気はないのに・・(汗)
やる気表明する気はないのに・・(滝汗)
身が締まるような思いがしました。

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実績にしがみつくこと

 
 本の抜粋です。
 
**************************
 
 全身がしびれた。この人はどこまでも自分たちを見ていてくれる。その上、選手を横一線で見ているのだ。
 
 試合前にはこんな場面に遭遇していた。チームの得点王であるFWのチェ・ヨンスはアンタッチャブルな存在だった。歴代の監督も彼は点さえ取ってくれればOKという部分があった。
 
 ところがオシムは面と向かって
「守備をしないと、お前も使わない」
 と告げたのだ。
「ヨンスさんに向かって・・。この人は本当にすっげぇなあ」
 
 *************************
 
 常にスタートラインに立つというのは、大変です。
 サッカーの監督であれば、選手の持つ輝かしい実績がそれを阻みます。
 しかしオシムはそんなものは、無視したのです。
 
 これは私たち個人の人生でも同じです。
 自分はこの分野で実績があると思えば、それにしがみつきます。
 

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41件のコメント

[C4145] 実績にしがみつくこと

FWで守備をあまりしない選手は多いと思います。
その場面を見ていて私は11人でやっているのだから、
もっとFWもゲーム全体に参加すればいいのにとは良く思っていました。

実績のある選手を走らないFWとしておいておけば、それはご主人様の為に皆がプレイをするようなものになってしまうと思います。

すると、ご主人様がうまくいかない時は全てがダメになって島します。
しかし、全員がメイドとしてプレイすれば、一人がミスをしてもその他の10人がサポートに回れます。

実績にしがみつく事は自分の中のご主人様実績にしがみつく事で、そのご主人様がコケれば、全てダメになります。
しかし、実績があったとしても、それだけに頼らなければ実績以外の事に自分が自分に助けられると思いました。

[C4143] 凡人は被害者か?

実績は、外に向った、他者に向った達成感です。つまり、人との比較です。外に向わなければ、爽快感です。このHPに来てから、段々薄れていく気がします。そうすると・・・

>全身がしびれた。この人はどこまでも自分たちを見ていてくれる。その上、選手を横一線で見ているのだ。

>「守備をしないと、お前も使わない」


オシム監督の目線は対等です。

でも、エリート意識を持っていたのは、ヨンスだけでしょうか?凡人だって、結果が出せないだけで心性は同じではないでしょうか?ただ、エリート意識の裏返しの被害者意識を持っているだけではないでしょうか?


当たり前ですが、私も含めて、世の中凡人が殆どです。だから、凡人というのでしょう。(爆)天才は極僅かです。

まず、「凡人が守備をしろ!」なんて言える天才に出会うことは稀です。ところがです。凡人同士が寸差で、優劣を付け合って、加害者をやっているのが日常だと思います。

だから、一部のエリートが牛耳って加害者をやっているのではなく、評価されない被害者を装ったこの大多数の凡人こそがこの縦型の仕組みを支えているのではないかと思いました。なにしろ、大勢ですから。。。


思うに、オシム監督が横一線で自分達をみていてくれるじゃなくて、監督がいなくても、自分達同士で対等にできるかが問題です。
一番対等を身につけたのが、加害者の自覚のあるヨンスだけだったなんてことにならないようにと思います。



 

[C4137] >実績にしがみつくこと

実績は、自分の勲章みたいなものです。しかし、そこにしがみ付くと、上位の問いから下位の問いになかなか迎えません。一度、リセットし直すことにより、オシムは、今までの選手の固定化された視点を解き放ち、可能性を広げたようです。しかし、ここでもお前は、駒だといわんばかりです。しかし、オシムは、結果に捕らわれないです。例え、得点王だとしても。。。
  • 2006/09/16-20:15:45
  • 投稿者 : じんのり
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[C4128] 歴代の監督も彼は点を取ってくれればOK

このことを時間との関係で考えてみました。手っ取り早くすぐすませるセックスに思えました。とりあえず点さえいれてくれればそれでいい。あんまり感じない気がしました。守備をやってもらわないと使わない。ところは、入れるだけでなくきちんと愛撫もしてもらうぞ。に感じました。時間をかけること、快感の増大。ここにも時間が関係しているのではないかと思いました。
  • 2006/09/16-18:26:01
  • 投稿者 : なんしぃ
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[C4127] >実績にしがみつくこと

 
本の抜粋を読んで、監督は選手を指導してゲームでは選手に指示を出す立場だけど、
チームには有名な選手がいることが多いから、監督の立場は確固としたものじゃな
く微妙なんだ…って思いました。
 
それは有名選手の周りのスタッフや監督が気を使うだけじゃなく、選手本人も口に
は出さなくても、特別扱いされるのは当たり前という気持ちになっているように思
います。それはバランスが保たれているというより、固まってしまった関係という
感じがしました。
 
その固まった状態がオシムによってアッサリ崩されたんだと思いました。
崩されたスタッフと選手はすごく驚いたんじゃないかと思います。
 
その時に選手自身が自分は実績にしがみついていたと気が付いて、苦労しながらで
も実績から離れようとすれば、駒の一つになることができるように思いました。
 
でも実績から離れることが出来なかったら駒にはなれず、試合に出てもチームの中
で充分機能出来ないどころか浮いてしまいそうだと思いました。
 
> これは私たち個人の人生でも同じです。
> 自分はこの分野で実績があると思えば、それにしがみつきます。
 
何かにしがみつくのは、たとえば水の中にいて溺れるのを恐れている時だと思いま
す。溺れるのが怖いから、どんな小さな物でも浮いているものを見つければ、しが
みつかずにはいられないと思います。
 
だから輝かしい実績がある人だけじゃなく、ごく小さな実績しかない人でも、それ
にしがみついてしまいそうです。
ごく小さな実績なら誰でも持っていると思うから、誰でも実績にしがみついてしま
う可能性があるし、しがみついてしまっていると思いました。
 
溺れるのを恐れるだけなら、いつまでもしがみついているしかないんだと思いまし
た。
その状態から抜け出そうと思えば、しがみつくのをやめて、泳いでみるしかないよ
うに思いました。
  • 2006/09/16-18:21:24
  • 投稿者 : ぷく
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[C4119] 代替え可能の凄まじさ

代替え可能状態で駒になる凄まじさがあると思う。実績とは私感覚だと思う。それは支えでもあり存在意義でもある。しかしそれを取り除いても私が消えることはない。ただ凸の私が凹に変わりそこでパーと私は放射しそう。
実績は格であり他者との差別化だ。そこで途切れてしまいそう。存在価値とはなんかもったいないなぁ。
  • 2006/09/16-16:02:05
  • 投稿者 : テクノンVF
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[C4109] >実績にしがみつくこと

世の中には、大御所、と呼ばれる人たちがいます。
そのほとんどが過去の栄光で生きている人たちです。
 
そういう人を見ていると、何かズレのようなものを感じていました。
 
そのズレが何なのか? よくわからなかったのですが、
最近、外側の環境の変化に対してのズレなのだとわかったきました。
 
長い時間をかけて積み上げてきたものと、環境とのズレは致命的です。
 
それに気がついても、それを手放すのは並大抵ではないと思います。
というか、自分ひとりでは気づくことはできないような気がします。
 
ヨンス選手はオシム監督に出会い、バッサリいかれたのは幸運だったのだと思いました。
 
  • 2006/09/16-13:37:03
  • 投稿者 : 福
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[C4108] >実績にしがみつくこと

実績とよべるほどのことでなくても、自分ががんばったと思っていることに、しがみついてしまうように思います。
そこに自他共に認めるほどの成果があると、なおさらです。
でも・・そのがんばったことも、実績も、「今」を生きるのに何ら関係はないのでした・・・。
関係ないどころか、ただ、「今」という時間を生きるには、じゃまになることすらありそうです。


実績が輝かしいほど、それは自分にも他人にも目に付きます。
スポーツの世界だったら、やはりそれを生かそうと考えると思います。
でも、それを無視した・・というのがすごいと思います。


たった11人しか出場できないサッカーの試合。
実績を抱えた選手が多くいて、そのことだけをしていては、11人で11人分の仕事しかできないように思いますが、実績はないけど、オールマイティな駒になって走る選手が多くいれば、11人でもそれ以上の人数分の仕事ができそうな気がしました。
実際、地面から選手が湧いて出るように、味方の選手が出現してきたとのことです。
11人全体でサッカーをするには、実績を斬る必要があったのだと思いました。

[C4107] ヨンス選手

私がもしヨンス選手だと考えたら、選ばれなかったことにほっとしたかもしれないと思いました。選ばれて、実績が出なかった時を考えたらプレッシャーがかかるからです。ファンタジスタばかり召集される監督のチームならば、選ばれても少しは恐さが半減する気がしました。なぜならまわりがみんな自分と同じ、負けに怯えて走る人ばかりだと感じるからです。負けてもいい。の仲間と肩を並べるのは恐いと感じるのではないかと思いました。
  • 2006/09/16-12:20:21
  • 投稿者 : なんしぃ
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[C4106] >実績があるとおもえばこれにしがみつきます

今日はこの事が悲しいことだと感じました。幸か不幸か輝かしい実績を持ってしまったものは、自分で持っていると感じてしまったものは、それを放したとき自分が無になってしまう、自分が人から見て価値がなくなってしまうと常に怯えている人なのだと感じました。人からの評価を気にして、評価のために自分を自分で高めよう改善しようともがき苦しんでいる人だと感じました。そこにはサッカーを心から楽しむ余裕もなく、自分の命だけを守る、落ちたくないからしがみつく。なんとかしよう自分の力でなんとかしようと、している姿が浮かびました。優越感よりも、コンプレックスが強い気がしました。
  • 2006/09/16-12:12:46
  • 投稿者 : なんしぃ
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[C4102] しがらみからの解放

>選手を横一線で見ているのだ
>自分はこの分野で実績があると思えば、それにしがみつきます。

自分に対してだけでなく、他人に対しても、つい実績や成果、あるいは経験などを見てしまいがちです。
そして、それによって縦に一線を引こうとするから、それらにしがみついてしまうのかなと思います。

しかし、この縦に一線を引くというのは、「個」に原因があるという考え方に基づいていると思います。
なぜなら、実績や成果を上げる、あるいは経験を積むという行為自体が、「私個人」に原因があり、それを改善して成長するために努力する行為だと思えるからです。

一方、横一線で捉える場合は、今までのキーワードを使わせていただくと、いかに選手が「駒」となれるか、または「代替可能なメイド」に徹せられるかが重要となると思います。
逆に、実績や成果、経験などはどれも基準ではなくなると思います。
となると、「個」が原因とされるこれらの要素は切り捨てられ、選手もそれらのしがらみから解放されると思います。

そのしがらみからの解放という意味では、「駒」や「代替可能なメイド」になるという行為には、やはり何か不思議と自由を感じてしまいます。

[C4100] 実績と今


実績を重視しなくて選手を横一線ということは
その選手が今できることをもっとも重用ししているからだと思いました。 
未来と過去と現在があっても
勝負が過去に変わる瞬間は今だからなのだと思います。 
今出来ればたとえ今迄実績が無くても起用するという事なのだと思いました。

勝負の世界というのは結局勝つか負けるかで
もちろん勝つ為に練習して試合をしていると思います。
練習して勝って実績となって
でもそれを無かった事にして今出来るか出来ないかのまな板にのるって
毎日生まれ変わっている状態みたいだなと思いました。

[C4094]

実績にしがみつかないかどうかよりも、絶えずスタートラインに立てるかがポイントなんだと思う。いつも白紙の状態でいられるか? 360°視界は開けているか? 開けていれば自分がどう動けば良いか、おのずとわかる。オシムもそれが言いたかったのでは。
  • 2006/09/16-00:27:09
  • 投稿者 : yt
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[C4093] >実績にしがみつくこと

実力のある人は過去にしがみ付かないと思います。
そして、人の値打ちも過去だけじゃなく、今現在が大切だと思います。
過去を評価せずに今に視点を集める。それが「常にスタートラインに立つ」につながるのだと思いました。

[C4092] >実績にしがみつくこと

オシムにとっては、次の試合に勝てるかどうか、選手が機能するかどうかが問題なのだと思いました。
それは、次の試合がどうなるかを、ゼロから検討することだと思いました。
いつもあたりまえにそれをやっているのだと思います。
 
実績について考えると、オシムは単に点を取ることを実績と考えていないのだと思いました。
ファンタスティックなキックでそこそこの確率で点を取ることは重視していないと思いました。
それと比べて、走ることは確実にできることで、考えることも確実にできることだと思います。
走る選手は確実に走り、考える選手は確実に考えると思います。
それをベースに、ゲームを組み立てることが、勝つ確率をあげることなのだと思います。
だから、「走る」「考える」という実績を重視しているのだと思いました。
「走る」と「考える」は、この前やったことではなく、今やることで、その意味で、「過去に何点取った」という種類の実績とは無関係なのだと思いました。
  • 2006/09/15-22:56:04
  • 投稿者 : ワヲン
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[C4091] >実績にしがみつくこと

オシム指導下の駒として働いてもらわないといけないので、輝かしい実績を持つチェ選手でもオシム監督の駒とならなければ不必要なのでしょう、勇人選手のような駒になる素質無しと判断されたら切られてしまうかもしれません。もし、中田が引退していなくて残っていても、日本代表のメンバーとしてオシムの駒となる素質無しとオシムが判断すれば、98年に岡田監督がカズを切ったように彼も切られると思います。オシム監督の今の「駒」たちはこれからの日本のサッカーにおいてスタートラインに立つ上での試金石なのだなと思いました。
  • 2006/09/15-22:53:08
  • 投稿者 : おかだ
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[C4090] >全身がしびれた

人が、蓄積したものやコンプレックスなど握りしめていたものを全て取り払うと、五感の働くただのセンサーなのだと思います。
受信発信双方向のセンサーです。

人はその身を置くこの世において、さまざまなものにしばられ囲まれているわけですが、それらを意識から外へ追いやれば、世間や社会の存在はなきものとなります。

人がもろもろの執着を取り払ったセンサーとなり、今世で得たたまたまの環境を意識から払いのけたそのときにこそ、神とつながれるのだと思います。

つながった瞬間その感覚は、しびれるようにじ~んとかガ~ンと身体にくるものだと思います。
覚醒というものかと思います。

そのとき、プレイも時間感覚も全て無意識領域の申し子となり、爽快感が残るのみなのだと思います。

きました・・
神の全貌とセンサーたる自分を認識できたと思ったとき、雷に打たれたように(打たれたことはないですが)頭がが~ん・・と固まりました。
顔もしばらく固まって、唇が乾くほどでした。
まだ頭がじんじんします。
知ってしまった・・という感動がまだ冷めません。
涙が出そうで出なくて、何かいったいどうしよう・・と困惑するような感情もあります。
身震いします。
このへんにしなきゃ。
おかしなヤツでスミマセン。

もりけんさん・・・すごいです・・・
  • 2006/09/15-21:20:24
  • 投稿者 : ゆくえ
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[C4089] 「サッカーは美しく、こんなにも楽しいものだったのか」

これは「サッカー」を「人生」に置き換えてもいいと思いました。
そしてそれは“駒”にならなければ決して味わうことはないのだと思いました。
“駒”が何にでもなれるのは、FWの得点王ではなくて、中味が空っぽだからです。
中味が空っぽだから代替可能であり、FW得点王では代替“不可能”になってしまいます。
選手達がたくさん走れるようになったのも役割を一つのものに固定されなくなったからな
のだと思いました。
何にもなろうとしない、どこへも目指そうとしないのは、未来を知るより強いのではない
かと思いました。
いえ未来を知ったとしても、今を拡大していくことによって爽快感を感じることはできる
のではないかと思いました。
そしてその爽快感は実績にしがみついていては決して味わうことはできないものなのだと
思いました。
  • 2006/09/15-21:02:11
  • 投稿者 : イーキン
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[C4088] >過去の実績

があっても、いままでそれでチームは勝てなかったわけだし、過去の蓄積を捨てないと、新しい蓄積というのはできないものなのかもと思いました。

メインの、勇人選手の蓄積は、オシム監督が来る前の過去の蓄積を捨てて、オシム監督のやり方の新しい蓄積をしたということになるのかなと思いました。でも、なにもかも蓄積を捨てたのかというと、いままでのサッカーの基礎とか、鍛錬された足腰という蓄積はそのままなのだし、まずい部分だけ捨てて、いいところだけ取り入れたわけで、総リセットじゃなくて、リフォームだよなと思いました。
  • 2006/09/15-20:43:54
  • 投稿者 : リョウコ
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[C4087] >過去の実績

車の運転の場合、もし高速で200キロで走った実績とかあっても、ふつうの道路で信号無視していいってものでもないです。自分の車が駐車にちょっと時間がかかったりすると、上手そうな運転者に限って、クラクション激しく鳴らしたりします。初心な気持ちは残ってなさそうです。

実績のある人は、自分のやり方以外の他の考えを入れにくいと思います。自分も慣れている仕事などは、自分のやり方が速いとか思ってしまったりします。でも、人のやり方をよく聞いてみると、案外それがやりやすい方法だとわかったりします。実績があると、狭い範囲を堅持して、他を受け入れないかたくなな状態になりやすいかもと思います。それをズバッとリセットして、もう一度スタートラインに戻すと、新しく入ってくることすべてに柔軟になれるんじゃないかと思います。固くなった餅に、もう一度水を入れてつきなおすみたいにも思います。
  • 2006/09/15-20:26:36
  • 投稿者 : リョウコ
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[C4086] >実績にしがみつくこと

しがみつく実績は経験の結果だと思いますが、その経験は光り輝くものであると思います。同じ経験でも、失敗を重ねたもののなら逆にしがみつくことは無いと思いました。

過去の自分自身の幻想にしがみついているように思います。過去の素晴らしい経験が今の自分を作っているという気負いがあるのだと感じます。

今に不安を感じる分、しがみつき度合いも強くなりそうです。

不安のもとがあって、今が常にゼロであることを心のどこかで知っているのではないかと思います。
個人は自分の実績を背負っていますが、個人を見る外側も背負った実績を含んだ個人を見てしまっているように思います。

実績は過去のことなのに、それが大きければ大きいほど偉大な存在と感じてしまうようで、自分も周りもそれに囚われてしまいそうです。

でも考えてみると、こちら側が自ら進んで囚われ人となっているように思います。自分が囚われの世界から抜けないと、囚われの人しか見れないと思います。
そして、オシムはそこから抜けていると思いました。

[C4085] >実績にしがみつくこと

>「守備をしないと、お前も使わない」

オシム監督にとっては、
これまでの実績など、かえって邪魔になるのだと思いました。

どんなに点を取ることに長けている人であっても、
守備もできなきゃイケナイ・・

代替可能な存在にならないと、使わない。。ってことだと思いました。


>これは私たち個人の人生でも同じです。
>自分はこの分野で実績があると思えば、それにしがみつきます。

どんなに実績がある専門分野があっても、
それにしがみついたら、
どんどんスタートラインから遠ざかっていくのだと思いました。
オンリーワンの存在になってしまうからです。

スタートラインっていうのは、
何にでもなれる代替可能な存在の状態ってことだと思いました。


>がんばってます☆

あはは。。
きょうも、一日、なんとか、がんばりました。
へばりそうになったとき、休憩室で、少し休み
そして、仕事に戻るとき、
鏡に向かって、
「よし、がんばろう。。
がんばって。。」
って、と、心の中でいってから、仕事に戻りました。


 
  • 2006/09/15-19:07:57
  • 投稿者 : あかり
  • URL
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[C4084] マージナルポイント

実績というのはがんばってきた結果、自然にできたものだと思います。
実績、実績・・と唱えながら歩んできたワケじゃないと。
砂をかむようなとか血のにじむ思いで何かと引き替えにしてきた場合だってありそうです。
そんな自分を肯定し、周囲から認められ誉められるのは当然のことと思います。
だけど・・
代替可能なパーツとして見れば、ミョーなクセのついた使えないヤツに成り下がってしまうのだと言えそうです。

宗教の勧誘と同じかもっと、保険の外交しませんかとよく誘われたモンですが、とてもとてもできませんと断ると、素人主婦が最適なのダと相手もなかなか引きませんでした。
セールス慣れした達人よりも、トロそうなおどおどした人の方が信頼されて良いとのことでした。
今は保険も外資系掛け捨てが主流で、こんな話も過去の遺物となるのでしょう・・・

で、思ったのですが、もりけんさんのサイトでは高学歴の人がイジメられるのが何ともヘンテコに感じたのですが、それは蓄積ゼロへ誘う愛のムチだったのかとわかりました。
また、蓄積なんてナイもんね~とほくそ笑んでても斬られるのは、依頼心強すぎ甘えすぎとか怠惰に対して、もちょっと考えろという、蓄積ゼロどころかマイナス領域でのほほんとしてる不埒な輩への鉄拳なのだと思い当たりました。
蓄積プラスとマイナスの両代表者が斬られることで、サイト参加者みんなが、実績や習性を捨て去る効果があるのカモと思いました。
  • 2006/09/15-17:24:43
  • 投稿者 : ゆくえ
  • URL
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[C4082] 実績と蓄積

メインでは「未来に拡大した行為をずっと続けていたという『過去の蓄積』」に触れています。
過去の実績と蓄積。
ヨンスの得点王という実績と過去の蓄積=「『それでもいいから出せ』という『試合の積み上げ』」は何が違うのか・・・

得点王は輝かしい結果であり、失敗したゴールは含まれません。
過去の蓄積はうまくいった・いかないに関わらず全て含まれています。

敢えて言いますが、得点王というのは手癖ならぬ足癖に近いと思います。
できるべくしてできたという実は「できて当たり前」なのだと思います。

でも選手が全て考えながら走るという「積み重ね」はある意味チャレンジであり、足癖を意識的にさせようとしているように思えました。
足癖を意識させることで足癖に対する視点が生まれます。
それに対して思考することができ、ある意味足癖から離れる=自由になるように思えるのです。

過去の実績を捨てるのは勇気が要ると思います。

実は今まで私はオシムがどの部分でリスクを侵しているかよく分かりませんでした(汗)。
しかし、敢えて得点の取れる足癖から自由にさせる=不安定にさせることが、チーム全体にとってリスキーな判断だと気づきました。

しかしリスクを受け入れ敢えて不安定にいることが自由へのヒントのような気がしました。

[C4081] >実績にしがみつくこと

 
企業内での従業員の発明で、発明者が会社を訴えるケースがあります。
たとえば、青色発光ダイオードの発明者は元勤務先の会社に対して約200億円の支払いを要求しました。
でも、これってどうなんだろう・・と思います。
青色発光ダイオードの発明者に限らず、会社を訴える人というのは本当にたった一人で発明したのでしょうか・・
共同で研究していたチームとか、仲間とか、協力者とか・・いたのではないかと思います。
実験器具だって、会社の設備を使っていたのではないでしょうか・・
その会社に所属して研究していたからこそ、発明できたのかもしれません。
だとすれば、その人一人が発明者とはいえないのではないかという気がします。
それは、サッカーチームの得点王も同じではないかと思います。
最終的にゴールを決める得点王だけが注目されるけれど、守ってくれる人、パスしてくれる人がいるからこそ、シュートを打てるのだろうと思います。
そのチームとか会社とかという場、あるいは発明の場合は時代も関係しているのかもしれませんが、そういう全体の流れの中から発明は生まれるし、得点も決まるのであって、一人の個に帰するものではないのではないかと思います。
もちろん、それなりに対価が欲しいという気持ちは分からなくもないですが・・
神坂さんは、発明というのはもともと開いている穴に落っこちるだけだ・・と言っていました。
結局青色発光ダイオードの場合は、約8億円で和解したようですが、そうやって個の実績にしがみついていたら、全体は見えてこないのではないかと思います。
  • 2006/09/15-15:45:01
  • 投稿者 : くるみ
  • URL
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[C4080]

オシムはなぜ、今の日本代表に実績のある選手を使わないのか?と思っていました。(ジーコとは違っています)

このヨンス事件を読んで、オシムのそんなもの(輝かしい実績)を無視することと、

もりけんさんの「スタートラインに立つ」ということが奇跡を起こすキーかもしれないと思いました。
  • 2006/09/15-15:24:37
  • 投稿者 : 文蔵
  • URL
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[C4078] 実績と心中

実績にしがみつくことは、口では簡単に斬れますが、実際にはなかなかそうそう斬れなかったりします。
そこがジレンマだったりします。

でもこの道何十年の場合、自分が歩いてきた道のりかあるいは一からスタートラインに立つ方を見るのかでスタンスが全く違ってきます。

後者の場合、自分も駒としてみていないと到底やれません。
オシム監督は自分の実績も「肉でも魚でもない」とか言って、特別視したりしないのでしょう。

一瞬一瞬が勝負時な気がしました。

[C4077] 輝かしい実績

オシムが選手を横一線でみる。というところに驚きました。今までは、線から突起したほうが値打ちがあると思っていました。この分野では誰にも負けない。それが最大の売りになると思っていました。私も過去に、社内で誰もできない分野でトップにたったことがあります。でもその時は、無意識の内にこれだけ貢献したのだから報酬があって当たり前だろうと思っていました。結果的に会社の輪に入れずはじき出されました。意味がわかりませんでした。しかし、当時のままでは守りはできなかったと思います。庶民のシュートなんてバカらしいダンクがうちたいと頭をゴールにぶつけてしまう阿呆でした。今は、裸一貫になり、毎日ドリブルからやり直しています。オシムの判断もすばらしいと思えるようになれました。スタートラインに立つことは難しく、並大抵の事ではないと思います。
  • 2006/09/15-13:34:51
  • 投稿者 : なんしぃ
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[C4076]

>がんばってます☆
あははは、頑張ったところで一撃です(意味不明)
 
>常にスタートラインに立つというのは、大変です。
>サッカーの監督であれば、選手の持つ輝かしい実績がそれを阻みます。
>しかしオシムはそんなものは、無視したのです。
 
なんでか…いつの間にかそういうもの考慮してしまうのだと思います。勝ちへの保険を。なんとか手堅い点が欲しいという気持ちがある気がします。そっから考えるとオシムはリスクがスゴイです。(計算されてるとは思いますが)いつも新しい。それはなんでだろうかと思います。オシムはサッカーを「経験」してきたとおもいます。子供のころからやってたんだし…ある意味サッカー人生だったろうなと思います。積み上げないサッカーってなんなんだろうと思います。
  
オシムって今は監督という駒やってるのかなと思います。それは彼に取ってサッカーでの未知分野なのかもしれないと思います。それも言葉の通じない日本で。いつも新しいところに駒を置いてサッカーしてるんだと思いました。自分自身を常に環境からリストラしてるみたい。なんかそんな事を思いました。

[C4075] がんばってます☆

よろ~しく~。。おねがいしま~す☆☆
C= C= C= C= C= C= ┌(;・_・)┘トコトコ
  • 2006/09/15-11:52:59
  • 投稿者 : バニー
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[C4074] チームの得点王・・

スタートしてしまっている状態での対等は
ないんだと思いました。
チームが本当にひとつになるというのは、
気持ちを合わせるとか、同じ方を向くとかではなくて、
皆がスタートラインに立つということかなと思いました。
  • 2006/09/15-11:25:32
  • 投稿者 : まる
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[C4073] >「守備をしないと、お前も使わない」

駒として使われるのだから余計な部品はないほうが軽くて良いのかもしれません。

駒としての個はメイドそのものだと思いました。ご主人様の先の意向を読み取りながら行動する・・・・
スタートラインにたつこと・メイドに徹するって簡単じゃないです。
でも対等なんだ・・・・・・差が無い。。。。

[C4072]

実績なんてモノはなにも持っていなくて、それが劣等感に繋がって自己を過剰に卑下していたなぁ・・・と思います。
学歴も無いし。。。。
だからレスも頓珍漢で文章としてはとてもおそまつなものしか書けていません。
斬られることもしばしば・・・・
なのになんでいるんでしょ。。。。そろそろ追い出されるのかしらと毎回ビビリながら書いていて、自分でアホか。。。と思います。

でも。。。命式ですから(爆)
わたしのせいじゃありません。( ̄ー ̄)ふっ

オシム監督のもとでプレイできる選手は快100%って気がします。(意味不明)

[C4071] >自分はこの分野で実績があると思えば、それにしがみつきます。

しがみつこうか、と思って行動していた時期がありました。人からしがみつけといわれたこともあります、もったいない、と。でも、止めました。だって、つまらないです。

極めたくも無いのに、必要で詳しくなってしまったこともありました、そして、人からそれを人の役に立てろ、と言われました。でも、うんざりでした、そんな、自分の人生を外側からの切っ掛けで一色に塗りつぶすのは、まっぴらごめんでした。言ってきた人に、ふざけんな、と思いました。

スタートラインに立つ、がどういうことなのか、少しだけはっきりしてきた気がします。少しだけ見えた気がします。

それにしても、オシムって、一体、どこから湧いて出た人なんだろう、って思うくらい、すごい視点を持ってますね。驚きます。サッカーに興味なかったし、今もあまりないですが、オシムには、そしてオシムと共にある選手には興味津々です。
  • 2006/09/15-09:57:14
  • 投稿者 : ぱらむ
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[C4070] >実績にしがみつくこと

オシム語録のなかに、「点をとったのは佐藤でも勇人でもなく、ジェフというチームが挙げたものだ。私はそう考えている。」というものがありました。
 
これは、選手にとってみれば最初は嫌だとおもいます。「オレの手柄なのに・・」って思うとおもいます。
積み上げてきたという意識があれば、次に得点するかどうかは自分だけにかかってきます。
でも、積み上げた実績は所詮、過去のもの。
未来に「実績」なんて存在するはずありません。
もちろん、次に点を取れる保証など一つもありません。
ひょっとして、この先の選手生活で一点も取れないことだってあり得ます。

逆に、チームの手柄となれば、いつ、どの試合でも、チームの一員として機能すればいい。
そう思えることは、後々楽になっていくと思いました。
自分はなんだってやっていい。って思えることは、気持ちいいことなんだと思いました。
  • 2006/09/15-09:18:44
  • 投稿者 : くまぽん
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[C4068] >常にスタートラインに立つというのは、大変です。

今更ですが、スタートラインに立つことの意味がよく分かりました。
これまで、もりけんさんの言っている言葉を、単なる借り物の言葉で口にしていたと思いました(汗)。

実績にしがみつくのは、「驕り高ぶり」のようなものかも知れません。
スタートラインに立つことは、全方向に向かっての備えのようなものと思いました。

[C4066] >実績にしがみつくこと

実績にしがみつくということは、それ以上の成長は望まないという事のようにも思います。得点王に「守備をしないと、お前も使わない」ってことは、厳しいようでもありますが、 守備の面でも開発できれば、個としても鬼に金棒だと思います。実績を捨て、スタートラインにたつというのは、今までにない能力の開発でもあって、個の成長とも言えるのではないかと思います。

[C4065] >実績にしがみつくこと

オシムはそれを壊して、再構築したかったのかもしれません。だからこそチームの得点王でも、趣旨にそわなければ、使わないと面と向っていったのだと思います。それが全体に方針を周知し緊張を生んだと思いました。実績は永遠に独自存在しえることやモノはなく、実績は、それが除除に消えてなくなって行くものだということを痛感していたのかもしれません。ものごとは始まりと終わり両方向へ対等に流れていくのかなと思いました。
  • 2006/09/15-05:59:02
  • 投稿者 : yk
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[C4064] 「守備をしないと、お前も使わない」

>常にスタートラインに立つというのは、大変です。
 サッカーの監督であれば、選手の持つ輝かしい実績がそれを阻みます。
 しかしオシムはそんなものは、無視したのです。
 
> これは私たち個人の人生でも同じです。
 自分はこの分野で実績があると思えば、それにしがみつきます。
 
 私は、専門職の実績を大きく評価されていたら、更に極めることにしか目が向かないように思います、そして、固定された私に向かってどんどん進んで行ってしまう。
 
>ところがオシムは面と向かって
「守備をしないと、お前も使わない」
 
 オシム監督は、駒としての考えがあったからこそ、この言葉をいったのだと思います、しかし、オシム監督の素晴らしところは、ただの駒でなく、選手に「爽快感」を感じさせた所だと思います。
 
 更に素晴らしのは、「結果」で評価する「上位の問い」の世界の中で、「過程」をきちんと見ている所だと思います、観戦している私さえ何か違うと思うわけですから、接している選手はもっと違いを身体に感じていると思います、だから選手も変わってしまった。

[C4063] 選手が誰でもミドルシュートを打つチーム

をつくるためには選手の役割分担を取り払う必要があると思います。自分が打てる位置にいても、自分よりもFWの選手のほうがシュートがうまいと自分も周囲も信じていたら思い切ってミドルシュートを打つというよりも、ボールをFWの選手につないでしまうと思うのです。また自分が打ってはずしてしまい、チャンスをつぶすことになったら「自信がないのならパスをまわせ」と、せめられるのは自分だという恐怖もあると思います。

オシムはDFの選手がミドルシュートを打ったとしてもそれでチャンスをつぶしたとは言わないような気がします。そうではなくてFWの選手が守備に手を貸さず味方のゴールが責められているときに、口をぽかんとあけて見ていたら、オシムはそれを非難するということだと思います。

ビーチバレーの選手で、自分は背が低いけれども攻撃もしたいから、バレーボールの選手からあえてビーチバレーに転向したという選手の話をこの間テレビで見ました。ビーチバレーは2人しかいないので攻撃も守備も全てやらなくてはなりません。むしろ全部やりたいからビーチバレーに転向、というのが新鮮でした。

ビーチバレーもサッカーも結局は「まかない」だと思います。守備が足りないときにぼけっとつったってるような「でくのぼう」はいらないということだと思います。

ボランチ(MF)が司令塔の役割などしてゲームを仕切られたら、せっかくDFの選手がミドルシュートを打つチャンスを、しのごの言ってつぶすだろうし、ゲームの流れを中断されるのが嫌だということのような気がします。

オシムのサッカーでは司令塔はいらない、ではなく、司令塔はむしろ邪魔なのではないかと思いました。司令塔はいらないから、全員が考えながら走れといっているのだと思います。考えながら走るのであれば誰かの指示などいらないということになります。
  • 2006/09/15-01:00:53
  • 投稿者 : ナイル
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[C4062] >実績にしがみつくこと

自分の書いたレスを読むと・・その時は
よくぞ書いたな(えへん)と勝手に悦にはいってますが・・
皆さんのコメント、特に・・もりけんさんのメインの書き込みを
読むと、わ~~~~~~~~~と(爆)吹っ飛びそうになります。
私のは、あまりにも個人の感覚に頼ったレスだなあと思うからです(汗)
だからもっと、ホントは勉強がいるんではないかなと思います。
もっと深く考えないと・・見えてこないことはいっぱいあると
思います。
そして・・
オシム監督のように、選手のそのままの姿を見るように
この世界のそのまま(謎のまま)を、そもそもから目を逸らさずに
深い洞察を身につけたいなと思いました・・。
反省する気はないのに・・(汗)
やる気表明する気はないのに・・(滝汗)
身が締まるような思いがしました。

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