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[C1531] >最後に、佐助

良い立ち位置を取ることかなわなかった・・と責任のあまり船につっぷした佐助は、即、「いや、目をそらしてはいけない」と顔を上げたのだと思います。
目を凝らして固唾をのんで、武蔵と小次郎の戦いをつぶさに見て取った、至近距離にいた唯一の人物が佐助だったとは・・
戦い終えて小次郎の息があるのを確かめた武蔵は、無言ですばやく船に乗り帰途についたと思います。
佐助に全幅の信頼を寄せて。
佐助も背中に死の迫り来る緊迫感の中、夢中で漕ぎ続け、入り江にたどり着いた後、もしかしたら寝込んだかも知れません。
熱にうなされ戦いのシーンが頭の中を駆けめぐり・・・
もりけんさんの言われるとおり、佐助は後々、子や孫に、何度も大事に語り聞かせたことでしょう。
誇張することなく、ありのままを淡々と。
子供たちは何度も聞きたがったに違いありません。
佐助は武蔵のファンではなく、同士、空気のような存在で、とても腹の据わった人というイメージができあがりました。

[C1511] 大事をなす

武蔵を支えた人、小次郎を支えた人、巌流島の対決を前に「どうして、応援するのですか?」と聞けば「大事をなすからです。」と答えたかもしれません。
小次郎の側の人は、「仕官している藩の名誉」を守る為です。あえて言えば、自分を守る為です。
一方、武蔵の側の人を命を賭けるほどに動かしたのは、何だったのでしょうか?
それは、日々剣に生きる武蔵の姿であり、鳥の声が聞こえる武蔵との繋がりだったのではないでしょうか。
たとえ短い時間でも、共に生きられたから命が賭けられたのだと思います。
大切なのは、「なす」事ではありません。

[C1499] >最後に佐助

小次郎に勝てば、それで終わりではない・・・
帰途の潮の具合まで、用意周到に描いていた武蔵の戦法にはうなるばかりです。
けれど、武蔵一人で勝ったわけではないのだと思いました。
詳細に策を練ったとしても、後は手放していたように感じます。
その先に佐助がいるような気がします。
無言の「後は任せた・・・」を一身に受け、ひたすらに漕ぐ佐助。
時間の感覚さえないほどに、真っ白な時間だったと・・・
武蔵の絵を眺め、武蔵が羽織った綿入れに触れて、初めて、あれは本当にあったことなのだと感慨にふけったかもしれません。
人に語ることなどなく、たった独りで・・・
そこには、自分がやったという感覚が薄いような感じがするからです。
繋がるとはそういうことかも・・・そう思いました。

[C1498] >最後の佐助

 佐助も自分の役割としての決闘への船頭として命をはっていたと思いました。自分の与えられた役割を役割として考えどうしたら最良の策をこうじられるか、佐助は佐助としての巌流島の戦いがあったと思います。自分が自分として果たすこと果たせることをしっかりと認識しそれをしっかり考えて生きた人であると思いました。
  • 2006/05/21-05:23:02
  • 投稿者 : yk
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[C1497] 最後に佐助

漕ぐ佐助・・
追っ手が来るかもしれない中を武蔵を絶対守る思いで漕ぐ運命共同体の佐助。
船頭として一番奮起したのだろうと思います。
あとから思い出したらすごい興奮の渦に引き込まれて身震いしてしまうのではないかと思います。
武蔵のお供を大旦那から任されたときから最後まで引いていない佐助もまたすごいです。


 




  • 2006/05/21-05:04:43
  • 投稿者 : Ciel
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[C1496] >最後の佐助

佐助の心境はフシケンで言う「腹が減ったら飯を食う」だったのではないかと思いました。

特に気がつけば入江に入っていた。

自分の内面や欲や目的や目標を持てつづけていれば、気がつけばってことまれなのかと思いました。それは自分の成長に焦点をあてているからではないかと思います。

でも、佐助が体験した気がついたら人生に共鳴を受けます。

[C1494] >「勝った武蔵様を絶対に死なせてはならない」

 船の上で武蔵を待っていた佐助は武蔵が戦うところを見ていられないほど
怯えて緊張していて、対決の後の事など頭から吹き飛んでいたと思います。
  
 でも武蔵が船に飛び乗った瞬間に、佐助の気持ちはスイッチが入るように
船頭モードに切り替わったと思います。
 同時に、行きとは逆に帰りの船では、武蔵が佐助がのサポート役だったの
だと思います。船で追いかけてくる敵を、武蔵はずっと睨み続けていたのだ
と思いました。
  
 ハッと気がつくと、自分と武蔵は大旦那が待つ入り江にいて。。。
佐助は。。。しばらく放心状態だったかもしれません。

[C1493] >最後に佐助

帰途、武蔵は佐助に命をあずけていたのだと思いました。生きて帰るために、考えられる限りの手を尽くしていたと思いました。自分のためであることはもちろんですが、それよりも、佐助のためでもあるように感じました。なぜかというと、武蔵が佐助に命をあずける以上に、佐助は武蔵に命をあずけていたように思えるからです。だからこそ、武蔵は、佐助と一緒に生きて帰ることを考えたのだと思います。武蔵がすごいのはもちろんですが、佐助もすごいのだと思いました。

[C1491]

>『勝った武蔵を絶対に死なせてはならない』

勝負が終っても、佐助にとっては無事に大旦那の待つ船着場につくまでは
神経は張り詰めたままだったと思います。


佐助も子供がいれば武蔵と小次郎の勝負をいつか話すときがあると思います。
でもそれはきっとずっと長い年月がすぎ、子供が大きくなって大人の話ができるようになってからだと思います。

町中が対決の噂でもちきりだったとしても佐助は口にすることはなかったのではないか。。。。
と思います。。。。。。


[C1489] >最後に佐助

ずっと待っていた佐助の姿が浮かびました。
武蔵の姿を見た佐助の表情が想像されます。
武蔵からバトンタッチで佐助が逃げることへの最大の力を発揮する、この時は漕ぐということに命を掛けている佐助がいます。
武蔵と佐助は同士だと思いました。
大旦那もお鶴も同士、自分の最大限を出し切って戦いに向かっていると思います。
今日、宮本武蔵の本が届きました。
読んでいきます。
武蔵と関わる人たちを追っていきたいです。

[C1487] 追っ手は、

まず船を止めようとするでしょうから、
佐助が斬られる可能性大です。
武蔵が勝ったこと・・というよりも、
生きているということが嬉しいのと、
追いかけられる・・との思いの中、
船を必死に漕ぎながら、引き潮になっていることに気づく・・・。
佐助にとって武蔵の存在が、どれ程大きなものに
なるんだろうと、想像しがたいです。
波に任せて、泳ぎ上手になっている連中がいたら
黙ってはいない気がします。
きっと、言わせておくことに佐助自身のプライドが
許さない・・・。
  • 2006/05/20-18:47:30
  • 投稿者 : まる
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[C1485] 最後に佐助

 実は、宮本武蔵シリーズが始まったとき、佐助を通して物語を見ていた時にどうしても佐助が助かったのかどうかが気になって、本屋で立ち読みしてしまいました。
 そうしたら、佐助の記述がなく、しかし、武蔵は舟に乗ったとあったので、その後はどうなったかわからないけれど、多分助かったのだろうと思いました。
 その時、よかったなと思いましたが、海の上へ出たら佐助の出番がまっており、つい目を伏せてしまった佐助でも、ここはおいらの出番とばかりに、必死に舟を漕いだ事でしょう。
 また、武蔵もそんな佐助の姿を見て、命をこの舟に任せたと思いました。
 一緒の舟にのる者の信頼関係が少しわかったような気がしました。

[C1484] >最後に、佐助


このときの佐助の心中も、やはり「早く!」だったのではないかと思いました。
 
試合の最中は、ハラハラしてとても見ていられなかったかもしれませんが、このときばかりは、とにかく早く入り江に着かなければ・・と、その一念で必死に漕ぎ続けたのだろうと思います。
自分の命だけでなく、武蔵の命も、その腕にかかっていたからです。
 
武蔵は一人で戦いに勝ったわけではないのだな・・と改めて感じました。
 
人はひとりでは生きていけないものだと思います。

[C1483] 外海をかけてゆく佐助

汗びっしょりになった佐助を想像しました、、

しかし、当の佐助の意識は消えてなくなっていたかもしれません。
海面を這う波のように、陸へ向かう疾風(かぜ)のように、
佐助は溶けてなくなり、あらゆるものと一体になっていたのかもしれない。

「鳥の声」を聴く境地、、
「用意周到」さ、、
佐助に、、その妻に、、その子孫に、、
ネットワークがごとくドラマは語り継がれるのだと思う。

[C1482] 示し合わせと用意周到

>武蔵の帰路を遮り、討ち取るなり、場合によっては彼の船を覆して、海峡の底へ葬り去ってしまおうと、示し合わせていたのだ。


しかし武蔵は帰りの潮の流れまでも計算していた。佐助は無我夢中で魯を漕いだ。
この決闘の場面に出てくるのは、小次郎側は多勢で武蔵川はたった二人でした。
常識的にみてしまえば、いずれにしても武蔵は逃げ切れないように見えます。
しかしいくら相手が多勢であっても、武蔵の用意周到さはたった一人の漕ぎ手と大自然のもつ特性を味方にしてしまったのだと思いました。
太陽の位置。潮の満ち干。これを偶然だと仮定したとしても、武蔵はすでに「勝ち」の流れの中にいたような気がします。

>そして武蔵は勝ってしまいました。

>「勝った武蔵様を絶対に死なせてはならない」
>この思いだけだったと思います。

うーん。すごい。
佐助とて家族もあり命も惜しいでしょうに、よく武蔵をほったらかして逃げなかった!エライ!
私なんぞ、いろんなとこで放ったらかして逃げてますからねぇ。後世に伝えるものなど恥だけです。

[C1481] >この思いだけだったと思います。

相手の事に細心を払いつつ、場を共有して、視点が外にある時、自分の体験を思い出しても個にしがみついていていないと思います。

自分がどうだこうだ・・・
というのは無くなっていると思います。
自分という個がどうなろうとしったこっちゃない・・・
あるのは目の前の世界に自分を投げ入れるだけ・・・
でも生きているという感じがバリバリ伝わってきます。

生というのは自分を捨てることからはじまるのかもしれません。

[C1480] 誰かとなにか共有するって、

相手の命とかアキレス腱まで共有してしまうこともあるわけで、自分がへましたら、相手を危機にさらすことになる。車の運転席と助手席の関係もそんな感じやし、小船は現代でも、小船の形をしてなくても、乗ってしまうことってあるんやないかと思う。乗ってしまったら、慎重にならへんと‥な‥。
  • 2006/05/20-13:52:18
  • 投稿者 : 龍(ロン)
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[C1479] >最後に、佐助

勝ったほうが佐助の命が危ない・・というのが、ちょっと意外な気もしましたが、逃げ道をふさごうと、3,40人も潜んでいたとすれば、確かに危険です。

武蔵の遅刻は、あらゆる面で武蔵を有利にしたのだと思います。
小次郎をいらつかせ、太陽を背にでき、そして去るときに引き潮になる・・。

去るときに引き潮になるようにと思ったのは、武蔵には、小次郎が負けても追っ手が来るかもしれないことを知っていて、そして自分が逃げるだけでなく、やはり佐助を死なしてはならない、佐助の周りの人たちを悲しませてはならない、という気持ちもあったのではないかと思いました。

一方、佐助には、そういうことは吹っ飛んでいたのだと思えます。
ただただ、武蔵を死なしてはならない・・その一心でただひたすら力の限りこぎ続けたのではないかと思いました。

佐助は、この役目を受けた時点から、もう自分のことはどうでもいいと思っていたのではないかと思いました。
すべてを捨てて、ただ、武蔵を無事に送り届け、無事につれて帰る・・それだけを考えていたのではないかと思いました。

見返りのないこの役目に命をかけた佐助・・。

もしかしたら、佐助は、普段から、不満などが少なく、目の前のやるべきこと・・先頭の仕事・・を淡々とやる人だったのではないかと想像しました。
だからこそ、ここというときでも、自分の損得関係なく、自らを渦中に投げ込むことができるのではないかと。

物語でもドラマでも取り上げられなかった最後にまで着目するもりけんさんはさすがだと思いました。
よく本などは、行間を読め、とかいわれますが、行間どころか、今日のところはラストシーンの後です。
そしてその取り上げられてるのが、脇役の佐助だというのが、また心を打ちます。

もりけんさんの周りには、いつもいい雰囲気が流れているし、なぜか下位の問いを共有できる人が集まってきます。
もりけんさんの影響力はすごいと思います。
なので、このお話でも、武蔵があっての佐助なのかとも思いましたが、いや、佐助あっての武蔵かも・・とも思えました。
どちらもいえてると思いました。

[C1478] >3,40人が小舟で海上へ出て、

こうなると、試合やなくて、ほんとに戦争や。こっちは佐助と武蔵の二人きりなのに、相手は多人数‥こういう時代なんなら、武蔵が生き残るためにはどんなに策を考えたって当然としか思えない。小次郎は武蔵を卑怯と言ったが、卑怯なのはどっちか‥。(小次郎はそんな気なかったかもしれんけど‥)
佐助は武蔵のたった一人の味方としてよくやったわ。いくら武蔵が引き潮を考えてても、佐助が必死でこがないと二人ともおだぶつやし。武蔵が勝って、また船に乗り込んで、すごくうれしかったに違いないが、それで、武蔵の命はこんどは佐助にあずけられたわけで、ほんとに必死で漕いだと思う。
  • 2006/05/20-13:34:23
  • 投稿者 : 龍(ロン)
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[C1477] 佐助

これを書くのは二度目ですが、お許しください。 佐助は試合当日の朝、(もう暗いうちか
ら起きて、水垢離(みずごり)をかぶり、新しい晒し(さらし)を下っ腹に巻いて)準備
していました。 佐助の入れ込みようが伝わってきます。 しかし、彼がなぜそんなに入
れ込んでいるのか? このことについて、作者は何の説明もしていません。
佐助の人柄についても、突っ込んだ描写はありません。 しかも、佐助が登場する場面は
少ないですから、気を付けて佐助を追っていないと、その存在を見失いそうです。

佐助を突き動かしたものは、船頭としての意地やプライドだったのかもしれません。
(シツコイですが、そんなことは、どこにも書いてありません)
そして、いつしか、そんなことも忘れて、没頭して・・・

もりけんさんを突き動かすものは、時空を探求する者の意地とプライドかもしれません。
しかし、それさえも忘れるほど没頭して・・・

もりけんさんは、佐助にご自分を重ね合わされたのだと思いました。 どう考えても、
登場機会の少ない佐助のことをこんなに書けるわけがないからです。

もりけんさんが、このようなお気持ちで船井さんと対峙されていようとは、そこまでは、
考えられませんでした。 

[C1476] 物語は続く


そっか。オレはもう今日佐助だ・・・(爆)
でも、女の子でも男の子でも、フェルルちゃんでも・・・
霊も菩薩も、キャベツもたぶん・・・。
心の中で「今こそ、佐助」って瞬間があるのかもしれない、
そう、思った。
もうなんかキラキラ、だ。
たとえ一瞬でも、たとえほんの、些細な言葉の端でも
あなたの中に私が「定義」されたようなのが・・・
なんともいえない、胸がぎゅっとするする「瞬間」だ。
佐助の気持ちが、伝わってきてるの・・・(?)ような。
誰もわかんない。けれど、同じ気持ちを
感じているかもしれない。
何をいま、共有しているんだろう「私」たちは。
佐助はあの時、佐助であって佐助でない。
誰かの夫であって、船漕ぎであって、そうでなく・・・
「武蔵さまを・・・」
そんな一心だったかもしれない。
武蔵をただ、「いまを無事に・・・」と強く、願う気持ち。
「船漕ぎである」それを深く知りながら、
武蔵の見つめる先の「何か」を、知らないまま・・・
だったかもしれないけれど。
足下の小石をぜんぶ、きれいによけただけ・・なのかも、しれないけれど。
「武蔵」の存在が、そうさせたのかもしれない。
 けれど、
同じ時間を共有する、我が身を思うのを忘れた、佐助の「空白の時」を
武蔵は「思っていた」かもしれない・・・そう思いました。
彼の、時間の尊さを。
彼だけではなく、あらゆるものに流れる「時」を、思っていたかも
しれない・・・。
「時間」を共有するって、すごいプレゼントなんだ・・・と
思います。
世代も超え、年も超え、いま、ここで出会った、出会っている
何度も、何度も。ああなんか、嬉し過ぎて、悲しくなるよ!
「女」から、どんどん離れて、イッっちゃいそうだ・・・











[C1475] 武蔵も佐助も

 武蔵一人の実力で勝ち残れたのではなかったのだなと思いました。
 話の中心になることはない佐助。でも、武蔵が生き残れたのは佐助が懸命に漕いだから。
 「宮本武蔵」の中心はもちろん武蔵だけれど、脇役の佐助も武蔵と同じくらいの存在感があるように、このプログを読んで思いました。他の存在もそうなのかなぁとおもいます。
 ネットワーク、対等を感じさせるような気がします。

[C1474] >最後に、佐助

>「勝った武蔵様を絶対に死なせてはならない」

佐助は、命を懸けて、武蔵を守っていたのだと思いました。


そこには、佐助というひとりの人間の自我・・
というものがなく・・

いや・・そうではなく・・

佐助の命をかけた船頭としての仕事が、
佐助の自我になっていたのだと思いました。


ただ、黙って武蔵に寄り添い・・
武蔵の呼びかけに返事をし・・
武蔵を温め・・
武蔵を守った・・


佐助は、空っぽだったのだと思います。


そして、佐助の必死の気力は、

武蔵側ネットワークの力・・

つまり、皆の力が結集した力だったのだと思いました。


それは空っぽだったからこそ、入り込んできた力なのだと思いました。



[C1473]

>彼はこの試合を至近距離で見た唯一の人物です。
>もしも佐助に子供がいれば、語りぐさの種になったに違いありません。
 
ぼうっと。。佐助はどんな晩年を過ごしたのだろうと思いました。おそらく、ごく普通に人生を全うしたのだろうと思います。しかし佐助の日常のなかに。。ふと。。その時はするりと入り込んできたろうと思います。なにも考えられず。。櫂を漕いだその瞬間が。。日の光や波の揺れさえも再現されて。どこにいてもそこに立ち返ってしまうような。どんなに人と一緒でもにぎやかでも、ふとそこに連れ戻されてしまうような。
子供がいたなら話をしたでしょう。でもそのときそれは昔語りでありながら。。昔語りではなかっただろうと思いました。いつもそこに戻されてしまうそんな時間だったのではないかと思います。
そしてそれから。。武蔵の事を考えたんじゃないかと思いました。

[C1472] あ

よく見たら、オープンに書いてました。
なるほど、そういう風になっていたのかーと、
納得です。

[C1471] そういう風になっている

また泣いてしまってました。NHKのは見ていないので、
お通さんが亡くなってしまうと、武蔵は生きているのに、
武蔵の真剣での戦いの人生も終わってしまったように思われ
ました。今日は佐助。熱いつながりを作ることが出来る人柄
であった武蔵を思いました。小次郎と違うところのひとつに数えられる、特徴と思います。どっちも三角だとしたら、武蔵のほうが、底辺が広いです。年齢はわからないですが、人間が年齢でなくフォルムだとして、三角だとしたら、そういう感じで
伝えられると思います。素材が違うとしたら小次郎は火製で
武蔵は水製の三角だったような。変幻自在を目指していたという意味でです。吉川英治の本は高校生の頃に読みましたが、ざっと読みで最近タイのカオサンで泊まった、バンブーゲストハウスに全巻があり、どうしてか外にも出ず読んでました。
その時、どうしてこういうことしてるのかなと気持ちが、不思議に思った瞬間を覚えてるのですが、まさかこういう風になるとは思ってもみませんでした。でも時空さんのお陰です。そして
もりけんさんの。すべてを伏せて書くことはお嫌いということは
読みましたが、再度もりけんさんだけにコメントを書きました。
船井さんの件がずっと続いておりますが、ドキドキしてます。
時空はどういう風に持っていくかしら?と。というよりあちらの
出方を待っているだけで、もりけんさんは、すべてを明らかに
しているので、何をどうするといったこともありませんが、それに六爻占術を使っておられる筈ですので、何ももりけんさんにとって、リスクはないと思われます。
席につかなかった小学生のもりけんさんを見たら、私は泣いてしまったかもしれません。クラスメートは泣かないにしても、
ちゃんと腹の奥底に響くものがあって、ちゃんと次のクラス委員に再選しているから、、、ちゃんと言葉に出なくても、わかっ
たのだと思います。私はただ、船井さんの本でなくて、次の
もりけんさんの本を待っているだけ。それ位です、私の行動って。ホームページ見る度に一層、早く読みたくなります。

[C1470] >「勝った武蔵様を絶対に死なせてはならない」

主君に恩義を感じてここまでの思いをもって 
一緒に戦うという人物はタダ者ではありません。 
 
なにより人間としてまぶしいです。
一介の船頭でなく、もはや英雄です。
信じるもののために戦ったことのない人間は軽々しく 
評価することすら許されないと思います。
 
個人的には吉川三国志の劉備と張飛の関係を想起しました。 
  
ここらへんの主従関係を描ききる吉川も吉川ですが、
それを読み取り、着目するもりけんさんももりけんさんです。 
 
自分を振りかえってみると、こんなコメントを載せてる私も 
戦ってるもりけんさんのために 
一体どれだけ体を張って戦っているのか・・・ 
 
でもどんな声がけをもらっても
崖から飛びたつのはやっぱりコワイです。  
凡人は簡単には英雄のようには生きられません。
  • 2006/05/20-10:57:26
  • 投稿者 : GRO
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[C1469] >最後に、佐助

気づきませんでした。武蔵が勝ってそれで終わりではなかったです。小次郎側にも、残された人達がいて、狙ってたりするんですね。
でも、その時の対決は1対1で加勢したりってことはなかったのだなと、今頃になって気づきました。
私は歴史にもうとくて、なぜ、戦いになってるのかといういきさつを実は知らないのですが。。
前に戦いがきれい、汚いとか言う話がありましたが、全くの1対1ということではきれいな戦いだったのだと思いました。

[C1468] 涙がでました・・・

昨日のNHKの最後の部分を読んでもジーンときませんでした。これは映像でなければ・・と思ったのですが。

今日の佐助では、泣けました。あ~、本当に気が気じゃなかったと思います。

でも用意周到に遅れていったおかげで・・助かりました。

>その時は武蔵の絵を出し、武蔵が羽織った綿入れを出し・・
あはは・・ありそうで受けました。そのときの佐助の得意そうな顔といったら・・・というナレーションまで聞こえてきました。

>まだまだ続くよ
すみません。昨日お礼まで言ってしまった(汗)

[C1467] >この時ばかりは、何も考えていなかったと思います

もりけんさんの船井さんと対峙される姿勢とは、この時の佐助と同じなのですね。
今まで気付かずにいて、すみませんでした。
生意気書いて、すみませんでした。

[C1466] >佐助は、武蔵が負ければ、死骸を乗せて帰る気でいました。

思わず“泣き”が入ってしまいました。
ここまで黒子に徹するというのは、佐助の時代にしかないのか、と思いましたが、
具体的に誰と名前は挙げれませんが、でも今の時代にだってあると思います。
 
>『勝った武蔵を絶対に死なせてはならない』
自分を捨てていたのは、武蔵だけではなかったのだと圧倒されました。
意識してできるものではないと思います。
この時代「個」を主張するというような思想はなかったと思います。
それなのに、誰よりも「佐助」という人物が私には一番印象に残りました。

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最後に、佐助

 まずは本の抜萃です。
 
***********************
 
 彼ら(小次郎側の武士たち)は、漁村の小舟をかり集め、約12,3の舳先を勅使侍の浦へと着けておいた。
 そして万が一の場合には、すぐ3,40人が小舟で海上へ出て、武蔵の帰路を遮り、討ち取るなり、場合によっては彼の船を覆して、海峡の底へ葬り去ってしまおうと、示し合わせていたのだ。
 
************************
 
 ところで佐助は、武蔵が負ければ、死骸を乗せて帰る気でいました。それは本にも書いてあります。
 武蔵が死ねば、佐助は海岸に上がっても殺されることはないでしょう。武蔵の死骸を船に乗せるのを、小次郎の配下たちが手伝ってくれるかも知れません。
 
 でも武蔵が勝った場合は別です。
 一緒に殺される確率は高いです。
 
 そして武蔵は勝ってしまいました。
 
 武蔵は佐助の船に飛び乗ります。
 ここからが佐助の戦いだと思います。
 ここは本にも書いてなければ、NHKでも放映しませんでした。
  
 しかし敵が船を出した可能性は十分にあります。
 
 でも武蔵は遅刻しました。
 それは帰りのときに、引き潮になるのを狙ったのです。
 
 横の島から繰り出す敵の小舟は、引き潮を横に受けなければなりません。この場合、武蔵のほうが有利だと思います。
 
 それでもこの場面、佐助の心中は、察するものがあります。
 
「勝った武蔵様を絶対に死なせてはならない」
 
 この思いだけだったと思います。
 佐助の船頭人生の中で、もっとも長い午後だったはずです。
 
 漕ぐ佐助・・
 
 それは気力の戦いだったと思います。
 大旦那から命じられた動機もあるでしょう・・
 武蔵様から頂いた絵も、あるでしょう・・。
 
 佐助だって妻子があるかも知れません。
 でも、この時ばかりは、何も考えていなかったと思います。
 
 そして気が付くと、大旦那が待つ入り江に入っていたのではないでしょうか・・
 
 彼はこの試合を至近距離で見た唯一の人物です。
 もしも佐助に子供がいれば、語りぐさの種になったに違いありません。
 
 その時は武蔵の絵を出し、武蔵が羽織った綿入れを出し・・
 
 
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31件のコメント

[C1531] >最後に、佐助

良い立ち位置を取ることかなわなかった・・と責任のあまり船につっぷした佐助は、即、「いや、目をそらしてはいけない」と顔を上げたのだと思います。
目を凝らして固唾をのんで、武蔵と小次郎の戦いをつぶさに見て取った、至近距離にいた唯一の人物が佐助だったとは・・
戦い終えて小次郎の息があるのを確かめた武蔵は、無言ですばやく船に乗り帰途についたと思います。
佐助に全幅の信頼を寄せて。
佐助も背中に死の迫り来る緊迫感の中、夢中で漕ぎ続け、入り江にたどり着いた後、もしかしたら寝込んだかも知れません。
熱にうなされ戦いのシーンが頭の中を駆けめぐり・・・
もりけんさんの言われるとおり、佐助は後々、子や孫に、何度も大事に語り聞かせたことでしょう。
誇張することなく、ありのままを淡々と。
子供たちは何度も聞きたがったに違いありません。
佐助は武蔵のファンではなく、同士、空気のような存在で、とても腹の据わった人というイメージができあがりました。

[C1511] 大事をなす

武蔵を支えた人、小次郎を支えた人、巌流島の対決を前に「どうして、応援するのですか?」と聞けば「大事をなすからです。」と答えたかもしれません。
小次郎の側の人は、「仕官している藩の名誉」を守る為です。あえて言えば、自分を守る為です。
一方、武蔵の側の人を命を賭けるほどに動かしたのは、何だったのでしょうか?
それは、日々剣に生きる武蔵の姿であり、鳥の声が聞こえる武蔵との繋がりだったのではないでしょうか。
たとえ短い時間でも、共に生きられたから命が賭けられたのだと思います。
大切なのは、「なす」事ではありません。

[C1499] >最後に佐助

小次郎に勝てば、それで終わりではない・・・
帰途の潮の具合まで、用意周到に描いていた武蔵の戦法にはうなるばかりです。
けれど、武蔵一人で勝ったわけではないのだと思いました。
詳細に策を練ったとしても、後は手放していたように感じます。
その先に佐助がいるような気がします。
無言の「後は任せた・・・」を一身に受け、ひたすらに漕ぐ佐助。
時間の感覚さえないほどに、真っ白な時間だったと・・・
武蔵の絵を眺め、武蔵が羽織った綿入れに触れて、初めて、あれは本当にあったことなのだと感慨にふけったかもしれません。
人に語ることなどなく、たった独りで・・・
そこには、自分がやったという感覚が薄いような感じがするからです。
繋がるとはそういうことかも・・・そう思いました。

[C1498] >最後の佐助

 佐助も自分の役割としての決闘への船頭として命をはっていたと思いました。自分の与えられた役割を役割として考えどうしたら最良の策をこうじられるか、佐助は佐助としての巌流島の戦いがあったと思います。自分が自分として果たすこと果たせることをしっかりと認識しそれをしっかり考えて生きた人であると思いました。
  • 2006/05/21-05:23:02
  • 投稿者 : yk
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[C1497] 最後に佐助

漕ぐ佐助・・
追っ手が来るかもしれない中を武蔵を絶対守る思いで漕ぐ運命共同体の佐助。
船頭として一番奮起したのだろうと思います。
あとから思い出したらすごい興奮の渦に引き込まれて身震いしてしまうのではないかと思います。
武蔵のお供を大旦那から任されたときから最後まで引いていない佐助もまたすごいです。


 




  • 2006/05/21-05:04:43
  • 投稿者 : Ciel
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[C1496] >最後の佐助

佐助の心境はフシケンで言う「腹が減ったら飯を食う」だったのではないかと思いました。

特に気がつけば入江に入っていた。

自分の内面や欲や目的や目標を持てつづけていれば、気がつけばってことまれなのかと思いました。それは自分の成長に焦点をあてているからではないかと思います。

でも、佐助が体験した気がついたら人生に共鳴を受けます。

[C1494] >「勝った武蔵様を絶対に死なせてはならない」

 船の上で武蔵を待っていた佐助は武蔵が戦うところを見ていられないほど
怯えて緊張していて、対決の後の事など頭から吹き飛んでいたと思います。
  
 でも武蔵が船に飛び乗った瞬間に、佐助の気持ちはスイッチが入るように
船頭モードに切り替わったと思います。
 同時に、行きとは逆に帰りの船では、武蔵が佐助がのサポート役だったの
だと思います。船で追いかけてくる敵を、武蔵はずっと睨み続けていたのだ
と思いました。
  
 ハッと気がつくと、自分と武蔵は大旦那が待つ入り江にいて。。。
佐助は。。。しばらく放心状態だったかもしれません。

[C1493] >最後に佐助

帰途、武蔵は佐助に命をあずけていたのだと思いました。生きて帰るために、考えられる限りの手を尽くしていたと思いました。自分のためであることはもちろんですが、それよりも、佐助のためでもあるように感じました。なぜかというと、武蔵が佐助に命をあずける以上に、佐助は武蔵に命をあずけていたように思えるからです。だからこそ、武蔵は、佐助と一緒に生きて帰ることを考えたのだと思います。武蔵がすごいのはもちろんですが、佐助もすごいのだと思いました。

[C1491]

>『勝った武蔵を絶対に死なせてはならない』

勝負が終っても、佐助にとっては無事に大旦那の待つ船着場につくまでは
神経は張り詰めたままだったと思います。


佐助も子供がいれば武蔵と小次郎の勝負をいつか話すときがあると思います。
でもそれはきっとずっと長い年月がすぎ、子供が大きくなって大人の話ができるようになってからだと思います。

町中が対決の噂でもちきりだったとしても佐助は口にすることはなかったのではないか。。。。
と思います。。。。。。


[C1489] >最後に佐助

ずっと待っていた佐助の姿が浮かびました。
武蔵の姿を見た佐助の表情が想像されます。
武蔵からバトンタッチで佐助が逃げることへの最大の力を発揮する、この時は漕ぐということに命を掛けている佐助がいます。
武蔵と佐助は同士だと思いました。
大旦那もお鶴も同士、自分の最大限を出し切って戦いに向かっていると思います。
今日、宮本武蔵の本が届きました。
読んでいきます。
武蔵と関わる人たちを追っていきたいです。

[C1487] 追っ手は、

まず船を止めようとするでしょうから、
佐助が斬られる可能性大です。
武蔵が勝ったこと・・というよりも、
生きているということが嬉しいのと、
追いかけられる・・との思いの中、
船を必死に漕ぎながら、引き潮になっていることに気づく・・・。
佐助にとって武蔵の存在が、どれ程大きなものに
なるんだろうと、想像しがたいです。
波に任せて、泳ぎ上手になっている連中がいたら
黙ってはいない気がします。
きっと、言わせておくことに佐助自身のプライドが
許さない・・・。
  • 2006/05/20-18:47:30
  • 投稿者 : まる
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[C1485] 最後に佐助

 実は、宮本武蔵シリーズが始まったとき、佐助を通して物語を見ていた時にどうしても佐助が助かったのかどうかが気になって、本屋で立ち読みしてしまいました。
 そうしたら、佐助の記述がなく、しかし、武蔵は舟に乗ったとあったので、その後はどうなったかわからないけれど、多分助かったのだろうと思いました。
 その時、よかったなと思いましたが、海の上へ出たら佐助の出番がまっており、つい目を伏せてしまった佐助でも、ここはおいらの出番とばかりに、必死に舟を漕いだ事でしょう。
 また、武蔵もそんな佐助の姿を見て、命をこの舟に任せたと思いました。
 一緒の舟にのる者の信頼関係が少しわかったような気がしました。

[C1484] >最後に、佐助


このときの佐助の心中も、やはり「早く!」だったのではないかと思いました。
 
試合の最中は、ハラハラしてとても見ていられなかったかもしれませんが、このときばかりは、とにかく早く入り江に着かなければ・・と、その一念で必死に漕ぎ続けたのだろうと思います。
自分の命だけでなく、武蔵の命も、その腕にかかっていたからです。
 
武蔵は一人で戦いに勝ったわけではないのだな・・と改めて感じました。
 
人はひとりでは生きていけないものだと思います。

[C1483] 外海をかけてゆく佐助

汗びっしょりになった佐助を想像しました、、

しかし、当の佐助の意識は消えてなくなっていたかもしれません。
海面を這う波のように、陸へ向かう疾風(かぜ)のように、
佐助は溶けてなくなり、あらゆるものと一体になっていたのかもしれない。

「鳥の声」を聴く境地、、
「用意周到」さ、、
佐助に、、その妻に、、その子孫に、、
ネットワークがごとくドラマは語り継がれるのだと思う。

[C1482] 示し合わせと用意周到

>武蔵の帰路を遮り、討ち取るなり、場合によっては彼の船を覆して、海峡の底へ葬り去ってしまおうと、示し合わせていたのだ。


しかし武蔵は帰りの潮の流れまでも計算していた。佐助は無我夢中で魯を漕いだ。
この決闘の場面に出てくるのは、小次郎側は多勢で武蔵川はたった二人でした。
常識的にみてしまえば、いずれにしても武蔵は逃げ切れないように見えます。
しかしいくら相手が多勢であっても、武蔵の用意周到さはたった一人の漕ぎ手と大自然のもつ特性を味方にしてしまったのだと思いました。
太陽の位置。潮の満ち干。これを偶然だと仮定したとしても、武蔵はすでに「勝ち」の流れの中にいたような気がします。

>そして武蔵は勝ってしまいました。

>「勝った武蔵様を絶対に死なせてはならない」
>この思いだけだったと思います。

うーん。すごい。
佐助とて家族もあり命も惜しいでしょうに、よく武蔵をほったらかして逃げなかった!エライ!
私なんぞ、いろんなとこで放ったらかして逃げてますからねぇ。後世に伝えるものなど恥だけです。

[C1481] >この思いだけだったと思います。

相手の事に細心を払いつつ、場を共有して、視点が外にある時、自分の体験を思い出しても個にしがみついていていないと思います。

自分がどうだこうだ・・・
というのは無くなっていると思います。
自分という個がどうなろうとしったこっちゃない・・・
あるのは目の前の世界に自分を投げ入れるだけ・・・
でも生きているという感じがバリバリ伝わってきます。

生というのは自分を捨てることからはじまるのかもしれません。

[C1480] 誰かとなにか共有するって、

相手の命とかアキレス腱まで共有してしまうこともあるわけで、自分がへましたら、相手を危機にさらすことになる。車の運転席と助手席の関係もそんな感じやし、小船は現代でも、小船の形をしてなくても、乗ってしまうことってあるんやないかと思う。乗ってしまったら、慎重にならへんと‥な‥。
  • 2006/05/20-13:52:18
  • 投稿者 : 龍(ロン)
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[C1479] >最後に、佐助

勝ったほうが佐助の命が危ない・・というのが、ちょっと意外な気もしましたが、逃げ道をふさごうと、3,40人も潜んでいたとすれば、確かに危険です。

武蔵の遅刻は、あらゆる面で武蔵を有利にしたのだと思います。
小次郎をいらつかせ、太陽を背にでき、そして去るときに引き潮になる・・。

去るときに引き潮になるようにと思ったのは、武蔵には、小次郎が負けても追っ手が来るかもしれないことを知っていて、そして自分が逃げるだけでなく、やはり佐助を死なしてはならない、佐助の周りの人たちを悲しませてはならない、という気持ちもあったのではないかと思いました。

一方、佐助には、そういうことは吹っ飛んでいたのだと思えます。
ただただ、武蔵を死なしてはならない・・その一心でただひたすら力の限りこぎ続けたのではないかと思いました。

佐助は、この役目を受けた時点から、もう自分のことはどうでもいいと思っていたのではないかと思いました。
すべてを捨てて、ただ、武蔵を無事に送り届け、無事につれて帰る・・それだけを考えていたのではないかと思いました。

見返りのないこの役目に命をかけた佐助・・。

もしかしたら、佐助は、普段から、不満などが少なく、目の前のやるべきこと・・先頭の仕事・・を淡々とやる人だったのではないかと想像しました。
だからこそ、ここというときでも、自分の損得関係なく、自らを渦中に投げ込むことができるのではないかと。

物語でもドラマでも取り上げられなかった最後にまで着目するもりけんさんはさすがだと思いました。
よく本などは、行間を読め、とかいわれますが、行間どころか、今日のところはラストシーンの後です。
そしてその取り上げられてるのが、脇役の佐助だというのが、また心を打ちます。

もりけんさんの周りには、いつもいい雰囲気が流れているし、なぜか下位の問いを共有できる人が集まってきます。
もりけんさんの影響力はすごいと思います。
なので、このお話でも、武蔵があっての佐助なのかとも思いましたが、いや、佐助あっての武蔵かも・・とも思えました。
どちらもいえてると思いました。

[C1478] >3,40人が小舟で海上へ出て、

こうなると、試合やなくて、ほんとに戦争や。こっちは佐助と武蔵の二人きりなのに、相手は多人数‥こういう時代なんなら、武蔵が生き残るためにはどんなに策を考えたって当然としか思えない。小次郎は武蔵を卑怯と言ったが、卑怯なのはどっちか‥。(小次郎はそんな気なかったかもしれんけど‥)
佐助は武蔵のたった一人の味方としてよくやったわ。いくら武蔵が引き潮を考えてても、佐助が必死でこがないと二人ともおだぶつやし。武蔵が勝って、また船に乗り込んで、すごくうれしかったに違いないが、それで、武蔵の命はこんどは佐助にあずけられたわけで、ほんとに必死で漕いだと思う。
  • 2006/05/20-13:34:23
  • 投稿者 : 龍(ロン)
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  • 編集

[C1477] 佐助

これを書くのは二度目ですが、お許しください。 佐助は試合当日の朝、(もう暗いうちか
ら起きて、水垢離(みずごり)をかぶり、新しい晒し(さらし)を下っ腹に巻いて)準備
していました。 佐助の入れ込みようが伝わってきます。 しかし、彼がなぜそんなに入
れ込んでいるのか? このことについて、作者は何の説明もしていません。
佐助の人柄についても、突っ込んだ描写はありません。 しかも、佐助が登場する場面は
少ないですから、気を付けて佐助を追っていないと、その存在を見失いそうです。

佐助を突き動かしたものは、船頭としての意地やプライドだったのかもしれません。
(シツコイですが、そんなことは、どこにも書いてありません)
そして、いつしか、そんなことも忘れて、没頭して・・・

もりけんさんを突き動かすものは、時空を探求する者の意地とプライドかもしれません。
しかし、それさえも忘れるほど没頭して・・・

もりけんさんは、佐助にご自分を重ね合わされたのだと思いました。 どう考えても、
登場機会の少ない佐助のことをこんなに書けるわけがないからです。

もりけんさんが、このようなお気持ちで船井さんと対峙されていようとは、そこまでは、
考えられませんでした。 

[C1476] 物語は続く


そっか。オレはもう今日佐助だ・・・(爆)
でも、女の子でも男の子でも、フェルルちゃんでも・・・
霊も菩薩も、キャベツもたぶん・・・。
心の中で「今こそ、佐助」って瞬間があるのかもしれない、
そう、思った。
もうなんかキラキラ、だ。
たとえ一瞬でも、たとえほんの、些細な言葉の端でも
あなたの中に私が「定義」されたようなのが・・・
なんともいえない、胸がぎゅっとするする「瞬間」だ。
佐助の気持ちが、伝わってきてるの・・・(?)ような。
誰もわかんない。けれど、同じ気持ちを
感じているかもしれない。
何をいま、共有しているんだろう「私」たちは。
佐助はあの時、佐助であって佐助でない。
誰かの夫であって、船漕ぎであって、そうでなく・・・
「武蔵さまを・・・」
そんな一心だったかもしれない。
武蔵をただ、「いまを無事に・・・」と強く、願う気持ち。
「船漕ぎである」それを深く知りながら、
武蔵の見つめる先の「何か」を、知らないまま・・・
だったかもしれないけれど。
足下の小石をぜんぶ、きれいによけただけ・・なのかも、しれないけれど。
「武蔵」の存在が、そうさせたのかもしれない。
 けれど、
同じ時間を共有する、我が身を思うのを忘れた、佐助の「空白の時」を
武蔵は「思っていた」かもしれない・・・そう思いました。
彼の、時間の尊さを。
彼だけではなく、あらゆるものに流れる「時」を、思っていたかも
しれない・・・。
「時間」を共有するって、すごいプレゼントなんだ・・・と
思います。
世代も超え、年も超え、いま、ここで出会った、出会っている
何度も、何度も。ああなんか、嬉し過ぎて、悲しくなるよ!
「女」から、どんどん離れて、イッっちゃいそうだ・・・











[C1475] 武蔵も佐助も

 武蔵一人の実力で勝ち残れたのではなかったのだなと思いました。
 話の中心になることはない佐助。でも、武蔵が生き残れたのは佐助が懸命に漕いだから。
 「宮本武蔵」の中心はもちろん武蔵だけれど、脇役の佐助も武蔵と同じくらいの存在感があるように、このプログを読んで思いました。他の存在もそうなのかなぁとおもいます。
 ネットワーク、対等を感じさせるような気がします。

[C1474] >最後に、佐助

>「勝った武蔵様を絶対に死なせてはならない」

佐助は、命を懸けて、武蔵を守っていたのだと思いました。


そこには、佐助というひとりの人間の自我・・
というものがなく・・

いや・・そうではなく・・

佐助の命をかけた船頭としての仕事が、
佐助の自我になっていたのだと思いました。


ただ、黙って武蔵に寄り添い・・
武蔵の呼びかけに返事をし・・
武蔵を温め・・
武蔵を守った・・


佐助は、空っぽだったのだと思います。


そして、佐助の必死の気力は、

武蔵側ネットワークの力・・

つまり、皆の力が結集した力だったのだと思いました。


それは空っぽだったからこそ、入り込んできた力なのだと思いました。



[C1473]

>彼はこの試合を至近距離で見た唯一の人物です。
>もしも佐助に子供がいれば、語りぐさの種になったに違いありません。
 
ぼうっと。。佐助はどんな晩年を過ごしたのだろうと思いました。おそらく、ごく普通に人生を全うしたのだろうと思います。しかし佐助の日常のなかに。。ふと。。その時はするりと入り込んできたろうと思います。なにも考えられず。。櫂を漕いだその瞬間が。。日の光や波の揺れさえも再現されて。どこにいてもそこに立ち返ってしまうような。どんなに人と一緒でもにぎやかでも、ふとそこに連れ戻されてしまうような。
子供がいたなら話をしたでしょう。でもそのときそれは昔語りでありながら。。昔語りではなかっただろうと思いました。いつもそこに戻されてしまうそんな時間だったのではないかと思います。
そしてそれから。。武蔵の事を考えたんじゃないかと思いました。

[C1472] あ

よく見たら、オープンに書いてました。
なるほど、そういう風になっていたのかーと、
納得です。

[C1471] そういう風になっている

また泣いてしまってました。NHKのは見ていないので、
お通さんが亡くなってしまうと、武蔵は生きているのに、
武蔵の真剣での戦いの人生も終わってしまったように思われ
ました。今日は佐助。熱いつながりを作ることが出来る人柄
であった武蔵を思いました。小次郎と違うところのひとつに数えられる、特徴と思います。どっちも三角だとしたら、武蔵のほうが、底辺が広いです。年齢はわからないですが、人間が年齢でなくフォルムだとして、三角だとしたら、そういう感じで
伝えられると思います。素材が違うとしたら小次郎は火製で
武蔵は水製の三角だったような。変幻自在を目指していたという意味でです。吉川英治の本は高校生の頃に読みましたが、ざっと読みで最近タイのカオサンで泊まった、バンブーゲストハウスに全巻があり、どうしてか外にも出ず読んでました。
その時、どうしてこういうことしてるのかなと気持ちが、不思議に思った瞬間を覚えてるのですが、まさかこういう風になるとは思ってもみませんでした。でも時空さんのお陰です。そして
もりけんさんの。すべてを伏せて書くことはお嫌いということは
読みましたが、再度もりけんさんだけにコメントを書きました。
船井さんの件がずっと続いておりますが、ドキドキしてます。
時空はどういう風に持っていくかしら?と。というよりあちらの
出方を待っているだけで、もりけんさんは、すべてを明らかに
しているので、何をどうするといったこともありませんが、それに六爻占術を使っておられる筈ですので、何ももりけんさんにとって、リスクはないと思われます。
席につかなかった小学生のもりけんさんを見たら、私は泣いてしまったかもしれません。クラスメートは泣かないにしても、
ちゃんと腹の奥底に響くものがあって、ちゃんと次のクラス委員に再選しているから、、、ちゃんと言葉に出なくても、わかっ
たのだと思います。私はただ、船井さんの本でなくて、次の
もりけんさんの本を待っているだけ。それ位です、私の行動って。ホームページ見る度に一層、早く読みたくなります。

[C1470] >「勝った武蔵様を絶対に死なせてはならない」

主君に恩義を感じてここまでの思いをもって 
一緒に戦うという人物はタダ者ではありません。 
 
なにより人間としてまぶしいです。
一介の船頭でなく、もはや英雄です。
信じるもののために戦ったことのない人間は軽々しく 
評価することすら許されないと思います。
 
個人的には吉川三国志の劉備と張飛の関係を想起しました。 
  
ここらへんの主従関係を描ききる吉川も吉川ですが、
それを読み取り、着目するもりけんさんももりけんさんです。 
 
自分を振りかえってみると、こんなコメントを載せてる私も 
戦ってるもりけんさんのために 
一体どれだけ体を張って戦っているのか・・・ 
 
でもどんな声がけをもらっても
崖から飛びたつのはやっぱりコワイです。  
凡人は簡単には英雄のようには生きられません。
  • 2006/05/20-10:57:26
  • 投稿者 : GRO
  • URL
  • 編集

[C1469] >最後に、佐助

気づきませんでした。武蔵が勝ってそれで終わりではなかったです。小次郎側にも、残された人達がいて、狙ってたりするんですね。
でも、その時の対決は1対1で加勢したりってことはなかったのだなと、今頃になって気づきました。
私は歴史にもうとくて、なぜ、戦いになってるのかといういきさつを実は知らないのですが。。
前に戦いがきれい、汚いとか言う話がありましたが、全くの1対1ということではきれいな戦いだったのだと思いました。

[C1468] 涙がでました・・・

昨日のNHKの最後の部分を読んでもジーンときませんでした。これは映像でなければ・・と思ったのですが。

今日の佐助では、泣けました。あ~、本当に気が気じゃなかったと思います。

でも用意周到に遅れていったおかげで・・助かりました。

>その時は武蔵の絵を出し、武蔵が羽織った綿入れを出し・・
あはは・・ありそうで受けました。そのときの佐助の得意そうな顔といったら・・・というナレーションまで聞こえてきました。

>まだまだ続くよ
すみません。昨日お礼まで言ってしまった(汗)

[C1467] >この時ばかりは、何も考えていなかったと思います

もりけんさんの船井さんと対峙される姿勢とは、この時の佐助と同じなのですね。
今まで気付かずにいて、すみませんでした。
生意気書いて、すみませんでした。

[C1466] >佐助は、武蔵が負ければ、死骸を乗せて帰る気でいました。

思わず“泣き”が入ってしまいました。
ここまで黒子に徹するというのは、佐助の時代にしかないのか、と思いましたが、
具体的に誰と名前は挙げれませんが、でも今の時代にだってあると思います。
 
>『勝った武蔵を絶対に死なせてはならない』
自分を捨てていたのは、武蔵だけではなかったのだと圧倒されました。
意識してできるものではないと思います。
この時代「個」を主張するというような思想はなかったと思います。
それなのに、誰よりも「佐助」という人物が私には一番印象に残りました。

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Author:森田健(もりけん)
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森田健が実際に足で歩いて遭遇した出来事を皆さんに報告する場として「不思議の友」という無料会報誌を出版しています。
この本は、読んでいただけるだけで嬉しいです。
でも、何か意見を返してくれるともっと嬉しいです。
不思議なことに興味がある方、不思議なことを解明したい方、または新しい生き方を見つけたい方のためのものです。
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