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[C2590] 自己目的以外の物

「鳥の声を聞け」・・状態ではない場合、
自己目的が前面に出てくると思います。
それしかないかも・・です。
そこへ向かっていく・・
上っていくために、集中させる・・。
その時、周りのものはすべていらぬものになるかもと思いました。
  • 2006/06/29-15:42:05
  • 投稿者 : まる
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[C2589] >巌流島・・すべてを捨てた小次郎

人生をかけた闘いを前にして、小次郎の取ったこの行動は、なんとなくわかる気がしました。

私自身、これまでに、人生をかけた闘いではないけど、次のステップにいきたいと思ったとき、今の自分を変えたいなどと思ったときなどに、身の回りの色々なものをガンガン捨てたことがあります。
でも、そうして「さっぱりした」「身軽になった」と思うということは、それらのものへの執着があったということです。
捨て去らなければいけないのは、物そのものではなく、その物への執着かもしれません。

また、過去を捨て去りたいときにも、過去のものを捨てました。
物を捨てても過去はなくならないのに。
まるで自己暗示にかけているようです。
それにこういう行為は、まさに自分を丸ごと受け入れていない証拠です。

大事なもの、大事にしていたものを捨て去る行為は、自分を高めるためのひとつの修行のように思いました。
小次郎はそうして闘いに向け、自分のテンションを上げていったような感じがします。
闘うのは、自分のウデひとつだから・・。
自分が強くならないといけないから・・。

このお話からも、小次郎の視点は自分だけに向いていたのだなあと思いました。

[C2560] 星が

きれい‥月も‥
変わっていてびっくりしました。
  • 2006/06/28-00:07:53
  • 投稿者 : リョウコ
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[C2544] すべてを捨てた小次郎

ここに小次郎の美学があるのかもしれませんが、カッコつけすぎです。勝たなくては、命を落としてしまうのですよ。いろんなものに頼ったって、勝てば結果オーケーなのです。どうも、負け様を想定して(自分は神仏にすがってはいない、とか、母からの肌着をだれにもさらしたくない、とか。)すべてを捨てた行為に及んだのではないか....ともとれてしまいます。

[C2543] >岩国の母が心をこめて縫った梵字の肌着までを、

母親からのって、母親が嫌いなのでなければなかなか捨てにくいと思います。でも、待ってると思うとそれも重荷なのかな‥。全部捨ててしまうと、神仏にもなににも頼らず、もう、頼れるものは自分しかいなくなるから、自分の力を全開にするにはいいかもと思います。生きても死んでも、自分ひとり‥みたいな‥。誰かが待ってるから勝ってそこに帰ろう、とか思うのは、勝利以外の願望が、勝利の邪魔をすると思ったのだろうかと思いました。
  • 2006/06/27-17:46:53
  • 投稿者 : リョウコ
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[C2542] すべてを捨てた小次郎

小次郎がこの行動に至る気持ちにすごく共感してしまいます。

しかし、自分につながる全てから自分を切り離してしまうことは、自分だけしか信じられないということをもしかしたら時空に発信しているのかもしれません。

ブツに執着というより、そのブツにこめられた気持ちがうっとうしかったのだと思います。それが執着心なのかもしれませんが・・・

しかし、うっとうしさというネガティヴな感情だけしか受け取れない時は、実は見落としていることがあるのかもしれません。

[C2541] >心の曇りになると

>絶対的なものへ向かっていくあの気持ち
やっぱり、小次郎はピュアな青年の感じがします。
思春期から青年期にかけて、それまでの関係性が>重荷であった。 時期ってあって、冷たい気持ちではなく、多分、苦しい気持ち共感します。
ちょうど、この頃は、現実検討無視の「私は原因」や「夢」や「希望」が肥大化する時期にも当たると思います。
でも、無意識の中ではそれまでの「くくり」がきっと変化する時期なのではないかと思います。
一度、切れて、また繋がる。瞬間、瞬間に繋がれれば武蔵の境地でしょうか。
繋がる事なく、死んで逝った小次郎、女心は、「刹那の恋人」で抱きしめて上げたい。母心は、「勝手にしやがれ」です。(爆)

[C2540] 色々で良いけど

武蔵の生き様も美しいけど
小次郎の生き様も美しい^^

美しい二人が並んだとき
武蔵の美しさが勝っていた・・・

別に小次郎の生き様が愚かだったわけではない

小次郎も美しい^^
私はそう宣言する

[C2539] すべてを捨てる

 小次郎はすべてを捨てることによって感傷的なことなどを断ち切り、勝負へ臨んだのかもしれません、しかしそれ以上に自分の味方になるものまでも捨て去って孤立してしまった、味方からも切り離された状態に自ら置いてしまったような気がしました。やはり視点は剣のみだったような気がしました。
  • 2006/06/27-09:08:10
  • 投稿者 : yk
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[C2538] 小次郎の気持ち

小次郎の捨てたかったものって何だったのかな・・と
思いました
なんで、応援してくれるヒトの気持ちが重荷だったんだろう・・
小次郎の気持ちが、わかるような、わかんないような

どんなに自分を「磨いた」と思っても、
どんなに以前とは「変わった」と思っても・・ホントは何も
変わっていないのかもしれない。
みんなの優しさを振り払って、遠く離れた・・そう思っていても
ほんとはずっとつながっているのかもしれない
ですが、ブツを捨てることによって・・大切なつながりに「変更」が
かかってしまったのかもしれない(・・汗)そんな風に思いました

[C2537] >巌流島・・すべてを捨てた小次郎

小次郎すべてを捨てて、身一つで、武蔵に向かっていったのだと思いました・・

でも・・
それは、小次郎には、執着があった・・
ということかもしれないと思いました。
それは、何への執着だったのか・・
武蔵に勝つということ・・
そして、それは、己に克つということでもあったのかもしれません。。

武士道ということばが浮かびました。。

でも、執着がなければ、何かを捨てる必要もないと思いました。


  • 2006/06/26-20:29:00
  • 投稿者 : あかり
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[C2536] >巌流島・・すべてを捨てた小次郎

小次郎にとっても、巌流島の戦いというのは普通の戦いではなかったのだなと思いました。
それまで身につけていたものをすべて捨て去り、身一つにならなければ戦えないほどの立ち合いだったのだと。
小次郎にとって、武蔵はそれほどの相手だったのだと思いました。
それは、そういうものを頼ったり、思い出して心が揺れたりする、そういう自分の中の弱い部分を捨て去ろうとしたような気がしました。
ただ己の剣のみを信じ、武蔵に向かうことで、強くあろうとしたのではないかと。
 
でも、武蔵は、そういう自分の弱さを切り捨てなかったのではないかと思いました。

[C2535] >「さっぱりした」


小次郎の一連の行動に、理屈ぬきに危機感を感じます。
まるで、死ぬための準備をしているみたいだから・・・

なんというか、生きて帰ってくることを考えている人間の行動ではないような気がします・・

外応的にも「凶」なんじゃないかと・・。


あらゆるものを利用しようとした武蔵と、あまりにも対称的です。

わざわざ、自分を守ってくれるものを捨ててまで、
己の力のみで勝負しようとする小次郎・・

悲壮感すら漂っています。

リズムに乗れてないんじゃないか・・
武蔵たちが、無意識のリズムに身をまかせているのに比べると・・・

[C2534] >すべてを捨てた小次郎

生死を賭けた決戦の前にあって覚悟を決めた小次郎の姿が、なんだか悲愴に映りました。
これまでの情け・絆・好意という重荷、全てを断ち切って迎えるつもりなのだな、と思いました。彼にとっては、決戦は、単なる人生の流れの中の一通過点ではないという事なのか、と思います。
そりゃ、生死が係ってるのだから、普通ではいられないのでしょう、無理もありません・・。自分のしがらみを全てクリアーにしてから、進みたい、という気持も(こんな軽い気持ではとうていなかったとは思いますが)、理解できます。
身軽になって心底、身も心も「さっぱりした」んだと思います。
ただ、しがらみは捨てようとすればするほど、まとわりついてくる気がします。小次郎のやった事はあくまで形だけのことだと思います。切っても切れるものじゃない、知ってて、それでも形だけでもいいからそうしたかったのだろうな、と思いました。

[C2533]

一見、すべての執着心を捨てて目的だけに絞って・・・・


でも、これって死を覚悟した人のように思えます。

[C2531] 無駄

無駄と思っていた存在を
無駄ではなかったと悟り
≪さりげない感謝≫でつつんでやったとき

≪力≫はやってくる
お前に使われたいと^^やって来る

他力本願^^
自力閉眼^^
すべての存在が繋がっている

光に偏りしとき「上位」となり
地に足の着かぬ^^戯けとなる

お前に影は消えたのかい?おぅ!^^

[C2530] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/06/26-12:41:41
  • 投稿者 :
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[C2529]

「目的・目標に集中する」「集中力」というのは、精神世界で非常に尊ばれていると思います。 
 
今回の記事で何かに集中するということはその他のもの一切を捨てることにつながるのだなと思いました。今までとは違う角度から集中の功罪(罪だけか)を確認でき、気付きとも言える視点を得られました。 
そしてまた、集中しようという意図の根底には「自力」本願思想があるのだなとも思いました。 
  • 2006/06/26-12:21:42
  • 投稿者 : GRO
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[C2527] >巌流島・・すべてを捨てた小次郎

真剣勝負は紙一重の差で決着がつくのだと思います。
その差は三次元的に言えば、運、不運と思います。
小次郎は、勝つためには「自力が絶対」の思いだったように感じます。
それは、自分一人ではどうにもならない状態の先に、
越える力(運)が存在する事への視点移動がなかった
という事かと思いました。

[C2526] >巌流島・・すべてを捨てた小次郎

私が小次郎のお母さんだったら、寂しいです、悲しいです。息子がそうと決めたなら、それで良いと微笑を浮かべて受け止めながらも、心に穴が開いたかの状態を、ずっと背負っていきそうです。
小次郎は、情やしがらみを一切放とうとしたのだと思います。それらのない100%ピュアな自分自身で敵に対することが、いかんなく実力を発揮し敵を倒すことにつながると思ったのでしょう。
でも、それは、せっかく大地に張った根を、すっぽりひっこぬくようなことだとも思いました。
孫さんがもりけんさんを表現されたのは、確か「土手の上の草」でした。それはもりけんさんが常々言われる浮遊感の現れだと思います。
ところが、根っこごと抜いてしまったものは、もう戻って来られないどころか、枯れてしまうに決まっています。
そんな孤独に自分を追い込む必要などどこにもないのに、いったい誰からそうせよと教わったのか、どうしてそんな考えを良しとしちゃうのでしょうね、世間はぁ!

[C2525] >「さっぱりした」と厳流はつぶやいた。

こう言う気持ちになることよくあります。そして現実にも…よく切り捨てて…やって来ました。身軽な一人になりたくて。好意は期待ともかさなり…重いです。答えるのがしんどい。人に応えてるのは…仮(ウソつき)の自分だと思ってた気がします。小次郎は「ホントウの自分」で生死に対面したかったのかなと思いました。
 
しかし…斬っても切っても伐っても…一瞬はキレイになっても…同じことが結局おこるのだと…そういう気がします。「ホントウの自分」なんてないんじゃないかと…「自分さがしブーム」にのってきた世代なのでそう思いました。逃げられるもんじゃない気がしました。
 
以上全く個人的見解ですが…だからこそ武蔵がどうであったのか…とても気になります。「すべて」を武蔵はどうとらえていたのか…清濁、人情併せ持つワリキレナイ世界と武蔵はどう折り合いを付けていたのか…と感じました。
 
>今日にサヨナラ。明日にコンニチワ。
 
はははは(汗)、まだ午前中で始まったばっかりなのですが…今日も1/3まで来てサヨナラ…。「サヨナラだけが人生だ」ってフレーズあったなと思いました。

[C2524] すべてを捨てた小次郎

一見執着心を捨て去ったかに見えますがむしろその逆のような気がします。
いろんなブツに重圧を感じて引っ張られる自分の心を立て直しそんな思いを拭い去りたかったようです。
ブツにとらわれていなかったら捨てる必要もありませんし・・。
失恋した時もらったプレゼントやら手紙を捨て去るのにも似ています・・。
敗北感や執着心がなければ別にそばにあったって何てことありませんもの・・・。
  • 2006/06/26-09:39:54
  • 投稿者 : 空タネ
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[C2522] >「さっぱりした」


その言葉はあんまりじゃないかと思いましたが、でもそれまでも、全部潮へ流して
しまった後も、お守りやお母さんから渡されたものを大事に身につける気持ちがあ
ったし、色々な人と自分の関係を事務的なものとしか感じていなかったわけではな
かったんだ…と思いました。
 
ただそれらの全てが、戦いの場では自分を弱めてしまうと感じていた。。。
自分の力を100%発揮するには、自分という存在以外の一切を、心や体から剥ぎ
落とさなければならないのだと考えていたのだと思いました。
 
自分の心や体にまとわりついているもの全てを脱ぎ捨てた時、最高の剣さばきと鋭
敏な感覚を身につけた自分には一切の弱点が無くなったと考えていたのかもしれま
せん。
  • 2006/06/25-23:41:10
  • 投稿者 : ぷく
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[C2521] >巌流島・・すべてを捨てた小次郎

捨てたのは鞘だけではなかったのですね。。武蔵のいうようにすでに負けにきてるようにも思えます。

[C2520] >

コメントをどうぞ

[C2519] 小次郎は逆に何かに執着があるのかな

と思いました。表面上、天才肌で「ねっとり」が嫌いというのはいかにも小次郎らしいと思うのですが、逆に何かにとてつもなく執着する一面があるような気がします。武蔵は一見「ねっとり」ですが、簡単に色々なものを切り捨てることができそうです。武蔵はお札も手紙も肌着も全部とっておくと思います。つまり、何にも執着していないんだと思います。
  • 2006/06/25-23:27:40
  • 投稿者 : ナイル
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[C2518] 巌流島・・すべてを捨てた小次郎

自分のまわりの特定な(好きな)人達への意識を捨ててみるということかもと思いました
それは、「私は結果」だと結果の世界の出来事のままで、「私」中心の延長で、狭い外側しか見れないことで、「私」の外側が中心な感覚は「捨てる」モードに意識しないと、また自分(結果)に逆戻りしてしまうのかもと思いました

[C2517] 巌流島・・すべてを捨てた小次郎

勝負に行くのに、自分の大切な人達の思いを心強いとは思わずに、すべて捨てるというのは、その自分脱出というか思いの世界がなぜか変わるというか、感覚の世界でないなにか潔い別の世界に旅たつ決意みたいなものが勝る状態になっているのかもと思いました

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巌流島・・すべてを捨てた小次郎

 
以下、吉川英治の原文です。
船で巌流島に向かうシーンです。
小次郎側の視点です。
 
************************
 
 厳流は身につけている神仏のお札やら手紙の反古やら、また岩国の母が心をこめて縫った梵字の肌着までを、すべて元来の自己目的以外の物は、みな投げて、潮へ流してしまった。
「さっぱりした」
 と厳流はつぶやいた。
 今の絶対的なものへ向かっていくあの気持ちには、あの人、この人と、思いださるる、情けは絆は、すべて心の曇りになると思った。
 自分に勝たせようと祈ってくれる大勢の人々の好意も、重荷であった。
 
************************
 
 次回は、これに対する武蔵側の行動を書きます。
 
 この対比も、面白いです。
 
 きょうは私のコメントは、ありません。
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28件のコメント

[C2590] 自己目的以外の物

「鳥の声を聞け」・・状態ではない場合、
自己目的が前面に出てくると思います。
それしかないかも・・です。
そこへ向かっていく・・
上っていくために、集中させる・・。
その時、周りのものはすべていらぬものになるかもと思いました。
  • 2006/06/29-15:42:05
  • 投稿者 : まる
  • URL
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[C2589] >巌流島・・すべてを捨てた小次郎

人生をかけた闘いを前にして、小次郎の取ったこの行動は、なんとなくわかる気がしました。

私自身、これまでに、人生をかけた闘いではないけど、次のステップにいきたいと思ったとき、今の自分を変えたいなどと思ったときなどに、身の回りの色々なものをガンガン捨てたことがあります。
でも、そうして「さっぱりした」「身軽になった」と思うということは、それらのものへの執着があったということです。
捨て去らなければいけないのは、物そのものではなく、その物への執着かもしれません。

また、過去を捨て去りたいときにも、過去のものを捨てました。
物を捨てても過去はなくならないのに。
まるで自己暗示にかけているようです。
それにこういう行為は、まさに自分を丸ごと受け入れていない証拠です。

大事なもの、大事にしていたものを捨て去る行為は、自分を高めるためのひとつの修行のように思いました。
小次郎はそうして闘いに向け、自分のテンションを上げていったような感じがします。
闘うのは、自分のウデひとつだから・・。
自分が強くならないといけないから・・。

このお話からも、小次郎の視点は自分だけに向いていたのだなあと思いました。

[C2560] 星が

きれい‥月も‥
変わっていてびっくりしました。
  • 2006/06/28-00:07:53
  • 投稿者 : リョウコ
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[C2544] すべてを捨てた小次郎

ここに小次郎の美学があるのかもしれませんが、カッコつけすぎです。勝たなくては、命を落としてしまうのですよ。いろんなものに頼ったって、勝てば結果オーケーなのです。どうも、負け様を想定して(自分は神仏にすがってはいない、とか、母からの肌着をだれにもさらしたくない、とか。)すべてを捨てた行為に及んだのではないか....ともとれてしまいます。

[C2543] >岩国の母が心をこめて縫った梵字の肌着までを、

母親からのって、母親が嫌いなのでなければなかなか捨てにくいと思います。でも、待ってると思うとそれも重荷なのかな‥。全部捨ててしまうと、神仏にもなににも頼らず、もう、頼れるものは自分しかいなくなるから、自分の力を全開にするにはいいかもと思います。生きても死んでも、自分ひとり‥みたいな‥。誰かが待ってるから勝ってそこに帰ろう、とか思うのは、勝利以外の願望が、勝利の邪魔をすると思ったのだろうかと思いました。
  • 2006/06/27-17:46:53
  • 投稿者 : リョウコ
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[C2542] すべてを捨てた小次郎

小次郎がこの行動に至る気持ちにすごく共感してしまいます。

しかし、自分につながる全てから自分を切り離してしまうことは、自分だけしか信じられないということをもしかしたら時空に発信しているのかもしれません。

ブツに執着というより、そのブツにこめられた気持ちがうっとうしかったのだと思います。それが執着心なのかもしれませんが・・・

しかし、うっとうしさというネガティヴな感情だけしか受け取れない時は、実は見落としていることがあるのかもしれません。

[C2541] >心の曇りになると

>絶対的なものへ向かっていくあの気持ち
やっぱり、小次郎はピュアな青年の感じがします。
思春期から青年期にかけて、それまでの関係性が>重荷であった。 時期ってあって、冷たい気持ちではなく、多分、苦しい気持ち共感します。
ちょうど、この頃は、現実検討無視の「私は原因」や「夢」や「希望」が肥大化する時期にも当たると思います。
でも、無意識の中ではそれまでの「くくり」がきっと変化する時期なのではないかと思います。
一度、切れて、また繋がる。瞬間、瞬間に繋がれれば武蔵の境地でしょうか。
繋がる事なく、死んで逝った小次郎、女心は、「刹那の恋人」で抱きしめて上げたい。母心は、「勝手にしやがれ」です。(爆)

[C2540] 色々で良いけど

武蔵の生き様も美しいけど
小次郎の生き様も美しい^^

美しい二人が並んだとき
武蔵の美しさが勝っていた・・・

別に小次郎の生き様が愚かだったわけではない

小次郎も美しい^^
私はそう宣言する

[C2539] すべてを捨てる

 小次郎はすべてを捨てることによって感傷的なことなどを断ち切り、勝負へ臨んだのかもしれません、しかしそれ以上に自分の味方になるものまでも捨て去って孤立してしまった、味方からも切り離された状態に自ら置いてしまったような気がしました。やはり視点は剣のみだったような気がしました。
  • 2006/06/27-09:08:10
  • 投稿者 : yk
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[C2538] 小次郎の気持ち

小次郎の捨てたかったものって何だったのかな・・と
思いました
なんで、応援してくれるヒトの気持ちが重荷だったんだろう・・
小次郎の気持ちが、わかるような、わかんないような

どんなに自分を「磨いた」と思っても、
どんなに以前とは「変わった」と思っても・・ホントは何も
変わっていないのかもしれない。
みんなの優しさを振り払って、遠く離れた・・そう思っていても
ほんとはずっとつながっているのかもしれない
ですが、ブツを捨てることによって・・大切なつながりに「変更」が
かかってしまったのかもしれない(・・汗)そんな風に思いました

[C2537] >巌流島・・すべてを捨てた小次郎

小次郎すべてを捨てて、身一つで、武蔵に向かっていったのだと思いました・・

でも・・
それは、小次郎には、執着があった・・
ということかもしれないと思いました。
それは、何への執着だったのか・・
武蔵に勝つということ・・
そして、それは、己に克つということでもあったのかもしれません。。

武士道ということばが浮かびました。。

でも、執着がなければ、何かを捨てる必要もないと思いました。


  • 2006/06/26-20:29:00
  • 投稿者 : あかり
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[C2536] >巌流島・・すべてを捨てた小次郎

小次郎にとっても、巌流島の戦いというのは普通の戦いではなかったのだなと思いました。
それまで身につけていたものをすべて捨て去り、身一つにならなければ戦えないほどの立ち合いだったのだと。
小次郎にとって、武蔵はそれほどの相手だったのだと思いました。
それは、そういうものを頼ったり、思い出して心が揺れたりする、そういう自分の中の弱い部分を捨て去ろうとしたような気がしました。
ただ己の剣のみを信じ、武蔵に向かうことで、強くあろうとしたのではないかと。
 
でも、武蔵は、そういう自分の弱さを切り捨てなかったのではないかと思いました。

[C2535] >「さっぱりした」


小次郎の一連の行動に、理屈ぬきに危機感を感じます。
まるで、死ぬための準備をしているみたいだから・・・

なんというか、生きて帰ってくることを考えている人間の行動ではないような気がします・・

外応的にも「凶」なんじゃないかと・・。


あらゆるものを利用しようとした武蔵と、あまりにも対称的です。

わざわざ、自分を守ってくれるものを捨ててまで、
己の力のみで勝負しようとする小次郎・・

悲壮感すら漂っています。

リズムに乗れてないんじゃないか・・
武蔵たちが、無意識のリズムに身をまかせているのに比べると・・・

[C2534] >すべてを捨てた小次郎

生死を賭けた決戦の前にあって覚悟を決めた小次郎の姿が、なんだか悲愴に映りました。
これまでの情け・絆・好意という重荷、全てを断ち切って迎えるつもりなのだな、と思いました。彼にとっては、決戦は、単なる人生の流れの中の一通過点ではないという事なのか、と思います。
そりゃ、生死が係ってるのだから、普通ではいられないのでしょう、無理もありません・・。自分のしがらみを全てクリアーにしてから、進みたい、という気持も(こんな軽い気持ではとうていなかったとは思いますが)、理解できます。
身軽になって心底、身も心も「さっぱりした」んだと思います。
ただ、しがらみは捨てようとすればするほど、まとわりついてくる気がします。小次郎のやった事はあくまで形だけのことだと思います。切っても切れるものじゃない、知ってて、それでも形だけでもいいからそうしたかったのだろうな、と思いました。

[C2533]

一見、すべての執着心を捨てて目的だけに絞って・・・・


でも、これって死を覚悟した人のように思えます。

[C2531] 無駄

無駄と思っていた存在を
無駄ではなかったと悟り
≪さりげない感謝≫でつつんでやったとき

≪力≫はやってくる
お前に使われたいと^^やって来る

他力本願^^
自力閉眼^^
すべての存在が繋がっている

光に偏りしとき「上位」となり
地に足の着かぬ^^戯けとなる

お前に影は消えたのかい?おぅ!^^

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  • 2006/06/26-12:41:41
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[C2529]

「目的・目標に集中する」「集中力」というのは、精神世界で非常に尊ばれていると思います。 
 
今回の記事で何かに集中するということはその他のもの一切を捨てることにつながるのだなと思いました。今までとは違う角度から集中の功罪(罪だけか)を確認でき、気付きとも言える視点を得られました。 
そしてまた、集中しようという意図の根底には「自力」本願思想があるのだなとも思いました。 
  • 2006/06/26-12:21:42
  • 投稿者 : GRO
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[C2527] >巌流島・・すべてを捨てた小次郎

真剣勝負は紙一重の差で決着がつくのだと思います。
その差は三次元的に言えば、運、不運と思います。
小次郎は、勝つためには「自力が絶対」の思いだったように感じます。
それは、自分一人ではどうにもならない状態の先に、
越える力(運)が存在する事への視点移動がなかった
という事かと思いました。

[C2526] >巌流島・・すべてを捨てた小次郎

私が小次郎のお母さんだったら、寂しいです、悲しいです。息子がそうと決めたなら、それで良いと微笑を浮かべて受け止めながらも、心に穴が開いたかの状態を、ずっと背負っていきそうです。
小次郎は、情やしがらみを一切放とうとしたのだと思います。それらのない100%ピュアな自分自身で敵に対することが、いかんなく実力を発揮し敵を倒すことにつながると思ったのでしょう。
でも、それは、せっかく大地に張った根を、すっぽりひっこぬくようなことだとも思いました。
孫さんがもりけんさんを表現されたのは、確か「土手の上の草」でした。それはもりけんさんが常々言われる浮遊感の現れだと思います。
ところが、根っこごと抜いてしまったものは、もう戻って来られないどころか、枯れてしまうに決まっています。
そんな孤独に自分を追い込む必要などどこにもないのに、いったい誰からそうせよと教わったのか、どうしてそんな考えを良しとしちゃうのでしょうね、世間はぁ!

[C2525] >「さっぱりした」と厳流はつぶやいた。

こう言う気持ちになることよくあります。そして現実にも…よく切り捨てて…やって来ました。身軽な一人になりたくて。好意は期待ともかさなり…重いです。答えるのがしんどい。人に応えてるのは…仮(ウソつき)の自分だと思ってた気がします。小次郎は「ホントウの自分」で生死に対面したかったのかなと思いました。
 
しかし…斬っても切っても伐っても…一瞬はキレイになっても…同じことが結局おこるのだと…そういう気がします。「ホントウの自分」なんてないんじゃないかと…「自分さがしブーム」にのってきた世代なのでそう思いました。逃げられるもんじゃない気がしました。
 
以上全く個人的見解ですが…だからこそ武蔵がどうであったのか…とても気になります。「すべて」を武蔵はどうとらえていたのか…清濁、人情併せ持つワリキレナイ世界と武蔵はどう折り合いを付けていたのか…と感じました。
 
>今日にサヨナラ。明日にコンニチワ。
 
はははは(汗)、まだ午前中で始まったばっかりなのですが…今日も1/3まで来てサヨナラ…。「サヨナラだけが人生だ」ってフレーズあったなと思いました。

[C2524] すべてを捨てた小次郎

一見執着心を捨て去ったかに見えますがむしろその逆のような気がします。
いろんなブツに重圧を感じて引っ張られる自分の心を立て直しそんな思いを拭い去りたかったようです。
ブツにとらわれていなかったら捨てる必要もありませんし・・。
失恋した時もらったプレゼントやら手紙を捨て去るのにも似ています・・。
敗北感や執着心がなければ別にそばにあったって何てことありませんもの・・・。
  • 2006/06/26-09:39:54
  • 投稿者 : 空タネ
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[C2522] >「さっぱりした」


その言葉はあんまりじゃないかと思いましたが、でもそれまでも、全部潮へ流して
しまった後も、お守りやお母さんから渡されたものを大事に身につける気持ちがあ
ったし、色々な人と自分の関係を事務的なものとしか感じていなかったわけではな
かったんだ…と思いました。
 
ただそれらの全てが、戦いの場では自分を弱めてしまうと感じていた。。。
自分の力を100%発揮するには、自分という存在以外の一切を、心や体から剥ぎ
落とさなければならないのだと考えていたのだと思いました。
 
自分の心や体にまとわりついているもの全てを脱ぎ捨てた時、最高の剣さばきと鋭
敏な感覚を身につけた自分には一切の弱点が無くなったと考えていたのかもしれま
せん。
  • 2006/06/25-23:41:10
  • 投稿者 : ぷく
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[C2521] >巌流島・・すべてを捨てた小次郎

捨てたのは鞘だけではなかったのですね。。武蔵のいうようにすでに負けにきてるようにも思えます。

[C2520] >

コメントをどうぞ

[C2519] 小次郎は逆に何かに執着があるのかな

と思いました。表面上、天才肌で「ねっとり」が嫌いというのはいかにも小次郎らしいと思うのですが、逆に何かにとてつもなく執着する一面があるような気がします。武蔵は一見「ねっとり」ですが、簡単に色々なものを切り捨てることができそうです。武蔵はお札も手紙も肌着も全部とっておくと思います。つまり、何にも執着していないんだと思います。
  • 2006/06/25-23:27:40
  • 投稿者 : ナイル
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[C2518] 巌流島・・すべてを捨てた小次郎

自分のまわりの特定な(好きな)人達への意識を捨ててみるということかもと思いました
それは、「私は結果」だと結果の世界の出来事のままで、「私」中心の延長で、狭い外側しか見れないことで、「私」の外側が中心な感覚は「捨てる」モードに意識しないと、また自分(結果)に逆戻りしてしまうのかもと思いました

[C2517] 巌流島・・すべてを捨てた小次郎

勝負に行くのに、自分の大切な人達の思いを心強いとは思わずに、すべて捨てるというのは、その自分脱出というか思いの世界がなぜか変わるというか、感覚の世界でないなにか潔い別の世界に旅たつ決意みたいなものが勝る状態になっているのかもと思いました

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