Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

-件のコメント

[C1758] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/05/29-18:15:53
  • 投稿者 :
  • 編集

[C453] >100匹目の猿現象を斬る8

読んで思わず「うおぉ~!!」と唸ってしまいました!
そうです、そうだと思います!

お猿さんてば、モシャラモシャラ海辺でイモを貪る
ことに懸命で、けっして先導はしてないと思います。
「百匹目」の自然現象などと思わせブリますが、
それとコレは違うと思います。

革命ならまだしも、です。最近は洗濯洗剤や
ヘアシャンプーにすら、百匹目の猿的マルチ・
マルチまがい商法が進出しているようにも
思います。イタイ人達です(爆)

[C451] >「百匹目のサル現象を斬る」


 
同じ島の中なら見よう見まねで芋を洗う猿が増えそうだけど、隣の島の猿まで同じ事を始めるというのは不思議だと思っていました。
 
なぜそうなるかわからなくても、この現象は利用することが出来て、利用することを思いついた人によって自分でも知らないうちに芋を洗う猿の一匹になるのだとしたら、それは怖いことだと思いました。
 
それは「何も考えなくていいから」と言われているような気がします。
 
みんなが同じ事をしたり考えたりするなら、一万人いても、ほんの数人しかいなくても何も違いはなくて、殆どの人はいてもいなくてもいい存在ということになってしまいそうです。
 
でもみんなが同じ事を考えるようになるという事は、違う考えを持っていたのを捨てたり押し殺したりすることになりそうで、それは自分を否定することだと思いました。
 
バラバラなのにつながるというのは、自己否定もないし、孤立でもないと思います。

[C397] 百匹目の猿

初めてその話を知ったのは、やはり精神世界の本でした。
思いは伝わる、とか、波動とか、いろいろな人が使っていました。
最初に気づいた飼育係りの人は、別に精神世界のためにこの話をしたのではなかったんじゃないかと、ふと思いました。
私は、何の疑いも無く、深く考えることも無く、思いは伝わるんだ!なんて思っていました。良いコトを広めよう。。。(汗)

>「100匹目のサル現象」は、ほっておけば自動的にそうなってしまう現象なのです(汗)。
暴力的です。知らない間に私も暴力を使っていたのか。。。
第一、良い思いって、何でしょう。私が良いと思っていてもひとりよがりだったことっていままでにも、たくさんあります。子どもにも言われます。

>私たちが今しなければならないのは、むしろ逆だと思います。
う~ん。。ホンマじゃ~!が~ん、ときました。目がちかちかしています。
  • 2006/04/24-08:43:25
  • 投稿者 : REI
  • URL
  • 編集

[C387] >「百匹目のサル現象を斬る」

>「100匹目のサル現象にならないようにするには、どうすれば良いのか?」・・という問いです

「人には理性がある」と言うけれど、実際の行動はどうなのだろう。
確かに理性的でなければ、盗みや人殺しが蔓延しているだろうから、この世界は理性が働いているといえそう。
でも理性が働いているから盗み等が蔓延しないのではなく、社会の規則・罰則があるから蔓延しない、とも思えてしまう。
どう見ても、戦争では公に人殺しができる場になってるし、理性が働いているようにはみえない。
じゃあ、「人には理性がある」と誰もが当たり前にいうけれど、実際の行為はそうなのだろうか?と思ってしまう。
私なんかは大抵の行動は、「なんとなく気持ち良い」「なんとなく気持ち悪い」のどちらかの感情から始まっているような気がする(快マシーン)。
誰かの「これは正義だよ」とか「皆のためだよ」などという耳障りのよい心をくすぐる言葉を聞いて、なんとなく気分がよくなると参加しちゃうかもしれない。
そして仲間が増えると、私のやっていることは正しいという思いも強くなりそうだし。
気持ちがいいという感情が大きくなると、大義名分のことは深く考えることはなくなり、違う意見はもしかすると気分悪くなるから排除する傾向になるのかもしれない。
そういう集団化した場では、理性は感情に負けてしまうのだろうか。
感情に酔っていると、思考は妄想に走りまわりが見えなくなる…
目ざとい人達はそういう、なんとなくの感情をうまく利用しているように見える。昔から。
願えば思えば叶うというのも昔からあるけれど、叶うのならなぜ争いは昔から延々とあるのだろうか。誰もが争いの反対の幸せを願っているはずなのに。
争いはお互いが正しいという言い争いから始まるとすると、正義のぶつかり合いともいえる。
正義があるとき争いがある。正義がないとき争いはない…戦争があるとき死がある。戦争がないとき死はない…
人間は模倣して学習する生き物なら、子供は大人たちの矛盾(偽善)がよく見えるのなら、思考の毒され始めは物心がついてからともいえるかも。
このバラとても綺麗ね!!えっ、思わない?あなた感性ゼロなの?
…ものの見方は人によって違うと思う。
なので私の考えは正しい、なんて押し付けられないと思う。花弁は人間に譬えたら生殖器、らしいし。。

[C375] 百匹目の猿現象を斬る

百匹目の猿現象を良いことだと思っていました。
誰かが良いことをすればそれがみんなにも伝わってみんなが良くなると解釈していました。
でも人間にレベルをつけているということに気がついていませんでした。
レベルの高いひとになりたいと思っていたからだと思います。自分より下の人を作って安心したいのだと思います。自分を肯定できなくて人真似をして、いつまでも60億の個のひとつになれないのだと思いました。

[C332] >「百匹目のサル現象を斬る」


精神世界にはまっていたときは、
自分もはじめのサルの一人になるんだと思っていました(汗)
 
精神世界に嫌気がさしてからは
「100匹目のサル現象」なんてホントかよ・・
と半信半疑でした。
 
でも、臨界点を超えるとブレイクするということは
あると思います。
 
よく考えてみれば、
流行とかブームとか、みなそうです。
 
戦争が起こるのも、反戦運動が起こるのも・・
 
「ほっておけば自動的にそうなってしまう現象」
というのはまさにその通りだと思いました。
 
なぜ今まで気がつかなかったんだろう。。
 
そして、それを逆手にとって
「世の中をよくしよう」って・・
なんか、ものすごくバカにしていると思います。

[C324] 100匹めのサル現象を斬る

>バラバラなのにつながるのが、本当のネットワークではないでしょうか?

皆が同じ方向を向いて、同じ空気を味わって、同じ目標を共有してという時代が「友よ」に象徴される時代だったと思います。

だから「友よ」を一緒に歌っていさえすれば仲間になれるし、つながれる、と思ってしまうのだと思います。しかし、よく考えると、ただその場にいて一緒に歌っているだけだったら、単に場を共有しているだけだし、具体的な議論もないし、本人がどう思うという表明の機会さえなかったようです。ということは、ロックのコンサートに行って一緒に歌っている状態と変わらなかったのではなかったか、とふと思いました。

こういう連帯感は一瞬高揚感がありますが、そのときだけです。しかも「友よ」の場合、もっと悪い事に、ロックのコンサートのアーティストとの一体感のような爽快さもありません。ただ、そのことをきちんとそのとき考えられていたかどうか、正直私はわかりません。

時代に洗脳されていた、という言い方は非常に逃げた言い方だと今は思いますが、当時の私は100匹目のサルとこの「友よ」の背景にある、同じ方向を向いてしまうことの意味を見逃していました。

[C260] サル100匹とネットワーク

1匹めのサルと同じことをした100匹がつくった「場」は
平坦だな、、と思いました。
そして、「はい!」「がんばります!」「良いことをします!」
とか毎日言っていないと、ボスザルに追い出されると思いました。
でも、影ではきっと「ちっ。ボスザルめ。」とかいうサルが
いると思いました。
そして、「いつかボスになってやる。」と影でもくろむ反逆者ザルや、(←うーん、やっぱり「群れ」「統一」という
思考からはこういう表現になってしまいます。)
「ボスのようになってみなさい」と言われて無理にでもがんばらざるを得ないサルもいそうだと思いました。

ネットワークと100匹のサルは混同はしていませんでしたが、今、改めてはっとしました。

[C259] 百匹目の猿現象を知らなかったのですが

これは「付和雷同」のようなことを言っているのですか?
あることに共感が多く集まれば、大きなムーブメントを呼んでしまうのは仕方のないことかもしれませんね。。。この共感ってほんと曖昧です。そのとき、心打たれて共感したと思っても、本当に自分の本音のところかどうかが定かじゃありません。後になって、こんなはずじゃなかった・・・ということがよくありますものね。
教育やしつけや常識の粋を出ない頭で作られた表面の意識に一瞬合っただけなのかもしれません。
自分のことよくわからないんだから、殆どのひとが。
  • 2006/04/19-13:20:18
  • 投稿者 : それいゆ
  • URL
  • 編集

[C257] >「百匹目のサル現象を斬る」

精神世界に憧れていた時期は、それが素晴らしいものだと思っていました。
しかし「世の中をよくしよう」というスローガンがそれにうまく乗って行っただけだと思うようになりました。

どうしてこういう現象が起こるのか?
自分も含めてなぜ人はこういう場みたいなものにすぐ流されるのか?
確かに不思議です。

「今日白いシャツが着たかったら着たい」
そんな些細な事に命を賭けることが大事かもしれないと思います。
白いシャツを着ることで世の中から否定されても。

[C252] >「百匹目のサル現象を斬る」

「100匹目のサル現象」には、いいイメージがありました。
今回のお話で、「ほっておけば自動的にそうなってしまう」というのは、なんだかとても怖いことのような気がしてきました。
それを推奨する人々は、いいことだけが伝わる・・と勝手に解釈してるのではないかと思えてきました。

あるひとつの価値観が広まるということは、そうでない人を否定してることにもなります。
自分や他人を肯定できないでいたら、ネットワークにはつながれないと思います。

>「100匹目のサル現象」は、それをさらに助長する考え方だと思います。
この一文がちょっと難しかったです。。
100匹を越えて、自動的に変わることも、すでに決まってること・・ということかと思いました。

[C250] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/04/18-20:01:33
  • 投稿者 :
  • 編集

[C249] >バラバラなのにつながるのが、本当のネットワークではないでしょうか?

昨日の夜からあたしゃ終わってたんだ…という感じがぬけません。整理できないけどきっともっと知らずに終わってるんだと思います…足元がガラガラという感じです。もりけんさんはサイン会で目線を会わせて名前を呼んで握手して…それはネットワークだと思いました。「「ひとり」に」なんだ…と思って…全員が一匹なんだと思って…なんか突破口とか突出だと思ってました。もりけんさんの生き方本楽しみなのに怖いです。おそらく凄い事書いてあると思いました。自分の事だとわかるかどうか…かなり過激な本じゃないかと思いました。

[C248] >「100匹目のサル現象」をネットワークだと誤解する人は、沢山いそうです。

サル現象はネットワークだと思っていました。
サルネットは、この流れに乗ってしまえ・・・とただ流されるだけのようだと思いました。乗らない人は時代に乗り遅れ、おいてけぼりをくう・・・
一種、個を手放しているようですが、何か違います。個がないから、右ならえって感じです。
でも個があるから、ネッットワークにも繋がろうとすると思います。矛盾してます。

>バラバラなのにつながるのが、本当のネットワークではないでしょうか?

どういうつながりだろうと思いました。
バラバラのつながりは、サルネットよりも強力な気がしました。その中には、個はあるようであるようでないようで分からないです。考えよう。。。


[C247] > 百匹目のサル現象を斬る

ガーン(@@)また大きな大きな視点変換です・・。私も百匹目の猿の本を読んで良い方に納得していた人でした。ネットワークの解釈も誤解していたと思います。2匹目以降ではなくみんなが一匹目に・・。そして「流れに乗る」ことと「ただ場に流される」を混同しないようにしていきたいと思いました。

[C246] >バラバラなのにつながるのが、本当のネットワークではないでしょうか?

「個」としての点が確立しないとネットワークが組めないとは思いますが、
それが「個」の手放しとどのように関係してくるかで、思考が一旦詰まります。
中身の詰まった「個」は、“時代”があらかじめ用意しておいた「駒」の
役割そのものであり、それは2匹目以降のサルのことかなと思いました。
2匹目以降のサルの内容を知ってそれからどうしたらいいのか、
中身の無い空洞の「個」が「バラバラなのにつながる」とはどういうことなのか、
運命を知ることが一つの手がかりになるかどうかは、入墓にしている自分に
どうやって気がつくのか、
ここで書いていて気が付くかどうかとも思います。

[C245] はやればすたれ・・

そういうタイトルの本を見たことはあっても読んでいないのですが、ずいぶん前に社会の先生が話された記憶はあります。

流行って放っておいてもすぐ広まるし、またすたれるのも早いですよねー。

もりけんさんのサイン会に何を着て行こうかな♪と近場のお店を回ったのですが、いったいどうしたことか?フリルやレースがピ~ラピラついたのばっかし、ホントにそういうのばっかりだったのです。
カナシイ・・・
40半ばの中年女にそんなカ~ワイイのを着ろというのか?余計なシルエットでいっそ太って見えちゃうじゃん!とぷんぷんアッタマ来て買いませんでした。

また、ちょっと前まで流行ってた香酢、中国産で安い銘柄のものを気に入って買ってたのに もう店頭にないんです。
少量レンジでチンして薄めて飲むとヤセるカモ、しかもアルカリ性で体に良いというから また飲もうと思ったのに・・
テレビの影響で爆発的に売れた時期を過ぎたら、もう仕入れなくなっちゃったのネ、残念。

狭い国土で情報が即隅々まで行き渡るこの日本で、流行伝播なんて本書いてまで音頭取らなくても放っときゃいいと思います。

メジャーな嗜好ばっかり重視することに対してこそ、警鐘鳴らしてほしいもんデス。

おさるさんは塩味を知ったとき珍しさに「おいしい!」と気に入ったんでしょね。
でも、あるときモテモテのオスざるくんが「やっぱ海水に浸さない方がほのかに甘くておいしいぜ~」と叫んだため、以降 メスざるたちには そっちが大流行したらしい・・?

[C244] >「100匹目のサル現象」は、ほっておけば自動的にそうなってしまう現象なのです(汗)。

>「100匹目のサル現象にならないようにするには、どうすれば良いのか?」・・という問いです。
 
勘違いしてた人です。今でも今ひとつ…逆転していかなくて苦しいです。同じとこ走ってご満悦だったのに気づいたから。恥ずかしさ感いっぱいです。というか…今までの人生なんだったのかと…衝撃から抜けきれません。頭にも入りません。しばらく自分が使い物にならないと思います…。
メス猿のなが「イモ」だったとこだけいつもの自分に返りました。ウケました…変な感想…

[C243] 100匹のサルってそうですよね。

100匹のサルの話は、はじめマイナスイメージとして、戦争や暴動の起こる原理として聞きました。しかし、その後
20年は、いいことのように、語られてきました。久しぶりに、これは、怖いことだよという側の話で、納得しました。
  • 2006/04/18-13:00:46
  • 投稿者 : u_tan
  • URL
  • 編集

[C241]

むかし、百匹目の猿の話を読んだ時、「精神世界」では、そういうこともあるかな?と思っていましたが、いまでは、ある理想を語るための「創作」である、ということになっていますね。

そうですよ、百匹どころか、我が日本では一時は多分一億人近い国民が武装反対、自衛隊はいらない、戦争放棄であったのに、戦争はなくならなかったですからね。

百匹目の猿は創作であったが、仮に事実としても人間と猿は違いますよ。
  • 2006/04/18-10:44:57
  • 投稿者 : 十四郎
  • URL
  • 編集

[C240] 一匹のサルになる

もりけんさんの「私はみなしご」・・胸に響きました。
それは、゛つながる〟の反対の孤独感とはちがいます。
人や世の中への甘えなど感じられません。
リンとした、根源的なものを思いました。
 
フシケンは、イッピキオオカミ同士が淡々と集い、 
共有できるところかな、と思いました。 
また、
「100匹目のサル現象」が"運命通り"と、どうなのか・・
アタマの中が、???マークだらけです。

[C239] >「百匹目のサル現象を斬る」

百匹目の猿現象はよいこととして捉えがちです。私もそれはそういうものだと思ってきました。
しかし、言われてみれば、その通りだと思います。
そういう現象は当然のこととして、良し悪しは別問題だと思います。
どうしても、ブームとか流行というのはあると思いますが、1人1人が自分で考え行動することで、たとえば、大きな戦争のようなものが避けられるのかもしれないと思います。

コメントの投稿

新規
投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

-件のトラックバック

トラックバックURL
http://fushigikenkyujo.blog62.fc2.com/tb.php/13-a6ef3852
この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

「百匹目のサル現象を斬る」

 宮崎県のある島には、サルが沢山住んでいます。エサは芋です。飼育係が海岸に芋をばらまくと、みんなそれを食べます。
 ある日、「イモ」という名前(汗)のメスザルが、芋を海水で洗って食べました。するとそれを見ていたサルたちも洗って食べるようになりました。
 しかしその数が「100匹目」を超えたとき、隣の島のサルも、洗って食べるようになったのです。
 ふたつの島全体が「芋を洗って食べるサル化」したのです(滝汗)
 
 これを「100匹目のサル現象」と言います。
 
 さて、精神世界系の人は、世の中を良くしようという意図を持っている人が多いです。
 そのとき「100匹目のサル現象」を布教しようとします。
 
「これを聞いているみなさんは、まだ始めのサルです(汗)。もっと広めて100匹に達して、世の中を変えましょう」・・と言います。
 
 これって戦争が起こるときも、そうだったと思います。
 
 私が学生時代は、反戦が、それでした。みんなが「友よ」を歌って酔っていました。
 
 「100匹目のサル現象」は、ほっておけば自動的にそうなってしまう現象なのです(汗)。
 
 私たちが今しなければならないのは、むしろ逆だと思います。
 
「100匹目のサル現象にならないようにするには、どうすれば良いのか?」・・という問いです。
 
 「100匹目のサル現象」をネットワークだと誤解する人は、沢山いそうです。
 
 みんなが同じ料理を食べることが、ネットワークでしょうか?
 
 世の中を良くしようというのは、そういうことでしょうか?
 
 バラバラなのにつながるのが、本当のネットワークではないでしょうか?
 
 私は今、運命の仕組みを研究しています。
 運命はほとんど決まっていそうです。
「100匹目のサル現象」は、それをさらに助長する考え方だと思います。
 
スポンサーサイト

23件のコメント

[C1758] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/05/29-18:15:53
  • 投稿者 :
  • 編集

[C453] >100匹目の猿現象を斬る8

読んで思わず「うおぉ~!!」と唸ってしまいました!
そうです、そうだと思います!

お猿さんてば、モシャラモシャラ海辺でイモを貪る
ことに懸命で、けっして先導はしてないと思います。
「百匹目」の自然現象などと思わせブリますが、
それとコレは違うと思います。

革命ならまだしも、です。最近は洗濯洗剤や
ヘアシャンプーにすら、百匹目の猿的マルチ・
マルチまがい商法が進出しているようにも
思います。イタイ人達です(爆)

[C451] >「百匹目のサル現象を斬る」


 
同じ島の中なら見よう見まねで芋を洗う猿が増えそうだけど、隣の島の猿まで同じ事を始めるというのは不思議だと思っていました。
 
なぜそうなるかわからなくても、この現象は利用することが出来て、利用することを思いついた人によって自分でも知らないうちに芋を洗う猿の一匹になるのだとしたら、それは怖いことだと思いました。
 
それは「何も考えなくていいから」と言われているような気がします。
 
みんなが同じ事をしたり考えたりするなら、一万人いても、ほんの数人しかいなくても何も違いはなくて、殆どの人はいてもいなくてもいい存在ということになってしまいそうです。
 
でもみんなが同じ事を考えるようになるという事は、違う考えを持っていたのを捨てたり押し殺したりすることになりそうで、それは自分を否定することだと思いました。
 
バラバラなのにつながるというのは、自己否定もないし、孤立でもないと思います。

[C397] 百匹目の猿

初めてその話を知ったのは、やはり精神世界の本でした。
思いは伝わる、とか、波動とか、いろいろな人が使っていました。
最初に気づいた飼育係りの人は、別に精神世界のためにこの話をしたのではなかったんじゃないかと、ふと思いました。
私は、何の疑いも無く、深く考えることも無く、思いは伝わるんだ!なんて思っていました。良いコトを広めよう。。。(汗)

>「100匹目のサル現象」は、ほっておけば自動的にそうなってしまう現象なのです(汗)。
暴力的です。知らない間に私も暴力を使っていたのか。。。
第一、良い思いって、何でしょう。私が良いと思っていてもひとりよがりだったことっていままでにも、たくさんあります。子どもにも言われます。

>私たちが今しなければならないのは、むしろ逆だと思います。
う~ん。。ホンマじゃ~!が~ん、ときました。目がちかちかしています。
  • 2006/04/24-08:43:25
  • 投稿者 : REI
  • URL
  • 編集

[C387] >「百匹目のサル現象を斬る」

>「100匹目のサル現象にならないようにするには、どうすれば良いのか?」・・という問いです

「人には理性がある」と言うけれど、実際の行動はどうなのだろう。
確かに理性的でなければ、盗みや人殺しが蔓延しているだろうから、この世界は理性が働いているといえそう。
でも理性が働いているから盗み等が蔓延しないのではなく、社会の規則・罰則があるから蔓延しない、とも思えてしまう。
どう見ても、戦争では公に人殺しができる場になってるし、理性が働いているようにはみえない。
じゃあ、「人には理性がある」と誰もが当たり前にいうけれど、実際の行為はそうなのだろうか?と思ってしまう。
私なんかは大抵の行動は、「なんとなく気持ち良い」「なんとなく気持ち悪い」のどちらかの感情から始まっているような気がする(快マシーン)。
誰かの「これは正義だよ」とか「皆のためだよ」などという耳障りのよい心をくすぐる言葉を聞いて、なんとなく気分がよくなると参加しちゃうかもしれない。
そして仲間が増えると、私のやっていることは正しいという思いも強くなりそうだし。
気持ちがいいという感情が大きくなると、大義名分のことは深く考えることはなくなり、違う意見はもしかすると気分悪くなるから排除する傾向になるのかもしれない。
そういう集団化した場では、理性は感情に負けてしまうのだろうか。
感情に酔っていると、思考は妄想に走りまわりが見えなくなる…
目ざとい人達はそういう、なんとなくの感情をうまく利用しているように見える。昔から。
願えば思えば叶うというのも昔からあるけれど、叶うのならなぜ争いは昔から延々とあるのだろうか。誰もが争いの反対の幸せを願っているはずなのに。
争いはお互いが正しいという言い争いから始まるとすると、正義のぶつかり合いともいえる。
正義があるとき争いがある。正義がないとき争いはない…戦争があるとき死がある。戦争がないとき死はない…
人間は模倣して学習する生き物なら、子供は大人たちの矛盾(偽善)がよく見えるのなら、思考の毒され始めは物心がついてからともいえるかも。
このバラとても綺麗ね!!えっ、思わない?あなた感性ゼロなの?
…ものの見方は人によって違うと思う。
なので私の考えは正しい、なんて押し付けられないと思う。花弁は人間に譬えたら生殖器、らしいし。。

[C375] 百匹目の猿現象を斬る

百匹目の猿現象を良いことだと思っていました。
誰かが良いことをすればそれがみんなにも伝わってみんなが良くなると解釈していました。
でも人間にレベルをつけているということに気がついていませんでした。
レベルの高いひとになりたいと思っていたからだと思います。自分より下の人を作って安心したいのだと思います。自分を肯定できなくて人真似をして、いつまでも60億の個のひとつになれないのだと思いました。

[C332] >「百匹目のサル現象を斬る」


精神世界にはまっていたときは、
自分もはじめのサルの一人になるんだと思っていました(汗)
 
精神世界に嫌気がさしてからは
「100匹目のサル現象」なんてホントかよ・・
と半信半疑でした。
 
でも、臨界点を超えるとブレイクするということは
あると思います。
 
よく考えてみれば、
流行とかブームとか、みなそうです。
 
戦争が起こるのも、反戦運動が起こるのも・・
 
「ほっておけば自動的にそうなってしまう現象」
というのはまさにその通りだと思いました。
 
なぜ今まで気がつかなかったんだろう。。
 
そして、それを逆手にとって
「世の中をよくしよう」って・・
なんか、ものすごくバカにしていると思います。

[C324] 100匹めのサル現象を斬る

>バラバラなのにつながるのが、本当のネットワークではないでしょうか?

皆が同じ方向を向いて、同じ空気を味わって、同じ目標を共有してという時代が「友よ」に象徴される時代だったと思います。

だから「友よ」を一緒に歌っていさえすれば仲間になれるし、つながれる、と思ってしまうのだと思います。しかし、よく考えると、ただその場にいて一緒に歌っているだけだったら、単に場を共有しているだけだし、具体的な議論もないし、本人がどう思うという表明の機会さえなかったようです。ということは、ロックのコンサートに行って一緒に歌っている状態と変わらなかったのではなかったか、とふと思いました。

こういう連帯感は一瞬高揚感がありますが、そのときだけです。しかも「友よ」の場合、もっと悪い事に、ロックのコンサートのアーティストとの一体感のような爽快さもありません。ただ、そのことをきちんとそのとき考えられていたかどうか、正直私はわかりません。

時代に洗脳されていた、という言い方は非常に逃げた言い方だと今は思いますが、当時の私は100匹目のサルとこの「友よ」の背景にある、同じ方向を向いてしまうことの意味を見逃していました。

[C260] サル100匹とネットワーク

1匹めのサルと同じことをした100匹がつくった「場」は
平坦だな、、と思いました。
そして、「はい!」「がんばります!」「良いことをします!」
とか毎日言っていないと、ボスザルに追い出されると思いました。
でも、影ではきっと「ちっ。ボスザルめ。」とかいうサルが
いると思いました。
そして、「いつかボスになってやる。」と影でもくろむ反逆者ザルや、(←うーん、やっぱり「群れ」「統一」という
思考からはこういう表現になってしまいます。)
「ボスのようになってみなさい」と言われて無理にでもがんばらざるを得ないサルもいそうだと思いました。

ネットワークと100匹のサルは混同はしていませんでしたが、今、改めてはっとしました。

[C259] 百匹目の猿現象を知らなかったのですが

これは「付和雷同」のようなことを言っているのですか?
あることに共感が多く集まれば、大きなムーブメントを呼んでしまうのは仕方のないことかもしれませんね。。。この共感ってほんと曖昧です。そのとき、心打たれて共感したと思っても、本当に自分の本音のところかどうかが定かじゃありません。後になって、こんなはずじゃなかった・・・ということがよくありますものね。
教育やしつけや常識の粋を出ない頭で作られた表面の意識に一瞬合っただけなのかもしれません。
自分のことよくわからないんだから、殆どのひとが。
  • 2006/04/19-13:20:18
  • 投稿者 : それいゆ
  • URL
  • 編集

[C257] >「百匹目のサル現象を斬る」

精神世界に憧れていた時期は、それが素晴らしいものだと思っていました。
しかし「世の中をよくしよう」というスローガンがそれにうまく乗って行っただけだと思うようになりました。

どうしてこういう現象が起こるのか?
自分も含めてなぜ人はこういう場みたいなものにすぐ流されるのか?
確かに不思議です。

「今日白いシャツが着たかったら着たい」
そんな些細な事に命を賭けることが大事かもしれないと思います。
白いシャツを着ることで世の中から否定されても。

[C252] >「百匹目のサル現象を斬る」

「100匹目のサル現象」には、いいイメージがありました。
今回のお話で、「ほっておけば自動的にそうなってしまう」というのは、なんだかとても怖いことのような気がしてきました。
それを推奨する人々は、いいことだけが伝わる・・と勝手に解釈してるのではないかと思えてきました。

あるひとつの価値観が広まるということは、そうでない人を否定してることにもなります。
自分や他人を肯定できないでいたら、ネットワークにはつながれないと思います。

>「100匹目のサル現象」は、それをさらに助長する考え方だと思います。
この一文がちょっと難しかったです。。
100匹を越えて、自動的に変わることも、すでに決まってること・・ということかと思いました。

[C250] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/04/18-20:01:33
  • 投稿者 :
  • 編集

[C249] >バラバラなのにつながるのが、本当のネットワークではないでしょうか?

昨日の夜からあたしゃ終わってたんだ…という感じがぬけません。整理できないけどきっともっと知らずに終わってるんだと思います…足元がガラガラという感じです。もりけんさんはサイン会で目線を会わせて名前を呼んで握手して…それはネットワークだと思いました。「「ひとり」に」なんだ…と思って…全員が一匹なんだと思って…なんか突破口とか突出だと思ってました。もりけんさんの生き方本楽しみなのに怖いです。おそらく凄い事書いてあると思いました。自分の事だとわかるかどうか…かなり過激な本じゃないかと思いました。

[C248] >「100匹目のサル現象」をネットワークだと誤解する人は、沢山いそうです。

サル現象はネットワークだと思っていました。
サルネットは、この流れに乗ってしまえ・・・とただ流されるだけのようだと思いました。乗らない人は時代に乗り遅れ、おいてけぼりをくう・・・
一種、個を手放しているようですが、何か違います。個がないから、右ならえって感じです。
でも個があるから、ネッットワークにも繋がろうとすると思います。矛盾してます。

>バラバラなのにつながるのが、本当のネットワークではないでしょうか?

どういうつながりだろうと思いました。
バラバラのつながりは、サルネットよりも強力な気がしました。その中には、個はあるようであるようでないようで分からないです。考えよう。。。


[C247] > 百匹目のサル現象を斬る

ガーン(@@)また大きな大きな視点変換です・・。私も百匹目の猿の本を読んで良い方に納得していた人でした。ネットワークの解釈も誤解していたと思います。2匹目以降ではなくみんなが一匹目に・・。そして「流れに乗る」ことと「ただ場に流される」を混同しないようにしていきたいと思いました。

[C246] >バラバラなのにつながるのが、本当のネットワークではないでしょうか?

「個」としての点が確立しないとネットワークが組めないとは思いますが、
それが「個」の手放しとどのように関係してくるかで、思考が一旦詰まります。
中身の詰まった「個」は、“時代”があらかじめ用意しておいた「駒」の
役割そのものであり、それは2匹目以降のサルのことかなと思いました。
2匹目以降のサルの内容を知ってそれからどうしたらいいのか、
中身の無い空洞の「個」が「バラバラなのにつながる」とはどういうことなのか、
運命を知ることが一つの手がかりになるかどうかは、入墓にしている自分に
どうやって気がつくのか、
ここで書いていて気が付くかどうかとも思います。

[C245] はやればすたれ・・

そういうタイトルの本を見たことはあっても読んでいないのですが、ずいぶん前に社会の先生が話された記憶はあります。

流行って放っておいてもすぐ広まるし、またすたれるのも早いですよねー。

もりけんさんのサイン会に何を着て行こうかな♪と近場のお店を回ったのですが、いったいどうしたことか?フリルやレースがピ~ラピラついたのばっかし、ホントにそういうのばっかりだったのです。
カナシイ・・・
40半ばの中年女にそんなカ~ワイイのを着ろというのか?余計なシルエットでいっそ太って見えちゃうじゃん!とぷんぷんアッタマ来て買いませんでした。

また、ちょっと前まで流行ってた香酢、中国産で安い銘柄のものを気に入って買ってたのに もう店頭にないんです。
少量レンジでチンして薄めて飲むとヤセるカモ、しかもアルカリ性で体に良いというから また飲もうと思ったのに・・
テレビの影響で爆発的に売れた時期を過ぎたら、もう仕入れなくなっちゃったのネ、残念。

狭い国土で情報が即隅々まで行き渡るこの日本で、流行伝播なんて本書いてまで音頭取らなくても放っときゃいいと思います。

メジャーな嗜好ばっかり重視することに対してこそ、警鐘鳴らしてほしいもんデス。

おさるさんは塩味を知ったとき珍しさに「おいしい!」と気に入ったんでしょね。
でも、あるときモテモテのオスざるくんが「やっぱ海水に浸さない方がほのかに甘くておいしいぜ~」と叫んだため、以降 メスざるたちには そっちが大流行したらしい・・?

[C244] >「100匹目のサル現象」は、ほっておけば自動的にそうなってしまう現象なのです(汗)。

>「100匹目のサル現象にならないようにするには、どうすれば良いのか?」・・という問いです。
 
勘違いしてた人です。今でも今ひとつ…逆転していかなくて苦しいです。同じとこ走ってご満悦だったのに気づいたから。恥ずかしさ感いっぱいです。というか…今までの人生なんだったのかと…衝撃から抜けきれません。頭にも入りません。しばらく自分が使い物にならないと思います…。
メス猿のなが「イモ」だったとこだけいつもの自分に返りました。ウケました…変な感想…

[C243] 100匹のサルってそうですよね。

100匹のサルの話は、はじめマイナスイメージとして、戦争や暴動の起こる原理として聞きました。しかし、その後
20年は、いいことのように、語られてきました。久しぶりに、これは、怖いことだよという側の話で、納得しました。
  • 2006/04/18-13:00:46
  • 投稿者 : u_tan
  • URL
  • 編集

[C241]

むかし、百匹目の猿の話を読んだ時、「精神世界」では、そういうこともあるかな?と思っていましたが、いまでは、ある理想を語るための「創作」である、ということになっていますね。

そうですよ、百匹どころか、我が日本では一時は多分一億人近い国民が武装反対、自衛隊はいらない、戦争放棄であったのに、戦争はなくならなかったですからね。

百匹目の猿は創作であったが、仮に事実としても人間と猿は違いますよ。
  • 2006/04/18-10:44:57
  • 投稿者 : 十四郎
  • URL
  • 編集

[C240] 一匹のサルになる

もりけんさんの「私はみなしご」・・胸に響きました。
それは、゛つながる〟の反対の孤独感とはちがいます。
人や世の中への甘えなど感じられません。
リンとした、根源的なものを思いました。
 
フシケンは、イッピキオオカミ同士が淡々と集い、 
共有できるところかな、と思いました。 
また、
「100匹目のサル現象」が"運命通り"と、どうなのか・・
アタマの中が、???マークだらけです。

[C239] >「百匹目のサル現象を斬る」

百匹目の猿現象はよいこととして捉えがちです。私もそれはそういうものだと思ってきました。
しかし、言われてみれば、その通りだと思います。
そういう現象は当然のこととして、良し悪しは別問題だと思います。
どうしても、ブームとか流行というのはあると思いますが、1人1人が自分で考え行動することで、たとえば、大きな戦争のようなものが避けられるのかもしれないと思います。

コメントの投稿

新規
投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

0件のトラックバック

トラックバックURL
http://fushigikenkyujo.blog62.fc2.com/tb.php/13-a6ef3852
この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

Appendix

くろこ

プロフィール

森田健(もりけん)

Author:森田健(もりけん)
もりけんブログへようこそ。
楽しんでいって下さい。

■無料会報誌「不思議の友」について
森田健が実際に足で歩いて遭遇した出来事を皆さんに報告する場として「不思議の友」という無料会報誌を出版しています。
この本は、読んでいただけるだけで嬉しいです。
でも、何か意見を返してくれるともっと嬉しいです。
不思議なことに興味がある方、不思議なことを解明したい方、または新しい生き方を見つけたい方のためのものです。
最新号は常に無料でお送りしています。
新しくお申し込みの方はこちらからどうぞ


最新号「不思議の友15」が届いていない方。
以前不思議の友が何度かお手元に届いた方で、この号が届いてないという方
は、


●03-3378-9845
●平日10:00~12:00、13:00~18:00

にお電話下さい。
その際「ブログを見た」と言っていただけると嬉しいです。

最近の記事

最近のコメント

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

たまちゃんカップ時計

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。