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[C2171] >巌流島・・センサーという視点から

同じセンサーでも、むける方向によって、こんなにも違うのか・・と思いました。
研ぎ澄ませて一方向に向けられたセンサーは、なんだか強いように思ってしまいます。
どちらかというと、多くの人はそんな風になりたい、と思ってるのでは・・と思います。
なんかかっこいいし・・
でも、実は、戦いも、生きていくのも、色々なことが関係していて、一方向、特に自分にだけ向いていたのではだめなのだと思います。

自分に向いたセンサーは積極的なイメージです。
反対に、自分の外側に向けられたセンサーは受身的だと思いました。


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  • 2006/06/10-11:12:50
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  • 2006/06/10-09:16:30
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[C2159] センサーという視点から

 小次郎のセンサーは個一点だけを深く探索していくの対して、武蔵はワイドでセンシングしていったと思います。自分のことのみしかセンシングできなかった小次郎が全ての状況を明らかにワイドで探索していた武蔵に敗れるbくして破れたといえるかなと思いました。
  • 2006/06/10-02:55:26
  • 投稿者 : yk
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[C2158] >巌流島・・センサーという視点から

>将棋のルールはよく知りませんが、小次郎は王将ひとつで戦ったようです。
 武蔵は、小さな駒も入念に配置したようです。

小次郎のセンサーは直接的で、
武蔵のセンサーは間接的だと思いました。
あらゆる駒に気を配ることは、間接的だと思いました。

直接的なセンサーは、一方方向的で、閉じられていますが、
間接的なセンサーは、ネットワーク的で、多方向へセンシングすると思いました。

武蔵の勝利は、ネットワーク的なセンシングの勝利だと思いました。

  • 2006/06/09-22:44:27
  • 投稿者 : あかり
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[C2157] 間接的なセンサー

まずは余談から・・・先ほどNHKテレビを観ていると、サッカー日本代表のことを放送
していました。 それによると、ジーコ監督は、選手には何も教えないそうです。
戦う上での戦術は、選手自身で考えろと。 ただ、こうやったら、こうなるから、試し
てみたら?・・・という感じなんだそうで、これはつまり、まさに情報を提供している
だけなんだと思いました。 しかし、各選手は、自由を与えられ過ぎたことで、最初は
おおいに戸惑ったようです。 戦術面での指示があった方が楽だからです。

仕方がないので、選手自身で考えます。 選手同士で、意見をぶつけ合いもします。
意見が合わなくて、意思統一を図るのが困難だったようですが、ようやく選手間の呼吸
が合ってきたとのことです。 素人の私の目にも、以前とは比べものにならないくらい
声を出し合ってプレーしているなぁ~、とわかるような気がしました。
まるで、各選手の間にネットワーク張られたみたいでした。 しかも、選手一人一人が、
センサーとして機能し始め、それがチームに新しい息吹を与えたかのようでした。
(こじつけの感有りです、どうぞ、お忘れください)

さて、センサーです・・・(汗) 小次郎のセンサーは、あまりにも直接的だと思いま
した。 (近頃、小次郎を書くのが辛くなりました) ツバメが来る→感知する→刀を
素早く振り上げる→標的を斬る、という流れだと思いますが、小次郎の鍛錬とは、この
一連の動きをいかに速くこなすかに主眼があったと思われます。 でもこれは、武蔵の
立場から言うと、猫がネズミを発見して飛びかかる動作を、猫が何回も繰り返して練習
するようなものではないでしょうか? (条件反射の練習?)

対照的に、武蔵のセンサーはずっと間接的だと思います。 力と力、技と技の戦い以外
の要素にまで敏感に反応する武蔵です。 将棋の碁盤で言うと、すべてのマス目にセン
サーを配置して、戦況を練っていたのが武蔵だったような気がします。

[C2156] >巌流島・・センサーという視点から

小次郎は自分がすべてであり、原因であり、自身が王将だったのだと思います。
武蔵は将棋の王将も、歩兵もまったく対等に扱ったのであり、
それらは自分以外であったのだと思いました。
天才・小次郎は命式そのもの、運命のままに生きたのだと思いますが、
それでは武蔵はどうだったのか、「自分は弱い」を知ってから、脱出できたのかどうか、
できたから小次郎に勝てたのかもしれないと思いました。
  • 2006/06/09-21:56:18
  • 投稿者 : イーキン
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[C2155]

センサーは一つだけ特化すると他は鈍くなるように思いました。
ものさしは一つの目盛りは小さくて見逃しがちですが
設計などでは1mmが合わないために全体が成り立たない場合が多々あると思います。
多くを求めるとすべてを逃してしまうと言って一つに固執すると他の助けが見えないです。
小次郎と武蔵はセンサーの向け方と拾い方が正反対になってしまったのはなぜだろうと思います。
小次郎のやり方はとてもはっきりとしているから今でも取り入れられていると思います。
武蔵の向かった先は一見役に立つの?と思われるものですが武蔵を間接的に助けてくれるものです。
将棋の歩は弱く見えますが王将に一瞬の間を与えて次の手を考えることができます。
今、宮本武蔵を読んでいますがとても面白いです。

[C2154] 武蔵は身体の外にも向けられていました。

勝負は、確かに武蔵が勝ちました。。。でも小次郎も。。。助演男優賞かなあ~~^^悟りの境地にちょいはいりすぎたのかもしれません~~。。。武蔵は時空モードでひろがっちゃったのかも~~^^さっき。。光の超能力者のCD聞きましたが滝を浴びて~~しゃぼんしゃぼん。。。クリーンになる感じ。。癒し空間続きなのかなあ。。。センサー沖しながらモードは時空モードだとすると。。。う~ん。。癒し空間に自由に、いけるようにならないと。。。オープン。。。全快モードはむりなのかなあ~~。。。はらきり~~負けてても勝ってる感あります。。。
  • 2006/06/09-21:10:09
  • 投稿者 : バニー
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[C2153] 巌流島・・センサーという視点から

下位の問いを持っているってえ事なんざあんまたいした事ないんじゃん?とこのところ急に思うようになってきてます。それとセンサーとなんの関係があるんだよっって言われるとさ、あるんだよ。一応。
 
とある事情で空手を習う事になったのだ。空手とかってさ、もりけんさんが一番体育会系とかってバカにしている業種じゃん。なんか、すっごくやる気なかったのに息子がかーちゃんと一緒にやりたい。って言い出したのでほとんどやる気マイナスなのにやることになって道場に現在通っています。
 
それで、どうせやるからには理論とか知っておいた方が早く上達するかなって思って古武術を研究している「甲野善紀」という人の本を買って読んでみたのだ。
 
そしたら、その本の中に
「わたしが古武術を研究しようと志したのは{私は誰?人はどこからきてどこへゆくのか?}という問いに大学生の時に目覚めたからです。」って書いてあったの!
 
本当にビックリ仰天して、もしかして、空手やってれば時空の謎の一端が解かれるのか?ってドキドキしながら全編読み終わって、なんか、最初は時空に向かって開けていたように思えたのが最後はだんだん自分の肉体をどのように動かすかということ「だけ」に専念してしまっているなぁあ・・と思いました。
 

最初に「わたしは誰?人はどこから来てどこへ行くの?」という問いに気づいてそれが立志に発端になったという人は結構はいて捨てるほどいるんじゃないかって気がするのだ。
 
でも、その人がずっとその「ワタシは誰?」を追い求め続けられているかどうかは全然別の問題なんだという気がします。
 
いや、それどころか、その「わたしは誰」を発端としてそれを元にドツボにはまってそこ止まりになっちゃう人、専門家になってしまう人の方が圧倒的に多いような気がします。

それはセンサーが全方位でなかったからなのか・・
 
それとも下位の問いは夢や希望とセットになると時空のセンサーを感じられなくなってしまうからなのか・・・
 

断っておきますが、甲野善紀という人は武術家としては物凄い人だと思います。でも、最終的には武術の専門家で終わる人のような気もします。

 
武蔵だって、もりけんさんに比べたら、所詮、剣術家どまりって事になるかもしれませんね。(笑)
  • 2006/06/09-19:12:20
  • 投稿者 : さもやん
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[C2152] >巌流島・・センサーという視点から

プロ野球でのことですが、ホームランを放ったあとの
一流選手の幾人かは、走り出す前にバットをそーっと
地面に置くそうなんです。
ホームランを打つという高いテンションのまま、普通
だったらバットを放り投げて一塁へ走りだしそうなトコ
ロを、お習字の筆を置くように、そーっと…。

このような出来事をふまえ、
「バットを大切に扱っている」
「モノを大切に扱える人は勝算を弾き出せる」
などと言われることがあります。

そうは言っても、おそ松にはピンときませんでした。
「モノを大切に」はある種「前提程度」のモノかもしれ
ません。それよりも、むしろ「そーっと」置くまでわずかな
時間に、何か秘密があるように思いました。

たぶん、小次郎はホームランを打ってスグ走り出す選手
だと思います。かたや武蔵は、ホームランを打ってもスグ
には走り出さず、そーっとバットを置きます。

小次郎にとっては、ピッチャーがふりかぶってから自分が
打つまでがセンシングタイムなのかもしれません。
しかし、武蔵はピッチャーがふりかぶる瞬間はもとより、
ボールを打った後にさえセンシングを行う、ゆとりと入念さ
があるのかもしれません。

小次郎=単細胞センサー
武蔵=多細胞センサー
みたいなモノかもしれません(爆)

[C2151] >センサーという視点から

センサーを持っていた分、小次郎もやはり強い人間だったのだと思います(実績が多いし・・)。
しかし、小次郎はセンサー付のエアコンだったのだと思いました。

武蔵はエアコンの本体自体は自分には設置せず、外側に置いていたのだと思います。

ここで、重要なのは「情報の取り方と量」ではなかったのかと思いました.

前回のテーマ「教える」でも、ようはどれだけ情報を提供できるかで、人は成長(あまり使いたくない言葉ですが(汗))していくのだと思います。

自分のことばかり考えている人は情報の取り方に間違いがあり、量もとぼしいのではないかと考えます。
ましてや、最近は自分のこと中心(特に内面)ばかり語るやつを見ると怒りを感じてしまいます(汗)。

うまくセンサーを感知して自分の利益にするかは、主体(主役)をどこに向けるかなんだと強く感じます。

まず「自分」においてしまったら、それまでなんだと思います。

外側の何かを主体としたとき、自分のためのたくさんの情報って得られるのだと思います。

さらに「情報」を主役にすれば可能性100%モードに入れるのだろうと感じます。

[C2150] 巌流島・・センサーという視点から

 小次郎は自分の身体や脳の中をセンシングして、次の一手を繰り出す。
 武蔵は自分だけでなく、周りの環境や人のアイディアも含めてセンシングして、次の一手を繰り出す。
とすれば、二人のセンサーに反応する基本セットが違うのかなと思いますが、試合でいえば誰でも、自分が勝利するような設定になっていると思います。
その設定をするのはやはり本人であるのだなと思いした。
そして、その設定を開始した時点で勝負ありなのかなとも思います。

[C2149] >巌流島・・センサーという視点から

「センサー」と「気」は、ちょっと見似ている部分が
ありそうに思いました。
小次郎が身体を素早く動かすのは、「気合」に近い
「気」のようなものかも知れないと思いました。
そして、自分という定点から発しています。

武蔵は「気づく」のイメージを抱きます。
「気づく」は、自分ではなく外側につながっている「気」
のように思います。

小次郎は、自分が発していると思い込んでいたので
ツバメだけでなく、人に向かっても「エイッ」とか言って
練習していたのかも知れません(笑)。

[C2148] >巌流島・・センサーという視点から

小次郎のセンサーは身体感覚のみで、しかも方向性が限られていたと思います。
反応の仕方もマトモでした。
でも、これは剣の試合では普通なのかもしれません。
 
一方の武蔵は、身体だけでなく頭もフル稼動させて、しかも全方位をセンサリングしていました。
反応の仕方も、櫂とか太陽とか潮とか乱反射的です。
 
センサーを磨くなってこういうことかと思いました。
センサーを磨くというのは小次郎のようにある方向にのみ特化することだと思います。

[C2147] センサーの範囲

小次郎の中では
「勝負→武器→刀」
という図式があり、その次に
「刀を扱う者→刀を扱う技量」
と直線的な関係で範囲がどんどん狭まっています。

一方武蔵も
「勝負→武器」
と考えたのなら、その次に刀という選択にしなかったのだと思います。
刀もありだけど、他にも考えられるものはないか・・・と別の事を考えたのではないかと思います。

小次郎は絞り込み、武蔵は広がっていった。
武蔵はセンサーの範囲を広げつつ、それに引っかかるものをつなげていったような気がします。

どこか小次郎が排他的で、武蔵が共生ぽい感じがするのはそのためかもしれません。

[C2146] >彼のセンサーは、自分の身体と結びついていました


自分の体に結びついたセンサー同士で戦えば、体のセンサーが高性能なほうが、勝ちます。

センサーをカメラに置き換えれば、ハンディカムで撮影し合っている感じです。

小次郎がリモコンロボットだったら、それを操縦している人は、小次郎の視線カメラの映像を映すひとつのディスプレイだけを持っています。

しかし、武蔵。

武蔵のセンサーはあっちこっちにいっぱいありそうです。また、カメラに例えれば、まるで映画のロケのように、あちこちから、武蔵を撮影するカメラがいたるところに、置いてあります。しかもマルチディスプレイで、全画面を一気に見れます。
そして、そのモニターの中には、小次郎が構えた、ハンディカムの映像もまぎれていそうです。

武蔵にとっては、小次郎そのものも、自分のセンサーにしてしまったのではないかと、思います。
(小次郎にも、武蔵センサーがとりつけられた)

なんか、だんだん、武蔵が戦っていたのは、小次郎ではなく、なんだったんだろうと、、、、思います。

小次郎の負けは、まさに、映画のワーシーンに過ぎず、単に、演出された結果だったのかもしれません。

[C2144] センサー

センサーで考えると分かりやすいですね。

将棋、夫も、最近は長男もやってます。
いろんな動き方の駒があって、先を読みながら、全部を上手に活かしながら、勝つのって難しそうです。
私も全然知りませんが、王将だけでは、決して勝てないんですよね。

自分のセンサーを意識してみるのですが、上手くいきません(ふぇ~)。

[C2143]

 センサーの意味を考えてみました。情報を得て、それに対して、有効な行動をとる一連の流れをまとめてセンサーを理解しました。
 小次郎は動く物体の位置という情報を得て、その物体に刀を当てるというセンサーを発達させた。 
 武蔵は、・・・・櫂で、・・・あれっ。櫂を武器にしたセンサーって何なのかな。武器として有効な道具を見つけ出し、それを十分に使いこなせるようにするというセンサーか。小次郎にとって、武器は長刀でそれっきりだったのだけれど、武蔵にとって武器の選択もセンサーに含まれていたのに、2人の違いをあらためて感じました。
 本には、武蔵が槍を相手に戦ったり、鎌を武器にする者と戦ったりしたので、このセンサーを発達させたのかなと思いました。
 小次郎が武器のセンサーを発達させなかったのは長刀との出会いがあったからでしょう。これで十分と思った。探求がなくなった、問いがなくなった、視点がなくなった。
 小次郎が武蔵の櫂を多分過小評価したのは、武器の選択というセンサーがほとんどなく鈍感になっていたのだと思います。
 問いを浮遊させる、着地しないという言葉をHPで見ましたが大切なことだと思います。
 
  

[C2142] 武蔵は

自分をそんなに信じてなかったのではないかと思います。このあいだの「俺は弱い」という事実を認めたところで、センサーの認識が(もしくは設定が)変わったのかと思いました。(メインのとき、「センサー」って「性格」かもって思ったけれど、認識が変わるだけで変わるんなら固定された性格とはなんか違うかなと思いました)

小次郎は他者をまったく信用してないと思うけれど、武蔵には友達も、たくわんさんとか、お通とか信頼する他者がいたので、まわりをよく見るようになったのではないかと思います。
  • 2006/06/09-13:15:35
  • 投稿者 : リョウコ
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[C2140] おはよう

「王将一つ」で戦うって言うのも
考えてみると^^凄いよなぁ

「物を知らない」ってことも
時にはとてつもなく「大きな力」になるのかもしれない^^

ただ結果が付いてこないと
^^誰もその凄さに気付いてくれないけどね

表を見つけたら
^^裏をめくってみる事を忘れない方がいいみたいだね

[C2139] センサー

小次郎の持つセンサーは、反応の範囲が狭く深い・・、
武蔵のもつセンサーは広範囲で、
ちょっとした変化にも、敏感に反応しそう・・な気がします。
  • 2006/06/09-12:56:22
  • 投稿者 : まる
  • URL
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[C2138] 巌流島・・センサーという視点から

小次郎のセンサーはピカピカだったのだなって思いました。どうしたら技が上達できるかしかなかったのだと思います。だからツバメの動きにしか反応しない。
でも武蔵はセンサーは磨かないから乱反射でだから答えは間接的にやってくるのだろうと思いました。

センサーは磨いちゃいけないって本当に格言だぁ~。。
  • 2006/06/09-12:39:47
  • 投稿者 : Ciel
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  • 2006/06/09-12:20:56
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[C2136] 2人のセンサー

武蔵は、体も頭(脳)も、こころも・・・センサーが
フル稼働していたとおもいます。
文章を書くときだって、文字ひとつをとっても
「ひらがな・カタカナ・漢字・句読点・・・」
色んな要素を組み合わせることが、出来ます。
さらに内容も、素晴らしい編集をしてもらうことも、
表紙も、発売日も、宣伝も、サイン会も(!)
色んなことを組み合わせて「本」が売れるのだと思います。
その全体像は、コラージュした1枚の絵のようになっている
のだと、思います(?)
小次郎は「洋画家」武蔵は「アーティスト」
(・・・2人は、猿以下になってしまった、汗)
見るとき、感じるとき・・・つい、自分の好む方へと
自然に向いてしまっているように思います。
これだと「運命」から「自分」から超えることはナイのだと
思いました。
・・・(汗)

[C2135] >巌流島・・センサーという視点から

戦いですから、どうしたら勝てるかという問いはどちらにもあったと思うのですけど。。。小次郎は剣の技だけでよしとしたのに対し、武蔵は、それだけでは勝てるとは思わなかったことで、いろいろなセンサーを張り巡らす事になったのではないかと思います。

[C2134] >ツバメが飛んでくると、それを察知して、身体を素早く動かします。


小次郎のセンサーは、測定範囲が身体の極近くに絞り込まれていて、それだけ
ではなく、測定対象となるものもかなり絞り込まれていたのかなと思いました。
たとえば測定範囲は自分の刀が届く範囲で、測定対象は武器に分類される物と
ツバメ。。。という感じです。
 
小次郎の場合はまず自分の意識で事前に範囲と対象を設定して、それからセン
サーを働かせていたのかもしれません。
  
そうだとしたら、絞り込まれている分、センサーの反応は鋭かっただろうと思
います。
 
 
一方の武蔵は、センサーの測定範囲も測定対象物も初期設定ナシの無制限で、
無意識にどんどん測定値を取り込んだ中から、意識で武器になるものを見つけ
ていたのかもしれないと思いました。
 
絞り込みがされていない分、武蔵のセンサーには小次郎のセンサーほどの鋭い
反応はなかったかもしれません。でもそのかわりに、使える物の種類も多く作
戦に使える範囲も広くて、小次郎のセンサーでは拾えないような行動を取るこ
とが出来たのだと思いました。

[C2133]

>武蔵は、小さな駒も入念に配置したようです。
 
視点が全く違うんだなとおもいました。視点が…センサーの向きでしょうか…何処から自分を見ているか…が全く違うのだと思います。武蔵のは鳥瞰図だ。
武蔵は『将棋』のルールの方をずっと読んでいたのかなと思いました。自分を起点として。何手先まで読めるか…あの駒を使って…あーでもないこーでもない…ああきたら…こうきて…と感触を感じ取るほうにセンサーを向けていったのだと思いました。そのとき何が助けになるのか…なにが自分のほうの持ち駒なのか…そしてそれはどう動くのか…と。武蔵はセンサーで…得た感覚で膨大なシュミレーションをおこなってたのではないかと思います。たぶんアクシデントへの対処も効くだろうと思います。武蔵は後手、そのまた後手までよんでたのだと思いました。
 
@@なんだかスゴイです。武蔵という人はありとあらゆるものを調整していったのだと思いますが…いままでそれは勝ちにいく姿勢、生き延びる姿勢がよんだのだと思ってました。しかし…持ち駒にすべてを組み込むというのは…とてもじゃないけど必死なだけではできないと思いました。どっか醒めてる目線がないと…出来ないです。(またも私にとって得体が知れない武蔵…)なんだか頭脳プレイというのは…もしかして気持ちがいいのだと思いました(汗)
武蔵は…なにか「手応え」…を感じてたのかなと思います。むしろその時、生き生きと…個が表に出なくても…ムラムラと暗動してたのではないかと急に思いました。センサーとなって…そこでこそ…自分が生きてる感覚があったのかもしれないと思います。始まる前に手元に見えない場を感じ取って呼ぶ…感じ取れるか感じ取れないか…そこにこそ「快」があったのかもしれないと思います。生死を分けて…かならず勝負は終ります。その前だからこそ全開のセンサーで生きるコトができて…それは快楽なのかもしれないと思いました。(以上…妄想タイムでした。。)
   
(対して小次郎は王将の解説に神経を費やしてたのかなと思います。何手先かではなく…対面したその瞬間の勝負について王将のやり方というのを…追求していったのだと思います。。。今日も小次郎にビビっときませんでした)

[C2132] 、「私はセンサー」というテーマが始まっているからです。

小次郎も武蔵も、センサーを持っていました。腹切り。武士道。男の戦い。。江戸時代。。ん?そいえば。。オニって。。ほんとに。。いたのかなあ。。阿修羅城の瞳。。おにたいじ。。オニの血。。みどりでしたわ~汗汗おにたいじ。。んん。。もも。。もも太郎。。。はい。。汗汗。。ももはめちゃめちゃ。。ふ~といです。。汗汗。。センサー。。1回センサーで。。鼓動のひびきで。。。シフトを。。。誘発するのでは~~。。。
  • 2006/06/09-10:23:25
  • 投稿者 : バニー
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巌流島・・センサーという視点から

 巌流島をセンサーという視点から考えてみます。
 というのも、不思議研究所のメインコーナーでは、「私はセンサー」というテーマが始まっているからです。
 それでブログでも斬り込んでみることにしました。
 
 小次郎も武蔵も、センサーを持っていました。
 しかし小次郎がなぜ負けたかといえば、センサーの向け方が問題だったのだと思います。
  
 彼のセンサーは、自分の身体と結びついていました。
 ツバメが飛んでくると、それを察知して、身体を素早く動かします。
 そのためのセンサーでした。
 
 武蔵はどうでしょうか・・・。
 武蔵は身体の外にも向けられていました。
 櫂を見つけて、それを武器とする行動です。
 潮の流れを調べて、出発の時刻を調整することです。
 
 将棋のルールはよく知りませんが、小次郎は王将ひとつで戦ったようです。
 武蔵は、小さな駒も入念に配置したようです。
 
 これはふたりのセンサーの違いだと思いました。
 
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29件のコメント

[C2171] >巌流島・・センサーという視点から

同じセンサーでも、むける方向によって、こんなにも違うのか・・と思いました。
研ぎ澄ませて一方向に向けられたセンサーは、なんだか強いように思ってしまいます。
どちらかというと、多くの人はそんな風になりたい、と思ってるのでは・・と思います。
なんかかっこいいし・・
でも、実は、戦いも、生きていくのも、色々なことが関係していて、一方向、特に自分にだけ向いていたのではだめなのだと思います。

自分に向いたセンサーは積極的なイメージです。
反対に、自分の外側に向けられたセンサーは受身的だと思いました。


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  • 2006/06/10-11:12:50
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  • 2006/06/10-09:16:30
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[C2159] センサーという視点から

 小次郎のセンサーは個一点だけを深く探索していくの対して、武蔵はワイドでセンシングしていったと思います。自分のことのみしかセンシングできなかった小次郎が全ての状況を明らかにワイドで探索していた武蔵に敗れるbくして破れたといえるかなと思いました。
  • 2006/06/10-02:55:26
  • 投稿者 : yk
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[C2158] >巌流島・・センサーという視点から

>将棋のルールはよく知りませんが、小次郎は王将ひとつで戦ったようです。
 武蔵は、小さな駒も入念に配置したようです。

小次郎のセンサーは直接的で、
武蔵のセンサーは間接的だと思いました。
あらゆる駒に気を配ることは、間接的だと思いました。

直接的なセンサーは、一方方向的で、閉じられていますが、
間接的なセンサーは、ネットワーク的で、多方向へセンシングすると思いました。

武蔵の勝利は、ネットワーク的なセンシングの勝利だと思いました。

  • 2006/06/09-22:44:27
  • 投稿者 : あかり
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[C2157] 間接的なセンサー

まずは余談から・・・先ほどNHKテレビを観ていると、サッカー日本代表のことを放送
していました。 それによると、ジーコ監督は、選手には何も教えないそうです。
戦う上での戦術は、選手自身で考えろと。 ただ、こうやったら、こうなるから、試し
てみたら?・・・という感じなんだそうで、これはつまり、まさに情報を提供している
だけなんだと思いました。 しかし、各選手は、自由を与えられ過ぎたことで、最初は
おおいに戸惑ったようです。 戦術面での指示があった方が楽だからです。

仕方がないので、選手自身で考えます。 選手同士で、意見をぶつけ合いもします。
意見が合わなくて、意思統一を図るのが困難だったようですが、ようやく選手間の呼吸
が合ってきたとのことです。 素人の私の目にも、以前とは比べものにならないくらい
声を出し合ってプレーしているなぁ~、とわかるような気がしました。
まるで、各選手の間にネットワーク張られたみたいでした。 しかも、選手一人一人が、
センサーとして機能し始め、それがチームに新しい息吹を与えたかのようでした。
(こじつけの感有りです、どうぞ、お忘れください)

さて、センサーです・・・(汗) 小次郎のセンサーは、あまりにも直接的だと思いま
した。 (近頃、小次郎を書くのが辛くなりました) ツバメが来る→感知する→刀を
素早く振り上げる→標的を斬る、という流れだと思いますが、小次郎の鍛錬とは、この
一連の動きをいかに速くこなすかに主眼があったと思われます。 でもこれは、武蔵の
立場から言うと、猫がネズミを発見して飛びかかる動作を、猫が何回も繰り返して練習
するようなものではないでしょうか? (条件反射の練習?)

対照的に、武蔵のセンサーはずっと間接的だと思います。 力と力、技と技の戦い以外
の要素にまで敏感に反応する武蔵です。 将棋の碁盤で言うと、すべてのマス目にセン
サーを配置して、戦況を練っていたのが武蔵だったような気がします。

[C2156] >巌流島・・センサーという視点から

小次郎は自分がすべてであり、原因であり、自身が王将だったのだと思います。
武蔵は将棋の王将も、歩兵もまったく対等に扱ったのであり、
それらは自分以外であったのだと思いました。
天才・小次郎は命式そのもの、運命のままに生きたのだと思いますが、
それでは武蔵はどうだったのか、「自分は弱い」を知ってから、脱出できたのかどうか、
できたから小次郎に勝てたのかもしれないと思いました。
  • 2006/06/09-21:56:18
  • 投稿者 : イーキン
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[C2155]

センサーは一つだけ特化すると他は鈍くなるように思いました。
ものさしは一つの目盛りは小さくて見逃しがちですが
設計などでは1mmが合わないために全体が成り立たない場合が多々あると思います。
多くを求めるとすべてを逃してしまうと言って一つに固執すると他の助けが見えないです。
小次郎と武蔵はセンサーの向け方と拾い方が正反対になってしまったのはなぜだろうと思います。
小次郎のやり方はとてもはっきりとしているから今でも取り入れられていると思います。
武蔵の向かった先は一見役に立つの?と思われるものですが武蔵を間接的に助けてくれるものです。
将棋の歩は弱く見えますが王将に一瞬の間を与えて次の手を考えることができます。
今、宮本武蔵を読んでいますがとても面白いです。

[C2154] 武蔵は身体の外にも向けられていました。

勝負は、確かに武蔵が勝ちました。。。でも小次郎も。。。助演男優賞かなあ~~^^悟りの境地にちょいはいりすぎたのかもしれません~~。。。武蔵は時空モードでひろがっちゃったのかも~~^^さっき。。光の超能力者のCD聞きましたが滝を浴びて~~しゃぼんしゃぼん。。。クリーンになる感じ。。癒し空間続きなのかなあ。。。センサー沖しながらモードは時空モードだとすると。。。う~ん。。癒し空間に自由に、いけるようにならないと。。。オープン。。。全快モードはむりなのかなあ~~。。。はらきり~~負けてても勝ってる感あります。。。
  • 2006/06/09-21:10:09
  • 投稿者 : バニー
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[C2153] 巌流島・・センサーという視点から

下位の問いを持っているってえ事なんざあんまたいした事ないんじゃん?とこのところ急に思うようになってきてます。それとセンサーとなんの関係があるんだよっって言われるとさ、あるんだよ。一応。
 
とある事情で空手を習う事になったのだ。空手とかってさ、もりけんさんが一番体育会系とかってバカにしている業種じゃん。なんか、すっごくやる気なかったのに息子がかーちゃんと一緒にやりたい。って言い出したのでほとんどやる気マイナスなのにやることになって道場に現在通っています。
 
それで、どうせやるからには理論とか知っておいた方が早く上達するかなって思って古武術を研究している「甲野善紀」という人の本を買って読んでみたのだ。
 
そしたら、その本の中に
「わたしが古武術を研究しようと志したのは{私は誰?人はどこからきてどこへゆくのか?}という問いに大学生の時に目覚めたからです。」って書いてあったの!
 
本当にビックリ仰天して、もしかして、空手やってれば時空の謎の一端が解かれるのか?ってドキドキしながら全編読み終わって、なんか、最初は時空に向かって開けていたように思えたのが最後はだんだん自分の肉体をどのように動かすかということ「だけ」に専念してしまっているなぁあ・・と思いました。
 

最初に「わたしは誰?人はどこから来てどこへ行くの?」という問いに気づいてそれが立志に発端になったという人は結構はいて捨てるほどいるんじゃないかって気がするのだ。
 
でも、その人がずっとその「ワタシは誰?」を追い求め続けられているかどうかは全然別の問題なんだという気がします。
 
いや、それどころか、その「わたしは誰」を発端としてそれを元にドツボにはまってそこ止まりになっちゃう人、専門家になってしまう人の方が圧倒的に多いような気がします。

それはセンサーが全方位でなかったからなのか・・
 
それとも下位の問いは夢や希望とセットになると時空のセンサーを感じられなくなってしまうからなのか・・・
 

断っておきますが、甲野善紀という人は武術家としては物凄い人だと思います。でも、最終的には武術の専門家で終わる人のような気もします。

 
武蔵だって、もりけんさんに比べたら、所詮、剣術家どまりって事になるかもしれませんね。(笑)
  • 2006/06/09-19:12:20
  • 投稿者 : さもやん
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[C2152] >巌流島・・センサーという視点から

プロ野球でのことですが、ホームランを放ったあとの
一流選手の幾人かは、走り出す前にバットをそーっと
地面に置くそうなんです。
ホームランを打つという高いテンションのまま、普通
だったらバットを放り投げて一塁へ走りだしそうなトコ
ロを、お習字の筆を置くように、そーっと…。

このような出来事をふまえ、
「バットを大切に扱っている」
「モノを大切に扱える人は勝算を弾き出せる」
などと言われることがあります。

そうは言っても、おそ松にはピンときませんでした。
「モノを大切に」はある種「前提程度」のモノかもしれ
ません。それよりも、むしろ「そーっと」置くまでわずかな
時間に、何か秘密があるように思いました。

たぶん、小次郎はホームランを打ってスグ走り出す選手
だと思います。かたや武蔵は、ホームランを打ってもスグ
には走り出さず、そーっとバットを置きます。

小次郎にとっては、ピッチャーがふりかぶってから自分が
打つまでがセンシングタイムなのかもしれません。
しかし、武蔵はピッチャーがふりかぶる瞬間はもとより、
ボールを打った後にさえセンシングを行う、ゆとりと入念さ
があるのかもしれません。

小次郎=単細胞センサー
武蔵=多細胞センサー
みたいなモノかもしれません(爆)

[C2151] >センサーという視点から

センサーを持っていた分、小次郎もやはり強い人間だったのだと思います(実績が多いし・・)。
しかし、小次郎はセンサー付のエアコンだったのだと思いました。

武蔵はエアコンの本体自体は自分には設置せず、外側に置いていたのだと思います。

ここで、重要なのは「情報の取り方と量」ではなかったのかと思いました.

前回のテーマ「教える」でも、ようはどれだけ情報を提供できるかで、人は成長(あまり使いたくない言葉ですが(汗))していくのだと思います。

自分のことばかり考えている人は情報の取り方に間違いがあり、量もとぼしいのではないかと考えます。
ましてや、最近は自分のこと中心(特に内面)ばかり語るやつを見ると怒りを感じてしまいます(汗)。

うまくセンサーを感知して自分の利益にするかは、主体(主役)をどこに向けるかなんだと強く感じます。

まず「自分」においてしまったら、それまでなんだと思います。

外側の何かを主体としたとき、自分のためのたくさんの情報って得られるのだと思います。

さらに「情報」を主役にすれば可能性100%モードに入れるのだろうと感じます。

[C2150] 巌流島・・センサーという視点から

 小次郎は自分の身体や脳の中をセンシングして、次の一手を繰り出す。
 武蔵は自分だけでなく、周りの環境や人のアイディアも含めてセンシングして、次の一手を繰り出す。
とすれば、二人のセンサーに反応する基本セットが違うのかなと思いますが、試合でいえば誰でも、自分が勝利するような設定になっていると思います。
その設定をするのはやはり本人であるのだなと思いした。
そして、その設定を開始した時点で勝負ありなのかなとも思います。

[C2149] >巌流島・・センサーという視点から

「センサー」と「気」は、ちょっと見似ている部分が
ありそうに思いました。
小次郎が身体を素早く動かすのは、「気合」に近い
「気」のようなものかも知れないと思いました。
そして、自分という定点から発しています。

武蔵は「気づく」のイメージを抱きます。
「気づく」は、自分ではなく外側につながっている「気」
のように思います。

小次郎は、自分が発していると思い込んでいたので
ツバメだけでなく、人に向かっても「エイッ」とか言って
練習していたのかも知れません(笑)。

[C2148] >巌流島・・センサーという視点から

小次郎のセンサーは身体感覚のみで、しかも方向性が限られていたと思います。
反応の仕方もマトモでした。
でも、これは剣の試合では普通なのかもしれません。
 
一方の武蔵は、身体だけでなく頭もフル稼動させて、しかも全方位をセンサリングしていました。
反応の仕方も、櫂とか太陽とか潮とか乱反射的です。
 
センサーを磨くなってこういうことかと思いました。
センサーを磨くというのは小次郎のようにある方向にのみ特化することだと思います。

[C2147] センサーの範囲

小次郎の中では
「勝負→武器→刀」
という図式があり、その次に
「刀を扱う者→刀を扱う技量」
と直線的な関係で範囲がどんどん狭まっています。

一方武蔵も
「勝負→武器」
と考えたのなら、その次に刀という選択にしなかったのだと思います。
刀もありだけど、他にも考えられるものはないか・・・と別の事を考えたのではないかと思います。

小次郎は絞り込み、武蔵は広がっていった。
武蔵はセンサーの範囲を広げつつ、それに引っかかるものをつなげていったような気がします。

どこか小次郎が排他的で、武蔵が共生ぽい感じがするのはそのためかもしれません。

[C2146] >彼のセンサーは、自分の身体と結びついていました


自分の体に結びついたセンサー同士で戦えば、体のセンサーが高性能なほうが、勝ちます。

センサーをカメラに置き換えれば、ハンディカムで撮影し合っている感じです。

小次郎がリモコンロボットだったら、それを操縦している人は、小次郎の視線カメラの映像を映すひとつのディスプレイだけを持っています。

しかし、武蔵。

武蔵のセンサーはあっちこっちにいっぱいありそうです。また、カメラに例えれば、まるで映画のロケのように、あちこちから、武蔵を撮影するカメラがいたるところに、置いてあります。しかもマルチディスプレイで、全画面を一気に見れます。
そして、そのモニターの中には、小次郎が構えた、ハンディカムの映像もまぎれていそうです。

武蔵にとっては、小次郎そのものも、自分のセンサーにしてしまったのではないかと、思います。
(小次郎にも、武蔵センサーがとりつけられた)

なんか、だんだん、武蔵が戦っていたのは、小次郎ではなく、なんだったんだろうと、、、、思います。

小次郎の負けは、まさに、映画のワーシーンに過ぎず、単に、演出された結果だったのかもしれません。

[C2144] センサー

センサーで考えると分かりやすいですね。

将棋、夫も、最近は長男もやってます。
いろんな動き方の駒があって、先を読みながら、全部を上手に活かしながら、勝つのって難しそうです。
私も全然知りませんが、王将だけでは、決して勝てないんですよね。

自分のセンサーを意識してみるのですが、上手くいきません(ふぇ~)。

[C2143]

 センサーの意味を考えてみました。情報を得て、それに対して、有効な行動をとる一連の流れをまとめてセンサーを理解しました。
 小次郎は動く物体の位置という情報を得て、その物体に刀を当てるというセンサーを発達させた。 
 武蔵は、・・・・櫂で、・・・あれっ。櫂を武器にしたセンサーって何なのかな。武器として有効な道具を見つけ出し、それを十分に使いこなせるようにするというセンサーか。小次郎にとって、武器は長刀でそれっきりだったのだけれど、武蔵にとって武器の選択もセンサーに含まれていたのに、2人の違いをあらためて感じました。
 本には、武蔵が槍を相手に戦ったり、鎌を武器にする者と戦ったりしたので、このセンサーを発達させたのかなと思いました。
 小次郎が武器のセンサーを発達させなかったのは長刀との出会いがあったからでしょう。これで十分と思った。探求がなくなった、問いがなくなった、視点がなくなった。
 小次郎が武蔵の櫂を多分過小評価したのは、武器の選択というセンサーがほとんどなく鈍感になっていたのだと思います。
 問いを浮遊させる、着地しないという言葉をHPで見ましたが大切なことだと思います。
 
  

[C2142] 武蔵は

自分をそんなに信じてなかったのではないかと思います。このあいだの「俺は弱い」という事実を認めたところで、センサーの認識が(もしくは設定が)変わったのかと思いました。(メインのとき、「センサー」って「性格」かもって思ったけれど、認識が変わるだけで変わるんなら固定された性格とはなんか違うかなと思いました)

小次郎は他者をまったく信用してないと思うけれど、武蔵には友達も、たくわんさんとか、お通とか信頼する他者がいたので、まわりをよく見るようになったのではないかと思います。
  • 2006/06/09-13:15:35
  • 投稿者 : リョウコ
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[C2140] おはよう

「王将一つ」で戦うって言うのも
考えてみると^^凄いよなぁ

「物を知らない」ってことも
時にはとてつもなく「大きな力」になるのかもしれない^^

ただ結果が付いてこないと
^^誰もその凄さに気付いてくれないけどね

表を見つけたら
^^裏をめくってみる事を忘れない方がいいみたいだね

[C2139] センサー

小次郎の持つセンサーは、反応の範囲が狭く深い・・、
武蔵のもつセンサーは広範囲で、
ちょっとした変化にも、敏感に反応しそう・・な気がします。
  • 2006/06/09-12:56:22
  • 投稿者 : まる
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[C2138] 巌流島・・センサーという視点から

小次郎のセンサーはピカピカだったのだなって思いました。どうしたら技が上達できるかしかなかったのだと思います。だからツバメの動きにしか反応しない。
でも武蔵はセンサーは磨かないから乱反射でだから答えは間接的にやってくるのだろうと思いました。

センサーは磨いちゃいけないって本当に格言だぁ~。。
  • 2006/06/09-12:39:47
  • 投稿者 : Ciel
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[C2137] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/06/09-12:20:56
  • 投稿者 :
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[C2136] 2人のセンサー

武蔵は、体も頭(脳)も、こころも・・・センサーが
フル稼働していたとおもいます。
文章を書くときだって、文字ひとつをとっても
「ひらがな・カタカナ・漢字・句読点・・・」
色んな要素を組み合わせることが、出来ます。
さらに内容も、素晴らしい編集をしてもらうことも、
表紙も、発売日も、宣伝も、サイン会も(!)
色んなことを組み合わせて「本」が売れるのだと思います。
その全体像は、コラージュした1枚の絵のようになっている
のだと、思います(?)
小次郎は「洋画家」武蔵は「アーティスト」
(・・・2人は、猿以下になってしまった、汗)
見るとき、感じるとき・・・つい、自分の好む方へと
自然に向いてしまっているように思います。
これだと「運命」から「自分」から超えることはナイのだと
思いました。
・・・(汗)

[C2135] >巌流島・・センサーという視点から

戦いですから、どうしたら勝てるかという問いはどちらにもあったと思うのですけど。。。小次郎は剣の技だけでよしとしたのに対し、武蔵は、それだけでは勝てるとは思わなかったことで、いろいろなセンサーを張り巡らす事になったのではないかと思います。

[C2134] >ツバメが飛んでくると、それを察知して、身体を素早く動かします。


小次郎のセンサーは、測定範囲が身体の極近くに絞り込まれていて、それだけ
ではなく、測定対象となるものもかなり絞り込まれていたのかなと思いました。
たとえば測定範囲は自分の刀が届く範囲で、測定対象は武器に分類される物と
ツバメ。。。という感じです。
 
小次郎の場合はまず自分の意識で事前に範囲と対象を設定して、それからセン
サーを働かせていたのかもしれません。
  
そうだとしたら、絞り込まれている分、センサーの反応は鋭かっただろうと思
います。
 
 
一方の武蔵は、センサーの測定範囲も測定対象物も初期設定ナシの無制限で、
無意識にどんどん測定値を取り込んだ中から、意識で武器になるものを見つけ
ていたのかもしれないと思いました。
 
絞り込みがされていない分、武蔵のセンサーには小次郎のセンサーほどの鋭い
反応はなかったかもしれません。でもそのかわりに、使える物の種類も多く作
戦に使える範囲も広くて、小次郎のセンサーでは拾えないような行動を取るこ
とが出来たのだと思いました。

[C2133]

>武蔵は、小さな駒も入念に配置したようです。
 
視点が全く違うんだなとおもいました。視点が…センサーの向きでしょうか…何処から自分を見ているか…が全く違うのだと思います。武蔵のは鳥瞰図だ。
武蔵は『将棋』のルールの方をずっと読んでいたのかなと思いました。自分を起点として。何手先まで読めるか…あの駒を使って…あーでもないこーでもない…ああきたら…こうきて…と感触を感じ取るほうにセンサーを向けていったのだと思いました。そのとき何が助けになるのか…なにが自分のほうの持ち駒なのか…そしてそれはどう動くのか…と。武蔵はセンサーで…得た感覚で膨大なシュミレーションをおこなってたのではないかと思います。たぶんアクシデントへの対処も効くだろうと思います。武蔵は後手、そのまた後手までよんでたのだと思いました。
 
@@なんだかスゴイです。武蔵という人はありとあらゆるものを調整していったのだと思いますが…いままでそれは勝ちにいく姿勢、生き延びる姿勢がよんだのだと思ってました。しかし…持ち駒にすべてを組み込むというのは…とてもじゃないけど必死なだけではできないと思いました。どっか醒めてる目線がないと…出来ないです。(またも私にとって得体が知れない武蔵…)なんだか頭脳プレイというのは…もしかして気持ちがいいのだと思いました(汗)
武蔵は…なにか「手応え」…を感じてたのかなと思います。むしろその時、生き生きと…個が表に出なくても…ムラムラと暗動してたのではないかと急に思いました。センサーとなって…そこでこそ…自分が生きてる感覚があったのかもしれないと思います。始まる前に手元に見えない場を感じ取って呼ぶ…感じ取れるか感じ取れないか…そこにこそ「快」があったのかもしれないと思います。生死を分けて…かならず勝負は終ります。その前だからこそ全開のセンサーで生きるコトができて…それは快楽なのかもしれないと思いました。(以上…妄想タイムでした。。)
   
(対して小次郎は王将の解説に神経を費やしてたのかなと思います。何手先かではなく…対面したその瞬間の勝負について王将のやり方というのを…追求していったのだと思います。。。今日も小次郎にビビっときませんでした)

[C2132] 、「私はセンサー」というテーマが始まっているからです。

小次郎も武蔵も、センサーを持っていました。腹切り。武士道。男の戦い。。江戸時代。。ん?そいえば。。オニって。。ほんとに。。いたのかなあ。。阿修羅城の瞳。。おにたいじ。。オニの血。。みどりでしたわ~汗汗おにたいじ。。んん。。もも。。もも太郎。。。はい。。汗汗。。ももはめちゃめちゃ。。ふ~といです。。汗汗。。センサー。。1回センサーで。。鼓動のひびきで。。。シフトを。。。誘発するのでは~~。。。
  • 2006/06/09-10:23:25
  • 投稿者 : バニー
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