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-件のコメント

[C524] >100匹目の猿現象を斬る6

選挙の一票って、確かに誰もが同じ一票です。
強い一票とか弱い一票って無いです。
 
それに「お前の主張はダメだ」と判断されて、立候補すら出来ないということもないです。
どんな主張でも指示されれば大量の票を獲得出来るし、指示されなければ票が入れられないだけです。
 
選挙制度は、主張したい人が主張出来る制度だし、同時に投票する人はたった一人になってどの主張を指示するか考える事が出来るし、投票することが出来るのだと思いました。
 
今まで選挙をそんな風に考えたこと、無かったです。
 
101匹の猿現象は、選べる主張は一つも無いのだと思いました。

[C422] >100匹目の猿現象を斬る6

革命というと、一部の支配階級が贅を貪る専制政治に 我慢できなくなった民衆が反乱を起こしたというイメージがありました。
でもそれは、正当な手続きを無視したものです。
革命へと人々を煽る人たちは 民衆は正当な手続きをふんで世の中を変えることができない・・民衆のレベルは低い・・と言っているのと同じだと思いました。
 
「100匹目の猿」は エゴのない良い世の中にしよう 等と ちょっと聞くと耳に心地よいことを言っていますが、煽動と変わらないと思いました。
  • 2006/04/24-19:25:19
  • 投稿者 : ニオイザクラ
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[C411] (選挙制度を)無視する

ええと、世の中はあなたひとりで出来上がってるのではありません、とか何とか、、
当たりまえのことを書こうとしているわけではないのですが、、

そもそも当たりまえのことが浮かんできてしまう
事自体、使い古されたことなんだ・・と思ってしまいました。

でも、その使い古されたことに易々とはまってしまうのはどうしてか、と思いました。
それは、、肯定と否定の逆説的な部分で、甘い罠(?上手にかけませんが)
なのかも・・と思いました。

民衆は騙されている・・・。
民衆はレベルが低い。。

現状否定の連帯のなかの肯定(?)感は、、
なんだか沢山の小さい箱を、入れ子式に
どんどん大きい箱に入れていくようだと思いました。。


[C396] >100匹目の猿現象を斬る6

選挙権は、一人ひとりが平等に持っています。
一人ひとりが考えて投票することができます。

ときには組織的な、「あの人に入れてね」という雰囲気もありますが、最終的に決めるのは自分です。


>選挙は「他力」なのです。
 
>「100匹目の猿現象」は「自力」なのです。


選挙は他力・・

選挙は自分の意思で、「あの人に投票しよう」と決めます。
ということは、自らの「意思」とは、他力ともいえるのかな・・と思いました。

私はこう思う、私はこうしたい

という欲望や意思を認めることは、他力に身を委ねることに等しいのかもしれません・・

そして、選挙で選ばれる人にとっては、
平等な神の意思(他力)によって選ばれた・・
ということかもしれません・・

100匹目の猿現象は、自らはレベルが高いと思い込んでいる人による、自らの価値観に押し付けなのではないかと思います。

だから、専制的でエゴ的であり、それは「自力」なのだと思いました。



[C394] >百匹目の猿現象はウソらしいですが

ウソかどうかは、どうでもいい・・
  • 2006/04/24-01:34:35
  • 投稿者 : もりけん
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[C393] 百匹目の猿現象はウソらしいですが

http://ja.wikipedia.org/wiki/百匹目の猿現象
http://transact.seesaa.net/article/5570218.html
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20050731
横からすいません。
ご存じとは思いますが、一応。
  • 2006/04/24-00:47:50
  • 投稿者 : 北家
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[C392] >100匹目の猿現象を斬る6

「100匹目の猿現象」のことは、ライアル・ワトソンの本で読んで知っていました。
とても面白い理論だと思いました。
流行や時代の変化なども、これで説明がつくこともあるのではないかと思っていました。
そして、「100匹目の猿現象」で世の中をよくしようとする人を知って、面白いことをしようとする人がいるものだと思いました。
その意味するところを、よく考えていませんでした。
 
>「100匹目の猿現象」は原爆と同じです。101匹目以降は、無差別に思考を殺されるからです。
 
そう考えたことはありませんでした。
いわれてみれば、その通りだと思います。
101匹目以降の思考を無差別に殺すことになるとは考えていませんでした。自分のほうが上だと無自覚に思っていたからだと思います。
いまでもそうかも知れません。
 
正しいことを広める、という言葉を聴いて、絶対の正義などあるわけがないとは思いましたが、そこまででした。
ひとがいう、「正しいこと」の意味するところをよく考えていませんでした。
 
自分も、縦の価値観のなかにいるのだと思います。
比べられたり、基準が当てはめられたりすると、考えなしに上を目指していると思います。正義や正しさの基準を全面的に受け入れることは出来ませんが、しっかり拒否することもできていません。どっちつかずで、でも、自分を上におきたいという欲望に逆らえないでいると思います。
自分は、少しくらい、わかっているようなつもりでいたのだと思います。
ほんとうのことは、なにもわかっていない、ということを、もりけんさんを知るまで、本気で考えることはなかったのだと思います。
 
> 世の中に「レベルの低い」人が、ひとりでも存在するでしょうか?
 
改めてこう問われるまで、それがどういうことかをよく考えもせず、「レベルの低い人」が存在する、と思っていた、ということになります。自分がそう思っていたことを認めたくありませんが、そういうことになります。
 
>誰ひとり、そんな人はいないと思います。
 
自分も、そう考えていると思っていました。でも、違いました。

[C391] >100匹目の猿現象を斬る6

誰もが同じように持つ「一票」です。
当たり前のように受け止めていました。
「100匹目の猿現象」と「選挙というシステム」を全く別の事象のように捉えていたのだと気づきました(汗)
どちらも、今、私が生きているこの世の中でのことなのに・・・です。
騙されている民衆を目覚めさせるのは自分たちだと言わんばかりです。
レベルが高いという自負心が選挙というシステムを無視させるのかもしれません。
高い人が低い人に負けるわけにはいかないのだと思います。
けれど、何かが違う、何かがおかしいと感じたとしても、発することもできず、ただ傍観している私がいます。
それは、私の中に負けるのが恐いという感情があるのだと思います。

[C390] >100匹目の猿現象を斬る6

「民衆は騙されている」と言えるのは、自分が他の人より優れているという自惚れがあるからだと思います。それは、私自身もそうだから良く分かります。恥ずかしいですが、その気持ちは消そうと思って消せる物ではありません。その優越感が自分を支えてきた部分が大きすぎるからです。
その私が100匹目の猿現象を推奨する人を、笑うこともバカにすることも出来るはずがありません。しかし、それがいかに乱暴な方法で、人を人として見ていない他者を蔑視した方法であるかということは分かりました。胸に刺さって痛いくらいに・・
長い間それを良しとしていた自分を恥じ入るしかありません。

ちっぽけな自分をちっぽけなプライドや優越感が支え、それで人を見下して何になるだろうと思います。それでいて、自分の中にあるエゴや劣等感に向き合う勇気もありません。
なることを目指しても意味がないのに、そんな自分を変えたいと思うのも本音です。

世の中を変えたいと思うのも、自分を変えたいと思うのも、やはり自力なのだと思います。でも自分で何とか出来るという思いは、結果として苦しみしか生まないのだと感じています。

[C389] >100匹目の猿現象は自力

カルト教団も自力だと思いました。 自力とは、目標、理想に向かう行為だとするならば、それを目指した瞬間に、価値判断が生じると思います。 つまり、目標に近ければレベルが高く、遠ければ低いというようなです。 (私の自宅近くのある教団のビルには「人類を理想世界へ導く」などと、これ見よがしに段幕をかかげています) でも、それってエゴであり、一種の脅迫だと思います。 極端な話し、レベルが低い人は滅んで当然であり、レベルが高い人だけで生き残りましょうと言っているに等しいからです。 このように、自力は人を脅迫しながら、ある一定の方向へ人を扇動する原動力たり得ると思います。 でも、とても古くさいパターンです。

[C386] 100匹目の猿現象を斬る5

ニコニコの丸顔のオヤジが急にヒトラーのように
感じられ、怖くなりました。
黒い頭巾を被った集団が炎の周囲を囲み、自分達
の優越性を称え、寿ぐようなカルトちっくな姿も
思い浮かびました。

あらゆるモノを無効にしてしまう恐ろしい
エネルギーが、「100匹目の猿現象」にはあると
思いました。

18歳のときのもりけんさんが、すでにこのような
考えを持ち、多くの人の間で発言されることは、
本当にすごいことだと思いました。

[C385] >100匹目の猿現象を斬る6

 
>「レベルの低い人」も「レベルの高い人」も、同じように一票しか持てないからです。
 
「100匹目の猿現象」を推進する人たちが
選挙システムを無視するのは、
これがあるからなのだろうなと思います。
 
ごく一握りのレベルの高い自分たちと、
たくさんのレベルの低い人たち・・
 
それらが同じように一票持ったら、
世の中はよくなるはずがない・・
 
対等という意識がないと選挙はできないのだと思います。

[C384] >選挙というシステムは、すごいシステムなのです。

「100匹目の猿現象」と選挙制度を比べたことがなかったので、視点移動されたような感じです。
オープンであることの選挙と思考をくらべることができるということに驚きました。
選挙のときに自分が投票する人を決めるのって
どうやってその人を選んでいたのかなって
ことにすごく興味を持ちました。
確かに、ヒットラーも選挙で選ばれているので
「100匹目の猿現象」ということを客観的に
とらえた可能性は、もりけんちゃまの
視点はとても広範囲だと思います。

  • 2006/04/23-20:19:56
  • 投稿者 : パンナコッコ
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[C383] すべてのものをひとつに数えるシステム

 レベル云々という実体の緩慢なものから100匹の利益を導きだす為のシステムと100匹にだけ良い事と革命という手法は似ていると思いました。体制と反体制が入れ替わってそこにはバカな大多数の民衆は民衆として何も変わらない構図しかみえません。バカの魂もアホの魂もすべからく猿山のボスの魂と同じく対等になれるシステム、それが選挙だということを強く思わされたコメントを始めて読みました。
  • 2006/04/23-20:05:18
  • 投稿者 : yk
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[C381] 100匹目の猿現象について

100匹目の猿現象という言葉はHPで初めて知った事だったので、どんな現象がはっきりは知らなかったのですが、「100匹目の猿現象」という言葉の底にあるものは、縦の関係からみた一人よがりの事だという事がわかりました。
「世の中を良くする」という言葉には麻薬のようなものを含んでいて、それがつけば大義名分が揃いなにをやっても、これは世の中をよくするためなんだという、どこかの国で行われているような、勝手な行動が思い浮かびます。
自分で考える事が大切だという事を改めて感じました。自分の意見があってもなかなか勇気がなくて言い出せないことが多いのに、なにも考えていなかったら「世の中のため」という煙にまかれた話でそれに同意してしまいそうです。
そしてこれは周りがみんな同じ意見だったからと時代に埋もれてしまします。
自分で考えて、意見を持てて、発言するというのは、時代から自由になる第一歩かもしれません。第一歩が見つかったかもしれません。
そうですね、これで行くと私は時代から自由になりたいです。

[C380] そうさせるものは何か

学生運動に狂乱する時代、多数派に真っ向から反対意見を述べるのは、命がけでなくして何でありましょう。

反戦運動はエゴだと、盛り上がり最高潮の多数に向かって たった一人でスピーチしたもりけんさん・・

ご自身が常に向き合い 大切に育ててこられた
“内在する心” が、何かの際には熱い熱いマグマとなって膨大なエネルギー放出可能となるのがわかります。

一方、そういう心と向き合っていない私達は、その存在に気づいていない、育てていない、むしろ ないがしろにすることに いそしんでしまってはいないかと思わされます。
そうさせるものの存在を知ることから始めなきゃなりません。

社会的状況を見極めるとか自分の立場を考えるなど、我が身の振り方をどうこうすることばかり要求されている世の中であるはずなのに、もりけんさんは ずっと変わらない心を持ち続けていらっしゃるのかと知ると、誰もがそうしていいのだ、常に今のままの自分ででいいのだと安心と勇気がもらえます。

[C377] >100匹目の猿現象を斬る6

私は以前、良い世の中を作りたい、と思っていたことがあります。
以前と書いている通り、今は作りたいなどという、おこがましい考え方が出来ません。
 
もりけんさんの時代の学生運動はむき出しなので、100匹めのサルよりましだと思いました。
 
100匹めのサル現象を起こそうとしている人たちは、現状を否定することから始めています。
今の世界を否定して、100匹目のサル現象を唱える人の考える世界が正しい世界だと・・・
何が正しくて何が間違っているのか・・・よくわかりません。。。
 
世界を変えるには、100匹いればいい・・
この考え方が根底にあります。全体など見なくてもいい。
個が個として存在しているのは、すべての個が違うからだと思っています。
違う個が集まっているのがこの世界だと思います。
 
すべての個に差はなくて、対等なのだと思います。
 
でも、100匹目のサル現象を進めている人たちは、対等ではありません。運動に賛同する人はレベルが高くて、賛同しない人はレベルが低い・・・
 
レベルが低い人たちは、流れが出来ればその流れに後から入ってくる・・・レベルが低いから・・・
 
そう考えいるようです。。。
 
思想の流れができて、前の思想を駆逐するのが革命だと思います。
その思想が、いかに正しそうに見えても、その思想を広めていく手法がトップダウンで、一部のレベルの高い人が変われば全体はどうにでもなるという考え方であれば、時代錯誤しているとしか思えません。
 
「世界を変えよう」「いい世の中を作ろう」
変えよう、作ろう、自力以外の何者でもありません。。
 
歴史は自力で動いてきたのだろうか・・・
違うと思っています。
でも何で動いてきたのかが、まだわかりません。。
  • 2006/04/23-17:34:36
  • 投稿者 :
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[C374] 無名で居る事

101匹のサル現象を起こすのなら
≪無名≫であり続けなければ
「ただのサル」になるだけだろう

≪有名≫を目指せば^^猿回しのサルに変容する
猿回しのサルは^^それそれで幸せなのかもしれないけどね
私はゴメンナサイ^^だね

マスコミを活用するのなら
≪私は芸能人だ宣言≫が基本かもね^^
そうしたら言動も自然かもね
これは余計なお世話だね^^
これは論点がずれてる?
でもきっと連鎖してる^^

傲慢なへそ曲りなので投稿しよう^^
       スーパーへそ曲りの恋海月

[C373] >選挙は「他力」なのです。

>「100匹目の猿現象」は「自力」なのです。
 
 「もりけん(森田健)からの運命の通信」を読んでいましたら、
 「自力」は、あなただけ幸せになろうとするものです。
 「他力」は、みんなが幸せになれるもの。
とありました、「選挙」は、「他人」を通じて「自分」が幸せになろうとするものです、それに対して「「100匹目の猿現象」は、「自力」です、「自分」だけ幸せになろうとすることです。
 
 その「自力」の世界を広めようとする「人達」は、私達にとって、いいえ「私」にとって「味方」でしょうか、私にとって「敵」です、「神」にとっても「敵」です。
 
 「100匹目の猿現象」は、「神」にとって、「敵対関係」の人達なのです、「天罰」が下ります。
 
 私は今、「もりけんさん」のお陰で、少し「他力が理解」できました、「感無量」です(笑)。
 
 (すみません、前の「白紙の投稿」を削除させて下さい。)

[C372]

コメントをどうぞ

[C371] やっかいだぜ・・

以前の職場で、選挙になると、どこかの党の立候補者がやってきたりしていました
有無を言わせず笑顔で握手を求めてきます
政策の説明とかは一切無し(笑)
しかし・・彼らは「まっとう」だったと思います
 
「100匹の猿」は姿を現しません
気づかないうちに、「正しい考え方」を、「良い想念」を持たされてしまいます
これは、やっかいで、防ぎようが無いようにも思います
 
しかし、それは、彼らがどうのこうのというより
自分自身がまだ、「正しい」とか「良い」とかに絶対性のようなものを感じているからだと思います
同じ側の人間だということです・・

[C370] 個が世界に対して

働きかける力は、わたしも誰も彼も、一票しか持っていないのだと思います。
一票「だけ」で政治も世界も変わるわけはありません。
だとすれば「私が世界を変える」という考え方の根本には「私は一票以上持っている」という意識があるはずです。
ただし、結果として、ある一票が大きな作用を持ったように見えたり、別の一票がまったくの死に票になったように見えたりすることはあるはずです。
あります。
私はそこのところに、反発というか・・大きな復讐心を持っていました。
今思うことは、誰にも彼にも一票があることを私はわかっていたつもりだったけれ・・石ころにも一票あるということは、わかっていませんでした。
なぜそれがわからなかったのかというと、私はどこかで「私は誰なのか」が、わかっていると思い込んでいたからだと思います。
私は、人に一票あると思い、石ころにはないと思っていたわけです。この考え方は、私と石ころが「違う」ということが前提になければ、成り立ちません。
そして、石ころと私との違いがわかると思っているとすれば、それは、どこかで「石ころは何なのか」「私は何なのか」、少なくとも判別できる程度には、わかっている、と思っていたはずです。
この「わかっている」を一歩目の足がかりとして、世界に対する私の呪詛が、立ち登っていっていたと思います。
今、石ころと私の違いを問われたら、私は答えがありません。この状態で、私が何からプレッシャーを受けていて、それを何に対してぶつければいいのか、わかりません。
「わかっている」、すなわち問いの欠如を基盤とする以外に、怨念が立ち登る方法はないと思いました。

[C369] 世の中を良くする

世の中を良くしようと活動している人たちは、自分が得た気づきを世の中に何とか広めようとしますが、どうせ気づいてもほとんどの人たち(大衆)は自分たちほど深く理解できないのだろうと、自分たちがリーダーとなって先導していこうとします。確かあの当時、ジェネレーションギャップと言う言葉が流行ったと思います。

若者の感性は鋭く、働くことや世の中のしがらみに縛られている大人が感性が鈍い、コミュニケーションもとろうとしない、(若者の言い分)ということで世代の対立を意味していましたが、こんなことも背景にあって、当時の若者は、自分たちの気づきこそが、これからの世の中を変える、と真剣に考える傾向にあったのだと思います。

でも、その考えの根本には、「気づきを得た少数の賢者」が信念と熱意を持って行動することころに素晴らしさがある、という、自分たちを勝手に上層部に位置づけてしまっていて、しかももっと悪いことには、自分たち以外の人たちは、反対する人、無視する人、知らない人をひとくくりにして、大衆とか、民衆という言葉で区別していたと思います。

世直しという言葉は、テレビの時代物で、将軍様が御忍びで城を出て「ああ、世間ではこんなことがあるのか・」と気づき、方策を考えたり、正義を実行しようとしますが、あれも民衆は従うだけの弱い存在でした。ちょっと比較するのはつながりがないような例ですが、当時の学生たちが「世の中をよくする」と語るとき、この世直しという感覚が潜在的に無かったとはいえないと思います。

そのおごりをもりけんさんは鋭く見抜いていたのではないか、と思いました。

[C366] ・・・・・

世の中を良くしようなんて偽善じゃないか・・と思います。
すべてが「良く」なんてありえないです。

自分が火中にいたら、場に流されたかもしれない。見てみぬふりしたかもしれない。だから偉そうなことは言えないけれど。。。。。

その時代のど真ん中にいた人と、今、法学部で政治家希望の学生と相対する人の話を聞いて、ごちゃごちゃになった頭を整理しようとしてるのだけど処理能力がおいつかない。。。。。


選挙にでたら、あとは有権者におまかせするしかない。。。それが他力ではないかと思う。
選挙というちゃんとした戦い方法があるのに、それもしないで突っ走るのはアドレスをいれずに言いたいことだけ言って消えるひとと同じじゃないか。。。


何を言って良いのか考えてると解らなくなって、解らないのはちゃんと考えていないからかなと思考能力を足らないことに悩んだり。それでもわからないなりにレスしたいと思いました。

[C365] …

生きてんのかよ!というのはこういう時にいうのかと思いました。わかんない。今日は棚にあがっていわしてもらう。だってもう2時近いよ

[C364] >いつも使う論法です。

そう言えることは、対比して自分がいかに頭が良くて知識もあって、レベルが高いかを認識していることになると思いました。絶対的強さを感じている気がしました。その他大勢を一くくりにしてしまうと、上から下を見下ろしている状態になってしまうと思いました。
見下ろすことは、救いの手を差し伸べているようにも見えます。だから、世の中を良くしよう・・・私達と一緒に・・・となってしまうのかと思いました。

>「レベルの低い人」も「レベルの高い人」も、同じように一票しか持てないからです。

選挙権を得たばかりの人も、年配の人も投票できるのは一票。私の一票も、どこかの大会社の社長の一票も変わりはない。人間としてこの世に生まれ、平等であることの表れの一つだと感じました

[C363] >100匹目の猿現象を斬る6、を読んで

わたしも今ここで、読んだものを問い返して
自分の意見を書きますが・・・。改めて、知らなすぎる・・・
と思いました。
根本を何もわかっていないで、語ることは、いっぱいできます。
今もそうです。感じるモノだけをたよりにしています。
でもそれだと、一つの切り口にしかなりません。
例えば、不思議研究所のホームページに書き込みをする時
物理の法則や、社会の出来事(?)がでてくると途端に
ついてゆけなくなります。
でも、存在することは可能なんです。他のヒトが、書いていて
くれるから・・・(汗)それでも最近、ほんとーーーーに、ちんぷん
かんぷん?ですけど、物理の勉強もしようと思いました(続くの
かな・・・)でも、追いつきたい・・・って思っています。
それから、毒・・・。
毒も、相対するものが毒をもってないと反応しないんでは
ないかな?と思います。
毒自身はイイもワルいもなく存在していると思います。
私の中にも、毒があると思います(笑)いっぱいイジメたりも
(なにを?)します。でもそれだけではありません。
もあります(爆)でもそれだけでもありません。

[C362] 毒と薬

毒にも薬にもなる…って何でも無いものを薬に…妙薬にして飲ましたり飲まされてるのが…世の中なのかなと思いました。薬ってよくなるために飲むのだと思います。毒は…わかんない。飲むと死ぬから。社会の毒ってなんだろう。「悪」かなと思います。でも…どっちも元は同じだ。しかし書くのは簡単だけど…書くと混乱します。書くまではおぉおそうなのかと思うのですが。それてきてる気がしますが…どっかに抜けてみたいので突っ込んでます。(自分に)

[C361] 「百匹目のサル現象を斬る」

「100匹目のサル現象」を推奨することは、仲間集めに過ぎないと思います。 
仲間というひとつの固まりを作ってしまうと、その外とのネットワークのつながりが、弱くなってしまうのではと思いました。 
そして、その固まりの中での「個」対「個」のつながりは、所詮ひとつの固まりの中だけでのつながりなので、到底ネットワークとは言えないと思います。
世の中には色々な「固まり」がありますが、その「固まり」の外で「個」として存在できれば、「個」という最小単位の「固まり」なので外とのつながりが直接的になって、ネットワークとしてのつながりができるのではないかと思いました。 
 

[C360] >選挙

選挙制度は確かにレベルの程度はないと思います。
革命より選挙のほうが変化が早いのに選挙を否定する人は何を根拠にと思ってしまいます。
レベルが違っても1票は同じ1票です。
いろいろな意見が反映されます。
民衆がバカで程度が低いから利用しようとしているよりすごく健全だと思いました。

[C357] >同じように一票しか持てないからです。

「個」を「個」として一人ずつちゃんと見ていると思います。
「私」とは何かがわかっていないのに、レベルの高低つけてどうするんだろうかと今やっと考え始めています。
 
選挙制度も「革命」のどちらも、どこからそういう考え方が出てくるのだろうかと思いました。
 
もりけんさんが「自力」という幻想に気が付いたのは、なぜだろうかと思いました。
すべての人に「神」を見ているからだろうかと思いました。

[C356] >民衆には騙されていることの自覚がない。

自分の中にある正義というものをあぶりだされます。

正義感を振りかざす先には自分を苦しめる憎むべき、そして自分を正当化してくれるバカ。
そして正義感を振りかざす後ろには何にもわかっていない守るべき愚かなバカ。

結局、自分しか優れている奴はいないんだという考えです。なんかテロと変わりないな。
こう考えている奴に導かれたいと思うかと考えたら、自分の答えはNOでした。

斬られて気づく私のようなバカもいますが、なんかバカに悪い。バカ以下だ。
でも斬られてなんぼだと思いました。
斬られたという感覚が無いほど自分の感覚が鈍ってはいない。斬られた痛みがあるだけOK。

100匹の猿現象は私がインサイドであることを最も自覚しなきゃいけない・・・
ああ、熱くなってきた・・・ちくしょう

[C355] 「革命」

世の中を良くする・・ということに誰が反対するのか、
誰もが思うことだと思います。
ヒットラーも、排除すれば良くなる・・です。
良くなるって、誰にとってなんだろうと思います。
皆がそう思ってるなら、きっと変わってる・・。
それぞれ、良いと思う基準は違うと思います。
だからこそ、選挙があり各政党があり・・
バランスが取れていると思います。

結局、一匹目の猿だけが望む良い世の中
ではないのでしょうか・・。
そうならない世の中を、人々を、バカ扱いする。
そして「100匹目の猿現象」を利用する。

もりけんさんの意見に対して、すぐのヤジが
怖いところです。
今となれば「昔のことさ」なのに、それを
違う意見が出たときに、考えようともしない空気・・。
「100匹目の猿現象」考えれば考えるほど、
コワイです。

薬について、薬になることも、毒になることも
まずよく知る事が大事だと思います。
もりけんさんの他に「100匹目の猿現象」の
裏の面をハッキリと見せてくれた人を知りません。
「100匹目の猿現象」は私の中で
良いイメージとしてありました。
でも、世の中で起きてきたひどい事を考えるとき
浮かびます。
深く考えることでより裏と表が明確になります。
いかに偏っていたのかも分かります。








  • 2006/04/23-11:20:52
  • 投稿者 : まる
  • URL
  • 編集

[C352] >薬を薬にするのも毒にするのも本人しだいです。

私は「薬」になどする気はないということです
  • 2006/04/23-10:22:15
  • 投稿者 : もりけん
  • URL
  • 編集

[C351] >「100匹目の猿現象」は「自力」なのです。

>「一票の格差」という問題
↑今朝これが思い浮かんで、前にリョウコがたまさかまじめに選挙行こう思て、悩んだ末投票した人が落選したんや。選挙も人数多いとこの意見が優先されて、他は意に反してもそれに従うことになると思ったんや。

でも、今日のを読んで、「他力」と言われると、たしかにそうだし、
>「レベルの低い人」も「レベルの高い人」も、同じように一票しか持てない
いうのも、そうだよなと思う。
そしたら、 >「100匹目の猿現象」は「自力」
という一文が出てきて、最初に芋を洗った生物の猿は広めようなんて思ったことなかったはずなのに、なんで「自力」なのかいま考え中。
生物の猿はともかく、それを利用しようとする人に限定なのかもしれんけど。

きのうのブログの第一印象は、「変な現象を使わずに、普通にやれ。普通が一番」て感じに思て、選挙は一般常識って感じがあって、「常識どおりが一番」て言われた気がして、常識とか普通って、なんか日常で、沈静状態なんで、激しく燃える同調ってしずらい感じやった。(しかも、リョウコは1票の一件以来選挙に行ってないんや(汗))
出先からPHSで、2回めも読んでみて、結局リョウコはひとりごとで斬られた直後に3回め読みでレスしたんや。

今日、「レベル」のことや、「他力」「自力」というあたりが出てきて、選挙に対する個人のイメージはおいといて、「100匹目の猿現象を斬る」という主題に集中しないといけないんやと思った。
  • 2006/04/23-10:18:29
  • 投稿者 : 龍(ロン)
  • URL
  • 編集

[C350] > はい、その通りです

だめっす。さっぱり見えない

[C349] はい、その通りです

  • 2006/04/23-10:11:59
  • 投稿者 : もりけん
  • URL
  • 編集

[C348]

あなたは現実逃避してませんか?(100匹現象)を否定することを逃避の道具にしていませか。執着心をもってもよいが過剰、方向しだいで毒にもなります。ここで論じられている(100匹現象)は過剰に肯定している人または(100匹現象)を利用して洗脳させ金儲けをしている輩を批判しているのです。その反対もしかり。薬を薬にするのも毒にするのも本人しだいです。
  • 2006/04/23-10:05:16
  • 投稿者 :
  • URL
  • 編集

[C347] 人に

どーのこーの言える事はありません。しかしそこをあえて越えて言う事が表出なんだと思いました。恥かいてなんぼなのだろうかと思いました。斬ってる人も斬られてるんじゃないかと思いました。

[C346] > なぜなら民衆には判断する力が無いからだ。

今、旦那と話してて初めて気づいた事があります。良いだの悪いだの言ってるヤツは…自分は良い人間だと思ってるからそう言ってるのだという事です。(汗)ワルいと思ってたら言えないという事です。ま~ったく気づきませんでした。とても恥ずかしくなってきました。そしてもう一つ…もりけんさんにいわれてから急に書き込んでるのが超恥ずかしいです。そうじゃないんだと言いたいところですが…そうだろうと思いました。恥の多い人生です。(赤面)

[C345] 今の世の中

私は今の世の中に不満があるかというとそうではありません。政治家に対しても、特に不満はありません。
私を取り巻く環境といえば、子育てのことが主ですが、そういう面で前よりとても改善されてきていてありがたいことです。昨日は机上の空論で書いてしまったかもしれません。(笑)
何が問題かということも実はわかってなかったりします。政治への関心この頃も薄いです。でも、選挙には行ってます。関心の高かった時期は自分で考えて主人とは違う人に入れました。主人は私の票も自分の票もと考えていたようですが。。。
それは、結婚した当初でもあって、主人に逆らってもいいものかどうか悩みました。しかし、どうしても
入れる気にならなかったのです。(主人も知っています。)
ところが、選挙が終わり、主人の会社の組合自体(主人はそれにそっていれていました)が私が入れた方に変わったのです。
私はほっと胸をなでおろしました。自分の気持ちにそっていっても、主人に逆らうことにはならなかったと。。。
ちょっと、そんなことを思い出しました。

[C344] >100匹目の猿現象を斬る6

>民衆は騙されている。
>民衆には騙されていることの自覚がない。
>なぜなら民衆には判断する力が無いからだ。
>だから選挙に頼ったら、良い世の中はやってこない

一瞬、まっとうな論法のように見えてしまった自分が怖くなりました。
判断する力がない、ということで、1票の権利を奪ってしまう・・
よく考えればすごく怖いことです。
でも・・その時その場にいたら・・私もきっと、そうだそうだ、と思ったと思います。
対象がなんであれ、「今よりより良くしよう」というのに私は弱いです。
これは、自分ががんばればよくなる、ということが、気分のいいことだからだと思います。
それが「世の中」が対称になれば、よけいです。
それがなんて傲慢な考えか・・というのは、もりけんさんを知ってから思うようになりました。
そして、その考えの底には、今を、自分を否定しているというのがあります。
よりよく・・を進める場合、たいてい否定から入ります。
思い返せば、小さいころからずっとそういう中で生きてきたように思います。
家庭でも学校でも・・
今よりもっとよくしよう、という思考は、とてもかたくこびりついているように思います。
それが、もりけんさんによって、かなり崩されてきてはいますが、まだ残っているんだと思います。
だから、この論法を見たときも、一瞬、どこがおかしいのかわからなくなってしまうのだと思いました。

>「レベルの低い人」も「レベルの高い人」も、同じように一票しか持てないからです。

言われて改めて、そうだ・・と思いました。
確かにみな1票しかありません。
誰かに入れる権利も、棄権する権利も、みな1票だけ・・
それを選挙箱にいれるとき、みな、自分の頭で考えます。
つきあい関係などで頼まれて、表面上「わかった。この人に入れるよ」といってても、「やっぱりこっちの人のほうが信用できるから」と変えることもできます。
選挙は、「ひとりひとり」が大事にされているんだ・・と思いました。

でも・・百匹目の猿現象になると、そういう思考すら奪われることになります。
表面上みなが言ってることと同じことを思わされてしまう。

中心勢力に反対するエネルギーというのは、すごいものなのだと思います。
そこに「正義」をかざすとよけい・・。
その渦中にいると、それがなぜいけないか、どこがいけないか・・も分からず、ただ、そのエネルギーに影響されてしまうのだと思いました。
当時は「世の中をよくしよう」「革命を起こそう」という形ででしたが、今だったら、「環境をよくしよう」「自然に帰れ」「心の時代だ」・・・ということがいいことだとする情報がテレビでもネットでも本でも流れ、今現在の状態を否定しているように思います。
(私もそれにすっかりはまっていました)
背景が違うだけで、当時も今も同じだと・・そして、一時、人工的なものを否定し、エコロジーでナチュラルな生活、家事に走った私は、座布団を投げた人たちと同じだと・・そう思いました。

[C343] しかし…

判断する力が…にぶってるからって…ソコにつけ込んで「思いやりを」とか言いながら…操作していいもんだろうか。原爆を落とし続けていいもんだろうか…そのほうがよっぽど「思いやり」がないんじゃないだろうか…「思いやり」って正義じゃないんだ…正義のいう「思いやり」っておかしいんだ…書けば書くほど自分が斬られていって驚きます。勘違いを書き連ねてるのかもしれないけれど…。

[C342] ………

>自称かつ認証された…良い人
↑こう書いておもったのですが、こんなヤツいるだろうか…完全な善性の神でもないだろうし…どうしたらこんなずうずうしくなれるのだろう…私も…どうして自分の子供の上にこうして「よい事」を勧めて君臨できてるのだろうかと…混乱してます

[C341]

>なぜなら民衆には判断する力が無いからだ。
 
自分の事だと思いました。判断する力…ないです。ナニを言われてるかもわからないからです。だまされてるとも思ってませんでした。いい事は全ての人に絶対だと思ってました。
自分はまず人ありきではなくて…ルール(良い事)ありきなんだと思います。。良くてナニがワルいと思ってるんだと思いました。現実を見てないと思います。現実って以外と平等だと思いました。区別とレベルは自分が付けてるんだと思います。
 
>「100匹目の猿現象」よりは、何万倍も素晴らしいシステムではないでしょうか・・。
 
たしかに「まっとう」だと思いました。一票の重さがみな等しいからです。レベルの区別はありません。平等と愛を説きながら…というか区別しません。一票は人を選びません。命の重さを言いながら…原爆を落とさないと思いました。だれでも命と同じく一つだけ…そこにあります。
世の中ってどうやったら「良く」なるのだろうか…ようやくと思いました。「良く」するのは実際は今より「悪く」なる事なんじゃないかと思いました。だって良い事が全てなら…選挙は無くなり…自称かつ認証された…良い人が政治を握るからです。…書いててビックリしました。また忘れると思うけれど…いわゆる良い事が…悪い事の源だなんて…えーなんか目が回ってきました。では「良い」「悪い」って判断はなんなのだろう…わかりません

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[T12] 一票の格差

一票の格差一票の格差(いっぴょうのかくさ)とは、主に国政選挙などで、有権者の投じる票の持つ影響力の違いのことである。一票の重みの不平等とも言われている。概説選挙区を区分して選挙をする方式では、州や都道府県などの境界、そして地理的な条件に
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100匹目の猿現象を斬る6

 私が高校時代、やはり「世の中を良くするんだ」という運動がはやりました。方法は「革命」でした。
 
 革命は選挙制度を無視しています。
 
 高校の卒業式は、クラス代表者による発表討論会となりました。私はクラス代表に選ばれました。
 そこで私は、昨日書いた論理を喋ったのです。するとヤジで私の発言はかき消され、座布団まで飛んでくる有様でした。
 座布団は賛同の印かと思えば、逆でした。
 私は全校生徒から猛反発を喰らったのです。
 
 彼らに言わせれば、次の論法でした。
 
 民衆は騙されている。
 民衆には騙されていることの自覚がない。
 なぜなら民衆には判断する力が無いからだ。
 だから選挙に頼ったら、良い世の中はやってこない。
 
 言い換えれば、「民衆はバカだ」、「民衆のレベルは低い」ということです。
  
 あれ、どこかで聞いたせりふです。
 
 そうです。
「100匹目の猿現象」を推奨する人たちが、いつも使う論法です。
 
 選挙というシステムは、すごいシステムなのです。
 
「レベルの低い人」も「レベルの高い人」も、同じように一票しか持てないからです。
 
 確かに「一票の格差」という問題はあります。しかしそれを頭から否定する「100匹目の猿現象」よりは、何万倍も素晴らしいシステムではないでしょうか・・。
 
 そして私が書き込んでいる今の流れには、ひとつのテーマがあります。
 
 選挙は「他力」なのです。
 
 「100匹目の猿現象」は「自力」なのです。
 
 その理由は明日、書きます。
 
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45件のコメント

[C524] >100匹目の猿現象を斬る6

選挙の一票って、確かに誰もが同じ一票です。
強い一票とか弱い一票って無いです。
 
それに「お前の主張はダメだ」と判断されて、立候補すら出来ないということもないです。
どんな主張でも指示されれば大量の票を獲得出来るし、指示されなければ票が入れられないだけです。
 
選挙制度は、主張したい人が主張出来る制度だし、同時に投票する人はたった一人になってどの主張を指示するか考える事が出来るし、投票することが出来るのだと思いました。
 
今まで選挙をそんな風に考えたこと、無かったです。
 
101匹の猿現象は、選べる主張は一つも無いのだと思いました。

[C422] >100匹目の猿現象を斬る6

革命というと、一部の支配階級が贅を貪る専制政治に 我慢できなくなった民衆が反乱を起こしたというイメージがありました。
でもそれは、正当な手続きを無視したものです。
革命へと人々を煽る人たちは 民衆は正当な手続きをふんで世の中を変えることができない・・民衆のレベルは低い・・と言っているのと同じだと思いました。
 
「100匹目の猿」は エゴのない良い世の中にしよう 等と ちょっと聞くと耳に心地よいことを言っていますが、煽動と変わらないと思いました。
  • 2006/04/24-19:25:19
  • 投稿者 : ニオイザクラ
  • URL
  • 編集

[C411] (選挙制度を)無視する

ええと、世の中はあなたひとりで出来上がってるのではありません、とか何とか、、
当たりまえのことを書こうとしているわけではないのですが、、

そもそも当たりまえのことが浮かんできてしまう
事自体、使い古されたことなんだ・・と思ってしまいました。

でも、その使い古されたことに易々とはまってしまうのはどうしてか、と思いました。
それは、、肯定と否定の逆説的な部分で、甘い罠(?上手にかけませんが)
なのかも・・と思いました。

民衆は騙されている・・・。
民衆はレベルが低い。。

現状否定の連帯のなかの肯定(?)感は、、
なんだか沢山の小さい箱を、入れ子式に
どんどん大きい箱に入れていくようだと思いました。。


[C396] >100匹目の猿現象を斬る6

選挙権は、一人ひとりが平等に持っています。
一人ひとりが考えて投票することができます。

ときには組織的な、「あの人に入れてね」という雰囲気もありますが、最終的に決めるのは自分です。


>選挙は「他力」なのです。
 
>「100匹目の猿現象」は「自力」なのです。


選挙は他力・・

選挙は自分の意思で、「あの人に投票しよう」と決めます。
ということは、自らの「意思」とは、他力ともいえるのかな・・と思いました。

私はこう思う、私はこうしたい

という欲望や意思を認めることは、他力に身を委ねることに等しいのかもしれません・・

そして、選挙で選ばれる人にとっては、
平等な神の意思(他力)によって選ばれた・・
ということかもしれません・・

100匹目の猿現象は、自らはレベルが高いと思い込んでいる人による、自らの価値観に押し付けなのではないかと思います。

だから、専制的でエゴ的であり、それは「自力」なのだと思いました。



[C394] >百匹目の猿現象はウソらしいですが

ウソかどうかは、どうでもいい・・
  • 2006/04/24-01:34:35
  • 投稿者 : もりけん
  • URL
  • 編集

[C393] 百匹目の猿現象はウソらしいですが

http://ja.wikipedia.org/wiki/百匹目の猿現象
http://transact.seesaa.net/article/5570218.html
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20050731
横からすいません。
ご存じとは思いますが、一応。
  • 2006/04/24-00:47:50
  • 投稿者 : 北家
  • URL
  • 編集

[C392] >100匹目の猿現象を斬る6

「100匹目の猿現象」のことは、ライアル・ワトソンの本で読んで知っていました。
とても面白い理論だと思いました。
流行や時代の変化なども、これで説明がつくこともあるのではないかと思っていました。
そして、「100匹目の猿現象」で世の中をよくしようとする人を知って、面白いことをしようとする人がいるものだと思いました。
その意味するところを、よく考えていませんでした。
 
>「100匹目の猿現象」は原爆と同じです。101匹目以降は、無差別に思考を殺されるからです。
 
そう考えたことはありませんでした。
いわれてみれば、その通りだと思います。
101匹目以降の思考を無差別に殺すことになるとは考えていませんでした。自分のほうが上だと無自覚に思っていたからだと思います。
いまでもそうかも知れません。
 
正しいことを広める、という言葉を聴いて、絶対の正義などあるわけがないとは思いましたが、そこまででした。
ひとがいう、「正しいこと」の意味するところをよく考えていませんでした。
 
自分も、縦の価値観のなかにいるのだと思います。
比べられたり、基準が当てはめられたりすると、考えなしに上を目指していると思います。正義や正しさの基準を全面的に受け入れることは出来ませんが、しっかり拒否することもできていません。どっちつかずで、でも、自分を上におきたいという欲望に逆らえないでいると思います。
自分は、少しくらい、わかっているようなつもりでいたのだと思います。
ほんとうのことは、なにもわかっていない、ということを、もりけんさんを知るまで、本気で考えることはなかったのだと思います。
 
> 世の中に「レベルの低い」人が、ひとりでも存在するでしょうか?
 
改めてこう問われるまで、それがどういうことかをよく考えもせず、「レベルの低い人」が存在する、と思っていた、ということになります。自分がそう思っていたことを認めたくありませんが、そういうことになります。
 
>誰ひとり、そんな人はいないと思います。
 
自分も、そう考えていると思っていました。でも、違いました。

[C391] >100匹目の猿現象を斬る6

誰もが同じように持つ「一票」です。
当たり前のように受け止めていました。
「100匹目の猿現象」と「選挙というシステム」を全く別の事象のように捉えていたのだと気づきました(汗)
どちらも、今、私が生きているこの世の中でのことなのに・・・です。
騙されている民衆を目覚めさせるのは自分たちだと言わんばかりです。
レベルが高いという自負心が選挙というシステムを無視させるのかもしれません。
高い人が低い人に負けるわけにはいかないのだと思います。
けれど、何かが違う、何かがおかしいと感じたとしても、発することもできず、ただ傍観している私がいます。
それは、私の中に負けるのが恐いという感情があるのだと思います。

[C390] >100匹目の猿現象を斬る6

「民衆は騙されている」と言えるのは、自分が他の人より優れているという自惚れがあるからだと思います。それは、私自身もそうだから良く分かります。恥ずかしいですが、その気持ちは消そうと思って消せる物ではありません。その優越感が自分を支えてきた部分が大きすぎるからです。
その私が100匹目の猿現象を推奨する人を、笑うこともバカにすることも出来るはずがありません。しかし、それがいかに乱暴な方法で、人を人として見ていない他者を蔑視した方法であるかということは分かりました。胸に刺さって痛いくらいに・・
長い間それを良しとしていた自分を恥じ入るしかありません。

ちっぽけな自分をちっぽけなプライドや優越感が支え、それで人を見下して何になるだろうと思います。それでいて、自分の中にあるエゴや劣等感に向き合う勇気もありません。
なることを目指しても意味がないのに、そんな自分を変えたいと思うのも本音です。

世の中を変えたいと思うのも、自分を変えたいと思うのも、やはり自力なのだと思います。でも自分で何とか出来るという思いは、結果として苦しみしか生まないのだと感じています。

[C389] >100匹目の猿現象は自力

カルト教団も自力だと思いました。 自力とは、目標、理想に向かう行為だとするならば、それを目指した瞬間に、価値判断が生じると思います。 つまり、目標に近ければレベルが高く、遠ければ低いというようなです。 (私の自宅近くのある教団のビルには「人類を理想世界へ導く」などと、これ見よがしに段幕をかかげています) でも、それってエゴであり、一種の脅迫だと思います。 極端な話し、レベルが低い人は滅んで当然であり、レベルが高い人だけで生き残りましょうと言っているに等しいからです。 このように、自力は人を脅迫しながら、ある一定の方向へ人を扇動する原動力たり得ると思います。 でも、とても古くさいパターンです。

[C386] 100匹目の猿現象を斬る5

ニコニコの丸顔のオヤジが急にヒトラーのように
感じられ、怖くなりました。
黒い頭巾を被った集団が炎の周囲を囲み、自分達
の優越性を称え、寿ぐようなカルトちっくな姿も
思い浮かびました。

あらゆるモノを無効にしてしまう恐ろしい
エネルギーが、「100匹目の猿現象」にはあると
思いました。

18歳のときのもりけんさんが、すでにこのような
考えを持ち、多くの人の間で発言されることは、
本当にすごいことだと思いました。

[C385] >100匹目の猿現象を斬る6

 
>「レベルの低い人」も「レベルの高い人」も、同じように一票しか持てないからです。
 
「100匹目の猿現象」を推進する人たちが
選挙システムを無視するのは、
これがあるからなのだろうなと思います。
 
ごく一握りのレベルの高い自分たちと、
たくさんのレベルの低い人たち・・
 
それらが同じように一票持ったら、
世の中はよくなるはずがない・・
 
対等という意識がないと選挙はできないのだと思います。

[C384] >選挙というシステムは、すごいシステムなのです。

「100匹目の猿現象」と選挙制度を比べたことがなかったので、視点移動されたような感じです。
オープンであることの選挙と思考をくらべることができるということに驚きました。
選挙のときに自分が投票する人を決めるのって
どうやってその人を選んでいたのかなって
ことにすごく興味を持ちました。
確かに、ヒットラーも選挙で選ばれているので
「100匹目の猿現象」ということを客観的に
とらえた可能性は、もりけんちゃまの
視点はとても広範囲だと思います。

  • 2006/04/23-20:19:56
  • 投稿者 : パンナコッコ
  • URL
  • 編集

[C383] すべてのものをひとつに数えるシステム

 レベル云々という実体の緩慢なものから100匹の利益を導きだす為のシステムと100匹にだけ良い事と革命という手法は似ていると思いました。体制と反体制が入れ替わってそこにはバカな大多数の民衆は民衆として何も変わらない構図しかみえません。バカの魂もアホの魂もすべからく猿山のボスの魂と同じく対等になれるシステム、それが選挙だということを強く思わされたコメントを始めて読みました。
  • 2006/04/23-20:05:18
  • 投稿者 : yk
  • URL
  • 編集

[C381] 100匹目の猿現象について

100匹目の猿現象という言葉はHPで初めて知った事だったので、どんな現象がはっきりは知らなかったのですが、「100匹目の猿現象」という言葉の底にあるものは、縦の関係からみた一人よがりの事だという事がわかりました。
「世の中を良くする」という言葉には麻薬のようなものを含んでいて、それがつけば大義名分が揃いなにをやっても、これは世の中をよくするためなんだという、どこかの国で行われているような、勝手な行動が思い浮かびます。
自分で考える事が大切だという事を改めて感じました。自分の意見があってもなかなか勇気がなくて言い出せないことが多いのに、なにも考えていなかったら「世の中のため」という煙にまかれた話でそれに同意してしまいそうです。
そしてこれは周りがみんな同じ意見だったからと時代に埋もれてしまします。
自分で考えて、意見を持てて、発言するというのは、時代から自由になる第一歩かもしれません。第一歩が見つかったかもしれません。
そうですね、これで行くと私は時代から自由になりたいです。

[C380] そうさせるものは何か

学生運動に狂乱する時代、多数派に真っ向から反対意見を述べるのは、命がけでなくして何でありましょう。

反戦運動はエゴだと、盛り上がり最高潮の多数に向かって たった一人でスピーチしたもりけんさん・・

ご自身が常に向き合い 大切に育ててこられた
“内在する心” が、何かの際には熱い熱いマグマとなって膨大なエネルギー放出可能となるのがわかります。

一方、そういう心と向き合っていない私達は、その存在に気づいていない、育てていない、むしろ ないがしろにすることに いそしんでしまってはいないかと思わされます。
そうさせるものの存在を知ることから始めなきゃなりません。

社会的状況を見極めるとか自分の立場を考えるなど、我が身の振り方をどうこうすることばかり要求されている世の中であるはずなのに、もりけんさんは ずっと変わらない心を持ち続けていらっしゃるのかと知ると、誰もがそうしていいのだ、常に今のままの自分ででいいのだと安心と勇気がもらえます。

[C377] >100匹目の猿現象を斬る6

私は以前、良い世の中を作りたい、と思っていたことがあります。
以前と書いている通り、今は作りたいなどという、おこがましい考え方が出来ません。
 
もりけんさんの時代の学生運動はむき出しなので、100匹めのサルよりましだと思いました。
 
100匹めのサル現象を起こそうとしている人たちは、現状を否定することから始めています。
今の世界を否定して、100匹目のサル現象を唱える人の考える世界が正しい世界だと・・・
何が正しくて何が間違っているのか・・・よくわかりません。。。
 
世界を変えるには、100匹いればいい・・
この考え方が根底にあります。全体など見なくてもいい。
個が個として存在しているのは、すべての個が違うからだと思っています。
違う個が集まっているのがこの世界だと思います。
 
すべての個に差はなくて、対等なのだと思います。
 
でも、100匹目のサル現象を進めている人たちは、対等ではありません。運動に賛同する人はレベルが高くて、賛同しない人はレベルが低い・・・
 
レベルが低い人たちは、流れが出来ればその流れに後から入ってくる・・・レベルが低いから・・・
 
そう考えいるようです。。。
 
思想の流れができて、前の思想を駆逐するのが革命だと思います。
その思想が、いかに正しそうに見えても、その思想を広めていく手法がトップダウンで、一部のレベルの高い人が変われば全体はどうにでもなるという考え方であれば、時代錯誤しているとしか思えません。
 
「世界を変えよう」「いい世の中を作ろう」
変えよう、作ろう、自力以外の何者でもありません。。
 
歴史は自力で動いてきたのだろうか・・・
違うと思っています。
でも何で動いてきたのかが、まだわかりません。。
  • 2006/04/23-17:34:36
  • 投稿者 :
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  • 編集

[C374] 無名で居る事

101匹のサル現象を起こすのなら
≪無名≫であり続けなければ
「ただのサル」になるだけだろう

≪有名≫を目指せば^^猿回しのサルに変容する
猿回しのサルは^^それそれで幸せなのかもしれないけどね
私はゴメンナサイ^^だね

マスコミを活用するのなら
≪私は芸能人だ宣言≫が基本かもね^^
そうしたら言動も自然かもね
これは余計なお世話だね^^
これは論点がずれてる?
でもきっと連鎖してる^^

傲慢なへそ曲りなので投稿しよう^^
       スーパーへそ曲りの恋海月

[C373] >選挙は「他力」なのです。

>「100匹目の猿現象」は「自力」なのです。
 
 「もりけん(森田健)からの運命の通信」を読んでいましたら、
 「自力」は、あなただけ幸せになろうとするものです。
 「他力」は、みんなが幸せになれるもの。
とありました、「選挙」は、「他人」を通じて「自分」が幸せになろうとするものです、それに対して「「100匹目の猿現象」は、「自力」です、「自分」だけ幸せになろうとすることです。
 
 その「自力」の世界を広めようとする「人達」は、私達にとって、いいえ「私」にとって「味方」でしょうか、私にとって「敵」です、「神」にとっても「敵」です。
 
 「100匹目の猿現象」は、「神」にとって、「敵対関係」の人達なのです、「天罰」が下ります。
 
 私は今、「もりけんさん」のお陰で、少し「他力が理解」できました、「感無量」です(笑)。
 
 (すみません、前の「白紙の投稿」を削除させて下さい。)

[C372]

コメントをどうぞ

[C371] やっかいだぜ・・

以前の職場で、選挙になると、どこかの党の立候補者がやってきたりしていました
有無を言わせず笑顔で握手を求めてきます
政策の説明とかは一切無し(笑)
しかし・・彼らは「まっとう」だったと思います
 
「100匹の猿」は姿を現しません
気づかないうちに、「正しい考え方」を、「良い想念」を持たされてしまいます
これは、やっかいで、防ぎようが無いようにも思います
 
しかし、それは、彼らがどうのこうのというより
自分自身がまだ、「正しい」とか「良い」とかに絶対性のようなものを感じているからだと思います
同じ側の人間だということです・・

[C370] 個が世界に対して

働きかける力は、わたしも誰も彼も、一票しか持っていないのだと思います。
一票「だけ」で政治も世界も変わるわけはありません。
だとすれば「私が世界を変える」という考え方の根本には「私は一票以上持っている」という意識があるはずです。
ただし、結果として、ある一票が大きな作用を持ったように見えたり、別の一票がまったくの死に票になったように見えたりすることはあるはずです。
あります。
私はそこのところに、反発というか・・大きな復讐心を持っていました。
今思うことは、誰にも彼にも一票があることを私はわかっていたつもりだったけれ・・石ころにも一票あるということは、わかっていませんでした。
なぜそれがわからなかったのかというと、私はどこかで「私は誰なのか」が、わかっていると思い込んでいたからだと思います。
私は、人に一票あると思い、石ころにはないと思っていたわけです。この考え方は、私と石ころが「違う」ということが前提になければ、成り立ちません。
そして、石ころと私との違いがわかると思っているとすれば、それは、どこかで「石ころは何なのか」「私は何なのか」、少なくとも判別できる程度には、わかっている、と思っていたはずです。
この「わかっている」を一歩目の足がかりとして、世界に対する私の呪詛が、立ち登っていっていたと思います。
今、石ころと私の違いを問われたら、私は答えがありません。この状態で、私が何からプレッシャーを受けていて、それを何に対してぶつければいいのか、わかりません。
「わかっている」、すなわち問いの欠如を基盤とする以外に、怨念が立ち登る方法はないと思いました。

[C369] 世の中を良くする

世の中を良くしようと活動している人たちは、自分が得た気づきを世の中に何とか広めようとしますが、どうせ気づいてもほとんどの人たち(大衆)は自分たちほど深く理解できないのだろうと、自分たちがリーダーとなって先導していこうとします。確かあの当時、ジェネレーションギャップと言う言葉が流行ったと思います。

若者の感性は鋭く、働くことや世の中のしがらみに縛られている大人が感性が鈍い、コミュニケーションもとろうとしない、(若者の言い分)ということで世代の対立を意味していましたが、こんなことも背景にあって、当時の若者は、自分たちの気づきこそが、これからの世の中を変える、と真剣に考える傾向にあったのだと思います。

でも、その考えの根本には、「気づきを得た少数の賢者」が信念と熱意を持って行動することころに素晴らしさがある、という、自分たちを勝手に上層部に位置づけてしまっていて、しかももっと悪いことには、自分たち以外の人たちは、反対する人、無視する人、知らない人をひとくくりにして、大衆とか、民衆という言葉で区別していたと思います。

世直しという言葉は、テレビの時代物で、将軍様が御忍びで城を出て「ああ、世間ではこんなことがあるのか・」と気づき、方策を考えたり、正義を実行しようとしますが、あれも民衆は従うだけの弱い存在でした。ちょっと比較するのはつながりがないような例ですが、当時の学生たちが「世の中をよくする」と語るとき、この世直しという感覚が潜在的に無かったとはいえないと思います。

そのおごりをもりけんさんは鋭く見抜いていたのではないか、と思いました。

[C366] ・・・・・

世の中を良くしようなんて偽善じゃないか・・と思います。
すべてが「良く」なんてありえないです。

自分が火中にいたら、場に流されたかもしれない。見てみぬふりしたかもしれない。だから偉そうなことは言えないけれど。。。。。

その時代のど真ん中にいた人と、今、法学部で政治家希望の学生と相対する人の話を聞いて、ごちゃごちゃになった頭を整理しようとしてるのだけど処理能力がおいつかない。。。。。


選挙にでたら、あとは有権者におまかせするしかない。。。それが他力ではないかと思う。
選挙というちゃんとした戦い方法があるのに、それもしないで突っ走るのはアドレスをいれずに言いたいことだけ言って消えるひとと同じじゃないか。。。


何を言って良いのか考えてると解らなくなって、解らないのはちゃんと考えていないからかなと思考能力を足らないことに悩んだり。それでもわからないなりにレスしたいと思いました。

[C365] …

生きてんのかよ!というのはこういう時にいうのかと思いました。わかんない。今日は棚にあがっていわしてもらう。だってもう2時近いよ

[C364] >いつも使う論法です。

そう言えることは、対比して自分がいかに頭が良くて知識もあって、レベルが高いかを認識していることになると思いました。絶対的強さを感じている気がしました。その他大勢を一くくりにしてしまうと、上から下を見下ろしている状態になってしまうと思いました。
見下ろすことは、救いの手を差し伸べているようにも見えます。だから、世の中を良くしよう・・・私達と一緒に・・・となってしまうのかと思いました。

>「レベルの低い人」も「レベルの高い人」も、同じように一票しか持てないからです。

選挙権を得たばかりの人も、年配の人も投票できるのは一票。私の一票も、どこかの大会社の社長の一票も変わりはない。人間としてこの世に生まれ、平等であることの表れの一つだと感じました

[C363] >100匹目の猿現象を斬る6、を読んで

わたしも今ここで、読んだものを問い返して
自分の意見を書きますが・・・。改めて、知らなすぎる・・・
と思いました。
根本を何もわかっていないで、語ることは、いっぱいできます。
今もそうです。感じるモノだけをたよりにしています。
でもそれだと、一つの切り口にしかなりません。
例えば、不思議研究所のホームページに書き込みをする時
物理の法則や、社会の出来事(?)がでてくると途端に
ついてゆけなくなります。
でも、存在することは可能なんです。他のヒトが、書いていて
くれるから・・・(汗)それでも最近、ほんとーーーーに、ちんぷん
かんぷん?ですけど、物理の勉強もしようと思いました(続くの
かな・・・)でも、追いつきたい・・・って思っています。
それから、毒・・・。
毒も、相対するものが毒をもってないと反応しないんでは
ないかな?と思います。
毒自身はイイもワルいもなく存在していると思います。
私の中にも、毒があると思います(笑)いっぱいイジメたりも
(なにを?)します。でもそれだけではありません。
もあります(爆)でもそれだけでもありません。

[C362] 毒と薬

毒にも薬にもなる…って何でも無いものを薬に…妙薬にして飲ましたり飲まされてるのが…世の中なのかなと思いました。薬ってよくなるために飲むのだと思います。毒は…わかんない。飲むと死ぬから。社会の毒ってなんだろう。「悪」かなと思います。でも…どっちも元は同じだ。しかし書くのは簡単だけど…書くと混乱します。書くまではおぉおそうなのかと思うのですが。それてきてる気がしますが…どっかに抜けてみたいので突っ込んでます。(自分に)

[C361] 「百匹目のサル現象を斬る」

「100匹目のサル現象」を推奨することは、仲間集めに過ぎないと思います。 
仲間というひとつの固まりを作ってしまうと、その外とのネットワークのつながりが、弱くなってしまうのではと思いました。 
そして、その固まりの中での「個」対「個」のつながりは、所詮ひとつの固まりの中だけでのつながりなので、到底ネットワークとは言えないと思います。
世の中には色々な「固まり」がありますが、その「固まり」の外で「個」として存在できれば、「個」という最小単位の「固まり」なので外とのつながりが直接的になって、ネットワークとしてのつながりができるのではないかと思いました。 
 

[C360] >選挙

選挙制度は確かにレベルの程度はないと思います。
革命より選挙のほうが変化が早いのに選挙を否定する人は何を根拠にと思ってしまいます。
レベルが違っても1票は同じ1票です。
いろいろな意見が反映されます。
民衆がバカで程度が低いから利用しようとしているよりすごく健全だと思いました。

[C357] >同じように一票しか持てないからです。

「個」を「個」として一人ずつちゃんと見ていると思います。
「私」とは何かがわかっていないのに、レベルの高低つけてどうするんだろうかと今やっと考え始めています。
 
選挙制度も「革命」のどちらも、どこからそういう考え方が出てくるのだろうかと思いました。
 
もりけんさんが「自力」という幻想に気が付いたのは、なぜだろうかと思いました。
すべての人に「神」を見ているからだろうかと思いました。

[C356] >民衆には騙されていることの自覚がない。

自分の中にある正義というものをあぶりだされます。

正義感を振りかざす先には自分を苦しめる憎むべき、そして自分を正当化してくれるバカ。
そして正義感を振りかざす後ろには何にもわかっていない守るべき愚かなバカ。

結局、自分しか優れている奴はいないんだという考えです。なんかテロと変わりないな。
こう考えている奴に導かれたいと思うかと考えたら、自分の答えはNOでした。

斬られて気づく私のようなバカもいますが、なんかバカに悪い。バカ以下だ。
でも斬られてなんぼだと思いました。
斬られたという感覚が無いほど自分の感覚が鈍ってはいない。斬られた痛みがあるだけOK。

100匹の猿現象は私がインサイドであることを最も自覚しなきゃいけない・・・
ああ、熱くなってきた・・・ちくしょう

[C355] 「革命」

世の中を良くする・・ということに誰が反対するのか、
誰もが思うことだと思います。
ヒットラーも、排除すれば良くなる・・です。
良くなるって、誰にとってなんだろうと思います。
皆がそう思ってるなら、きっと変わってる・・。
それぞれ、良いと思う基準は違うと思います。
だからこそ、選挙があり各政党があり・・
バランスが取れていると思います。

結局、一匹目の猿だけが望む良い世の中
ではないのでしょうか・・。
そうならない世の中を、人々を、バカ扱いする。
そして「100匹目の猿現象」を利用する。

もりけんさんの意見に対して、すぐのヤジが
怖いところです。
今となれば「昔のことさ」なのに、それを
違う意見が出たときに、考えようともしない空気・・。
「100匹目の猿現象」考えれば考えるほど、
コワイです。

薬について、薬になることも、毒になることも
まずよく知る事が大事だと思います。
もりけんさんの他に「100匹目の猿現象」の
裏の面をハッキリと見せてくれた人を知りません。
「100匹目の猿現象」は私の中で
良いイメージとしてありました。
でも、世の中で起きてきたひどい事を考えるとき
浮かびます。
深く考えることでより裏と表が明確になります。
いかに偏っていたのかも分かります。








  • 2006/04/23-11:20:52
  • 投稿者 : まる
  • URL
  • 編集

[C352] >薬を薬にするのも毒にするのも本人しだいです。

私は「薬」になどする気はないということです
  • 2006/04/23-10:22:15
  • 投稿者 : もりけん
  • URL
  • 編集

[C351] >「100匹目の猿現象」は「自力」なのです。

>「一票の格差」という問題
↑今朝これが思い浮かんで、前にリョウコがたまさかまじめに選挙行こう思て、悩んだ末投票した人が落選したんや。選挙も人数多いとこの意見が優先されて、他は意に反してもそれに従うことになると思ったんや。

でも、今日のを読んで、「他力」と言われると、たしかにそうだし、
>「レベルの低い人」も「レベルの高い人」も、同じように一票しか持てない
いうのも、そうだよなと思う。
そしたら、 >「100匹目の猿現象」は「自力」
という一文が出てきて、最初に芋を洗った生物の猿は広めようなんて思ったことなかったはずなのに、なんで「自力」なのかいま考え中。
生物の猿はともかく、それを利用しようとする人に限定なのかもしれんけど。

きのうのブログの第一印象は、「変な現象を使わずに、普通にやれ。普通が一番」て感じに思て、選挙は一般常識って感じがあって、「常識どおりが一番」て言われた気がして、常識とか普通って、なんか日常で、沈静状態なんで、激しく燃える同調ってしずらい感じやった。(しかも、リョウコは1票の一件以来選挙に行ってないんや(汗))
出先からPHSで、2回めも読んでみて、結局リョウコはひとりごとで斬られた直後に3回め読みでレスしたんや。

今日、「レベル」のことや、「他力」「自力」というあたりが出てきて、選挙に対する個人のイメージはおいといて、「100匹目の猿現象を斬る」という主題に集中しないといけないんやと思った。
  • 2006/04/23-10:18:29
  • 投稿者 : 龍(ロン)
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  • 編集

[C350] > はい、その通りです

だめっす。さっぱり見えない

[C349] はい、その通りです

  • 2006/04/23-10:11:59
  • 投稿者 : もりけん
  • URL
  • 編集

[C348]

あなたは現実逃避してませんか?(100匹現象)を否定することを逃避の道具にしていませか。執着心をもってもよいが過剰、方向しだいで毒にもなります。ここで論じられている(100匹現象)は過剰に肯定している人または(100匹現象)を利用して洗脳させ金儲けをしている輩を批判しているのです。その反対もしかり。薬を薬にするのも毒にするのも本人しだいです。
  • 2006/04/23-10:05:16
  • 投稿者 :
  • URL
  • 編集

[C347] 人に

どーのこーの言える事はありません。しかしそこをあえて越えて言う事が表出なんだと思いました。恥かいてなんぼなのだろうかと思いました。斬ってる人も斬られてるんじゃないかと思いました。

[C346] > なぜなら民衆には判断する力が無いからだ。

今、旦那と話してて初めて気づいた事があります。良いだの悪いだの言ってるヤツは…自分は良い人間だと思ってるからそう言ってるのだという事です。(汗)ワルいと思ってたら言えないという事です。ま~ったく気づきませんでした。とても恥ずかしくなってきました。そしてもう一つ…もりけんさんにいわれてから急に書き込んでるのが超恥ずかしいです。そうじゃないんだと言いたいところですが…そうだろうと思いました。恥の多い人生です。(赤面)

[C345] 今の世の中

私は今の世の中に不満があるかというとそうではありません。政治家に対しても、特に不満はありません。
私を取り巻く環境といえば、子育てのことが主ですが、そういう面で前よりとても改善されてきていてありがたいことです。昨日は机上の空論で書いてしまったかもしれません。(笑)
何が問題かということも実はわかってなかったりします。政治への関心この頃も薄いです。でも、選挙には行ってます。関心の高かった時期は自分で考えて主人とは違う人に入れました。主人は私の票も自分の票もと考えていたようですが。。。
それは、結婚した当初でもあって、主人に逆らってもいいものかどうか悩みました。しかし、どうしても
入れる気にならなかったのです。(主人も知っています。)
ところが、選挙が終わり、主人の会社の組合自体(主人はそれにそっていれていました)が私が入れた方に変わったのです。
私はほっと胸をなでおろしました。自分の気持ちにそっていっても、主人に逆らうことにはならなかったと。。。
ちょっと、そんなことを思い出しました。

[C344] >100匹目の猿現象を斬る6

>民衆は騙されている。
>民衆には騙されていることの自覚がない。
>なぜなら民衆には判断する力が無いからだ。
>だから選挙に頼ったら、良い世の中はやってこない

一瞬、まっとうな論法のように見えてしまった自分が怖くなりました。
判断する力がない、ということで、1票の権利を奪ってしまう・・
よく考えればすごく怖いことです。
でも・・その時その場にいたら・・私もきっと、そうだそうだ、と思ったと思います。
対象がなんであれ、「今よりより良くしよう」というのに私は弱いです。
これは、自分ががんばればよくなる、ということが、気分のいいことだからだと思います。
それが「世の中」が対称になれば、よけいです。
それがなんて傲慢な考えか・・というのは、もりけんさんを知ってから思うようになりました。
そして、その考えの底には、今を、自分を否定しているというのがあります。
よりよく・・を進める場合、たいてい否定から入ります。
思い返せば、小さいころからずっとそういう中で生きてきたように思います。
家庭でも学校でも・・
今よりもっとよくしよう、という思考は、とてもかたくこびりついているように思います。
それが、もりけんさんによって、かなり崩されてきてはいますが、まだ残っているんだと思います。
だから、この論法を見たときも、一瞬、どこがおかしいのかわからなくなってしまうのだと思いました。

>「レベルの低い人」も「レベルの高い人」も、同じように一票しか持てないからです。

言われて改めて、そうだ・・と思いました。
確かにみな1票しかありません。
誰かに入れる権利も、棄権する権利も、みな1票だけ・・
それを選挙箱にいれるとき、みな、自分の頭で考えます。
つきあい関係などで頼まれて、表面上「わかった。この人に入れるよ」といってても、「やっぱりこっちの人のほうが信用できるから」と変えることもできます。
選挙は、「ひとりひとり」が大事にされているんだ・・と思いました。

でも・・百匹目の猿現象になると、そういう思考すら奪われることになります。
表面上みなが言ってることと同じことを思わされてしまう。

中心勢力に反対するエネルギーというのは、すごいものなのだと思います。
そこに「正義」をかざすとよけい・・。
その渦中にいると、それがなぜいけないか、どこがいけないか・・も分からず、ただ、そのエネルギーに影響されてしまうのだと思いました。
当時は「世の中をよくしよう」「革命を起こそう」という形ででしたが、今だったら、「環境をよくしよう」「自然に帰れ」「心の時代だ」・・・ということがいいことだとする情報がテレビでもネットでも本でも流れ、今現在の状態を否定しているように思います。
(私もそれにすっかりはまっていました)
背景が違うだけで、当時も今も同じだと・・そして、一時、人工的なものを否定し、エコロジーでナチュラルな生活、家事に走った私は、座布団を投げた人たちと同じだと・・そう思いました。

[C343] しかし…

判断する力が…にぶってるからって…ソコにつけ込んで「思いやりを」とか言いながら…操作していいもんだろうか。原爆を落とし続けていいもんだろうか…そのほうがよっぽど「思いやり」がないんじゃないだろうか…「思いやり」って正義じゃないんだ…正義のいう「思いやり」っておかしいんだ…書けば書くほど自分が斬られていって驚きます。勘違いを書き連ねてるのかもしれないけれど…。

[C342] ………

>自称かつ認証された…良い人
↑こう書いておもったのですが、こんなヤツいるだろうか…完全な善性の神でもないだろうし…どうしたらこんなずうずうしくなれるのだろう…私も…どうして自分の子供の上にこうして「よい事」を勧めて君臨できてるのだろうかと…混乱してます

[C341]

>なぜなら民衆には判断する力が無いからだ。
 
自分の事だと思いました。判断する力…ないです。ナニを言われてるかもわからないからです。だまされてるとも思ってませんでした。いい事は全ての人に絶対だと思ってました。
自分はまず人ありきではなくて…ルール(良い事)ありきなんだと思います。。良くてナニがワルいと思ってるんだと思いました。現実を見てないと思います。現実って以外と平等だと思いました。区別とレベルは自分が付けてるんだと思います。
 
>「100匹目の猿現象」よりは、何万倍も素晴らしいシステムではないでしょうか・・。
 
たしかに「まっとう」だと思いました。一票の重さがみな等しいからです。レベルの区別はありません。平等と愛を説きながら…というか区別しません。一票は人を選びません。命の重さを言いながら…原爆を落とさないと思いました。だれでも命と同じく一つだけ…そこにあります。
世の中ってどうやったら「良く」なるのだろうか…ようやくと思いました。「良く」するのは実際は今より「悪く」なる事なんじゃないかと思いました。だって良い事が全てなら…選挙は無くなり…自称かつ認証された…良い人が政治を握るからです。…書いててビックリしました。また忘れると思うけれど…いわゆる良い事が…悪い事の源だなんて…えーなんか目が回ってきました。では「良い」「悪い」って判断はなんなのだろう…わかりません

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[T12] 一票の格差

一票の格差一票の格差(いっぴょうのかくさ)とは、主に国政選挙などで、有権者の投じる票の持つ影響力の違いのことである。一票の重みの不平等とも言われている。概説選挙区を区分して選挙をする方式では、州や都道府県などの境界、そして地理的な条件に
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森田健が実際に足で歩いて遭遇した出来事を皆さんに報告する場として「不思議の友」という無料会報誌を出版しています。
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