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[C1216] 吉川英治対NHK大河ドラマ(櫂はどこで手に入れた?)

 偶然は直感で、用意周到は全方位につながるのかなと思いました。

 武蔵は言い方がへんかもしれませんが臆病だったのかなとも思いました。
だから五分五分かひょっとすると負けそうな試合を勝つために一生懸命に策を考えたのだと思いました。

 剣を鍛練することも大切ですが、それ以外の事も必死に考えたのだと思います。

 そんな風に考えると、臆病な武蔵が櫂を舟の中で偶然見つけたから使ったというよりも、必死に策を考えて櫂を見つけ、準備したのだと思いました。

[C1162] >吉川英治対NHK大河ドラマ(櫂はどこで手に入れた?)

原作とドラマでこんなに違うとは驚きました。
色々なことを想定して、準備をするドラマの方は、武蔵が全方位だからこそと思えます。
だからこそ、戦いに向うときには、もう何の心配もなく、心静かにいれたのではないかと思います。

ある日、海岸で櫂を見つけたのは、問いを持っていたことと、鳥の声を聞ける状態であったからだと思います。
剣の練習ばかりしていては気づけません。

原作の方だけしかしらないと、おっ偶然見つけた櫂を使って勝つなんてすごいっ、と思ってしまいそうです。
でも、よく考えたら、このことは、自分の力だけに頼らずにあらゆることを計算して戦いに挑んでいる武蔵とは、ちょっと違うと思います。(でもこれももりけんさんにそういわれなければ気づかないかも。。)

[C1157] 用意周到

じゃないかと思いました
しかし・・武蔵は落ち着いていられなかったんじゃないでしょうか・・
遅刻イライラ作戦や、波間ギラギラ作戦だけではまだ足りないと思って、ジッとしていられずに、何かないか、何かないかと海岸まで行って櫂を見つけたんじゃないでしょうか・・そう思いました

[C1146] 偶然に発見か用意周到か

偶然に発見したほうが周りの物がすべて武蔵の味方をして、勝利の流れが武蔵にいっているように感じられるからいいのかと思いました。でも用意周到は考えられることを全部し尽くして後は流れに任せるということかなと思ったので、こっちのほうがもっと大きな流れになるのかなと思いました。

[C1145] 櫂

>武蔵「手頃なのだ」
武蔵はとても入念にあらゆることを想定して準備していたと思います。でもどうしても剣をどうしたらいいか迷っていたのではないかと思います。
そして、ずっと問いを発していて、その時に本来の櫂としては使えなくなっている櫂をみつけたのではないかと思いました。

[C1144] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/05/11-09:19:37
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[C1143] 櫂

原作はゆっくり作者の場にもっていけるので克明に表現できるのでしょう。
TVとか映画は分かりやすい表現になりがちになるのではないかと思います。
現実には計算に裏打ちされた準備が
されて武蔵は勝ったんだと。
改めて感じました。

[C1142] >映画やテレビドラマは原作を「超えない」

まともに受け止めていた私がバカだった、ということが言いたかったんですぅ~(爆)。

[C1141] 「偶然に発見」か「用意周到」か

ドラマと原作・・こんなに違うのですね。

 >すべては秘密裏に行われていました。
情報操作もして、練習もして・・
用意周到がぴったりだと思いました。

>「武士道は精神だ」などと言う言葉は、無かったのだと思います。
なんでもありって柔軟でいいなって思います。
黙々と削る姿、想像してしまいました。
  • 2006/05/11-02:16:28
  • 投稿者 : Ciel
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[C1140] 用意周到

 命がけの戦いにいくのです。誰も死は怖いしギリギリのところまでは、ああでもないこうでもないと作戦を詰め将棋でもするかのように想定し準備万端でいけるように、髪の毛から足の爪先まで神経を尖らせて考え抜くのではないかと思います。それを考え抜いて用意周到に武蔵は直前まですごしたと思います。

[C1139] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/05/11-00:26:19
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[C1138] >こんなことになろうとは、想像できませんでした

これさえも、言い訳でした。 私があの文章を書いたとき、私は怒っていました。
もう少しでキレそうでしたが、本当にキレたらみっともないので我慢しました。
そして、私は怒りを抱えたまま、適当なことを書きました。 怒ってないフリをして・・・
今にして思えば、もっと端的に書くべきでした。 オレは、おのれのようなイチビッた
ヤツが大嫌いなんやと。 それができないのなら、黙っている方がまだマシでした。
それなのに、私はエエ格好を書きました。 完全な説教でした。 エゴ丸出し・・・
その意味で、私は負けを認めます。 さらに・・・私は本当はわかっていました。
投稿する直前に、自分で思いました。 オレは、こうまでしてエエ格好したいのか・・・
でも、止まりませんでした。 それが、悔しいだけです。
全体の流れの腰を折りました。 失礼致しました。

[C1137] >「偶然に発見」か「用意周到」か

原作とドラマにはこんな違いがあったのですね@@
読んでいないし、見ていないのですが・・・(汗)
これまでの書き込みを読んだ上で、武蔵の戦い方を想像するとNHKの方が合点がいきます。
小次郎と向かい合うために、あれほど入念に策を講じてきた武蔵が五分五分のままで船に乗り込むとは思えません。
何かしら用意した上で、それに勝る「櫂」を船上で見つけたというなら話は別ですが・・・
小次郎が人前で華麗に大太刀を振り回し、「勝つのは俺だ!」と豪語している間に、武蔵は独り、淡々と櫂を削り、汐の流れや太陽の位置など情景までも細かく描いていたのだと思いました。

[C1136] >誰かが映画やテレビドラマは原作を「超えない」って言ってましたが、

はい、それを言ったのは私です。 思いつきで、エエ格好を書きました。
こんなことになろうとは、想像できませんでした。 負けを認めます。

[C1135] 戦う武器として

偶然に船の中で発見するのは、無理があるというか、とってつけた感がします。

わざと時間に遅れたり、肩を冷やさないように綿入れをかけていたのに、肝心の武器が、たまたま船の中にあるよりは、用意周到に準備されてるほうが納得できます。

それに、こっそり練習までするのがいいです。ここまでしてはじめて、用意周到という気がします。

[C1133] >吉川英治の原作とNHK大河ドラマの対決

誰かが映画やテレビドラマは原作を「超えない」って言ってましたが、
一概にそうも言えないのだなと思いました(笑)。
真剣に問い続けた過程の上で、偶然に船の中でばったり手ごろな櫂に出会った
という考え方もできなくもないですが、太陽の位置や海水の光の反射を充分に
考慮に入れて遅刻するという周到さであれば、暗い顔して毎日思索にふけった
というNHKドラマの方が事実に近いと思います。
ドラマの脚本を書いた人はどなたか知りませんが、その人も、大河ドラマで
武蔵をやるということで、相当に、宮本武蔵の人物像に用意周到に取り組んだ
のだと思いました。

[C1132] >夜、黙々と削る武蔵・・・

おもいっきり妄想です
決死の試合をする状態を前に、考えがまとまらなくなりそうで、精神統一とかをするのではなくてアイテムを作り出すというのが、みょうに凄いです

価値観変わりそうです

[C1131] 例えば、私を含む凡人が、もりけんさんが

HPでするように人を斬ったり、もりけんさんの言うことを自分の都合のいいように解釈して行動したとしても、たぶん、もりけんさんのようにはなれないでしょう。

せいぜい、小さな不法行為を自分を正当化しながらして、ほんの一瞬自由になったような気分を味わうか、あの人は変わった人とか、傲慢な人と周囲に思われるだけでしょう。それはもりけんさんが長い時間をかけて作り上げてきたやりかたであり考え方であるからです。

たぶんそれは「もりけん密着ビデオ」に描かれているように毎日玄米を食べ、決まった時間に瞑想をし、マッサージなどにいって体のコンディションを徹底的に整え..といったものが総合して、「もりけんさんのやりかた」というものが出来上がっていると思うからです。それには膨大な「仕込み」の時間と手間隙が必要だったと思うのです。

もりけんさんのようになりたいから、あるいは、もりけんさんの考え方のほうが真実に近いように思うからということで、表面的にまねをしても、短時間で、もりけんさんのようになることはできないと思います。

さて、このNHKが描いている、武蔵がひとり部屋で木を削るシーンはそれが「武蔵のやり方」に合致していれば、たとえそのようなことが実際になかったとしても、見る人には非常に説得力を持つのではないかと思われます。

木を削るという単純な作業は、一種の深い思考に入り込んでいる瞑想状態だと思います。武蔵がおのれと向き合い、集中度を高め、また戦いのシュミレーションをするのに、この木を削るという時間は非常に役に立ったのではないかと思います。繰り返しの作業をしながら、瞑想のような状態に入り、ネットワークとつながった瞬間でもあったかもしれません。

ひとりの男が「武蔵」になっていくために不可欠な時間であったと思います。
  • 2006/05/10-21:07:30
  • 投稿者 : ナイル
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[C1130] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/05/10-20:29:05
  • 投稿者 :
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[C1129] 武蔵のイメージ

最初、ン・・・よく分かりませんでした。
今まで繊細に気を使い、全方位であったかのように思えた武蔵だったのに・・・偶然見つかった櫂を使うのはなんか変だと思いました。

用意周到は最後まで何が起こるか分からない、想定されるあらゆることが常にある状態ではないかと思います。NHKのように部屋にこもって・・・

しかし、その後の展開が原作に繋がれば話は少しは分かるような気がしました。用意周到の上での偶然の発見なら、おぉ~と思うかもしれないです。

繊細な武蔵が・・・船の中で偶然見つけた櫂を「手ごろだ」という理由で気に入るとはありえないことだと思いました。

[C1128] >櫂はどこで手に入れた?

>「偶然に発見」か「用意周到」か


私は、「用意周到」だと思いました。

武蔵は、あらゆる手段を使い、周囲のすべてを味方につけ、情報操作も行い
ました。

周囲のすべてを味方につけることは、
武士道とは相容れないことのように思えます。


清く正しく美しくありません。


目に二本線が入っているイメージがありありと浮かびました。

武蔵は、小次郎に勝つために、用意周到に、ことを実行していたのだと思います。


[C1127] 櫂

櫂を振るには大きすぎるので削る作業は不可欠のように思います。
偶然に見つけたものを武器としてと使うのは船の上ではあまりにも時間が少なすぎると思います。
試しては削り振りまた削る作業の武蔵の姿が想像されます。
秘密裏にことを運ぶのは用意周到以外の何者でもないように思いました。

[C1126] >櫂はどこで手に入れた?

武蔵の用意周到さは、もりけんさんの講演会の準備を思わせます。

徹底的に準備する武蔵が、偶然櫂を発見する・・というのは、変な感じがします。

そんなカケをするだろうか・・と思います。

もくもくと櫂を削る武蔵・・
ただ無心に・・やれることはすべてやる・・というすごみがあります・・

[C1125] >「武士道は精神だ」などと言う言葉は、無かったのだと思います。

戦国時代の武田信玄の騎馬隊、更に上をいく、織田信長の長槍と鉄砲隊、やっぱり、「武士道」という精神論だけに命は、賭けられません。すぐ、死にます。
内面を磨くよりまず、体や武器を磨かなくちゃ、武士にはなれません。

用意周到、大事です。でも、弱いです。(爆)
ふっ、ふっ、未来情報で補いたいところです。

[C1124] 原作者vs大河ドラマ

違和感アリアリです(汗)
今までの原作テイストで申せば、大河ドラマの展開がしっくりきます。
これじゃあ、デキすぎているというか、さも神仏が味方した的な
精神世界の世迷言にもなりかねません。
意図的に神懸り的な展開にしたのかもしれませんが…。

かたや大河ドラマ版の展開では、原作に沿うような用意周到さがうかがえ、
秘密裏に、コリコリ…シコシコ…黙々と作業する武蔵には「らしさ」があります。

ちなみに大河ドラマ版脚本の鎌田敏夫を調べたら、ヒットドラマ連発の
カリスマではありませんか!
彼の嗅覚が、「ホントの武蔵はこうだ」「用意周到だ」と、正解に
向わせたのかもしれません。
この展開であるかナイかで、その後のシーンの「熱さ」がぜんぜん違いますね。

[C1123] >つまり武蔵は、船の中で偶然に櫂を見つけます。

もしそうだったら、いったい武蔵はどう戦うつもりだったんでしょうか‥遅れていく作戦を考えているくらいなのだから、そこだけたまたまってことはないだろうと思いました。そこだけ偶然というのは無謀だし、やっぱり最初からちゃんと考えて準備していたというほうがあっていると思いました。
  • 2006/05/10-16:56:54
  • 投稿者 : リョウコ
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[C1121] 試合とは

それが決まった日から始まるとかなんとか言われたりします.
武蔵にとって真剣勝負の試合は、それが決まってから試合の日までずっと続いていたのだと思います。

だから情報操作も地理を知るのも全て試合の一場面として欠かせないような気がします。
当日なんて最後のピースに過ぎなかったようにも考えております。

もしかすると、我々には用意周到に見えても武蔵にはそれが当たり前だったような気がします。

鳥の声を聞けという詩は自分にばかり閉じこもらずに外側に目を向けろという意味もあったと思います。

もしかすると、用意周到に意図を持って試合当日まで進んでいた環境が内側になっていたとしたら、試合前に船の上の櫂に気付く的な「鳥の声を聞け」をしたかもしれません。

NHKの方が流れ的には説得力ありますが・・・

[C1120] >吉川英治対NHK大河ドラマ(櫂はどこで手に入れた?)

びっくりしました。
船の中で偶然見つけたというのは、巌流島に行く途中で・・ということですよね。
えーーっ、そんなバカなと思ってしまいました。
遅刻とか、引き潮とか、太陽の位置とか、あらゆることを計算していた武蔵が、剣をどうするか予め考えていなかったはずがないと思いました。
だって、小次郎の物干し竿は有名だっただろうと思うからです。
ですから、用意周到に一票です。 
わたしも大河ドラマを見ていたので、部屋で黙々と櫂を削る武蔵の姿がとても印象に残っています。

[C1119] 偶然か、用意周到か、

私も何かヘンだなと、チラとは疑問に思いました。 あれだけ、意図的で用意周到な武蔵が、
櫂を発見して研いだのは闘いの直前の船の上?  しかし、もりけんさんに言われて初めて、
なるほどそうやな、と思い至る我が身の鈍感さ・・・(泣) でも、考えてみればそうです。
私は剣道も、野球もガキ時分にやっていました。 が、初めて新調したバットや竹刀なりをぶ
っつけ本番で使うなんて、ガキの私でもしませんでした。 ゴルフだって同じでしょう。
素振りして、感触を確かめて、身体に馴染ませてから初めて本番で使う気になるはずです。
従いまして、やはりもりけんさんの言われる通り、用意周到のNHKの台本が正しいことになり
そうです。(それとも、再度どんでん返しがあるのか?)

いずれにせよ、いち早く気が付いて、指摘するもりけんにはまたも脱帽です。
フツウならば、吉川英治の方がNHKより格が上だとか、上等だとかという固定観念的な考えに
傾くのが普通でしょう。 もりけんさんのように「NHKの方が正しい」とサラッとはなかなか
言えないと思います。 さすがは、どこまでも用意周到なもりけんさん、全肯定、全方位の
もりけんさんなんだ、と改めて感服です。

[C1117] 勘違いしてたみたいです。

船の中というのは戦いに向かう船の中でということだったのですね。(違いがよくわかってませんでした。)
そうだとするなら、用意周到のほうだと思います。
海岸で櫂をみつけて、削って用意していたのだろうと思います。
でも、暗い顔で思いつめてやってたのかどうかと思ったりしますが、命もかかっているのだし、そうかもしれないと思えてきました。
そして、戦う日は気持ち的には運を天に任せたのかもとも思います。絵を描いたりして、いえ、周りのものも大事にしながら、たんたんと進んでいったのか。。。
よくわからなくなってきました。。。

[C1116]

意図的で用意周到で全方向にむいている武蔵であれば
NHKの方がぴったりくると思います。

世紀の対決で死ぬかも知れぬ決闘にむかう船の中で
偶然にみつけた櫂をつかうとは思えない。
偶然だとすれば、それまでの日々を何を思い考え、思いめぐらしていたのか・・・
想像がつきません。。。。

一度も負けた事がなかったということは、もはや剣の腕前や直感だけできたとは不可能なことではないかと思いました。
全方向であらゆるものを味方にすることが「勝つ」ことに
繋がってきたのではないか。。。。

[C1115] ドラマと原作

宮本武蔵ってホントにいた人物のお話なのか・・・(?)(汗)
それは、おいといて(汗汗)
偶然とゆうより・・・「運命の発見!」だったんだと思います(爆)
ずっと考えてたコトの答えが、ある時フッとなんか「コレかも・・・」と思うこと、あります。
でも、もしかすると武蔵は櫂を削りながらも
「これで、ホントにだいじょうぶなのかな・・・?」とゆう思い、
あったんじゃないかなと思います(汗)
いっぱい色んなことをする時も、こんな気持ちで・・・。

もしかすると、勝つことが先にわかっていて(爆)
「武蔵らしさ」を自ら演出したのかもしれません。

・・・なんか、ズレちゃった(汗)
だって武蔵があたらしいスーパーとかで、
「ピカピカの櫂・☆」とか買ってたらさまにならん。。。
原作あっての、演出。
でも、原作もホントかどうかは不明です。
また、出だしに戻った・・・。
「宮本武蔵って、ホントにいたヒトなの・・・?」(笑)
あとで、秘密裏に調べます・・・。

[C1114] 「偶然に発見」か「用意周到」か

思わず調べたのですが、大河ドラマの脚本家はわかりませんでした。
その方か吉川英治さんかと問われれば、「吉川英治さんに3000点!」です。
ついさっきAmazonから宮本武蔵文庫本1~7の6抜きで届きました、6は在庫切れです。
最終巻から読みたいですが、もりけんさんのブログで終了してからにいたします。
タイトルのどちらかですが、武蔵は やはり用意周到だと思います。
これまでの旅でさまざまな気づきを得たはずの彼は、自分一人の能力など たかが知れていると思い知っていたに違いありません。
原作のように、船から偶然見つけた櫂を武器に選ぶのは、前もって用意しておいた何かより良さそうだから取り替えるというなら有りかも知れません。
いつもの刀だけで他には何も用意していないというのは、負ける覚悟だけでなく、既に死を望んでいるとさえ考えられるので、そうではないと思えます。
一方、用意周到に万全を期してもなお、後から何が起きるかわからない、慢心などはねのけて、全神経とぎすまして臨んだことと思います。

[C1113] 用意周到

 「鳥の声」を聞こえるようになって、武蔵は強くなったのだと単純に思っていた自分は、リラックスできれば物事はうまくいくなんてとんでもないふうに考えていました。(笑)
 その考えで言えば、「偶然に発見」というのがあっているように思います。
 しかし、相手をいらいらさせるために、遅刻したり、太陽の位置を考慮したり、武蔵の取る行動は熟慮されたものが多いと思います。作戦を練って準備万端にして勝負に臨むという姿勢をがあります。勝負は剣の腕だけでなく作戦も大事だという考えの持ち主だったように思います。剣の勝負でなく、戦(いくさ)の勝負といった捉え方です。
 そう考えると、櫂を使う稽古も積んで準備万端に勝負に臨んだのかなと思います。 

[C1112] 櫂は

もちろん、戦いの道具ではありません。
それを武蔵があえて戦いに用いるとすれば、きまぐれで手に取ったとは、とても思えません。だから、NHKの方が、より武蔵的だと思います。
ただし、「状況を味方につける」というのも、武蔵的な戦い方だと思います。巌流島に向かう船の中ですでに戦いが始まっていたとすれば、武蔵が、船の装備を味方につけたということもあり得るとは思います。
ただし、もしそうだとしても、なにげなく手にとってみて・・というような雰囲気ではないはずです。追い込まれて、ギリギリの選択として櫂を味方につける、というような感じでなければ、武蔵が船中の櫂を武器にすることはあり得ないと思います。

[C1111] >吉川英治対NHK大河ドラマ(櫂はどこで手に入れた?)

私の好みで言えば(爆)「偶然に発見」に1票です。(笑)
これまでのブログに出てきた武蔵のイメージでいうと、そちらに入れたいです。(笑)暗い顔して毎日思索にふけるという感じではなく、偶然に発見したものを取り入れ味方にしていくような感じで、そういう武蔵に全方位の強さを感じます。
いえ、もしかしたら、なんとなくは考えていたかもとは思います。いいものがないかとは。。です。でも、暗い顔ではなかったんじゃないかと思います。日常の中でなんとなく考えてはいて、ある時、それを見て、おお、これは!と思ったのではないかと思います。
佐助からもらったか、海岸で拾ったかは別として。。です。
とすると、「用意周到」プラス「偶然に発見」ではないかと思います。

[C1110] > ぼんびの一発大逆転!

え~。。用意周到に一票というコトです。
偶然発見するのも覚醒してるみたいでグッときましたが
そこに櫂がなかったら死ぬな。。と思いました。
話が終わっちゃう。。。

[C1109] > ぼんびの一発大逆転!

>「武士道は精神だ」などと言う言葉は、無かったのだと思います。
  
櫂にカッコ良さを感じません。秘密裏に正義を感じません。
しかし。。得体の知れなさを感じます。
「腹が減っては戦が出来ぬ」。。というようなコトを見据えていたのが武蔵ではないかと思いました。圧倒的に現実主義者だったのではないかと思いました。そこにあるのは精神力じゃないんだと思いました。
 
例えば剣をいくら極めても。。それだけが勝負じゃないんだと思いました。アクシデントは読めません。現実はアクシデント、得体の知れないコトだらけです。だから、武蔵はそれを見据えて。。いつでも「負け」から始まってたのかもしれないと思います。小次郎に対してだけでなく「現実」に対してです。いつも「ぼんびの一発大逆転!」だったんじゃないかと 思いました。「勝ち」からはじまるのは慢心。。だと思いました。一部でも勝ちに掛けたら、そっから崩れてく気がしました。「負け」スタートだということは怖い事だと思います。しかし勝ち負けを越えて。。それが「現実」ってもんじゃないのかと。。むしろ「負け」のほうが現実に近いんじゃないかと。。今日はそう思いました。得体の知れないのがフツーだから櫂が振れたのかもしれないと思いました。

[C1108] どちらもフィクションだから

大河ドラマの脚本家と
吉川英治の原作と どちらが好きかという事ですよね。
ドラマは原作を忠実に再現することではなくて、
原作を元にいかに映像としてその時間内につじつまを合わせて表現するかが大事になってきます。
 
「それじゃー面白くない」という場合、脚本家が映像的に表現しやすいように脚色します。
 
たまたまこれがツボにはまったという事ですね。
どちらにも意味はありませんよ!
  • 2006/05/10-10:28:46
  • 投稿者 : めこ
  • URL
  • 編集

[C1107] >夜、黙々と削る武蔵・・・

たまたまあった櫂・・では、もう神の域突入です。
時間や、状況をしっかり見方につける武蔵のこと、
夜な夜な、櫂を削る・・の方が、しっくりきます。
決戦のその時までは、用意周到だった気がします。
  • 2006/05/10-10:05:51
  • 投稿者 : まる
  • URL
  • 編集

[C1106] 偶然見つけた櫂で闘うというのは

わざと何時間も遅れて行ったり、太陽の位置とか潮の満ち引きまでも闘いに利用しようとした武蔵の用意周到さから考えたら、とても変な感じがしました。
 
ここまで徹底的に用意したのに最後は思いつきで行動してしまったら、不安材料が一気に増えてしまいそうです。
 
これが「この櫂ももしかしたら使えるかもしれない」と考えて佐助に譲ってもらったのなら、今までの徹底した準備に更にアイテムが一つ増えることになると思いました。
 
原作の作者は、最後の最後に武蔵に「カッコ良さ」を演出したのかなと思いましたが、武蔵はやっぱり徹底的に準備する人だったんじゃないかと思います。

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吉川英治対NHK大河ドラマ(櫂はどこで手に入れた?)

 きょうから二日間に渡り、吉川英治の原作とNHK大河ドラマの対決です(笑)。
 
 吉川英治の作品では、以下のようになっています。
 
****************
 
武蔵「佐助
 
佐助「へい」
 
武蔵「これを貰ってもよいか」
 
佐助「何です」
 
武蔵「船底にあった櫂の割れ」
 
佐助「そんな物、要りはしませんが、どうなさいますんで」
 
武蔵「手頃なのだ」
 
 武蔵は、櫂を手にとっていた。片手に持って、眼から腕の線へ水平に通して見る。幾分水気を含んでいるので、気の質は重く感じる。櫂の片刃に削げが来て、そこから少し裂けているので、使わずに捨ててあったものらしい。
 
****************
 
 つまり武蔵は、船の中で偶然に櫂を見つけます。
 しかしNHKの大河ドラマでは、まったく違います。
 
 武蔵は暗い顔をして、毎日思索にふけります。
「小次郎の物干し竿が相手では、俺に勝ち目はない。同じ長さの剣だって五分五分なのだから・・」
 
 そしてある日、海岸で櫂を見つけます。
 それを持ち帰り、部屋を閉め切って削ります。
 
 櫂を削るときは、部屋に誰も入れなかったそうです。
 もしも誰か入れれば、自分が櫂を使うという噂が広まり、小次郎の耳に届くかもしれないと思ったからです。
 
 武蔵は、情報操作すらしようとしていました。
 
 そして誰もいない入り江で、櫂を振る練習をします。
 
 すべては秘密裏に行われていました。
 
 私はNHKが正解だと思います。
 私は「鳥の声を聞け」の次に、このシーンが好きです。
 
 夜、黙々と削る武蔵・・・
 目に、二本線は入っていません(笑)。
 
「武士道は精神だ」などと言う言葉は、無かったのだと思います。

(櫂は長さを補うためですが、その書き込みは明日とあさってでしますので、レスには言及しないでください。きょうは「偶然に発見」か「用意周到」かがテーマです(笑))

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41件のコメント

[C1216] 吉川英治対NHK大河ドラマ(櫂はどこで手に入れた?)

 偶然は直感で、用意周到は全方位につながるのかなと思いました。

 武蔵は言い方がへんかもしれませんが臆病だったのかなとも思いました。
だから五分五分かひょっとすると負けそうな試合を勝つために一生懸命に策を考えたのだと思いました。

 剣を鍛練することも大切ですが、それ以外の事も必死に考えたのだと思います。

 そんな風に考えると、臆病な武蔵が櫂を舟の中で偶然見つけたから使ったというよりも、必死に策を考えて櫂を見つけ、準備したのだと思いました。

[C1162] >吉川英治対NHK大河ドラマ(櫂はどこで手に入れた?)

原作とドラマでこんなに違うとは驚きました。
色々なことを想定して、準備をするドラマの方は、武蔵が全方位だからこそと思えます。
だからこそ、戦いに向うときには、もう何の心配もなく、心静かにいれたのではないかと思います。

ある日、海岸で櫂を見つけたのは、問いを持っていたことと、鳥の声を聞ける状態であったからだと思います。
剣の練習ばかりしていては気づけません。

原作の方だけしかしらないと、おっ偶然見つけた櫂を使って勝つなんてすごいっ、と思ってしまいそうです。
でも、よく考えたら、このことは、自分の力だけに頼らずにあらゆることを計算して戦いに挑んでいる武蔵とは、ちょっと違うと思います。(でもこれももりけんさんにそういわれなければ気づかないかも。。)

[C1157] 用意周到

じゃないかと思いました
しかし・・武蔵は落ち着いていられなかったんじゃないでしょうか・・
遅刻イライラ作戦や、波間ギラギラ作戦だけではまだ足りないと思って、ジッとしていられずに、何かないか、何かないかと海岸まで行って櫂を見つけたんじゃないでしょうか・・そう思いました

[C1146] 偶然に発見か用意周到か

偶然に発見したほうが周りの物がすべて武蔵の味方をして、勝利の流れが武蔵にいっているように感じられるからいいのかと思いました。でも用意周到は考えられることを全部し尽くして後は流れに任せるということかなと思ったので、こっちのほうがもっと大きな流れになるのかなと思いました。

[C1145] 櫂

>武蔵「手頃なのだ」
武蔵はとても入念にあらゆることを想定して準備していたと思います。でもどうしても剣をどうしたらいいか迷っていたのではないかと思います。
そして、ずっと問いを発していて、その時に本来の櫂としては使えなくなっている櫂をみつけたのではないかと思いました。

[C1144] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/05/11-09:19:37
  • 投稿者 :
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[C1143] 櫂

原作はゆっくり作者の場にもっていけるので克明に表現できるのでしょう。
TVとか映画は分かりやすい表現になりがちになるのではないかと思います。
現実には計算に裏打ちされた準備が
されて武蔵は勝ったんだと。
改めて感じました。

[C1142] >映画やテレビドラマは原作を「超えない」

まともに受け止めていた私がバカだった、ということが言いたかったんですぅ~(爆)。

[C1141] 「偶然に発見」か「用意周到」か

ドラマと原作・・こんなに違うのですね。

 >すべては秘密裏に行われていました。
情報操作もして、練習もして・・
用意周到がぴったりだと思いました。

>「武士道は精神だ」などと言う言葉は、無かったのだと思います。
なんでもありって柔軟でいいなって思います。
黙々と削る姿、想像してしまいました。
  • 2006/05/11-02:16:28
  • 投稿者 : Ciel
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[C1140] 用意周到

 命がけの戦いにいくのです。誰も死は怖いしギリギリのところまでは、ああでもないこうでもないと作戦を詰め将棋でもするかのように想定し準備万端でいけるように、髪の毛から足の爪先まで神経を尖らせて考え抜くのではないかと思います。それを考え抜いて用意周到に武蔵は直前まですごしたと思います。

[C1139] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/05/11-00:26:19
  • 投稿者 :
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[C1138] >こんなことになろうとは、想像できませんでした

これさえも、言い訳でした。 私があの文章を書いたとき、私は怒っていました。
もう少しでキレそうでしたが、本当にキレたらみっともないので我慢しました。
そして、私は怒りを抱えたまま、適当なことを書きました。 怒ってないフリをして・・・
今にして思えば、もっと端的に書くべきでした。 オレは、おのれのようなイチビッた
ヤツが大嫌いなんやと。 それができないのなら、黙っている方がまだマシでした。
それなのに、私はエエ格好を書きました。 完全な説教でした。 エゴ丸出し・・・
その意味で、私は負けを認めます。 さらに・・・私は本当はわかっていました。
投稿する直前に、自分で思いました。 オレは、こうまでしてエエ格好したいのか・・・
でも、止まりませんでした。 それが、悔しいだけです。
全体の流れの腰を折りました。 失礼致しました。

[C1137] >「偶然に発見」か「用意周到」か

原作とドラマにはこんな違いがあったのですね@@
読んでいないし、見ていないのですが・・・(汗)
これまでの書き込みを読んだ上で、武蔵の戦い方を想像するとNHKの方が合点がいきます。
小次郎と向かい合うために、あれほど入念に策を講じてきた武蔵が五分五分のままで船に乗り込むとは思えません。
何かしら用意した上で、それに勝る「櫂」を船上で見つけたというなら話は別ですが・・・
小次郎が人前で華麗に大太刀を振り回し、「勝つのは俺だ!」と豪語している間に、武蔵は独り、淡々と櫂を削り、汐の流れや太陽の位置など情景までも細かく描いていたのだと思いました。

[C1136] >誰かが映画やテレビドラマは原作を「超えない」って言ってましたが、

はい、それを言ったのは私です。 思いつきで、エエ格好を書きました。
こんなことになろうとは、想像できませんでした。 負けを認めます。

[C1135] 戦う武器として

偶然に船の中で発見するのは、無理があるというか、とってつけた感がします。

わざと時間に遅れたり、肩を冷やさないように綿入れをかけていたのに、肝心の武器が、たまたま船の中にあるよりは、用意周到に準備されてるほうが納得できます。

それに、こっそり練習までするのがいいです。ここまでしてはじめて、用意周到という気がします。

[C1133] >吉川英治の原作とNHK大河ドラマの対決

誰かが映画やテレビドラマは原作を「超えない」って言ってましたが、
一概にそうも言えないのだなと思いました(笑)。
真剣に問い続けた過程の上で、偶然に船の中でばったり手ごろな櫂に出会った
という考え方もできなくもないですが、太陽の位置や海水の光の反射を充分に
考慮に入れて遅刻するという周到さであれば、暗い顔して毎日思索にふけった
というNHKドラマの方が事実に近いと思います。
ドラマの脚本を書いた人はどなたか知りませんが、その人も、大河ドラマで
武蔵をやるということで、相当に、宮本武蔵の人物像に用意周到に取り組んだ
のだと思いました。

[C1132] >夜、黙々と削る武蔵・・・

おもいっきり妄想です
決死の試合をする状態を前に、考えがまとまらなくなりそうで、精神統一とかをするのではなくてアイテムを作り出すというのが、みょうに凄いです

価値観変わりそうです

[C1131] 例えば、私を含む凡人が、もりけんさんが

HPでするように人を斬ったり、もりけんさんの言うことを自分の都合のいいように解釈して行動したとしても、たぶん、もりけんさんのようにはなれないでしょう。

せいぜい、小さな不法行為を自分を正当化しながらして、ほんの一瞬自由になったような気分を味わうか、あの人は変わった人とか、傲慢な人と周囲に思われるだけでしょう。それはもりけんさんが長い時間をかけて作り上げてきたやりかたであり考え方であるからです。

たぶんそれは「もりけん密着ビデオ」に描かれているように毎日玄米を食べ、決まった時間に瞑想をし、マッサージなどにいって体のコンディションを徹底的に整え..といったものが総合して、「もりけんさんのやりかた」というものが出来上がっていると思うからです。それには膨大な「仕込み」の時間と手間隙が必要だったと思うのです。

もりけんさんのようになりたいから、あるいは、もりけんさんの考え方のほうが真実に近いように思うからということで、表面的にまねをしても、短時間で、もりけんさんのようになることはできないと思います。

さて、このNHKが描いている、武蔵がひとり部屋で木を削るシーンはそれが「武蔵のやり方」に合致していれば、たとえそのようなことが実際になかったとしても、見る人には非常に説得力を持つのではないかと思われます。

木を削るという単純な作業は、一種の深い思考に入り込んでいる瞑想状態だと思います。武蔵がおのれと向き合い、集中度を高め、また戦いのシュミレーションをするのに、この木を削るという時間は非常に役に立ったのではないかと思います。繰り返しの作業をしながら、瞑想のような状態に入り、ネットワークとつながった瞬間でもあったかもしれません。

ひとりの男が「武蔵」になっていくために不可欠な時間であったと思います。
  • 2006/05/10-21:07:30
  • 投稿者 : ナイル
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/05/10-20:29:05
  • 投稿者 :
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[C1129] 武蔵のイメージ

最初、ン・・・よく分かりませんでした。
今まで繊細に気を使い、全方位であったかのように思えた武蔵だったのに・・・偶然見つかった櫂を使うのはなんか変だと思いました。

用意周到は最後まで何が起こるか分からない、想定されるあらゆることが常にある状態ではないかと思います。NHKのように部屋にこもって・・・

しかし、その後の展開が原作に繋がれば話は少しは分かるような気がしました。用意周到の上での偶然の発見なら、おぉ~と思うかもしれないです。

繊細な武蔵が・・・船の中で偶然見つけた櫂を「手ごろだ」という理由で気に入るとはありえないことだと思いました。

[C1128] >櫂はどこで手に入れた?

>「偶然に発見」か「用意周到」か


私は、「用意周到」だと思いました。

武蔵は、あらゆる手段を使い、周囲のすべてを味方につけ、情報操作も行い
ました。

周囲のすべてを味方につけることは、
武士道とは相容れないことのように思えます。


清く正しく美しくありません。


目に二本線が入っているイメージがありありと浮かびました。

武蔵は、小次郎に勝つために、用意周到に、ことを実行していたのだと思います。


[C1127] 櫂

櫂を振るには大きすぎるので削る作業は不可欠のように思います。
偶然に見つけたものを武器としてと使うのは船の上ではあまりにも時間が少なすぎると思います。
試しては削り振りまた削る作業の武蔵の姿が想像されます。
秘密裏にことを運ぶのは用意周到以外の何者でもないように思いました。

[C1126] >櫂はどこで手に入れた?

武蔵の用意周到さは、もりけんさんの講演会の準備を思わせます。

徹底的に準備する武蔵が、偶然櫂を発見する・・というのは、変な感じがします。

そんなカケをするだろうか・・と思います。

もくもくと櫂を削る武蔵・・
ただ無心に・・やれることはすべてやる・・というすごみがあります・・

[C1125] >「武士道は精神だ」などと言う言葉は、無かったのだと思います。

戦国時代の武田信玄の騎馬隊、更に上をいく、織田信長の長槍と鉄砲隊、やっぱり、「武士道」という精神論だけに命は、賭けられません。すぐ、死にます。
内面を磨くよりまず、体や武器を磨かなくちゃ、武士にはなれません。

用意周到、大事です。でも、弱いです。(爆)
ふっ、ふっ、未来情報で補いたいところです。

[C1124] 原作者vs大河ドラマ

違和感アリアリです(汗)
今までの原作テイストで申せば、大河ドラマの展開がしっくりきます。
これじゃあ、デキすぎているというか、さも神仏が味方した的な
精神世界の世迷言にもなりかねません。
意図的に神懸り的な展開にしたのかもしれませんが…。

かたや大河ドラマ版の展開では、原作に沿うような用意周到さがうかがえ、
秘密裏に、コリコリ…シコシコ…黙々と作業する武蔵には「らしさ」があります。

ちなみに大河ドラマ版脚本の鎌田敏夫を調べたら、ヒットドラマ連発の
カリスマではありませんか!
彼の嗅覚が、「ホントの武蔵はこうだ」「用意周到だ」と、正解に
向わせたのかもしれません。
この展開であるかナイかで、その後のシーンの「熱さ」がぜんぜん違いますね。

[C1123] >つまり武蔵は、船の中で偶然に櫂を見つけます。

もしそうだったら、いったい武蔵はどう戦うつもりだったんでしょうか‥遅れていく作戦を考えているくらいなのだから、そこだけたまたまってことはないだろうと思いました。そこだけ偶然というのは無謀だし、やっぱり最初からちゃんと考えて準備していたというほうがあっていると思いました。
  • 2006/05/10-16:56:54
  • 投稿者 : リョウコ
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[C1121] 試合とは

それが決まった日から始まるとかなんとか言われたりします.
武蔵にとって真剣勝負の試合は、それが決まってから試合の日までずっと続いていたのだと思います。

だから情報操作も地理を知るのも全て試合の一場面として欠かせないような気がします。
当日なんて最後のピースに過ぎなかったようにも考えております。

もしかすると、我々には用意周到に見えても武蔵にはそれが当たり前だったような気がします。

鳥の声を聞けという詩は自分にばかり閉じこもらずに外側に目を向けろという意味もあったと思います。

もしかすると、用意周到に意図を持って試合当日まで進んでいた環境が内側になっていたとしたら、試合前に船の上の櫂に気付く的な「鳥の声を聞け」をしたかもしれません。

NHKの方が流れ的には説得力ありますが・・・

[C1120] >吉川英治対NHK大河ドラマ(櫂はどこで手に入れた?)

びっくりしました。
船の中で偶然見つけたというのは、巌流島に行く途中で・・ということですよね。
えーーっ、そんなバカなと思ってしまいました。
遅刻とか、引き潮とか、太陽の位置とか、あらゆることを計算していた武蔵が、剣をどうするか予め考えていなかったはずがないと思いました。
だって、小次郎の物干し竿は有名だっただろうと思うからです。
ですから、用意周到に一票です。 
わたしも大河ドラマを見ていたので、部屋で黙々と櫂を削る武蔵の姿がとても印象に残っています。

[C1119] 偶然か、用意周到か、

私も何かヘンだなと、チラとは疑問に思いました。 あれだけ、意図的で用意周到な武蔵が、
櫂を発見して研いだのは闘いの直前の船の上?  しかし、もりけんさんに言われて初めて、
なるほどそうやな、と思い至る我が身の鈍感さ・・・(泣) でも、考えてみればそうです。
私は剣道も、野球もガキ時分にやっていました。 が、初めて新調したバットや竹刀なりをぶ
っつけ本番で使うなんて、ガキの私でもしませんでした。 ゴルフだって同じでしょう。
素振りして、感触を確かめて、身体に馴染ませてから初めて本番で使う気になるはずです。
従いまして、やはりもりけんさんの言われる通り、用意周到のNHKの台本が正しいことになり
そうです。(それとも、再度どんでん返しがあるのか?)

いずれにせよ、いち早く気が付いて、指摘するもりけんにはまたも脱帽です。
フツウならば、吉川英治の方がNHKより格が上だとか、上等だとかという固定観念的な考えに
傾くのが普通でしょう。 もりけんさんのように「NHKの方が正しい」とサラッとはなかなか
言えないと思います。 さすがは、どこまでも用意周到なもりけんさん、全肯定、全方位の
もりけんさんなんだ、と改めて感服です。

[C1117] 勘違いしてたみたいです。

船の中というのは戦いに向かう船の中でということだったのですね。(違いがよくわかってませんでした。)
そうだとするなら、用意周到のほうだと思います。
海岸で櫂をみつけて、削って用意していたのだろうと思います。
でも、暗い顔で思いつめてやってたのかどうかと思ったりしますが、命もかかっているのだし、そうかもしれないと思えてきました。
そして、戦う日は気持ち的には運を天に任せたのかもとも思います。絵を描いたりして、いえ、周りのものも大事にしながら、たんたんと進んでいったのか。。。
よくわからなくなってきました。。。

[C1116]

意図的で用意周到で全方向にむいている武蔵であれば
NHKの方がぴったりくると思います。

世紀の対決で死ぬかも知れぬ決闘にむかう船の中で
偶然にみつけた櫂をつかうとは思えない。
偶然だとすれば、それまでの日々を何を思い考え、思いめぐらしていたのか・・・
想像がつきません。。。。

一度も負けた事がなかったということは、もはや剣の腕前や直感だけできたとは不可能なことではないかと思いました。
全方向であらゆるものを味方にすることが「勝つ」ことに
繋がってきたのではないか。。。。

[C1115] ドラマと原作

宮本武蔵ってホントにいた人物のお話なのか・・・(?)(汗)
それは、おいといて(汗汗)
偶然とゆうより・・・「運命の発見!」だったんだと思います(爆)
ずっと考えてたコトの答えが、ある時フッとなんか「コレかも・・・」と思うこと、あります。
でも、もしかすると武蔵は櫂を削りながらも
「これで、ホントにだいじょうぶなのかな・・・?」とゆう思い、
あったんじゃないかなと思います(汗)
いっぱい色んなことをする時も、こんな気持ちで・・・。

もしかすると、勝つことが先にわかっていて(爆)
「武蔵らしさ」を自ら演出したのかもしれません。

・・・なんか、ズレちゃった(汗)
だって武蔵があたらしいスーパーとかで、
「ピカピカの櫂・☆」とか買ってたらさまにならん。。。
原作あっての、演出。
でも、原作もホントかどうかは不明です。
また、出だしに戻った・・・。
「宮本武蔵って、ホントにいたヒトなの・・・?」(笑)
あとで、秘密裏に調べます・・・。

[C1114] 「偶然に発見」か「用意周到」か

思わず調べたのですが、大河ドラマの脚本家はわかりませんでした。
その方か吉川英治さんかと問われれば、「吉川英治さんに3000点!」です。
ついさっきAmazonから宮本武蔵文庫本1~7の6抜きで届きました、6は在庫切れです。
最終巻から読みたいですが、もりけんさんのブログで終了してからにいたします。
タイトルのどちらかですが、武蔵は やはり用意周到だと思います。
これまでの旅でさまざまな気づきを得たはずの彼は、自分一人の能力など たかが知れていると思い知っていたに違いありません。
原作のように、船から偶然見つけた櫂を武器に選ぶのは、前もって用意しておいた何かより良さそうだから取り替えるというなら有りかも知れません。
いつもの刀だけで他には何も用意していないというのは、負ける覚悟だけでなく、既に死を望んでいるとさえ考えられるので、そうではないと思えます。
一方、用意周到に万全を期してもなお、後から何が起きるかわからない、慢心などはねのけて、全神経とぎすまして臨んだことと思います。

[C1113] 用意周到

 「鳥の声」を聞こえるようになって、武蔵は強くなったのだと単純に思っていた自分は、リラックスできれば物事はうまくいくなんてとんでもないふうに考えていました。(笑)
 その考えで言えば、「偶然に発見」というのがあっているように思います。
 しかし、相手をいらいらさせるために、遅刻したり、太陽の位置を考慮したり、武蔵の取る行動は熟慮されたものが多いと思います。作戦を練って準備万端にして勝負に臨むという姿勢をがあります。勝負は剣の腕だけでなく作戦も大事だという考えの持ち主だったように思います。剣の勝負でなく、戦(いくさ)の勝負といった捉え方です。
 そう考えると、櫂を使う稽古も積んで準備万端に勝負に臨んだのかなと思います。 

[C1112] 櫂は

もちろん、戦いの道具ではありません。
それを武蔵があえて戦いに用いるとすれば、きまぐれで手に取ったとは、とても思えません。だから、NHKの方が、より武蔵的だと思います。
ただし、「状況を味方につける」というのも、武蔵的な戦い方だと思います。巌流島に向かう船の中ですでに戦いが始まっていたとすれば、武蔵が、船の装備を味方につけたということもあり得るとは思います。
ただし、もしそうだとしても、なにげなく手にとってみて・・というような雰囲気ではないはずです。追い込まれて、ギリギリの選択として櫂を味方につける、というような感じでなければ、武蔵が船中の櫂を武器にすることはあり得ないと思います。

[C1111] >吉川英治対NHK大河ドラマ(櫂はどこで手に入れた?)

私の好みで言えば(爆)「偶然に発見」に1票です。(笑)
これまでのブログに出てきた武蔵のイメージでいうと、そちらに入れたいです。(笑)暗い顔して毎日思索にふけるという感じではなく、偶然に発見したものを取り入れ味方にしていくような感じで、そういう武蔵に全方位の強さを感じます。
いえ、もしかしたら、なんとなくは考えていたかもとは思います。いいものがないかとは。。です。でも、暗い顔ではなかったんじゃないかと思います。日常の中でなんとなく考えてはいて、ある時、それを見て、おお、これは!と思ったのではないかと思います。
佐助からもらったか、海岸で拾ったかは別として。。です。
とすると、「用意周到」プラス「偶然に発見」ではないかと思います。

[C1110] > ぼんびの一発大逆転!

え~。。用意周到に一票というコトです。
偶然発見するのも覚醒してるみたいでグッときましたが
そこに櫂がなかったら死ぬな。。と思いました。
話が終わっちゃう。。。

[C1109] > ぼんびの一発大逆転!

>「武士道は精神だ」などと言う言葉は、無かったのだと思います。
  
櫂にカッコ良さを感じません。秘密裏に正義を感じません。
しかし。。得体の知れなさを感じます。
「腹が減っては戦が出来ぬ」。。というようなコトを見据えていたのが武蔵ではないかと思いました。圧倒的に現実主義者だったのではないかと思いました。そこにあるのは精神力じゃないんだと思いました。
 
例えば剣をいくら極めても。。それだけが勝負じゃないんだと思いました。アクシデントは読めません。現実はアクシデント、得体の知れないコトだらけです。だから、武蔵はそれを見据えて。。いつでも「負け」から始まってたのかもしれないと思います。小次郎に対してだけでなく「現実」に対してです。いつも「ぼんびの一発大逆転!」だったんじゃないかと 思いました。「勝ち」からはじまるのは慢心。。だと思いました。一部でも勝ちに掛けたら、そっから崩れてく気がしました。「負け」スタートだということは怖い事だと思います。しかし勝ち負けを越えて。。それが「現実」ってもんじゃないのかと。。むしろ「負け」のほうが現実に近いんじゃないかと。。今日はそう思いました。得体の知れないのがフツーだから櫂が振れたのかもしれないと思いました。

[C1108] どちらもフィクションだから

大河ドラマの脚本家と
吉川英治の原作と どちらが好きかという事ですよね。
ドラマは原作を忠実に再現することではなくて、
原作を元にいかに映像としてその時間内につじつまを合わせて表現するかが大事になってきます。
 
「それじゃー面白くない」という場合、脚本家が映像的に表現しやすいように脚色します。
 
たまたまこれがツボにはまったという事ですね。
どちらにも意味はありませんよ!
  • 2006/05/10-10:28:46
  • 投稿者 : めこ
  • URL
  • 編集

[C1107] >夜、黙々と削る武蔵・・・

たまたまあった櫂・・では、もう神の域突入です。
時間や、状況をしっかり見方につける武蔵のこと、
夜な夜な、櫂を削る・・の方が、しっくりきます。
決戦のその時までは、用意周到だった気がします。
  • 2006/05/10-10:05:51
  • 投稿者 : まる
  • URL
  • 編集

[C1106] 偶然見つけた櫂で闘うというのは

わざと何時間も遅れて行ったり、太陽の位置とか潮の満ち引きまでも闘いに利用しようとした武蔵の用意周到さから考えたら、とても変な感じがしました。
 
ここまで徹底的に用意したのに最後は思いつきで行動してしまったら、不安材料が一気に増えてしまいそうです。
 
これが「この櫂ももしかしたら使えるかもしれない」と考えて佐助に譲ってもらったのなら、今までの徹底した準備に更にアイテムが一つ増えることになると思いました。
 
原作の作者は、最後の最後に武蔵に「カッコ良さ」を演出したのかなと思いましたが、武蔵はやっぱり徹底的に準備する人だったんじゃないかと思います。

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