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[C2588] >巌流島・・卑法の名

そんなこともあったのですね・・

それを武蔵に伝えずに、ただ武蔵を待っていたこともすごいし、その老婆心を向けてきた侍にたいし、「いや、でも・・」と言い返さず、「かしこまりました」と言ったこともすごいと思いました
2人で何の会話もなしに、共通の思いであったことにも感動しました。

大旦那とお鶴は、自分が人からどう思われるとか、そういうことに惑わされず、ただ、武蔵のことを思い、信頼し、行動したのだと思いました。


[C2567] それでも・・

静かな一間を振り向いたのみ・・。
なんでしょう・・・
武蔵とのつながりの強さ・・のようなものを感じます。
  • 2006/06/28-07:56:13
  • 投稿者 : まる
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[C2532] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/06/26-15:23:41
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[C2528]

大旦那とお鶴は武蔵を明らかに慕っていたようですし、武蔵が汚名をかぶることになるのは、二人にとって決して望んでいたことではないはずです。それは武蔵が出発時刻を約束より遅延していることに対して大旦那がイラついていたことからも見てとれます。 
 
武蔵を思っているだけにむしろ「武蔵に嫌われようと言うべきことは言う」といった姿勢からあえて苦言を呈したとしても当時そして今の常識からいっても賞賛されることはあってもあまり非難されることはなかったと思います。 
 
おそらく二人とも武蔵と接しているうちに、通常の道徳規範を超えたもっと深遠な「何か」を武蔵に感じたのだと思います。 
 
エートスに則って行動するのはある意味「多数への阿り」であると思いました。 


 


  • 2006/06/26-11:55:54
  • 投稿者 : GRO
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[C2523] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/06/26-00:50:02
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[C2516] >巌流島・・卑法の名

穏やかな波間にさざなみが立つような知らせの侍の言葉・・・
「卑怯の名」なだという言葉を向けられると、心が揺らぐような
気がします。
けれど、大旦那は「かしこまりました」の一言で、その場をやり過ごし、
変わらずに、静かに流れる時間に見を任せていました。
何を持って卑怯とするか・・・
侍の言葉にも動じなかったのは、武蔵にすべてを任せたからだと
思いました。
武蔵の姿は見えないけれど、微妙な気配を感じとっている大旦那は
さすがです。

[C2515] >わずかな時間を長い気持ちで、縁の端にならんで待っていた。


なんだかいい話です・・
本当に、ほっとします。。

この場面で、大旦那や娘が
「武蔵様、お急ぎ下さいませっ!!」
などど言ってしゃしゃり出てきたら、武蔵はたまったものではないと思います。

武蔵が鳥の声を聞くのと同じように、
大旦那と娘も、武蔵の心(無意識)に耳を澄ませていたのだと思います。


武蔵は徹底的にマイペースです。
大旦那と娘もマイペースです。
誰もしゃしゃり出たりしません。

みんな、メトロノームのリズムに乗っているかのようです・・。

「卑怯者」という汚名を着せられそうになれば、人はあせります。
何とかしなければ・・と思って、メトロのリズムを自ら崩してしまいます。

でも、武蔵も大旦那も娘も、リズムを崩しませんでした。

世間体よりも、自分たちのリズムを取りました。

それは武蔵たちが、
「勝負師の場」というものに乗っていたから、
出来たのだと思います。」

[C2514] 卑法の名

武蔵が小次郎と戦う前に、すでに大旦那は戦っていたのだと思いました。武蔵を呼びに言った大旦那は絵を描いている武蔵に負けてしまいました。これは細川藩という場から大旦那が外れ 常識を諦めて ぼーっとしている大旦那を想像してしまいました。卑法の名も運命と諦めている感じがします。 

[C2513] 感想

吉川英治の原作には「つばめ返し」の語はでていなかったですね。

ただ、武蔵が知り合った侍が小次郎とモメテ、小次郎が
腰に指した物干し竿を抜き打ちに切り上げ、侍が倒されたことがありました。

武蔵が刀傷を見せてもらうと、蛤の身のように首の肉が
切り取られており、もう少しで頚動脈をやられるところを
助かった。

武蔵は「つばめ斬り」との言葉が浮かびました。
このとき武蔵は剣のワザでは勝てない、と悟ったのでしょう。
以後意識の上でも、無意識でもどうしたら勝てるか、
とのみ考え続けたのでしょう。

負けたら死にますから、生き残るために卑怯だの、
正々堂々だのの現世の倫理は、思考の外へ飛ばされたのでしょう。

結果は勝つべくして勝ちましたが、倫理を無視した武蔵は
召抱える大名もなく、客分、居候として生涯を終えました。

決闘の舞台、舟島も武蔵島とか二天島にならず、
巌流島、と小次郎にちなんだ名でよばれました。
これは倫理無視の武蔵より、潔く散った小次郎を
憐れんだ人々の意思と、正々堂々戦おうとしたのに
思うようにいかず、恨みを持って死んだ小次郎の
鎮魂のために島に、巌流島と名づけたのでしょう。

武蔵も小次郎も自己の信じる武道を行っただけでしょうが、
勝つことに執着した武蔵のこだわりが結果にあらわれたのでしょう。
  • 2006/06/25-20:16:30
  • 投稿者 : 十四郎
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[C2512] 保身

社会通念として正しい、と認識されていることは多いと思います。
子供らしく、男の子(女の子)らしく、高校生らしく、社会人らしくしなさい
と注意されるか、暗に求められた経験が私にもあります。
加えて、「伝統」とかを持ち出されると、かなり息苦しさを覚えます。
本当に伝統が好きで惚れ込んでいる人は別ですが、たいていの人は当たり障り
のないように、路線からはずれない振りをしているだけかもしれませんが。
保身・・・それは、自分の気持ちや考えがどうであれ、周りに合わせる行為だと
思います。

大旦那とお鶴はよく動かなかったと思います。 「卑怯」云々を言われれば、
心が揺れたことでしょう。 それでも、動きませんでした・・・
私が大旦那なら、どうしただろうと考えました。 やはり武蔵には何も言わず、
そのままにしていたかもしれません。 しかし、私なら、次のような方法で言
い訳をして、保身に走っただろうと思うのです。 

私は細川藩の偵察侍に言ったでしょう。
「武蔵様にはもう時間ですと言いました、ですが、武蔵様はまだ・・・」

私の過去の言動を考えると、残念ながら、これくらいのことは言ったはずです。
何も言い返さなかった大旦那とお鶴とは、大きな違いだと思います。

[C2511] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/06/25-09:29:25
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[C2510] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/06/25-09:24:30
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[C2509] 卑法の名

 パブリック・イメージや共同幻想は、それを提示した側が有利ななるようにしくまれているプロパガンダの一貫であるということとこの時代が動乱の終わりの時期で実より名をとる時代に以降していっていたと思いました。自分の見据えていたものを信じる何が重要なことか武蔵も武蔵の周囲の人達もしっかりと認識していた気がしました。
  • 2006/06/25-08:50:42
  • 投稿者 : yk
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[C2508]

>そのまま、わずかな時間を長い気持ちで、縁の端にならんで待っていた。
  
>すごいです・・・
>大旦那とお鶴・・さすがです。
>卑法の名とまで言われても、動こうとはしませんでした。
 
すごすぎです。なんというか…私のなかには見えない言動だ。
しかし『わずかな時間を長い気持ちで』とあるから…やはり平静ではなかったのだと思いました。
どうしてそう出来たのだろう。武蔵への信頼でしょうか。私は…そう思いました。正義って…逆に信用できないから存在するのだと思いました。信頼しあえないから…縛るのだと思いました。
大旦那とお鶴は武蔵という人を丸ごと信用したのではないかと思います。もちろん人間だから迷ったのでしょう。でも「全存在」を取ったのだと思います。武蔵という人は…生きるということに手抜きがなかったのだろうなとおもいました。そういう有り様に疑いの余地はなかったんじゃないかと思いました。(上手く書けませんが…)

[C2507] >巌流島・・卑法の名

大旦那とお鶴は武蔵に賭けたのだと思います。
当然佐々木厳流サイドから時間通りに来ないことに対してクレームがつけられることは
あらかじめわかっていたことです。
じっと碇を下ろしたままの状態で縁の端にならんで待つことができたのは、命を預けた
ようなものだと思いました。
武蔵なら大丈夫という根拠のない確信があったのだと思います。
自信の無い人ほど、社会的地位や肩書きや、今までの過去の実績を前面に出しますが、
武蔵は何も持っていないことを周囲の人達にさらしていたと思います。
卑怯と言われてもブレないものが、武蔵にはあると、大旦那とお鶴はわかっていたのだと
思います。
  • 2006/06/24-23:13:28
  • 投稿者 : イーキン
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[C2506] 武家の沽券

わざわざ遅刻しないように忠告する為に早舟を出した細川藩は、小次郎の場に武蔵を早く引きずり出したかったからに違いない。
大勢の介添え人が付く小次郎方は気迫でも勝とうとしていたように見える。
まさにサポーターも一緒になって相手方をやり込めようとするかのようである。
いくら強くても一介の浪人を相手に細川藩が負けては沽券にかかわる・・。
メンツがつぶれる・・。
正当な武家が正当な武士道で勝たなくてはと、藩をあげて応援に必死だった様子が見て取れます。

威嚇するような使いの侍に屈しなかった大旦那親子もまた只者ではありません。
官を敵に回した武蔵の応援をするからにはさすが肝の据わった商人だと
感心しました。

(2476の投稿は私ですが何故か名前が抜けていました・・汗)
  • 2006/06/24-22:42:35
  • 投稿者 : 空タネ
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[C2505] 巌流島・・卑法の名


わざわざ呼びに来るなんて、なんかすごくやだなぁと思いました。
たぶん、武蔵の遅刻が有名で、それで呼びに来たのでしょうが・・
これから命のやりとりをしようっていうときに、老婆心って、本当に余計なお世話だと思います。
大旦那もお鶴も、たぶんこの侍の言葉を聞いて、武蔵に声をかけるのはやめようと思ったんじゃないかと思いました。
逆に侍の声が武蔵に聞こえて場を壊してしまわなかったかと、そっちのほうが気がかりだったのではと思います。

[C2504] 〉厳流島・・卑法の名

>「くれぐれも、卑法の名をおとりなさらぬよう、老婆心までに一言を・・」

命をかけたこのような決闘というのを、
したことが無い無情の言葉のように
思えました。
武蔵は農民だし、大旦那もお鶴も商人で
武家のように
命という時より、名をとるということに
どれだけの魅力を感じていただろうかと思います。

死刑執行場面でも、
「最後の望みは何か」と聞かれる
・・・そういうシーンがあります。

農民も商人も武家の建前の一言よりも
武蔵様を大事に思うさまをこのような表現するところが
吉川文学の魅力なのだと思います。
殺伐とした戦いの中の情の細やかさ・・
大旦那やお鶴に感情移入して読んでしまいますが
はたして、自分がこのような情景の中で
二人とおなじようにできるかと問えば、
もりけんさんにこうやって、「さすがです。」と指摘されなければ気がつかずに読みすごしていたでしょう。
そして、そのような対応を確かにできないかもしれないです。


  • 2006/06/24-19:19:40
  • 投稿者 : ぱぷる
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[C2503] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/06/24-18:54:07
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[C2502] 卑法の名とまで言われても、動こうとはしませんでした

前に単なる武蔵・次郎戦かもと書きましたが。。。よく考えると櫂繋がり。。水繋がり。。水繋がりは幾重にも時空にちかずきひろがるんでしょううう。。。それに。。潮の満ち引きなど。。。磁場に繋がり。。。そんでもって。。遅れたことなど気にしない武蔵は。。。オットットット。。。こ。。こんなところにまでええ~~。。。すごいなあああ@@。。。
  • 2006/06/24-18:32:07
  • 投稿者 : バニー
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[C2500] >厳流島・・卑法の名

そう言われたくないので、やむを得ず向かったら、単なる「駆け引きの場」に化すと思います。

「男性人気投票やったら、社長に怒られるからやらない」と思うのと、似たか寄ったかと思います。

武蔵は本当の自由だったのだと思いました。
太郎左右衛門と、お鶴も、自由を共有(わずかな時間を長い気持ちで)したのかも知れません。

[C2499] 生き様

 「勝ち」にゆく、からブレてません。
 周りの人も、もちろん武蔵も。ただ一点、見つめていた。
 どちらかというと、周りのヒトは武蔵の発する「空気」に
 のまれるような感じだったかもしれません。
 でも、みんなとても敏感です。
 その一点を突破するために、360度、開かれていた。
 太陽の光を集めて、焼き焦がし、穴をあけるような感じです。
 どんな手法をとるか、小次郎のように「生き方」にこだわっていては
 「運命」は越えられない・・そう思いました。
 遅刻したらいけない、約束したから守らなくては・・
 「勝つ」とゆうのは、正義を通すことではない、そう思います。
 卑怯と言われようと「勝つ」勝てば、卑怯は消えるからです(汗)
 「勝つ」ってなんだろう・・「運命」を越えることかもしれない
  そう思いました。
 
 
 
 

[C2498] 行こうとしても

その場面を思い浮かべてみました。

突然割ってはいる侍の声が意識的だと思いました。
なんか眠りというか、たゆたう時間に割って入った印象です。

大旦那も武士にとって「卑怯」ということがどれだけ沽券に関わるか知っていたと思います。

多分「呼びにいこうかな・・・」ぐらいの気持ちは出たかもしれません。
でも足が動かなかった。
お鶴もそんな感じがします。

大旦那とお鶴は「武蔵にお任せ」状態で、武蔵もまた何かの流れに任せて状態だったのだと思います。

その流れを感じることの方が卑怯を選ぶより生きている感じがしていたのかもしれません。

誰もが自意識を手放しているように思いました。

[C2497]

大旦那もお鶴も、武蔵がただ絵を描いていて時間を忘れているのではない・・・
なにかアルのだと思いながらも、どうすることもできずにいるきがしました。

細川藩の侍にせかされても、武蔵の部屋に行かないのはその声が武蔵にも聞こえているだろうと思ったかもしれない・・・・・

呼びにいくことで武蔵の心に小さな波さえも立てることはしたくなかったのではないか・・・・

[C2496] 卑怯の名はとらなかった

実際に本も読まず、その後の武蔵がどういわれていたのか知りませんが、とりあえず「卑怯者」とは呼ばれてないですよね。遅れて行ったにもかかわらず・・

勝負の世界に「きたない」も「卑怯」もないのだと思います。でも、世間では正々堂々が良いとされてますが。

大旦那とお鶴・・今、武蔵を見にいって、とても声をかけられる雰囲気ではなかったわけですから。心中「卑怯の名をおとりにならぬように、と言われてもなあ」と思ったとしても。
それにしてもこのときから勝ちの場が作られていたのですね。というか、一つ一つの場がつながっていって、おおきな流れになったのかなと思いました。

[C2495] >卑法の名


「約束破りの汚名」という意味かなと思って考えていました。
 
もし遅れて行けば、小次郎側にこう言われてしまうことは、大旦那も娘も
ずいぶん考えたと思うし心配だったと思います。
 
それを他の人に念を押すように言われたら、なおさら心配になって居ても
立ってもいられないような心境だったかもしれません。
 
それでも大旦那と娘は「武蔵殿におまかせするしかない…待つしかない」と
いう心境だったのだと思いました。
 
心配しながらも、武蔵の気が散らないように静かに待っていたのだと思い
ました。
  • 2006/06/24-11:42:02
  • 投稿者 : ぷく
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[C2494] >厳流島・・卑法の名

卑怯と言われないため成すべきことは、評価する側の価値観許容範囲に自分を合わせることなのだと思いました。
世の中何につけても、見えないルールが存在していそうに思うのは、ただの思いこみだと思えてきました。
卑怯とは無縁の公明正大であろうというのは、自分を立派に構築することのようでいて、実体のないものさしを自分に押しつけることだと思います。ものさしを背負ったままではやってられない非常時となり、出遅れ、窮しても、誰も責任とっちゃくれないと思います。
相手に卑怯だぞと言う場合は、非常に腹が立っているとわかるのと、これ以上打つ手がなく負けが見えた側の捨てゼリフっぽいですね。

使いの侍の伝言を丁寧に受ける一方、自分のところで留め置いて、武蔵にまかせておいた大旦那と娘さんは偉いと思います。そういう人になりたいです。

[C2493] >巌流島・・卑法の名

大旦那とお鶴は、「場」を大切にしていた・・

「場」を崩すことはできなかった・・

それくらい、微細な「場」が、
そこには、あったのだと思いました。


  • 2006/06/24-11:23:35
  • 投稿者 : あかり
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[C2492] 〉厳流島・・卑法の名

侍にとって卑法の名を残す事は耐えがたい一大事なのだと改めて思います。それを周知の上で言わなかったなんてやはり凄いの一言にです。でもさらに凄いのはそういうメンバーが揃う武蔵のくくりかただと思いました。
  • 2006/06/24-11:04:45
  • 投稿者 : Ciel
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[C2491] >巌流島・・卑法の名

名より実をとったんじゃないかと思います。そういうものより、今の武蔵の場を大事にしたかったのではないかと思います。今に集中することを大事にしたかったのではないかと思いました。武蔵の気を削ぐような事はしたくなかったのだと思いました。

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巌流島・・卑法の名

 
 吉川英治の原文です。
 
*******************
 
「行ったのだが、あの部屋に行くと、妙に、止めるのも悪い気がしてなあ」
 
 するとどこかで、
 
「太郎左右衛門殿っ、太郎左右衛門っ」
 
 声は、家の外だった。
 庭先の下の干潟へ、細川藩の早舟が一艘、漕ぎ寄せていた。その早舟の上に突っ立っている侍が呼んだのだ。
 
「武蔵殿には、もはや、お出ましなされましたか」
 
 と訪ねた。
 太郎左右衛門(大旦那)が、まだと答えると
 
「では少しも早くご用意を整えて、お出向き下さるよう、お伝え下さい。すでに相手方の佐々木厳流どのにも藩公のお船にて、島へ向かわれたし」
 
「かしこまりました」
 
「くれぐれも、卑法の名をおとりなさらぬよう、老婆心までに一言を・・」
 
 言い終わると、先を急くように早舟はすぐに櫓を返して、漕ぎ去った。
 が、太郎左右衛門もお鶴も、奥の静かな一間を振り向いたのみで、そのまま、わずかな時間を長い気持ちで、縁の端にならんで待っていた。
 
********************
 
 すごいです・・・
 
 大旦那とお鶴・・さすがです。
 
 卑法の名とまで言われても、動こうとはしませんでした。 
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30件のコメント

[C2588] >巌流島・・卑法の名

そんなこともあったのですね・・

それを武蔵に伝えずに、ただ武蔵を待っていたこともすごいし、その老婆心を向けてきた侍にたいし、「いや、でも・・」と言い返さず、「かしこまりました」と言ったこともすごいと思いました
2人で何の会話もなしに、共通の思いであったことにも感動しました。

大旦那とお鶴は、自分が人からどう思われるとか、そういうことに惑わされず、ただ、武蔵のことを思い、信頼し、行動したのだと思いました。


[C2567] それでも・・

静かな一間を振り向いたのみ・・。
なんでしょう・・・
武蔵とのつながりの強さ・・のようなものを感じます。
  • 2006/06/28-07:56:13
  • 投稿者 : まる
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[C2532] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/06/26-15:23:41
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[C2528]

大旦那とお鶴は武蔵を明らかに慕っていたようですし、武蔵が汚名をかぶることになるのは、二人にとって決して望んでいたことではないはずです。それは武蔵が出発時刻を約束より遅延していることに対して大旦那がイラついていたことからも見てとれます。 
 
武蔵を思っているだけにむしろ「武蔵に嫌われようと言うべきことは言う」といった姿勢からあえて苦言を呈したとしても当時そして今の常識からいっても賞賛されることはあってもあまり非難されることはなかったと思います。 
 
おそらく二人とも武蔵と接しているうちに、通常の道徳規範を超えたもっと深遠な「何か」を武蔵に感じたのだと思います。 
 
エートスに則って行動するのはある意味「多数への阿り」であると思いました。 


 


  • 2006/06/26-11:55:54
  • 投稿者 : GRO
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[C2523] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/06/26-00:50:02
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[C2516] >巌流島・・卑法の名

穏やかな波間にさざなみが立つような知らせの侍の言葉・・・
「卑怯の名」なだという言葉を向けられると、心が揺らぐような
気がします。
けれど、大旦那は「かしこまりました」の一言で、その場をやり過ごし、
変わらずに、静かに流れる時間に見を任せていました。
何を持って卑怯とするか・・・
侍の言葉にも動じなかったのは、武蔵にすべてを任せたからだと
思いました。
武蔵の姿は見えないけれど、微妙な気配を感じとっている大旦那は
さすがです。

[C2515] >わずかな時間を長い気持ちで、縁の端にならんで待っていた。


なんだかいい話です・・
本当に、ほっとします。。

この場面で、大旦那や娘が
「武蔵様、お急ぎ下さいませっ!!」
などど言ってしゃしゃり出てきたら、武蔵はたまったものではないと思います。

武蔵が鳥の声を聞くのと同じように、
大旦那と娘も、武蔵の心(無意識)に耳を澄ませていたのだと思います。


武蔵は徹底的にマイペースです。
大旦那と娘もマイペースです。
誰もしゃしゃり出たりしません。

みんな、メトロノームのリズムに乗っているかのようです・・。

「卑怯者」という汚名を着せられそうになれば、人はあせります。
何とかしなければ・・と思って、メトロのリズムを自ら崩してしまいます。

でも、武蔵も大旦那も娘も、リズムを崩しませんでした。

世間体よりも、自分たちのリズムを取りました。

それは武蔵たちが、
「勝負師の場」というものに乗っていたから、
出来たのだと思います。」

[C2514] 卑法の名

武蔵が小次郎と戦う前に、すでに大旦那は戦っていたのだと思いました。武蔵を呼びに言った大旦那は絵を描いている武蔵に負けてしまいました。これは細川藩という場から大旦那が外れ 常識を諦めて ぼーっとしている大旦那を想像してしまいました。卑法の名も運命と諦めている感じがします。 

[C2513] 感想

吉川英治の原作には「つばめ返し」の語はでていなかったですね。

ただ、武蔵が知り合った侍が小次郎とモメテ、小次郎が
腰に指した物干し竿を抜き打ちに切り上げ、侍が倒されたことがありました。

武蔵が刀傷を見せてもらうと、蛤の身のように首の肉が
切り取られており、もう少しで頚動脈をやられるところを
助かった。

武蔵は「つばめ斬り」との言葉が浮かびました。
このとき武蔵は剣のワザでは勝てない、と悟ったのでしょう。
以後意識の上でも、無意識でもどうしたら勝てるか、
とのみ考え続けたのでしょう。

負けたら死にますから、生き残るために卑怯だの、
正々堂々だのの現世の倫理は、思考の外へ飛ばされたのでしょう。

結果は勝つべくして勝ちましたが、倫理を無視した武蔵は
召抱える大名もなく、客分、居候として生涯を終えました。

決闘の舞台、舟島も武蔵島とか二天島にならず、
巌流島、と小次郎にちなんだ名でよばれました。
これは倫理無視の武蔵より、潔く散った小次郎を
憐れんだ人々の意思と、正々堂々戦おうとしたのに
思うようにいかず、恨みを持って死んだ小次郎の
鎮魂のために島に、巌流島と名づけたのでしょう。

武蔵も小次郎も自己の信じる武道を行っただけでしょうが、
勝つことに執着した武蔵のこだわりが結果にあらわれたのでしょう。
  • 2006/06/25-20:16:30
  • 投稿者 : 十四郎
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[C2512] 保身

社会通念として正しい、と認識されていることは多いと思います。
子供らしく、男の子(女の子)らしく、高校生らしく、社会人らしくしなさい
と注意されるか、暗に求められた経験が私にもあります。
加えて、「伝統」とかを持ち出されると、かなり息苦しさを覚えます。
本当に伝統が好きで惚れ込んでいる人は別ですが、たいていの人は当たり障り
のないように、路線からはずれない振りをしているだけかもしれませんが。
保身・・・それは、自分の気持ちや考えがどうであれ、周りに合わせる行為だと
思います。

大旦那とお鶴はよく動かなかったと思います。 「卑怯」云々を言われれば、
心が揺れたことでしょう。 それでも、動きませんでした・・・
私が大旦那なら、どうしただろうと考えました。 やはり武蔵には何も言わず、
そのままにしていたかもしれません。 しかし、私なら、次のような方法で言
い訳をして、保身に走っただろうと思うのです。 

私は細川藩の偵察侍に言ったでしょう。
「武蔵様にはもう時間ですと言いました、ですが、武蔵様はまだ・・・」

私の過去の言動を考えると、残念ながら、これくらいのことは言ったはずです。
何も言い返さなかった大旦那とお鶴とは、大きな違いだと思います。

[C2511] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/06/25-09:29:25
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[C2510] 管理人のみ閲覧できます

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  • 2006/06/25-09:24:30
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[C2509] 卑法の名

 パブリック・イメージや共同幻想は、それを提示した側が有利ななるようにしくまれているプロパガンダの一貫であるということとこの時代が動乱の終わりの時期で実より名をとる時代に以降していっていたと思いました。自分の見据えていたものを信じる何が重要なことか武蔵も武蔵の周囲の人達もしっかりと認識していた気がしました。
  • 2006/06/25-08:50:42
  • 投稿者 : yk
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[C2508]

>そのまま、わずかな時間を長い気持ちで、縁の端にならんで待っていた。
  
>すごいです・・・
>大旦那とお鶴・・さすがです。
>卑法の名とまで言われても、動こうとはしませんでした。
 
すごすぎです。なんというか…私のなかには見えない言動だ。
しかし『わずかな時間を長い気持ちで』とあるから…やはり平静ではなかったのだと思いました。
どうしてそう出来たのだろう。武蔵への信頼でしょうか。私は…そう思いました。正義って…逆に信用できないから存在するのだと思いました。信頼しあえないから…縛るのだと思いました。
大旦那とお鶴は武蔵という人を丸ごと信用したのではないかと思います。もちろん人間だから迷ったのでしょう。でも「全存在」を取ったのだと思います。武蔵という人は…生きるということに手抜きがなかったのだろうなとおもいました。そういう有り様に疑いの余地はなかったんじゃないかと思いました。(上手く書けませんが…)

[C2507] >巌流島・・卑法の名

大旦那とお鶴は武蔵に賭けたのだと思います。
当然佐々木厳流サイドから時間通りに来ないことに対してクレームがつけられることは
あらかじめわかっていたことです。
じっと碇を下ろしたままの状態で縁の端にならんで待つことができたのは、命を預けた
ようなものだと思いました。
武蔵なら大丈夫という根拠のない確信があったのだと思います。
自信の無い人ほど、社会的地位や肩書きや、今までの過去の実績を前面に出しますが、
武蔵は何も持っていないことを周囲の人達にさらしていたと思います。
卑怯と言われてもブレないものが、武蔵にはあると、大旦那とお鶴はわかっていたのだと
思います。
  • 2006/06/24-23:13:28
  • 投稿者 : イーキン
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[C2506] 武家の沽券

わざわざ遅刻しないように忠告する為に早舟を出した細川藩は、小次郎の場に武蔵を早く引きずり出したかったからに違いない。
大勢の介添え人が付く小次郎方は気迫でも勝とうとしていたように見える。
まさにサポーターも一緒になって相手方をやり込めようとするかのようである。
いくら強くても一介の浪人を相手に細川藩が負けては沽券にかかわる・・。
メンツがつぶれる・・。
正当な武家が正当な武士道で勝たなくてはと、藩をあげて応援に必死だった様子が見て取れます。

威嚇するような使いの侍に屈しなかった大旦那親子もまた只者ではありません。
官を敵に回した武蔵の応援をするからにはさすが肝の据わった商人だと
感心しました。

(2476の投稿は私ですが何故か名前が抜けていました・・汗)
  • 2006/06/24-22:42:35
  • 投稿者 : 空タネ
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[C2505] 巌流島・・卑法の名


わざわざ呼びに来るなんて、なんかすごくやだなぁと思いました。
たぶん、武蔵の遅刻が有名で、それで呼びに来たのでしょうが・・
これから命のやりとりをしようっていうときに、老婆心って、本当に余計なお世話だと思います。
大旦那もお鶴も、たぶんこの侍の言葉を聞いて、武蔵に声をかけるのはやめようと思ったんじゃないかと思いました。
逆に侍の声が武蔵に聞こえて場を壊してしまわなかったかと、そっちのほうが気がかりだったのではと思います。

[C2504] 〉厳流島・・卑法の名

>「くれぐれも、卑法の名をおとりなさらぬよう、老婆心までに一言を・・」

命をかけたこのような決闘というのを、
したことが無い無情の言葉のように
思えました。
武蔵は農民だし、大旦那もお鶴も商人で
武家のように
命という時より、名をとるということに
どれだけの魅力を感じていただろうかと思います。

死刑執行場面でも、
「最後の望みは何か」と聞かれる
・・・そういうシーンがあります。

農民も商人も武家の建前の一言よりも
武蔵様を大事に思うさまをこのような表現するところが
吉川文学の魅力なのだと思います。
殺伐とした戦いの中の情の細やかさ・・
大旦那やお鶴に感情移入して読んでしまいますが
はたして、自分がこのような情景の中で
二人とおなじようにできるかと問えば、
もりけんさんにこうやって、「さすがです。」と指摘されなければ気がつかずに読みすごしていたでしょう。
そして、そのような対応を確かにできないかもしれないです。


  • 2006/06/24-19:19:40
  • 投稿者 : ぱぷる
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[C2503] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/06/24-18:54:07
  • 投稿者 :
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[C2502] 卑法の名とまで言われても、動こうとはしませんでした

前に単なる武蔵・次郎戦かもと書きましたが。。。よく考えると櫂繋がり。。水繋がり。。水繋がりは幾重にも時空にちかずきひろがるんでしょううう。。。それに。。潮の満ち引きなど。。。磁場に繋がり。。。そんでもって。。遅れたことなど気にしない武蔵は。。。オットットット。。。こ。。こんなところにまでええ~~。。。すごいなあああ@@。。。
  • 2006/06/24-18:32:07
  • 投稿者 : バニー
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[C2500] >厳流島・・卑法の名

そう言われたくないので、やむを得ず向かったら、単なる「駆け引きの場」に化すと思います。

「男性人気投票やったら、社長に怒られるからやらない」と思うのと、似たか寄ったかと思います。

武蔵は本当の自由だったのだと思いました。
太郎左右衛門と、お鶴も、自由を共有(わずかな時間を長い気持ちで)したのかも知れません。

[C2499] 生き様

 「勝ち」にゆく、からブレてません。
 周りの人も、もちろん武蔵も。ただ一点、見つめていた。
 どちらかというと、周りのヒトは武蔵の発する「空気」に
 のまれるような感じだったかもしれません。
 でも、みんなとても敏感です。
 その一点を突破するために、360度、開かれていた。
 太陽の光を集めて、焼き焦がし、穴をあけるような感じです。
 どんな手法をとるか、小次郎のように「生き方」にこだわっていては
 「運命」は越えられない・・そう思いました。
 遅刻したらいけない、約束したから守らなくては・・
 「勝つ」とゆうのは、正義を通すことではない、そう思います。
 卑怯と言われようと「勝つ」勝てば、卑怯は消えるからです(汗)
 「勝つ」ってなんだろう・・「運命」を越えることかもしれない
  そう思いました。
 
 
 
 

[C2498] 行こうとしても

その場面を思い浮かべてみました。

突然割ってはいる侍の声が意識的だと思いました。
なんか眠りというか、たゆたう時間に割って入った印象です。

大旦那も武士にとって「卑怯」ということがどれだけ沽券に関わるか知っていたと思います。

多分「呼びにいこうかな・・・」ぐらいの気持ちは出たかもしれません。
でも足が動かなかった。
お鶴もそんな感じがします。

大旦那とお鶴は「武蔵にお任せ」状態で、武蔵もまた何かの流れに任せて状態だったのだと思います。

その流れを感じることの方が卑怯を選ぶより生きている感じがしていたのかもしれません。

誰もが自意識を手放しているように思いました。

[C2497]

大旦那もお鶴も、武蔵がただ絵を描いていて時間を忘れているのではない・・・
なにかアルのだと思いながらも、どうすることもできずにいるきがしました。

細川藩の侍にせかされても、武蔵の部屋に行かないのはその声が武蔵にも聞こえているだろうと思ったかもしれない・・・・・

呼びにいくことで武蔵の心に小さな波さえも立てることはしたくなかったのではないか・・・・

[C2496] 卑怯の名はとらなかった

実際に本も読まず、その後の武蔵がどういわれていたのか知りませんが、とりあえず「卑怯者」とは呼ばれてないですよね。遅れて行ったにもかかわらず・・

勝負の世界に「きたない」も「卑怯」もないのだと思います。でも、世間では正々堂々が良いとされてますが。

大旦那とお鶴・・今、武蔵を見にいって、とても声をかけられる雰囲気ではなかったわけですから。心中「卑怯の名をおとりにならぬように、と言われてもなあ」と思ったとしても。
それにしてもこのときから勝ちの場が作られていたのですね。というか、一つ一つの場がつながっていって、おおきな流れになったのかなと思いました。

[C2495] >卑法の名


「約束破りの汚名」という意味かなと思って考えていました。
 
もし遅れて行けば、小次郎側にこう言われてしまうことは、大旦那も娘も
ずいぶん考えたと思うし心配だったと思います。
 
それを他の人に念を押すように言われたら、なおさら心配になって居ても
立ってもいられないような心境だったかもしれません。
 
それでも大旦那と娘は「武蔵殿におまかせするしかない…待つしかない」と
いう心境だったのだと思いました。
 
心配しながらも、武蔵の気が散らないように静かに待っていたのだと思い
ました。
  • 2006/06/24-11:42:02
  • 投稿者 : ぷく
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[C2494] >厳流島・・卑法の名

卑怯と言われないため成すべきことは、評価する側の価値観許容範囲に自分を合わせることなのだと思いました。
世の中何につけても、見えないルールが存在していそうに思うのは、ただの思いこみだと思えてきました。
卑怯とは無縁の公明正大であろうというのは、自分を立派に構築することのようでいて、実体のないものさしを自分に押しつけることだと思います。ものさしを背負ったままではやってられない非常時となり、出遅れ、窮しても、誰も責任とっちゃくれないと思います。
相手に卑怯だぞと言う場合は、非常に腹が立っているとわかるのと、これ以上打つ手がなく負けが見えた側の捨てゼリフっぽいですね。

使いの侍の伝言を丁寧に受ける一方、自分のところで留め置いて、武蔵にまかせておいた大旦那と娘さんは偉いと思います。そういう人になりたいです。

[C2493] >巌流島・・卑法の名

大旦那とお鶴は、「場」を大切にしていた・・

「場」を崩すことはできなかった・・

それくらい、微細な「場」が、
そこには、あったのだと思いました。


  • 2006/06/24-11:23:35
  • 投稿者 : あかり
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[C2492] 〉厳流島・・卑法の名

侍にとって卑法の名を残す事は耐えがたい一大事なのだと改めて思います。それを周知の上で言わなかったなんてやはり凄いの一言にです。でもさらに凄いのはそういうメンバーが揃う武蔵のくくりかただと思いました。
  • 2006/06/24-11:04:45
  • 投稿者 : Ciel
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[C2491] >巌流島・・卑法の名

名より実をとったんじゃないかと思います。そういうものより、今の武蔵の場を大事にしたかったのではないかと思います。今に集中することを大事にしたかったのではないかと思いました。武蔵の気を削ぐような事はしたくなかったのだと思いました。

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