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-件のコメント

[C2007] >あらゆるものが、事実として存在していました。

動揺しています。

自分は今まで何を見てきたのか・・
そして、いま、何を見ているのか・・・

およそ「事実の世界」とはかけ離れた「意味付けされた世界」を、ずーーっと見てきたような気が・・・


長所が事実ではない・・というのも、ちょっとショックです。

「これが自分の長所」
「それがあなたの短所」
などど意味付けするたびに、思い込みの世界に埋没してゆくのだなあと・・

くだらない意味付けに明け暮れて人生を終えたくはありません・・。

事実は事実として、ただそこにあるのだと・・・

たったこれだけのことで、世界の見え方が変わるような気がします。

深すぎて、なかなか追いつけませんが・・・

[C1997] >「武蔵よ、お前は弱い」という事実を告げる

子供も去ることながら、付き合っている女性に対してもほめると喜ぶし、おかしなことを言うと「ひどい!!」なんて会話になってしまい、どうして気を使わなければならないのかと思ってしまいます。
子供でも女性でも誰でもそうなのでしょうが、パートナーであるのなら、良い悪いの超えた事実を伝えることがほんとの愛情なのかと思ったりします。
仮に自分が気にしていることを指摘されても、それは事実であるわけだから、それを言われて不快になることのほうが(仕方ないのかも知れないけど・・)、自分の内面見つめすぎてることなのかと思います。
ただ、事実を伝える方も「事実」は伝えても「事実に対するいいだわるいだ」の個人の思いを伝えることはおかしいのかと思います。
それだと、言われて傷つく人となんら変わらないかと思います。
自分もまだまだそうかも知れないな・・・(汗)

[C1976] >「武蔵よ、お前は弱い」

「自分は強い」と思うと、自分ひとりで何でも出来る、頼れるのは自分だけだ、と思ってしまうような気がします。
「弱い」と認めることは、周りを認めることにも繋がると思いました。
長所は、短所とも言います。見方によって変わるもので長所というのは固定されたものではないと思いました。これを伸ばすって一体どうすればよいのか、どうなればよいのか分からないです。
  • 2006/06/04-23:25:57
  • 投稿者 : REI
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[C1952] 長所進展法

以前に長所進展法を推奨する人たちの話を聞いて、
自分を褒めて(汗)長所を伸ばすよう努力して(汗)
その結果、いまの自分はとんでもなく「自分」だけの世界に浸っているのを感じてます。
やっぱり事実から目をそらしていたんだと思う。
  • 2006/06/04-10:35:39
  • 投稿者 : まっす~
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[C1950] 事実を正確に見つめろ・・ということだと思います。

3次元と多次元、すべてを結ぶ最大枠すべてを抱擁する存在は、陰陽だということをいいつづけろということかもしれないと思いました。もちろん、いろんな意味で3次元を認めつつだと思いますがもりけんさんによって時空の謎が、解明された今3次元の広がりきれない空間の中でもがき続けるのはナンセンスです。ははは。。^^たまには、まじで。。。
  • 2006/06/04-08:28:19
  • 投稿者 : バニー
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[C1948] 事実と一部

 お前は弱いという事実と強いという長所である一部、事実をひとうひとうつクリアしていかないと現象にしっかりと対峙することができないと思います。一部の長所に浮かれてる間は、物事の全部は見えてこないような気がしました。
  • 2006/06/04-07:29:30
  • 投稿者 : yk
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[C1947] >長所というのは、事実ではないからです。

そうか・・・事実ではないんだ・・
長所というのは、ある一定の価値観、ものさしでみただけのことなのかもしれない・・。

こどもは、怒るよりほめて育てよ・・と、よく聞きます。
しかし、怒らなわからん!ってなこともいう人も・・。

怒るのもほめるのも、長所をのばすというのも、事実から離れているんだと思いました。
そうなると、自分の世界に入っていく・・というのが、なるほど・・うん・・なるほど・・と思いました。

長所を伸ばす、ほめる・・というのは、一般的にいいといわれていることだし、自分もいいことと思ってきたので、また、足元から、ガラガラきてます。。


くろこさん・・かわいすぎです!!

[C1946] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/06/04-04:38:19
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[C1945] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/06/04-04:21:26
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[C1944] >巌流島・・「武蔵よ、お前は弱い」という事実を告げる

>「事実を告げる」・・これほど大きなことがあるでしょうか?

事実を知るって、スタートラインに立つことだと思いました。知らなきゃなにも始まらない。
自分の位置すらわからないし、肯定すらできないって思います。
褒められたり、長所をさらに伸ばしたら
そこだけが秀でてしまって偏ってしまうと思いました。まさにツバメ返しの世界だと思います。


  • 2006/06/04-02:36:37
  • 投稿者 : Ciel
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[C1943] >巌流島・・「武蔵よ、お前は弱い」という事実を告げる

>「事実を告げる」・・これほど大きなことがあるでしょうか?
 
それがどんなに最悪の事実であっても、まず知ることからだと思います。
運命変更だって、事実を知らなければできません。
一昔前の日本では本人に癌告知しないのが普通だったようですが、今は本人に告知する時代で本当によかったとつくづく思います。

[C1942] うーーーん。。。

>それに対して「褒める」「長所を生かせ」は、どんどん事実とは遠ざかり「自分」の世界に入っていくのでした・・・。

うーん。
なんかいまいち腑に落ちないです。。。
もりけんさんの「外応」という概念をもって考えてみると、分からなくなってしまいます。

本人達が「俺はイケてるのか?」「私は価値があるの?」「僕はこの先成功するのかなぁ?」という問いと共に日々生きていたとすると、褒められた方がいい外応になって運命を好転させることになるのではないでしょうか? 
「おまえは弱い」という事実をつげられてから、運命を自力で変えていくよりも、問いのあとに「褒められる外応」があったほうが、ラクに運命を好転させることができるのではないでしょうか?

・・・・うーーーん。
もりけんさん助けて!
  • 2006/06/03-23:47:13
  • 投稿者 : らーめん
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[C1941] >武蔵はひとつの事実を認めたとき、

>次の事実の世界に入ったのだと思います。その世界は、広大でした。あらゆるものが、事実として存在していました。
 
急に思ったのですが。。
この…「弱い」という事実は。。もの凄いことなんだと思いました。次の事実の世界が。。外側全てになるからです。なんて違うのだろうと思います。。確かに自分は「弱い」。。しかし「弱さ」がむき出しになると。。一人で戦わなくて良くなるのではないかと思いました。一番弱い状態の時。。なぜか助けがあるような。。「弱さ」を認めるのはとても苦しい。しかしその先は本当に広い。強さを認めるのはとても楽しい。しかしその先は狭い。
「弱さ」を認めると開かれていくなんて。。なんか不思議です。まったく逆をやってきたなと思います。
「弱い」が「強い」…この裸のサルは臆病で弱いからこそ。。知恵を使い生き延びてきたのだと聞いた事があります。何時からどうして。。「強い」と思うようになってしまったのだろうかと思いました。
「弱さ」を晒して生きていくことは、いつも生爪を剥がされているようなどうしようもない感覚何じゃないかと思います。まったくそれがない人が想像できません。例え諦めてても時にはそう言う感覚が思い出したように湧き上がりそうだと思います。わかんない。。ヘンなカンジです。
「弱い」が「強い」そして「孤独」だけど。。たぶん「一人でもない」そんなカンジです。全部意味が違って…しかし相反するものが揃っていくような。。へんなカンジです。うーん。。。。。。

[C1938] >「事実を告げる」・・これほど大きなことがあるでしょうか?

確かにそうです。
でも、武蔵はなかなか受け入れられませんでした。何故でしょう?
それは、「強くなれる可能性がある」という事です。
武蔵のようにしっかり検証しないと、つまり絶望しないと可能性、幻想、夢などを追って生きてしまいます。
もう一つ、「強いこと」がどうでも良くなった時、受け入れられると思います。
下位の問いに目覚めるとか。(爆)

武蔵は「時空のバカヤロ~!」と一人涙したでしょうか。。。

「長所進展法」は、「良い世の中を作ろう」と発想が一緒で片手落ちです。(爆)
ある時は、繊細で。ある時は、大胆で。一つの面だけを褒められて伸ばすと、反対の面を押さえ込むようになります。
拘る時あり、拘らない時ありが無為自然でしょう。
褒めるなら、「場」が取れている時でしょうか。(笑)

[C1936] >巌流島・・「武蔵よ、お前は弱い」という事実を告げる

事実を告げているだけ、そうかもしれないって思います。育てる時、褒めるというのは自信を持たせるということがあるのかもしれませんが、その前提には自信がないということがあるかもと思います。また、褒められるということに慣れていると、たまに厳しいことを言われるとつらくなるかもしれません。いつも、厳しいこと言われていれば、(事実ということですが)それはそれで慣れていまい、たいしたことではなくなるというのもあると思います。
個人的な好みでいうと、褒め言葉より、事実を言われるのが好きです。

[C1935] 広大な事実の世界

>武蔵はひとつの事実を認めたとき、次の事実の世界に入ったのだと思います。その世界は、広大でした。あらゆるものが、事実として存在していました。

ここで言う「事実の世界」とは哲学の世界なのではないかと思いました。事実を認める気がなければ哲学する必要もないわけです。

事実を認めるという世界に入っていくと、もう自分に対して何かをいいかげんに捏造することができなくなります。そうなると真実は何かを知らなくてはならなくなります。

ひとつの事実を認めることを、それのみにとどまることなく、「広大な事実の世界」の認識にまで広げたところが凄いところだと思います。
  • 2006/06/03-21:32:48
  • 投稿者 : ナイル
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[C1934] 事実

褒められれば嬉しくてそのことだけがとても重要になってくると思います。
強いことだけで過ごすことはできません。
長所は短所にもなりますから強さも弱さにつながります。
褒められたからといって同じことでまた褒められるとは限っていないと思います。
「お前は弱い」という事実を知れば、事実と一緒に周りが語りかけてくるように思いました。

[C1933] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/06/03-20:06:24
  • 投稿者 :
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[C1932] 事実を告げる

今日はガツンとまた来ました。
頭ぶつけて人生なんぼと思いたくなりました。

好きなことをやるというのも長所進展法と似ている気がします。
内側に没入していくということは、外側をシャットダウンしていくのと同じだと思いました。

しかし、長所ばかりやっていても窮屈さを感じています。
人は限界値でしか生きていないのだと思いつつも歯噛みすることがあります。

ちょとずれましたが、気付くとは事実に気付くことなのだ・・・
あるがままというのも事実・・・

・・・自分で書いてうなってしまいました。

世界は広いよ。

[C1931] 巌流島・・「武蔵よ、お前は弱い」という事実を告げる

 思い込みで何とかしようと思っても、思い込む以上の事は出来ないのではないかと思います。思い込んだことがゴールだからです。
 しかし、事実を現実として受け止めて、あたりを見渡せば、思い込む以上のもっと、大きいこととか、新たな発見があるのかなと思います。
 「褒める」「長所を生かせ」は、自分の出来ることだけで処理をしろと言うことなのかと思います。
 
 「褒める」の基準はその人としては、良くやった時に褒められるのであり、世間の基準に達していないかもしれません。それでも褒められるのだから、そこでストップしてしまう気がします。
 「褒める」というのは、バカにするということもはいっているのかもしれないと思いました。

[C1930] >事実を正確に見つめろ・・ということだと思います。

なるほど。事実を聞いたら、それに対策をとるということができるけど、うそしか言われなかったら、対策もとれない。
  • 2006/06/03-17:26:53
  • 投稿者 : 龍(ロン)
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[C1929] >長所というのは、事実ではない

長所であれ、短所であれ、価値判断というものは、ことごとく相対的な幻想に過ぎないと
思いました。 短所でさえ、人によっては長所だと思うことだってあり得る。
そんな程度のことかもしれないのに、長所、長所って・・・考えてみるとナンセンスです。
(今だから言えることですが)

でも、長所を捨て去ることは、かなり難しいかもしれません。 特に、一芸に秀でたもの
を持つ人にとっては。 ちょっとした見栄程度なら、やけくそで手放せそうです。
しかし、長所はそう簡単には捨てられません。 その人にとっては、残された最後の自我、
最後の武器、最後の砦であり、今まで生きてきた証のようなものかもしれないからです。
それを失えば、自分が自分でなくなる・・・

ところが、自分が自分でなくなった方が正解だった。 その方が、事実と向き合えるから。
弱いという事実、それを認めればそれでよかった。 それができたのも、武蔵は自分を諦
めたからではないでしょうか。 武蔵はそこまで、せっぱ詰まっていた。

ところで、私は昨日の書き込みで、武蔵は特別だというようなことを書きました。
どうやら、偏った視点からのみ書いてしまったようです。 たとえば、プロ野球の選手に
なっても、二軍で鳴かず飛ばずのまま、ついには解雇された人は多いと思います。
(私の中学時代の野球部の監督は、元近鉄バファローズの二軍選手でした)
他のスポーツ選手も状況は同じだと思います。 きっと、長所を諦めて、現実を見なけれ
ばならなかった人は多かったはずです。 会社を倒産させた社長の中にも、同様の屈辱を
味わった人はいたと思います。 しかし、現実を直視し、別の道へ進んでも、何とかやっ
ている人はたくさんいるのではないでしょうか。 決して武蔵だけが特別なのではない、
と今は思い至りました。

それにしても、長所進展法って何? もりけんさんに言われるまで、全然気付きませんで
した。 長所が事実でないなら、長所進展法も事実じゃない・・・むしろ、破滅への道?
なんだか、巧妙に騙されたような気がします。 そう言えば、強みや得意が災いして、
頂点から転げ落ちた権力者は多いような・・・この件については、船井幸雄先生、後日お
送りする個人的な手紙の中で質問させて頂ければと存じます。 その節には、宜しくお願
い申し上げます。 兵庫県芦屋市岩園町32-10 森井孝介

[C1928] 事実

・・・。
毎日、ほんとに何か「オトナ」になってく気がしてる(笑)
学びがあるなら、事実を知るしかないのかもしれません(汗)

私もよく人にいっぱい言ってしまう時あります。
事実・・・なのか、イタイとこつくのが上手なのか(爆)
挑発して、怒らせて、それで・・・事実(とゆうか、本音)を
引き出そうとする(汗)
どこまで「ゆるされているのかな」と、確認したくなります。
自分がどれだけ出しているか、ではなく「相手」がどれだけ
見せているか・・・を、知りたい。
見せてくれれば、くれるほど「好き」になる。
そのくせ、自分が逆の立場になると「・・・。」ってなる。
そして「相手」が「事実」を伝えてくると
「私」の望んでいた「事実」でないと・・・納得できない(汗)
 そんな「性格」(悪)です(笑)

ほんとーに、面倒くさい。
「私」がいちばん、疲れてる。
喜びも悲しみもデカすぎて・・・疲れる。
「私」が自分で決めた性格じゃないから、「私」」がいちばん悩みます。
「キミのためを思って」(ホントに・・・?)
 心の中に「誰も、おまえのことなんか気にしちゃいないよ」
 そうゆう風な声が聞こえてきます。
(わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーとなる、汗)
 誰も責任がないし、私にもないし(笑)ただ困る、とゆう事実(汗)
 私にはわからない、多種多様の性格、運命、があります。
 皆「自分」に悩んでる。「自分」でいっぱい。
 何で存在してるかも謎なのに、誰かの為になんかホントに
 生きられるワケがない・・・今は、そう思います。
 「自分」のままでいる・・・楽そうでつらい。できない。
 世界に一個も前例がないものを、生きるから(爆)
 精一杯「自分」をやる、しかない。そう思います。 
 


[C1927] 事実の世界

そうか、武蔵は事実を告げられていた、それを認めたときストンと腑に落ちて、次の事実の世界に入って行った、そこは広大であらゆるものが事実として存在していた・・。事実を認めると、次の事実の世界に行くんですね、うーん、すごい表現です。よく一度嘘をつくと次々嘘をつかなきゃならなくなる、って言いますが、正反対の世界ですね。


わが子に対しては(他所の子は別です・汗)、できるだけ事実を告げるようにしているつもりです、ただ、それが、どうしてそうしようと自分で思ったのか、定かではなんです、本能的にそうしていた、に近い感覚と思います。でも、あながち間違ってなかったのかな、と少し安堵。


しかーし、さっきよその子、と言いましたが、他人に対しても同様で、なかなか事実は告げられません。余程自分にとって親しくて大切に思っている人にしか、言えません。自分に告げてくれる人も、そうそう居るもんじゃありません。なんか、事実を避けている時には決して見ることのできないすごい世界を見逃して生きてるのが、ものすごくもったいない気がしてきました。あらゆるものが事実として存在している世界を知りたいです。

[C1926] ・・・という事実を告げる

武蔵の父親はとても厳しいというどころではなく武蔵を憎んでいるようにさえ見えました。
しかし、長所進展法で、ほめまくって育ったとしたら、確かに剣豪にはなったかもしれないがどこか甘さを残し、とっくの昔に剣で滅んでいたと思います。


となると・・・死と隣り合わせの剣客にとって、ほめて育てられるのは実は自滅行為に他ならないのかもしれません。

現代では、子供をほめたり厳しくしたり色んな育て方はあるかと思いますが死と隣り合わせほどの極限状態に置かれる事はまずありません。

だからほめる子育てでもなんとかやっていけてるのかもしれません。
しかし、原始時代に戻って野獣や飢えと戦う時はほめまくり子育てではやっていけないと思いました。
それは事実を告げているのではないからです。
  • 2006/06/03-13:35:18
  • 投稿者 : 空タネ
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[C1925] 事実を告げる

>特に子供などに対して行われています。

最初から滝汗状態です。思いっきり子供に対してやっています。
なぜ、やるのかと考えたら


私の意識の中では成長させようと思っていなくても(多分・・・)それは表面的で、私の気がつかないどこかで「親だから成長させなければいけない」と思っている。

本当のことを言うと、泣いてうるさいし、いじけてしまう。

子供の心を傷つけてしまうと思っている。

でも前提には子供を庇護する親としての姿勢があるから言えないのだと思います。それは自分が親という立場で偉いと思っているから・・・


本当のこと子供に対して言えないというよりも、自分が本当のことを相手に言えないのではないかと思いました。大人同士なら、もっと本当のことが言えないです。自分でもむしずが走るほど、事実とは逆のことを言っている時もあります。

相手に本当のことを言うことは、相手の真実を見ることであり、それができるのは同時に自分自身の真実も見なければ言えないのではないかと思いました。

>長所進展法を推奨する人たちがいます。あれも事実を認めていないと思います。
>長所というのは、事実ではないからです。

自己の内から見える長所が長所であるかどうかなんて全く信用できないものだと思います。自分の真実の姿を内から見ている限り。

褒めたり長所を伸ばした先には、自己陶酔の世界が待っていると思いました。外界とぷっつりと切断された世界のようだと思いました。

[C1924] くろこちゃん

鳴くまでの、ため・・がくすぐります(笑)
  • 2006/06/03-13:15:34
  • 投稿者 : まる
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[C1923] なるほど・・

「褒める」「長所を生かせ」は
自分の不確かな面から、スタートをきってしまい
ドンドン実態のない自分を作り上げてしまうことになる・・。
それが出来上がってしまうと、
壊すことは容易ではないだろうし、
その実態のない自分を守ることで、一生懸命になりそうです。
自分は弱い・・虚像を作り上げた年月が長ければ長いほど、
理解しにくくなる言葉に思います。
  • 2006/06/03-13:13:19
  • 投稿者 : まる
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[C1922] >「武蔵よ、お前は弱い」という事実を告げる

事実の前では、人はみんな対等にならざるを得ない・・そう思います。
 
あらゆる思想は事実の前では、意味が無くなります。
 
でも、人は事実を認めたくないのだと思います。
認めたとたんに、自分がなくなってしまうからです。
自力でなんとかなるという幻想が、ガラガラと音をたててくずれてしまいます。
 
事実を認め、自分の弱さを認めた先に、違う世界が見えてくる・・・
そこまで分っても、認めることは難しいです。
 
だから、認めることから目を背けて、長所を見ることでごまかそうとしてしまうのだと・・・
自分の作り出した世界にこもって、頑なに、広大な事実の世界を否定するのだと思いました。
  • 2006/06/03-12:57:54
  • 投稿者 :
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[C1921]

なるほどね~~。そういうことか。。。(どんなこと)

下の子は誉めて育てたかも・・・(汗)。
受験のときは、苦手科目より、得意科目の英語で点を稼げ・・・とか言いました(滝汗)げげ~~~です。
でも本当の事はいっていたつもり。。。。だけど。。。


>「事実を告げる」・・これほど大きなことがあるでしょうか?

本当のことを言うのは、勇気が要ります。
仕事柄、生徒をほめて指導するので(汗)
たまにキレてしまい生徒相手に斬れまくってますが(爆)


もりけんさんはHPでは事実しか言わないから・・・・・
なので信者がおおいのでしょうか・・(超爆)


しょうがなかったので事実ばかり言ったら「最低な女だ」と言われました(爆)


[C1920] >巌流島・・「武蔵よ、お前は弱い」という事実を告げる「事実を告げる」

「長所」を主張することが、あらゆる可能性を塞いでいることに今はっきりと
感じ取りました。
事実を告げることの方が、告げられるよりもエネルギーがいるように思えます。
告げる人も何も持っていないからできるのだと思います。
相手に対してエネルギーが無ければ、床にたたきつけたりはできません。
  • 2006/06/03-11:50:36
  • 投稿者 : イーキン
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[C1919]

>人を褒めて「成長」させるという手法があります。
>特に子供などに対して行われています。
 
ざま~みさらせ!と思いました。褒めて育てる…いやでたまりませんでした。嘘じゃん!おもうとおりにさせたいだけじゃん!しかも手を汚さずに。やはり外から言い切られるとキモチイイ…個性を伸ばそうと言いながら、お行儀の良さを求める人達。ダメな子は生きる資格がないとでもいってるのかと…そして母親のせいだとか言います。しかし…そういうあんたが頑張っちゃってるんだよ…と思います。その恨みは深い。(とても個人的感想だ…汗)
「褒める」とか思いたくない…子供に感動して結果褒めたみたいになるならしょうがないけど。親子の付き合いぐらいそれでいいのではないかと思います。つい先日まで私の体の中にいて繋がってたのですから。いまは他人だけど。
  
武蔵のお父さんは。。生きる力を摘まなかったのだと思いました。むしろ埋もれそうになるソレを冷静にひきずり出そうとしていたのだと思います。夢を食べて生きるなと伝えてたと思います。
 
肉体に付随するものはあまりに弱い。食欲も性欲も物欲も。。精神力なんてそのうえの…氷山の一角、勘違い…だと思います。
  
>武蔵はひとつの事実を認めたとき、次の事実の世界に入ったのだと思います。その世界は、広大でした。あらゆるものが、事実として存在していました。
 
認めるってなかなか出来ないです。でも武蔵は認めた。まず一番近しいサンプル、自分というものを見ることが出来ないと…なのかなと思いました。私には広大な世界はみえません…まだまだ七転八倒して斬られながらゆくのだと思います…どこまで行ったらいいのだろうかと思います。たまにやんなるけど、そっちが自由そうなんでしょうがない…(意味不明)
 
くろこさん…可愛い。おっきな目とこの反応の良さ♪もうナでくり回してネコかわいがりしてしまいます。うりうり…♪
でも…朝になったら頭が透けててビックリしました…

[C1918] >巌流島・・「武蔵よ、お前は弱い」という事実を告げる

>武蔵はひとつの事実を認めたとき、次の事実の世界に入ったのだと思います。その世界は、広大でした。あらゆるものが、事実として存在していました。


あらゆるものが事実として存在する・・
それは、あらゆるものをデータとして、知るということだと思いました。


私たちは、普通は、自分の弱さを認めたくないと思います。


でも、それは、事実から目を背けているということだと思いました。



>それに対して「褒める」「長所を生かせ」は、どんどん事実とは遠ざかり「自分」の世界に入っていくのでした・・・。


褒めること・・
長所を生かすこと・・

これは事実を認めず、個を脚色していくことだと思いました。

しかし・・
人は褒められたら、力が伸びるような感じがするような気もします


けなされたら、力がそがれていくような・・

でも、それは、気がするだけなのかもしれません。。

ふと、人間のもつメンタルな面は、幻想なのかもしれないと思いました。

メンタルは、中身が詰まっているから存在するように感じるだけなのかもしれません。

メンタルを語るとき、人はエゴ的になっているかもしれないと・・思いました。


弱い・・


事実を突きつけられ、それを肯定した武蔵は、そのとき、現存の次元を越えてしまったのだと思います。


武蔵の持つ強さは、個の強さではない・・


データとなった武蔵は、個を超えて、あらゆるものとネットワークでつながったのだと思いました・・


武蔵の強さは、ネットワークの強さといえるのかもしれません。


[C1917]

>事実を告げているだけだと思います。
 武蔵は、弱かったのに自分は強いと思っていた。で、周りの者はそれを諭そうとしていた。武蔵の思い込み。
 ふと、中学生のころまでなぜだか、「自分はかっこいいはず」と思っていたのが、「俺って、顔でかいし、かっこよくないかも・・・がっく」とした経験を思い出しました。しばらく、人と話すのも恥ずかしかったです。でも、別に回りはどうとも思っていないので次第に気にならなくなりました。一方、かっこよくなくたって、成績はまあまあだし、スポーツもまあまあだし、いいとこもあるよな、と(今思うとこれも思い込みがかなり入っているような)と他のことに目を向けていました。
 「俺は弱い」がこちらのプログで注目を浴びたのをきっかけに(?)、「自分は弱い」と考えてみました。結果は「そうじゃん!その通り!」という感じてそれを説明する事実はたくさんありました。(汗)
 森田さんがフランスに留学したとき「俺っていけるかも」だったか、一流大学出身の人に対しても遅れていないと思ったと以前読んだ記憶がありますが、これを「俺は弱い」と重ねると、「事実を知る」がポイントに思います。
 難しいことは分かりませんが、自分の能力を実際とは過信、あるいは逆に過小に判断したなら現実とギャップが生まれ、そこにいろんなトラブルが生まれるのだろうなと思います。
 

[C1915] >「事実を告げる」・・これほど大きなことがあるでしょうか?


事実を告げることには、他に何もくっついていません。
そのものズバリです。
ズバリだから、強くないのに強いと褒めて成長させようとしたり弱くないのに
弱いとけなして天狗にならないようにしようとする意図がなくて、事実を告げ
る側と事実を告げられる側の間にはシコリのようなものは残らないと思います。
 
でも事実を告げられる側がその事に気がつかない間は、正反対の状態が続いて
シコリだらけだと感じるのだと思います。
  
武蔵はどうしてその事に気がついたのだろう?と思いました。
でも何があったというワケではないのかもしれません。何の前触れもなくいき
なり気がついたのかもしれない。引っ掛かっていたものが急に外れたような…
 
あぁ~そう考えると「ストンと落ちる」という感じがわかるような気がします。
 
 
自分の今の状態を知るのは重要だと思いました。
それを知らないと、何をやっても自分の状態というのはずっと分からないまま
です。
それで一生を終えるとしたら、充実した一生だったと満足して死んだとしても、
ずっと事実を知らないまま架空の自分を見続けて終わったということになるの
だと思います。
 
 
くろこさん、大きなオメメが可愛いです(^^)
黒いシャツのもりけんさんとペアルックだ~♪

[C1914]

物事にはすべて、2面性があると思っていました。どちらも事実だと思っていました。お前は弱いと言う時は、お前は自分が思っているほど強くないぞと言う意味で、事実でしょうね。また、もう一方で、もっと強くなれるぞ、という意味もあるかもしれません。あなたは強い!というときは、あなたは本来もっと強くなれるのよ!という意味をこめるのでなければ、教育的な働きかけにはなりえないと思います。実際、優勝したりして、みんなに、感嘆されたとき、嬉しいけれど、「待てよ、この勝利はこれこれの、時の運や組み合わせの運などと、相まったものだから、自分の弱さはまだここここにあるから、もっと精進しなければいけないぞ」と自分で考えなければ、成長はないですね。

[C1913] 勝負事において負けというのは破綻であり

崩壊であり世界観の終りだと思います。「俺は強かった」という幻想が崩れるのだと思います。

たぶん負けたときに「全てが間違っていた」と思うとしたらそれは当たっていると思います。部分や各論の一部は当たっていたとしても、全体や世界観が誤っていたのだと思います。

世界観というのは時空の中で自分がどうあるかということだと思います。
  • 2006/06/03-10:20:01
  • 投稿者 : ナイル
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[C1912]

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  • 2006/06/03-10:01:16
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[C1910] > しかし「武蔵よ、お前は弱い」は、どうでしょうか?



うひゃひゃ~と大声で笑ってしまいました。
自分が運命を根本的に受け入れていないことを再確認したからです。


> 事実を告げているだけだと思います。

ず~と
事実から積極的に逃避しようしてきました。
六爻や盲師派に触れて「逃げられない」ことに感づいているのに・・です。
往生際悪いです。
でも、こうしてもりけんさんの書き込みを読んだり、自分で卦を検証することで実感しつづけなければ
私は心底、運命の前に身を投げ出すことはできないほど頭が悪いようです。
それだけはよく分かりました。
  • 2006/06/03-09:46:27
  • 投稿者 : なみ
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巌流島・・「武蔵よ、お前は弱い」という事実を告げる

 人を褒めて「成長」させるという手法があります。
 特に子供などに対して行われています。
 
 しかし「武蔵よ、お前は弱い」は、どうでしょうか?
 
 事実を告げているだけだと思います。
 
「事実を告げる」・・これほど大きなことがあるでしょうか?
 
 武蔵は自分では「俺は強い」と言い続けています。そのそばで「お前は弱い」というのは、事実を正確に見つめろ・・ということだと思います。
 
 長所進展法を推奨する人たちがいます。あれも事実を認めていないと思います。長所というのは、事実ではないからです。
 
 武蔵はひとつの事実を認めたとき、次の事実の世界に入ったのだと思います。その世界は、広大でした。あらゆるものが、事実として存在していました。

 それに対して「褒める」「長所を生かせ」は、どんどん事実とは遠ざかり「自分」の世界に入っていくのでした・・・。
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40件のコメント

[C2007] >あらゆるものが、事実として存在していました。

動揺しています。

自分は今まで何を見てきたのか・・
そして、いま、何を見ているのか・・・

およそ「事実の世界」とはかけ離れた「意味付けされた世界」を、ずーーっと見てきたような気が・・・


長所が事実ではない・・というのも、ちょっとショックです。

「これが自分の長所」
「それがあなたの短所」
などど意味付けするたびに、思い込みの世界に埋没してゆくのだなあと・・

くだらない意味付けに明け暮れて人生を終えたくはありません・・。

事実は事実として、ただそこにあるのだと・・・

たったこれだけのことで、世界の見え方が変わるような気がします。

深すぎて、なかなか追いつけませんが・・・

[C1997] >「武蔵よ、お前は弱い」という事実を告げる

子供も去ることながら、付き合っている女性に対してもほめると喜ぶし、おかしなことを言うと「ひどい!!」なんて会話になってしまい、どうして気を使わなければならないのかと思ってしまいます。
子供でも女性でも誰でもそうなのでしょうが、パートナーであるのなら、良い悪いの超えた事実を伝えることがほんとの愛情なのかと思ったりします。
仮に自分が気にしていることを指摘されても、それは事実であるわけだから、それを言われて不快になることのほうが(仕方ないのかも知れないけど・・)、自分の内面見つめすぎてることなのかと思います。
ただ、事実を伝える方も「事実」は伝えても「事実に対するいいだわるいだ」の個人の思いを伝えることはおかしいのかと思います。
それだと、言われて傷つく人となんら変わらないかと思います。
自分もまだまだそうかも知れないな・・・(汗)

[C1976] >「武蔵よ、お前は弱い」

「自分は強い」と思うと、自分ひとりで何でも出来る、頼れるのは自分だけだ、と思ってしまうような気がします。
「弱い」と認めることは、周りを認めることにも繋がると思いました。
長所は、短所とも言います。見方によって変わるもので長所というのは固定されたものではないと思いました。これを伸ばすって一体どうすればよいのか、どうなればよいのか分からないです。
  • 2006/06/04-23:25:57
  • 投稿者 : REI
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[C1952] 長所進展法

以前に長所進展法を推奨する人たちの話を聞いて、
自分を褒めて(汗)長所を伸ばすよう努力して(汗)
その結果、いまの自分はとんでもなく「自分」だけの世界に浸っているのを感じてます。
やっぱり事実から目をそらしていたんだと思う。
  • 2006/06/04-10:35:39
  • 投稿者 : まっす~
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[C1950] 事実を正確に見つめろ・・ということだと思います。

3次元と多次元、すべてを結ぶ最大枠すべてを抱擁する存在は、陰陽だということをいいつづけろということかもしれないと思いました。もちろん、いろんな意味で3次元を認めつつだと思いますがもりけんさんによって時空の謎が、解明された今3次元の広がりきれない空間の中でもがき続けるのはナンセンスです。ははは。。^^たまには、まじで。。。
  • 2006/06/04-08:28:19
  • 投稿者 : バニー
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[C1948] 事実と一部

 お前は弱いという事実と強いという長所である一部、事実をひとうひとうつクリアしていかないと現象にしっかりと対峙することができないと思います。一部の長所に浮かれてる間は、物事の全部は見えてこないような気がしました。
  • 2006/06/04-07:29:30
  • 投稿者 : yk
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[C1947] >長所というのは、事実ではないからです。

そうか・・・事実ではないんだ・・
長所というのは、ある一定の価値観、ものさしでみただけのことなのかもしれない・・。

こどもは、怒るよりほめて育てよ・・と、よく聞きます。
しかし、怒らなわからん!ってなこともいう人も・・。

怒るのもほめるのも、長所をのばすというのも、事実から離れているんだと思いました。
そうなると、自分の世界に入っていく・・というのが、なるほど・・うん・・なるほど・・と思いました。

長所を伸ばす、ほめる・・というのは、一般的にいいといわれていることだし、自分もいいことと思ってきたので、また、足元から、ガラガラきてます。。


くろこさん・・かわいすぎです!!

[C1946] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/06/04-04:38:19
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[C1945] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/06/04-04:21:26
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[C1944] >巌流島・・「武蔵よ、お前は弱い」という事実を告げる

>「事実を告げる」・・これほど大きなことがあるでしょうか?

事実を知るって、スタートラインに立つことだと思いました。知らなきゃなにも始まらない。
自分の位置すらわからないし、肯定すらできないって思います。
褒められたり、長所をさらに伸ばしたら
そこだけが秀でてしまって偏ってしまうと思いました。まさにツバメ返しの世界だと思います。


  • 2006/06/04-02:36:37
  • 投稿者 : Ciel
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[C1943] >巌流島・・「武蔵よ、お前は弱い」という事実を告げる

>「事実を告げる」・・これほど大きなことがあるでしょうか?
 
それがどんなに最悪の事実であっても、まず知ることからだと思います。
運命変更だって、事実を知らなければできません。
一昔前の日本では本人に癌告知しないのが普通だったようですが、今は本人に告知する時代で本当によかったとつくづく思います。

[C1942] うーーーん。。。

>それに対して「褒める」「長所を生かせ」は、どんどん事実とは遠ざかり「自分」の世界に入っていくのでした・・・。

うーん。
なんかいまいち腑に落ちないです。。。
もりけんさんの「外応」という概念をもって考えてみると、分からなくなってしまいます。

本人達が「俺はイケてるのか?」「私は価値があるの?」「僕はこの先成功するのかなぁ?」という問いと共に日々生きていたとすると、褒められた方がいい外応になって運命を好転させることになるのではないでしょうか? 
「おまえは弱い」という事実をつげられてから、運命を自力で変えていくよりも、問いのあとに「褒められる外応」があったほうが、ラクに運命を好転させることができるのではないでしょうか?

・・・・うーーーん。
もりけんさん助けて!
  • 2006/06/03-23:47:13
  • 投稿者 : らーめん
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[C1941] >武蔵はひとつの事実を認めたとき、

>次の事実の世界に入ったのだと思います。その世界は、広大でした。あらゆるものが、事実として存在していました。
 
急に思ったのですが。。
この…「弱い」という事実は。。もの凄いことなんだと思いました。次の事実の世界が。。外側全てになるからです。なんて違うのだろうと思います。。確かに自分は「弱い」。。しかし「弱さ」がむき出しになると。。一人で戦わなくて良くなるのではないかと思いました。一番弱い状態の時。。なぜか助けがあるような。。「弱さ」を認めるのはとても苦しい。しかしその先は本当に広い。強さを認めるのはとても楽しい。しかしその先は狭い。
「弱さ」を認めると開かれていくなんて。。なんか不思議です。まったく逆をやってきたなと思います。
「弱い」が「強い」…この裸のサルは臆病で弱いからこそ。。知恵を使い生き延びてきたのだと聞いた事があります。何時からどうして。。「強い」と思うようになってしまったのだろうかと思いました。
「弱さ」を晒して生きていくことは、いつも生爪を剥がされているようなどうしようもない感覚何じゃないかと思います。まったくそれがない人が想像できません。例え諦めてても時にはそう言う感覚が思い出したように湧き上がりそうだと思います。わかんない。。ヘンなカンジです。
「弱い」が「強い」そして「孤独」だけど。。たぶん「一人でもない」そんなカンジです。全部意味が違って…しかし相反するものが揃っていくような。。へんなカンジです。うーん。。。。。。

[C1938] >「事実を告げる」・・これほど大きなことがあるでしょうか?

確かにそうです。
でも、武蔵はなかなか受け入れられませんでした。何故でしょう?
それは、「強くなれる可能性がある」という事です。
武蔵のようにしっかり検証しないと、つまり絶望しないと可能性、幻想、夢などを追って生きてしまいます。
もう一つ、「強いこと」がどうでも良くなった時、受け入れられると思います。
下位の問いに目覚めるとか。(爆)

武蔵は「時空のバカヤロ~!」と一人涙したでしょうか。。。

「長所進展法」は、「良い世の中を作ろう」と発想が一緒で片手落ちです。(爆)
ある時は、繊細で。ある時は、大胆で。一つの面だけを褒められて伸ばすと、反対の面を押さえ込むようになります。
拘る時あり、拘らない時ありが無為自然でしょう。
褒めるなら、「場」が取れている時でしょうか。(笑)

[C1936] >巌流島・・「武蔵よ、お前は弱い」という事実を告げる

事実を告げているだけ、そうかもしれないって思います。育てる時、褒めるというのは自信を持たせるということがあるのかもしれませんが、その前提には自信がないということがあるかもと思います。また、褒められるということに慣れていると、たまに厳しいことを言われるとつらくなるかもしれません。いつも、厳しいこと言われていれば、(事実ということですが)それはそれで慣れていまい、たいしたことではなくなるというのもあると思います。
個人的な好みでいうと、褒め言葉より、事実を言われるのが好きです。

[C1935] 広大な事実の世界

>武蔵はひとつの事実を認めたとき、次の事実の世界に入ったのだと思います。その世界は、広大でした。あらゆるものが、事実として存在していました。

ここで言う「事実の世界」とは哲学の世界なのではないかと思いました。事実を認める気がなければ哲学する必要もないわけです。

事実を認めるという世界に入っていくと、もう自分に対して何かをいいかげんに捏造することができなくなります。そうなると真実は何かを知らなくてはならなくなります。

ひとつの事実を認めることを、それのみにとどまることなく、「広大な事実の世界」の認識にまで広げたところが凄いところだと思います。
  • 2006/06/03-21:32:48
  • 投稿者 : ナイル
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[C1934] 事実

褒められれば嬉しくてそのことだけがとても重要になってくると思います。
強いことだけで過ごすことはできません。
長所は短所にもなりますから強さも弱さにつながります。
褒められたからといって同じことでまた褒められるとは限っていないと思います。
「お前は弱い」という事実を知れば、事実と一緒に周りが語りかけてくるように思いました。

[C1933] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/06/03-20:06:24
  • 投稿者 :
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[C1932] 事実を告げる

今日はガツンとまた来ました。
頭ぶつけて人生なんぼと思いたくなりました。

好きなことをやるというのも長所進展法と似ている気がします。
内側に没入していくということは、外側をシャットダウンしていくのと同じだと思いました。

しかし、長所ばかりやっていても窮屈さを感じています。
人は限界値でしか生きていないのだと思いつつも歯噛みすることがあります。

ちょとずれましたが、気付くとは事実に気付くことなのだ・・・
あるがままというのも事実・・・

・・・自分で書いてうなってしまいました。

世界は広いよ。

[C1931] 巌流島・・「武蔵よ、お前は弱い」という事実を告げる

 思い込みで何とかしようと思っても、思い込む以上の事は出来ないのではないかと思います。思い込んだことがゴールだからです。
 しかし、事実を現実として受け止めて、あたりを見渡せば、思い込む以上のもっと、大きいこととか、新たな発見があるのかなと思います。
 「褒める」「長所を生かせ」は、自分の出来ることだけで処理をしろと言うことなのかと思います。
 
 「褒める」の基準はその人としては、良くやった時に褒められるのであり、世間の基準に達していないかもしれません。それでも褒められるのだから、そこでストップしてしまう気がします。
 「褒める」というのは、バカにするということもはいっているのかもしれないと思いました。

[C1930] >事実を正確に見つめろ・・ということだと思います。

なるほど。事実を聞いたら、それに対策をとるということができるけど、うそしか言われなかったら、対策もとれない。
  • 2006/06/03-17:26:53
  • 投稿者 : 龍(ロン)
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[C1929] >長所というのは、事実ではない

長所であれ、短所であれ、価値判断というものは、ことごとく相対的な幻想に過ぎないと
思いました。 短所でさえ、人によっては長所だと思うことだってあり得る。
そんな程度のことかもしれないのに、長所、長所って・・・考えてみるとナンセンスです。
(今だから言えることですが)

でも、長所を捨て去ることは、かなり難しいかもしれません。 特に、一芸に秀でたもの
を持つ人にとっては。 ちょっとした見栄程度なら、やけくそで手放せそうです。
しかし、長所はそう簡単には捨てられません。 その人にとっては、残された最後の自我、
最後の武器、最後の砦であり、今まで生きてきた証のようなものかもしれないからです。
それを失えば、自分が自分でなくなる・・・

ところが、自分が自分でなくなった方が正解だった。 その方が、事実と向き合えるから。
弱いという事実、それを認めればそれでよかった。 それができたのも、武蔵は自分を諦
めたからではないでしょうか。 武蔵はそこまで、せっぱ詰まっていた。

ところで、私は昨日の書き込みで、武蔵は特別だというようなことを書きました。
どうやら、偏った視点からのみ書いてしまったようです。 たとえば、プロ野球の選手に
なっても、二軍で鳴かず飛ばずのまま、ついには解雇された人は多いと思います。
(私の中学時代の野球部の監督は、元近鉄バファローズの二軍選手でした)
他のスポーツ選手も状況は同じだと思います。 きっと、長所を諦めて、現実を見なけれ
ばならなかった人は多かったはずです。 会社を倒産させた社長の中にも、同様の屈辱を
味わった人はいたと思います。 しかし、現実を直視し、別の道へ進んでも、何とかやっ
ている人はたくさんいるのではないでしょうか。 決して武蔵だけが特別なのではない、
と今は思い至りました。

それにしても、長所進展法って何? もりけんさんに言われるまで、全然気付きませんで
した。 長所が事実でないなら、長所進展法も事実じゃない・・・むしろ、破滅への道?
なんだか、巧妙に騙されたような気がします。 そう言えば、強みや得意が災いして、
頂点から転げ落ちた権力者は多いような・・・この件については、船井幸雄先生、後日お
送りする個人的な手紙の中で質問させて頂ければと存じます。 その節には、宜しくお願
い申し上げます。 兵庫県芦屋市岩園町32-10 森井孝介

[C1928] 事実

・・・。
毎日、ほんとに何か「オトナ」になってく気がしてる(笑)
学びがあるなら、事実を知るしかないのかもしれません(汗)

私もよく人にいっぱい言ってしまう時あります。
事実・・・なのか、イタイとこつくのが上手なのか(爆)
挑発して、怒らせて、それで・・・事実(とゆうか、本音)を
引き出そうとする(汗)
どこまで「ゆるされているのかな」と、確認したくなります。
自分がどれだけ出しているか、ではなく「相手」がどれだけ
見せているか・・・を、知りたい。
見せてくれれば、くれるほど「好き」になる。
そのくせ、自分が逆の立場になると「・・・。」ってなる。
そして「相手」が「事実」を伝えてくると
「私」の望んでいた「事実」でないと・・・納得できない(汗)
 そんな「性格」(悪)です(笑)

ほんとーに、面倒くさい。
「私」がいちばん、疲れてる。
喜びも悲しみもデカすぎて・・・疲れる。
「私」が自分で決めた性格じゃないから、「私」」がいちばん悩みます。
「キミのためを思って」(ホントに・・・?)
 心の中に「誰も、おまえのことなんか気にしちゃいないよ」
 そうゆう風な声が聞こえてきます。
(わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーとなる、汗)
 誰も責任がないし、私にもないし(笑)ただ困る、とゆう事実(汗)
 私にはわからない、多種多様の性格、運命、があります。
 皆「自分」に悩んでる。「自分」でいっぱい。
 何で存在してるかも謎なのに、誰かの為になんかホントに
 生きられるワケがない・・・今は、そう思います。
 「自分」のままでいる・・・楽そうでつらい。できない。
 世界に一個も前例がないものを、生きるから(爆)
 精一杯「自分」をやる、しかない。そう思います。 
 


[C1927] 事実の世界

そうか、武蔵は事実を告げられていた、それを認めたときストンと腑に落ちて、次の事実の世界に入って行った、そこは広大であらゆるものが事実として存在していた・・。事実を認めると、次の事実の世界に行くんですね、うーん、すごい表現です。よく一度嘘をつくと次々嘘をつかなきゃならなくなる、って言いますが、正反対の世界ですね。


わが子に対しては(他所の子は別です・汗)、できるだけ事実を告げるようにしているつもりです、ただ、それが、どうしてそうしようと自分で思ったのか、定かではなんです、本能的にそうしていた、に近い感覚と思います。でも、あながち間違ってなかったのかな、と少し安堵。


しかーし、さっきよその子、と言いましたが、他人に対しても同様で、なかなか事実は告げられません。余程自分にとって親しくて大切に思っている人にしか、言えません。自分に告げてくれる人も、そうそう居るもんじゃありません。なんか、事実を避けている時には決して見ることのできないすごい世界を見逃して生きてるのが、ものすごくもったいない気がしてきました。あらゆるものが事実として存在している世界を知りたいです。

[C1926] ・・・という事実を告げる

武蔵の父親はとても厳しいというどころではなく武蔵を憎んでいるようにさえ見えました。
しかし、長所進展法で、ほめまくって育ったとしたら、確かに剣豪にはなったかもしれないがどこか甘さを残し、とっくの昔に剣で滅んでいたと思います。


となると・・・死と隣り合わせの剣客にとって、ほめて育てられるのは実は自滅行為に他ならないのかもしれません。

現代では、子供をほめたり厳しくしたり色んな育て方はあるかと思いますが死と隣り合わせほどの極限状態に置かれる事はまずありません。

だからほめる子育てでもなんとかやっていけてるのかもしれません。
しかし、原始時代に戻って野獣や飢えと戦う時はほめまくり子育てではやっていけないと思いました。
それは事実を告げているのではないからです。
  • 2006/06/03-13:35:18
  • 投稿者 : 空タネ
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[C1925] 事実を告げる

>特に子供などに対して行われています。

最初から滝汗状態です。思いっきり子供に対してやっています。
なぜ、やるのかと考えたら


私の意識の中では成長させようと思っていなくても(多分・・・)それは表面的で、私の気がつかないどこかで「親だから成長させなければいけない」と思っている。

本当のことを言うと、泣いてうるさいし、いじけてしまう。

子供の心を傷つけてしまうと思っている。

でも前提には子供を庇護する親としての姿勢があるから言えないのだと思います。それは自分が親という立場で偉いと思っているから・・・


本当のこと子供に対して言えないというよりも、自分が本当のことを相手に言えないのではないかと思いました。大人同士なら、もっと本当のことが言えないです。自分でもむしずが走るほど、事実とは逆のことを言っている時もあります。

相手に本当のことを言うことは、相手の真実を見ることであり、それができるのは同時に自分自身の真実も見なければ言えないのではないかと思いました。

>長所進展法を推奨する人たちがいます。あれも事実を認めていないと思います。
>長所というのは、事実ではないからです。

自己の内から見える長所が長所であるかどうかなんて全く信用できないものだと思います。自分の真実の姿を内から見ている限り。

褒めたり長所を伸ばした先には、自己陶酔の世界が待っていると思いました。外界とぷっつりと切断された世界のようだと思いました。

[C1924] くろこちゃん

鳴くまでの、ため・・がくすぐります(笑)
  • 2006/06/03-13:15:34
  • 投稿者 : まる
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[C1923] なるほど・・

「褒める」「長所を生かせ」は
自分の不確かな面から、スタートをきってしまい
ドンドン実態のない自分を作り上げてしまうことになる・・。
それが出来上がってしまうと、
壊すことは容易ではないだろうし、
その実態のない自分を守ることで、一生懸命になりそうです。
自分は弱い・・虚像を作り上げた年月が長ければ長いほど、
理解しにくくなる言葉に思います。
  • 2006/06/03-13:13:19
  • 投稿者 : まる
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[C1922] >「武蔵よ、お前は弱い」という事実を告げる

事実の前では、人はみんな対等にならざるを得ない・・そう思います。
 
あらゆる思想は事実の前では、意味が無くなります。
 
でも、人は事実を認めたくないのだと思います。
認めたとたんに、自分がなくなってしまうからです。
自力でなんとかなるという幻想が、ガラガラと音をたててくずれてしまいます。
 
事実を認め、自分の弱さを認めた先に、違う世界が見えてくる・・・
そこまで分っても、認めることは難しいです。
 
だから、認めることから目を背けて、長所を見ることでごまかそうとしてしまうのだと・・・
自分の作り出した世界にこもって、頑なに、広大な事実の世界を否定するのだと思いました。
  • 2006/06/03-12:57:54
  • 投稿者 :
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[C1921]

なるほどね~~。そういうことか。。。(どんなこと)

下の子は誉めて育てたかも・・・(汗)。
受験のときは、苦手科目より、得意科目の英語で点を稼げ・・・とか言いました(滝汗)げげ~~~です。
でも本当の事はいっていたつもり。。。。だけど。。。


>「事実を告げる」・・これほど大きなことがあるでしょうか?

本当のことを言うのは、勇気が要ります。
仕事柄、生徒をほめて指導するので(汗)
たまにキレてしまい生徒相手に斬れまくってますが(爆)


もりけんさんはHPでは事実しか言わないから・・・・・
なので信者がおおいのでしょうか・・(超爆)


しょうがなかったので事実ばかり言ったら「最低な女だ」と言われました(爆)


[C1920] >巌流島・・「武蔵よ、お前は弱い」という事実を告げる「事実を告げる」

「長所」を主張することが、あらゆる可能性を塞いでいることに今はっきりと
感じ取りました。
事実を告げることの方が、告げられるよりもエネルギーがいるように思えます。
告げる人も何も持っていないからできるのだと思います。
相手に対してエネルギーが無ければ、床にたたきつけたりはできません。
  • 2006/06/03-11:50:36
  • 投稿者 : イーキン
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[C1919]

>人を褒めて「成長」させるという手法があります。
>特に子供などに対して行われています。
 
ざま~みさらせ!と思いました。褒めて育てる…いやでたまりませんでした。嘘じゃん!おもうとおりにさせたいだけじゃん!しかも手を汚さずに。やはり外から言い切られるとキモチイイ…個性を伸ばそうと言いながら、お行儀の良さを求める人達。ダメな子は生きる資格がないとでもいってるのかと…そして母親のせいだとか言います。しかし…そういうあんたが頑張っちゃってるんだよ…と思います。その恨みは深い。(とても個人的感想だ…汗)
「褒める」とか思いたくない…子供に感動して結果褒めたみたいになるならしょうがないけど。親子の付き合いぐらいそれでいいのではないかと思います。つい先日まで私の体の中にいて繋がってたのですから。いまは他人だけど。
  
武蔵のお父さんは。。生きる力を摘まなかったのだと思いました。むしろ埋もれそうになるソレを冷静にひきずり出そうとしていたのだと思います。夢を食べて生きるなと伝えてたと思います。
 
肉体に付随するものはあまりに弱い。食欲も性欲も物欲も。。精神力なんてそのうえの…氷山の一角、勘違い…だと思います。
  
>武蔵はひとつの事実を認めたとき、次の事実の世界に入ったのだと思います。その世界は、広大でした。あらゆるものが、事実として存在していました。
 
認めるってなかなか出来ないです。でも武蔵は認めた。まず一番近しいサンプル、自分というものを見ることが出来ないと…なのかなと思いました。私には広大な世界はみえません…まだまだ七転八倒して斬られながらゆくのだと思います…どこまで行ったらいいのだろうかと思います。たまにやんなるけど、そっちが自由そうなんでしょうがない…(意味不明)
 
くろこさん…可愛い。おっきな目とこの反応の良さ♪もうナでくり回してネコかわいがりしてしまいます。うりうり…♪
でも…朝になったら頭が透けててビックリしました…

[C1918] >巌流島・・「武蔵よ、お前は弱い」という事実を告げる

>武蔵はひとつの事実を認めたとき、次の事実の世界に入ったのだと思います。その世界は、広大でした。あらゆるものが、事実として存在していました。


あらゆるものが事実として存在する・・
それは、あらゆるものをデータとして、知るということだと思いました。


私たちは、普通は、自分の弱さを認めたくないと思います。


でも、それは、事実から目を背けているということだと思いました。



>それに対して「褒める」「長所を生かせ」は、どんどん事実とは遠ざかり「自分」の世界に入っていくのでした・・・。


褒めること・・
長所を生かすこと・・

これは事実を認めず、個を脚色していくことだと思いました。

しかし・・
人は褒められたら、力が伸びるような感じがするような気もします


けなされたら、力がそがれていくような・・

でも、それは、気がするだけなのかもしれません。。

ふと、人間のもつメンタルな面は、幻想なのかもしれないと思いました。

メンタルは、中身が詰まっているから存在するように感じるだけなのかもしれません。

メンタルを語るとき、人はエゴ的になっているかもしれないと・・思いました。


弱い・・


事実を突きつけられ、それを肯定した武蔵は、そのとき、現存の次元を越えてしまったのだと思います。


武蔵の持つ強さは、個の強さではない・・


データとなった武蔵は、個を超えて、あらゆるものとネットワークでつながったのだと思いました・・


武蔵の強さは、ネットワークの強さといえるのかもしれません。


[C1917]

>事実を告げているだけだと思います。
 武蔵は、弱かったのに自分は強いと思っていた。で、周りの者はそれを諭そうとしていた。武蔵の思い込み。
 ふと、中学生のころまでなぜだか、「自分はかっこいいはず」と思っていたのが、「俺って、顔でかいし、かっこよくないかも・・・がっく」とした経験を思い出しました。しばらく、人と話すのも恥ずかしかったです。でも、別に回りはどうとも思っていないので次第に気にならなくなりました。一方、かっこよくなくたって、成績はまあまあだし、スポーツもまあまあだし、いいとこもあるよな、と(今思うとこれも思い込みがかなり入っているような)と他のことに目を向けていました。
 「俺は弱い」がこちらのプログで注目を浴びたのをきっかけに(?)、「自分は弱い」と考えてみました。結果は「そうじゃん!その通り!」という感じてそれを説明する事実はたくさんありました。(汗)
 森田さんがフランスに留学したとき「俺っていけるかも」だったか、一流大学出身の人に対しても遅れていないと思ったと以前読んだ記憶がありますが、これを「俺は弱い」と重ねると、「事実を知る」がポイントに思います。
 難しいことは分かりませんが、自分の能力を実際とは過信、あるいは逆に過小に判断したなら現実とギャップが生まれ、そこにいろんなトラブルが生まれるのだろうなと思います。
 

[C1915] >「事実を告げる」・・これほど大きなことがあるでしょうか?


事実を告げることには、他に何もくっついていません。
そのものズバリです。
ズバリだから、強くないのに強いと褒めて成長させようとしたり弱くないのに
弱いとけなして天狗にならないようにしようとする意図がなくて、事実を告げ
る側と事実を告げられる側の間にはシコリのようなものは残らないと思います。
 
でも事実を告げられる側がその事に気がつかない間は、正反対の状態が続いて
シコリだらけだと感じるのだと思います。
  
武蔵はどうしてその事に気がついたのだろう?と思いました。
でも何があったというワケではないのかもしれません。何の前触れもなくいき
なり気がついたのかもしれない。引っ掛かっていたものが急に外れたような…
 
あぁ~そう考えると「ストンと落ちる」という感じがわかるような気がします。
 
 
自分の今の状態を知るのは重要だと思いました。
それを知らないと、何をやっても自分の状態というのはずっと分からないまま
です。
それで一生を終えるとしたら、充実した一生だったと満足して死んだとしても、
ずっと事実を知らないまま架空の自分を見続けて終わったということになるの
だと思います。
 
 
くろこさん、大きなオメメが可愛いです(^^)
黒いシャツのもりけんさんとペアルックだ~♪

[C1914]

物事にはすべて、2面性があると思っていました。どちらも事実だと思っていました。お前は弱いと言う時は、お前は自分が思っているほど強くないぞと言う意味で、事実でしょうね。また、もう一方で、もっと強くなれるぞ、という意味もあるかもしれません。あなたは強い!というときは、あなたは本来もっと強くなれるのよ!という意味をこめるのでなければ、教育的な働きかけにはなりえないと思います。実際、優勝したりして、みんなに、感嘆されたとき、嬉しいけれど、「待てよ、この勝利はこれこれの、時の運や組み合わせの運などと、相まったものだから、自分の弱さはまだここここにあるから、もっと精進しなければいけないぞ」と自分で考えなければ、成長はないですね。

[C1913] 勝負事において負けというのは破綻であり

崩壊であり世界観の終りだと思います。「俺は強かった」という幻想が崩れるのだと思います。

たぶん負けたときに「全てが間違っていた」と思うとしたらそれは当たっていると思います。部分や各論の一部は当たっていたとしても、全体や世界観が誤っていたのだと思います。

世界観というのは時空の中で自分がどうあるかということだと思います。
  • 2006/06/03-10:20:01
  • 投稿者 : ナイル
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[C1912]

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  • 2006/06/03-10:01:16
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[C1910] > しかし「武蔵よ、お前は弱い」は、どうでしょうか?



うひゃひゃ~と大声で笑ってしまいました。
自分が運命を根本的に受け入れていないことを再確認したからです。


> 事実を告げているだけだと思います。

ず~と
事実から積極的に逃避しようしてきました。
六爻や盲師派に触れて「逃げられない」ことに感づいているのに・・です。
往生際悪いです。
でも、こうしてもりけんさんの書き込みを読んだり、自分で卦を検証することで実感しつづけなければ
私は心底、運命の前に身を投げ出すことはできないほど頭が悪いようです。
それだけはよく分かりました。
  • 2006/06/03-09:46:27
  • 投稿者 : なみ
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