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[C1096] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/05/09-20:13:08
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[C1079]

どっちもどっちだなって感想です。
根っこにある物が、お二人は似ていますから。
  • 2006/05/09-12:55:29
  • 投稿者 : sss
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[C920] まず、餌付けされた動物たちは

本当にあまり争わなくなるかどうか確かめるために、近くの公園にいって
みました。そこには池があり、鴨が沢山居ます。人間が池に近寄ると餌がもら
えると思い、池の反対側からも沢山飛んできます。

しめしめ、餌付けされています。

すると、先に来た鴨や有力そうな鴨が、後からきた鴨を威嚇したり
追い掛け回したりして追い払いはじめました。

これは「争い」とは呼ばないのでしょうか...。

もし、争いと呼ぶことができるとしたら、餌付けされていることと争いが減る
ということは、あまり関係がないような気がします。

たぶん、「餌付けされた動物や鳥の群れの中では争いが起きない」という
ことを否定するためには、たったひとつ反対事例を挙げるだけでは十分
ではないのかもしれません...。餌が十分な量が与えられた場合は、争い
は減るのかもしれませんが、単に餌付けされている程度では相変わらず
群の中での競い合いは減らないようなかんじがしました...。

さて、人間から争う心を取り去ってしまうことは簡単にできます。怒りや心の痛み
嫉妬や恨みを取り去って、どこに出しても恥ずかしくないぴかぴかな心になる
事も簡単です。

強力な精神安定剤などの薬物で、強制的に感情をコントロールするという手段があります。
そこで、向精神薬がどのように効くかをネットで調べてみたところ、幸福な気分
になり、心地よく眠くなり、精神や頭脳の活動は鈍くなり、ひたすらハッピー
な状態が、薬を飲んでいる間は継続するらしいです。しかし、反面、
ものを感じる心が鈍くなり、生き生きとした精神の活動ななくなり、
運動神経や反射神経は鈍くなり、身体のバランスは崩れ、ものにぶつかり
やすくなり...私の読んだ印象では、心の一部を切除されたようなかんじです。

本当に必要で短期的にこのような薬を飲まなくてはならない人も居る
と思いますし、私自身も偏見はありません。私がここで言いたいのは、
人間のいさかい合う心、苦しみ、嫉妬、憎しみ、恨みなどという「感情」は、
活発な精神活動がないと生まれてこないものだということがわかったという
ことです。愛する心や美や繊細さに気がつく心、人に共感を覚える心同様、
このような精神世界の人などから見れば否定したくなるような自分の「醜い」
とされる感情も、実は人間の精神が生き生きと活動していることから生まれて
くるのだと思います。

人に共感する心はよくて、憎しみを感じたり恨んだりする心は悪いなどという
善悪の判断は、人間の側が勝手につけたものであって、自然や時空から
見たら、愛も憎しみも、どちらも等価に見えるのではないでしょうか。
  • 2006/05/05-22:05:35
  • 投稿者 : ナイル
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[C793]

 このような思いで生きよう・・・101匹の猿になろう、という本を読んだりしてきました。
本に書かれた内容のような思いは続けられませんでした。
もりけんさんの本やHPを見たりしてたとき「自分をとりつくろう」という内容を読みました、
私は自分をとりつくろっていたのだと思いました。
また、もりけんさんは目標を目指すな、とも言っております。
私の場合101匹を目指したらその思いになろう、とすることでエネルギーを使いうその自分を演じて生きることになってしまうのではと思いました。

孫さんのような心・・・豆と向きあい芽を出すような心、

それは次元を超えるものでアセションだと思うのです。

101匹にはなれないですが船井幸雄さんは大好きです。



  • 2006/05/03-11:33:16
  • 投稿者 : 星
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[C784] >ふたりの問題だから他人を巻き込みなさんな。

なら、見に来なきゃいいだろう
  • 2006/05/03-09:38:18
  • 投稿者 : もりけん
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[C783]

300000ヒットはボスゴリラに合うための餌なのか。
ふたりの問題だから他人を巻き込みなさんな。
  • 2006/05/03-09:28:20
  • 投稿者 :
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[C782] > 争い

船井メディアのサイトを見てきました。
確かに船井さんはこちらの想像をはるかに超えた忙しさなのでしょう・・
でも、10月以前のお二人の関係ならばアポはすぐに実現するように感じます。
船井さんの講演や著書で、もりけんさん名前はいつも真っ先に挙がっていたからです。
少なくても船井さんの「興味のない」範囲ではなかったはずです。

> いつでもどんな時間帯でも、たとえ10分でも飛んでいきます。

もりけんさんが船井に向い合う姿勢を、「争い」ではなく、どんなに真剣に考えているか、ブログやHPのもりけんさんの書きこみからとても伝わってきて胸が熱くなります。

[C781] >「争い」

その島の猿たちのことはよく分かりませんが
充分な餌を与えられていて、餌をめぐる「争い」は表面化しなくなったとしても
オスがメスをめぐっての「争い」は、まだあるのではないでしょうか・・
それとも、こういう「争い」もなくなったのでしょうか・・
おそらく、そうはなっていないのではないかと思います
 
そうだとすると、餌をめぐる「争い」はダメで、メスをめぐる争いはいいのでしょうか・・
どちらも自然なのに・・
 
もし、群れと群れの「争い」がなくなり、メスをめぐる「争い」がなくなると
猿たちは、長期的には弱体化していくと思います
「争い」がなくなったから、「よいこと」なのでしょうか・・
 
船井さんは、モリケンさんのアポを断る理由がないように思います
だって、船井さんは「争わない人」で、モリケンさんは「争い」に行くのではないのだから・・

[C780] 対話

 誠実にアポを取り説明をしに出かけていくたとえ10分でも飛んでいくという人の意見からは、真理に対する議論の争いはあっても、つまらない回避すべき争いではなくあくまで対話という視点があるような気がします。
  • 2006/05/03-03:19:37
  • 投稿者 : yk
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[C779]

もりけんさんがこれだけ書くのは 
誠実に向きあっているからなのだと思いました。
自分とも船井さんともです。
でなければ
「私は五月は、何も予定がありません。いつでもどんな時間帯でも、たとえ10分でも飛んでいきます。 」
と書けないと思いました。
真剣に向き合う覚悟がないと出来ないと思いました。

[C778] >「争い」

ひとり暮らしの婆さんが近所のノラ猫達にエサを与え、「この猫ちゃん達は
みんなイイコだわ♪」と言ってるのと大差ナイと思いました。

某島の猿の世話人だけでなく、ノラ猫の餌付けもハトの餌付けも、
コモドドラゴンの餌付けだって、十分な量のエサを与えたなら、動物側に「争う」
理由なんてなくなると思います。

自然動物の行動に「よいこと」「ワルいこと」の違いを見て取って、
あれはレベルが高いの低いのなんて、おおよそ「こだわらない生活」を推奨し、
実践されておられる方の意見とは思えません。

たとえ距離にして100キロを隔てた2つの猿軍団でも、
「イモ=水で洗う=ウマー♪」という単純な構図なら、時期的に考えても
十分揃いうる話だと思います。
起きていたことがもっと単純で、大雑把なことであることに、あとどれくらいで
熱海のボス猿が気づくかだと思います。

[C777] >「争い」

動物の自然な行動を、観察してる側の主観でラベル付けし、自分たちのエゴに利用しただけなんだな~というのを感じます。
毎日のもりけんさんの書込みが無かったら、私は、これがエゴだということに気付きませんでした。百匹目のサル現象は、サルにも失礼です。
>動物にはエゴがないと思います。争っているときだって彼らは自然に生きています。   
エゴ無く自然に生きている動物を、自分のしたいように意味づけするのは、思いあがりなんだと気がつきました。
人間のエゴは、原因の世界・自力の世界で生きていたら、どんどん麻痺して行くように感じました。
どこからがエゴか、判断がつきにくくなる気がします。
もりけんさんは、自分を制限して無いし、自説で脅して、他人の生に制限をかけることも一切していません。この一件が起こってから、誰でもが書きこめるスペースで、ずっと堂々と疑問を問いかけ、意見を公開し、船井さんに当日何を言うかをすべて公開してまで会いに行かれます。
未発表データを無断流用して自説で結論付けされても、もりけんさんは自分から縁を切る事すらしませんでした。
ネットワークを自分から切るようなエゴが、外側も自分も肯定しているもりけんさんには、無いんだと衝撃を受けました。
もりけんさんは、何も守ろうとしていません。これは、争いとは言えないと思います。
素のままのもりけんさんに、船井さんは、「自分のレベル」だと思ってるものを手放して、向かい合うことによって対等になれる気がしました。
  • 2006/05/02-22:20:59
  • 投稿者 : mou
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[C776] >「争い」

資本主義だって、勝ち負け(争い)がベースになっていると思います。
ムズカシイことはわかりませんが、お金をたくさん持っている人ほど
勝っていると思います。
そういう人が勝ち負けは関係無いなんてよく言うよなあと思います。
 
ある町で細々と八百屋を営んでいた近くに、突然大型のスーパーが
開店したために、その小さな八百屋さんが潰れたら、こういう事に
対して船井さんはどう説明するのかなと思いました。
また新宿の駅前に何社か電化製品の量販店が乱立していますが、
どこのお店もお客さんがたくさん入っているのは、お互いが顧客獲得の
競争のしのぎを削っているからだと思います。
 
「争い」イコール悪いこと、レベルが低いこととして、ある一つの価値観
を固定して、それを広めようとしているのは、非常に危険だし、
真理の探究から遠ざかる一方なのだと思いました。

[C775] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/05/02-21:36:54
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[C774]

野生動物の生態をTVで見ることがありますが、それは凄まじいものです。
弱肉強食の世界です。
しかし、それは本能であって「争い」ではないと思います。
ヒトが介入し、餌が与えられるとなると、様相は一変します。
「生きる」ために獲物を捕らえるという行為は無用のものとなります。
状況が違えば、比べることなどできません。
都合の良い見方をしているだけのように映ります。

船井さんには、もりけんさんとのことを会わないで終わりにしてほしくないです。
見たくない、聞きたくないとわめいているだけのような気がします。

[C773] >争い

争いが無くなるればレベルが高いとかは言えないと思います。
働く場所も住む場所も与えてやったから逆らうなという侵略した側の言い分にも似ています。
猿たちがそんな環境の中に居るように思いました。
一見争っているように見えても動物たちは絶妙のバランスを保持しています。そこには弱者も強者も無い世界が広がっていると思います。
船井さんがまだ真理を探しているのならもりけんさんと会われたほうがその一端を掴めるように思います。

[C772] TVのお姉さんが・・・

昔、動物の番組でワニが草食動物を食べるのを見て「ワニさん、食べ物にありつけてよかったですね」とコメントをしたそうです。

面白いなあと話を聞いて思いました。
普通草食動物の方に肩入れするからです。
偏見が無く素直な意見だと気持ちよかったです。

運命の前に誰もかれも同じなら、草食動物に肩入れする意見もワニに肩入れする意見も対等だと思います。

[C771] 門をたたく者の悲しみ

この想い・・・
届くだろうか・・・

我が想いに・・・
徒然に・・・

今この時に・・・
我・・・
 ≪門をたたく者≫

気が付け・・・
同朋よ・・・
あなたも赤子のひとりである

    スーパーへそ曲りの恋海月

[C770] 争い

船井さんにとっては、もりけんさんは、けんかを吹っかけてくる敵に見えるかもしれません。

これは、争いだと。

101匹目に乗らなければ、無視されてしまう。
アポをとりに行っても、無視されてしまう。

でも、無視すれば、自分自らも周囲との接続から切れて消えてしまうように、思います。

しかし、もりけんさんは形はどうであれ、アクセスをします。

本来、誰でもつながらないと、生きられないと思います。

否定であっても、無視するより、アクセスするほうが、なんぼか、マシだと思います。

アクセスするのが、生命線って感じがします。

無視したり、賛同しないその他のほうを切るのは、暴力に思えます。

向かい会うのは、争いではないと、思います。

[C769] 争い

今、「100匹目の猿現象」を調べてきたのですが、「初めに報告されていたニホンザルの逸話は創作されたもので、、、」となっており、発表した人も既に訂正をしているとありました。

それをどうして、使い続ける意味が解りません。
取り扱った手前訂正する事ができないのか、どうせ読む人はパソコンも使えず、インターネットも使えず、調べる事が出来ないレベルの低い人だから平気で使い続けるのかでしょうか。
それともそこにニーズがあるからかもしれません。「騙されたい」市場。

私は猿の本を読んでいませんが、人の説を利用して自分の説を作るなら最初の文献くらいちゃんと理解すればよいと思います。理解していたら、使わないと思いますが。
 
猿の知能をどうのこうのいう気はありませんが、もし人間が与えた芋でも、洗って食べてちょっと賢くなったなら、次の行動が出てきてもいいと思います。大抵ないと思いますが。
 
猿には猿の社会があると聞きます。それが自然の掟です。しかし、人間が介入した事によって争いが無くなってしまうなら、南極の氷が溶け出すのと同じ事だと思います。

[C768] >「争い」

生存競争は「よいこと」でも「悪いこと」でもないと思います。
あたりまえのことだと思います。
食べ物をめぐる争いも、メスをめぐる争いも あたりまえのことだと思います。
 
餌付けをされたサルたちに争いがないからレベルが高いというのは とてもおかしな見方だと思います。
単に飼い馴らされただけ。人間のエゴだと思います。
 
船井さんは人間界だけでなく動物界も指導しようとしているのでしょうか。
ものすごいエゴのかたまりだと思います。

[C767] 百匹目の猿現象とアセンション

百匹目の猿現象が科学的に認められたものならばわかるのですが、そうでないのに何故延々と百匹目の猿現象を褒め称えるのどろう・・。
そんな便利なものがあればもし世界征服したい国があるとしたらそこの国民全部を使って世界中を百匹目の猿現象化したいと思い、もうしてるはずだと思う。


幸島のサルが争っているかいないか見た事ないのでわたしもわかりません。
アセンションとやらを通過したサルなのだろうか・・。(汗)
良いサルと悪いサルを選別するアセンションは一体誰が起こすのか・・・。
それもわからないで妄信すると、スペイン人コルテスを予言どおりの神と信じて無抵抗で征服されてしまったアステカ国王を笑うことはできないと思う。


船井さんには、たとえたった10分でももりけんさんの話を是非聞いていただけたらと思います。

[C766]

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  • 2006/05/02-20:00:50
  • 投稿者 : 空タネ
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[C765] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/05/02-19:39:29
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[C764]

自分は浅見帆帆子の本で船井さんの「百匹目の猿」のことを知ったのですが、「運命を変える未来からの情報」を読むまで、浅見さんの言うとおり精神レベルを一人が上げれば、それが他の人に影響を与え、「百匹目の猿」現象のようにどんどん連鎖していって地球のレベルが上がって(アセンション?)素晴しい世が来ると本当に期待していました。しかし、HPで「私は結果」という概念に触れるにつれ、浅見さんの本は読まなくなってきました。結果である人間に精神レベルの差は無いことをもりけんさんから教わりました。

[C763] 争い

子供の頃、獲物を捕らえるチーターと逃げるインパラをテレビで見たとき、とても美しいと思いました。
生きるために獲物を追うチーターと生きるために逃げるインパラに生きる事の美しさを感じました。
そのことを話すと、大人から残酷だと言われました。
 
人はきれい事が好きなようです。
薄っぺらな価値観で大自然を解釈するようです。
 
争わず芋を洗うサルがいいサルで、群れにボスを持つサルが悪いサルなのでしょうか。。。どちらのサルも自分達のいる環境の中で、ただ生きているだけだと思います。
そこに特定の意味づけをして、方向性をつけることに人間のエゴが見えてきます。
 
自らの仮説を手放すのは難しいと思います。
過去を認めながら、自説を手放せる人はもりけんさん以外いないのではないか。。。そう思っています。
  • 2006/05/02-18:37:21
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[C762] >「争い」

今朝、船井メディアのHPを開いたらこう書いて
ありました。5月の巻頭言「他人の都合も考えよう。」
それによると、毎日船井さんのところには手紙や
著書や会いたいと言う人が山ほど来るそうで時間を
無理して作っても10人のうちの1人くらいにしか
会えない・・・そして
私に連絡を取られる方
は、私の都合、興味、忙しさなどを充分にお考えの上
でお願いしたい・・・。
とありました。何だかやんわりと拒否している感じ
ですね。それと面白かったのが、その横の広告に
セミナーの紹介がしてあり『勝ち組の時流に乗れ!!』
というキャッチコピーがありました・・・。講師は
船井総研の取締役社長の小山氏。一番の腹心である方がこれですから・・・会長と社長は対極の所に位置
しておられるのですね。競争しない世の中を目指しながら勝ち組に乗ろう・・・とまさに象徴されてますね。
何だかなぁ・・・矛盾全開!!








  • 2006/05/02-18:22:04
  • 投稿者 : ゆうみん
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[C761] >「争い」

うちも猫いますが、極バトル時は超~性悪です(笑)

「あの世と繋がっている情報」があるのに「争い」観でしきって、マジ何がしたいの?です(汗)

[C760] >「争い」

百匹目のお猿さんがカウントされるとそこはもうパラダイス~というのは、お猿さん自身はそれを認識しているのだろうか(汗)

自然現象上の行為がなぜイコール「争い」がなくなる
になるのか謎です

そのネットワークをあたかもぎゅうじってます的な感覚
はどこから来るのだろう

[C758] >「争い」

家で飼っているネコは、ふいに野生に戻ります。 スズメやトカゲを獲ってきて、よせばいいのに、
獲物を咥えて家の中へ運び入れます。 その惨状を見た母は、悲鳴を上げたりします。
本能だから、仕方ないですね。 ネコ自身も何故そんなことをするのか、わからない様子です。
ネコは獲物を食べたことが一度もありませんから。(ちゃんとしたキャット・フードの方がやはり
美味しいのか?) どうやら、目的のない行為だと言えそうです。 仮にネコが、ピコピコ動くモ
ノ(獲物)に全く反応しなくなったならば、それは、もはやネコとは言えません。(意味不明・汗)

さて、もりけんさんが、船井さんに会いに行く件・・・私には、もりけんさんが今でも船井さんに
最大限の礼を尽くしているように思えます。 自宅にある船井さんの本を調べたところ、船井さん
が、もりけんさんを本に書いて紹介したのは「人間のあり方(PHP研究所刊)」(1998年3月
第一刷発行)が最初だったと思われます。(事実でないなら、ご免なさい) 
この本の最初を読むと、前年の1997年から、すでに親交があったことが伺えます。
遡ること9年前です。 その後、お二人でどれほど濃密な時を過ごされたことか・・・他人には窺
い知れないものがあるはずです。 そして今、他でもない船井さんが相手です。 
このまま、中途半端に終われるでしょうか。 中途半端で終わらせないことで、もりけんさんは最
後まで礼を尽くしたいのだと・・・なんだか私は、そんなことを妄想してしまうのです。

[C757] 「争い」

動物が食べ物を取り合うことを争いだとは思いません。また、人と違って自分の食欲以上の物を溜め込んだりもしません。
100匹目の猿の島で、その猿たちがありあまるほどの芋をもらって、ほかの猿に分け与えた・・・争いがなくなったとしても人の場合はこうはいきません。
どれだけありあまるほどの物があってもエゴむきだしで自分のものにするでしょう。猿以下だと思います。
動物の弱肉強食はエゴからではありません。生きるため。人の弱肉強食はエゴそのもの・・好きじゃない。

船井さんとの対談、実現してほしいです。逃げないでほしいです。船井さんはもりけんさんが恐いと思ってるから、正面から向き合えないんじゃないかと思います。
船井さん側は周りに何人もの人を連れてきてもいいと思います。それでももりけんさんは、一人で行くと思います。船井さん裸になりましょうよ。運命を受け入れましょうよ。一緒に。といいつつまだかなり抵抗している私ですが・・・(汗)

[C756]

なぜ、そんなに世の中を良くしたいのでしょうか。
先導したいというエゴにしか思えません。
100匹に入らないからと言ってレベル低いだの、死ぬだの勝手に決めて欲しくないです。
やりたいなら勝手にやれよ。。。。。
一人じゃできないのか。。。。。。。


もりけんさんは、ほんとうに「生きてる」って気がします。

これは争いではなくて時空との・自分との戦いでもあると思いました。

[C755] >動物界の「争い」は、本当に「争い」なのでしょうか?

生きるために、エサ獲得のために、戦うように作られているんだったら、戦うのが自然と思います。人間から芋をもらって生きていたら、そのうち自分でエサ捕れなくなってしまうかもです。
  • 2006/05/02-15:54:21
  • 投稿者 : リョウコ
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[C754] >「争い」

餌付けの話を読んで、以前ホリエモンが自身のブログで、「食欲、睡眠欲、性欲を満たしてあげると、戦争などはなくなるらしい・・・」といった内容の書き込みをしており、この人はそういう感じの安定した世の中が理想なのかな?何だかなーと思ったのを思い出しました(汗)
でも、私は食事も睡眠もHも大好きで、貪るだけ貪ってます。生命中毒です(汗)
だからきっと自分はどんなに、Hの時に相手に優しくしても、ご飯食べることや眠れることに感謝しても、貪りすぎてるので、アセンションも出来ないし地獄があるならきっと地獄行きだと思っています(苦笑)
それにしても、アセンションとかについてごもっともな解説なら沢山ありますが、次元の上昇した人間の科学的な定義も地獄の存在の科学的な証明もいくら図書館やネットで探しても、瞑想して幻想の世界を旅してみても(汗)それらしい答えはどこにも見つけることはできなかったです(汗)
でも、観念的にみたら、地球や生態系より個人を、個人よりも経済を優先する世の中のシステムに悲しい気持ちになる人がいても不思議には思いません。
でも悲しい気持ちになることも、資本主義もそれを想念とかで解決しようとして、無駄なことも宇宙の始まりから方程式とかで決まっていたとしたら・・・
とてもじゃないけど、観念的なことだけで解決しようなんて理性的な人なら思わないんじゃないのかなと思います。
別に私は目指していませんが、本当に「よい世の中」とやらがあり、それを目指しているのなら、小さな観念の勝ち負けにこだわり、方程式の視点を捨てるのは自殺行為に近いんじゃないかなと思います。
私は、「よい世の中」は目指していませんが、時空全体が「快」を感じられたらいいなと思っています。

船井さんに理性があることをお祈りしています(汗)

[C753] >「争い」

>動物にはエゴがないと思います。争っているときだって彼らは自然に生きています。
動物の行動には、一方向性がないのだと思います。
箸の先が見えていない・・
だからエゴがないといえると思います。
~のため、というのがないので、自然に、自分に正直に生きている。
そこに、たとえ争いがあったとしても、それは自然なことなのだと思いました。


>それは「争い」でしょうか?
もりけんさんは、決して、勝つためとか、自分をよく見せるためとか、世の中のためとか、そういう理由でアポを取るのではないのだと思いました。
今を生きる・・・ただそれだけのために、アポを取るのだと思います。


>いつでもどんな時間帯でも、たとえ10分でも飛んでいきます。
心にじんじんきました・・・・・

[C752] 100匹目の猿の島

争いはないとしても、一匹目が間違った事をしたら?!
病気になった芋を食べたら?!
・・一匹もいなくなるという事にもなりかねません。
そんな島、怖いです。イヤです。

多少は争いがあっても、それよりはマシと思います。

>それは「争い」でしょうか?
もりけんさんのアポは、争いとは思いません。
相手が正面から受けてたたなければ、
争いになるように思います。
一方的に言われている・・との被害者意識から。
でもそれは、ズルイです。
争いにするのも、しないのも自分次第です。
  • 2006/05/02-15:11:51
  • 投稿者 : まる
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[C751] 童心をたたえた笑顔

を対外的前面にされている船井様は、イメージ戦略にも並はずれて長けていらっしゃると思います。
本物を見極める方でもあり、
もりけんさんの外側が大事という説を、実は誰よりも理解されているようです。
船井様ほどステイタスある方が、転向される際には、どれほどの困難がともなうのか、私には想像さえできませんが、その御年で様々なしがらみ抜きにして ご自分の本心を語れる方はそう多くないと思われます。
もりけんさんと船井様の世紀の対談が実行され、そのご様子が是非お二人を慕う多数の人に明らかになることを願っております。

[C750] >動物界の「争い」は、本当に「争い」なのでしょうか?

>動物にはエゴがないと思います。争っているときだって彼らは自然に生きています。


表現としては「争い」でも、動物は「争い」だと思っていないと思います。自然界の成り立ちに沿って生きているだけだと思います。

争いは・・・そこに個の意志、エゴが入ったときが、争いになると思います。エゴが入るのは、多分人間だけだと思います。

自分にも他人にもレベルをつけ、それでは飽き足らず、モノにまでレベルをつける・・・
人が、人間がそんなにエライのか・・・と思います。

ライオンもペンギンもサルも、苦手だけどゴキブリも・・・生きることを精一杯生きていると思います。この世に生を受けたからには、死ぬまで生きるしかありません。
自然界の生き物は(考えていないと思いますが)本能で必死に生きていると思います。

人間だって、一緒です。みんな、必死に生きている。それなのにレベルという尺度で見るのはひどいことだと思います。

ズレるかもしれませんが・・・
私の子供はアレルギーで皆と同じ学校の給食を食べることができません。
その娘のクラスに障害のある子がいます。上手く話せません。1年生ですが、障害のある人と接したのは初めてです。

「お母さん、○○さんは名前を呼ばれても上手く返事ができないんだよ。変だ。」といいました。「○○ちゃんだって、皆と同じ給食を食べることができないでしょ。○○さんは皆と同じ給食を食べているんでしょ。だったら、○○ちゃんも変だよね。」といいました。
子供は黙ったままでした。
「○○さんはたまたまお話が上手くできないだけで、○○ちゃんもたまたま給食が食べられないだけでしょ」といったら納得していました。

人間って、まだ6歳すでに6歳・・・の頃から程度とかレベルの考えを持っているのだと思いました。

>そのときは、講演会に使うスライドも持って行きます。
   それは「争い」でしょうか?

争いではないと思います。
誰しも、自分の考えを持つと思います。それを一方的に拒否したり、否定しては何の解決にもならないと思います。
対面して話す事が、船井さんにとってそんなに都合の悪いことなのかと思いました。話をすることが、そんなにいけないことなのでしょうか、と思います。

[C749] >「争い」

>動物界の「争い」は、本当に「争い」なのでしょうか?
 
>動物にはエゴがないと思います。争っているときだって彼らは自然に生きています。
 
争いは、ないほうがいいと思っていましたが、サル山のサルに向かって、争いがないから立派なサルだとか、争いがあるからレベルの低いサルだとか評価するのは、ほんとうに余計なお世話だと思いました。
 
おかしいと思うことをおかしいというのも、自然なのだと思いました。
聞く耳をもたないとしたら、自分をごまかそうとしているだけだと思います。

[C748] 「争い」

>動物界の「争い」は、本当に「争い」なのでしょうか?
弱肉強食の世界の争いはまったく異なっていると思います。シンプルでそれでバランスがとれています。エゴがない本当に自然な争いなんだって思います。

>「思いをひろげ、未来をつくる 「百匹目の猿現象」を起こそう」
>なのに餌付けをし、「ここの猿はレベルが高い。争いが無いのだから」という視点は、とてもいやらしいと思います。
人に優劣を付けて差別化するのがとても嫌です。中身がなく猿現象のようにただ思想が伝搬すればいいのでしょうか。それが未来を作るなんてとても思えません。

>それとも単に、忙しいという理由で、断ってくるでしょうか?
争いに行くわけでないのだから、アポを取ってくれないとしたら単に逃げなんだと思います。それは好奇心のあるなんでも探究していく人の姿ではないと思います。
  • 2006/05/02-13:32:01
  • 投稿者 : Ciel
  • URL
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[C747] >

著者を「船井会長」と書いているところからもう「偉い人」「上に立つ指導者」と言ってるみたいで嫌です。
 
「未来は本当にすばらしいものになるのかもしれません。」は、「今」はダメだと否定していると思います。
 
誰もが気がつけば生まれていて、死ぬまでの期間を生ききっているのに、それを無視してダメな世界なんて決めつけられたくないです。
  
 
>動物界の「争い」は、本当に「争い」なのでしょうか?
 
動物のなわばり争いや獲物争いはとても激しいです。
容赦ないし、血を見ることだってあります。
でも、それもこれも生きていくために当たり前にやっているのであって「こんなのは間違っている」なんて考えていないと思います。
 
そこに人間が入ってきて餌をくれるようになったとしても「良い世界になった」なんて考えていないと思います。
ある日人間が餌をばら撒かなくなったら、また獲物争いを始めるだけです。
 
争いがどうのこうの、レベルがどうしたと騒いでいるのは人間だけだと思います。
 
 
もりけんさんが船井さんに会いに行くのは、争いじゃないと思います。
たとえ大激論になったとしても、それは争いじゃないです。
だって「どんな手段を使っても相手を潰そう」なんて、もりけんさんは考えていないと思うからです。「自分はこう考えていて、そこがあなたの考えと違うのですが、どう思いますか?」ということを直接会ってぶつけるだけです。
 
それを争いとは言えません。
 
船井さんも探究する人ならば、自分と違う説を無視出来ないのではないでしょうか。
 
無視出来るのなら、探究者ではなく、人の上に立って指導したい人なのだと思います。

[C746] >「争い」

船井さんは、『「百匹目の猿」現象によって、幸島の猿たちにボス争いがなくなり、病気や奇形の猿が減り、弱肉強食の世界ではなく互いに支えあい、いたわりあう猿の世界になったことはお話したとおりです』と書いています。
 
幸島の猿たちが餌付けをされたのかどうかわかりませんが、わたしは冒頭の文章を読んだとき、とてもイヤなものを感じました。
 
ボス争いがなぜいけないのか、病気や奇形がなぜいけないのか、弱肉強食がなぜいけないのか・・
 
船井さんはこれらのものを否定しています。
なぜ否定するのでしょうか?
ボス争いは猿にとってとても自然なようにわたしには思えます。
病気や奇形はこの世に存在してはいけないのでしょうか?
弱肉強食だって、自然だと思います。
なぜそれらがなくなると素晴らしい世界になるのかわたしにはわかりません。
 
それは船井さんの価値観でしかないと思います。
すべてに同じ価値観を押し付けようとするところに戦争が生まれるんじゃないかと思います。 
でも、動物は価値観を押し付けようとはしません。
 
あらゆる争いは否定されるべきものという価値観では、全身で他人と関わりあうことができず、本当の意味で、「生きる」ことができなくなると思います。

[C745] >「争い」を読んで

ヒトも動物です。
それに・・・もし神さまがいるなら、
私たちは、神に飼われ、しつけられ、よい子でいないと
エサが与えられないのかな・・・と、ずっと思い込んできたように
思います。
でも、私たちは「みなしご」だ・・・って、もりけんさんの
本を読んで、ほんとうにそうだと思ったんです。
顔もみたことない、母を探し続けているんです。
母は、なにも言わない・・・その姿をあらわすことは
ない。
でも、わたしがここにいることはきっと・・・何かが
おきてここにいる。そして、私はわたし・・・って、
思うのは、どうして?って。自分が存在する理由が
母に会うことができたなら、すこしはわかるかもしれない
・・・。
そんな風に思いました。
わたしは、ごはんも食べるし、勉強(?)もするし、
夜になれば、男の子とエッチすることも・・・ある(爆)
でも、心はうわの空で、違うことを考えてたり、大切なこと
言えないでいたりも、する。
小さく裏切ったり、人前で泣いたり、そうじゃなく泣くことも
あります。
でもそうゆうの、誰でもあると思います。
もし、違ったとしても・・・私は少なくともそうです(爆)
トイレいかないヒトは、ぜーーーーったい、いないじゃん(笑)
なんでそんな、当たり前のことが・・・。
だって、生まれてくるときは誰もみんな
母の「おまんこ」を通ってくるんです。
(でも、これからの時代は帝王切開が流行るかもしれない・・・笑)
できる時だって、母の「おまんこ」に父の・・・・・・
言ってて、疲れてきました(爆)
私も、女の子だから(?)すごく、恥ずかしいです。
言葉にして、言うの。文字で書くことすら・・・(今は、平気!)
だって私の体に開いてる穴、だから・・・。
もりけんさんと向かいあうとき、信じられないくらい、
ものすごく色んな気持ちがわきあがります。
イケナイことは、どうしてイケナイって思うのかを・・・
裸になって穴をのぞきこむようなことをしているな・・・って。
誰にも見せたくない秘部をさらす。でも、それは
とっても愛しているから・・・ぜんぜんコワくないことだって
勝手にわかったんです。
好きなひとのこと、全部受けとめたい。
受けとめてね・・・てゆう気持ち。
相手はどうあれ、勝手に湧きあがってくるんです。
強制的に、愛しなさい・・・と言われたわけではないのに、
なんで、こうなったの?って思います。
イケナイ部分をたくさん見せてくれる、それだけなのに
自然と湧きあがる気持ちなんです。
無理して、全部を受け入れようとしているわけでは
ないのに、世界に「わたし」を見せたくなる・・・って。
もりけんさんの存在は、すごく、キラキラしている。
なんか、嬉しい!もムカつく!!も同じに聞こえてくる。
私が好きだから、そうなのかな・・・?
キライなヤツは嫌いだし(爆)
話が、ズレました(汗)




[C744] 争いって・・・

初投稿するので、慣れてなくて、途中で投稿になってしまいました。
↓  すみません。

[C743] [

私も、最初は「百匹目の猿」に疑問ももたず、せっせと本読んだり、講演会いったりしてました。
その中でも、船井さんお勧めの某会は、今年の10月に大きく地球はシフトするっと公言してました。
しかし、そんな兆候もないと、今度は人間のレベルが低いから・・・???
結局行かなくなりましたが、それにともなう、グッズはかなりのお金を使って買いました。
買ったというか、脅しに近いレベルを貼られて、買ったかんじです。
結局、「争い」という、ひとつの見方も、猿の大将が大将であるための、ものさしと思いました。
そのものさしで、にんげんにレベルを貼ってるんだとも思いました。
  • 2006/05/02-12:14:53
  • 投稿者 :
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[C742] アポ

もし実現したらかなり面白そうです。今からワクワクしてます。
  • 2006/05/02-12:09:59
  • 投稿者 : しんちゃん
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[C741] 争い

同じく、争いについておもいを巡らせてみました。360度の可能性からいうと、えずけさせられたおさるさんは、360度の自由をえずけの分だけ、チョイ不自由なのかなあでっすうう。そう考えてみると、今の人間は本当に360度の自由なのかなあでっすうう。。3次元の秩序は平和を保つために、方向性を決めました。。ちょいっち、不自由ですが、何せ平和のためでっすうう。。・・とチョットまってくださ~い。。360度でバランスをとってるなら、反動はどこへいくのか。。このままだと、未来かも~~汗、汗、汗、ふ~~ん。。だから、もりけんさんがいるんだです。。もし、未来からタイムマシンで来れたら、恋におちて、連れ去りそうでっすうう^^
  • 2006/05/02-12:04:59
  • 投稿者 : バニー
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[C740] >「争い」

>動物にはエゴがないと思います。争っているときだって彼らは自然に生きています。
 
>なのに餌付けをし、「ここの猿はレベルが高い。争いが無いのだから」という視点は、とてもいやらしいと思います。
 

100匹目の猿現象には、芋を与える存在が介在している・・
というのは、今まで気づかなかった視点でした。


自らが芋を与えた結果、相手が思うようになって、
それに満足する。。
やはり、それは、指導することで満足を得たい・・
自らが「原因」になりたい・・ってことなのだと思います。


>私は連休明けに船井さんにアポを取り、ここに書いた内容を面前で説明します。
 そのときは、講演会に使うスライドも持って行きます。
 
>それは「争い」でしょうか?
 

「争い」って、いったい何なのでしょうか・・
これまで、人間は「争い」により、
たくさんの人が死にました。
それは今も・・です。

争いは、相手を支配して、自分がいい思いをしたい・・満足感を得たいというエゴが発端にあるのかな・・と思います。


そしてそれは、自らを守りたいことの裏返しでもあると思います。


自らが支配されることが怖くて・・


でも・・

もりけんさんには、エゴはないと思います。
もりけんさんは、相手を指導したり、
先導者となりたいとは、思っていないだろうし、
むしろ、そんなことしている場合ではないでしょ
といっているからです。

そして、もりけんさんは、まったく自分を守っていません。


もりけんさんは、下位の問いを持った高校生の頃のままのもりけんさんです。。


そのもりけんさんが、船井さんのもとにいく
負けることは目に見えているといいながら、
準備万端でいく

自分を守りたいというエゴがあったら、
そんなことできない・・

もりけんさんは、生きたいからいくと、
いっていました。

そこにはエゴはないと思います。

[C739]

船井さんは日ごろから「こだわらない事」をご自分のモットーとされているようですし、著者やホームページでもそのように生きる事を推奨されています。
ですので、もりけんさんのアポイントはこだわらずに受けていただきたいな~と思いました。

[C738] 船井さんへ

船井さんは、もりけんさんと会って下さるのでしょうか?
会って、ご自分の考えをとりあえず括弧にくくり、もりけんさんの「私は結果」の話をじっくり聴いていただけるのでしょうか?

多分、近代以降は、科学のお陰で「自由」を得た気になり、みんなが「私は原因」です。そして、「自由」の代わりに「責任」を引き受けたのです。
でも、本当に「自由」を得たのでしょうか?相変わらず、過去や今よりも、周りの人よりも、「より良く」なろうとして来ただけ、エゴの自己保存の欲求に縛られているだけのように思えます。
誰かが良くなれば、相対的に誰かが悪くなります。良くなった責任は、自負になり、悪くなった責任は、罪悪感になります。
「私は結果」の仮説は、「私は空洞」=「私がない」という事です。すると、ない自分を磨きようも、より良くしようもありません。
動物にはエゴがありません。人間にも「私は結果」ならもともと、エゴがありません。

私の書いた事は、理解不足かもしれません。
でも、「エゴ」をなくそうの前に、「エゴ」はなかった話しを聴いていただけたらと思います。

[C737] >動物にはエゴがないと思います。争っているときだって彼らは自然に生きています。

>なのに餌付けをし、「ここの猿はレベルが高い。争いが無いのだから」という視点は、とてもいやらしいと思います。
 
争いはイケナイ事なのだろうか…和がすべてだろうか。もし全ての争いがイケナイのなら、私にとってはシルクの衣擦れでさえイケナイ事のように思えました。つながれて、刺激の無い…胎児にもどろうということなのだろうか…とも思います。…わかりません。
もっとドギツクてなぜイケナイのだろう。世の中はしっちゃかめっちゃかでなぜイケナイのだろう。みんなワヤになってなぜいけないのだろう。腹に一物持ってる方がいいのか。。それこそ何のために生まれてきたのだろう。そんな風に責められるためでは無いと思いました。
もりけんさんは「マジ」だから行くのだろうと思ってます。争うためじゃないと思います。争うのは勝つとか負けるとかついてきます。でも「マジ」のとき…そういうコトじゃないんだと思います。たとえ相手にそう扱われようと。いいとか悪いとかの話じゃない気がしました。止もうえない。。それしかないんだと思いました。そうしか関われない局面なんじゃないかと思います。とっちめたいような「私は原因」のボスなんて沢山います。でもなぜ船井さんなのか。。でも。。それは船井さんなんだと思います。これ以上文にする事ができません。これに関してはいつも…息をするのがやっとです。
 
>成功できないのは勘違いさせられているからです。
すごいスレッドテーマですね…こんなのあるんだ…(唸り)

[C736] すばらし~

私なぞが、もりけんさんのことをスバラシ~というのも気が引けますが・・・・・
一方的な非難ではなくて戦いでも争いでもなくて、ただ説明して議論を深めていく、そういうの好きです、私は。
是非、もりけんさんのプレゼンを受けての先方の反応・対応も聞かせて頂きたいです。
  • 2006/05/02-10:41:50
  • 投稿者 : udon
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[C735] もりけんさんにお願い

船井さんにもし、会えたら、通販部のおばちゃんの営業態度を改めてくれるよう、言ってくださいませんか?
以前、一回グッズを買ったことがあるんですけど、それからよく夕食前の忙しい時間帯に電話してくるのにも困りものなんですが、もっと驚いたのは、いきなり「CDお送りしときますわ」って言われたとき。タダでくれるのかと思ったら、2.3万で買えって話。ビックリしました。普通の常識では、頼んでもいないのに「物送るから金振り込めよ」というのは、あり得ない話ですよね。資本主義社会の中では。
話の種としては、笑えて面白いのですが、立派な船井先生のイメージには似つかわしくないと思いました。なので、今後注意された方がいいということをお伝え下さい。もし会見が成立したら、の話ですが。

[C734]

私は、もりけんさんのされていることは、「争い」ではなく「戦い」だ、と思います。

百匹の猿だのアセンションだの、私には理解できず、はじめからシャットアウトしていますが、もりけんさんの、相手が年上の方だからと遠慮せず、論戦をしかけるパワーにはビックリしました。

船井さんという方は、よく知らないですが、お年を召した方なら直接、面とむかっての議論は回避するんじゃないですかね。

ですから、アポはことわるんじゃないですか。
もし、もりけんさんと面会されるような方なら、船井さんの著書を読んでみよう、と思います。
  • 2006/05/02-10:29:06
  • 投稿者 : 十四郎
  • URL
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[C733] >「争い」

私はもりけんさんのやられていることは争いだとは思っていません。
hpで公開されているのは、船井さんともりけんさんとの問題としてではなく、多くの人を巻き込んで,根本的な問題として、皆で考えたいと思っているからではないかと思っています。
hpで公開されることは、もりけんさん自身のリスクも大きいのではないかと思います。
もりけんさんと船井さんとの対談が、また、実現するといいなと思っています。

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「争い」

 昨日、船井幸雄ドットコムから次のメールがきました。
『今月の上旬には、船井会長の著書「思いをひろげ、未来をつくる 「百匹目の猿現象」を起こそう」(サンマーク出版刊)も発売になります。未来は本当にすばらしいものになるのかもしれません』
 
 私がここで斬っていた「百匹目の猿現象」が、本になるらしいです。
 でもこのテーマは、船井さんは以前から言及していました。。
 そのとき、「100匹目の猿たちが住んでいるこの島には、争いがない」と書いていたような気がします。
 
 動物界の「争い」は、本当に「争い」なのでしょうか?
 
 私は猿たちの島のことはよく知りません。でも芋を与えているのは、人間ではないでしょうか?
 野生の猿が芋を掘って、それをわざわざ海岸に持って行って洗って食べるのではなく、人間が海岸にばらまいた芋を、すぐそばの海岸で食べるのではないでしょうか?
 
 餌付けをしているのなら、争いが少なくなって当然のような気がします。
 
 しかし・・です。それは「よいこと」でしょうか? 
 
 動物にはエゴがないと思います。争っているときだって彼らは自然に生きています。
 
 なのに餌付けをし、「ここの猿はレベルが高い。争いが無いのだから」という視点は、とてもいやらしいと思います。
 
 私は連休明けに船井さんにアポを取り、ここに書いた内容を面前で説明します。
 そのときは、講演会に使うスライドも持って行きます。
 
 それは「争い」でしょうか?
 
「程度の低い人間」あるいは「レベルの低い人間」のすることだと、アポを拒否するでしょうか?
 それとも単に、忙しいという理由で、断ってくるでしょうか?
 
 私は五月は、何も予定がありません。いつでもどんな時間帯でも、たとえ10分でも飛んでいきます。
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55件のコメント

[C1096] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/05/09-20:13:08
  • 投稿者 :
  • 編集

[C1079]

どっちもどっちだなって感想です。
根っこにある物が、お二人は似ていますから。
  • 2006/05/09-12:55:29
  • 投稿者 : sss
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[C920] まず、餌付けされた動物たちは

本当にあまり争わなくなるかどうか確かめるために、近くの公園にいって
みました。そこには池があり、鴨が沢山居ます。人間が池に近寄ると餌がもら
えると思い、池の反対側からも沢山飛んできます。

しめしめ、餌付けされています。

すると、先に来た鴨や有力そうな鴨が、後からきた鴨を威嚇したり
追い掛け回したりして追い払いはじめました。

これは「争い」とは呼ばないのでしょうか...。

もし、争いと呼ぶことができるとしたら、餌付けされていることと争いが減る
ということは、あまり関係がないような気がします。

たぶん、「餌付けされた動物や鳥の群れの中では争いが起きない」という
ことを否定するためには、たったひとつ反対事例を挙げるだけでは十分
ではないのかもしれません...。餌が十分な量が与えられた場合は、争い
は減るのかもしれませんが、単に餌付けされている程度では相変わらず
群の中での競い合いは減らないようなかんじがしました...。

さて、人間から争う心を取り去ってしまうことは簡単にできます。怒りや心の痛み
嫉妬や恨みを取り去って、どこに出しても恥ずかしくないぴかぴかな心になる
事も簡単です。

強力な精神安定剤などの薬物で、強制的に感情をコントロールするという手段があります。
そこで、向精神薬がどのように効くかをネットで調べてみたところ、幸福な気分
になり、心地よく眠くなり、精神や頭脳の活動は鈍くなり、ひたすらハッピー
な状態が、薬を飲んでいる間は継続するらしいです。しかし、反面、
ものを感じる心が鈍くなり、生き生きとした精神の活動ななくなり、
運動神経や反射神経は鈍くなり、身体のバランスは崩れ、ものにぶつかり
やすくなり...私の読んだ印象では、心の一部を切除されたようなかんじです。

本当に必要で短期的にこのような薬を飲まなくてはならない人も居る
と思いますし、私自身も偏見はありません。私がここで言いたいのは、
人間のいさかい合う心、苦しみ、嫉妬、憎しみ、恨みなどという「感情」は、
活発な精神活動がないと生まれてこないものだということがわかったという
ことです。愛する心や美や繊細さに気がつく心、人に共感を覚える心同様、
このような精神世界の人などから見れば否定したくなるような自分の「醜い」
とされる感情も、実は人間の精神が生き生きと活動していることから生まれて
くるのだと思います。

人に共感する心はよくて、憎しみを感じたり恨んだりする心は悪いなどという
善悪の判断は、人間の側が勝手につけたものであって、自然や時空から
見たら、愛も憎しみも、どちらも等価に見えるのではないでしょうか。
  • 2006/05/05-22:05:35
  • 投稿者 : ナイル
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[C793]

 このような思いで生きよう・・・101匹の猿になろう、という本を読んだりしてきました。
本に書かれた内容のような思いは続けられませんでした。
もりけんさんの本やHPを見たりしてたとき「自分をとりつくろう」という内容を読みました、
私は自分をとりつくろっていたのだと思いました。
また、もりけんさんは目標を目指すな、とも言っております。
私の場合101匹を目指したらその思いになろう、とすることでエネルギーを使いうその自分を演じて生きることになってしまうのではと思いました。

孫さんのような心・・・豆と向きあい芽を出すような心、

それは次元を超えるものでアセションだと思うのです。

101匹にはなれないですが船井幸雄さんは大好きです。



  • 2006/05/03-11:33:16
  • 投稿者 : 星
  • URL
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[C784] >ふたりの問題だから他人を巻き込みなさんな。

なら、見に来なきゃいいだろう
  • 2006/05/03-09:38:18
  • 投稿者 : もりけん
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[C783]

300000ヒットはボスゴリラに合うための餌なのか。
ふたりの問題だから他人を巻き込みなさんな。
  • 2006/05/03-09:28:20
  • 投稿者 :
  • URL
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[C782] > 争い

船井メディアのサイトを見てきました。
確かに船井さんはこちらの想像をはるかに超えた忙しさなのでしょう・・
でも、10月以前のお二人の関係ならばアポはすぐに実現するように感じます。
船井さんの講演や著書で、もりけんさん名前はいつも真っ先に挙がっていたからです。
少なくても船井さんの「興味のない」範囲ではなかったはずです。

> いつでもどんな時間帯でも、たとえ10分でも飛んでいきます。

もりけんさんが船井に向い合う姿勢を、「争い」ではなく、どんなに真剣に考えているか、ブログやHPのもりけんさんの書きこみからとても伝わってきて胸が熱くなります。

[C781] >「争い」

その島の猿たちのことはよく分かりませんが
充分な餌を与えられていて、餌をめぐる「争い」は表面化しなくなったとしても
オスがメスをめぐっての「争い」は、まだあるのではないでしょうか・・
それとも、こういう「争い」もなくなったのでしょうか・・
おそらく、そうはなっていないのではないかと思います
 
そうだとすると、餌をめぐる「争い」はダメで、メスをめぐる争いはいいのでしょうか・・
どちらも自然なのに・・
 
もし、群れと群れの「争い」がなくなり、メスをめぐる「争い」がなくなると
猿たちは、長期的には弱体化していくと思います
「争い」がなくなったから、「よいこと」なのでしょうか・・
 
船井さんは、モリケンさんのアポを断る理由がないように思います
だって、船井さんは「争わない人」で、モリケンさんは「争い」に行くのではないのだから・・

[C780] 対話

 誠実にアポを取り説明をしに出かけていくたとえ10分でも飛んでいくという人の意見からは、真理に対する議論の争いはあっても、つまらない回避すべき争いではなくあくまで対話という視点があるような気がします。
  • 2006/05/03-03:19:37
  • 投稿者 : yk
  • URL
  • 編集

[C779]

もりけんさんがこれだけ書くのは 
誠実に向きあっているからなのだと思いました。
自分とも船井さんともです。
でなければ
「私は五月は、何も予定がありません。いつでもどんな時間帯でも、たとえ10分でも飛んでいきます。 」
と書けないと思いました。
真剣に向き合う覚悟がないと出来ないと思いました。

[C778] >「争い」

ひとり暮らしの婆さんが近所のノラ猫達にエサを与え、「この猫ちゃん達は
みんなイイコだわ♪」と言ってるのと大差ナイと思いました。

某島の猿の世話人だけでなく、ノラ猫の餌付けもハトの餌付けも、
コモドドラゴンの餌付けだって、十分な量のエサを与えたなら、動物側に「争う」
理由なんてなくなると思います。

自然動物の行動に「よいこと」「ワルいこと」の違いを見て取って、
あれはレベルが高いの低いのなんて、おおよそ「こだわらない生活」を推奨し、
実践されておられる方の意見とは思えません。

たとえ距離にして100キロを隔てた2つの猿軍団でも、
「イモ=水で洗う=ウマー♪」という単純な構図なら、時期的に考えても
十分揃いうる話だと思います。
起きていたことがもっと単純で、大雑把なことであることに、あとどれくらいで
熱海のボス猿が気づくかだと思います。

[C777] >「争い」

動物の自然な行動を、観察してる側の主観でラベル付けし、自分たちのエゴに利用しただけなんだな~というのを感じます。
毎日のもりけんさんの書込みが無かったら、私は、これがエゴだということに気付きませんでした。百匹目のサル現象は、サルにも失礼です。
>動物にはエゴがないと思います。争っているときだって彼らは自然に生きています。   
エゴ無く自然に生きている動物を、自分のしたいように意味づけするのは、思いあがりなんだと気がつきました。
人間のエゴは、原因の世界・自力の世界で生きていたら、どんどん麻痺して行くように感じました。
どこからがエゴか、判断がつきにくくなる気がします。
もりけんさんは、自分を制限して無いし、自説で脅して、他人の生に制限をかけることも一切していません。この一件が起こってから、誰でもが書きこめるスペースで、ずっと堂々と疑問を問いかけ、意見を公開し、船井さんに当日何を言うかをすべて公開してまで会いに行かれます。
未発表データを無断流用して自説で結論付けされても、もりけんさんは自分から縁を切る事すらしませんでした。
ネットワークを自分から切るようなエゴが、外側も自分も肯定しているもりけんさんには、無いんだと衝撃を受けました。
もりけんさんは、何も守ろうとしていません。これは、争いとは言えないと思います。
素のままのもりけんさんに、船井さんは、「自分のレベル」だと思ってるものを手放して、向かい合うことによって対等になれる気がしました。
  • 2006/05/02-22:20:59
  • 投稿者 : mou
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[C776] >「争い」

資本主義だって、勝ち負け(争い)がベースになっていると思います。
ムズカシイことはわかりませんが、お金をたくさん持っている人ほど
勝っていると思います。
そういう人が勝ち負けは関係無いなんてよく言うよなあと思います。
 
ある町で細々と八百屋を営んでいた近くに、突然大型のスーパーが
開店したために、その小さな八百屋さんが潰れたら、こういう事に
対して船井さんはどう説明するのかなと思いました。
また新宿の駅前に何社か電化製品の量販店が乱立していますが、
どこのお店もお客さんがたくさん入っているのは、お互いが顧客獲得の
競争のしのぎを削っているからだと思います。
 
「争い」イコール悪いこと、レベルが低いこととして、ある一つの価値観
を固定して、それを広めようとしているのは、非常に危険だし、
真理の探究から遠ざかる一方なのだと思いました。

[C775] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/05/02-21:36:54
  • 投稿者 :
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[C774]

野生動物の生態をTVで見ることがありますが、それは凄まじいものです。
弱肉強食の世界です。
しかし、それは本能であって「争い」ではないと思います。
ヒトが介入し、餌が与えられるとなると、様相は一変します。
「生きる」ために獲物を捕らえるという行為は無用のものとなります。
状況が違えば、比べることなどできません。
都合の良い見方をしているだけのように映ります。

船井さんには、もりけんさんとのことを会わないで終わりにしてほしくないです。
見たくない、聞きたくないとわめいているだけのような気がします。

[C773] >争い

争いが無くなるればレベルが高いとかは言えないと思います。
働く場所も住む場所も与えてやったから逆らうなという侵略した側の言い分にも似ています。
猿たちがそんな環境の中に居るように思いました。
一見争っているように見えても動物たちは絶妙のバランスを保持しています。そこには弱者も強者も無い世界が広がっていると思います。
船井さんがまだ真理を探しているのならもりけんさんと会われたほうがその一端を掴めるように思います。

[C772] TVのお姉さんが・・・

昔、動物の番組でワニが草食動物を食べるのを見て「ワニさん、食べ物にありつけてよかったですね」とコメントをしたそうです。

面白いなあと話を聞いて思いました。
普通草食動物の方に肩入れするからです。
偏見が無く素直な意見だと気持ちよかったです。

運命の前に誰もかれも同じなら、草食動物に肩入れする意見もワニに肩入れする意見も対等だと思います。

[C771] 門をたたく者の悲しみ

この想い・・・
届くだろうか・・・

我が想いに・・・
徒然に・・・

今この時に・・・
我・・・
 ≪門をたたく者≫

気が付け・・・
同朋よ・・・
あなたも赤子のひとりである

    スーパーへそ曲りの恋海月

[C770] 争い

船井さんにとっては、もりけんさんは、けんかを吹っかけてくる敵に見えるかもしれません。

これは、争いだと。

101匹目に乗らなければ、無視されてしまう。
アポをとりに行っても、無視されてしまう。

でも、無視すれば、自分自らも周囲との接続から切れて消えてしまうように、思います。

しかし、もりけんさんは形はどうであれ、アクセスをします。

本来、誰でもつながらないと、生きられないと思います。

否定であっても、無視するより、アクセスするほうが、なんぼか、マシだと思います。

アクセスするのが、生命線って感じがします。

無視したり、賛同しないその他のほうを切るのは、暴力に思えます。

向かい会うのは、争いではないと、思います。

[C769] 争い

今、「100匹目の猿現象」を調べてきたのですが、「初めに報告されていたニホンザルの逸話は創作されたもので、、、」となっており、発表した人も既に訂正をしているとありました。

それをどうして、使い続ける意味が解りません。
取り扱った手前訂正する事ができないのか、どうせ読む人はパソコンも使えず、インターネットも使えず、調べる事が出来ないレベルの低い人だから平気で使い続けるのかでしょうか。
それともそこにニーズがあるからかもしれません。「騙されたい」市場。

私は猿の本を読んでいませんが、人の説を利用して自分の説を作るなら最初の文献くらいちゃんと理解すればよいと思います。理解していたら、使わないと思いますが。
 
猿の知能をどうのこうのいう気はありませんが、もし人間が与えた芋でも、洗って食べてちょっと賢くなったなら、次の行動が出てきてもいいと思います。大抵ないと思いますが。
 
猿には猿の社会があると聞きます。それが自然の掟です。しかし、人間が介入した事によって争いが無くなってしまうなら、南極の氷が溶け出すのと同じ事だと思います。

[C768] >「争い」

生存競争は「よいこと」でも「悪いこと」でもないと思います。
あたりまえのことだと思います。
食べ物をめぐる争いも、メスをめぐる争いも あたりまえのことだと思います。
 
餌付けをされたサルたちに争いがないからレベルが高いというのは とてもおかしな見方だと思います。
単に飼い馴らされただけ。人間のエゴだと思います。
 
船井さんは人間界だけでなく動物界も指導しようとしているのでしょうか。
ものすごいエゴのかたまりだと思います。

[C767] 百匹目の猿現象とアセンション

百匹目の猿現象が科学的に認められたものならばわかるのですが、そうでないのに何故延々と百匹目の猿現象を褒め称えるのどろう・・。
そんな便利なものがあればもし世界征服したい国があるとしたらそこの国民全部を使って世界中を百匹目の猿現象化したいと思い、もうしてるはずだと思う。


幸島のサルが争っているかいないか見た事ないのでわたしもわかりません。
アセンションとやらを通過したサルなのだろうか・・。(汗)
良いサルと悪いサルを選別するアセンションは一体誰が起こすのか・・・。
それもわからないで妄信すると、スペイン人コルテスを予言どおりの神と信じて無抵抗で征服されてしまったアステカ国王を笑うことはできないと思う。


船井さんには、たとえたった10分でももりけんさんの話を是非聞いていただけたらと思います。

[C766]

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  • 2006/05/02-20:00:50
  • 投稿者 : 空タネ
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[C765] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/05/02-19:39:29
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[C764]

自分は浅見帆帆子の本で船井さんの「百匹目の猿」のことを知ったのですが、「運命を変える未来からの情報」を読むまで、浅見さんの言うとおり精神レベルを一人が上げれば、それが他の人に影響を与え、「百匹目の猿」現象のようにどんどん連鎖していって地球のレベルが上がって(アセンション?)素晴しい世が来ると本当に期待していました。しかし、HPで「私は結果」という概念に触れるにつれ、浅見さんの本は読まなくなってきました。結果である人間に精神レベルの差は無いことをもりけんさんから教わりました。

[C763] 争い

子供の頃、獲物を捕らえるチーターと逃げるインパラをテレビで見たとき、とても美しいと思いました。
生きるために獲物を追うチーターと生きるために逃げるインパラに生きる事の美しさを感じました。
そのことを話すと、大人から残酷だと言われました。
 
人はきれい事が好きなようです。
薄っぺらな価値観で大自然を解釈するようです。
 
争わず芋を洗うサルがいいサルで、群れにボスを持つサルが悪いサルなのでしょうか。。。どちらのサルも自分達のいる環境の中で、ただ生きているだけだと思います。
そこに特定の意味づけをして、方向性をつけることに人間のエゴが見えてきます。
 
自らの仮説を手放すのは難しいと思います。
過去を認めながら、自説を手放せる人はもりけんさん以外いないのではないか。。。そう思っています。
  • 2006/05/02-18:37:21
  • 投稿者 :
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[C762] >「争い」

今朝、船井メディアのHPを開いたらこう書いて
ありました。5月の巻頭言「他人の都合も考えよう。」
それによると、毎日船井さんのところには手紙や
著書や会いたいと言う人が山ほど来るそうで時間を
無理して作っても10人のうちの1人くらいにしか
会えない・・・そして
私に連絡を取られる方
は、私の都合、興味、忙しさなどを充分にお考えの上
でお願いしたい・・・。
とありました。何だかやんわりと拒否している感じ
ですね。それと面白かったのが、その横の広告に
セミナーの紹介がしてあり『勝ち組の時流に乗れ!!』
というキャッチコピーがありました・・・。講師は
船井総研の取締役社長の小山氏。一番の腹心である方がこれですから・・・会長と社長は対極の所に位置
しておられるのですね。競争しない世の中を目指しながら勝ち組に乗ろう・・・とまさに象徴されてますね。
何だかなぁ・・・矛盾全開!!








  • 2006/05/02-18:22:04
  • 投稿者 : ゆうみん
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[C761] >「争い」

うちも猫いますが、極バトル時は超~性悪です(笑)

「あの世と繋がっている情報」があるのに「争い」観でしきって、マジ何がしたいの?です(汗)

[C760] >「争い」

百匹目のお猿さんがカウントされるとそこはもうパラダイス~というのは、お猿さん自身はそれを認識しているのだろうか(汗)

自然現象上の行為がなぜイコール「争い」がなくなる
になるのか謎です

そのネットワークをあたかもぎゅうじってます的な感覚
はどこから来るのだろう

[C758] >「争い」

家で飼っているネコは、ふいに野生に戻ります。 スズメやトカゲを獲ってきて、よせばいいのに、
獲物を咥えて家の中へ運び入れます。 その惨状を見た母は、悲鳴を上げたりします。
本能だから、仕方ないですね。 ネコ自身も何故そんなことをするのか、わからない様子です。
ネコは獲物を食べたことが一度もありませんから。(ちゃんとしたキャット・フードの方がやはり
美味しいのか?) どうやら、目的のない行為だと言えそうです。 仮にネコが、ピコピコ動くモ
ノ(獲物)に全く反応しなくなったならば、それは、もはやネコとは言えません。(意味不明・汗)

さて、もりけんさんが、船井さんに会いに行く件・・・私には、もりけんさんが今でも船井さんに
最大限の礼を尽くしているように思えます。 自宅にある船井さんの本を調べたところ、船井さん
が、もりけんさんを本に書いて紹介したのは「人間のあり方(PHP研究所刊)」(1998年3月
第一刷発行)が最初だったと思われます。(事実でないなら、ご免なさい) 
この本の最初を読むと、前年の1997年から、すでに親交があったことが伺えます。
遡ること9年前です。 その後、お二人でどれほど濃密な時を過ごされたことか・・・他人には窺
い知れないものがあるはずです。 そして今、他でもない船井さんが相手です。 
このまま、中途半端に終われるでしょうか。 中途半端で終わらせないことで、もりけんさんは最
後まで礼を尽くしたいのだと・・・なんだか私は、そんなことを妄想してしまうのです。

[C757] 「争い」

動物が食べ物を取り合うことを争いだとは思いません。また、人と違って自分の食欲以上の物を溜め込んだりもしません。
100匹目の猿の島で、その猿たちがありあまるほどの芋をもらって、ほかの猿に分け与えた・・・争いがなくなったとしても人の場合はこうはいきません。
どれだけありあまるほどの物があってもエゴむきだしで自分のものにするでしょう。猿以下だと思います。
動物の弱肉強食はエゴからではありません。生きるため。人の弱肉強食はエゴそのもの・・好きじゃない。

船井さんとの対談、実現してほしいです。逃げないでほしいです。船井さんはもりけんさんが恐いと思ってるから、正面から向き合えないんじゃないかと思います。
船井さん側は周りに何人もの人を連れてきてもいいと思います。それでももりけんさんは、一人で行くと思います。船井さん裸になりましょうよ。運命を受け入れましょうよ。一緒に。といいつつまだかなり抵抗している私ですが・・・(汗)

[C756]

なぜ、そんなに世の中を良くしたいのでしょうか。
先導したいというエゴにしか思えません。
100匹に入らないからと言ってレベル低いだの、死ぬだの勝手に決めて欲しくないです。
やりたいなら勝手にやれよ。。。。。
一人じゃできないのか。。。。。。。


もりけんさんは、ほんとうに「生きてる」って気がします。

これは争いではなくて時空との・自分との戦いでもあると思いました。

[C755] >動物界の「争い」は、本当に「争い」なのでしょうか?

生きるために、エサ獲得のために、戦うように作られているんだったら、戦うのが自然と思います。人間から芋をもらって生きていたら、そのうち自分でエサ捕れなくなってしまうかもです。
  • 2006/05/02-15:54:21
  • 投稿者 : リョウコ
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[C754] >「争い」

餌付けの話を読んで、以前ホリエモンが自身のブログで、「食欲、睡眠欲、性欲を満たしてあげると、戦争などはなくなるらしい・・・」といった内容の書き込みをしており、この人はそういう感じの安定した世の中が理想なのかな?何だかなーと思ったのを思い出しました(汗)
でも、私は食事も睡眠もHも大好きで、貪るだけ貪ってます。生命中毒です(汗)
だからきっと自分はどんなに、Hの時に相手に優しくしても、ご飯食べることや眠れることに感謝しても、貪りすぎてるので、アセンションも出来ないし地獄があるならきっと地獄行きだと思っています(苦笑)
それにしても、アセンションとかについてごもっともな解説なら沢山ありますが、次元の上昇した人間の科学的な定義も地獄の存在の科学的な証明もいくら図書館やネットで探しても、瞑想して幻想の世界を旅してみても(汗)それらしい答えはどこにも見つけることはできなかったです(汗)
でも、観念的にみたら、地球や生態系より個人を、個人よりも経済を優先する世の中のシステムに悲しい気持ちになる人がいても不思議には思いません。
でも悲しい気持ちになることも、資本主義もそれを想念とかで解決しようとして、無駄なことも宇宙の始まりから方程式とかで決まっていたとしたら・・・
とてもじゃないけど、観念的なことだけで解決しようなんて理性的な人なら思わないんじゃないのかなと思います。
別に私は目指していませんが、本当に「よい世の中」とやらがあり、それを目指しているのなら、小さな観念の勝ち負けにこだわり、方程式の視点を捨てるのは自殺行為に近いんじゃないかなと思います。
私は、「よい世の中」は目指していませんが、時空全体が「快」を感じられたらいいなと思っています。

船井さんに理性があることをお祈りしています(汗)

[C753] >「争い」

>動物にはエゴがないと思います。争っているときだって彼らは自然に生きています。
動物の行動には、一方向性がないのだと思います。
箸の先が見えていない・・
だからエゴがないといえると思います。
~のため、というのがないので、自然に、自分に正直に生きている。
そこに、たとえ争いがあったとしても、それは自然なことなのだと思いました。


>それは「争い」でしょうか?
もりけんさんは、決して、勝つためとか、自分をよく見せるためとか、世の中のためとか、そういう理由でアポを取るのではないのだと思いました。
今を生きる・・・ただそれだけのために、アポを取るのだと思います。


>いつでもどんな時間帯でも、たとえ10分でも飛んでいきます。
心にじんじんきました・・・・・

[C752] 100匹目の猿の島

争いはないとしても、一匹目が間違った事をしたら?!
病気になった芋を食べたら?!
・・一匹もいなくなるという事にもなりかねません。
そんな島、怖いです。イヤです。

多少は争いがあっても、それよりはマシと思います。

>それは「争い」でしょうか?
もりけんさんのアポは、争いとは思いません。
相手が正面から受けてたたなければ、
争いになるように思います。
一方的に言われている・・との被害者意識から。
でもそれは、ズルイです。
争いにするのも、しないのも自分次第です。
  • 2006/05/02-15:11:51
  • 投稿者 : まる
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[C751] 童心をたたえた笑顔

を対外的前面にされている船井様は、イメージ戦略にも並はずれて長けていらっしゃると思います。
本物を見極める方でもあり、
もりけんさんの外側が大事という説を、実は誰よりも理解されているようです。
船井様ほどステイタスある方が、転向される際には、どれほどの困難がともなうのか、私には想像さえできませんが、その御年で様々なしがらみ抜きにして ご自分の本心を語れる方はそう多くないと思われます。
もりけんさんと船井様の世紀の対談が実行され、そのご様子が是非お二人を慕う多数の人に明らかになることを願っております。

[C750] >動物界の「争い」は、本当に「争い」なのでしょうか?

>動物にはエゴがないと思います。争っているときだって彼らは自然に生きています。


表現としては「争い」でも、動物は「争い」だと思っていないと思います。自然界の成り立ちに沿って生きているだけだと思います。

争いは・・・そこに個の意志、エゴが入ったときが、争いになると思います。エゴが入るのは、多分人間だけだと思います。

自分にも他人にもレベルをつけ、それでは飽き足らず、モノにまでレベルをつける・・・
人が、人間がそんなにエライのか・・・と思います。

ライオンもペンギンもサルも、苦手だけどゴキブリも・・・生きることを精一杯生きていると思います。この世に生を受けたからには、死ぬまで生きるしかありません。
自然界の生き物は(考えていないと思いますが)本能で必死に生きていると思います。

人間だって、一緒です。みんな、必死に生きている。それなのにレベルという尺度で見るのはひどいことだと思います。

ズレるかもしれませんが・・・
私の子供はアレルギーで皆と同じ学校の給食を食べることができません。
その娘のクラスに障害のある子がいます。上手く話せません。1年生ですが、障害のある人と接したのは初めてです。

「お母さん、○○さんは名前を呼ばれても上手く返事ができないんだよ。変だ。」といいました。「○○ちゃんだって、皆と同じ給食を食べることができないでしょ。○○さんは皆と同じ給食を食べているんでしょ。だったら、○○ちゃんも変だよね。」といいました。
子供は黙ったままでした。
「○○さんはたまたまお話が上手くできないだけで、○○ちゃんもたまたま給食が食べられないだけでしょ」といったら納得していました。

人間って、まだ6歳すでに6歳・・・の頃から程度とかレベルの考えを持っているのだと思いました。

>そのときは、講演会に使うスライドも持って行きます。
   それは「争い」でしょうか?

争いではないと思います。
誰しも、自分の考えを持つと思います。それを一方的に拒否したり、否定しては何の解決にもならないと思います。
対面して話す事が、船井さんにとってそんなに都合の悪いことなのかと思いました。話をすることが、そんなにいけないことなのでしょうか、と思います。

[C749] >「争い」

>動物界の「争い」は、本当に「争い」なのでしょうか?
 
>動物にはエゴがないと思います。争っているときだって彼らは自然に生きています。
 
争いは、ないほうがいいと思っていましたが、サル山のサルに向かって、争いがないから立派なサルだとか、争いがあるからレベルの低いサルだとか評価するのは、ほんとうに余計なお世話だと思いました。
 
おかしいと思うことをおかしいというのも、自然なのだと思いました。
聞く耳をもたないとしたら、自分をごまかそうとしているだけだと思います。

[C748] 「争い」

>動物界の「争い」は、本当に「争い」なのでしょうか?
弱肉強食の世界の争いはまったく異なっていると思います。シンプルでそれでバランスがとれています。エゴがない本当に自然な争いなんだって思います。

>「思いをひろげ、未来をつくる 「百匹目の猿現象」を起こそう」
>なのに餌付けをし、「ここの猿はレベルが高い。争いが無いのだから」という視点は、とてもいやらしいと思います。
人に優劣を付けて差別化するのがとても嫌です。中身がなく猿現象のようにただ思想が伝搬すればいいのでしょうか。それが未来を作るなんてとても思えません。

>それとも単に、忙しいという理由で、断ってくるでしょうか?
争いに行くわけでないのだから、アポを取ってくれないとしたら単に逃げなんだと思います。それは好奇心のあるなんでも探究していく人の姿ではないと思います。
  • 2006/05/02-13:32:01
  • 投稿者 : Ciel
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[C747] >

著者を「船井会長」と書いているところからもう「偉い人」「上に立つ指導者」と言ってるみたいで嫌です。
 
「未来は本当にすばらしいものになるのかもしれません。」は、「今」はダメだと否定していると思います。
 
誰もが気がつけば生まれていて、死ぬまでの期間を生ききっているのに、それを無視してダメな世界なんて決めつけられたくないです。
  
 
>動物界の「争い」は、本当に「争い」なのでしょうか?
 
動物のなわばり争いや獲物争いはとても激しいです。
容赦ないし、血を見ることだってあります。
でも、それもこれも生きていくために当たり前にやっているのであって「こんなのは間違っている」なんて考えていないと思います。
 
そこに人間が入ってきて餌をくれるようになったとしても「良い世界になった」なんて考えていないと思います。
ある日人間が餌をばら撒かなくなったら、また獲物争いを始めるだけです。
 
争いがどうのこうの、レベルがどうしたと騒いでいるのは人間だけだと思います。
 
 
もりけんさんが船井さんに会いに行くのは、争いじゃないと思います。
たとえ大激論になったとしても、それは争いじゃないです。
だって「どんな手段を使っても相手を潰そう」なんて、もりけんさんは考えていないと思うからです。「自分はこう考えていて、そこがあなたの考えと違うのですが、どう思いますか?」ということを直接会ってぶつけるだけです。
 
それを争いとは言えません。
 
船井さんも探究する人ならば、自分と違う説を無視出来ないのではないでしょうか。
 
無視出来るのなら、探究者ではなく、人の上に立って指導したい人なのだと思います。

[C746] >「争い」

船井さんは、『「百匹目の猿」現象によって、幸島の猿たちにボス争いがなくなり、病気や奇形の猿が減り、弱肉強食の世界ではなく互いに支えあい、いたわりあう猿の世界になったことはお話したとおりです』と書いています。
 
幸島の猿たちが餌付けをされたのかどうかわかりませんが、わたしは冒頭の文章を読んだとき、とてもイヤなものを感じました。
 
ボス争いがなぜいけないのか、病気や奇形がなぜいけないのか、弱肉強食がなぜいけないのか・・
 
船井さんはこれらのものを否定しています。
なぜ否定するのでしょうか?
ボス争いは猿にとってとても自然なようにわたしには思えます。
病気や奇形はこの世に存在してはいけないのでしょうか?
弱肉強食だって、自然だと思います。
なぜそれらがなくなると素晴らしい世界になるのかわたしにはわかりません。
 
それは船井さんの価値観でしかないと思います。
すべてに同じ価値観を押し付けようとするところに戦争が生まれるんじゃないかと思います。 
でも、動物は価値観を押し付けようとはしません。
 
あらゆる争いは否定されるべきものという価値観では、全身で他人と関わりあうことができず、本当の意味で、「生きる」ことができなくなると思います。

[C745] >「争い」を読んで

ヒトも動物です。
それに・・・もし神さまがいるなら、
私たちは、神に飼われ、しつけられ、よい子でいないと
エサが与えられないのかな・・・と、ずっと思い込んできたように
思います。
でも、私たちは「みなしご」だ・・・って、もりけんさんの
本を読んで、ほんとうにそうだと思ったんです。
顔もみたことない、母を探し続けているんです。
母は、なにも言わない・・・その姿をあらわすことは
ない。
でも、わたしがここにいることはきっと・・・何かが
おきてここにいる。そして、私はわたし・・・って、
思うのは、どうして?って。自分が存在する理由が
母に会うことができたなら、すこしはわかるかもしれない
・・・。
そんな風に思いました。
わたしは、ごはんも食べるし、勉強(?)もするし、
夜になれば、男の子とエッチすることも・・・ある(爆)
でも、心はうわの空で、違うことを考えてたり、大切なこと
言えないでいたりも、する。
小さく裏切ったり、人前で泣いたり、そうじゃなく泣くことも
あります。
でもそうゆうの、誰でもあると思います。
もし、違ったとしても・・・私は少なくともそうです(爆)
トイレいかないヒトは、ぜーーーーったい、いないじゃん(笑)
なんでそんな、当たり前のことが・・・。
だって、生まれてくるときは誰もみんな
母の「おまんこ」を通ってくるんです。
(でも、これからの時代は帝王切開が流行るかもしれない・・・笑)
できる時だって、母の「おまんこ」に父の・・・・・・
言ってて、疲れてきました(爆)
私も、女の子だから(?)すごく、恥ずかしいです。
言葉にして、言うの。文字で書くことすら・・・(今は、平気!)
だって私の体に開いてる穴、だから・・・。
もりけんさんと向かいあうとき、信じられないくらい、
ものすごく色んな気持ちがわきあがります。
イケナイことは、どうしてイケナイって思うのかを・・・
裸になって穴をのぞきこむようなことをしているな・・・って。
誰にも見せたくない秘部をさらす。でも、それは
とっても愛しているから・・・ぜんぜんコワくないことだって
勝手にわかったんです。
好きなひとのこと、全部受けとめたい。
受けとめてね・・・てゆう気持ち。
相手はどうあれ、勝手に湧きあがってくるんです。
強制的に、愛しなさい・・・と言われたわけではないのに、
なんで、こうなったの?って思います。
イケナイ部分をたくさん見せてくれる、それだけなのに
自然と湧きあがる気持ちなんです。
無理して、全部を受け入れようとしているわけでは
ないのに、世界に「わたし」を見せたくなる・・・って。
もりけんさんの存在は、すごく、キラキラしている。
なんか、嬉しい!もムカつく!!も同じに聞こえてくる。
私が好きだから、そうなのかな・・・?
キライなヤツは嫌いだし(爆)
話が、ズレました(汗)




[C744] 争いって・・・

初投稿するので、慣れてなくて、途中で投稿になってしまいました。
↓  すみません。

[C743] [

私も、最初は「百匹目の猿」に疑問ももたず、せっせと本読んだり、講演会いったりしてました。
その中でも、船井さんお勧めの某会は、今年の10月に大きく地球はシフトするっと公言してました。
しかし、そんな兆候もないと、今度は人間のレベルが低いから・・・???
結局行かなくなりましたが、それにともなう、グッズはかなりのお金を使って買いました。
買ったというか、脅しに近いレベルを貼られて、買ったかんじです。
結局、「争い」という、ひとつの見方も、猿の大将が大将であるための、ものさしと思いました。
そのものさしで、にんげんにレベルを貼ってるんだとも思いました。
  • 2006/05/02-12:14:53
  • 投稿者 :
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[C742] アポ

もし実現したらかなり面白そうです。今からワクワクしてます。
  • 2006/05/02-12:09:59
  • 投稿者 : しんちゃん
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[C741] 争い

同じく、争いについておもいを巡らせてみました。360度の可能性からいうと、えずけさせられたおさるさんは、360度の自由をえずけの分だけ、チョイ不自由なのかなあでっすうう。そう考えてみると、今の人間は本当に360度の自由なのかなあでっすうう。。3次元の秩序は平和を保つために、方向性を決めました。。ちょいっち、不自由ですが、何せ平和のためでっすうう。。・・とチョットまってくださ~い。。360度でバランスをとってるなら、反動はどこへいくのか。。このままだと、未来かも~~汗、汗、汗、ふ~~ん。。だから、もりけんさんがいるんだです。。もし、未来からタイムマシンで来れたら、恋におちて、連れ去りそうでっすうう^^
  • 2006/05/02-12:04:59
  • 投稿者 : バニー
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[C740] >「争い」

>動物にはエゴがないと思います。争っているときだって彼らは自然に生きています。
 
>なのに餌付けをし、「ここの猿はレベルが高い。争いが無いのだから」という視点は、とてもいやらしいと思います。
 

100匹目の猿現象には、芋を与える存在が介在している・・
というのは、今まで気づかなかった視点でした。


自らが芋を与えた結果、相手が思うようになって、
それに満足する。。
やはり、それは、指導することで満足を得たい・・
自らが「原因」になりたい・・ってことなのだと思います。


>私は連休明けに船井さんにアポを取り、ここに書いた内容を面前で説明します。
 そのときは、講演会に使うスライドも持って行きます。
 
>それは「争い」でしょうか?
 

「争い」って、いったい何なのでしょうか・・
これまで、人間は「争い」により、
たくさんの人が死にました。
それは今も・・です。

争いは、相手を支配して、自分がいい思いをしたい・・満足感を得たいというエゴが発端にあるのかな・・と思います。


そしてそれは、自らを守りたいことの裏返しでもあると思います。


自らが支配されることが怖くて・・


でも・・

もりけんさんには、エゴはないと思います。
もりけんさんは、相手を指導したり、
先導者となりたいとは、思っていないだろうし、
むしろ、そんなことしている場合ではないでしょ
といっているからです。

そして、もりけんさんは、まったく自分を守っていません。


もりけんさんは、下位の問いを持った高校生の頃のままのもりけんさんです。。


そのもりけんさんが、船井さんのもとにいく
負けることは目に見えているといいながら、
準備万端でいく

自分を守りたいというエゴがあったら、
そんなことできない・・

もりけんさんは、生きたいからいくと、
いっていました。

そこにはエゴはないと思います。

[C739]

船井さんは日ごろから「こだわらない事」をご自分のモットーとされているようですし、著者やホームページでもそのように生きる事を推奨されています。
ですので、もりけんさんのアポイントはこだわらずに受けていただきたいな~と思いました。

[C738] 船井さんへ

船井さんは、もりけんさんと会って下さるのでしょうか?
会って、ご自分の考えをとりあえず括弧にくくり、もりけんさんの「私は結果」の話をじっくり聴いていただけるのでしょうか?

多分、近代以降は、科学のお陰で「自由」を得た気になり、みんなが「私は原因」です。そして、「自由」の代わりに「責任」を引き受けたのです。
でも、本当に「自由」を得たのでしょうか?相変わらず、過去や今よりも、周りの人よりも、「より良く」なろうとして来ただけ、エゴの自己保存の欲求に縛られているだけのように思えます。
誰かが良くなれば、相対的に誰かが悪くなります。良くなった責任は、自負になり、悪くなった責任は、罪悪感になります。
「私は結果」の仮説は、「私は空洞」=「私がない」という事です。すると、ない自分を磨きようも、より良くしようもありません。
動物にはエゴがありません。人間にも「私は結果」ならもともと、エゴがありません。

私の書いた事は、理解不足かもしれません。
でも、「エゴ」をなくそうの前に、「エゴ」はなかった話しを聴いていただけたらと思います。

[C737] >動物にはエゴがないと思います。争っているときだって彼らは自然に生きています。

>なのに餌付けをし、「ここの猿はレベルが高い。争いが無いのだから」という視点は、とてもいやらしいと思います。
 
争いはイケナイ事なのだろうか…和がすべてだろうか。もし全ての争いがイケナイのなら、私にとってはシルクの衣擦れでさえイケナイ事のように思えました。つながれて、刺激の無い…胎児にもどろうということなのだろうか…とも思います。…わかりません。
もっとドギツクてなぜイケナイのだろう。世の中はしっちゃかめっちゃかでなぜイケナイのだろう。みんなワヤになってなぜいけないのだろう。腹に一物持ってる方がいいのか。。それこそ何のために生まれてきたのだろう。そんな風に責められるためでは無いと思いました。
もりけんさんは「マジ」だから行くのだろうと思ってます。争うためじゃないと思います。争うのは勝つとか負けるとかついてきます。でも「マジ」のとき…そういうコトじゃないんだと思います。たとえ相手にそう扱われようと。いいとか悪いとかの話じゃない気がしました。止もうえない。。それしかないんだと思いました。そうしか関われない局面なんじゃないかと思います。とっちめたいような「私は原因」のボスなんて沢山います。でもなぜ船井さんなのか。。でも。。それは船井さんなんだと思います。これ以上文にする事ができません。これに関してはいつも…息をするのがやっとです。
 
>成功できないのは勘違いさせられているからです。
すごいスレッドテーマですね…こんなのあるんだ…(唸り)

[C736] すばらし~

私なぞが、もりけんさんのことをスバラシ~というのも気が引けますが・・・・・
一方的な非難ではなくて戦いでも争いでもなくて、ただ説明して議論を深めていく、そういうの好きです、私は。
是非、もりけんさんのプレゼンを受けての先方の反応・対応も聞かせて頂きたいです。
  • 2006/05/02-10:41:50
  • 投稿者 : udon
  • URL
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[C735] もりけんさんにお願い

船井さんにもし、会えたら、通販部のおばちゃんの営業態度を改めてくれるよう、言ってくださいませんか?
以前、一回グッズを買ったことがあるんですけど、それからよく夕食前の忙しい時間帯に電話してくるのにも困りものなんですが、もっと驚いたのは、いきなり「CDお送りしときますわ」って言われたとき。タダでくれるのかと思ったら、2.3万で買えって話。ビックリしました。普通の常識では、頼んでもいないのに「物送るから金振り込めよ」というのは、あり得ない話ですよね。資本主義社会の中では。
話の種としては、笑えて面白いのですが、立派な船井先生のイメージには似つかわしくないと思いました。なので、今後注意された方がいいということをお伝え下さい。もし会見が成立したら、の話ですが。

[C734]

私は、もりけんさんのされていることは、「争い」ではなく「戦い」だ、と思います。

百匹の猿だのアセンションだの、私には理解できず、はじめからシャットアウトしていますが、もりけんさんの、相手が年上の方だからと遠慮せず、論戦をしかけるパワーにはビックリしました。

船井さんという方は、よく知らないですが、お年を召した方なら直接、面とむかっての議論は回避するんじゃないですかね。

ですから、アポはことわるんじゃないですか。
もし、もりけんさんと面会されるような方なら、船井さんの著書を読んでみよう、と思います。
  • 2006/05/02-10:29:06
  • 投稿者 : 十四郎
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[C733] >「争い」

私はもりけんさんのやられていることは争いだとは思っていません。
hpで公開されているのは、船井さんともりけんさんとの問題としてではなく、多くの人を巻き込んで,根本的な問題として、皆で考えたいと思っているからではないかと思っています。
hpで公開されることは、もりけんさん自身のリスクも大きいのではないかと思います。
もりけんさんと船井さんとの対談が、また、実現するといいなと思っています。

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