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[C525] >100匹目の猿現象を斬る7

面倒だから選挙の投票に行かないという人には「たった一票でもそれが集まれば大きな票になるじゃない」と、投票に行くことをすすめていましたが、でもそう言いながらも自分の一票の小ささはすごく感じていました。
 
この一票で何がどうなるもんでもないよな。。。という気持ちは持っています。
 
でも、小さすぎる一票でも、何ひとつ選ぶことが出来ないのとは大きく違うと思いました。
 
私の一票は巨大な全体の中に消えていきます。
でもそれは誰もが同じなんだと、今初めて感じたような気がします。
 
みんなの一票が全体の中に消えていって、そしてそこから現れたもので私たちは生きていると思いました。

[C440] 自力の危うさ

鈍かったのかようやく自力のもつ危うさに気付いた気がします。

人が水平のネットワークで繋がっているのなら、私の動きが誰かに影響を与えるのでしょう。
しかし目に見えないからこそうまく機能しているということは多いと思います。

自力には無理やりここで歯車をこっちに回そうというエゴが垣間見えました。

坂本竜馬は結果的に世直しをしたと思いますが、なんとなくですが好奇心とかがアクションの基本にあった気がします。だから無理やりという感じがしません。たぶん自分が中心になろうという意図もなかったと思います。
気が付いたらそうなっていただけで。

「ひとり」でやる・やらないの差はここにあるような気がします。
自分が中心になりたいから中心以外が欲しいのだと。

[C437] >無力感

選挙に行っても、私の一票で当選者は変わんないでしょと思いあまり行っていませんでした。
大多数のなかで、何か意見を言っても、どうせ変わんないでしょと思って言わないこともありました。
でも、言わないとたった一票の存在も知ってもらえることができないのだと思いました。無力感を感じてみないと行動を起こすこともできないような気がしました。

[C431] 選挙というものを

深く考えたことはなかったのですが
自分が投票した候補者が落選したり、投票した政党が伸び悩んだりすると
なんか、とてつもなく無力感を感じていました
しかし、考えてみると、無意味だとは考えていなかったと思います
 
だいぶ以前は、自分が投票した候補者以外が当選したりすると
なぜ、そいつに投票するんだよ~とか思ったりしました
怒りのようなものも感じていました
 
それこそが、100匹の猿への胎動であったと思います
自分の考えと相容れないものを認めない・・
1票でどうしようもないのなら、他の方法でどうにかできないか・・
 
モリケンさんの書き込みを読んでいて
選挙というものは、向こう側にも人がいるんだ・・
ということに気がついたような気がします
 
それは、選挙に限らず、自分の向こう側にはいつも人がいるんだ・・ということに・・

[C430] 大河の流れも一滴から

 大河の流れもを解体すると一滴の水から構成されていると思います。一部のセクト的な水流から構築されているわけではありません。それらは須らく均等に大河を構成していると思います。一部のなんとかムラのドンも他の水流と一緒に流されていくのが道理です。それを操作しようとする小集団があることは逆行ではないかと思います。
  • 2006/04/25-07:13:50
  • 投稿者 : yk
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[C429] 投票用紙に

名前を書いているときは、私は結構自力的です。
(ついたてで周囲も見えないし)
無効票にならないように、しっかりと名前を書いてから目の前の票で字を確認したりします。
 
翌日の新聞を読むと、自分の一票は流れの中の一票だったなあ・・とそのとき視点が変わります。
 
ダメもとで入れたつもりが、結構、善戦していたりすると、「ああ、同じようにダメもとで入れたつもりの人が何万人もいたんだな・・」などとわかります。
 
そのとき「ダメもと」は、私の個の限定された視点でしかなかったことになります。
しかし、そのダメもと的な視点を、何万人もの人が共有したことによって、それはダメもとではなくなりつつあったのだと、翌朝わかったりします。
 
開票結果を知ったとき、投票に行った人は、みんなこういう視点移動があるんじゃないかと思います。

[C428] >100匹目の猿現象を斬る7

 
選挙が他力だという視点はこれまでなかったです。
でも、直接的なようにみえて間接的であるところが他力的だと思いました。
 
政治家になる人たちは、運命どおりだと思います。
 
投票するわたしも、選ばれる人も、大河の一滴であることに変わりはないです。
 
しかし「100匹目の猿現象」を言う人たちは、それでは嫌なのだと思います。
 

[C427] >100匹目のサル現象7

選挙には他力思想があり、100匹目のサル現象には自力思想があるというのは大変面白いと思いました。自分が中心というのはけっこうみんな好きなのではないかと思います。
そういえば、「世界の中心で愛を叫ぶ」もハヤリましたしね。
視点移動をさせられました。

[C426] レベル

ヒーローになりたい人はたぶんレベルが非常に高いので1票以上の価値があるから選挙ではだめだと考えているのだと思いました。
自分の思い通りの社会で大手を振るのに選挙での1票は歯がゆいでしょうね。
私は選挙権が自分に無いので余計に思うのでしょうが
誰もが1票を投じれるのは非常に平等だなと感じます。

[C425]

私は、坂本竜馬も西郷隆盛も現代に生まれていたら、政治家か官僚になっていたと思います。
投票に行く人だけにはならないかと。

>世界の中心に、そんなになりたいのでしょうか?
もりけんさん、私は貴方が「100匹目の猿現象」の最初の1匹目の猿にしか思えないのですが。
というか、貴方が天狗になっているようです。
  • 2006/04/24-21:06:36
  • 投稿者 : えびね
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[C424] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/04/24-20:13:33
  • 投稿者 :
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[C423] 100匹目のサル現象

このサルたちは高い学習能力を持っていると思います。他のサルから何かを学ぼうとする意欲も
強く、また、そのような能力も高いと思われます。それに、他のサルと同調し、和を重んじ、調和して
やっていこうという傾向も強いかもしれません。

学習能力が高いということは、人間の社会においても良い能力だと考えられています。

しかし、反面、なぜか、上記のような性質は、他のサルに対する冷酷さや残酷さと、サルたちの脳の中で、密接に結びついているような気がします。

また、もうひとつ悪い面を挙げると、学習能力が高いということが、必ずしも、創造性に結びついて
はいないのではないかという可能性もあります。

そこで次のような疑問がわきます。学習をしているときや、他のサルから何かを吸収しているとき、
サルは頭を使っているのか、ということです。もし
かしたら、学習しているときは、思考停止状態な
のかもしれません。サルたちは自分の頭では何
も考えていないのかもしれません。他人か
ら何かを学んでいる間は、自分でいろいろなことを考えなくてもすみます。

人間の社会でも、学習によって得られる報酬は、社会的なものが大きいのではないかと思います。
そうであれば、報酬、すなわち、快の源泉が、社会や他人の側にあることになり、快を継続的に得る
ためには、社会というものを視野に入れなくてはならなくなります。

サルたち(サルというのは、もちろん、たとえであって、それはもともと人間のことをさしています)は
快の源泉としての「社会」に興味を持ち、より自分
たちが快を得やすいように「社会」の側を変えよう
とする野心をもちます......。

これとは対照的に、快の源泉が、自らの頭を使うことによって脳内麻薬が出ることによるものである
場合、快を得るために、「社会」に依存する必要
はありません。また、革命を起こして社会を変革
する必要もありません。

快の源泉が違うということが、社会に対する考え方や価値観の違いや多様性を引き起こしている原因なのかもしれません。


  • 2006/04/24-20:03:43
  • 投稿者 : ナイル
  • URL
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[C419]

選挙たしかに無力感に襲われますね
どうせ一票ぐらいじゃ・・・って思いながら行きますが(笑)
大河の流れを自分たちで動かそうとしてるってのも分かる気がします。
すげー逆らってる感じ。
そしてその人たちは正しいことをしているのだから正義なんでしょうか。
  • 2006/04/24-19:03:22
  • 投稿者 : まっす~
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[C418] 偉い人

って、いったい、どんな人なのかと疑問に思いました。
それから、「良い人」って、いったい、どんな人なのかと、思いました。

[C417] ↓

えらいものにならないと  ×だけですよ
                ○だめですよ。

でした。。

[C416] すべてがレベルアップという

考え方(自分に原因がある)のなかでは、
毎日「将来何になりたい?」(何か「えらいもの」にならないとだけですよ)と聞かれているようなもの
かもしれないと思いました・・・。

[C415] ヒーロー

自ら、「ヒーローになろう!」としてヒーローになるのではないと思いました。

坂本竜馬だって、気づいたらそうなっていたんだと思います。

それは、きっと、みんなに対等だと思います。。
「将来何になりたい?」というのも、選択の自由があるようで、決まっている運命のなかでは、そんな質問は無意味だったりするのかもしれません。。。

決まっている運命を知り、大河の一滴だと知るということは、、
疑問を持って流れからそれよう、それようとしたときかもしれません。。

(ちょっとそれましたが・・)




[C413] >一票ではどうしようもない

ほんま、そう思うわ。

>「100匹目の猿現象」を言う人たちは、大河の流れを自分たちで動かそうとします。 これは「自力思想」です。
あ~、そういうことやったんやね。
「100匹めの猿現象」が「自力思想」なら、「自力思想」の人がまた増加するだけで、世界は全然変わらないんじゃないかと思う。
  • 2006/04/24-14:06:34
  • 投稿者 : 龍(ロン)
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[C412] 一票

どんな人にもある一票。世の中を動かすことの出来る一票。
でも一票だけでは変えられなくて、皆の一票が集まり、大河の流れになれば変わっていく・・
選挙って、なんてよく出来たシステムなんだろうと思います。
「他力思想」って、あまり良くない意味に取られがちですが、
皆ばらばらである個の一つ一つが生かされている気がします。
「自力思想」は、私が自分が・・
バラバラである個は無視・・の気がします。
  • 2006/04/24-13:51:40
  • 投稿者 : まる
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[C410] >選挙は他力

議会制民主主義、つまり選挙がいつ、誰によって発明されたのか知りません。 (ネットでチラと調べましたが、わかりませんでした) 不思議なことですが、人類は、ゆっくりと自力から他力(つまり選挙)の方向へ向かってきたのでしょうか? 日本でも、戦前までは、女性には参政権がなかったと記憶します。 今は当然のように、女性も選挙へ行ける世の中です。 時代は、知らず知らずのうちに他力へ・・・でも、本当に不思議です。 それから、何というべきか言葉が見つかりません。 自慢じゃないですが、選挙=他力なんて、私は考えもつきませんでした。

[C409]

>龍馬も一票をもって投票所に向かうだけです。
たしかに、そうでした。
坂本龍馬が社長というのが、おもしろいです。

101匹目の猿派は、あいかわらずヒーローを求めています。
あなたもヒーローだと、いわんばかりに。


でも、所詮は、大河の一滴だったです。
でも、法律で考えれば、もっとも重い1滴です。
しかし、その影響は、もう体勢という他力にまかせるしかありません。
あくまで、自力での方法で影響力をつくりたいのが、100匹猿派みなさんの方法です。
でも、自力では自分さえ変えられなかったりしそうです。

[C408] >100匹目の猿現象を斬る7、を読んで

100匹目の猿の1匹目・・・。これみよがしに、芋を洗って食べたかもしれない・・・。
ほんとはそんなに美味しくなかったけど、美味しそうに食べたかもしれない・・・。
これはウマイなあ・・・(汗)って・・・。
オレはすごいことを発見したんだぞ!!とゆう感じで。
でも・・・(汗)私も自分が原因だ☆って思いたいこといっぱいあります。
実際、中心になったら・・・コワくて逃げます(笑)
ホントに中心にいるヒトってまわりから集まってきて、気付いたら・・・真ん中にいるのではないかな、と思います。

[C407] >「私は一億分の一の存在か・・」

雨の一粒はかぎりなく小さいモノで控えめだけど、
ある意味では「水」や「雨雲」全体を表現しうるような
感じがあります。
それにひきかえ、「猿推奨派」の思考は、
自らを「雨雲」や「天」そのものになぞって例え、
おこがましい感じすらします。
大いなるモノとの同一を案に謳っているようで
不気味です。

[C404] 静かな熱意

大仰な装丁の本は どこか鼻につくので、それだけで拒否してしまう上に、帯に好ましくない お顔などあった際には手に取るどころか目にするのもイヤになります。
精神世界系の集まりで「世の中を良くしよう」などと叫ばれていること、初めて知りました、ビックリです。
そんなこと考えたこと全くありませんでした。
自分のことにさえ四苦八苦してしまうありさまですから・・
世界の中心になるなどという大きな花火を打ち上げるには、内容よりまず宣伝・広告、そして はったりもかなり必要と思われます。
内容はどうでも、まわりを巻き込むことこそが目的であるはずです。
一方、選挙で考えた一票を投じることは、今の自分にできる世の中への精一杯だと思えます。
住んでる地域の投票率が低かったりすると、選挙権を得て以来欠かさず投票してきたわけじゃないのにガッカリしたりします。
もりけんさんのお話をうかがって、誰かの都合で勝手な絵空事を打ち上げた集団の、世の中とは お門違いの方向で固まる一員にはなりたくないと思いました。
同時に、パフォーマンス講演会の裏方=スタッフの方々に、静かな熱意というフレーズを感じたことを思い出しました。

[C403] >そして翌日はたぶん、坂本商会とかいう貿易会社の社長に戻るだけです。

なんで坂本商会…とおもいましたが…龍馬は世界を見据えてたんだと思いました。個人でどうにか…じゃないと思いました。あやしいですが「日本を洗濯いたし候。」って言ってた気がする。一票を投じたあとは…そっちに戻るんだと思いました。

[C402] >大河の流れを自分たちで動かそうとします。

だから負け感覚と無敵感覚がわからないのだと思いました。
「反戦がエゴ」というのも、道教の考え方を知らないと理解できなかったです。
理解できていたとしても大勢の人達の前で言えない、言わないです。
 
龍馬は世直しを自力でしようとして、したのだろうか。
なんか違うような気がする。
 
「選挙」を別の視点から初めて考えました。
一票をもって投票所に行ったところで何になるのだろうと思っていました。
自分を手放すという視点で考えたこと無かったです。
 
当選する議員も他力の流れでそうなるんだ。
自力で変えようとすると戦争が起こるなら、
選挙はなんてすごい制度だろうと思いました。

[C401]  坂本龍馬はたったひとりで世直しに挑戦しました。

そういや 「龍馬はたったひとり」だったなという印象です。後ろ盾も無く、組織でもなかったように思います。詳しくありませんが。「ひとり」ってこういうコトなのかなと思いました。そして 龍馬の魅力って時間を越えてるけど…それって「たったひとり」でいたからかなと思いました。ほかの人も 「たったひとり」として対していたように思いました。

[C400] > 選挙に行く人は、自分は大河の一滴にしかなれないことを知っています。

>これは「他力思想」です。
 
選挙に行く時…無力感を感じます。自分の票がどう効いてるのか…目に見えないからです。なんだかそうか…と思いました。私は自分の効果を確かめたいんだと思いました。そしてそれが効力を持つところを見たいんだと思います。人に効果を及ぼすのが…自分の存在を無力だと思わないでいる方法だと思っていると思います。認められないんだと思います。世界が私に重要感をもっていないことを。私の物差しはいつも外にあるのだと思います。それを他人にも強要してるのだと思います。他人も自分も認めてないのだと思います。。なんか…のどにつかえているのですが…でてきません
エゴなんだと思いました。自分が認められないものを他人に無理矢理認めさせようと…してるのだろかと思いました。自力というの認められないということなのかもしれないと思います。否定から始まる行為が自力なのかもしれないと思います。すると堂々巡りをしてるのだろうかと思います。もっともっとはココからきているのだろうか。。
正しいコトを主張して世界を変えようとするのは、気持ちのいい事なのだと思いました。正しくて認められて世界が変わり…自分に注目してくれる…ような。人は苦行だけでイケないと思います。そういう美味しい部分が…主義主張にはあるのかもしれないと思いました。

[C399] 投票

私は「私は一億分の一の存在か・・」 とか思って無力感で投票に行くことはないです。
自分で選んだということだけで結構満足します。(笑)
そして、入れた人が負けたからといって、そうがっかりもしません。(笑)
しかし、いくら親しい人でも、私の票を自分の票と思われては困ります。
勝ち負けよりも、私はそちらのほうにこだわってるかもしれません。 
「100匹目の猿現象」を利用しようとする人は自分の願望を成就させたい気持ちが強いのだろうと思います。
そういう人が選挙に出たら、面白いなと思ったりはします。

[C398] >「私は一億分の一の存在か・・」

このフレーズから、もりけんさんの言う、あきらめとか、手放す・・ということを思いました。
負け感覚、ダメでもともと・・も思いました。
100匹目のサル現象を推進しようとしてる人たちは勝ちに行ってるのではないかと思いました。

>世界の中心に、そんなになりたいのでしょうか?
あることを最初に言い出した一部の人たちが中心になるような世の中は、いい世の中なわけがないとおもいました。。。

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100匹目の猿現象を斬る7

 選挙に行くとき、何となく無力感を感じる人は多いと思います。
 
「私は一億分の一の存在か・・」
 
 と思い知らされるからです。 
政治家として立候補出来ない人は、世直しをしたくてもたった一票のパワーしか持ち得ません。
 
 しかし昔はヒーローがいました。
 坂本龍馬はたったひとりで世直しに挑戦しました。
 西郷隆盛も立ち上がりました。
 そして新撰組はそれを受けて立ちました。
 
 彼らが現代に生まれたら、どうするでしょうか・・
近藤勇も土方俊三も一票を持って投票所に向かうだけです。
 龍馬も一票をもって投票所に向かうだけです。
 そして翌日はたぶん、坂本商会とかいう貿易会社の社長に戻るだけです。
 
 しかし「100匹目の猿現象」を推奨する人たちは違います。現代の坂本龍馬になろうとしています。
 一票ではどうしようもないので、そんなシステムは無視して、少数でなんとか全体を動かそうとします。
 
 選挙に行く人は、自分は大河の一滴にしかなれないことを知っています。
 これは「他力思想」です。
 
 しかし「100匹目の猿現象」を言う人たちは、大河の流れを自分たちで動かそうとします。
 これは「自力思想」です。
 
 世界の中心に、そんなになりたいのでしょうか?
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30件のコメント

[C525] >100匹目の猿現象を斬る7

面倒だから選挙の投票に行かないという人には「たった一票でもそれが集まれば大きな票になるじゃない」と、投票に行くことをすすめていましたが、でもそう言いながらも自分の一票の小ささはすごく感じていました。
 
この一票で何がどうなるもんでもないよな。。。という気持ちは持っています。
 
でも、小さすぎる一票でも、何ひとつ選ぶことが出来ないのとは大きく違うと思いました。
 
私の一票は巨大な全体の中に消えていきます。
でもそれは誰もが同じなんだと、今初めて感じたような気がします。
 
みんなの一票が全体の中に消えていって、そしてそこから現れたもので私たちは生きていると思いました。

[C440] 自力の危うさ

鈍かったのかようやく自力のもつ危うさに気付いた気がします。

人が水平のネットワークで繋がっているのなら、私の動きが誰かに影響を与えるのでしょう。
しかし目に見えないからこそうまく機能しているということは多いと思います。

自力には無理やりここで歯車をこっちに回そうというエゴが垣間見えました。

坂本竜馬は結果的に世直しをしたと思いますが、なんとなくですが好奇心とかがアクションの基本にあった気がします。だから無理やりという感じがしません。たぶん自分が中心になろうという意図もなかったと思います。
気が付いたらそうなっていただけで。

「ひとり」でやる・やらないの差はここにあるような気がします。
自分が中心になりたいから中心以外が欲しいのだと。

[C437] >無力感

選挙に行っても、私の一票で当選者は変わんないでしょと思いあまり行っていませんでした。
大多数のなかで、何か意見を言っても、どうせ変わんないでしょと思って言わないこともありました。
でも、言わないとたった一票の存在も知ってもらえることができないのだと思いました。無力感を感じてみないと行動を起こすこともできないような気がしました。

[C431] 選挙というものを

深く考えたことはなかったのですが
自分が投票した候補者が落選したり、投票した政党が伸び悩んだりすると
なんか、とてつもなく無力感を感じていました
しかし、考えてみると、無意味だとは考えていなかったと思います
 
だいぶ以前は、自分が投票した候補者以外が当選したりすると
なぜ、そいつに投票するんだよ~とか思ったりしました
怒りのようなものも感じていました
 
それこそが、100匹の猿への胎動であったと思います
自分の考えと相容れないものを認めない・・
1票でどうしようもないのなら、他の方法でどうにかできないか・・
 
モリケンさんの書き込みを読んでいて
選挙というものは、向こう側にも人がいるんだ・・
ということに気がついたような気がします
 
それは、選挙に限らず、自分の向こう側にはいつも人がいるんだ・・ということに・・

[C430] 大河の流れも一滴から

 大河の流れもを解体すると一滴の水から構成されていると思います。一部のセクト的な水流から構築されているわけではありません。それらは須らく均等に大河を構成していると思います。一部のなんとかムラのドンも他の水流と一緒に流されていくのが道理です。それを操作しようとする小集団があることは逆行ではないかと思います。
  • 2006/04/25-07:13:50
  • 投稿者 : yk
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[C429] 投票用紙に

名前を書いているときは、私は結構自力的です。
(ついたてで周囲も見えないし)
無効票にならないように、しっかりと名前を書いてから目の前の票で字を確認したりします。
 
翌日の新聞を読むと、自分の一票は流れの中の一票だったなあ・・とそのとき視点が変わります。
 
ダメもとで入れたつもりが、結構、善戦していたりすると、「ああ、同じようにダメもとで入れたつもりの人が何万人もいたんだな・・」などとわかります。
 
そのとき「ダメもと」は、私の個の限定された視点でしかなかったことになります。
しかし、そのダメもと的な視点を、何万人もの人が共有したことによって、それはダメもとではなくなりつつあったのだと、翌朝わかったりします。
 
開票結果を知ったとき、投票に行った人は、みんなこういう視点移動があるんじゃないかと思います。

[C428] >100匹目の猿現象を斬る7

 
選挙が他力だという視点はこれまでなかったです。
でも、直接的なようにみえて間接的であるところが他力的だと思いました。
 
政治家になる人たちは、運命どおりだと思います。
 
投票するわたしも、選ばれる人も、大河の一滴であることに変わりはないです。
 
しかし「100匹目の猿現象」を言う人たちは、それでは嫌なのだと思います。
 

[C427] >100匹目のサル現象7

選挙には他力思想があり、100匹目のサル現象には自力思想があるというのは大変面白いと思いました。自分が中心というのはけっこうみんな好きなのではないかと思います。
そういえば、「世界の中心で愛を叫ぶ」もハヤリましたしね。
視点移動をさせられました。

[C426] レベル

ヒーローになりたい人はたぶんレベルが非常に高いので1票以上の価値があるから選挙ではだめだと考えているのだと思いました。
自分の思い通りの社会で大手を振るのに選挙での1票は歯がゆいでしょうね。
私は選挙権が自分に無いので余計に思うのでしょうが
誰もが1票を投じれるのは非常に平等だなと感じます。

[C425]

私は、坂本竜馬も西郷隆盛も現代に生まれていたら、政治家か官僚になっていたと思います。
投票に行く人だけにはならないかと。

>世界の中心に、そんなになりたいのでしょうか?
もりけんさん、私は貴方が「100匹目の猿現象」の最初の1匹目の猿にしか思えないのですが。
というか、貴方が天狗になっているようです。
  • 2006/04/24-21:06:36
  • 投稿者 : えびね
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[C424] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/04/24-20:13:33
  • 投稿者 :
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[C423] 100匹目のサル現象

このサルたちは高い学習能力を持っていると思います。他のサルから何かを学ぼうとする意欲も
強く、また、そのような能力も高いと思われます。それに、他のサルと同調し、和を重んじ、調和して
やっていこうという傾向も強いかもしれません。

学習能力が高いということは、人間の社会においても良い能力だと考えられています。

しかし、反面、なぜか、上記のような性質は、他のサルに対する冷酷さや残酷さと、サルたちの脳の中で、密接に結びついているような気がします。

また、もうひとつ悪い面を挙げると、学習能力が高いということが、必ずしも、創造性に結びついて
はいないのではないかという可能性もあります。

そこで次のような疑問がわきます。学習をしているときや、他のサルから何かを吸収しているとき、
サルは頭を使っているのか、ということです。もし
かしたら、学習しているときは、思考停止状態な
のかもしれません。サルたちは自分の頭では何
も考えていないのかもしれません。他人か
ら何かを学んでいる間は、自分でいろいろなことを考えなくてもすみます。

人間の社会でも、学習によって得られる報酬は、社会的なものが大きいのではないかと思います。
そうであれば、報酬、すなわち、快の源泉が、社会や他人の側にあることになり、快を継続的に得る
ためには、社会というものを視野に入れなくてはならなくなります。

サルたち(サルというのは、もちろん、たとえであって、それはもともと人間のことをさしています)は
快の源泉としての「社会」に興味を持ち、より自分
たちが快を得やすいように「社会」の側を変えよう
とする野心をもちます......。

これとは対照的に、快の源泉が、自らの頭を使うことによって脳内麻薬が出ることによるものである
場合、快を得るために、「社会」に依存する必要
はありません。また、革命を起こして社会を変革
する必要もありません。

快の源泉が違うということが、社会に対する考え方や価値観の違いや多様性を引き起こしている原因なのかもしれません。


  • 2006/04/24-20:03:43
  • 投稿者 : ナイル
  • URL
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[C419]

選挙たしかに無力感に襲われますね
どうせ一票ぐらいじゃ・・・って思いながら行きますが(笑)
大河の流れを自分たちで動かそうとしてるってのも分かる気がします。
すげー逆らってる感じ。
そしてその人たちは正しいことをしているのだから正義なんでしょうか。
  • 2006/04/24-19:03:22
  • 投稿者 : まっす~
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[C418] 偉い人

って、いったい、どんな人なのかと疑問に思いました。
それから、「良い人」って、いったい、どんな人なのかと、思いました。

[C417] ↓

えらいものにならないと  ×だけですよ
                ○だめですよ。

でした。。

[C416] すべてがレベルアップという

考え方(自分に原因がある)のなかでは、
毎日「将来何になりたい?」(何か「えらいもの」にならないとだけですよ)と聞かれているようなもの
かもしれないと思いました・・・。

[C415] ヒーロー

自ら、「ヒーローになろう!」としてヒーローになるのではないと思いました。

坂本竜馬だって、気づいたらそうなっていたんだと思います。

それは、きっと、みんなに対等だと思います。。
「将来何になりたい?」というのも、選択の自由があるようで、決まっている運命のなかでは、そんな質問は無意味だったりするのかもしれません。。。

決まっている運命を知り、大河の一滴だと知るということは、、
疑問を持って流れからそれよう、それようとしたときかもしれません。。

(ちょっとそれましたが・・)




[C413] >一票ではどうしようもない

ほんま、そう思うわ。

>「100匹目の猿現象」を言う人たちは、大河の流れを自分たちで動かそうとします。 これは「自力思想」です。
あ~、そういうことやったんやね。
「100匹めの猿現象」が「自力思想」なら、「自力思想」の人がまた増加するだけで、世界は全然変わらないんじゃないかと思う。
  • 2006/04/24-14:06:34
  • 投稿者 : 龍(ロン)
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[C412] 一票

どんな人にもある一票。世の中を動かすことの出来る一票。
でも一票だけでは変えられなくて、皆の一票が集まり、大河の流れになれば変わっていく・・
選挙って、なんてよく出来たシステムなんだろうと思います。
「他力思想」って、あまり良くない意味に取られがちですが、
皆ばらばらである個の一つ一つが生かされている気がします。
「自力思想」は、私が自分が・・
バラバラである個は無視・・の気がします。
  • 2006/04/24-13:51:40
  • 投稿者 : まる
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[C410] >選挙は他力

議会制民主主義、つまり選挙がいつ、誰によって発明されたのか知りません。 (ネットでチラと調べましたが、わかりませんでした) 不思議なことですが、人類は、ゆっくりと自力から他力(つまり選挙)の方向へ向かってきたのでしょうか? 日本でも、戦前までは、女性には参政権がなかったと記憶します。 今は当然のように、女性も選挙へ行ける世の中です。 時代は、知らず知らずのうちに他力へ・・・でも、本当に不思議です。 それから、何というべきか言葉が見つかりません。 自慢じゃないですが、選挙=他力なんて、私は考えもつきませんでした。

[C409]

>龍馬も一票をもって投票所に向かうだけです。
たしかに、そうでした。
坂本龍馬が社長というのが、おもしろいです。

101匹目の猿派は、あいかわらずヒーローを求めています。
あなたもヒーローだと、いわんばかりに。


でも、所詮は、大河の一滴だったです。
でも、法律で考えれば、もっとも重い1滴です。
しかし、その影響は、もう体勢という他力にまかせるしかありません。
あくまで、自力での方法で影響力をつくりたいのが、100匹猿派みなさんの方法です。
でも、自力では自分さえ変えられなかったりしそうです。

[C408] >100匹目の猿現象を斬る7、を読んで

100匹目の猿の1匹目・・・。これみよがしに、芋を洗って食べたかもしれない・・・。
ほんとはそんなに美味しくなかったけど、美味しそうに食べたかもしれない・・・。
これはウマイなあ・・・(汗)って・・・。
オレはすごいことを発見したんだぞ!!とゆう感じで。
でも・・・(汗)私も自分が原因だ☆って思いたいこといっぱいあります。
実際、中心になったら・・・コワくて逃げます(笑)
ホントに中心にいるヒトってまわりから集まってきて、気付いたら・・・真ん中にいるのではないかな、と思います。

[C407] >「私は一億分の一の存在か・・」

雨の一粒はかぎりなく小さいモノで控えめだけど、
ある意味では「水」や「雨雲」全体を表現しうるような
感じがあります。
それにひきかえ、「猿推奨派」の思考は、
自らを「雨雲」や「天」そのものになぞって例え、
おこがましい感じすらします。
大いなるモノとの同一を案に謳っているようで
不気味です。

[C404] 静かな熱意

大仰な装丁の本は どこか鼻につくので、それだけで拒否してしまう上に、帯に好ましくない お顔などあった際には手に取るどころか目にするのもイヤになります。
精神世界系の集まりで「世の中を良くしよう」などと叫ばれていること、初めて知りました、ビックリです。
そんなこと考えたこと全くありませんでした。
自分のことにさえ四苦八苦してしまうありさまですから・・
世界の中心になるなどという大きな花火を打ち上げるには、内容よりまず宣伝・広告、そして はったりもかなり必要と思われます。
内容はどうでも、まわりを巻き込むことこそが目的であるはずです。
一方、選挙で考えた一票を投じることは、今の自分にできる世の中への精一杯だと思えます。
住んでる地域の投票率が低かったりすると、選挙権を得て以来欠かさず投票してきたわけじゃないのにガッカリしたりします。
もりけんさんのお話をうかがって、誰かの都合で勝手な絵空事を打ち上げた集団の、世の中とは お門違いの方向で固まる一員にはなりたくないと思いました。
同時に、パフォーマンス講演会の裏方=スタッフの方々に、静かな熱意というフレーズを感じたことを思い出しました。

[C403] >そして翌日はたぶん、坂本商会とかいう貿易会社の社長に戻るだけです。

なんで坂本商会…とおもいましたが…龍馬は世界を見据えてたんだと思いました。個人でどうにか…じゃないと思いました。あやしいですが「日本を洗濯いたし候。」って言ってた気がする。一票を投じたあとは…そっちに戻るんだと思いました。

[C402] >大河の流れを自分たちで動かそうとします。

だから負け感覚と無敵感覚がわからないのだと思いました。
「反戦がエゴ」というのも、道教の考え方を知らないと理解できなかったです。
理解できていたとしても大勢の人達の前で言えない、言わないです。
 
龍馬は世直しを自力でしようとして、したのだろうか。
なんか違うような気がする。
 
「選挙」を別の視点から初めて考えました。
一票をもって投票所に行ったところで何になるのだろうと思っていました。
自分を手放すという視点で考えたこと無かったです。
 
当選する議員も他力の流れでそうなるんだ。
自力で変えようとすると戦争が起こるなら、
選挙はなんてすごい制度だろうと思いました。

[C401]  坂本龍馬はたったひとりで世直しに挑戦しました。

そういや 「龍馬はたったひとり」だったなという印象です。後ろ盾も無く、組織でもなかったように思います。詳しくありませんが。「ひとり」ってこういうコトなのかなと思いました。そして 龍馬の魅力って時間を越えてるけど…それって「たったひとり」でいたからかなと思いました。ほかの人も 「たったひとり」として対していたように思いました。

[C400] > 選挙に行く人は、自分は大河の一滴にしかなれないことを知っています。

>これは「他力思想」です。
 
選挙に行く時…無力感を感じます。自分の票がどう効いてるのか…目に見えないからです。なんだかそうか…と思いました。私は自分の効果を確かめたいんだと思いました。そしてそれが効力を持つところを見たいんだと思います。人に効果を及ぼすのが…自分の存在を無力だと思わないでいる方法だと思っていると思います。認められないんだと思います。世界が私に重要感をもっていないことを。私の物差しはいつも外にあるのだと思います。それを他人にも強要してるのだと思います。他人も自分も認めてないのだと思います。。なんか…のどにつかえているのですが…でてきません
エゴなんだと思いました。自分が認められないものを他人に無理矢理認めさせようと…してるのだろかと思いました。自力というの認められないということなのかもしれないと思います。否定から始まる行為が自力なのかもしれないと思います。すると堂々巡りをしてるのだろうかと思います。もっともっとはココからきているのだろうか。。
正しいコトを主張して世界を変えようとするのは、気持ちのいい事なのだと思いました。正しくて認められて世界が変わり…自分に注目してくれる…ような。人は苦行だけでイケないと思います。そういう美味しい部分が…主義主張にはあるのかもしれないと思いました。

[C399] 投票

私は「私は一億分の一の存在か・・」 とか思って無力感で投票に行くことはないです。
自分で選んだということだけで結構満足します。(笑)
そして、入れた人が負けたからといって、そうがっかりもしません。(笑)
しかし、いくら親しい人でも、私の票を自分の票と思われては困ります。
勝ち負けよりも、私はそちらのほうにこだわってるかもしれません。 
「100匹目の猿現象」を利用しようとする人は自分の願望を成就させたい気持ちが強いのだろうと思います。
そういう人が選挙に出たら、面白いなと思ったりはします。

[C398] >「私は一億分の一の存在か・・」

このフレーズから、もりけんさんの言う、あきらめとか、手放す・・ということを思いました。
負け感覚、ダメでもともと・・も思いました。
100匹目のサル現象を推進しようとしてる人たちは勝ちに行ってるのではないかと思いました。

>世界の中心に、そんなになりたいのでしょうか?
あることを最初に言い出した一部の人たちが中心になるような世の中は、いい世の中なわけがないとおもいました。。。

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