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-件のコメント

[C1097] 最近、二部上場企業とたったひとりで戦いました。

まだ若い担当者は「あなたは社内の会議でもほとんど相手にされていない」といいました。私は無視され、あざ笑われました。しかし、全く思いがけない要因でその担当者は墓穴を掘り、私とその企業は和解に至りました。

個人が企業などの集団と戦うことは大変だと感じました。しかしどんなに劣勢でもゲリラ戦に持ち込めれば五分五分で戦える場合があるのではないかと思います。

私もネットワークを駆使することを意識したわけではないのですが、いろいろな人に助けを求め、たすけられました。

さて、ゲリラ戦の本質とは何でしょうか?それはネットワークと奇襲などの奇抜な作戦だと思います。何をするかわからないというところが既成の価値観にこりかたまった集団には怖いのだと思います。誰が誰につながっているかもわからない..。

企業で働いている人たちは内側を向いています。会議でたとえば私をあざわらったり相手にしなかったりしたのでしょう(笑)。あんなの無視すればいいよ、と。

内側と外側を同時に意識して気にすることは不可能です。

とすれば、企業やその他100匹目のサルたちなどの「集団」は、外を見ることができず、集団死に向かうこともあると思います。これに引き換え、ネットワークは、たとえば、武蔵側のネットワークに登場する人物は、みな、このような意味で「内」を向いてはいません。集団死することはないのではないかと思います。

皆が外を向いており、内ばかりを向いて集団死に向かっていないというのが、ネットワークの強さなのではないかと思い至りました。

武蔵の戦い方はいろいろな意味でゲリラ戦だなと思います。
  • 2006/05/09-20:44:21
  • 投稿者 : ナイル
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[C1018] 小次郎軍団は

戦いに向かって収束していっているような感じがします
日常をそこに向けて収束していっているような感じです
 
武蔵側は、日常に拡散していっていると言うか・・日常に拡散というのも変な言い方ですが・・
日常の中にありながら、運命のその一点に向かって、あらゆるものが収束してきている・・そんな感じがしました

[C1011] >佐助と大旦那

まわりも相当どきどきしてるって感じが伝わってきます。武蔵が出てこないと、読んでるほうも、なにしてるのかなって、気になります。佐助も大旦那も武蔵が好きなんだなって気がします。
佐助はよく、羽織まで用意していたなって思いました。
  • 2006/05/07-20:36:49
  • 投稿者 : リョウコ
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[C992] 勝ち負けにこだわってない武蔵

勝ち負けにこだわってない武蔵を感じました。
決闘の朝はピリピリした雰囲気の中で座禅を組んで、精神統一といきたいとこです。

それが、旦那と佐助に絵を書いている・・・このブログを読まずに直接本を読んだら、「え~っなんで絵なんかかいてんの」と思ったかもしれません。

テレビの脚本家もそう思ったから、登場しなかったのかも知れないと思いました。

生への執着、勝つことへの執着がないってことが、「鳥の声が聞こえる」っていうことなんですね。

綿入れを用意していた佐助の用意周到さ。ネットワークってすごいです。

[C981]

絵を書いた時点で勝負あったみたいな♪
  • 2006/05/07-01:44:28
  • 投稿者 :
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[C979]

生死を賭けた決闘の前に流れる淡々とした時間・・・
大旦那と佐助そして武蔵が見せる女性的な一面は、生をもぎ取ろうというような荒ぶった男性的な面は微塵もありません。
「生」に執着することなく、「死」をも見据えていたからだと思いました。

[C978] すいません

「佐助と大旦那」についてのコメントを「巌流島を目指して」に投稿してしましました。
もうビールを飲んでいて、手元が狂いました。
あとは、時空のお好きなように・・・

[C976] >これは「私は原因」的だと思いました(汗)

ここはHPの仮説を引きずらないで下さい
  • 2006/05/06-22:44:45
  • 投稿者 : もりけん
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[C975] >佐助と大旦那

>それは、武蔵自身がそのような繊細な波動を発していたから、周囲の人たちもそれに共振したのだろうと思います。 
これは「私は原因」的だと思いました(汗)
 
それぞれが同期していたということかなと思います。
 
綿入れってあったかくていいなと思います。

[C974] 繊細なネットワーク

武蔵が最善を尽くせるよう細やかに配慮する大旦那と佐助、それに応えるよう黙々と絵に思い込める武蔵・・
そこには余計な説明も言い訳もない、透明なつながりを感じます。
そして綿入れさえネットワークの一員なのですね。
私もお陰様という言葉を思い出しました。。

[C971] にじみ出るものを感じました。

>生きるか死ぬかという荒い波動の中で、これだけ繊細な波動を持っていた武蔵側ネットワークが、勝利に導いたような気がします。
あ~、女に生まれながら、大雑把な日々、心。う~んとうなっています。
武蔵、大旦那、佐助の繊細さも、もりけんさんの解説の繊細さも、素敵です。

[C970] >生きるか死ぬかという荒い波動の中で、これだけ繊細な波動を持っていた武蔵側ネットワークが、勝利に導いたような気がします。

 生死をかけるこの状況でも細やかな心配りのできる武蔵。

 日頃の繊細なネットワークが支えてくれて、準備万端で試合に臨めます。

 が~~~ん、不精じゃだめなのね。

[C969] それぞれの思い

>準備はいろいろなところで進んでいました。

武蔵が準備を促してはいないと思います。大旦那や佐助の気遣いは知らなかっただろうと思います。それぞれが自分にできることをやった結果が、武蔵の勝利という結果に繋がったような気がします。

大旦那や佐助は武蔵が勝利することよりも、主は身を案じていたのだと思いました。生と死が交錯する場では、勝利という文字はかすんでしまいます・・・

目を向けたのが武蔵の勝利ではなく、武蔵そのものだったように思います。だからすべてのことがネットワークとして繋がったような気がしました。

一方の武蔵もこれから勝負に行くという気負いはあったのかもしれませんが、今自分にできることが佐助の絵を描くことだったから、出発前に絵を描いていたのだと思いました。
コトは静寂な空気の中で、緩やかに進んで行ったような気がしました。

[C967]

流れのままに淡々と動いている感じがしました。
 
大旦那の武蔵を心配するやさしい感じが好きです。

[C966] >佐助と大旦那


絵を描くというのは気持ちが落ち着いていないとできないのではないかと思います。
逆にいえば、絵に向かうことで、無心になれたのかもしれません。
 
武蔵は孤高の剣豪というイメージがありますが、周りの人たちに助けられながら、勝利したのだと思いました。
それは、武蔵自身がそのような繊細な波動を発していたから、周囲の人たちもそれに共振したのだろうと思います。

[C965] >佐助と大旦那

佐助と大旦那の用意周到な準備、武蔵の戦いに行く前に絵をかいてあげるという心の余裕、なかなか出来ないことではないかと思います。
 
>もっこりした綿入れを羽織り、ぬくぬくと巌流島に向かう武蔵・・(爆)
心も体も暖かそうでいいな~と思います。

[C964] 準備

各自が出来るだけの準備に心を砕いています。
お互いが相手の身になってやっていて考えられることは全部、準備しておきたいがそれぞれに感じました。
きれいな船、絵を描く武蔵、気遣う大旦那、身の回りを世話するお鶴、綿入れ、静かな佐助、
それぞれが繊細なつながりを持っていて進んでいると思いました。

[C963] 武蔵と大旦那とお鶴と佐助が、まるで家族のように思えました。

三人は家族の一人が無事に目的を果たすことに心をくだき、一人は三人の家族を思い、お互いが今できることをする。。。
 
そこには大げさな儀式が一つもないから、私は家族のようだと感じたのかもしれません。
 
> そして武蔵は、直前に綿入れを脱ぎ捨てます。
 
どこまで徹底的に事前準備をする人だろうと思いました。
直前まで考えつく準備は全てして、もうこれ以上考えつかないところまで準備し尽くした時、これから始まる事への不安は消えているのかもしれないと思いました。
 
一方の小次郎は、事前準備をし尽くしていなかったと思います。
それは気合いと力と技が優っていれば勝つのだと考えていたのかもしれないと思いました。
 
絵を描いて置いてこれたことも、綿入れが武蔵の身体を温め続けた事も、事前準備だと思います。
 
四人のネットワークは、武蔵一人の準備だけではなく、四人の準備も整えたのだと思いました。

[C962] >繊細な波動を持っていた武蔵側ネットワーク

この時代、封建制度・縦社会が制度化していたこの頃に、大旦那も佐助も、
武蔵も、そういった厳然たる縦社会から自由だったように思えます。
微細な波動は、縦の上下関係では作ることができないと思いました。
 
小次郎との決戦がすべてに優先されるこの状況下で、
武蔵が絵を描かなかったとしても、大旦那は一切気に留めなかったはずだし、
佐助もまさか自分にまでなんて夢にも思わなかったと思います。
 
武蔵の頭の中に小次郎との決戦だけしかなかったら、勝てなかったと思います。
「鳥の声」が聞こえるからこそ、絵を描いたのだと思います。
それは微細なネットワークへの“つながり”を捨てないことだと思いました。
 
自分とは反対の性をどう扱うか、というのは、精神世界のセミナーでも
よくやってると思いますが、人間の内なる宇宙には、陰と陽の二つがお互い
に冲をかけながら、外側で回転を生じているのかなと思いました。

[C961]

生き残る種とは
最も強いものではない。
最も知的なものではない。
それは、変化に最も適応したものである。
チャールズ・ダーウィン

  • 2006/05/06-17:35:31
  • 投稿者 :
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[C958] ネットワークとは・・・

大旦那や佐助のために絵を描く。
大旦那と佐助はそんな武蔵のために出来る限りのサポートをしようとする。

厚かましくも無く、かといって知らぬふりをせず、付かず離れずといった印象があります。

ネットワークって離れているようで近かったり、近いようで遠かったり、まるで振り子のように間隔が行ったり来たりしている気がします。

不安定というか細い線で繋がっているからのように思えます。
それはなんとなく「生」に繋がっているような・・・

小次郎軍団よりも武蔵の後ろ盾の方が圧倒的だったと思いますが、それも後になって分かるほど確かにとてもとても繊細なものだったような気がします。

[C957] 大一番を前にして

余計なことを、色々とやっていたように見えます。
余計なことというのは、ひたすら勝つことへ収斂していく目的志向からすれば、余計に見える、というくらいの意味です。
武蔵は、一度自分にリセットをかけたのかもしれません。
「勝ちたい」という願望からもいちど距離を置いてみたのかもしれません。
そうすれば周囲とのつながりに気がつきそうです。
「やることがない」というところまで一度追い込んでから後でないと、こういうリセットはかけられないと思いました。

[C956] >佐助と大旦那

武蔵は決して独りで戦ったのではないというのがわかりました。佐助、大旦那、その娘、等の人たちに手助けしてもらって、戦いに臨みました。その武蔵チームともいうべき人達との「場」に広がって、例えば絵を描いてあげたりして交流をした武蔵は、かつての鳥の声の聴けなかった武蔵ではなかったと思います。
>これだけ繊細な波動を持っていた武蔵側ネットワークが、勝利に導いたような気がします。
ネットワーク、外側にいる人達が、実は本当の自分を造っているなんて凄いつながりだと思い、ため息が出ます。

[C955] 繊細な波動

それぞれが自分の持ち場で、
やれる事を抜かりなくやっている感じです。
大旦那は、船を出すまでのすべてに気を配り・・
鶴は、武蔵に気を配り・・
佐助は、船全般に気を配る・・
誰も、直接武蔵に働きかけているように見えません。
「もうそろそろ・・」のような。
あくまでも、武蔵のペースです。

やれる事はすべてやり、そして見守る・・。
その宿に決めたところで、勝ちがきまっていた?!
のかもしれません。
  • 2006/05/06-15:32:12
  • 投稿者 : まる
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[C954] >佐助と大旦那

武蔵の出発を前に落ち着かない大旦那、指示通り淡々と動く佐助、絵をしたためている武蔵・・・
死が待ち受けているやも知れない二人と、何もかも承知の上、送り出す側・・・
理解し認め合い、どれほど大事に思うお互いであるか・・・
生死を越えた重さを、ただ運命のままに分かち合う3人。
出会っては別れる人の縁の中でも、いつまでも余韻を感じるものがあります。
そういう人と、ただほんの一瞬でも、お互いシンパシーを感じるだとか、何かを共有したという思い出だけで幸せだったりします。
物思うのは、見聞きしたり読んだことなど自分の体験から派生させるしかないわけですが、人と出会い、そして語り合うことは、とても意味深いです。
同じ対象でも、お互いのフィルターを通すと まるで違う発見があると知ること、そしてその喜び。
それだけでなく、その人自身が発するもの、こちらが受け取れる何か、それは言葉や目に見えるものだけじゃなくて、相手の生き方とか人物像というものかと思いますが、相手のそれをキャッチすることによって、自分が大きく膨らむような、変わっていくことがある気がします。
大旦那と佐助、そして武蔵の3人は、お互いのことをその後も思い出したに違いありません。
私も、原作を読むこと決心いたしました。

[C952] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/05/06-14:34:24
  • 投稿者 :
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[C949] > でも武蔵の勝つ原因が、こういうところにもありそうなのです

タイトルだけ↓すいません

ドラマティックな部分というのは見せ場ですけど、
それが突然表出するわけでなくそこまでに至る繊細なつながりがあるのだと改めて感じました。

大旦那をはじめまわりのひとの心配りは素敵です。

[C948] >でも武蔵の勝つ原因が、こういうところにもありそうなのです

コメントをどうぞ

[C947] >佐助と大旦那

大旦那の気遣い、船の準備をしっかりとやる佐助、でしゃばることなく様子を伺うお鶴、そして、戦いの直前に大旦那や佐助のために絵をかく武蔵・・
「その時」にむけて、静かに時が流れているのを感じました。
そして、みなが縁でつながれているのもかんじました。

綿入れが冷えた体を守った・・小さな出来事ですが、これは確かに勝因の一つかもしれないと思いました。

「つっこんである」という表現から、そんなにきれいなものではなく、また、あらかじめ用意していたのではなく、たまたまそこにあった・・という感じを受けます。
でもそれが、武蔵の体を冷えから守ることになるなんて・・。

>繊細な波動を持っていた武蔵側ネットワーク
ぴったりの言葉だと思いました。
鳥の声を聞ける武蔵の周りは、自然にそうなったのかもしれません。
もりけんさんの周りが、いつも笑顔で、いい雰囲気なのと同じように。

[C946]

出発前にここまで互いに相手への細やかな配慮
は心を打たれます。
長い箸で他の二人に食べさせあってるって思いました。
柳生石舟斎との出会いは武蔵を繊細な波動ネットワークに変えたと思いました。
映画やドラマに無いシーン。。深く味わえました。^^
  • 2006/05/06-12:05:34
  • 投稿者 : Ciel
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[C945] >佐助と大旦那

佐助の綿入れを武蔵が羽織ったというところが何故か感動です

ハレの場(某的にいうと)に向かう途中、超神経質になってあれやこれやハレ系しかダメみたいなちっちゃいカテゴリーなど全くなくて、寒いから着るが、清々しいというか、佐助もしびれたとおもいます(たぶん)

大きいです~

[C944] まるで女房のような役目を果たしていると思いました

まるで、抵抗のない空気みたいな存在とうことかなあでっすううう。。そういえば、もりけんさんの本のどこかに、逆転の世界と、書いてあったようなきがします。。大気圏をいきとし生きるものの世界とみてきましたが、多次元微粒子の世界からすると。。逆転するかもでっすうう。。そういえば。。広がった世界は。。ちょういやし空間で、すべてに広がって。。すがすがしいイメージでっすううう。。う~~ん。。いけそ~~^^
  • 2006/05/06-11:53:38
  • 投稿者 : バニー
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[C943] >佐助と大旦那


佐助と大旦那は、本当に、まるで女房のようだと思いました。。

もっこりとした綿入れは、武蔵の身体をぬくぬくと。。温めました。

そのぬくもりも、まるで女房のようです。。


佐助と大旦那に絵を描いた武蔵は、なんて繊細なこころを持っていたのだろう。。。


闘いの直前であっても、
武蔵は、その繊細なネットワークのなかで、
ぬくぬくとしたぬくもりに、包まれていたのだと思いました。


[C942] 大旦那と佐助

昨日は、佐助のことばかりを考えていて、その佐助を雇って(?)いる
大旦那(浮かぶわけないけど)がいて、大旦那も、ものすごい細心の
気遣いをしているとは・・・夢にも思わなかったです。
すぐに、1対1の世界しか見えなくなってしまいますが、
視点を変えれば、もっと別の世界が浮かび上がってきますね。
なんかほんとうに、細かく入り組んでいて、繊細なネットワーク
なんでしょうか・・・。
「大旦那」が主役の物語も存在しています(華はないかもしれない)
地味かもしれないけれど、その時、武蔵は脇役です。
それに、私が主役の物語のはず・・・なのに、主役が自分ではない
とゆうのもあります。
私自体がカメラになって、誰かを追いかけて見つめているような時
「私」はすっかり、モノになってます(汗)


[C941] ネットワーク対決

武蔵と小次郎の試合はあまりにも有名で、世間のほとんどは武蔵の用意周到さとか心理の読みの鋭さとかがとりあげられてきていました。

今回のもりけんさんのブログを拝読して、武蔵と小次郎の試合は、武蔵、大旦那、佐助と、小次郎軍団のネットワーク対決だったのだと思いました。

武蔵のネットワークは試合に勝つ、ということよりも、もしかして負けてしまえば死が待っているということを覚悟した上での、一瞬にかける気持ちを共有しているのだと思います。勝ち負けというものを超えた生死という根源的な問いを共有したところに、武蔵ネットワークの凄さがあったのだ,と思いました。

試合前に絵を描く武蔵・・命を賭けた試合の直前、という最も大事な時間に、大旦那や佐助のために絵を描く武蔵の状態は、無心と言う言葉しかなかったような気がします。これが美談だと、武蔵は「いい人」で終わってしまいますが、彼はそんな事を求めているのではなかったと思います。勿論感謝の気持ちがあるからこその行為でしょうが、「無心」の結果から出たような気がしました。

[C940] 「何か羽織っておるぞ」

はい。。テレビで見たときは、綿入りではなくて、蓑じゃなかったかと思います。。たぶんですが。。。しかし。。。宇宙までの広がりを考えたとき。。。海では限りがあるのではです。。自分でも。。。海は生命の根源みたいに思うこともあったので。。。今。。。チョイ。。。つながった感あります。。。淡水でないと。。。広がり。。。浸透は最大限にならないかもでっすうう。。。う~~ん。。深い。。。思考中。。。。^^
  • 2006/05/06-11:22:55
  • 投稿者 : バニー
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[C939] 絵を描く

場合にもよりますが、絵を描くということは

気持ちが落ち着いてるということです。

この時点で武蔵のこころは鏡のような穏やかな水面のようだったのではないでしょうか。

[C938] >繊細な波動

とてもとても微細なのだと思いました。傷つくしか出来ないぐらい僅かなのだと思いました。そして。。そういう関わり方もあるのだと思いました。相手のココロですら気づかないところにシンクロして勝手に震えるような。。(なんか酔いやすいので。。盛り上がりすぎてる気もしますが。。汗)

[C937] >生きるか死ぬかという荒い波動の中で、これだけ繊細な波動を持っていた武蔵側ネットワークが、勝利に導いたような気がします。

今日も朝から…息が止まりました。きっと抜き出してもらわなかったらこんな風には読めないだろうと思いました。なんというかどんな局面でも細やかな心遣いと淡々とした応じ方と言うか。。男の人のなかの女性的な面が働いてる時。。とても繊細に働くのだなと思いました。この人たちはネットワークなんだと思いました。上もなくしたもなく、淡々とただ細やかに。。あるのだと思いました。大事を目の前にしてそれだけに舞い上がってない。これって我が我が(ワレガワレガ…)ではあり得ないと思いました。ほんとにネットワークが。。勝ったのだと思います。一人勝ちじゃないんだ。これってもの凄いと思いました。武蔵が勝ったのであり佐助が勝ったのであり大旦那が勝ったのであると思いました。別に自分が勝とうと思ってない人まで。個人はネットワークにまけるんだ。しかもネットワークというのは、利害関係じゃないんだ。これって関係といっていいのだろうか。。と思いました。ただただ繊細な感じ方がそこにあるだけのような気がしました。もりけんさんいうところのお陰さまってホントにそこにいてなにも為さない神様なんじゃないかと思いました。ただ震えているのではないかと思いました。身を震わせて。多分に文が感傷的になってると思いますが。。。どう書いたら良いんだろう。しかし言葉にすると逃げます。お陰さまはそのぐらい繊細ななにかな気がしました。
小次郎はどうだったんだろう。小次郎のお陰さまは

[C936]

勝ちにこだわれば、大旦那や佐助に絵を描くことはなかったのではないかと思いました。
勝負だから、ましてや生きるか死ぬかというのに勝つにこだわることが普通です。
しかし、負けに行く(適当な表現ではないと思いますが)ことで、運命を流れにまかせたように思います。

大旦那も佐助も願望はあれどすべてをおまかせしているように思いました。

あとは他力なんだと思いました。

[C935] >佐助と大旦那

目に見えぬ繊細な絆を想像しました。
登場キャラクターの個が確立されていながら、分断されるワケでもなし、
溝があるワケでもない、かといって強固なつながりがあるようにも見えない。
しかし、きっちりと結ばれた感じがしました。

用意周到とはまたちがう、繊細な関わり、、
果し合いに行くからとて、男性性ばかりが優位にたっていない武蔵の心の中に、
肉と魂、男性性と女性性、水と火のようなエネルギーの交流があるように感じました。
小次郎側は、火なら火のみ、男性性なら男性性のみの
偏りが生じていたのかもしれません。

「勝ち」にこだわるのではない、もっと超然とした関わり…生き様に秘密がありそうです。

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佐助と大旦那

 吉川英治の原作で、気になっていたのが、武蔵が身を寄せていた宿の大旦那と、武蔵を乗せた船を操る船頭でした。
 NHKのドラマでは、こういう部分が一切無いからです。
 
 でも武蔵の勝つ原因が、こういうところにもありそうなのです。
 
 以下、大旦那と佐助の、その日の朝の会話です。
 
**********************
 
大旦那「佐助、今日は念を押すまでもないが、合点だろうな?」
 
佐助「へい、ようく心得ておりまする。たくさんの船の中から脚の速い、そして汚れのないのをよって、すっかり塩をまいて、舟板まで洗って置きました」
 
大旦那「船はどこへ繋いでおいたか」
 
 佐助が、いつもの船着き場に--と答えると
 
大旦那「そこでは、お立ちの際、人目に付く。どこまでも、人目立たぬようにというのが武蔵様のお望み」
 
佐助「かしこまりました」
 
 太郎左右衛門(大旦那)は、自分までが、何やら落ち着かぬ様子だった。
 
**************************
 
 以上のように、大旦那も落ち着かなかったのです。
 準備はいろいろなところで進んでいました。
 
 ところで武蔵はなかなか部屋から出てきません。
 遅刻が心配な大旦那は気が気ではありません。
 この部分は、大旦那とその娘(お鶴)の会話でお楽しみ下さい。
 
**************************
 
大旦那「お鶴・・」
 
お鶴「はい・・」
 
大旦那「武蔵様はどこにおいでか。朝のご飯は差し上げたか」
 
お鶴「もうお済みでございます。そしてあちらのお部屋を閉めて」
 
大旦那「そろそろ、お支度中か」
 
お鶴「いいえ、まだ」
 
大旦那「何をしていらっしゃるのだ」
 
お鶴「絵を描いていらっしゃるようです」
 
大旦那「絵を・・・・?」
 
お鶴「はい  
 
大旦那「ああ、そうか。心ないおねだりをした。いつぞや、絵の話が出た折、後の思い出にと、わしが御無心しておいたので」
 
お鶴「きょうお供をしていく佐助にも、一筆形見に描いてつかわすと、おっしゃっておいでになりましたから・・」
 
大旦那「佐助にまで」
 
*************************
 
 おそらく、自分のために絵を描いてくれる侍など、いなかったと思います。
 佐助は絵をもらった時点で、死んでもいいと思ったかも知れません。
 
 さて、今回はもうひとつの発見を書きたいと思います。
 船は巌流島へと出発しました。
 
 そしてしばらくたった時のことです。
 
**************************
 
武蔵「佐助」
 
佐助「へい」
 
武蔵「なんぞ着る物はあるまいか。簑でもよいが」
 
佐助「お寒いのでございますか?」
 
武蔵「いや、船縁からしぶきがかかる。背中へかけたいのだ」
 
佐助「てまえの踏んでいる艫板の下に、綿入れが一枚、突っ込んでありますが」
 
武蔵「そうか、借りるぞ」
 
*************************
 
 この綿入れを武蔵は、直前まで羽織っていきます。
 
 数多くの映画やドラマには、このシーンは無かったように記憶しています。
 武蔵はいつもの、それなりにキメタ格好で、前を見据えて座っていたように思います。
 
 しかし長い間冷たい潮風に当たれば、彼の筋肉も冷えてしまいます。
 で、武蔵は綿入れを着込みました。
 
 もっこりした綿入れを羽織り、ぬくぬくと巌流島に向かう武蔵・・(爆)
 
 小次郎の軍団が武蔵を発見したとき、まず言ったのが
「何か羽織っておるぞ」
 でした(笑)
 
「鎧を身につけてきたと」言った者までいます(笑)。
 
 そして武蔵は、直前に綿入れを脱ぎ捨てます。
 
 佐助が綿入れを用意しておいたというのも、勝因のひとつだと思います。
 小次郎は海岸で長い間待たされ(笑)、その肩も冷えていたのではないでしょうか・・。 
 大旦那と佐助は、まるで女房のような役目を果たしていると思いました。
 
 そして試合の当日に、ふたりのために絵を描いてあげるなど、女性的な側面を見せている武蔵だと思いました。
 
 生きるか死ぬかという荒い波動の中で、これだけ繊細な波動を持っていた武蔵側ネットワークが、勝利に導いたような気がします。
 

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41件のコメント

[C1097] 最近、二部上場企業とたったひとりで戦いました。

まだ若い担当者は「あなたは社内の会議でもほとんど相手にされていない」といいました。私は無視され、あざ笑われました。しかし、全く思いがけない要因でその担当者は墓穴を掘り、私とその企業は和解に至りました。

個人が企業などの集団と戦うことは大変だと感じました。しかしどんなに劣勢でもゲリラ戦に持ち込めれば五分五分で戦える場合があるのではないかと思います。

私もネットワークを駆使することを意識したわけではないのですが、いろいろな人に助けを求め、たすけられました。

さて、ゲリラ戦の本質とは何でしょうか?それはネットワークと奇襲などの奇抜な作戦だと思います。何をするかわからないというところが既成の価値観にこりかたまった集団には怖いのだと思います。誰が誰につながっているかもわからない..。

企業で働いている人たちは内側を向いています。会議でたとえば私をあざわらったり相手にしなかったりしたのでしょう(笑)。あんなの無視すればいいよ、と。

内側と外側を同時に意識して気にすることは不可能です。

とすれば、企業やその他100匹目のサルたちなどの「集団」は、外を見ることができず、集団死に向かうこともあると思います。これに引き換え、ネットワークは、たとえば、武蔵側のネットワークに登場する人物は、みな、このような意味で「内」を向いてはいません。集団死することはないのではないかと思います。

皆が外を向いており、内ばかりを向いて集団死に向かっていないというのが、ネットワークの強さなのではないかと思い至りました。

武蔵の戦い方はいろいろな意味でゲリラ戦だなと思います。
  • 2006/05/09-20:44:21
  • 投稿者 : ナイル
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[C1018] 小次郎軍団は

戦いに向かって収束していっているような感じがします
日常をそこに向けて収束していっているような感じです
 
武蔵側は、日常に拡散していっていると言うか・・日常に拡散というのも変な言い方ですが・・
日常の中にありながら、運命のその一点に向かって、あらゆるものが収束してきている・・そんな感じがしました

[C1011] >佐助と大旦那

まわりも相当どきどきしてるって感じが伝わってきます。武蔵が出てこないと、読んでるほうも、なにしてるのかなって、気になります。佐助も大旦那も武蔵が好きなんだなって気がします。
佐助はよく、羽織まで用意していたなって思いました。
  • 2006/05/07-20:36:49
  • 投稿者 : リョウコ
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[C992] 勝ち負けにこだわってない武蔵

勝ち負けにこだわってない武蔵を感じました。
決闘の朝はピリピリした雰囲気の中で座禅を組んで、精神統一といきたいとこです。

それが、旦那と佐助に絵を書いている・・・このブログを読まずに直接本を読んだら、「え~っなんで絵なんかかいてんの」と思ったかもしれません。

テレビの脚本家もそう思ったから、登場しなかったのかも知れないと思いました。

生への執着、勝つことへの執着がないってことが、「鳥の声が聞こえる」っていうことなんですね。

綿入れを用意していた佐助の用意周到さ。ネットワークってすごいです。

[C981]

絵を書いた時点で勝負あったみたいな♪
  • 2006/05/07-01:44:28
  • 投稿者 :
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[C979]

生死を賭けた決闘の前に流れる淡々とした時間・・・
大旦那と佐助そして武蔵が見せる女性的な一面は、生をもぎ取ろうというような荒ぶった男性的な面は微塵もありません。
「生」に執着することなく、「死」をも見据えていたからだと思いました。

[C978] すいません

「佐助と大旦那」についてのコメントを「巌流島を目指して」に投稿してしましました。
もうビールを飲んでいて、手元が狂いました。
あとは、時空のお好きなように・・・

[C976] >これは「私は原因」的だと思いました(汗)

ここはHPの仮説を引きずらないで下さい
  • 2006/05/06-22:44:45
  • 投稿者 : もりけん
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[C975] >佐助と大旦那

>それは、武蔵自身がそのような繊細な波動を発していたから、周囲の人たちもそれに共振したのだろうと思います。 
これは「私は原因」的だと思いました(汗)
 
それぞれが同期していたということかなと思います。
 
綿入れってあったかくていいなと思います。

[C974] 繊細なネットワーク

武蔵が最善を尽くせるよう細やかに配慮する大旦那と佐助、それに応えるよう黙々と絵に思い込める武蔵・・
そこには余計な説明も言い訳もない、透明なつながりを感じます。
そして綿入れさえネットワークの一員なのですね。
私もお陰様という言葉を思い出しました。。

[C971] にじみ出るものを感じました。

>生きるか死ぬかという荒い波動の中で、これだけ繊細な波動を持っていた武蔵側ネットワークが、勝利に導いたような気がします。
あ~、女に生まれながら、大雑把な日々、心。う~んとうなっています。
武蔵、大旦那、佐助の繊細さも、もりけんさんの解説の繊細さも、素敵です。

[C970] >生きるか死ぬかという荒い波動の中で、これだけ繊細な波動を持っていた武蔵側ネットワークが、勝利に導いたような気がします。

 生死をかけるこの状況でも細やかな心配りのできる武蔵。

 日頃の繊細なネットワークが支えてくれて、準備万端で試合に臨めます。

 が~~~ん、不精じゃだめなのね。

[C969] それぞれの思い

>準備はいろいろなところで進んでいました。

武蔵が準備を促してはいないと思います。大旦那や佐助の気遣いは知らなかっただろうと思います。それぞれが自分にできることをやった結果が、武蔵の勝利という結果に繋がったような気がします。

大旦那や佐助は武蔵が勝利することよりも、主は身を案じていたのだと思いました。生と死が交錯する場では、勝利という文字はかすんでしまいます・・・

目を向けたのが武蔵の勝利ではなく、武蔵そのものだったように思います。だからすべてのことがネットワークとして繋がったような気がしました。

一方の武蔵もこれから勝負に行くという気負いはあったのかもしれませんが、今自分にできることが佐助の絵を描くことだったから、出発前に絵を描いていたのだと思いました。
コトは静寂な空気の中で、緩やかに進んで行ったような気がしました。

[C967]

流れのままに淡々と動いている感じがしました。
 
大旦那の武蔵を心配するやさしい感じが好きです。

[C966] >佐助と大旦那


絵を描くというのは気持ちが落ち着いていないとできないのではないかと思います。
逆にいえば、絵に向かうことで、無心になれたのかもしれません。
 
武蔵は孤高の剣豪というイメージがありますが、周りの人たちに助けられながら、勝利したのだと思いました。
それは、武蔵自身がそのような繊細な波動を発していたから、周囲の人たちもそれに共振したのだろうと思います。

[C965] >佐助と大旦那

佐助と大旦那の用意周到な準備、武蔵の戦いに行く前に絵をかいてあげるという心の余裕、なかなか出来ないことではないかと思います。
 
>もっこりした綿入れを羽織り、ぬくぬくと巌流島に向かう武蔵・・(爆)
心も体も暖かそうでいいな~と思います。

[C964] 準備

各自が出来るだけの準備に心を砕いています。
お互いが相手の身になってやっていて考えられることは全部、準備しておきたいがそれぞれに感じました。
きれいな船、絵を描く武蔵、気遣う大旦那、身の回りを世話するお鶴、綿入れ、静かな佐助、
それぞれが繊細なつながりを持っていて進んでいると思いました。

[C963] 武蔵と大旦那とお鶴と佐助が、まるで家族のように思えました。

三人は家族の一人が無事に目的を果たすことに心をくだき、一人は三人の家族を思い、お互いが今できることをする。。。
 
そこには大げさな儀式が一つもないから、私は家族のようだと感じたのかもしれません。
 
> そして武蔵は、直前に綿入れを脱ぎ捨てます。
 
どこまで徹底的に事前準備をする人だろうと思いました。
直前まで考えつく準備は全てして、もうこれ以上考えつかないところまで準備し尽くした時、これから始まる事への不安は消えているのかもしれないと思いました。
 
一方の小次郎は、事前準備をし尽くしていなかったと思います。
それは気合いと力と技が優っていれば勝つのだと考えていたのかもしれないと思いました。
 
絵を描いて置いてこれたことも、綿入れが武蔵の身体を温め続けた事も、事前準備だと思います。
 
四人のネットワークは、武蔵一人の準備だけではなく、四人の準備も整えたのだと思いました。

[C962] >繊細な波動を持っていた武蔵側ネットワーク

この時代、封建制度・縦社会が制度化していたこの頃に、大旦那も佐助も、
武蔵も、そういった厳然たる縦社会から自由だったように思えます。
微細な波動は、縦の上下関係では作ることができないと思いました。
 
小次郎との決戦がすべてに優先されるこの状況下で、
武蔵が絵を描かなかったとしても、大旦那は一切気に留めなかったはずだし、
佐助もまさか自分にまでなんて夢にも思わなかったと思います。
 
武蔵の頭の中に小次郎との決戦だけしかなかったら、勝てなかったと思います。
「鳥の声」が聞こえるからこそ、絵を描いたのだと思います。
それは微細なネットワークへの“つながり”を捨てないことだと思いました。
 
自分とは反対の性をどう扱うか、というのは、精神世界のセミナーでも
よくやってると思いますが、人間の内なる宇宙には、陰と陽の二つがお互い
に冲をかけながら、外側で回転を生じているのかなと思いました。

[C961]

生き残る種とは
最も強いものではない。
最も知的なものではない。
それは、変化に最も適応したものである。
チャールズ・ダーウィン

  • 2006/05/06-17:35:31
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[C958] ネットワークとは・・・

大旦那や佐助のために絵を描く。
大旦那と佐助はそんな武蔵のために出来る限りのサポートをしようとする。

厚かましくも無く、かといって知らぬふりをせず、付かず離れずといった印象があります。

ネットワークって離れているようで近かったり、近いようで遠かったり、まるで振り子のように間隔が行ったり来たりしている気がします。

不安定というか細い線で繋がっているからのように思えます。
それはなんとなく「生」に繋がっているような・・・

小次郎軍団よりも武蔵の後ろ盾の方が圧倒的だったと思いますが、それも後になって分かるほど確かにとてもとても繊細なものだったような気がします。

[C957] 大一番を前にして

余計なことを、色々とやっていたように見えます。
余計なことというのは、ひたすら勝つことへ収斂していく目的志向からすれば、余計に見える、というくらいの意味です。
武蔵は、一度自分にリセットをかけたのかもしれません。
「勝ちたい」という願望からもいちど距離を置いてみたのかもしれません。
そうすれば周囲とのつながりに気がつきそうです。
「やることがない」というところまで一度追い込んでから後でないと、こういうリセットはかけられないと思いました。

[C956] >佐助と大旦那

武蔵は決して独りで戦ったのではないというのがわかりました。佐助、大旦那、その娘、等の人たちに手助けしてもらって、戦いに臨みました。その武蔵チームともいうべき人達との「場」に広がって、例えば絵を描いてあげたりして交流をした武蔵は、かつての鳥の声の聴けなかった武蔵ではなかったと思います。
>これだけ繊細な波動を持っていた武蔵側ネットワークが、勝利に導いたような気がします。
ネットワーク、外側にいる人達が、実は本当の自分を造っているなんて凄いつながりだと思い、ため息が出ます。

[C955] 繊細な波動

それぞれが自分の持ち場で、
やれる事を抜かりなくやっている感じです。
大旦那は、船を出すまでのすべてに気を配り・・
鶴は、武蔵に気を配り・・
佐助は、船全般に気を配る・・
誰も、直接武蔵に働きかけているように見えません。
「もうそろそろ・・」のような。
あくまでも、武蔵のペースです。

やれる事はすべてやり、そして見守る・・。
その宿に決めたところで、勝ちがきまっていた?!
のかもしれません。
  • 2006/05/06-15:32:12
  • 投稿者 : まる
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[C954] >佐助と大旦那

武蔵の出発を前に落ち着かない大旦那、指示通り淡々と動く佐助、絵をしたためている武蔵・・・
死が待ち受けているやも知れない二人と、何もかも承知の上、送り出す側・・・
理解し認め合い、どれほど大事に思うお互いであるか・・・
生死を越えた重さを、ただ運命のままに分かち合う3人。
出会っては別れる人の縁の中でも、いつまでも余韻を感じるものがあります。
そういう人と、ただほんの一瞬でも、お互いシンパシーを感じるだとか、何かを共有したという思い出だけで幸せだったりします。
物思うのは、見聞きしたり読んだことなど自分の体験から派生させるしかないわけですが、人と出会い、そして語り合うことは、とても意味深いです。
同じ対象でも、お互いのフィルターを通すと まるで違う発見があると知ること、そしてその喜び。
それだけでなく、その人自身が発するもの、こちらが受け取れる何か、それは言葉や目に見えるものだけじゃなくて、相手の生き方とか人物像というものかと思いますが、相手のそれをキャッチすることによって、自分が大きく膨らむような、変わっていくことがある気がします。
大旦那と佐助、そして武蔵の3人は、お互いのことをその後も思い出したに違いありません。
私も、原作を読むこと決心いたしました。

[C952] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/05/06-14:34:24
  • 投稿者 :
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[C949] > でも武蔵の勝つ原因が、こういうところにもありそうなのです

タイトルだけ↓すいません

ドラマティックな部分というのは見せ場ですけど、
それが突然表出するわけでなくそこまでに至る繊細なつながりがあるのだと改めて感じました。

大旦那をはじめまわりのひとの心配りは素敵です。

[C948] >でも武蔵の勝つ原因が、こういうところにもありそうなのです

コメントをどうぞ

[C947] >佐助と大旦那

大旦那の気遣い、船の準備をしっかりとやる佐助、でしゃばることなく様子を伺うお鶴、そして、戦いの直前に大旦那や佐助のために絵をかく武蔵・・
「その時」にむけて、静かに時が流れているのを感じました。
そして、みなが縁でつながれているのもかんじました。

綿入れが冷えた体を守った・・小さな出来事ですが、これは確かに勝因の一つかもしれないと思いました。

「つっこんである」という表現から、そんなにきれいなものではなく、また、あらかじめ用意していたのではなく、たまたまそこにあった・・という感じを受けます。
でもそれが、武蔵の体を冷えから守ることになるなんて・・。

>繊細な波動を持っていた武蔵側ネットワーク
ぴったりの言葉だと思いました。
鳥の声を聞ける武蔵の周りは、自然にそうなったのかもしれません。
もりけんさんの周りが、いつも笑顔で、いい雰囲気なのと同じように。

[C946]

出発前にここまで互いに相手への細やかな配慮
は心を打たれます。
長い箸で他の二人に食べさせあってるって思いました。
柳生石舟斎との出会いは武蔵を繊細な波動ネットワークに変えたと思いました。
映画やドラマに無いシーン。。深く味わえました。^^
  • 2006/05/06-12:05:34
  • 投稿者 : Ciel
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[C945] >佐助と大旦那

佐助の綿入れを武蔵が羽織ったというところが何故か感動です

ハレの場(某的にいうと)に向かう途中、超神経質になってあれやこれやハレ系しかダメみたいなちっちゃいカテゴリーなど全くなくて、寒いから着るが、清々しいというか、佐助もしびれたとおもいます(たぶん)

大きいです~

[C944] まるで女房のような役目を果たしていると思いました

まるで、抵抗のない空気みたいな存在とうことかなあでっすううう。。そういえば、もりけんさんの本のどこかに、逆転の世界と、書いてあったようなきがします。。大気圏をいきとし生きるものの世界とみてきましたが、多次元微粒子の世界からすると。。逆転するかもでっすうう。。そういえば。。広がった世界は。。ちょういやし空間で、すべてに広がって。。すがすがしいイメージでっすううう。。う~~ん。。いけそ~~^^
  • 2006/05/06-11:53:38
  • 投稿者 : バニー
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  • 編集

[C943] >佐助と大旦那


佐助と大旦那は、本当に、まるで女房のようだと思いました。。

もっこりとした綿入れは、武蔵の身体をぬくぬくと。。温めました。

そのぬくもりも、まるで女房のようです。。


佐助と大旦那に絵を描いた武蔵は、なんて繊細なこころを持っていたのだろう。。。


闘いの直前であっても、
武蔵は、その繊細なネットワークのなかで、
ぬくぬくとしたぬくもりに、包まれていたのだと思いました。


[C942] 大旦那と佐助

昨日は、佐助のことばかりを考えていて、その佐助を雇って(?)いる
大旦那(浮かぶわけないけど)がいて、大旦那も、ものすごい細心の
気遣いをしているとは・・・夢にも思わなかったです。
すぐに、1対1の世界しか見えなくなってしまいますが、
視点を変えれば、もっと別の世界が浮かび上がってきますね。
なんかほんとうに、細かく入り組んでいて、繊細なネットワーク
なんでしょうか・・・。
「大旦那」が主役の物語も存在しています(華はないかもしれない)
地味かもしれないけれど、その時、武蔵は脇役です。
それに、私が主役の物語のはず・・・なのに、主役が自分ではない
とゆうのもあります。
私自体がカメラになって、誰かを追いかけて見つめているような時
「私」はすっかり、モノになってます(汗)


[C941] ネットワーク対決

武蔵と小次郎の試合はあまりにも有名で、世間のほとんどは武蔵の用意周到さとか心理の読みの鋭さとかがとりあげられてきていました。

今回のもりけんさんのブログを拝読して、武蔵と小次郎の試合は、武蔵、大旦那、佐助と、小次郎軍団のネットワーク対決だったのだと思いました。

武蔵のネットワークは試合に勝つ、ということよりも、もしかして負けてしまえば死が待っているということを覚悟した上での、一瞬にかける気持ちを共有しているのだと思います。勝ち負けというものを超えた生死という根源的な問いを共有したところに、武蔵ネットワークの凄さがあったのだ,と思いました。

試合前に絵を描く武蔵・・命を賭けた試合の直前、という最も大事な時間に、大旦那や佐助のために絵を描く武蔵の状態は、無心と言う言葉しかなかったような気がします。これが美談だと、武蔵は「いい人」で終わってしまいますが、彼はそんな事を求めているのではなかったと思います。勿論感謝の気持ちがあるからこその行為でしょうが、「無心」の結果から出たような気がしました。

[C940] 「何か羽織っておるぞ」

はい。。テレビで見たときは、綿入りではなくて、蓑じゃなかったかと思います。。たぶんですが。。。しかし。。。宇宙までの広がりを考えたとき。。。海では限りがあるのではです。。自分でも。。。海は生命の根源みたいに思うこともあったので。。。今。。。チョイ。。。つながった感あります。。。淡水でないと。。。広がり。。。浸透は最大限にならないかもでっすうう。。。う~~ん。。深い。。。思考中。。。。^^
  • 2006/05/06-11:22:55
  • 投稿者 : バニー
  • URL
  • 編集

[C939] 絵を描く

場合にもよりますが、絵を描くということは

気持ちが落ち着いてるということです。

この時点で武蔵のこころは鏡のような穏やかな水面のようだったのではないでしょうか。

[C938] >繊細な波動

とてもとても微細なのだと思いました。傷つくしか出来ないぐらい僅かなのだと思いました。そして。。そういう関わり方もあるのだと思いました。相手のココロですら気づかないところにシンクロして勝手に震えるような。。(なんか酔いやすいので。。盛り上がりすぎてる気もしますが。。汗)

[C937] >生きるか死ぬかという荒い波動の中で、これだけ繊細な波動を持っていた武蔵側ネットワークが、勝利に導いたような気がします。

今日も朝から…息が止まりました。きっと抜き出してもらわなかったらこんな風には読めないだろうと思いました。なんというかどんな局面でも細やかな心遣いと淡々とした応じ方と言うか。。男の人のなかの女性的な面が働いてる時。。とても繊細に働くのだなと思いました。この人たちはネットワークなんだと思いました。上もなくしたもなく、淡々とただ細やかに。。あるのだと思いました。大事を目の前にしてそれだけに舞い上がってない。これって我が我が(ワレガワレガ…)ではあり得ないと思いました。ほんとにネットワークが。。勝ったのだと思います。一人勝ちじゃないんだ。これってもの凄いと思いました。武蔵が勝ったのであり佐助が勝ったのであり大旦那が勝ったのであると思いました。別に自分が勝とうと思ってない人まで。個人はネットワークにまけるんだ。しかもネットワークというのは、利害関係じゃないんだ。これって関係といっていいのだろうか。。と思いました。ただただ繊細な感じ方がそこにあるだけのような気がしました。もりけんさんいうところのお陰さまってホントにそこにいてなにも為さない神様なんじゃないかと思いました。ただ震えているのではないかと思いました。身を震わせて。多分に文が感傷的になってると思いますが。。。どう書いたら良いんだろう。しかし言葉にすると逃げます。お陰さまはそのぐらい繊細ななにかな気がしました。
小次郎はどうだったんだろう。小次郎のお陰さまは

[C936]

勝ちにこだわれば、大旦那や佐助に絵を描くことはなかったのではないかと思いました。
勝負だから、ましてや生きるか死ぬかというのに勝つにこだわることが普通です。
しかし、負けに行く(適当な表現ではないと思いますが)ことで、運命を流れにまかせたように思います。

大旦那も佐助も願望はあれどすべてをおまかせしているように思いました。

あとは他力なんだと思いました。

[C935] >佐助と大旦那

目に見えぬ繊細な絆を想像しました。
登場キャラクターの個が確立されていながら、分断されるワケでもなし、
溝があるワケでもない、かといって強固なつながりがあるようにも見えない。
しかし、きっちりと結ばれた感じがしました。

用意周到とはまたちがう、繊細な関わり、、
果し合いに行くからとて、男性性ばかりが優位にたっていない武蔵の心の中に、
肉と魂、男性性と女性性、水と火のようなエネルギーの交流があるように感じました。
小次郎側は、火なら火のみ、男性性なら男性性のみの
偏りが生じていたのかもしれません。

「勝ち」にこだわるのではない、もっと超然とした関わり…生き様に秘密がありそうです。

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