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[C2324]

小次郎はそれまでの成功体験で、自分の無意識状態を良しとして、新しい事を試みる事はなかったと思います。武蔵に敗れて初めて、無意識の世界だけでは、これ以上は進めないと分かったのかもしれません。

[C2301] >積み上げた経験則だけで対応したのが原因だと思います。

このフレーズを読んだとき、「あっ」とおもいました。
これが、「戻る」「スタートラインに立つ」ということかと。経験や常識にとらわれないで、「無」というか、ようは「戻る」ということなんですね。

そうかそうか、数学の問題が一問解けたように、すっきりしました☆

それがすぐに出来るかどうかは別として、今日はわかっただけでなんか満足です。

>「場」を外す気がしません。
場を外しまくりです(汗)
ワールドカップを一試合づつ占ってますが、4回中1回しか当たっていません。
「場」を外さない・・・うらやましいかぎりです。。

[C2295] 虚と実

果たして、何か事を起こすとき、(起こったときもあると思います)
外側へ、「どうしたらよいか」と、問いを投げる人は、実は少ないのではないかと思います。
たぶん、確認がとれている事でないと、ここぞの時に不安だからだと思いました。
不安という事は、「自分」以外は信頼していない。という事にもなるとも思いました。
だから、実をとり、問いかけるとしても自分の内部のみにしか問いかけず…
「実」は、過去の成果つまり決まったもの(結果)でしかなく…結果に問いかけても、答えは帰って来ないのかもしれないと思いました。
  • 2006/06/14-19:14:58
  • 投稿者 : マリ
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[C2287] >巌流島・・意識と無意識の通信状態

無意識に何かすごいことができる状態って、なんとなくあこがれます。
どのジャンルでも、プロといわれる人たちは、たいてい修練を積んで、そういう風になってるように思います。
でもそれは、小次郎的というのが多いかもしれません。
無意識にどっぷりつかって、視野が狭くなっている状態・・。


武蔵は・・無意識に漂いながらも、それを検証するのは、意識でやっていたのか・・と思いました。
勝手に手が動く・・ではなく、ちゃんと意識的に手を動かして、検証して、闘いへの準備をしていったのかと・・。


ああ、それにしても、無意識・・という、意識にないもののことを考えるのは、とてもとても難しいです。
でも、この無意識が、「私」を考えるとき、とても重要だということは感じます。
なので、何とか、逃げずに、考えようと思うのですが・・なんせ難しい(>_<)
すぐに頭がヒートアップします・・

[C2279] 無意識領域の通信と書きましたが、意識も大事なのだと思います。それでなければ「通信」とは言わないからです。

方向を180度回転させてみるのも面白いかなあと思います。。よく考えると。。3次元側では。。最大限のことが。。ある意味悟りの境地だったのかもしれないかもしれないともおもえます。。神々が。。3次元の枠を超えて外から民衆の最大枠の悟りの境地を。。示唆してたのかなともおもえますし。。本当は時空シフト拘束下では。。無理難題なことだったのかも~でっす。。オゾン層の破壊とか。。ある意味蘇生の力を強力にひっぱりだす要因の一つになり。。広がり的には。。空間の。。バリアがき薄になって広がりの可能性も増す結果となったのかも~~。。
  • 2006/06/14-10:25:12
  • 投稿者 : バニー
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[C2275] 勝手に連想したことを書きます

フロイトとユングを思い出しました。二人とも無意識を研究しました。フロイトはいろいろな心の不調を性的欲望の抑圧とからめて解釈しようとしました。一方ユングの思想はまさにユニークなものでしたが、オカルトやUFO、超常現象にもはまりこんでいきました。

フロイトは理性でいろいろなものを無理やり理解しようとしたと思います。ユングは非科学的と呼ばれることも恐れませんでした。ユングの研究は「思想」や「世界観」と呼ばれるものにまで到達したと思います。

「性的欲望の抑圧によりヒステリーが起きる」といわれれば「なるほどなあ」と思います。しかし、「我々の心の奥底には人類の共有財産である集合的無意識が眠っている」といわれてもぴんときません。

ユングはお母さんゆずりの強い霊感をもっていたといわれています。「向こう側」とこちら側を媒介することに適正のある「体質」というようなものがあるのかもしれないと思いました。武蔵もそのような体質を有していたのかもしれません。
  • 2006/06/14-00:46:19
  • 投稿者 : ナイル
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[C2274] >意識と無意識の通信状態

無意識領域の広大さを考えると気が遠くなります。
意識の側から見れば、荒唐無稽なこともありそうです。
経験や知識に囚われていては、切り捨てかねません。
通信という状態には至りそうにありません。
開かれた意識で受け止めることができるか・・・
これまでに経験したことは、たしかにそうであっても、すべてではないということだと思いました。

[C2273] >無意識領域は、時空の隅々まで行き渡っていると思うからです。

無意識領域にアクセスするにはまずそのための意識が必要だと思います。
ハンドルを手放せといわれたからと言って何もかも放棄してあなたまかせの人任せで、成されるがまま状態では無意識領域を掠ることさえ出来ないでしょう。

小次郎のように無意識領域を有り難がってかえって視野を狭めるということはその道に卓越した専門家に多いような気がします。

そういう場合の無意識へのアクセス範囲はピンポイントに特化され必然的に視野が狭くなりそれは全方向に開かれていない状態になると思います。
どっぷり浸かる対象が無意識領域だろうが精神世界だろうが圧倒されてしまい自分を見失っては双方向にはなりません。

全方向に開いた状態でネットワークに組み込まれる時、意識と無意識の両方の世界へ自在にアクセスできる、場をはずさない状態がやってくるのではないかと感じました。
  • 2006/06/13-23:51:46
  • 投稿者 : 空タネ
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[C2272] >意識と無意識の通信状態

なんか今日はあまり思いつかなかったので、勝手にわたしの場の取り方の方法でも書きます。(爆)
 
自分でも意外なのですがほとんど場を外した事がないのです。なぜだかはよく分かりません。(爆)しかし、これがよかったのかなぁと思えることはあります。
 
それは、場を取るためになるべくその場にゆくということです。例えば、A小学校を受験したいと考えた場合は、家で子供はこの小学校に合格するのか?という問いで振ったりはしません。わざわざ自分からA小学校まで出向いてそこの校門の前でコインを降ります。今の私立の小学校はどこも警備員さんがいて校門の前をうろちょろしながらコインを6回ふったりなんぞしていると、かな~り怪しいぞ大丈夫かみたいな目でみられますが(爆)その恥をかきすててコインを降ります。
 
株を買おうと考えた場合なんかは、例えばモスフードサービスの株を買ってみようかな、と考えたらモスバーガーまでハンバーガーを食べに行き、食べながらコインをちゃりーんと振ります。
 
ちなみに、マンションを買った時もそうしました。マンションの販売所まで出向いて行ってセールスマンが資料を取りにいったすきにちゃりーん、です。正直いうと一番の目的がそのマンションの風水を知るためでした。(爆)コインを振る為だけに4回販売所まで足を運びました・・(笑)
 
子供の病気などは既にそうなっている横で振るのでやっぱり場など外しようがない気がしますし、実際外れていません。
 
コインを振るときに考えるのはどうやったら場を取れるか、です。場さえ取れればあとはトラさんにおまかせなので(おい)場を取るということには相当色々あれこれ考えます。逆に言うと、場が取れなそうだと感じたらコインをなるべく振らないようにします。(自分にとってどうでもいい問いにはなるべくコインは振らないということです)
 
一番場を取りやすくするのはコインをふる回数を減らす事にあるような気がしないでもないです。でもこれは、わたしの仮説であって検証は全然していません。(だから、何度も振りたいという人もそれでOKなんじゃないかとも思う)場を取る事ばかり気にするのは正直に言えば、自分が時空とつながっているという自信が持てないからです。時空とつながっているという自信さえあれば家でもどこでもすぐに場を持ってくることができるのではないかと思います。(こうしてコインをふる回数が極端に少ないため未だきちんと手計算ができない)

 
まあ、あとは卦を読む能力を上げようという気があまりない、つまりは向上心の欠如が最大の理由です。
 
トラさんに添削だして2回に1度はその判断は違います。という返事が返ってきます。(爆)通信添削問題の正答率は一体何割なのでしょ。4割切ってそうです。(核爆)見直しするけど正解だったかどうか気にしなくなって久しい・・(遠い目)
  • 2006/06/13-23:30:24
  • 投稿者 : さもやん
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[C2271] 経験則・・

積み上げれば積み上げるほど・・
状態は重くなり、身動きが取れなくなりそうです。
経験則に従うということは、本当に運命のまま・・。
意識の上でのみのやり取り・・。
運命を変える一瞬には決して出会えない気がします。
  • 2006/06/13-22:23:56
  • 投稿者 : まる
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[C2270] >意識と無意識の通信状態

 >小次郎はどちらかと言えば、意識の重要性を切り捨てていたような気もします。
意識のみ、無意識のみは偏った状態なんだなって思います。
無意識領域がうまくいって、未来情報が拾えても受信する受け皿がたったひとつだと小次郎のようになってしまいそうです。
武蔵の送受信がうまくいくのは、囚われず、全方位に開かれているからなのだぁと改めて思いました。
  • 2006/06/13-22:02:14
  • 投稿者 : Ciel
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[C2269] 意識、無意識、それから場、

運命が決まっている理由の一つは、もしかすると、意識的に生きている人は少ないからでは
ないかと考えました。 自分の好みで何かを決めるのも、積み上げた経験則で決断するのも、
ほとんどの場合、無意識で行っているのではないでしょうか? つまり、固定観念というも
のは、そのほとんどが無意識から上がってくるものであり、そのことをハッキリと意識的に
自覚している人は少ない・・・従って、運命は変化しないのではと。

ところで、広い意味での無意識とは、過去、現在、未来の情報がない交ぜになったような、
何と言えぬ混沌とした世界ではないかと思いました。 個人のトラウマも、古代の歴史も、
そして、未来の情報もみんな一緒のような・・・そのような「虚」(というべきか?)、
あるいは混沌とした無意識の世界から情報を持ってくるには、ある種の「重し」のような
ものが必要ではないでしょうか? それが、「場」かもしれません。 

「自分が今知りたいことは何か?」 あるいは、「今という状況下で、いったい何が問われ
ているのか?」 このような問いが、六爻占術における「場」を形成すると思われます。
そして、このような問いは”意識的に”行われなければなりません。(場を外すので・・)
ということは、状況を把握するのも、的確な問いを考えるのも、すべて意識的に行う必要が
ありそうです。 そうでなければ、無意識からの情報は翻訳し辛いのかもしれません。

逆にいうと、無意識とは、それだけ混沌としていて、掴みづらい世界なのでしょうか?
いずれにせよ、「場を読む」は、「場を切り取る」、あるいは「場をくくる」という意味に
近く、それを行うのは”意識”ではないかと考えました。

[C2268] >無意識領域の通信と書きましたが、意識も大事なのだと思います。

なんか変だ‥とか、なにかある‥と漠然と察知するのが無意識で、それを突きとめようと、コインを振るのが意識ではないかと思いました。

小次郎は、ツバメをはじめとする、自分に近づく生物の気配は感じとれても、自分に近寄ってこないものは無視していたような気がします。自分に近寄ってこないものは、存在しないのと同じ。

一方、武蔵の場合は、近寄るとか近寄らないにかかわらず、身のまわりすべてに興味を示すって感じです。すべての存在を認めている感じです。

無意識のフォローしている範囲の広さが、武蔵と小次郎とではすごく違う感じです。小次郎はすごくプライド高くて、武蔵はどこでも行くって感じで、プライドのあり場所が、無意識にも反映されてるような気がします。
  • 2006/06/13-21:16:12
  • 投稿者 : リョウコ
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[C2267] 意識と無意識の通信状態

 無意識を意識でもって抽出そして編集して現実の側面と照らし合わせて有効に活用できたのが武蔵であったような気がしました。常に意識で持って無意識に通信でき体と頭が無意識に外側に反応していたような気がしました。
  • 2006/06/13-20:41:02
  • 投稿者 : yk
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[C2266] >意識と無意識の通信状態

意識の方から無意識で受信しようしようとしたら、うまく通信されない、つまり運の変更は図れない、運はよくならないと思いました。

誰でも運は良い方がよいわけで、そっちを選びます。
自分も自分の利益が高いほうが良いと思うから、今いろいろ考えている運命のシステムを考えながら、いただいた知識を吸収して生きていると思います。

このときに、ひょっとしたら、「こうすれば運はよくなるのだから、そのようにしよう」と意識で無意識に働きかけているところがあるのではないかと思います(汗汗)
これって、精神世界や催眠術とあまり変わらないじゃんと思ってしまいます(汗)

それが、いわば・・
>しかしその中にドップリ浸かれば、今度は視野を狭くすると思います。

ってことなのだろうなと思いました・・

昔、よく精神系カウンセラーにお世話になったころがあって、この人からは「自分の過去のトラウマなどを消し去ることで、自分がよい状態になりますよ」とひたすら過去に対するこだわり(過去の原因探し)を語っていました。

どうしてすんだことをいちいち振り返ってさらにそれを原因にして修正かけなければならないのとすごく思います。

改めて、こんな考えに真剣にならなくてよかったと思います。

過去はあくまでも「結果」の蓄積であってそこには「原因」などありません。
未来も同様だと思います。
私たちが受け入れるものは未来でも過去でも「結果」だと思います。

さらに私は「虚」であるわけだから、過去の実績や経験を蓄積する必要なないのだと思います。
自分が満たされた時点で自分は終わってしまうのだと思います。
逆に「虚」であるから未来からたくさんの情報が入り、運が味方につくのだと思います。

意識状態で、「私は○○なのだ」と思ってしまったら、そこで視野が小さくなるのだと思います。

小次郎も「剣にこだわる私って誰?」という意識を持っていれば、人生変わっていたのかも知れないと思います・・

[C2264] >巌流島・・意識と無意識の通信状態

武蔵も小次郎も、意識には到底かなわない「無意識」を意識していたのだと思いました。
でも、意識した方向性が違っていたようでした。

小次郎は無意識を意識化して、意識に囚われてしまい経験則に頼ってしまったのだと思いました。

武蔵は無意識を意識化したかもしれませんが、いつもまっさらな意識の状態であったように思います。それは経験を積んでもまるで空亡のように通り過ぎ、でもどこかに蓄積していくようだと思いました。

蓄積先が意識領域ではなく、無意識領域だったのではないかと思いました。

[C2263] >巌流島・・意識と無意識の通信状態

小次郎は、剣の道を研ぎ澄ますことにのみとらわれていたのだと思います。

それは、剣術を磨き、身体に覚えませること・・
無意識領域まで、溶かし込むことでであるともいえると思います。

かたや武蔵は、全方位に意識を開き、アンテナをたてて、情報を受信していたのだと思います。

そしてまた、受信した情報を、無意識下に落としていた・・

ふたりとも無意識領域に落としていたのは同じですが、小次郎は剣術のみに特化されており、
武蔵は、全方位に開かれていたのだと思います。

全方位に開くのは、意識のなせる技だと思いました。

経験側にない領域に、意識を広げる作業です。

これは、好奇心にもとづいているのではないかと思いました。


意識と無意識の通信は、外側と個を結びつけ、
ネットワークを形成するのだと思います。


>ところで私は六爻占術をやっていますが、「場」を外す気がしません。
 
>小次郎は、巌流島だけを切り取れば、「場」を外していたのだと思います。


六爻占術をすることは意識と無意識の通信状態に入ることだと思いました。

しかし、ある領域に特化したとき、
ネットワークが切断されて、「場」がとれなくなるのだと思いました。


「場」を取るというのは、個をあらゆる領域に開き、
ネットワークにつながることだと思うからです。


[C2262] >巌流島・・意識と無意識の通信状態

小次郎も武蔵も、ともに意識~無意識領域へまたがって戦う強者だったけれども、小次郎は独自のスタイルを崩すことなく両域を行き来したのに対して、武蔵は自らを溶け込ませたかと思います。
前者だと、踏みいる無意識領域は限定区域だし、着地は強固な型、やはり一定面積だと言えそうです。
対して後者武蔵は、全無意識領域を対象とし、意識領域は全方位なので、無敵だったのだと思いました。

[C2261] >巌流島・・意識と無意識の通信状態

 
無意識は本来全方位で、未来情報も含めあらゆる情報をキャッチしているのではないかと思います。
しかし、意識は全方位ではないので、ほとんどの情報は意識まで上がって来ないのでしょう。
それは意識が過去に囚われてしまっているからだと思います。

[C2257] >巌流島・・意識と無意識の通信状態

白洲正子という人が書いた自伝の中に、薩摩隼人の示現流という剣術の一種について書か
れていた部分しか読んでないのですが(例によってまたうろ覚えでスイマセン・汗)、その
示現流について四六時中ずーーっと、考え続けていると、示現流から極意を、言葉になら
ないメッセージとして受け取るのだといったことが書かれていて、でもこれを読んだ時に、
ああっ、六爻占術の極意もこれだぁ~っ、と思ったのです。
しかしこのくらいのことなら小次郎だってやっているだろうと今日のを読んで思いました。
さらに表層の意識、櫂だとか、太陽の位置だとか、三次元のブツに具体的に置き換えるこ
とが、無意識で得た情報を具現化する方法であり、“全方位”とは、(これはまったく各章
が持てませんが)意識の活用でなければ、逆にできないのだと思いました。
  • 2006/06/13-15:25:37
  • 投稿者 : イーキン
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[C2256] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/06/13-15:19:25
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[C2255] >意識と無意識の通信状態

小次郎はツバメ返しを繰り返し練習し、無意識でそれが繰り出せるまでにした、勝つためには、これこそが大事だと思うものは、彼の経験則に照準を合わせて考えたものだった。

一方武蔵は過去の経験からはとても考えられないような答えを無意識領域から引っ張ってきて、場を取った。場を取る・引っ張ってくる行為は、意識が無くてはできない、これが、無意識領域と通信する、ということなのか、と思います。

試行錯誤の中で降ってきた無意識領域からの答えを、意識してとっさにキャッチする、そうしなければ、ただ答えは浮遊しているだけになってしまう。無意識に問いかけ(無意識への通信)、降ってきた答えをすぐさまキャッチする(意識への通信)ことで、勝つための条件を揃えていく、そんなことを武蔵は繰り返していた気がします。

でも、とても、難しい、どれが自分への答えなのかに気が付かなくてはいけないから・・。それこそ、「場」違いだったら、何にもならないから・・。

[C2254] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/06/13-15:01:57
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[C2252] 反射的に来ました

反射の要素が際立ったものと、感度が鈍いものと、
その時の環境で感度が変わります。
今感度が合致したようなので、ここに着きました。
今は低い感度にここが同調しました。
感度が高く、人と競争した闘争状態ならここに同調しな
かったと思います。
高度な感度では人には勝ちますがvocの入れ物ではありません。
低い感度ではvocがそこにいますが、ユトリがないと生活
に困ります。存在だけで暮らしを立てること、そうありたい。
色々な要素の感度は生まれ持ってきたもので作り変え
はできません。
vocとしては、低い感度で暮らしたいと長く思い続けて
いましたが、それは人とミッチャクしない、離れた暮らしかたになります。
暮らしを成り立たせる方策として、高い感度と低い感度
を一日に何度も行き来しています。
そろそろ、低い感度の位置で暮らしがなり立つように
自分の入れ物を作りをしたいと行動を変えました。
芋虫の様に行動範囲の狭い暮らしが望みです。
頑丈な入れ物を作らないと、誰かにつぶされてしまうので、
コツコツと作り始めました。
時々高い感度が暴れだしますが、高感度はいらない。



[C2251] >意識も大事なのだと思います。


場を外す時というのは、問いに集中出来ていなかったりリラックス出来ていな
かったりと、色々なことが重なった状態なのだと思いますが、その中でも自分
の経験則が邪魔をしているのが大きいような気がします。
 
これから占おうとしているのに、すでに経験則から導いた結果を出してしまっ
ていて、それに気が付かずにコインを振っている時があるのだと思います。
 
無意識領域に対して、意識からは未来情報を拾い出すために必要な情報が送ら
れてくるはずのところに、意識からそんなもの(経験則から出した結果)が送ら
れてきたら、無意識は身動きがとれないだろうと思います。
 
> 小次郎はどちらかと言えば、意識の重要性を切り捨てていたような気もします。
 
小次郎がツバメ返しを自動的にやってのけてしまうのは無意識領域という感じ
がしますが、自分の腕に自信を持って実である刀だけで戦おうとするのは意識
だけが全てという感じがします。
小次郎の中には無意識も意識もあったのに、それが打ち消しあっているように
見えるのは、無意識と意識が通信出来ていないということなのかと思います。
 
武蔵が刀以外のあらゆる物事も道具として使い準備するのは、意識だけが全て
のように見えるけれど、武蔵の中に常に「鳥の声を聞け」という言葉が響いて
いたのだとしたら、意識と無意識がしっかり通信していたからそれらの道具に
気づくことが出来たのだと思いました。
 
無意識を考える時には意識を、意識を考える時には無意識を、一緒に考えない
と見えてこない事がありそうです。

[C2250]

六爻占術では「場」日常では「空気」・・・を取れる、及び、読めるは
無意識と意識の真ん中に立ち、どちらにもピピピと意識が、移動可能
なのではないかと思います。
意識的に無意識の領域に入る、または、無意識に意識する・・・などです。
意識と無意識の境界線があるとすれば、その2つの、バランスがとれた
場にいるからなのだと思います。
「六爻占術」でコインを振る、とゆうのは、無意識の領域に意識して
はいること、そして、卦を出し判断することは、無意識から拾ってきた
未来情報を意識化して、伝えることです。
こう考えると「意識化」する時に、外応の判断などが含まれるので
まさに、
>小次郎はどちらかと言えば、意識の重要性を切り捨てていた
 ような気もします
・・・。
トラさんが「雨」や「バッタ」を判断の中に含んだこと、
普通だったら「なんでそれが、関係あるの・・・?」だと
思いますが、
トラさんが「雨」や「バッタ」を外応としてとらえた時、
「意識化」することも意識していた(?・・・・・滝汗)
のではないか、と思いました(う~ん・・・・)

[C2249] 意識

 >しかしその中にドップリ浸かれば、今度は視野を狭
 くすると思います。
 無意識とつながると、どんな種類の情報をも得れるのかと漠然と思っていたようで気になりました。
 無意識から来る情報を意識が正確に判断する能力のことかなとふと思いました。
 アインシュタインはそのアイディアを若いころにすでにもっていたけれど、それを説明するのに長い年月を必要としたと何かの本で読んだのを思い出しました。物理学の世界は緻密な論理で組み立てられていて、その言葉で無意識からの情報(勝手にそう判断しています)を説明するのは意識の方もしっかり勉強するなどしていないとうまくいかないと思います。
 小次郎の場合、剣以外のことはそれほど、思考錯誤していなくて、それに関連する情報が無意識からきていたとしても理解し得なかったのでは、あるいわ気にも留めなかったのかなと思います。
 考えていて気にも留めないほうかなと思いました。意識のほうでそれを活かせないといけないような。
 トラさんの判断を聞いても、それを無視して事故にあったりする例がありましたがそれと似たところもあるかなと思います。
 朝四時に大学にいけば受かるかもしれないという情報を生かせるかどうか。大学は勉強して合格点をとってこそいけるところ。と小次郎は思いいかないだろうと思います。

[C2248] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/06/13-11:29:02
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[C2246]

このスレッドテーマがめちゃめちゃ…(笑)どんな敵が見えてんのかと思ってみてきましたが『すぐに試せる!少ない投資でNo.1ホステスをモノにする方法』とか『・ ●秘伝!下手クソなのに狂おしいほど魅せちゃう儲かるセールス文章術 』とか(笑)中まで読んでませんがいろんな敵がいるものです…
 
>方や武蔵は、今までまったく使ったことの無い武器を使いました。
>そういう意味では、過去に囚われていません。
 
櫂って小次郎に取ってすごい「虚」だったろうなと…昨日から考えてました。武蔵はなんで櫂をつかえたのか…と考えてました。いろんなモノゴトに意味を持たせなかったのではないかとそう思いました。モノに付随する意味とは…経験則なのだと思います。 例えば「武器」という視点で…世の中を検索する時に…そこに意味付けの色眼鏡があってはジャマなのだと思いました。こうゆうものと言う思い込み。なんというか「私」の中味…全部のものを固定しているのが経験則なのだと思います。武器と言えば鉛筆で目を突いたっていいわけです。(しませんが)鉛筆にそれ以上の「意味」を普通に持たせてるのは「私」なのだと思いました。赤ちゃんが初めて鉛筆を見る時…それは得体の知れないものなのだと思います。そう見えてこそ…向こう側に近づくのかなと思いました。武蔵は…そう見えるまで試行錯誤していたのかなと思います。
 
武蔵という人は…意識的にその意味を剥いでいったのではないかと思います。意識で意識を剥いでいったんではないかと思いました。同じモノだから…削ぐことができたのではないかと思いました。そうして剥いでいくと…整合性のない無意識のでたらめシグナルにあわせやすくなるのかと思いました。そこでは…常識人から見たら「汚い」ぐらい意味がなくなるのかもしれません。 
 
小次郎は大変だったろうなと思いました。重い意識を凌駕すべくツバメを切り続けた訳ですから…そしてそれが出来た。真に天才だと思いました。
 
武蔵は…どうしたって意味付けしたくなる…そこをぐっとこらえていたのではないかと思いました。全部に意味があり…またそれは…そうでなくてもいいのだと思いました。武蔵の戦いって…巌流島だけではなかったのだと思います。すべてと対峙してたのだと思いました。私が見ているモノというのも全方位的存在なのかもしれないと思います。ただ三次元なので…例えば鉛筆は食べられません(たぶん…汗)限界はいちおうあるのだと思いますが。
 
しかし感想はかけるけれど…自分に置いてはどうしたらいいのかわかりません。もの凄い色眼鏡かけてると思うので…剥ぐことを考えると気が遠くなってきます。

[C2245] >巌流島・・意識と無意識の通信状態

無意識領域から意識に持ってくる時、六爻でもそうですが、多分なんらかの変換が必要になるような気がします。
六爻の場合は卦に一旦情報を変換していると思います。

武蔵はこの変換がうまかったような気がします。
反射の角度を変えるとはこの変換のことなのかもしれません。

基礎=無意識、応用=意識という図式が適切かどうか分かりません。

しかし固定化することは様々な選択肢がある中で、今回はこれで行こうという外側と意識の照準がぴったりあっていることだと思いました。

ということは、外側に対して無意識を適切な形式に変換を行うのは意識の仕業なのかもしれません。

[C2244] 巌流島に話を戻すと。。。

武蔵は無意識領域への問い返しが多かったので、未来情報を無意識領域から引き出す事が多く、勝ちに繋がったのではないかと思います。また、例えば、悪いことがおきそうでも、諦めず問い返しを行うことで、凶が吉に変わる事があるのではないかと思います。(これは雨が降って子供が助かったトラさんの外応から考えたことですが。。)

[C2243] >巌流島・・意識と無意識の通信状態

小次郎は技を磨き、それが抜きん出ために、それで勝てるという自信を持っていたのではないかと思います。一方、武蔵は、このままでは小次郎に勝つことはできないという危機感を持っていたのではないかと思います。その小次郎にどうしたら勝てるかという問いを持っていたかもしれません。意識、無意識で考えると、意識は無意識領域に対して、問い返しているのではないかと思います。それに対し、無意識領域は答えているのかもしれません。それが、トラさんの外応であれば、バッタであり、雨であり。。。問いを持った時、意識は外側に対して、とても、敏感になるのではないかと思います。そして、無意識領域で出した答えを意識で拾っているのではないかと思います。(最後、小次郎と武蔵から離れてしまいましたが。。)

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巌流島・・意識と無意識の通信状態

 武蔵は無意識領域との通信が、とてもうまくいくようになっていたと思います。
 無意識領域がうまくいけば、未来情報をどんどん拾えるようになると思うからです。
 
 無意識領域は、時空の隅々まで行き渡っていると思うからです。
 
 しかしその中にドップリ浸かれば、今度は視野を狭くすると思います。
 小次郎がそうだったと思います。
 彼はツバメのスピードに対して、無意識に反応する部分のみに特化したからです。
 
 この違いを研究することは、これからの人生を生きる上で、とても大切だと思います。
 
 無意識領域の通信と書きましたが、意識も大事なのだと思います。それでなければ「通信」とは言わないからです。
 
 ところで私は六爻占術をやっていますが、「場」を外す気がしません。
 
 小次郎は、巌流島だけを切り取れば、「場」を外していたのだと思います。
 積み上げた経験則だけで対応したのが原因だと思います。
 
 方や武蔵は、今までまったく使ったことの無い武器を使いました。
 そういう意味では、過去に囚われていません。
 
 小次郎はどちらかと言えば、意識の重要性を切り捨てていたような気もします。
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32件のコメント

[C2324]

小次郎はそれまでの成功体験で、自分の無意識状態を良しとして、新しい事を試みる事はなかったと思います。武蔵に敗れて初めて、無意識の世界だけでは、これ以上は進めないと分かったのかもしれません。

[C2301] >積み上げた経験則だけで対応したのが原因だと思います。

このフレーズを読んだとき、「あっ」とおもいました。
これが、「戻る」「スタートラインに立つ」ということかと。経験や常識にとらわれないで、「無」というか、ようは「戻る」ということなんですね。

そうかそうか、数学の問題が一問解けたように、すっきりしました☆

それがすぐに出来るかどうかは別として、今日はわかっただけでなんか満足です。

>「場」を外す気がしません。
場を外しまくりです(汗)
ワールドカップを一試合づつ占ってますが、4回中1回しか当たっていません。
「場」を外さない・・・うらやましいかぎりです。。

[C2295] 虚と実

果たして、何か事を起こすとき、(起こったときもあると思います)
外側へ、「どうしたらよいか」と、問いを投げる人は、実は少ないのではないかと思います。
たぶん、確認がとれている事でないと、ここぞの時に不安だからだと思いました。
不安という事は、「自分」以外は信頼していない。という事にもなるとも思いました。
だから、実をとり、問いかけるとしても自分の内部のみにしか問いかけず…
「実」は、過去の成果つまり決まったもの(結果)でしかなく…結果に問いかけても、答えは帰って来ないのかもしれないと思いました。
  • 2006/06/14-19:14:58
  • 投稿者 : マリ
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[C2287] >巌流島・・意識と無意識の通信状態

無意識に何かすごいことができる状態って、なんとなくあこがれます。
どのジャンルでも、プロといわれる人たちは、たいてい修練を積んで、そういう風になってるように思います。
でもそれは、小次郎的というのが多いかもしれません。
無意識にどっぷりつかって、視野が狭くなっている状態・・。


武蔵は・・無意識に漂いながらも、それを検証するのは、意識でやっていたのか・・と思いました。
勝手に手が動く・・ではなく、ちゃんと意識的に手を動かして、検証して、闘いへの準備をしていったのかと・・。


ああ、それにしても、無意識・・という、意識にないもののことを考えるのは、とてもとても難しいです。
でも、この無意識が、「私」を考えるとき、とても重要だということは感じます。
なので、何とか、逃げずに、考えようと思うのですが・・なんせ難しい(>_<)
すぐに頭がヒートアップします・・

[C2279] 無意識領域の通信と書きましたが、意識も大事なのだと思います。それでなければ「通信」とは言わないからです。

方向を180度回転させてみるのも面白いかなあと思います。。よく考えると。。3次元側では。。最大限のことが。。ある意味悟りの境地だったのかもしれないかもしれないともおもえます。。神々が。。3次元の枠を超えて外から民衆の最大枠の悟りの境地を。。示唆してたのかなともおもえますし。。本当は時空シフト拘束下では。。無理難題なことだったのかも~でっす。。オゾン層の破壊とか。。ある意味蘇生の力を強力にひっぱりだす要因の一つになり。。広がり的には。。空間の。。バリアがき薄になって広がりの可能性も増す結果となったのかも~~。。
  • 2006/06/14-10:25:12
  • 投稿者 : バニー
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[C2275] 勝手に連想したことを書きます

フロイトとユングを思い出しました。二人とも無意識を研究しました。フロイトはいろいろな心の不調を性的欲望の抑圧とからめて解釈しようとしました。一方ユングの思想はまさにユニークなものでしたが、オカルトやUFO、超常現象にもはまりこんでいきました。

フロイトは理性でいろいろなものを無理やり理解しようとしたと思います。ユングは非科学的と呼ばれることも恐れませんでした。ユングの研究は「思想」や「世界観」と呼ばれるものにまで到達したと思います。

「性的欲望の抑圧によりヒステリーが起きる」といわれれば「なるほどなあ」と思います。しかし、「我々の心の奥底には人類の共有財産である集合的無意識が眠っている」といわれてもぴんときません。

ユングはお母さんゆずりの強い霊感をもっていたといわれています。「向こう側」とこちら側を媒介することに適正のある「体質」というようなものがあるのかもしれないと思いました。武蔵もそのような体質を有していたのかもしれません。
  • 2006/06/14-00:46:19
  • 投稿者 : ナイル
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[C2274] >意識と無意識の通信状態

無意識領域の広大さを考えると気が遠くなります。
意識の側から見れば、荒唐無稽なこともありそうです。
経験や知識に囚われていては、切り捨てかねません。
通信という状態には至りそうにありません。
開かれた意識で受け止めることができるか・・・
これまでに経験したことは、たしかにそうであっても、すべてではないということだと思いました。

[C2273] >無意識領域は、時空の隅々まで行き渡っていると思うからです。

無意識領域にアクセスするにはまずそのための意識が必要だと思います。
ハンドルを手放せといわれたからと言って何もかも放棄してあなたまかせの人任せで、成されるがまま状態では無意識領域を掠ることさえ出来ないでしょう。

小次郎のように無意識領域を有り難がってかえって視野を狭めるということはその道に卓越した専門家に多いような気がします。

そういう場合の無意識へのアクセス範囲はピンポイントに特化され必然的に視野が狭くなりそれは全方向に開かれていない状態になると思います。
どっぷり浸かる対象が無意識領域だろうが精神世界だろうが圧倒されてしまい自分を見失っては双方向にはなりません。

全方向に開いた状態でネットワークに組み込まれる時、意識と無意識の両方の世界へ自在にアクセスできる、場をはずさない状態がやってくるのではないかと感じました。
  • 2006/06/13-23:51:46
  • 投稿者 : 空タネ
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[C2272] >意識と無意識の通信状態

なんか今日はあまり思いつかなかったので、勝手にわたしの場の取り方の方法でも書きます。(爆)
 
自分でも意外なのですがほとんど場を外した事がないのです。なぜだかはよく分かりません。(爆)しかし、これがよかったのかなぁと思えることはあります。
 
それは、場を取るためになるべくその場にゆくということです。例えば、A小学校を受験したいと考えた場合は、家で子供はこの小学校に合格するのか?という問いで振ったりはしません。わざわざ自分からA小学校まで出向いてそこの校門の前でコインを降ります。今の私立の小学校はどこも警備員さんがいて校門の前をうろちょろしながらコインを6回ふったりなんぞしていると、かな~り怪しいぞ大丈夫かみたいな目でみられますが(爆)その恥をかきすててコインを降ります。
 
株を買おうと考えた場合なんかは、例えばモスフードサービスの株を買ってみようかな、と考えたらモスバーガーまでハンバーガーを食べに行き、食べながらコインをちゃりーんと振ります。
 
ちなみに、マンションを買った時もそうしました。マンションの販売所まで出向いて行ってセールスマンが資料を取りにいったすきにちゃりーん、です。正直いうと一番の目的がそのマンションの風水を知るためでした。(爆)コインを振る為だけに4回販売所まで足を運びました・・(笑)
 
子供の病気などは既にそうなっている横で振るのでやっぱり場など外しようがない気がしますし、実際外れていません。
 
コインを振るときに考えるのはどうやったら場を取れるか、です。場さえ取れればあとはトラさんにおまかせなので(おい)場を取るということには相当色々あれこれ考えます。逆に言うと、場が取れなそうだと感じたらコインをなるべく振らないようにします。(自分にとってどうでもいい問いにはなるべくコインは振らないということです)
 
一番場を取りやすくするのはコインをふる回数を減らす事にあるような気がしないでもないです。でもこれは、わたしの仮説であって検証は全然していません。(だから、何度も振りたいという人もそれでOKなんじゃないかとも思う)場を取る事ばかり気にするのは正直に言えば、自分が時空とつながっているという自信が持てないからです。時空とつながっているという自信さえあれば家でもどこでもすぐに場を持ってくることができるのではないかと思います。(こうしてコインをふる回数が極端に少ないため未だきちんと手計算ができない)

 
まあ、あとは卦を読む能力を上げようという気があまりない、つまりは向上心の欠如が最大の理由です。
 
トラさんに添削だして2回に1度はその判断は違います。という返事が返ってきます。(爆)通信添削問題の正答率は一体何割なのでしょ。4割切ってそうです。(核爆)見直しするけど正解だったかどうか気にしなくなって久しい・・(遠い目)
  • 2006/06/13-23:30:24
  • 投稿者 : さもやん
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[C2271] 経験則・・

積み上げれば積み上げるほど・・
状態は重くなり、身動きが取れなくなりそうです。
経験則に従うということは、本当に運命のまま・・。
意識の上でのみのやり取り・・。
運命を変える一瞬には決して出会えない気がします。
  • 2006/06/13-22:23:56
  • 投稿者 : まる
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[C2270] >意識と無意識の通信状態

 >小次郎はどちらかと言えば、意識の重要性を切り捨てていたような気もします。
意識のみ、無意識のみは偏った状態なんだなって思います。
無意識領域がうまくいって、未来情報が拾えても受信する受け皿がたったひとつだと小次郎のようになってしまいそうです。
武蔵の送受信がうまくいくのは、囚われず、全方位に開かれているからなのだぁと改めて思いました。
  • 2006/06/13-22:02:14
  • 投稿者 : Ciel
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[C2269] 意識、無意識、それから場、

運命が決まっている理由の一つは、もしかすると、意識的に生きている人は少ないからでは
ないかと考えました。 自分の好みで何かを決めるのも、積み上げた経験則で決断するのも、
ほとんどの場合、無意識で行っているのではないでしょうか? つまり、固定観念というも
のは、そのほとんどが無意識から上がってくるものであり、そのことをハッキリと意識的に
自覚している人は少ない・・・従って、運命は変化しないのではと。

ところで、広い意味での無意識とは、過去、現在、未来の情報がない交ぜになったような、
何と言えぬ混沌とした世界ではないかと思いました。 個人のトラウマも、古代の歴史も、
そして、未来の情報もみんな一緒のような・・・そのような「虚」(というべきか?)、
あるいは混沌とした無意識の世界から情報を持ってくるには、ある種の「重し」のような
ものが必要ではないでしょうか? それが、「場」かもしれません。 

「自分が今知りたいことは何か?」 あるいは、「今という状況下で、いったい何が問われ
ているのか?」 このような問いが、六爻占術における「場」を形成すると思われます。
そして、このような問いは”意識的に”行われなければなりません。(場を外すので・・)
ということは、状況を把握するのも、的確な問いを考えるのも、すべて意識的に行う必要が
ありそうです。 そうでなければ、無意識からの情報は翻訳し辛いのかもしれません。

逆にいうと、無意識とは、それだけ混沌としていて、掴みづらい世界なのでしょうか?
いずれにせよ、「場を読む」は、「場を切り取る」、あるいは「場をくくる」という意味に
近く、それを行うのは”意識”ではないかと考えました。

[C2268] >無意識領域の通信と書きましたが、意識も大事なのだと思います。

なんか変だ‥とか、なにかある‥と漠然と察知するのが無意識で、それを突きとめようと、コインを振るのが意識ではないかと思いました。

小次郎は、ツバメをはじめとする、自分に近づく生物の気配は感じとれても、自分に近寄ってこないものは無視していたような気がします。自分に近寄ってこないものは、存在しないのと同じ。

一方、武蔵の場合は、近寄るとか近寄らないにかかわらず、身のまわりすべてに興味を示すって感じです。すべての存在を認めている感じです。

無意識のフォローしている範囲の広さが、武蔵と小次郎とではすごく違う感じです。小次郎はすごくプライド高くて、武蔵はどこでも行くって感じで、プライドのあり場所が、無意識にも反映されてるような気がします。
  • 2006/06/13-21:16:12
  • 投稿者 : リョウコ
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[C2267] 意識と無意識の通信状態

 無意識を意識でもって抽出そして編集して現実の側面と照らし合わせて有効に活用できたのが武蔵であったような気がしました。常に意識で持って無意識に通信でき体と頭が無意識に外側に反応していたような気がしました。
  • 2006/06/13-20:41:02
  • 投稿者 : yk
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[C2266] >意識と無意識の通信状態

意識の方から無意識で受信しようしようとしたら、うまく通信されない、つまり運の変更は図れない、運はよくならないと思いました。

誰でも運は良い方がよいわけで、そっちを選びます。
自分も自分の利益が高いほうが良いと思うから、今いろいろ考えている運命のシステムを考えながら、いただいた知識を吸収して生きていると思います。

このときに、ひょっとしたら、「こうすれば運はよくなるのだから、そのようにしよう」と意識で無意識に働きかけているところがあるのではないかと思います(汗汗)
これって、精神世界や催眠術とあまり変わらないじゃんと思ってしまいます(汗)

それが、いわば・・
>しかしその中にドップリ浸かれば、今度は視野を狭くすると思います。

ってことなのだろうなと思いました・・

昔、よく精神系カウンセラーにお世話になったころがあって、この人からは「自分の過去のトラウマなどを消し去ることで、自分がよい状態になりますよ」とひたすら過去に対するこだわり(過去の原因探し)を語っていました。

どうしてすんだことをいちいち振り返ってさらにそれを原因にして修正かけなければならないのとすごく思います。

改めて、こんな考えに真剣にならなくてよかったと思います。

過去はあくまでも「結果」の蓄積であってそこには「原因」などありません。
未来も同様だと思います。
私たちが受け入れるものは未来でも過去でも「結果」だと思います。

さらに私は「虚」であるわけだから、過去の実績や経験を蓄積する必要なないのだと思います。
自分が満たされた時点で自分は終わってしまうのだと思います。
逆に「虚」であるから未来からたくさんの情報が入り、運が味方につくのだと思います。

意識状態で、「私は○○なのだ」と思ってしまったら、そこで視野が小さくなるのだと思います。

小次郎も「剣にこだわる私って誰?」という意識を持っていれば、人生変わっていたのかも知れないと思います・・

[C2264] >巌流島・・意識と無意識の通信状態

武蔵も小次郎も、意識には到底かなわない「無意識」を意識していたのだと思いました。
でも、意識した方向性が違っていたようでした。

小次郎は無意識を意識化して、意識に囚われてしまい経験則に頼ってしまったのだと思いました。

武蔵は無意識を意識化したかもしれませんが、いつもまっさらな意識の状態であったように思います。それは経験を積んでもまるで空亡のように通り過ぎ、でもどこかに蓄積していくようだと思いました。

蓄積先が意識領域ではなく、無意識領域だったのではないかと思いました。

[C2263] >巌流島・・意識と無意識の通信状態

小次郎は、剣の道を研ぎ澄ますことにのみとらわれていたのだと思います。

それは、剣術を磨き、身体に覚えませること・・
無意識領域まで、溶かし込むことでであるともいえると思います。

かたや武蔵は、全方位に意識を開き、アンテナをたてて、情報を受信していたのだと思います。

そしてまた、受信した情報を、無意識下に落としていた・・

ふたりとも無意識領域に落としていたのは同じですが、小次郎は剣術のみに特化されており、
武蔵は、全方位に開かれていたのだと思います。

全方位に開くのは、意識のなせる技だと思いました。

経験側にない領域に、意識を広げる作業です。

これは、好奇心にもとづいているのではないかと思いました。


意識と無意識の通信は、外側と個を結びつけ、
ネットワークを形成するのだと思います。


>ところで私は六爻占術をやっていますが、「場」を外す気がしません。
 
>小次郎は、巌流島だけを切り取れば、「場」を外していたのだと思います。


六爻占術をすることは意識と無意識の通信状態に入ることだと思いました。

しかし、ある領域に特化したとき、
ネットワークが切断されて、「場」がとれなくなるのだと思いました。


「場」を取るというのは、個をあらゆる領域に開き、
ネットワークにつながることだと思うからです。


[C2262] >巌流島・・意識と無意識の通信状態

小次郎も武蔵も、ともに意識~無意識領域へまたがって戦う強者だったけれども、小次郎は独自のスタイルを崩すことなく両域を行き来したのに対して、武蔵は自らを溶け込ませたかと思います。
前者だと、踏みいる無意識領域は限定区域だし、着地は強固な型、やはり一定面積だと言えそうです。
対して後者武蔵は、全無意識領域を対象とし、意識領域は全方位なので、無敵だったのだと思いました。

[C2261] >巌流島・・意識と無意識の通信状態

 
無意識は本来全方位で、未来情報も含めあらゆる情報をキャッチしているのではないかと思います。
しかし、意識は全方位ではないので、ほとんどの情報は意識まで上がって来ないのでしょう。
それは意識が過去に囚われてしまっているからだと思います。

[C2257] >巌流島・・意識と無意識の通信状態

白洲正子という人が書いた自伝の中に、薩摩隼人の示現流という剣術の一種について書か
れていた部分しか読んでないのですが(例によってまたうろ覚えでスイマセン・汗)、その
示現流について四六時中ずーーっと、考え続けていると、示現流から極意を、言葉になら
ないメッセージとして受け取るのだといったことが書かれていて、でもこれを読んだ時に、
ああっ、六爻占術の極意もこれだぁ~っ、と思ったのです。
しかしこのくらいのことなら小次郎だってやっているだろうと今日のを読んで思いました。
さらに表層の意識、櫂だとか、太陽の位置だとか、三次元のブツに具体的に置き換えるこ
とが、無意識で得た情報を具現化する方法であり、“全方位”とは、(これはまったく各章
が持てませんが)意識の活用でなければ、逆にできないのだと思いました。
  • 2006/06/13-15:25:37
  • 投稿者 : イーキン
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[C2256] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/06/13-15:19:25
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[C2255] >意識と無意識の通信状態

小次郎はツバメ返しを繰り返し練習し、無意識でそれが繰り出せるまでにした、勝つためには、これこそが大事だと思うものは、彼の経験則に照準を合わせて考えたものだった。

一方武蔵は過去の経験からはとても考えられないような答えを無意識領域から引っ張ってきて、場を取った。場を取る・引っ張ってくる行為は、意識が無くてはできない、これが、無意識領域と通信する、ということなのか、と思います。

試行錯誤の中で降ってきた無意識領域からの答えを、意識してとっさにキャッチする、そうしなければ、ただ答えは浮遊しているだけになってしまう。無意識に問いかけ(無意識への通信)、降ってきた答えをすぐさまキャッチする(意識への通信)ことで、勝つための条件を揃えていく、そんなことを武蔵は繰り返していた気がします。

でも、とても、難しい、どれが自分への答えなのかに気が付かなくてはいけないから・・。それこそ、「場」違いだったら、何にもならないから・・。

[C2254] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/06/13-15:01:57
  • 投稿者 :
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[C2252] 反射的に来ました

反射の要素が際立ったものと、感度が鈍いものと、
その時の環境で感度が変わります。
今感度が合致したようなので、ここに着きました。
今は低い感度にここが同調しました。
感度が高く、人と競争した闘争状態ならここに同調しな
かったと思います。
高度な感度では人には勝ちますがvocの入れ物ではありません。
低い感度ではvocがそこにいますが、ユトリがないと生活
に困ります。存在だけで暮らしを立てること、そうありたい。
色々な要素の感度は生まれ持ってきたもので作り変え
はできません。
vocとしては、低い感度で暮らしたいと長く思い続けて
いましたが、それは人とミッチャクしない、離れた暮らしかたになります。
暮らしを成り立たせる方策として、高い感度と低い感度
を一日に何度も行き来しています。
そろそろ、低い感度の位置で暮らしがなり立つように
自分の入れ物を作りをしたいと行動を変えました。
芋虫の様に行動範囲の狭い暮らしが望みです。
頑丈な入れ物を作らないと、誰かにつぶされてしまうので、
コツコツと作り始めました。
時々高い感度が暴れだしますが、高感度はいらない。



[C2251] >意識も大事なのだと思います。


場を外す時というのは、問いに集中出来ていなかったりリラックス出来ていな
かったりと、色々なことが重なった状態なのだと思いますが、その中でも自分
の経験則が邪魔をしているのが大きいような気がします。
 
これから占おうとしているのに、すでに経験則から導いた結果を出してしまっ
ていて、それに気が付かずにコインを振っている時があるのだと思います。
 
無意識領域に対して、意識からは未来情報を拾い出すために必要な情報が送ら
れてくるはずのところに、意識からそんなもの(経験則から出した結果)が送ら
れてきたら、無意識は身動きがとれないだろうと思います。
 
> 小次郎はどちらかと言えば、意識の重要性を切り捨てていたような気もします。
 
小次郎がツバメ返しを自動的にやってのけてしまうのは無意識領域という感じ
がしますが、自分の腕に自信を持って実である刀だけで戦おうとするのは意識
だけが全てという感じがします。
小次郎の中には無意識も意識もあったのに、それが打ち消しあっているように
見えるのは、無意識と意識が通信出来ていないということなのかと思います。
 
武蔵が刀以外のあらゆる物事も道具として使い準備するのは、意識だけが全て
のように見えるけれど、武蔵の中に常に「鳥の声を聞け」という言葉が響いて
いたのだとしたら、意識と無意識がしっかり通信していたからそれらの道具に
気づくことが出来たのだと思いました。
 
無意識を考える時には意識を、意識を考える時には無意識を、一緒に考えない
と見えてこない事がありそうです。

[C2250]

六爻占術では「場」日常では「空気」・・・を取れる、及び、読めるは
無意識と意識の真ん中に立ち、どちらにもピピピと意識が、移動可能
なのではないかと思います。
意識的に無意識の領域に入る、または、無意識に意識する・・・などです。
意識と無意識の境界線があるとすれば、その2つの、バランスがとれた
場にいるからなのだと思います。
「六爻占術」でコインを振る、とゆうのは、無意識の領域に意識して
はいること、そして、卦を出し判断することは、無意識から拾ってきた
未来情報を意識化して、伝えることです。
こう考えると「意識化」する時に、外応の判断などが含まれるので
まさに、
>小次郎はどちらかと言えば、意識の重要性を切り捨てていた
 ような気もします
・・・。
トラさんが「雨」や「バッタ」を判断の中に含んだこと、
普通だったら「なんでそれが、関係あるの・・・?」だと
思いますが、
トラさんが「雨」や「バッタ」を外応としてとらえた時、
「意識化」することも意識していた(?・・・・・滝汗)
のではないか、と思いました(う~ん・・・・)

[C2249] 意識

 >しかしその中にドップリ浸かれば、今度は視野を狭
 くすると思います。
 無意識とつながると、どんな種類の情報をも得れるのかと漠然と思っていたようで気になりました。
 無意識から来る情報を意識が正確に判断する能力のことかなとふと思いました。
 アインシュタインはそのアイディアを若いころにすでにもっていたけれど、それを説明するのに長い年月を必要としたと何かの本で読んだのを思い出しました。物理学の世界は緻密な論理で組み立てられていて、その言葉で無意識からの情報(勝手にそう判断しています)を説明するのは意識の方もしっかり勉強するなどしていないとうまくいかないと思います。
 小次郎の場合、剣以外のことはそれほど、思考錯誤していなくて、それに関連する情報が無意識からきていたとしても理解し得なかったのでは、あるいわ気にも留めなかったのかなと思います。
 考えていて気にも留めないほうかなと思いました。意識のほうでそれを活かせないといけないような。
 トラさんの判断を聞いても、それを無視して事故にあったりする例がありましたがそれと似たところもあるかなと思います。
 朝四時に大学にいけば受かるかもしれないという情報を生かせるかどうか。大学は勉強して合格点をとってこそいけるところ。と小次郎は思いいかないだろうと思います。

[C2248] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/06/13-11:29:02
  • 投稿者 :
  • 編集

[C2246]

このスレッドテーマがめちゃめちゃ…(笑)どんな敵が見えてんのかと思ってみてきましたが『すぐに試せる!少ない投資でNo.1ホステスをモノにする方法』とか『・ ●秘伝!下手クソなのに狂おしいほど魅せちゃう儲かるセールス文章術 』とか(笑)中まで読んでませんがいろんな敵がいるものです…
 
>方や武蔵は、今までまったく使ったことの無い武器を使いました。
>そういう意味では、過去に囚われていません。
 
櫂って小次郎に取ってすごい「虚」だったろうなと…昨日から考えてました。武蔵はなんで櫂をつかえたのか…と考えてました。いろんなモノゴトに意味を持たせなかったのではないかとそう思いました。モノに付随する意味とは…経験則なのだと思います。 例えば「武器」という視点で…世の中を検索する時に…そこに意味付けの色眼鏡があってはジャマなのだと思いました。こうゆうものと言う思い込み。なんというか「私」の中味…全部のものを固定しているのが経験則なのだと思います。武器と言えば鉛筆で目を突いたっていいわけです。(しませんが)鉛筆にそれ以上の「意味」を普通に持たせてるのは「私」なのだと思いました。赤ちゃんが初めて鉛筆を見る時…それは得体の知れないものなのだと思います。そう見えてこそ…向こう側に近づくのかなと思いました。武蔵は…そう見えるまで試行錯誤していたのかなと思います。
 
武蔵という人は…意識的にその意味を剥いでいったのではないかと思います。意識で意識を剥いでいったんではないかと思いました。同じモノだから…削ぐことができたのではないかと思いました。そうして剥いでいくと…整合性のない無意識のでたらめシグナルにあわせやすくなるのかと思いました。そこでは…常識人から見たら「汚い」ぐらい意味がなくなるのかもしれません。 
 
小次郎は大変だったろうなと思いました。重い意識を凌駕すべくツバメを切り続けた訳ですから…そしてそれが出来た。真に天才だと思いました。
 
武蔵は…どうしたって意味付けしたくなる…そこをぐっとこらえていたのではないかと思いました。全部に意味があり…またそれは…そうでなくてもいいのだと思いました。武蔵の戦いって…巌流島だけではなかったのだと思います。すべてと対峙してたのだと思いました。私が見ているモノというのも全方位的存在なのかもしれないと思います。ただ三次元なので…例えば鉛筆は食べられません(たぶん…汗)限界はいちおうあるのだと思いますが。
 
しかし感想はかけるけれど…自分に置いてはどうしたらいいのかわかりません。もの凄い色眼鏡かけてると思うので…剥ぐことを考えると気が遠くなってきます。

[C2245] >巌流島・・意識と無意識の通信状態

無意識領域から意識に持ってくる時、六爻でもそうですが、多分なんらかの変換が必要になるような気がします。
六爻の場合は卦に一旦情報を変換していると思います。

武蔵はこの変換がうまかったような気がします。
反射の角度を変えるとはこの変換のことなのかもしれません。

基礎=無意識、応用=意識という図式が適切かどうか分かりません。

しかし固定化することは様々な選択肢がある中で、今回はこれで行こうという外側と意識の照準がぴったりあっていることだと思いました。

ということは、外側に対して無意識を適切な形式に変換を行うのは意識の仕業なのかもしれません。

[C2244] 巌流島に話を戻すと。。。

武蔵は無意識領域への問い返しが多かったので、未来情報を無意識領域から引き出す事が多く、勝ちに繋がったのではないかと思います。また、例えば、悪いことがおきそうでも、諦めず問い返しを行うことで、凶が吉に変わる事があるのではないかと思います。(これは雨が降って子供が助かったトラさんの外応から考えたことですが。。)

[C2243] >巌流島・・意識と無意識の通信状態

小次郎は技を磨き、それが抜きん出ために、それで勝てるという自信を持っていたのではないかと思います。一方、武蔵は、このままでは小次郎に勝つことはできないという危機感を持っていたのではないかと思います。その小次郎にどうしたら勝てるかという問いを持っていたかもしれません。意識、無意識で考えると、意識は無意識領域に対して、問い返しているのではないかと思います。それに対し、無意識領域は答えているのかもしれません。それが、トラさんの外応であれば、バッタであり、雨であり。。。問いを持った時、意識は外側に対して、とても、敏感になるのではないかと思います。そして、無意識領域で出した答えを意識で拾っているのではないかと思います。(最後、小次郎と武蔵から離れてしまいましたが。。)

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