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[C1299] >「才能」と「根性」と「練習」

う・・まさにそのとおりです。
体育会系だった私は、そうして自分の力を伸ばすことだけに意識がありました。
そんな私の用意周到は、

>身ひとつだから、体のコンディションだけを整えておけば良い。
>ましてや、意識的に二時間も遅刻するなど、もってのほか・・。

まさにこれです(汗)
選手宣誓のように「正々堂々と戦うことを誓います」状態です。
これで負けても、がんばったからいい。
勝てば、ますます傲慢に(汗)
スポーツって、本当に一方向しか見てないのだと、今改めて思います。

小次郎がツバメ斬りをやってる状態って、いかにも努力してる!という感じですが、武蔵が何度も櫂の修正を行うところは、努力してるという感じではありません。
着々と、淡々と準備している、というか・・。
ほんと、もりけんさんと重なります。

原作ではこの部分がなかったのですね・・。
この部分のあるなしって、武蔵のイメージにかなり影響があるように思います。


[C1294] 吉川英治さんは

武蔵をワイルドなヒーローのイメージで通すがために、性格に緻密だとか用意周到さをおかなかったのかと思いました。
それに対して大河ドラマの脚本家鎌田敏夫さんは(おそ松さんありがとう♪)、もりけんさんも納得するほど何て現実的な武蔵像を描かれたことか!
原作をいかに深く読み込まれたか、そこから独自の統一された視点で自然な武蔵像を立体化したことか!
そういう裏側のドラマ性も面白いし、原作とドラマの対比においても、全体的イメージではなく、ピンポイントを挙げていろんな意見が交わされるのがすごく愉快です。
ドラマも見てみたいと思いました。

[C1292]

>いきなりホンバンです。

うう・・・・ん。やっぱりありえない気がする。

体育会系でも頭は使うし。。。。
いろんな場合を考えて頭の中でシュミレーションすると思う。
スポーツでもバカでは頂点に行けない。。。。よな。。。


どうかんがえてもNHKのほうが、武蔵とぴったりくると思う。。。



[C1289] >武蔵の「用意周到」

先日、海外のオモシロ映像の特集を観ました。
バスケの試合で、試合終了間近の接戦の映像が印象に残りました。

両チームは同点で、双方点を上げるにも時間がありません。
ボールは相手チームに獲られましたが、ゴールには至らずボールは落ちました。
その瞬間、片方のチームのひとりが、コート内で、
「%×▽◎、◇?・・&」と奇声を上げて、キ○ガイのようになりました。
選手も観客も凍りついたその瞬間、キ○ガイ選手の同胞がボールを得て、
一挙にゴール…試合終了…勝利したのです。
キ○ガイのような選手…あれは演技だったのです(汗)
しかも、試合前からコーチともども「切り札」として、着々と準備されていたのです。

真剣にスポーツをしている人は、この行為を「アン・フェア」と言うでしょう。
一般の人の多くも、「真っ当ではない」「健全さを欠いている」と
もっともな批判を抱くと思います。

「キ○ガイのフリをしろ」
「なんとしても勝て」
という、このコーチに教わった選手は、この後食いっぱぐれることは
ないかもしれません。
勝ち負けに「神聖さ」も「健全さ」もナイと思います。
生きる上で、もっとも大切なことを、コーチは教えてくれたに違いないと、
僕はかなり感動しながらVを観終えました。

体育会系はやはり「用意周到」を嫌うと思います。
だから馬鹿だし、体育以外ではウダツが上がらないのかもしれません。
過去の栄光にすがって、前を見ないような彼らよりも、
勝利が通過点にしか過ぎない武蔵の必死さの方が小気味よく、
時代や人々に愛されるのかもしれません。

[C1288] やはり用意周到

 決闘の日時は決まっているそして作戦を練りに練っている、ましてや江戸時代の初期、武蔵は足軽として関が原の戦いで戦場の酷さと厳しさが原体験として、あったかもしれません。勝った者と負けた者の残酷なまでの違いを目の当りに見ていると思います。あれも家康の用意周到な謀略が決まった戦いだったと思います。いわゆる寝返りという卑怯といわれる策略が勝負を決したと思います。勝つということを真摯にうけとめ櫂をどう降り出して戦うかということなど熟慮に熟慮を重ねて当然のように用意周到な武蔵であったと思います。
  • 2006/05/15-02:58:49
  • 投稿者 : yk
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[C1287] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/05/15-01:34:59
  • 投稿者 :
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[C1286] 用意周到

>私はこのシーンがとても好きです。
 私がやりそうなことだからです(笑)。

もりけんさんはパフォーマンス講演会でのトンネルの中を飛ぶシーンの練習を何度も繰り返されたとのこと。
舞台の上での生クロマキーは裏方のプロの方達も驚くほどの出来栄えでした。

武蔵とて「才能」と「根性」と「練習」は必須だったと思います。
しかしそれだけでは厳しい剣客の道を長らえては来れなかったと思います。
一瞬の隙や油断や運が勝負を左右し彼の命をもっと早くに終わらせてしまったでしょう。
常に勝ち続けるには用意周到に戦略を練らなければならなかったと思います。

吉川英治は作家として、読者に対して見栄えのよいように時間の流れをはしょったとしか思えません。

直前に櫂を削るなど時間がかかるし、第一使う武器を直前の船の中で偶然見つけるなどリスクが大きすぎます。
現実の武蔵は準備万端整えて、櫂を振る動作もちゃんと身体に覚えさせようとする、保険をかける男だったのではないかと思います。

[C1285] 質

今日、フシケンのHPでのもりけんさんの書き込みを拝見していて、自分の中に「誰の書き込みの質が高いのだろうか」という問いがあった(自然にそのような目で読んでいた)ことに気がつきました。

しかし、素朴な意味での個々のレスのクオリティの高さだけを見ていると、おそらくドツボにはまってしまうと思います。

人間の世界では良質のものと質の悪いものをえり分け、悪いものを切り捨てるということをやります。そこまでやらないまでも、一番目のものと二番目のものがあったら、二番目のものを切り捨てるということをすることがあります。

しかし自然という全体から見れば、一番目のものだけを存続させるよりも、一番目と二番目のものを共存させるほうが、全体の質が改善する場合があります。

一番目二番目というのはもちろんあるひとつの基準を人間側が設定して順序をつけているわけで、人為的なものです。しかしその人為的な基準自体が、二つを共存させたほうが、改善する場合があるのです。理由は知りません。

そしてその二つのグループが異なっているほどその改善効果は大きくなります。

そのように考えていくと、剣の道を究めるために小次郎は多くのものを切り捨てていくというやり方をとって、研ぎ澄まされていったような気がします。

逆に武蔵は異質のものを(剣のワザと想像もつかないような武器、すなわち環境、それにもちろん頭脳プレー)組み合わせそれを剣の道にしてしまう能力を研ぎ澄ます(どんどん「鳥の声」を聞く能力を高める、すなわち環境を利用する)ことによって、全体のパフォーマンスを引き上げていったように思えます。

そう考えると、不思議研究所のHPに異質なものが一時的にでも入ってくることは、もしかしたら、HP全体からみればそのパフォーマンスをあげているのではないかという仮説を持ちました。

そういう意味では他の参加者と相関係数の高いレスよりも、相関係数の低い、より異質なレスが、現象としてみた場合、HP全体からみれば、そのクオリティをより高めているといえるのかもしれません。
  • 2006/05/14-23:48:21
  • 投稿者 : ナイル
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[C1284] 武蔵の「異質性」について考えてみました。

すると、もりけんさんと武蔵がダブって見えてきました。 私の独断に過ぎませんが、二人
には、下記のような共通点があるように思えました。

1) 「用意周到」はなぜ可能なのか? 
もりけんさんも武蔵も、人間がやる勝負事(それが商売でも講演でも決闘でも)を全部肯
定しているように思えます。 言い換えれば、競争や闘争に関して、善悪や優劣を判定し
ていないし、何の偏見も持っていない。 つまり、人間のエゴ(この場合は防衛本能、ある
いは、闘争本能でしょうか)を認めているので、ひとたび勝ちたいと決めてしまえば、真剣
に勝ちにこだわって、勝つための事前準備には手を抜けない。 もし手を抜けば、気になっ
て気になって、とても眠てなどいられないのかもしれない。

2)「才能」「根性」「練習」を超えた視野を持ち、そのまま平気で行動するのはなぜ?
恐らく、二人には、妙な正義感や、倫理観がない。(失礼) 上位のプライドがないといっ
てしまえばそれまでだが、物事の本質を偽善でカモフラージュするのを良しとしない。
そんなことで、自分を誤魔化すならば、死んだ方がマシと思っている。(ように見える)
武蔵の武士の誇りを捨てたかのような戦法については、(これは私の想像ですが)当時の
武士にもいろいろあって、忠義や何だと声高に言うヤツほどインチキ臭いものがあり、そう
いったことに、武蔵も実はウンザリしていたのかももしれない。

3)それでも、二人とも冷静な判断力があり、しなやかで軽いとさえ思えるのはなぜ?
自分が為せることには限界があることを本能的に理解している(?)。 つまり、自分の都
合のいいように問題を分析したりしない。 自分のエゴを(否定するのではなく)、一時的
にせよ、エゴから離れることが出来る。 その結果、己の視点だけで判断しないで、360
度の視野から、途方もないアイディアが飛び出してくる。 他人からみると、それがとても
しなやかで、軽やかに見える。(少なくとも、私にとっては)

[C1283] 用意周到

もりけんさんは、時々りんごさんに変身します。
りんごさんは、ダイエット体操をしたり、海藻を食べたり、「努力」を怠りません。もともとの美脚は天性の「才能」です。そして、お出掛けする「根性」も持っています。
でも、これだけで勝負しません。下着からお洋服、お化粧と演出を忘れません。
「中身が大事」なんて言いながら、「演出」だけで騙される男性もいるでしょう。(笑)
女性が爪を研ぐように、武蔵が櫂を削るのも成る程と思いました。

[C1282]

こんばんは!
また遊びに来ました。

用意周到!大事なことですよね。

応援クリックして帰ります。
  • 2006/05/14-19:57:47
  • 投稿者 : stayup
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[C1281] 武蔵の「用意周到」

 吉川英治はクライマックスのシーンが書きたくて書きたくて、ついつい飛ばしてしまったのかもしれません、それとも、武蔵のヒーロー度を上げるために、いかにも思いつきで作戦を立てたかのように書いたのかもしれません。
 用意周到度が小説に書かれていたらなんかセコイ感じがするので。
 サッカーワールドカップの日本は是非「用意周到」で臨んでほしいです。1つくらい勝てるように。

[C1280] 用意周到

「才能」「根性」「練習」・・
体育会系での遅刻・・は許されないでしょうね・・。
上下関係も厳しかったりするし。
佐助に対して、対等になれないかも小次郎・・。

ちょっと、ズレますが・・
オリンピックも用意周到さを見せる方が
面白いのではと思いました。
早さや高さ・・なんて、限界があるし・・。
パラリンピックと分けなくてもできそうです。

用意周到さ・・体育会系では嫌がられるかも知れませんが、
ものすごく勉強になりそうです。
周りに目を向けるという事に対して・・、
そして、ドンドン研ぎ澄まされていく・・・。
  • 2006/05/14-17:25:38
  • 投稿者 : まる
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[C1279] >櫂を削るシーンは、まったく異質のところからのアプローチだと思います。

 小次郎の刀はとても長かったということですから、たぶん特注品で、小次郎も
そのことは常に意識していたんじゃないかと思います。
 でもその刀は「ツバメ返し」の技と同じように完全に完成していて、それ以上
手を加えるなどということは考えもしなかったのかもしれません。
 
 一方の武蔵は、刀でも櫂の木刀でも完成しているものとは考えなかったし、
武器は武器、自分は自分、と分けて考えてはいなかったんじゃないかと思いまし
た。
 
 武蔵が何度も素振りをして櫂の木刀に修正を加えるのは、まるで木刀が自分の
体の一部で、調子の悪い部分を調整を続けることでベストの状態に持っていって
る感じがしました。
 
 小次郎も体調は整えていたと思いますが、そこには武器は含まれていなかった
のだと思いました。

[C1278] >木刀のテンションを体に覚え込ませるためです。

>昼間の練習で発見した不具合を、修正
やっぱりコレはやらないと‥いきなり本番は無謀だと思いました。命かかってるんだし。原作がそうしてないっていうのがちょっと意外です。
  • 2006/05/14-15:02:58
  • 投稿者 : リョウコ
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[C1277] 用意周到

「用意周到」
私事で恐縮ですが・・・。
中学1年から夜1時間、高校1年から3年までの夜2時間。
私は居間で、父と(土日と用事がある日以外)毎日勉強をしていました。
父は、ただ横にいるだけです(たまに、消しゴムで答えを消したりはある)
なぜ、そうなったのか(バカだから?運命だからか・・・わかりません)
でも、部活で疲れて帰宅しても、夜8時になると半ば強制的にテレビは
消され・・・とにかく(ふざけようが、泣こうが、ぼーっとしてようが)
席につき、勉強の時間でした(汗)
なので、学校の成績は大変によくなりました。
偏差値も10くらいあがりました。高校受験のまえには、何度も
面接の練習(爆)をしました。私がふざけていると、
「本番と思ってやりなさい・・・」と言われました(爆)
そして、私は高校も短大も、本番はほぼなく(笑)たいして緊張する
こともなく(そんなことないな・・・)内申だけで受かりました
(でも、バカだと思っていなかった、汗)
数学も理科も50点台だったと記憶しています(汗)
父は、見抜いていたのか・・・わかりませんが、いま思えば、
「用意周到」とゆうコトバがピッタリの受験法、でした。
ただ、私の場合、花開かない分野はその当時は、開かないままでした(汗)
「武蔵」の戦略を、ただひたすら実行していた、と言えると思います。
でもわたしはお蔭で、すこしは「成長(笑)」したように思います。
そしてその時間、とっても面倒でしたが・・・すごく大事に思っています。
(たったの1時間くらい・・・汗)
デカイ日本地図に直接ペンで、その土地の主な産業を記入してみたり
・・・なんだったんだろう。父との思い出。でも、楽しかった(笑)
思い出話で、すみません(笑)
ですが、用意周到ってすごく、役立ちました(・・・?)
徹底的に準備して、当日を余裕でむかえる。安心していると、
より力が発揮されるのだと思います。
また「武蔵」に親近感がわきました。私も準備は早いうちからする方
ですが・・・父の目がない今、得意な方へ逃げがちです(汗)
そして私と「武蔵」とは違うなあ・・・と思いながらも、自分の中にも
「武蔵」らしき何か、が息づいているのも、感じています。





[C1276] 狩人

狩人は野生の動物が相手です。
どのけものみちを通るかとか、どのあたりに住んでいるかとか餌場はどこなのか調べつくしています。イメージとは違いリサーチを大切にします。

手持ちの武器だけじゃなく罠も仕掛けます。

お供に猟犬も数匹連れます。

まさに総掛かりで熊一頭とかに勝負を挑みます。

武蔵の試合への用意周到さは狩人のそれに似ている気がします。

もてる力の全て云々といいますが、武蔵は小次郎以上に持てる全ての力を出し尽くして勝負に挑んでいる気がしました。

だから真剣勝負なのだと思いました。

一見卑怯ですが卑怯とは思えません。
逆に卑怯ってなんだろうと思います。

[C1275] 武蔵

 櫂を削って練習もして勝負に臨んだ場合と舟の中で櫂を見つけそれを利用した場合では、武蔵に対するイメージは違ってくるなと思います。
 
 用意周到というのはある事に当たってとる普通の行為のような。でも、自分なんかそうだけれど準備はもちろんするけれど、時間がないからもうやっちゃえという感じで、全然用意周到じゃないです。
 凡人と非凡を分けるとのはこんなある意味当たり前のことをしているかどうかかなと思います。
 
 一方、ひらめきでやった場合、やはり武蔵は勝負の天才。違うなで終わってしまうような。

 結局どちらの場合も武蔵は違うなぁということですが(汗)、用意周到の武蔵は生の人間を感じさせます。
 

[C1274]

>木刀のテンションを体に覚え込ませるためです。
パフォーマンス講演会で、時空のトンネルにジャンプ
するのを練習するりんごさんと重なりました。
体育会系っていうと、スポーツマンシップとか健全な精神なんて言葉が浮かんじゃいます。
小次郎はあくまでも武士道に則っているって感じがします。
 >吉川英治には悪いけど、もっとも良い部分、すなわち武蔵の「用意周到」がカットされたのではないかと思います。
用意周到がカットで武蔵に神がかった要素を加えるようにしたかったのかなと思いました。

  • 2006/05/14-12:43:02
  • 投稿者 : Ciel
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[C1273] >武蔵の「用意周到」

やっぱり、生死をかけた戦いで、剣の代わりとなる櫂を一度も振らずにいきなりホンバンってことはないんじゃないかと思いました。
剣士にとって、剣は体の一部だと思います。
ですから、剣の代わりに櫂を使うなら、それが身体になじむまで何度でも振って調整するのが普通だと思います。
スポーツ選手だって、一流選手ともなれば、靴とか用具とか、自分の体に合うまで、数ミリ単位、数グラム単位で何度も改良を重ねるとききます。
櫂以外に武器がなにもなくてやむを得ず・・というならまだしも、準備する時間があったにもかかわらず、なにも用意してなくていきなり船の中で見つけた櫂で戦うというのは、用意周到な武蔵にはありえないんじゃないかという気がします。

[C1272] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/05/14-11:55:26
  • 投稿者 :
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[C1271] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/05/14-11:30:49
  • 投稿者 :
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[C1269] >武蔵の「用意周到」

オリンピック金メダリストのフィギアスケートの荒川は、直前に
曲を変更したり、同じく水泳の北島も、大会前にコンピューター
を駆使して入念なフォームをチェックして勝つために徹底的に
計算されつくしたフォームを身体に染み付くまで練習しています。
北島選手の優勝までの秘話をテレビで見たのですが、武蔵のそれと
とても共通していると思いました。
日本人は外国人より華奢(きゃしゃ)だし、手足も短いし、
体型が不利です(笑)。
世界を相手に戦うバレーボールの試合も見ていても、時間差攻撃
だけではなく、A~Dまでのクイック攻撃や、ブロード攻撃とか、
実に涙ぐましいほどの苦心をして色々な作戦を繰り出しています。
だからかえって身体のデカさやパワーだけで勝負している、
キューバやアメリカの選手が“バカ”に見えます(爆)。
自分が弱い、不利ということを認めた時からが本当の出発点だと
思います。
それは自分に対する全肯定だとも言えます。

[C1268] 用意周到

>私はこのシーンがとても好きです。
>私がやりそうなことだからです(笑)。

私はもりけんさんの「前倒し」と「用意周到」が好きです。

原作者はなぜ、櫂を船の中で見つけさせたんだろう、と思いました。遅刻をさせて、日を背中にし、無言で立ち向かわせたのに、武蔵を勝者にすることも決まっていただろうに。

そこまでしなくても、武蔵は強いからと思ったのだろうかと。といっても、自分で本を読んで、テレビを見てもそこに気づかなかったと思う(汗)

それにしても、そこに気づいたNHKの脚本家はすごいです。そして、それをまた見つけ出すもりけんさん。脚本家はきっと喜んでる.じゃないかと。゚+.(・∀・)゚+.゚。

用意周到というのはあらゆる面においてしなければいけないものだと思いました。

[C1267] >武蔵の「用意周到」

>勝負と言えば、「才能」と「根性」と「練習」でした。

これは、「個」に視点が向いていると思いました。
つまり、自分を信じていた・・

しかし、


>櫂を削るシーンは、まったく異質のところからのアプローチだと思います。


櫂は、「個」の外側であり、
それを削るということは、視点が外側に開かれている・・
ということだと思いました。

武蔵には、自信というものはなく、
己は空洞だった・・

2時間の遅刻も、外側に視点がむいていたから、
できたことだと思います。

武蔵は、外側を味方につけて勝負しました。

武蔵の「用意周到」は、
外側を味方につけることであり、
それは、個を手放していたからこその行為なのだと思いました。


[C1266]

体育会系の感覚では用意周到とは、自己の体調管理に代表されるように、常に自分自身の側に視点があります。
つまり、「敵は常に自分自身にあり」という感覚です。
 
武士道でもそうですが、〇〇道、と言う時、自分自身の内側を見ることの重要性を説いているようです。
 
でも、武蔵は外側のすべてを見ていたようです。
敵である小次郎はもちろんですが、小次郎を含めたすべての外側に対して、「用意周到」だったのだと思いました。
吉川英次は武士道的な視点で武蔵を描いたような気がしてます。

[C1265] 武蔵の尻尾は厚い

まったく異質のところからのアプローチからの剣術の解釈ができるということは、山の裾野が広いのだと思います。

そこから連想して、両方の裾野が少し分厚い正規分布図が思い浮かびました。このような図は、極端な(大当たり、大はずれ)事象が普通よりも起こりやすいということをあらわしています。そして今回の武蔵の作戦はおおあたりでしたが、おおはずれの確率も通常より高かったのではないかと思います。

裾野が広いということは、極端なことを起こしうる確率を高める能力といえるかもしれません。これに伴い、予測不可能性も高まります。武蔵に比べれば小次郎は予測可能です。

画期的な新解釈を既存のものに与えることによって、全く別のものにつくりかえてしまうということは、何かその人本来の性質(血であったり、性向であったり、ルーツであったり)と既存のもの(この場合剣術)を、その人物の深いところで融合させることによって生まれるのではないかと思います。

そう考えると、このように出来上がったものには血が通っています。人間が、自分の肉体の一部を与えたものです。

アインシュタインの宇宙には、ニュートンの宇宙が包含されているといいます。一定の条件を設定することによって、それまでの物理の法則は十分に有効ということだと思います。

神に近づくということは繊細になるということかもしれません。この部分に関しては武蔵は小次郎よりも少し繊細だったのだと思います。
  • 2006/05/14-10:33:33
  • 投稿者 : ナイル
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[C1264] 訂正

NHKの大河ドラマの脚本書いた人は。。。です。

[C1263]

>木刀のテンションを体に覚え込ませるためです。
 
唖然としました。決闘まで時間もなかっただろうに。。体に覚えさせてたとは思いませんでした。普通に「体得」とか考える時。。とても時間がかかるように思いました。なのに。。なんて着実なんだろう。あせってアレもコレもとかじゃないんだと思いました。夜も櫂を削り。。ミリ単位で同調して。。まるで一体化していくようです。自分の手のように感触が味わえるまで一緒にいるかのようだと思いました。それは。。「才能」と「根性」と「練習」じゃないと思いました。ずっとただ「ホンバン」だったのかな。。と。そう思いました。凄い精神力。。
 
>身ひとつだから、体のコンディションだけを整えておけば良い。
>ましてや、意識的に二時間も遅刻するなど、もってのほか・・。
 
だから私ってダメなのね~と思いました。最後は神頼みっぽいからです。 虎視眈々と。。落とす事だけ狙わないとイケナイんだと思いました。NHKの紅白の裏側ばりの秒単位の仕切りで攻めるしかないのかなと思いました。ずっとホンバンでウテウテで。。コトを確実に為し終えるまで。。抜いてはイケナイのだと思いました(気を。。ですよ~汗)。。。
う~ん .。゚+.(・∀・)゚+.゚。爽やかな朝です。。キラキラ~

[C1262] >武蔵の「用意周到」

誰もいない海岸で櫂の木刀を振る練習をし、夜にはその不具合を調整するために削り、着々と準備しているわけですが。。。武蔵は小次郎にはかなわないという思いが強かったのではないかと思いました。
そして、用意周到に準備してさえ、2時間遅刻して5分5分という気持ちでもあったかも、いえ、それでも、勝てないかもと思っていたかもしれません。
「用意周到」が原作でカットされてしまったようですが、1人で非の打ち所のない作品というのを作るというのはありえないことかもと思ったりします。
しかし、NHKの人はそこに気づいて、そういうシーンを設け、さらに事実に近いものになったのではと思います。
合作と呼べるのかもと思ったりします。

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武蔵の「用意周到」

 
 NHKのドラマでは、武蔵は誰もいない海岸に出て、櫂の木刀を振る練習をします。
 そのとき、小次郎のツバメ返しが頭をよぎります。
 
 武蔵は、再び木刀を振ります。
 木刀のテンションを体に覚え込ませるためです。
 
 夜になると、その櫂を再び削ります。
 昼間の練習で発見した不具合を、修正するためです。
 
 私はこのシーンがとても好きです。
 私がやりそうなことだからです(笑)。
 
 勝負と言えば、「才能」と「根性」と「練習」でした。
 私は小学校時代は剣道をやり、中学時代はバスケをやりました。
「才能」と「根性」と「練習」でした(汗)
 
 小次郎はまさに、その延長にあったような気がします。
 
 しかし武蔵は・・・。
 
 櫂を削るシーンは、まったく異質のところからのアプローチだと思います。
 
 体育会系は「用意周到」という言葉を嫌うような気がします。
 それは昨日書いたような「策略」であり「だます」ことにつながるからです。
 
 身ひとつだから、体のコンディションだけを整えておけば良い。
 ましてや、意識的に二時間も遅刻するなど、もってのほか・・。
 
 吉川英治の原作では、櫂を船の中で発見します。
 それを削るところまでは同じです。
 しかし船の上だから、振ってみることすらしません。
 いきなりホンバンです。
 
 吉川英治には悪いけど、もっとも良い部分、すなわち武蔵の「用意周到」がカットされたのではないかと思います。
 
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[C1299] >「才能」と「根性」と「練習」

う・・まさにそのとおりです。
体育会系だった私は、そうして自分の力を伸ばすことだけに意識がありました。
そんな私の用意周到は、

>身ひとつだから、体のコンディションだけを整えておけば良い。
>ましてや、意識的に二時間も遅刻するなど、もってのほか・・。

まさにこれです(汗)
選手宣誓のように「正々堂々と戦うことを誓います」状態です。
これで負けても、がんばったからいい。
勝てば、ますます傲慢に(汗)
スポーツって、本当に一方向しか見てないのだと、今改めて思います。

小次郎がツバメ斬りをやってる状態って、いかにも努力してる!という感じですが、武蔵が何度も櫂の修正を行うところは、努力してるという感じではありません。
着々と、淡々と準備している、というか・・。
ほんと、もりけんさんと重なります。

原作ではこの部分がなかったのですね・・。
この部分のあるなしって、武蔵のイメージにかなり影響があるように思います。


[C1294] 吉川英治さんは

武蔵をワイルドなヒーローのイメージで通すがために、性格に緻密だとか用意周到さをおかなかったのかと思いました。
それに対して大河ドラマの脚本家鎌田敏夫さんは(おそ松さんありがとう♪)、もりけんさんも納得するほど何て現実的な武蔵像を描かれたことか!
原作をいかに深く読み込まれたか、そこから独自の統一された視点で自然な武蔵像を立体化したことか!
そういう裏側のドラマ性も面白いし、原作とドラマの対比においても、全体的イメージではなく、ピンポイントを挙げていろんな意見が交わされるのがすごく愉快です。
ドラマも見てみたいと思いました。

[C1292]

>いきなりホンバンです。

うう・・・・ん。やっぱりありえない気がする。

体育会系でも頭は使うし。。。。
いろんな場合を考えて頭の中でシュミレーションすると思う。
スポーツでもバカでは頂点に行けない。。。。よな。。。


どうかんがえてもNHKのほうが、武蔵とぴったりくると思う。。。



[C1289] >武蔵の「用意周到」

先日、海外のオモシロ映像の特集を観ました。
バスケの試合で、試合終了間近の接戦の映像が印象に残りました。

両チームは同点で、双方点を上げるにも時間がありません。
ボールは相手チームに獲られましたが、ゴールには至らずボールは落ちました。
その瞬間、片方のチームのひとりが、コート内で、
「%×▽◎、◇?・・&」と奇声を上げて、キ○ガイのようになりました。
選手も観客も凍りついたその瞬間、キ○ガイ選手の同胞がボールを得て、
一挙にゴール…試合終了…勝利したのです。
キ○ガイのような選手…あれは演技だったのです(汗)
しかも、試合前からコーチともども「切り札」として、着々と準備されていたのです。

真剣にスポーツをしている人は、この行為を「アン・フェア」と言うでしょう。
一般の人の多くも、「真っ当ではない」「健全さを欠いている」と
もっともな批判を抱くと思います。

「キ○ガイのフリをしろ」
「なんとしても勝て」
という、このコーチに教わった選手は、この後食いっぱぐれることは
ないかもしれません。
勝ち負けに「神聖さ」も「健全さ」もナイと思います。
生きる上で、もっとも大切なことを、コーチは教えてくれたに違いないと、
僕はかなり感動しながらVを観終えました。

体育会系はやはり「用意周到」を嫌うと思います。
だから馬鹿だし、体育以外ではウダツが上がらないのかもしれません。
過去の栄光にすがって、前を見ないような彼らよりも、
勝利が通過点にしか過ぎない武蔵の必死さの方が小気味よく、
時代や人々に愛されるのかもしれません。

[C1288] やはり用意周到

 決闘の日時は決まっているそして作戦を練りに練っている、ましてや江戸時代の初期、武蔵は足軽として関が原の戦いで戦場の酷さと厳しさが原体験として、あったかもしれません。勝った者と負けた者の残酷なまでの違いを目の当りに見ていると思います。あれも家康の用意周到な謀略が決まった戦いだったと思います。いわゆる寝返りという卑怯といわれる策略が勝負を決したと思います。勝つということを真摯にうけとめ櫂をどう降り出して戦うかということなど熟慮に熟慮を重ねて当然のように用意周到な武蔵であったと思います。
  • 2006/05/15-02:58:49
  • 投稿者 : yk
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[C1287] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/05/15-01:34:59
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[C1286] 用意周到

>私はこのシーンがとても好きです。
 私がやりそうなことだからです(笑)。

もりけんさんはパフォーマンス講演会でのトンネルの中を飛ぶシーンの練習を何度も繰り返されたとのこと。
舞台の上での生クロマキーは裏方のプロの方達も驚くほどの出来栄えでした。

武蔵とて「才能」と「根性」と「練習」は必須だったと思います。
しかしそれだけでは厳しい剣客の道を長らえては来れなかったと思います。
一瞬の隙や油断や運が勝負を左右し彼の命をもっと早くに終わらせてしまったでしょう。
常に勝ち続けるには用意周到に戦略を練らなければならなかったと思います。

吉川英治は作家として、読者に対して見栄えのよいように時間の流れをはしょったとしか思えません。

直前に櫂を削るなど時間がかかるし、第一使う武器を直前の船の中で偶然見つけるなどリスクが大きすぎます。
現実の武蔵は準備万端整えて、櫂を振る動作もちゃんと身体に覚えさせようとする、保険をかける男だったのではないかと思います。

[C1285] 質

今日、フシケンのHPでのもりけんさんの書き込みを拝見していて、自分の中に「誰の書き込みの質が高いのだろうか」という問いがあった(自然にそのような目で読んでいた)ことに気がつきました。

しかし、素朴な意味での個々のレスのクオリティの高さだけを見ていると、おそらくドツボにはまってしまうと思います。

人間の世界では良質のものと質の悪いものをえり分け、悪いものを切り捨てるということをやります。そこまでやらないまでも、一番目のものと二番目のものがあったら、二番目のものを切り捨てるということをすることがあります。

しかし自然という全体から見れば、一番目のものだけを存続させるよりも、一番目と二番目のものを共存させるほうが、全体の質が改善する場合があります。

一番目二番目というのはもちろんあるひとつの基準を人間側が設定して順序をつけているわけで、人為的なものです。しかしその人為的な基準自体が、二つを共存させたほうが、改善する場合があるのです。理由は知りません。

そしてその二つのグループが異なっているほどその改善効果は大きくなります。

そのように考えていくと、剣の道を究めるために小次郎は多くのものを切り捨てていくというやり方をとって、研ぎ澄まされていったような気がします。

逆に武蔵は異質のものを(剣のワザと想像もつかないような武器、すなわち環境、それにもちろん頭脳プレー)組み合わせそれを剣の道にしてしまう能力を研ぎ澄ます(どんどん「鳥の声」を聞く能力を高める、すなわち環境を利用する)ことによって、全体のパフォーマンスを引き上げていったように思えます。

そう考えると、不思議研究所のHPに異質なものが一時的にでも入ってくることは、もしかしたら、HP全体からみればそのパフォーマンスをあげているのではないかという仮説を持ちました。

そういう意味では他の参加者と相関係数の高いレスよりも、相関係数の低い、より異質なレスが、現象としてみた場合、HP全体からみれば、そのクオリティをより高めているといえるのかもしれません。
  • 2006/05/14-23:48:21
  • 投稿者 : ナイル
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[C1284] 武蔵の「異質性」について考えてみました。

すると、もりけんさんと武蔵がダブって見えてきました。 私の独断に過ぎませんが、二人
には、下記のような共通点があるように思えました。

1) 「用意周到」はなぜ可能なのか? 
もりけんさんも武蔵も、人間がやる勝負事(それが商売でも講演でも決闘でも)を全部肯
定しているように思えます。 言い換えれば、競争や闘争に関して、善悪や優劣を判定し
ていないし、何の偏見も持っていない。 つまり、人間のエゴ(この場合は防衛本能、ある
いは、闘争本能でしょうか)を認めているので、ひとたび勝ちたいと決めてしまえば、真剣
に勝ちにこだわって、勝つための事前準備には手を抜けない。 もし手を抜けば、気になっ
て気になって、とても眠てなどいられないのかもしれない。

2)「才能」「根性」「練習」を超えた視野を持ち、そのまま平気で行動するのはなぜ?
恐らく、二人には、妙な正義感や、倫理観がない。(失礼) 上位のプライドがないといっ
てしまえばそれまでだが、物事の本質を偽善でカモフラージュするのを良しとしない。
そんなことで、自分を誤魔化すならば、死んだ方がマシと思っている。(ように見える)
武蔵の武士の誇りを捨てたかのような戦法については、(これは私の想像ですが)当時の
武士にもいろいろあって、忠義や何だと声高に言うヤツほどインチキ臭いものがあり、そう
いったことに、武蔵も実はウンザリしていたのかももしれない。

3)それでも、二人とも冷静な判断力があり、しなやかで軽いとさえ思えるのはなぜ?
自分が為せることには限界があることを本能的に理解している(?)。 つまり、自分の都
合のいいように問題を分析したりしない。 自分のエゴを(否定するのではなく)、一時的
にせよ、エゴから離れることが出来る。 その結果、己の視点だけで判断しないで、360
度の視野から、途方もないアイディアが飛び出してくる。 他人からみると、それがとても
しなやかで、軽やかに見える。(少なくとも、私にとっては)

[C1283] 用意周到

もりけんさんは、時々りんごさんに変身します。
りんごさんは、ダイエット体操をしたり、海藻を食べたり、「努力」を怠りません。もともとの美脚は天性の「才能」です。そして、お出掛けする「根性」も持っています。
でも、これだけで勝負しません。下着からお洋服、お化粧と演出を忘れません。
「中身が大事」なんて言いながら、「演出」だけで騙される男性もいるでしょう。(笑)
女性が爪を研ぐように、武蔵が櫂を削るのも成る程と思いました。

[C1282]

こんばんは!
また遊びに来ました。

用意周到!大事なことですよね。

応援クリックして帰ります。
  • 2006/05/14-19:57:47
  • 投稿者 : stayup
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[C1281] 武蔵の「用意周到」

 吉川英治はクライマックスのシーンが書きたくて書きたくて、ついつい飛ばしてしまったのかもしれません、それとも、武蔵のヒーロー度を上げるために、いかにも思いつきで作戦を立てたかのように書いたのかもしれません。
 用意周到度が小説に書かれていたらなんかセコイ感じがするので。
 サッカーワールドカップの日本は是非「用意周到」で臨んでほしいです。1つくらい勝てるように。

[C1280] 用意周到

「才能」「根性」「練習」・・
体育会系での遅刻・・は許されないでしょうね・・。
上下関係も厳しかったりするし。
佐助に対して、対等になれないかも小次郎・・。

ちょっと、ズレますが・・
オリンピックも用意周到さを見せる方が
面白いのではと思いました。
早さや高さ・・なんて、限界があるし・・。
パラリンピックと分けなくてもできそうです。

用意周到さ・・体育会系では嫌がられるかも知れませんが、
ものすごく勉強になりそうです。
周りに目を向けるという事に対して・・、
そして、ドンドン研ぎ澄まされていく・・・。
  • 2006/05/14-17:25:38
  • 投稿者 : まる
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[C1279] >櫂を削るシーンは、まったく異質のところからのアプローチだと思います。

 小次郎の刀はとても長かったということですから、たぶん特注品で、小次郎も
そのことは常に意識していたんじゃないかと思います。
 でもその刀は「ツバメ返し」の技と同じように完全に完成していて、それ以上
手を加えるなどということは考えもしなかったのかもしれません。
 
 一方の武蔵は、刀でも櫂の木刀でも完成しているものとは考えなかったし、
武器は武器、自分は自分、と分けて考えてはいなかったんじゃないかと思いまし
た。
 
 武蔵が何度も素振りをして櫂の木刀に修正を加えるのは、まるで木刀が自分の
体の一部で、調子の悪い部分を調整を続けることでベストの状態に持っていって
る感じがしました。
 
 小次郎も体調は整えていたと思いますが、そこには武器は含まれていなかった
のだと思いました。

[C1278] >木刀のテンションを体に覚え込ませるためです。

>昼間の練習で発見した不具合を、修正
やっぱりコレはやらないと‥いきなり本番は無謀だと思いました。命かかってるんだし。原作がそうしてないっていうのがちょっと意外です。
  • 2006/05/14-15:02:58
  • 投稿者 : リョウコ
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[C1277] 用意周到

「用意周到」
私事で恐縮ですが・・・。
中学1年から夜1時間、高校1年から3年までの夜2時間。
私は居間で、父と(土日と用事がある日以外)毎日勉強をしていました。
父は、ただ横にいるだけです(たまに、消しゴムで答えを消したりはある)
なぜ、そうなったのか(バカだから?運命だからか・・・わかりません)
でも、部活で疲れて帰宅しても、夜8時になると半ば強制的にテレビは
消され・・・とにかく(ふざけようが、泣こうが、ぼーっとしてようが)
席につき、勉強の時間でした(汗)
なので、学校の成績は大変によくなりました。
偏差値も10くらいあがりました。高校受験のまえには、何度も
面接の練習(爆)をしました。私がふざけていると、
「本番と思ってやりなさい・・・」と言われました(爆)
そして、私は高校も短大も、本番はほぼなく(笑)たいして緊張する
こともなく(そんなことないな・・・)内申だけで受かりました
(でも、バカだと思っていなかった、汗)
数学も理科も50点台だったと記憶しています(汗)
父は、見抜いていたのか・・・わかりませんが、いま思えば、
「用意周到」とゆうコトバがピッタリの受験法、でした。
ただ、私の場合、花開かない分野はその当時は、開かないままでした(汗)
「武蔵」の戦略を、ただひたすら実行していた、と言えると思います。
でもわたしはお蔭で、すこしは「成長(笑)」したように思います。
そしてその時間、とっても面倒でしたが・・・すごく大事に思っています。
(たったの1時間くらい・・・汗)
デカイ日本地図に直接ペンで、その土地の主な産業を記入してみたり
・・・なんだったんだろう。父との思い出。でも、楽しかった(笑)
思い出話で、すみません(笑)
ですが、用意周到ってすごく、役立ちました(・・・?)
徹底的に準備して、当日を余裕でむかえる。安心していると、
より力が発揮されるのだと思います。
また「武蔵」に親近感がわきました。私も準備は早いうちからする方
ですが・・・父の目がない今、得意な方へ逃げがちです(汗)
そして私と「武蔵」とは違うなあ・・・と思いながらも、自分の中にも
「武蔵」らしき何か、が息づいているのも、感じています。





[C1276] 狩人

狩人は野生の動物が相手です。
どのけものみちを通るかとか、どのあたりに住んでいるかとか餌場はどこなのか調べつくしています。イメージとは違いリサーチを大切にします。

手持ちの武器だけじゃなく罠も仕掛けます。

お供に猟犬も数匹連れます。

まさに総掛かりで熊一頭とかに勝負を挑みます。

武蔵の試合への用意周到さは狩人のそれに似ている気がします。

もてる力の全て云々といいますが、武蔵は小次郎以上に持てる全ての力を出し尽くして勝負に挑んでいる気がしました。

だから真剣勝負なのだと思いました。

一見卑怯ですが卑怯とは思えません。
逆に卑怯ってなんだろうと思います。

[C1275] 武蔵

 櫂を削って練習もして勝負に臨んだ場合と舟の中で櫂を見つけそれを利用した場合では、武蔵に対するイメージは違ってくるなと思います。
 
 用意周到というのはある事に当たってとる普通の行為のような。でも、自分なんかそうだけれど準備はもちろんするけれど、時間がないからもうやっちゃえという感じで、全然用意周到じゃないです。
 凡人と非凡を分けるとのはこんなある意味当たり前のことをしているかどうかかなと思います。
 
 一方、ひらめきでやった場合、やはり武蔵は勝負の天才。違うなで終わってしまうような。

 結局どちらの場合も武蔵は違うなぁということですが(汗)、用意周到の武蔵は生の人間を感じさせます。
 

[C1274]

>木刀のテンションを体に覚え込ませるためです。
パフォーマンス講演会で、時空のトンネルにジャンプ
するのを練習するりんごさんと重なりました。
体育会系っていうと、スポーツマンシップとか健全な精神なんて言葉が浮かんじゃいます。
小次郎はあくまでも武士道に則っているって感じがします。
 >吉川英治には悪いけど、もっとも良い部分、すなわち武蔵の「用意周到」がカットされたのではないかと思います。
用意周到がカットで武蔵に神がかった要素を加えるようにしたかったのかなと思いました。

  • 2006/05/14-12:43:02
  • 投稿者 : Ciel
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[C1273] >武蔵の「用意周到」

やっぱり、生死をかけた戦いで、剣の代わりとなる櫂を一度も振らずにいきなりホンバンってことはないんじゃないかと思いました。
剣士にとって、剣は体の一部だと思います。
ですから、剣の代わりに櫂を使うなら、それが身体になじむまで何度でも振って調整するのが普通だと思います。
スポーツ選手だって、一流選手ともなれば、靴とか用具とか、自分の体に合うまで、数ミリ単位、数グラム単位で何度も改良を重ねるとききます。
櫂以外に武器がなにもなくてやむを得ず・・というならまだしも、準備する時間があったにもかかわらず、なにも用意してなくていきなり船の中で見つけた櫂で戦うというのは、用意周到な武蔵にはありえないんじゃないかという気がします。

[C1272] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/05/14-11:55:26
  • 投稿者 :
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[C1271] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/05/14-11:30:49
  • 投稿者 :
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[C1269] >武蔵の「用意周到」

オリンピック金メダリストのフィギアスケートの荒川は、直前に
曲を変更したり、同じく水泳の北島も、大会前にコンピューター
を駆使して入念なフォームをチェックして勝つために徹底的に
計算されつくしたフォームを身体に染み付くまで練習しています。
北島選手の優勝までの秘話をテレビで見たのですが、武蔵のそれと
とても共通していると思いました。
日本人は外国人より華奢(きゃしゃ)だし、手足も短いし、
体型が不利です(笑)。
世界を相手に戦うバレーボールの試合も見ていても、時間差攻撃
だけではなく、A~Dまでのクイック攻撃や、ブロード攻撃とか、
実に涙ぐましいほどの苦心をして色々な作戦を繰り出しています。
だからかえって身体のデカさやパワーだけで勝負している、
キューバやアメリカの選手が“バカ”に見えます(爆)。
自分が弱い、不利ということを認めた時からが本当の出発点だと
思います。
それは自分に対する全肯定だとも言えます。

[C1268] 用意周到

>私はこのシーンがとても好きです。
>私がやりそうなことだからです(笑)。

私はもりけんさんの「前倒し」と「用意周到」が好きです。

原作者はなぜ、櫂を船の中で見つけさせたんだろう、と思いました。遅刻をさせて、日を背中にし、無言で立ち向かわせたのに、武蔵を勝者にすることも決まっていただろうに。

そこまでしなくても、武蔵は強いからと思ったのだろうかと。といっても、自分で本を読んで、テレビを見てもそこに気づかなかったと思う(汗)

それにしても、そこに気づいたNHKの脚本家はすごいです。そして、それをまた見つけ出すもりけんさん。脚本家はきっと喜んでる.じゃないかと。゚+.(・∀・)゚+.゚。

用意周到というのはあらゆる面においてしなければいけないものだと思いました。

[C1267] >武蔵の「用意周到」

>勝負と言えば、「才能」と「根性」と「練習」でした。

これは、「個」に視点が向いていると思いました。
つまり、自分を信じていた・・

しかし、


>櫂を削るシーンは、まったく異質のところからのアプローチだと思います。


櫂は、「個」の外側であり、
それを削るということは、視点が外側に開かれている・・
ということだと思いました。

武蔵には、自信というものはなく、
己は空洞だった・・

2時間の遅刻も、外側に視点がむいていたから、
できたことだと思います。

武蔵は、外側を味方につけて勝負しました。

武蔵の「用意周到」は、
外側を味方につけることであり、
それは、個を手放していたからこその行為なのだと思いました。


[C1266]

体育会系の感覚では用意周到とは、自己の体調管理に代表されるように、常に自分自身の側に視点があります。
つまり、「敵は常に自分自身にあり」という感覚です。
 
武士道でもそうですが、〇〇道、と言う時、自分自身の内側を見ることの重要性を説いているようです。
 
でも、武蔵は外側のすべてを見ていたようです。
敵である小次郎はもちろんですが、小次郎を含めたすべての外側に対して、「用意周到」だったのだと思いました。
吉川英次は武士道的な視点で武蔵を描いたような気がしてます。

[C1265] 武蔵の尻尾は厚い

まったく異質のところからのアプローチからの剣術の解釈ができるということは、山の裾野が広いのだと思います。

そこから連想して、両方の裾野が少し分厚い正規分布図が思い浮かびました。このような図は、極端な(大当たり、大はずれ)事象が普通よりも起こりやすいということをあらわしています。そして今回の武蔵の作戦はおおあたりでしたが、おおはずれの確率も通常より高かったのではないかと思います。

裾野が広いということは、極端なことを起こしうる確率を高める能力といえるかもしれません。これに伴い、予測不可能性も高まります。武蔵に比べれば小次郎は予測可能です。

画期的な新解釈を既存のものに与えることによって、全く別のものにつくりかえてしまうということは、何かその人本来の性質(血であったり、性向であったり、ルーツであったり)と既存のもの(この場合剣術)を、その人物の深いところで融合させることによって生まれるのではないかと思います。

そう考えると、このように出来上がったものには血が通っています。人間が、自分の肉体の一部を与えたものです。

アインシュタインの宇宙には、ニュートンの宇宙が包含されているといいます。一定の条件を設定することによって、それまでの物理の法則は十分に有効ということだと思います。

神に近づくということは繊細になるということかもしれません。この部分に関しては武蔵は小次郎よりも少し繊細だったのだと思います。
  • 2006/05/14-10:33:33
  • 投稿者 : ナイル
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[C1264] 訂正

NHKの大河ドラマの脚本書いた人は。。。です。

[C1263]

>木刀のテンションを体に覚え込ませるためです。
 
唖然としました。決闘まで時間もなかっただろうに。。体に覚えさせてたとは思いませんでした。普通に「体得」とか考える時。。とても時間がかかるように思いました。なのに。。なんて着実なんだろう。あせってアレもコレもとかじゃないんだと思いました。夜も櫂を削り。。ミリ単位で同調して。。まるで一体化していくようです。自分の手のように感触が味わえるまで一緒にいるかのようだと思いました。それは。。「才能」と「根性」と「練習」じゃないと思いました。ずっとただ「ホンバン」だったのかな。。と。そう思いました。凄い精神力。。
 
>身ひとつだから、体のコンディションだけを整えておけば良い。
>ましてや、意識的に二時間も遅刻するなど、もってのほか・・。
 
だから私ってダメなのね~と思いました。最後は神頼みっぽいからです。 虎視眈々と。。落とす事だけ狙わないとイケナイんだと思いました。NHKの紅白の裏側ばりの秒単位の仕切りで攻めるしかないのかなと思いました。ずっとホンバンでウテウテで。。コトを確実に為し終えるまで。。抜いてはイケナイのだと思いました(気を。。ですよ~汗)。。。
う~ん .。゚+.(・∀・)゚+.゚。爽やかな朝です。。キラキラ~

[C1262] >武蔵の「用意周到」

誰もいない海岸で櫂の木刀を振る練習をし、夜にはその不具合を調整するために削り、着々と準備しているわけですが。。。武蔵は小次郎にはかなわないという思いが強かったのではないかと思いました。
そして、用意周到に準備してさえ、2時間遅刻して5分5分という気持ちでもあったかも、いえ、それでも、勝てないかもと思っていたかもしれません。
「用意周到」が原作でカットされてしまったようですが、1人で非の打ち所のない作品というのを作るというのはありえないことかもと思ったりします。
しかし、NHKの人はそこに気づいて、そういうシーンを設け、さらに事実に近いものになったのではと思います。
合作と呼べるのかもと思ったりします。

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