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[C986] >無常

昨日、荒川静香の新しいエキシビジョン・プログラム「アヴェマリア」をTVで見ました。そこでひとつ気がついたことがあります。曲はスローだし、ひとつひとつの動作は決して速くはありません...。しかし、彼女の演技は一瞬たりとも止まっているという印象を受けないのです。まさに「無常」です。

その演技を見ながら、なぜか、太極拳を思い出しました。太極拳は、武術をルーツとした、中国の国民健康体操であるという人もいますが、その動作をみると非常にゆっくりで、なおかつ、ひとつの動作が次の動作に非常になめらかに続いていきます。そして荒川選手の演技と同じく、静止している瞬間がないような印象を受けます。

武術に由来するからかもしれませんが、足を下ろす、それが次の型のために、ここでなくてはならないという足の位置です。ツキを出す、そのときも攻撃の後の防御を常に考えています。

荒川選手の演技もひとつの動作をしていながら、それが手だったり、足だったりするのですが、その動作をしながら、次の型へ移行する準備に入っていたりします。非常に滑らかな連続的な動きです。

また、彼女の動作は鳥が羽ばたいたり、魚が水面でしぶきを上げたりといったような、自然を彷彿とさせるようなところがあります。このことも、野生の動物の動きをまねした動作があるように見えることも、太極拳とよく似ています。

そのような動作は合理的で無駄がなく、ある種の美しさに通じていくと思います。

桜のつぼみが膨らみ、花が少しづつ開き始め、満開になった次の瞬間には、桜の木は、もう次の準備をしています。緑色の葉がでてきます。桜にしてみれば、花の満開は「極点」ではありません。花の影で葉を出す準備を着々と進めています。非常になめらかな移行です。「無常」とは、本来、単に、このようなことではないかと思います。

葉桜よりも満開の桜に、「頂点」として上位の価値をおくならば、「無常」が「人の世ははかない(パソコンの辞書より)」に通じることもあるかと思いますが...。
  • 2006/05/07-10:49:21
  • 投稿者 : ナイル
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[C980] 万物は流転するという言葉があります。

たしかに「現象」の世界は多様で変化します。しかし、「現象」とは全然別個の「意思」と呼べるようなものが世界にあったとします。この「意思」は「現象」がどんなに変化しても変わらないのかもしれません。世界はお互いに影響を与え合わない二つの顔を持っているのかもしれません。とすると、現象面に足をとられると、この世の本質を見誤ることになると思います...。

現象は感覚で捉えることができます。しかし、人間の感覚には限界があり、現象以外のものをとらえることができないのかもしれません。世界の「意思」の部分は5感以外のセンサーによって、間接的に認識しなくてはならないのかもしれません。そのひとつが仮説を立てるという物事の認識の仕方ではないかと思います...。

さて、無常の反対語は恒常だと思います。恒常とはこの世の扇の要のようなものかもしれません。逆に、この扇の要がないと、万物は流転しようにもできないのかもしれません。

この世の無限の多様性にみえるものは、実は、驚くほど単純な少数の法則の組み合わせ(それに時間が関与することによって)によってできあがっているのかもしれないと思いました。時間が関与することによって多様性は無限大に近くなると思います。
  • 2006/05/06-23:54:05
  • 投稿者 : ナイル
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[C179] ウムウム~

モリケンさんは各方面に無限に360度広がれるようです各方面開閉自由なのかなあ。普通の人間にはできません。宇宙は無限に広がりたくて、モリケンさんを産んだのかも~。ということは、モリケンさんのお父ちゃんとお母ちゃんが、宇宙なのかあ~うまいことシンクロしたもんだあ~何を食っとんたんじぁろ~
  • 2006/04/13-09:07:40
  • 投稿者 : ロッコウ
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[C154] 桜さく頃

どしてでしょう~浮遊感がどんどんましますね~やっぱりにゃんこ~春はみぃんな恋の季節なんだにぁ~未来から過去の波動にふわふわ乗るとき相殺感も含まれ沖感と隣あわせにぁんこ~シンクロ度と関係あるにゃんかにゃ~桜の花びらかわいいから好きニャンニャン
  • 2006/04/11-22:43:51
  • 投稿者 : にゃんこ
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[C113] 無常

桜は今まで、見ていると胸の中心辺りがワサワサして(感情とかではなくて、感覚)なんだか落ち着かないので、あまりじっくり見たいと思いませんでした。
 
私は、無常と聞くと諦めのような、生命力とは逆の衰退したようなイメージを感じます。
ちょうど昨日桜を見にドライブしたのですが、私は散り行く桜にも、今から咲く桜にも生命力を感じました。
考えたら、運命は決まってると知る前には、桜に無常感を感じました。

  • 2006/04/10-15:01:11
  • 投稿者 : mou
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[C98] 無常説

波動説+波調説もありかなあ~。グレーゾーン突入で、波調説を考えると、無常感の中を浮遊しているようなものです。3次元を360度だと無限大には、つながらない感あります。コントローラには時空の制御を感じます。時空なら、なんでもやっていいのかあ~~!!
  • 2006/04/09-17:55:33
  • 投稿者 : フレンド
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[C86] > 世界は本当に無常でしょうか・・。

ハッとさせられました...
日常において落ち込んだり、傷つくことがあるたび、「無常なんだから。。。」と自分に言い聞かせている自分がいました。

> 無常だというのは、表面だけの世界だと思います。

本当にそうですね・・
こうしてここ何年も毎日もりけんさんのHPを拝見しているのに、六爻占術にも縁をいただけたのに、今まで私は何を見ていたのでしょうか(--;

[C84] >「世は無常」でしょうか?

 私も、陰陽五行は、「変化することのない普遍のルール」だと思います。
 このルールが変わると、世の中の摂理も変わってしまうと思います。

>桜が散るのを見ながら「世は無常だ」とつぶやく人
↑人は、往々にして、物事の表面しか見ない傾向があると思います。
 

[C83] 無常

桜の花はひとつだけだと派手に見えないのに
たくさん、咲くことで風景が華やいで
そしてすっと散ってしまうのに無常を感じてしまうと思います。
 
桜の花に潔さを感じますが、私は潔さで生きたくないなあと思います。
桜はいつもそこにあるのにと思っています。

[C82]



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  • 2006/04/09-12:01:25
  • 投稿者 : e-アフィリ
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[C79] 桜

ハラハラと散る桜の花に見る「無常観」は、切ないものです。

>本元(ほんもと)の陰陽五行のルールは、変化していないのではないかということです。

しかし、変わらないというのも、また切ないです。

[C78] 無常

 やはりひいている感じがします。外側から本当に表面を見ている気がします。
 無常感からは、人間の生命感を感じません、あくせくしながらぎくしゃくしながらも傷ついても走り抜けるような生命力のほうがいいなと思ったりします。
  • 2006/04/09-06:02:23
  • 投稿者 : yk
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[C77] はじめまして

ブログは静かに進んでいる感じです。毎日たくさんのコメントがあって進み方の距離はすごいと思います。昨日、4月8日は日本の花まつり。釈迦のお誕生日に無常について考えるにはいいタイミングで。以前インドの瞑想センターで、釈迦が瞑想で、この世は、10の27乗の速さで動いてると直感したと教えられました。桜の花びらはその速さの果てでゆっくりと舞って地に落ち、その速さで土に返る印象が、どうしてもあるんです。

[C76] 表面

年に1度の桜の時期になると、やっぱり目が行きます。花びらが散り風に舞う姿に、はかなさを感じることもあります。
表面しか見ていないことって、多いです。
表面しか見えないことが多いです。
自分が、表面を見ることしか知らないような気もします。
「私」が桜を見るのではなく、「私」が桜になったらどうなのだろうと思いました。なれないけど・・・人間も、働き盛りのときは桜で言う満開期で、老いていくことは同じです。

[C75] >根本の世界は違いそうなのです。

今朝、洋装と和装は下着が違っているけど、両方とも下着の着け方がちゃんとしていないと、きれいに見えないということから、基礎って大事だよな~と思いました。下位の問いは基礎で、もりけんさんは基礎を研究してるんだな~と思いました。
そうして、上着が洋装から和装に変わると、下着も変わるけど、時空の場合は上位のことが変わったら、下位も変わったりするんだろうかと思いました。ブログを読んだら、「根本の世界は違いそう」とあって、ああ違うんだな~と思いました。
ナイスタイミングなブログです。
  • 2006/04/09-02:11:05
  • 投稿者 : リョウコ
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[C74] 無常

私は無常だと思っていました。そういう考え方をしているとあきらめるしかなくなってしまいます。
だから今日のブログをみてなんか目の前が明るくなるような感じがしました。
根本の世界かぁ。。。
ほんと表面しか見えてませんでした....
  • 2006/04/09-01:45:38
  • 投稿者 : める
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[C73] はじめまして

鏡でできた多面体を覗き込んでしまったみたいな感じ‥いろいろな切り口があるのだなと思いました。決まりきった言葉で流してしまえば、そのまま思考停止してしまいそう。
  • 2006/04/08-23:58:25
  • 投稿者 : さら
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[C72] >「世は無常」でしょうか?

桜の木は日本にはとても多いし、目立つので、この時期はどうしても桜の花に目が行ってしまいます。
でも、桜の花が咲くのも散るのも、昨日の話にあった電波時計が動くのも、新緑が芽を出すのも、みな何らかの外側からの力でそうなってるだけにすぎません・・。
この世のにあわられる変化、現象を表面からだけで見ると、確かに無常だらけです。
人間の命もそうです。
でも、この世に存在するすべての現象には決まった根本のルールがあるのではないか・・
それを考えたとき、表面の変化だけを見て、ああ・・と思ってる場合ではないのだ・・と思いました。

[C70] >「世は無常」でしょうか?

なぜ歴史が進むのか、
時代が変わるのか、
社会が発展するのか
以前からとても不思議でした。
 
人間の運命を決めているといわれる誕生時間の命式は
古代人のものも現代人のものも
かわらないはずです。 
 
10個の天干と12個の地支の組み合わせの
干支によって成り立つという点で、
なんら違いはないはずですし、
60年に一度同じ命式が出現している
可能性もあります。
 
それなのになぜこんなに
時代が変わり、社会が変わるのか・・
 
時代や社会を決めているものが
なにか別にあるのだろうか・・と考えたりしました。
 
しかし、おそらくは、何かを発明するという
命式をもって生まれた人によって
道具が発明され、それによって社会が変化し、
そしてまた、何かを発見するという命式をもった人が
そのときの社会に応じた何かを発見し、
それによってまた社会が影響を受け・・
というようにして、表面的には
時代や社会が進んでいるように見えるのかなと思いました。
 
でも、時代や社会の担い手である人間の命式は
古代人も現代人もまったく変化していないはずだと思います。

[C68] >無常だというのは、表面だけの世界だと思います。

そうだと思います・・・

さくらの花は好きです。香りもすきです。
和室に自分で描いた夜桜をかざってあります。ときどき眺めてはきれいだなと思います。


無常を感じるときは、個の幸せに執着しているときのような気がします。
運命のままに生きるしかないと思えば、こころが静かになるような気がします。

あきらめているからでしょうか・・・・・

[C67] 水面

氷の張った水面の上が寒かろうか暑かろうが、
水面下には直接関係が無いように思います。

水鳥が泳ぐ姿の真実は水面下の懸命な足掻きに
あるように思います。

表面だけ見てその向こうにあるものを見ようとしないと「終わっている」と思いました。

[C66] >無常だというのは、表面だけの世界だと思います。

春の宵、満月をバックに少人数の観客を前にした舞を見たことがあります。
桜が満開で花びらの舞い散る境内で繰り広げられる能の世界に鳥肌立つ思いでした。


能の題材は世の無常をうたうものが多いです。
無常の世の中は運命の無情さにも通じ、この世の中には変わらないものなどなく、また人の思い通りになる運命もないと思わされます。


人間にとって、今生では運命に翻弄されて生き、死んでもそれで終わりではなく輪廻転生で果てしない時間の中を彷徨うという切ないほどの無常さは果たして表面だけものでしょうか・・・。
運命の坩堝に放り込まれてなされるがままの状態で生かされる人間は無常を生きていないでしょうか・・・。


しかし良く考えると本当のところを知らないで生きることのほうがいっそうの無常感を感じます。


人間にとって無常のルールを与えた何かは決まったルールで動いてるのではないか・・・。
いろんな情報が集まりそのルールの謎を解き明かすことができれば、この無常の原因は無常ではないあるもの、もしかしたら五行かもしれないし、それを含む何かかもしれないし・・・・。


人間は無常を生き、それをコントロールするルールは無常ではないと思うと、夜桜に幽玄を感じている暇もないくらいタイムリミットを感じます。

[C65] 無常

桜が散るのを見ながら「世は無常だ」とつぶやく人は、目を楽しませてくれる桜の花が散るのが惜しいという感情で言ってるかも。無常は刻々と変化している状態だと思いますが、桜ならば春に芽が膨らみ、花が咲き、散り、赤肌を見せ、葉が茂み、落葉し・・・と刻々と変化しているのに、花が散る以外で「無常だ」とは聞かない。そもそも花が咲いて散る意外は見もしないかも。刻々と変化しなければ食べたものが分解消化できなくて困るし。その無常として現われるこの世界の瞬間瞬間の現象(表面、解)を動かしているルール(方程式)は・・・。陰陽五行のルールは変化しないかは(包括するようなルールがこれからでてくるか)分かりませんが、陰陽五行を含んだ占いはその解(現象)を動的(変化)に卦の中で見せてくれるとは思います(何時でもかは分かりませんが)。また卦の中で時間としての変化と空間としての現象が、同じ記号(五行十二支等)で現されるということは、現象から未来への時間的な変化を類推できる可能性を感じさせます。外応もそれに属するかもしれません。

[C64] がっちりと、、、

世が移ろっていくように見えるのは、それが、アウトプットだからだと、思いました。
しかし、矛盾なくアウトプットが続く世界の裏側に、変わらないがっちりとしたルールの世界があるのなら、見つけてみたい。
たとえ不思議な現象であっても、そのルールの内だという気がします。

[C63] 昨日のブログにも

ありましたが、生命の理解が違ってくると
サクラの見え方も変わってくると思いました。
 
サクラを”人生”になぞらえて眺めれば、
太く短くぱっと散る、という風に見えます。
 
しかし、それは感傷だと思います。
 
感傷というのは、洞察力を放棄した
状態だと思います。
 
「命の尊さ」とか、「命がかかっている」とか、
簡単に言うのは、感傷に流れている証拠でしょう。
 
感傷は、相手の中に感情移入していくこととは
似て非なることだと思います。
 
相手の中に入っていこうとすれば、
まず自分を捨ててかからなければならないけれど、
 
命の尊さとか、サクラが無常とか言っているうちは
自分を守ることに入墓している状態だと思います。

[C62] 「世は無常」でしょうか?

桜の花の散る様はとても綺麗だと思います。風に舞う花びらの中を歩くのが好きです。
綺麗に咲き誇っている花があっという間に散ってしまうのが惜しいとは思いますがそれはやはり表面しか見ていないのだな・・と思いました。

[C61] 「世は無常」でしょうか?

満開の桜を見るのは好きですし、お寺や山の中で見ると「日本だな~」って思います。
でもきっと桜の木は世界中にあるんだろうなぁとも思います(^^;
 
桜の花や枯葉が散るのを見て「この世は無常だ…」と考えたこと、ありました。でもそれは目の前の景色に圧倒されて感傷的になっているからだと思いました。
 
たしかに物はいつか壊れるとか、花が散るというのは、同じ状態がずっと続くことはないということで、常ではないと感じます。
でも散らない花は無い…とも考えます。
 
この二つの事を別々に考えている時には気が付かないけど、一緒に考えたら「あれ?」と思います。
 
思い込みって、すごく多いと思いました。 

[C60] ルールと変化

確かに社会のルールは変化するなぁと思いました。私とあなたのマイナールールから、大勢の公的なルールまで、時ともに現状にあわせて変わっていきます。
桜の無常感は何処からくるのだろうかと思います。移り変わり散るのが無常で儚さを感じさせたとしても一時の事でまた来年咲きます。桜にしてみりゃ早く葉をだしたいかもしれないし。
前に読んでた本でイギリスの桜は気候の違いか一ヶ月ほど咲いていて儚くない、むしろ生命感が…というような文を読みました。(うろおぼえですが)この無常観も日本のマイナールールなのかもしれないと思いました。環境に左右されてるのかもしれないと思いました。

[C59] はじめまして

はじめまして。
フシケンのHPはロム専で考えさせられています。
無常と感じるのは、いつか来る自分の死を予感するからでしょう。
もりけんさんの調査で、生まれ変わりがあるかも、と教えてもらいましたが、大多数の人にとっては、いまの人格は消えてしまうのですから。
  • 2006/04/08-11:18:07
  • 投稿者 : 十四郎
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[C58] 本質

根本的な事を教えてくれる陰陽五行はすごいと思います。
  • 2006/04/08-10:57:21
  • 投稿者 : キャロル
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「世は無常」でしょうか?

 今、桜が満開です。
「桜は日本的だ」とか、「桜には美学がある」という人もいます。パッと咲いてパッと散るところが潔くて良いのでしょう・・。
 
 たしかに路地裏を歩いているときなど、突然現れた満開のさくらにビックリすることがあります。
 その下を通るとき、花びらが落ちてくると、何ともいえない気持ちになります。
 
 しかし私は、桜が散るのは「根本的」ではないという仮説を持ち始めました。
 
 世界はそれぞれだし、桜の生き方をどうこう言うほうがおかしいという人もいると思います。
 ですがコトはそれですまされません。
 私は、根本を理解できていないからです。
 
 世界は無常だと言う人もいます。さくらが咲いてからの数週間は、それを絵にしたようなものです。
 ですが、世界は本当に無常でしょうか・・。
 
 私は今、中国から伝わった占いを通じて、陰陽五行の世界を研究しています。「私は誰」「世界はどうなっているの」を知るためです。
 でも今まででわかったことは、本元(ほんもと)の陰陽五行のルールは、変化していないのではないかということです。
 
 世の中には法律というものがあります。犯罪が増えれば法律は厳しくなり、規制しすぎれば緩和されます。
 つまりルールは変化するのが我々の社会です。
 
 でも根本の世界は違いそうなのです。
 科学の方程式が次々に発見されてきましたが、あれはたぶん、物理のルールが変化したわけではなさそうです。元々あったルールが発見されただけです。
 
 無常だというのは、表面だけの世界だと思います。
 
 桜が散るのを見ながら「世は無常だ」とつぶやく人は、表面しか見ていないのかも知れないと思いました。
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30件のコメント

[C986] >無常

昨日、荒川静香の新しいエキシビジョン・プログラム「アヴェマリア」をTVで見ました。そこでひとつ気がついたことがあります。曲はスローだし、ひとつひとつの動作は決して速くはありません...。しかし、彼女の演技は一瞬たりとも止まっているという印象を受けないのです。まさに「無常」です。

その演技を見ながら、なぜか、太極拳を思い出しました。太極拳は、武術をルーツとした、中国の国民健康体操であるという人もいますが、その動作をみると非常にゆっくりで、なおかつ、ひとつの動作が次の動作に非常になめらかに続いていきます。そして荒川選手の演技と同じく、静止している瞬間がないような印象を受けます。

武術に由来するからかもしれませんが、足を下ろす、それが次の型のために、ここでなくてはならないという足の位置です。ツキを出す、そのときも攻撃の後の防御を常に考えています。

荒川選手の演技もひとつの動作をしていながら、それが手だったり、足だったりするのですが、その動作をしながら、次の型へ移行する準備に入っていたりします。非常に滑らかな連続的な動きです。

また、彼女の動作は鳥が羽ばたいたり、魚が水面でしぶきを上げたりといったような、自然を彷彿とさせるようなところがあります。このことも、野生の動物の動きをまねした動作があるように見えることも、太極拳とよく似ています。

そのような動作は合理的で無駄がなく、ある種の美しさに通じていくと思います。

桜のつぼみが膨らみ、花が少しづつ開き始め、満開になった次の瞬間には、桜の木は、もう次の準備をしています。緑色の葉がでてきます。桜にしてみれば、花の満開は「極点」ではありません。花の影で葉を出す準備を着々と進めています。非常になめらかな移行です。「無常」とは、本来、単に、このようなことではないかと思います。

葉桜よりも満開の桜に、「頂点」として上位の価値をおくならば、「無常」が「人の世ははかない(パソコンの辞書より)」に通じることもあるかと思いますが...。
  • 2006/05/07-10:49:21
  • 投稿者 : ナイル
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[C980] 万物は流転するという言葉があります。

たしかに「現象」の世界は多様で変化します。しかし、「現象」とは全然別個の「意思」と呼べるようなものが世界にあったとします。この「意思」は「現象」がどんなに変化しても変わらないのかもしれません。世界はお互いに影響を与え合わない二つの顔を持っているのかもしれません。とすると、現象面に足をとられると、この世の本質を見誤ることになると思います...。

現象は感覚で捉えることができます。しかし、人間の感覚には限界があり、現象以外のものをとらえることができないのかもしれません。世界の「意思」の部分は5感以外のセンサーによって、間接的に認識しなくてはならないのかもしれません。そのひとつが仮説を立てるという物事の認識の仕方ではないかと思います...。

さて、無常の反対語は恒常だと思います。恒常とはこの世の扇の要のようなものかもしれません。逆に、この扇の要がないと、万物は流転しようにもできないのかもしれません。

この世の無限の多様性にみえるものは、実は、驚くほど単純な少数の法則の組み合わせ(それに時間が関与することによって)によってできあがっているのかもしれないと思いました。時間が関与することによって多様性は無限大に近くなると思います。
  • 2006/05/06-23:54:05
  • 投稿者 : ナイル
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[C179] ウムウム~

モリケンさんは各方面に無限に360度広がれるようです各方面開閉自由なのかなあ。普通の人間にはできません。宇宙は無限に広がりたくて、モリケンさんを産んだのかも~。ということは、モリケンさんのお父ちゃんとお母ちゃんが、宇宙なのかあ~うまいことシンクロしたもんだあ~何を食っとんたんじぁろ~
  • 2006/04/13-09:07:40
  • 投稿者 : ロッコウ
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[C154] 桜さく頃

どしてでしょう~浮遊感がどんどんましますね~やっぱりにゃんこ~春はみぃんな恋の季節なんだにぁ~未来から過去の波動にふわふわ乗るとき相殺感も含まれ沖感と隣あわせにぁんこ~シンクロ度と関係あるにゃんかにゃ~桜の花びらかわいいから好きニャンニャン
  • 2006/04/11-22:43:51
  • 投稿者 : にゃんこ
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[C113] 無常

桜は今まで、見ていると胸の中心辺りがワサワサして(感情とかではなくて、感覚)なんだか落ち着かないので、あまりじっくり見たいと思いませんでした。
 
私は、無常と聞くと諦めのような、生命力とは逆の衰退したようなイメージを感じます。
ちょうど昨日桜を見にドライブしたのですが、私は散り行く桜にも、今から咲く桜にも生命力を感じました。
考えたら、運命は決まってると知る前には、桜に無常感を感じました。

  • 2006/04/10-15:01:11
  • 投稿者 : mou
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[C98] 無常説

波動説+波調説もありかなあ~。グレーゾーン突入で、波調説を考えると、無常感の中を浮遊しているようなものです。3次元を360度だと無限大には、つながらない感あります。コントローラには時空の制御を感じます。時空なら、なんでもやっていいのかあ~~!!
  • 2006/04/09-17:55:33
  • 投稿者 : フレンド
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[C86] > 世界は本当に無常でしょうか・・。

ハッとさせられました...
日常において落ち込んだり、傷つくことがあるたび、「無常なんだから。。。」と自分に言い聞かせている自分がいました。

> 無常だというのは、表面だけの世界だと思います。

本当にそうですね・・
こうしてここ何年も毎日もりけんさんのHPを拝見しているのに、六爻占術にも縁をいただけたのに、今まで私は何を見ていたのでしょうか(--;

[C84] >「世は無常」でしょうか?

 私も、陰陽五行は、「変化することのない普遍のルール」だと思います。
 このルールが変わると、世の中の摂理も変わってしまうと思います。

>桜が散るのを見ながら「世は無常だ」とつぶやく人
↑人は、往々にして、物事の表面しか見ない傾向があると思います。
 

[C83] 無常

桜の花はひとつだけだと派手に見えないのに
たくさん、咲くことで風景が華やいで
そしてすっと散ってしまうのに無常を感じてしまうと思います。
 
桜の花に潔さを感じますが、私は潔さで生きたくないなあと思います。
桜はいつもそこにあるのにと思っています。

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  • 2006/04/09-12:01:25
  • 投稿者 : e-アフィリ
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[C79] 桜

ハラハラと散る桜の花に見る「無常観」は、切ないものです。

>本元(ほんもと)の陰陽五行のルールは、変化していないのではないかということです。

しかし、変わらないというのも、また切ないです。

[C78] 無常

 やはりひいている感じがします。外側から本当に表面を見ている気がします。
 無常感からは、人間の生命感を感じません、あくせくしながらぎくしゃくしながらも傷ついても走り抜けるような生命力のほうがいいなと思ったりします。
  • 2006/04/09-06:02:23
  • 投稿者 : yk
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[C77] はじめまして

ブログは静かに進んでいる感じです。毎日たくさんのコメントがあって進み方の距離はすごいと思います。昨日、4月8日は日本の花まつり。釈迦のお誕生日に無常について考えるにはいいタイミングで。以前インドの瞑想センターで、釈迦が瞑想で、この世は、10の27乗の速さで動いてると直感したと教えられました。桜の花びらはその速さの果てでゆっくりと舞って地に落ち、その速さで土に返る印象が、どうしてもあるんです。

[C76] 表面

年に1度の桜の時期になると、やっぱり目が行きます。花びらが散り風に舞う姿に、はかなさを感じることもあります。
表面しか見ていないことって、多いです。
表面しか見えないことが多いです。
自分が、表面を見ることしか知らないような気もします。
「私」が桜を見るのではなく、「私」が桜になったらどうなのだろうと思いました。なれないけど・・・人間も、働き盛りのときは桜で言う満開期で、老いていくことは同じです。

[C75] >根本の世界は違いそうなのです。

今朝、洋装と和装は下着が違っているけど、両方とも下着の着け方がちゃんとしていないと、きれいに見えないということから、基礎って大事だよな~と思いました。下位の問いは基礎で、もりけんさんは基礎を研究してるんだな~と思いました。
そうして、上着が洋装から和装に変わると、下着も変わるけど、時空の場合は上位のことが変わったら、下位も変わったりするんだろうかと思いました。ブログを読んだら、「根本の世界は違いそう」とあって、ああ違うんだな~と思いました。
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  • 2006/04/09-02:11:05
  • 投稿者 : リョウコ
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[C74] 無常

私は無常だと思っていました。そういう考え方をしているとあきらめるしかなくなってしまいます。
だから今日のブログをみてなんか目の前が明るくなるような感じがしました。
根本の世界かぁ。。。
ほんと表面しか見えてませんでした....
  • 2006/04/09-01:45:38
  • 投稿者 : める
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[C73] はじめまして

鏡でできた多面体を覗き込んでしまったみたいな感じ‥いろいろな切り口があるのだなと思いました。決まりきった言葉で流してしまえば、そのまま思考停止してしまいそう。
  • 2006/04/08-23:58:25
  • 投稿者 : さら
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[C72] >「世は無常」でしょうか?

桜の木は日本にはとても多いし、目立つので、この時期はどうしても桜の花に目が行ってしまいます。
でも、桜の花が咲くのも散るのも、昨日の話にあった電波時計が動くのも、新緑が芽を出すのも、みな何らかの外側からの力でそうなってるだけにすぎません・・。
この世のにあわられる変化、現象を表面からだけで見ると、確かに無常だらけです。
人間の命もそうです。
でも、この世に存在するすべての現象には決まった根本のルールがあるのではないか・・
それを考えたとき、表面の変化だけを見て、ああ・・と思ってる場合ではないのだ・・と思いました。

[C70] >「世は無常」でしょうか?

なぜ歴史が進むのか、
時代が変わるのか、
社会が発展するのか
以前からとても不思議でした。
 
人間の運命を決めているといわれる誕生時間の命式は
古代人のものも現代人のものも
かわらないはずです。 
 
10個の天干と12個の地支の組み合わせの
干支によって成り立つという点で、
なんら違いはないはずですし、
60年に一度同じ命式が出現している
可能性もあります。
 
それなのになぜこんなに
時代が変わり、社会が変わるのか・・
 
時代や社会を決めているものが
なにか別にあるのだろうか・・と考えたりしました。
 
しかし、おそらくは、何かを発明するという
命式をもって生まれた人によって
道具が発明され、それによって社会が変化し、
そしてまた、何かを発見するという命式をもった人が
そのときの社会に応じた何かを発見し、
それによってまた社会が影響を受け・・
というようにして、表面的には
時代や社会が進んでいるように見えるのかなと思いました。
 
でも、時代や社会の担い手である人間の命式は
古代人も現代人もまったく変化していないはずだと思います。

[C68] >無常だというのは、表面だけの世界だと思います。

そうだと思います・・・

さくらの花は好きです。香りもすきです。
和室に自分で描いた夜桜をかざってあります。ときどき眺めてはきれいだなと思います。


無常を感じるときは、個の幸せに執着しているときのような気がします。
運命のままに生きるしかないと思えば、こころが静かになるような気がします。

あきらめているからでしょうか・・・・・

[C67] 水面

氷の張った水面の上が寒かろうか暑かろうが、
水面下には直接関係が無いように思います。

水鳥が泳ぐ姿の真実は水面下の懸命な足掻きに
あるように思います。

表面だけ見てその向こうにあるものを見ようとしないと「終わっている」と思いました。

[C66] >無常だというのは、表面だけの世界だと思います。

春の宵、満月をバックに少人数の観客を前にした舞を見たことがあります。
桜が満開で花びらの舞い散る境内で繰り広げられる能の世界に鳥肌立つ思いでした。


能の題材は世の無常をうたうものが多いです。
無常の世の中は運命の無情さにも通じ、この世の中には変わらないものなどなく、また人の思い通りになる運命もないと思わされます。


人間にとって、今生では運命に翻弄されて生き、死んでもそれで終わりではなく輪廻転生で果てしない時間の中を彷徨うという切ないほどの無常さは果たして表面だけものでしょうか・・・。
運命の坩堝に放り込まれてなされるがままの状態で生かされる人間は無常を生きていないでしょうか・・・。


しかし良く考えると本当のところを知らないで生きることのほうがいっそうの無常感を感じます。


人間にとって無常のルールを与えた何かは決まったルールで動いてるのではないか・・・。
いろんな情報が集まりそのルールの謎を解き明かすことができれば、この無常の原因は無常ではないあるもの、もしかしたら五行かもしれないし、それを含む何かかもしれないし・・・・。


人間は無常を生き、それをコントロールするルールは無常ではないと思うと、夜桜に幽玄を感じている暇もないくらいタイムリミットを感じます。

[C65] 無常

桜が散るのを見ながら「世は無常だ」とつぶやく人は、目を楽しませてくれる桜の花が散るのが惜しいという感情で言ってるかも。無常は刻々と変化している状態だと思いますが、桜ならば春に芽が膨らみ、花が咲き、散り、赤肌を見せ、葉が茂み、落葉し・・・と刻々と変化しているのに、花が散る以外で「無常だ」とは聞かない。そもそも花が咲いて散る意外は見もしないかも。刻々と変化しなければ食べたものが分解消化できなくて困るし。その無常として現われるこの世界の瞬間瞬間の現象(表面、解)を動かしているルール(方程式)は・・・。陰陽五行のルールは変化しないかは(包括するようなルールがこれからでてくるか)分かりませんが、陰陽五行を含んだ占いはその解(現象)を動的(変化)に卦の中で見せてくれるとは思います(何時でもかは分かりませんが)。また卦の中で時間としての変化と空間としての現象が、同じ記号(五行十二支等)で現されるということは、現象から未来への時間的な変化を類推できる可能性を感じさせます。外応もそれに属するかもしれません。

[C64] がっちりと、、、

世が移ろっていくように見えるのは、それが、アウトプットだからだと、思いました。
しかし、矛盾なくアウトプットが続く世界の裏側に、変わらないがっちりとしたルールの世界があるのなら、見つけてみたい。
たとえ不思議な現象であっても、そのルールの内だという気がします。

[C63] 昨日のブログにも

ありましたが、生命の理解が違ってくると
サクラの見え方も変わってくると思いました。
 
サクラを”人生”になぞらえて眺めれば、
太く短くぱっと散る、という風に見えます。
 
しかし、それは感傷だと思います。
 
感傷というのは、洞察力を放棄した
状態だと思います。
 
「命の尊さ」とか、「命がかかっている」とか、
簡単に言うのは、感傷に流れている証拠でしょう。
 
感傷は、相手の中に感情移入していくこととは
似て非なることだと思います。
 
相手の中に入っていこうとすれば、
まず自分を捨ててかからなければならないけれど、
 
命の尊さとか、サクラが無常とか言っているうちは
自分を守ることに入墓している状態だと思います。

[C62] 「世は無常」でしょうか?

桜の花の散る様はとても綺麗だと思います。風に舞う花びらの中を歩くのが好きです。
綺麗に咲き誇っている花があっという間に散ってしまうのが惜しいとは思いますがそれはやはり表面しか見ていないのだな・・と思いました。

[C61] 「世は無常」でしょうか?

満開の桜を見るのは好きですし、お寺や山の中で見ると「日本だな~」って思います。
でもきっと桜の木は世界中にあるんだろうなぁとも思います(^^;
 
桜の花や枯葉が散るのを見て「この世は無常だ…」と考えたこと、ありました。でもそれは目の前の景色に圧倒されて感傷的になっているからだと思いました。
 
たしかに物はいつか壊れるとか、花が散るというのは、同じ状態がずっと続くことはないということで、常ではないと感じます。
でも散らない花は無い…とも考えます。
 
この二つの事を別々に考えている時には気が付かないけど、一緒に考えたら「あれ?」と思います。
 
思い込みって、すごく多いと思いました。 

[C60] ルールと変化

確かに社会のルールは変化するなぁと思いました。私とあなたのマイナールールから、大勢の公的なルールまで、時ともに現状にあわせて変わっていきます。
桜の無常感は何処からくるのだろうかと思います。移り変わり散るのが無常で儚さを感じさせたとしても一時の事でまた来年咲きます。桜にしてみりゃ早く葉をだしたいかもしれないし。
前に読んでた本でイギリスの桜は気候の違いか一ヶ月ほど咲いていて儚くない、むしろ生命感が…というような文を読みました。(うろおぼえですが)この無常観も日本のマイナールールなのかもしれないと思いました。環境に左右されてるのかもしれないと思いました。

[C59] はじめまして

はじめまして。
フシケンのHPはロム専で考えさせられています。
無常と感じるのは、いつか来る自分の死を予感するからでしょう。
もりけんさんの調査で、生まれ変わりがあるかも、と教えてもらいましたが、大多数の人にとっては、いまの人格は消えてしまうのですから。
  • 2006/04/08-11:18:07
  • 投稿者 : 十四郎
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[C58] 本質

根本的な事を教えてくれる陰陽五行はすごいと思います。
  • 2006/04/08-10:57:21
  • 投稿者 : キャロル
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