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[C2724]

武蔵は若い頃、強さを求め続けていたと思います。
強くなりたい・・・ただそれだけを求め続けていたように思えます。
 
しかし、強さを求め続けた先に見えてきたのは、剣術の技ではなく、
崇高な精神性でも、強靭な精神力でもなく、日常なのだと思いました。
 
特別な何かではなく、日常の何気なく見過ごしてしまいそうな部分に
勝負の命運を分けるものが潜んでいるのを、知っていたのだと思いました。
 

[C2710] 勝負!!

勝負というと、巌流島だけで、決せられると、考えられています。試合が本番、本番に結果がだせれば、あとは、問われないと。

しかし、勝負を全方位から眺めると、また、ぜんぜん様相が変わりました。

結局、時空内により広く拡がった「私」が、勝つような、気がします。
まるで、面積勝負・・・明朗会計に勝敗が決まるように思えました。

[C2679]

日常の生き方を以って小次郎との戦いに勝った武蔵。
武蔵のこういう勝ち方を明らかなものにした人はもりけんさんが初めてです!また、武蔵の本質に名文でここまで迫っていた吉川さんの宮本武蔵はすごい小説だと思いました。

武蔵は小次郎に間接的に勝っています。日常の生き方を以って外側を大切にして時空が味方しているような感じです。小次郎のような、周りを大切にせず、モロ直球で勝負しようとする人には時空は味方しないのでしょう(汗)。他力的であるとはどういうことか武蔵の本質に迫ったもりけんさんの巌流島を通じて勉強出来ました。


  • 2006/07/03-21:54:48
  • 投稿者 : おかだ
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[C2673] 日常の生き方

どんなにスゴイ技を身につけようが
生き方からは決して逸脱できない・・。
日々の生き方や感じ方、
それが勝負につながっている・・。
何とも、深いです。
  • 2006/07/03-15:17:35
  • 投稿者 : まる
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[C2667] >巌流島・・総集編(終わり)

勝負の場と生活の場は決して断絶しているわけではなく、どんな場も常に接点があるように思いました。
そして、その接点の状態によってどうとでも変わるのだろうと思います。

小次郎は試合前に接点を切ったのだと思います。
だから・・・かもしれませんが、一人きりになり負けたような気がします。

武蔵はずっと接点を繋げたままにしておいたのでしょう。だから一人で戦っている気がしなかったのではないかと思いました。

仕事というのも社会との接点だと思います。
その接続の仕方によって、仕事に溺れたり、適切な距離を取れたりするのかもしれません。

なぜ仕事をしているのか?と問われたら、社会というものを知るにはとてもいい場だと思うからと答えるかもしれません。
日本社会も時空の一部です。
時空を知るには時空に飛び込む必要があると思います。
もりけんさんからの受け売りぽいですが。

仕事も全方位式時空探求の一方法だと思いました。

[C2665] >日常の生き方です。

仕事…なにか作業してれば仕事…と思いたい。しかし、お金が入ってこないと片身が狭い。そういや武蔵は勝ってもそれに報酬というのはないんだから、なんのために戦うのかというのは、どう考えてたんやろ。武蔵が小次郎と戦うことになったことこそ、周囲が動いた結果で、まさに運命で、武蔵は一番そのことを感じてたかもしれない。武蔵が白い紙を前にして、絵を描くときと同じようにして、起こってきたものの帰結‥そこには、「なんのため」ってことも、もう存在していない‥
  • 2006/07/03-12:19:24
  • 投稿者 : 龍(ロン)
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[C2657] >なんで仕事をしてるんだろう?

ほ、ほんとです。中国にいるのに…ちゃんとブログに夜が来てる…(驚!)『仕事』かどうかはわかりませんが…ちょうおどろきました。

[C2656]

武蔵が恵まれていたのかそれとも小次郎かと考えましたがどちらも優劣はつきません。
武蔵は派手なところがあまりありませんが人との出会いは密なところがあります。
武蔵は結構、受身で勝負に臨みますが生きることに真剣です。
それが剣以外を取り入れることができたように思いました。
小次郎も人との出会いはあるのに表面的な印象を受けてしまいます。
小次郎は自分にしか関心が無いことが剣にこだわったことにも現れていると思います。
大旦那も卑怯と言われても怯まなかったのは武蔵との絆を強く感じます。
勝負という一点だけでは剣の技術が注目されますが、
結果を考えると剣だけではないと思いました。
  • 2006/07/02-21:13:21
  • 投稿者 : 小町
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[C2655] >なんで仕事をしてるんだろう?

なぜなのだろうと思います。

確か、憲法に、勤労の義務というのがあったと思います。

だとすれば、働くことは、義務。。


で・・
働かなければ、お金を稼げないし、
お金を稼がないと、食べていけないし、
食べないと、生きれないし・・


そう考えていくと、
「生きるため」
というところに行き着きます。


で・・義務とかね合わせると、
社会がうまく循環する(生きる)ため。。
ともいえるのかなと思いました。


でも。。

日本人は、働きすぎなんじゃないか。。と思います。

だって、一日のほとんどは、仕事をしている。


明日は月曜日・・

だから仕事にいく・・


>なんで仕事をしているんだろう?


分からないけれど、
明日になれば、出勤するだろう。


それは、「生きる」ことも同じだと思いました。

なぜ、生きているのか、分からないままに


生きてるという現実があるから


  • 2006/07/02-20:15:25
  • 投稿者 : あかり
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[C2654] >巌流島・・総集編(終わり)


>捨てる物、もらう物・・
>絵を描くときのスタンス・・
 
>こういうものが、勝敗を決めたと思いました。
 
>これは武術ではありません。
>日常の生き方です。


武蔵は、外側を包含した、ネットワークに、身を委ねていて・・

小次郎を、すべてを捨てた・・

ふたりは、その生き方において、180度反対の方向性を持っていたのだと思いました。


武蔵は、全方位につながっていますが、
小次郎は、一方方向を突き詰めたがゆえに、

他方向とのつながりが切れていたのだと思いました。


方向性を定めて、突き詰めるのか・・

全方位に開かれて、つながるのか・・


によって、勝敗は決まったのではないかと思いました。


>これは武術ではありません。
>日常の生き方です。


武蔵と小次郎の、武術の勝負であったが、
勝敗を決めたのは、
武術そのものではなかった・・


むしろ、武術の勝負において、
武術の向上のみを突き詰めると、
負けるのだと思いました。


全方位に開かれた武蔵は、
ネットワークにつながれていたから、
勝った・・


のだと思いました。


  • 2006/07/02-20:01:10
  • 投稿者 : あかり
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[C2653] 巌流島・・総集編(終わり)

 武蔵と小次郎といえば試合とか、剣の技みたいな物語だとばかりおもっていましたが、もりけんさんが言われた通り途中から、風向きが変わってきました。
 
 ブログが始まった時、メインよりも分かりやすいのでコメントできるかな、と思っていましたが、途中から、「うーん」とうなってしまいました。
 
全然わかりやすくないじゃん。
 
私の日常の生き方を反映しているようです。

[C2651] >巌流島・・総集編(終わり)

何かを成し遂げるには、何かを犠牲にして当たり前と思いがちです。
ゴールを目指して一刻を争ってまっしぐらにすぎた道には、置いてきぼりをくらった人やもの、そして自分の分身さえ、うち捨てられたくさん転がり、悲しい声をあげているかもしれません。
ゴールの先には間違いなくバラ色の何かが待ち受けていると言えるのでしょうか・・・
武蔵と小次郎の対比を、こんなに深く味わえたことに感じ入ります。
原作者の思いを、NHK大河ドラマ脚本家がどれほど心を砕いて表現されたかも知りました。
点が線となり、つながったのだと思います。
それがもりけんさんによって、さらに延び、これをきっかけに初めて原作を手にする私たちも含めて大きなサークルを描くのかもしれません。
伝説の武蔵と小次郎を、これからじっくり味わっていく上で、彼らに深い深い思いを重ねた3者がたを道しるべにさせていただきます。
「日常の生き方」とうかがうと、誰でも、私でも、心新たにとりかかれるそうです、うれしいです。
本に向き合うのも、年齢ならではの味わいがありそうで楽しみですが、こうも深く読めるものかともりけんさんには驚嘆いたしました。
私も「たかがセンサー」となって、じっくりページを繰ろうと思います。
「巌流島 武蔵と小次郎」 ありがとうございました。

[C2650] >巌流島・・総集編(終わり)

前半の巌流島の勝負のシーンから、勝つために何をしたらよいか、勝つことが目的となったら何をしたらよいかを思いました。

話が進むにつれて、勝つことは結果としてあったけどもそこに至るまでの経緯が日常を映しているように思いました。

何気ない日常が、とても大切なプロセスであると思いました。社会で生きていくときに勝つことを目的とすると、生きることに連続性がなくなるような気がしました。だから、日常は連続性で常に途切れることが無いものと思いました。

日常は派手なものでなく、静かに「私」を形成しているものだと思いました。その日常に気付くか気付かないかによって、生きる方向性も違って行くと思いました。

[C2649] 切られてもいいから・・・

真理とは日常なり
 目の前に私は居る

そのままの眼を持てば
 何時だってすべてが微笑む

覚えるべきテクニックなど無い
 あなたの思いやる心が
何一つ虚栄を含んでいなければ
 あなたはそのままで笑える

心眼は
 ≪そのままの眼≫に辿るまでの道標^^

旅の途中で「先生」になるな^^

[C2648] 日常

朝、目が覚めたらまた「わたし」です。でもどうして「わたし」と思うのか
わかりません。「わたしは、私」とも思いません。
お店に行って仕事(仕事・・汗)をします。お店なので、入ってくるヒトを
待っています。
はじめて会う人に出会い・・お茶をしながら、お話をしたりします。
買い物もしてくれます。
ホームページを開いて、フシケンのHPに書き込みします。
毎日、私の「神さま(爆)」が難題(・・汗)を、用意して
くれています。
眠る時間が減りました。移動時間も忙しくなりました。
日々の中に「問い」の「答え」と思えるようなことがいっぱい起きてきました。
だんだんと現実が「不思議なもの」のような気がしてきました。
どんなエラいひとも、貧乏人も極悪人も「私は誰?」の前では「答え」は
出ないんだ・・そう思ったら、急にヒトも自分もちっぽけで、すごく弱い
ような、そんな気がしてきました。
私がまったく知らなかった「物理」の世界では、私がお金を払っている
わけでもないのに、良いことをしているわけでもないのに、
太陽はずっと輝いて生命を育んでいる。太陽に「ありがとう!」なんて
普段思わないし、息を吸うのだっていっつもしているけど、
(空気なくなったらすぐ死んじゃうくせに)
60億人に提供されてるすごいサービスなのに・・当たり前にある(汗)
すごい世界だな・・って(滝汗)それなのに「自分」はすごーくエラくってすぐに何でもできるよ!そう、思ってました(汗)
でも違った(汗)それでも「私」も大事。
私もいるから空気も循環するし、お互いがいて成立している世界
なのかもしれないな、そう思いました。
極悪人もいちよう息吸えば、二酸化炭素出せるし(爆)植物は助かる(汗)
私はまだ物理の世界だってよくわかんないです。何にも勉強、進んでない。
でも勉強は覚えるだけじゃない、
地道な努力と「何故」である・・(為近せんせい)と聞いたから
これが「鳥の声」だとしたら、やっぱり日々「なぜ?」が大切です。
「それは、捨てちゃいけない・・」そう思いました。
巌流島のお話、武蔵と小次郎は、歴史上の人物だったんだ・・(汗)とゆう
ところからはじまり、物語のように書いてあるけれど「現実」で
「現実」は物語のようだとも、思いました。
ほんとうに日々の中で、役立つとゆうか、小さなところから大きなところに
視点が移り、大きなところから小さなところに視点がたくさん移りました。
基点がなければ、朝とか夜とか、時間とか、場所とか・・どこでもどんな
時も選ばなないで、「私」は「私」でいられるのかもしれないと、そんな
風に思いました。最後はまた浮遊するように終わっちゃいました(汗)


[C2647] >巌流島・・総集編(終わり)

小次郎は武道家としては優れていたのでしょう。
きっと技だけだったら武蔵に勝っていたのだと思います。
でも、時間とともに全てが流動している巌流島という場では流れに足をすくわれたのではないかと思いました。あらゆるものを肯定し、大切にして受け入れている武蔵はどんな場面であっても、あらゆるものが味方してくれて、切り抜けていけるのではないかと思いました。
巌流島の話は詳しくしらなかったですが、こんなに深く
味わって考えたのは初めてです。毎日、とても楽しみでした^^
もりけんさんにかかると何でも生きてくるっていつも思います。時空の探求も同じなのだと思います。


  • 2006/07/02-13:48:09
  • 投稿者 : Ciel
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[C2646] >巌流島・・総集編(終わり)

二人共、人並み外れた剣の達人と思います(当たり前
(汗))。
小次郎は技を磨く事に集中した事で、ほかの事が目に入らない状態になったのだと思います。
つまり定点を持ってしまった状態です。
そしてそこからしか武蔵を見ていないので、武蔵を見下して見てしまったのかも知れません。

しかし、武蔵は到達点がなかった。
技のその先へ、一歩又一歩と進んだ。
武蔵の心身の自由自在な柔軟さは、そこから生まれたものであり、戦いの場も、日常の生き方の延長線上のものだったのだと思いました。

[C2645] >巌流島・・総集編(終わり)

武蔵が戦っていた相手は人間ではなく、時空だったのかと思いました。
もちろん武蔵が誰かと時空とか五行について語り合ったりすることは無かったのですが。
しかし普段の生活はいたってシンプルだし、何かの成果を求めて生きていたわけでもなか
ったし、世の中を良くしようとか、人のために良いことしようとしていたわけでもなく、
この世のしくみを解明しようと動いていたわけでもないのに、生き方そのものが時空の探
求となんら変わらないと思いました。
  • 2006/07/02-09:34:05
  • 投稿者 : イーキン
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[C2644] >日常の生き方です。

生死をかけた闘いでなくても、何をするにも、結局「日常」がでてくるのだと思いました。
日常は強い(!?)と思いました。
日常を大事にした上での武蔵の勝利。
自分と、自分の周りを大事にする・・自分ひとりでは何もできないという気持ち・・
小次郎は日常から離れることで、腕を磨き、それで勝負しようとした感じです。
まさに、山にこもって修行するような・・。
武蔵には、都会に住んで時空を調査するもりけんさんや同じく都会に住んで仙女をしている導師を思い浮かべます。

小次郎は・・もし勝って帰っても・・帰るところがないのではと思ってしまいました。
それまでの色々なものを捨ててしまったから・・。
でも武蔵には帰るところがあります。
武蔵の場合、もし、負けても、生きてさえいれば、帰れる場所があると思いました。

勝負は、剣だけでなく、巌流島だけでなく、2人の「生」そのものの闘いであったと思えました。
でも、これも、もりけんさんにこうして解説してもらわなければ、分からない視点でした。

[C2643] >巌流島・・総集編(終わり)

武術でない部分が勝敗を決めていた。

自分が弱いことを悟った代わりに、というより、弱いことを知ったからこそ、周りに味方がいることに気づけた。
そして、弱いと自覚していたからこそ、味方になってもらうことに躊躇がなかったんだと思いました。

事実が武蔵を外に開かせた。開いて以降は武蔵独りの勝ちではなかったんだと思います。

[C2642] 何で。。仕事をしてるんだろう。。

「あ~。。ごめんなさい。。汗汗。。パソコンひとつ。。こわれました。。」んん~~^^。。。シフトに。。。不思議グッズとか。。もりけんさんがいるからだと。。。おもいまっすううう。。。汗汗。。(・。・;
  • 2006/07/02-06:19:40
  • 投稿者 : バニー
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[C2641] なんで、しこ

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  • 2006/07/02-06:02:09
  • 投稿者 : バニー
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[C2640] >巌流島・・総集編(終わり)

 勝敗は日常の生き方、何を大事にするか、どう過すか、行きたいところは遠いどこかにあるのではなく、今立っているここに答えが隠れているのではないのかと思いました。自分が弱いという事実と向合うことのできた武蔵は、いつも「ここ」にいるという自分の立ち位置を見つめていたのかもしれません。
  • 2006/07/02-04:20:16
  • 投稿者 : yk
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[C2639] 最初は視野をどんどん絞り込んでいったのが、

どこからかだんだん視野が広がっていった感じがしました。
 
命を懸ける決闘は、いくら武士の時代であったとしても日常とは切り離された
特別な出来事という感じがしていました。
 
でも、「ここまでな日常で、ここからは決闘」と明確に区切れる地点を探そう
としても見つからないと思いますし、そんな区切りは無いのだろうと思います。
 
武蔵に剣の腕が全然なかったら、いくら身の回りのあらゆる物を味方につけて
も小次郎には勝てないと思います。
でも剣の腕があるだけでもダメだということがブログの連載でだんだんわかっ
てきました。
 
剣の腕以外のもの。。。それは体調とか心理状態もあるし、武蔵が頭の中で考
えていることや、全身で感じ取っている情報などもそうだと思います。
 
それらの全てがどこで生まれるかというと、やはり日常なのだと思いました。
出会った人との繋がりの中で形作られていくのだと思いました。
 
  • 2006/07/02-02:10:00
  • 投稿者 : ぷく
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[C2638] 日常の生き方です。

う~~ん。。最近あんまし遠くへは。。よういきません。。大阪城にいったくらいかなああ~~。。。なまけもののように。。。一日動かなくても大丈夫かもしれな~い。。。汗汗。。。やくざのおどし。。。う~~ん。。。ドスドス~~で。。。短刀直入かなあああ~~。。。拡散しながら。。。的をつけかなああ~~。。。ハハハ~~♪♪~~
  • 2006/07/02-01:37:14
  • 投稿者 : バニー
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[C2637] >巌流島・・総集編(終わり)


剣の技だけに頼った小次郎と、あらゆるものを大切に生かした武蔵・・
 
剣の技だけを比べれば、小次郎のほうが上だったのではないかと思います。
 
でも、完璧でない自分の弱さを認め、その分、外側を重視した武蔵に、時空は微笑んだのかもしれません。
 
巌流島の決戦は非日常ですが、しかしそれは決して日常と切り離されたものではなく、そこには自分の生き方が出てしまうものだと思います。
 
時空の探求も同じだと思いました。

[C2636] あれれ・・・

支離滅裂でした・・・(汗)

斬れる人はなにをしてもすごい。。。。。

[C2635]

剣を極める事は無意識に飛び込む事かと思っていましたがその無意識の視点が小次郎と武蔵のように違っていた事には気付きませんでした。同時に無意識というものがどのようなものであるも知らなかったのだなと思いました。

武蔵のこころに迫る文章を読むと作者が武蔵本人であるかのような錯覚を起しました。
というか、ここまで深く迫れるものなのだろうかと驚きました。
 それはもりけんさんの文章と・・・・なんだろう。。。言葉が見つからないけれど。。。
 とにかく、もりけんさんの書くものもすごいです!!!
 もりけんさんの文章ってとても好きです。


[C2634]

>なんで仕事をしてるんだろう?
 
ほんとです。。(汗)と思いました。

[C2633]

ちょっと言葉にならないです。私もかなりキてるきがします。(笑)たぶん…感じてることは、もりけんさんとも違い…きっと自分だけのものであると思うのですが…こんな展開が…自分にあるとは思いませんでした。
そして…これで、ようやく全八巻を購入して読むことが出来ます。ほんとにどう言ったらいいのかわからないのですが…このブログに参加して、その後で読めるということが、なんてラッキーなのだろうと思います。それまで武蔵も小次郎も私にとって通りすがりの歴史上の人物でした。その生き方なんてものを考えることもなかったし…吉川英治さんがこんなにスゴイ文を書いていただなんて(五行を感じていたのか…五行に書かされたのか…)なんだかもうわかりませんが、(笑)今の気持ちはうれし泣きという感じです。私にとっては…「秘密」に巡り会ったという感じなのです。……なんといって良いかわからない割に…長文になりました。はははは(汗)しかしこればっかりは時空に感謝したいと思います。そしてもりけんさんにもお礼をいいたいです。こんな凄い本を沢山の視点とともに提示していただいてありがとうございました。

[C2632] >巌流島・・総集編(終わり)

武蔵も、とにかく、剣の技を極めることに集中していたと思います。
でも、剣の技を高めるだけで、勝ち続けることはできないことに気づいたのではないかと思います。
勝負の場では、思いもよらぬこと、不慮の事故など、あらゆることが起こる可能性があります。
剣の勝負では、勝たなければ、死ぬことになります。
最大の恐怖です。
その恐怖を前にして、とにかく、恐怖をふるい落とすように剣の技を磨き続けたのが小次郎だと思います。
剣の技を磨くだけではどうしても勝ち続けることはできない、という恐怖に直面していたのが武蔵だと思います。
 
たまたま、自分に有利なことがあれば勝ち、たまたま、自分に不利なことが起これば負けるかも知れません。
その、たまたま、ということを受け入れるか受け入れないかのちがいのようにも思います。
自分が勝つとき、それは、たまたま、自分に有利なことがおこるか、たまたま、相手に不利なことが起こったおかげかも知れません。
あらゆる状況を想定し、考え尽くし、たまたまを最小限にまで追い詰め、それでも起こるたまたまに向かい合っていたと思います。
たまたま、というのは、運であり、運命だと思います。
 
自分が勝つとき、勝つのは自分だけではなく、自分を含めた全体が勝つということのように思えます。
全体ということを考えたとき、自分というのはいなくなっていたかも知れないと思います。
だから、武蔵は、全てを大切にしたのだと思います。
それが、日常の生き方となってあらわれたのではないかと思いました。

[C2631] >巌流島・・総集編(終わり)

過ぎ去ってしまうとよく覚えてないのですが。。
文章書いた人は描写とかなんてうまいんだろうと思いました。
武蔵も小次郎も私は名前くらいしか知らなかったのですが、どこかで、見かけたら、ブログを思い出すだろうと思います。

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巌流島・・総集編(終わり)

 
 書きたいことはすでに書いていますから、いまさら書くことはありません。
 
 ところで、今回の連載で私が意外だったのは、ブログの後半です。
 
 前半は戦いの場面に集中されていました。
 勝敗を決めたのは、何か技術的な違いがあるのだと思っていました。
 剣についての技、戦いをするときの精神などがキーだと思っていました。
「場」は巌流島に絞られていました。
 
 でも後半に登場した逸話は、そうではないことを言っていました。
 私の書き込みが散発的になったあたりから、私には「キマ」した。
 
 捨てる物、もらう物・・
 絵を描くときのスタンス・・
 
 こういうものが、勝敗を決めたと思いました。
 
 これは武術ではありません。
 日常の生き方です。
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32件のコメント

[C2724]

武蔵は若い頃、強さを求め続けていたと思います。
強くなりたい・・・ただそれだけを求め続けていたように思えます。
 
しかし、強さを求め続けた先に見えてきたのは、剣術の技ではなく、
崇高な精神性でも、強靭な精神力でもなく、日常なのだと思いました。
 
特別な何かではなく、日常の何気なく見過ごしてしまいそうな部分に
勝負の命運を分けるものが潜んでいるのを、知っていたのだと思いました。
 

[C2710] 勝負!!

勝負というと、巌流島だけで、決せられると、考えられています。試合が本番、本番に結果がだせれば、あとは、問われないと。

しかし、勝負を全方位から眺めると、また、ぜんぜん様相が変わりました。

結局、時空内により広く拡がった「私」が、勝つような、気がします。
まるで、面積勝負・・・明朗会計に勝敗が決まるように思えました。

[C2679]

日常の生き方を以って小次郎との戦いに勝った武蔵。
武蔵のこういう勝ち方を明らかなものにした人はもりけんさんが初めてです!また、武蔵の本質に名文でここまで迫っていた吉川さんの宮本武蔵はすごい小説だと思いました。

武蔵は小次郎に間接的に勝っています。日常の生き方を以って外側を大切にして時空が味方しているような感じです。小次郎のような、周りを大切にせず、モロ直球で勝負しようとする人には時空は味方しないのでしょう(汗)。他力的であるとはどういうことか武蔵の本質に迫ったもりけんさんの巌流島を通じて勉強出来ました。


  • 2006/07/03-21:54:48
  • 投稿者 : おかだ
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[C2673] 日常の生き方

どんなにスゴイ技を身につけようが
生き方からは決して逸脱できない・・。
日々の生き方や感じ方、
それが勝負につながっている・・。
何とも、深いです。
  • 2006/07/03-15:17:35
  • 投稿者 : まる
  • URL
  • 編集

[C2667] >巌流島・・総集編(終わり)

勝負の場と生活の場は決して断絶しているわけではなく、どんな場も常に接点があるように思いました。
そして、その接点の状態によってどうとでも変わるのだろうと思います。

小次郎は試合前に接点を切ったのだと思います。
だから・・・かもしれませんが、一人きりになり負けたような気がします。

武蔵はずっと接点を繋げたままにしておいたのでしょう。だから一人で戦っている気がしなかったのではないかと思いました。

仕事というのも社会との接点だと思います。
その接続の仕方によって、仕事に溺れたり、適切な距離を取れたりするのかもしれません。

なぜ仕事をしているのか?と問われたら、社会というものを知るにはとてもいい場だと思うからと答えるかもしれません。
日本社会も時空の一部です。
時空を知るには時空に飛び込む必要があると思います。
もりけんさんからの受け売りぽいですが。

仕事も全方位式時空探求の一方法だと思いました。

[C2665] >日常の生き方です。

仕事…なにか作業してれば仕事…と思いたい。しかし、お金が入ってこないと片身が狭い。そういや武蔵は勝ってもそれに報酬というのはないんだから、なんのために戦うのかというのは、どう考えてたんやろ。武蔵が小次郎と戦うことになったことこそ、周囲が動いた結果で、まさに運命で、武蔵は一番そのことを感じてたかもしれない。武蔵が白い紙を前にして、絵を描くときと同じようにして、起こってきたものの帰結‥そこには、「なんのため」ってことも、もう存在していない‥
  • 2006/07/03-12:19:24
  • 投稿者 : 龍(ロン)
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[C2657] >なんで仕事をしてるんだろう?

ほ、ほんとです。中国にいるのに…ちゃんとブログに夜が来てる…(驚!)『仕事』かどうかはわかりませんが…ちょうおどろきました。

[C2656]

武蔵が恵まれていたのかそれとも小次郎かと考えましたがどちらも優劣はつきません。
武蔵は派手なところがあまりありませんが人との出会いは密なところがあります。
武蔵は結構、受身で勝負に臨みますが生きることに真剣です。
それが剣以外を取り入れることができたように思いました。
小次郎も人との出会いはあるのに表面的な印象を受けてしまいます。
小次郎は自分にしか関心が無いことが剣にこだわったことにも現れていると思います。
大旦那も卑怯と言われても怯まなかったのは武蔵との絆を強く感じます。
勝負という一点だけでは剣の技術が注目されますが、
結果を考えると剣だけではないと思いました。
  • 2006/07/02-21:13:21
  • 投稿者 : 小町
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[C2655] >なんで仕事をしてるんだろう?

なぜなのだろうと思います。

確か、憲法に、勤労の義務というのがあったと思います。

だとすれば、働くことは、義務。。


で・・
働かなければ、お金を稼げないし、
お金を稼がないと、食べていけないし、
食べないと、生きれないし・・


そう考えていくと、
「生きるため」
というところに行き着きます。


で・・義務とかね合わせると、
社会がうまく循環する(生きる)ため。。
ともいえるのかなと思いました。


でも。。

日本人は、働きすぎなんじゃないか。。と思います。

だって、一日のほとんどは、仕事をしている。


明日は月曜日・・

だから仕事にいく・・


>なんで仕事をしているんだろう?


分からないけれど、
明日になれば、出勤するだろう。


それは、「生きる」ことも同じだと思いました。

なぜ、生きているのか、分からないままに


生きてるという現実があるから


  • 2006/07/02-20:15:25
  • 投稿者 : あかり
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[C2654] >巌流島・・総集編(終わり)


>捨てる物、もらう物・・
>絵を描くときのスタンス・・
 
>こういうものが、勝敗を決めたと思いました。
 
>これは武術ではありません。
>日常の生き方です。


武蔵は、外側を包含した、ネットワークに、身を委ねていて・・

小次郎を、すべてを捨てた・・

ふたりは、その生き方において、180度反対の方向性を持っていたのだと思いました。


武蔵は、全方位につながっていますが、
小次郎は、一方方向を突き詰めたがゆえに、

他方向とのつながりが切れていたのだと思いました。


方向性を定めて、突き詰めるのか・・

全方位に開かれて、つながるのか・・


によって、勝敗は決まったのではないかと思いました。


>これは武術ではありません。
>日常の生き方です。


武蔵と小次郎の、武術の勝負であったが、
勝敗を決めたのは、
武術そのものではなかった・・


むしろ、武術の勝負において、
武術の向上のみを突き詰めると、
負けるのだと思いました。


全方位に開かれた武蔵は、
ネットワークにつながれていたから、
勝った・・


のだと思いました。


  • 2006/07/02-20:01:10
  • 投稿者 : あかり
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[C2653] 巌流島・・総集編(終わり)

 武蔵と小次郎といえば試合とか、剣の技みたいな物語だとばかりおもっていましたが、もりけんさんが言われた通り途中から、風向きが変わってきました。
 
 ブログが始まった時、メインよりも分かりやすいのでコメントできるかな、と思っていましたが、途中から、「うーん」とうなってしまいました。
 
全然わかりやすくないじゃん。
 
私の日常の生き方を反映しているようです。

[C2651] >巌流島・・総集編(終わり)

何かを成し遂げるには、何かを犠牲にして当たり前と思いがちです。
ゴールを目指して一刻を争ってまっしぐらにすぎた道には、置いてきぼりをくらった人やもの、そして自分の分身さえ、うち捨てられたくさん転がり、悲しい声をあげているかもしれません。
ゴールの先には間違いなくバラ色の何かが待ち受けていると言えるのでしょうか・・・
武蔵と小次郎の対比を、こんなに深く味わえたことに感じ入ります。
原作者の思いを、NHK大河ドラマ脚本家がどれほど心を砕いて表現されたかも知りました。
点が線となり、つながったのだと思います。
それがもりけんさんによって、さらに延び、これをきっかけに初めて原作を手にする私たちも含めて大きなサークルを描くのかもしれません。
伝説の武蔵と小次郎を、これからじっくり味わっていく上で、彼らに深い深い思いを重ねた3者がたを道しるべにさせていただきます。
「日常の生き方」とうかがうと、誰でも、私でも、心新たにとりかかれるそうです、うれしいです。
本に向き合うのも、年齢ならではの味わいがありそうで楽しみですが、こうも深く読めるものかともりけんさんには驚嘆いたしました。
私も「たかがセンサー」となって、じっくりページを繰ろうと思います。
「巌流島 武蔵と小次郎」 ありがとうございました。

[C2650] >巌流島・・総集編(終わり)

前半の巌流島の勝負のシーンから、勝つために何をしたらよいか、勝つことが目的となったら何をしたらよいかを思いました。

話が進むにつれて、勝つことは結果としてあったけどもそこに至るまでの経緯が日常を映しているように思いました。

何気ない日常が、とても大切なプロセスであると思いました。社会で生きていくときに勝つことを目的とすると、生きることに連続性がなくなるような気がしました。だから、日常は連続性で常に途切れることが無いものと思いました。

日常は派手なものでなく、静かに「私」を形成しているものだと思いました。その日常に気付くか気付かないかによって、生きる方向性も違って行くと思いました。

[C2649] 切られてもいいから・・・

真理とは日常なり
 目の前に私は居る

そのままの眼を持てば
 何時だってすべてが微笑む

覚えるべきテクニックなど無い
 あなたの思いやる心が
何一つ虚栄を含んでいなければ
 あなたはそのままで笑える

心眼は
 ≪そのままの眼≫に辿るまでの道標^^

旅の途中で「先生」になるな^^

[C2648] 日常

朝、目が覚めたらまた「わたし」です。でもどうして「わたし」と思うのか
わかりません。「わたしは、私」とも思いません。
お店に行って仕事(仕事・・汗)をします。お店なので、入ってくるヒトを
待っています。
はじめて会う人に出会い・・お茶をしながら、お話をしたりします。
買い物もしてくれます。
ホームページを開いて、フシケンのHPに書き込みします。
毎日、私の「神さま(爆)」が難題(・・汗)を、用意して
くれています。
眠る時間が減りました。移動時間も忙しくなりました。
日々の中に「問い」の「答え」と思えるようなことがいっぱい起きてきました。
だんだんと現実が「不思議なもの」のような気がしてきました。
どんなエラいひとも、貧乏人も極悪人も「私は誰?」の前では「答え」は
出ないんだ・・そう思ったら、急にヒトも自分もちっぽけで、すごく弱い
ような、そんな気がしてきました。
私がまったく知らなかった「物理」の世界では、私がお金を払っている
わけでもないのに、良いことをしているわけでもないのに、
太陽はずっと輝いて生命を育んでいる。太陽に「ありがとう!」なんて
普段思わないし、息を吸うのだっていっつもしているけど、
(空気なくなったらすぐ死んじゃうくせに)
60億人に提供されてるすごいサービスなのに・・当たり前にある(汗)
すごい世界だな・・って(滝汗)それなのに「自分」はすごーくエラくってすぐに何でもできるよ!そう、思ってました(汗)
でも違った(汗)それでも「私」も大事。
私もいるから空気も循環するし、お互いがいて成立している世界
なのかもしれないな、そう思いました。
極悪人もいちよう息吸えば、二酸化炭素出せるし(爆)植物は助かる(汗)
私はまだ物理の世界だってよくわかんないです。何にも勉強、進んでない。
でも勉強は覚えるだけじゃない、
地道な努力と「何故」である・・(為近せんせい)と聞いたから
これが「鳥の声」だとしたら、やっぱり日々「なぜ?」が大切です。
「それは、捨てちゃいけない・・」そう思いました。
巌流島のお話、武蔵と小次郎は、歴史上の人物だったんだ・・(汗)とゆう
ところからはじまり、物語のように書いてあるけれど「現実」で
「現実」は物語のようだとも、思いました。
ほんとうに日々の中で、役立つとゆうか、小さなところから大きなところに
視点が移り、大きなところから小さなところに視点がたくさん移りました。
基点がなければ、朝とか夜とか、時間とか、場所とか・・どこでもどんな
時も選ばなないで、「私」は「私」でいられるのかもしれないと、そんな
風に思いました。最後はまた浮遊するように終わっちゃいました(汗)


[C2647] >巌流島・・総集編(終わり)

小次郎は武道家としては優れていたのでしょう。
きっと技だけだったら武蔵に勝っていたのだと思います。
でも、時間とともに全てが流動している巌流島という場では流れに足をすくわれたのではないかと思いました。あらゆるものを肯定し、大切にして受け入れている武蔵はどんな場面であっても、あらゆるものが味方してくれて、切り抜けていけるのではないかと思いました。
巌流島の話は詳しくしらなかったですが、こんなに深く
味わって考えたのは初めてです。毎日、とても楽しみでした^^
もりけんさんにかかると何でも生きてくるっていつも思います。時空の探求も同じなのだと思います。


  • 2006/07/02-13:48:09
  • 投稿者 : Ciel
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[C2646] >巌流島・・総集編(終わり)

二人共、人並み外れた剣の達人と思います(当たり前
(汗))。
小次郎は技を磨く事に集中した事で、ほかの事が目に入らない状態になったのだと思います。
つまり定点を持ってしまった状態です。
そしてそこからしか武蔵を見ていないので、武蔵を見下して見てしまったのかも知れません。

しかし、武蔵は到達点がなかった。
技のその先へ、一歩又一歩と進んだ。
武蔵の心身の自由自在な柔軟さは、そこから生まれたものであり、戦いの場も、日常の生き方の延長線上のものだったのだと思いました。

[C2645] >巌流島・・総集編(終わり)

武蔵が戦っていた相手は人間ではなく、時空だったのかと思いました。
もちろん武蔵が誰かと時空とか五行について語り合ったりすることは無かったのですが。
しかし普段の生活はいたってシンプルだし、何かの成果を求めて生きていたわけでもなか
ったし、世の中を良くしようとか、人のために良いことしようとしていたわけでもなく、
この世のしくみを解明しようと動いていたわけでもないのに、生き方そのものが時空の探
求となんら変わらないと思いました。
  • 2006/07/02-09:34:05
  • 投稿者 : イーキン
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[C2644] >日常の生き方です。

生死をかけた闘いでなくても、何をするにも、結局「日常」がでてくるのだと思いました。
日常は強い(!?)と思いました。
日常を大事にした上での武蔵の勝利。
自分と、自分の周りを大事にする・・自分ひとりでは何もできないという気持ち・・
小次郎は日常から離れることで、腕を磨き、それで勝負しようとした感じです。
まさに、山にこもって修行するような・・。
武蔵には、都会に住んで時空を調査するもりけんさんや同じく都会に住んで仙女をしている導師を思い浮かべます。

小次郎は・・もし勝って帰っても・・帰るところがないのではと思ってしまいました。
それまでの色々なものを捨ててしまったから・・。
でも武蔵には帰るところがあります。
武蔵の場合、もし、負けても、生きてさえいれば、帰れる場所があると思いました。

勝負は、剣だけでなく、巌流島だけでなく、2人の「生」そのものの闘いであったと思えました。
でも、これも、もりけんさんにこうして解説してもらわなければ、分からない視点でした。

[C2643] >巌流島・・総集編(終わり)

武術でない部分が勝敗を決めていた。

自分が弱いことを悟った代わりに、というより、弱いことを知ったからこそ、周りに味方がいることに気づけた。
そして、弱いと自覚していたからこそ、味方になってもらうことに躊躇がなかったんだと思いました。

事実が武蔵を外に開かせた。開いて以降は武蔵独りの勝ちではなかったんだと思います。

[C2642] 何で。。仕事をしてるんだろう。。

「あ~。。ごめんなさい。。汗汗。。パソコンひとつ。。こわれました。。」んん~~^^。。。シフトに。。。不思議グッズとか。。もりけんさんがいるからだと。。。おもいまっすううう。。。汗汗。。(・。・;
  • 2006/07/02-06:19:40
  • 投稿者 : バニー
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[C2641] なんで、しこ

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  • 2006/07/02-06:02:09
  • 投稿者 : バニー
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[C2640] >巌流島・・総集編(終わり)

 勝敗は日常の生き方、何を大事にするか、どう過すか、行きたいところは遠いどこかにあるのではなく、今立っているここに答えが隠れているのではないのかと思いました。自分が弱いという事実と向合うことのできた武蔵は、いつも「ここ」にいるという自分の立ち位置を見つめていたのかもしれません。
  • 2006/07/02-04:20:16
  • 投稿者 : yk
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[C2639] 最初は視野をどんどん絞り込んでいったのが、

どこからかだんだん視野が広がっていった感じがしました。
 
命を懸ける決闘は、いくら武士の時代であったとしても日常とは切り離された
特別な出来事という感じがしていました。
 
でも、「ここまでな日常で、ここからは決闘」と明確に区切れる地点を探そう
としても見つからないと思いますし、そんな区切りは無いのだろうと思います。
 
武蔵に剣の腕が全然なかったら、いくら身の回りのあらゆる物を味方につけて
も小次郎には勝てないと思います。
でも剣の腕があるだけでもダメだということがブログの連載でだんだんわかっ
てきました。
 
剣の腕以外のもの。。。それは体調とか心理状態もあるし、武蔵が頭の中で考
えていることや、全身で感じ取っている情報などもそうだと思います。
 
それらの全てがどこで生まれるかというと、やはり日常なのだと思いました。
出会った人との繋がりの中で形作られていくのだと思いました。
 
  • 2006/07/02-02:10:00
  • 投稿者 : ぷく
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[C2638] 日常の生き方です。

う~~ん。。最近あんまし遠くへは。。よういきません。。大阪城にいったくらいかなああ~~。。。なまけもののように。。。一日動かなくても大丈夫かもしれな~い。。。汗汗。。。やくざのおどし。。。う~~ん。。。ドスドス~~で。。。短刀直入かなあああ~~。。。拡散しながら。。。的をつけかなああ~~。。。ハハハ~~♪♪~~
  • 2006/07/02-01:37:14
  • 投稿者 : バニー
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[C2637] >巌流島・・総集編(終わり)


剣の技だけに頼った小次郎と、あらゆるものを大切に生かした武蔵・・
 
剣の技だけを比べれば、小次郎のほうが上だったのではないかと思います。
 
でも、完璧でない自分の弱さを認め、その分、外側を重視した武蔵に、時空は微笑んだのかもしれません。
 
巌流島の決戦は非日常ですが、しかしそれは決して日常と切り離されたものではなく、そこには自分の生き方が出てしまうものだと思います。
 
時空の探求も同じだと思いました。

[C2636] あれれ・・・

支離滅裂でした・・・(汗)

斬れる人はなにをしてもすごい。。。。。

[C2635]

剣を極める事は無意識に飛び込む事かと思っていましたがその無意識の視点が小次郎と武蔵のように違っていた事には気付きませんでした。同時に無意識というものがどのようなものであるも知らなかったのだなと思いました。

武蔵のこころに迫る文章を読むと作者が武蔵本人であるかのような錯覚を起しました。
というか、ここまで深く迫れるものなのだろうかと驚きました。
 それはもりけんさんの文章と・・・・なんだろう。。。言葉が見つからないけれど。。。
 とにかく、もりけんさんの書くものもすごいです!!!
 もりけんさんの文章ってとても好きです。


[C2634]

>なんで仕事をしてるんだろう?
 
ほんとです。。(汗)と思いました。

[C2633]

ちょっと言葉にならないです。私もかなりキてるきがします。(笑)たぶん…感じてることは、もりけんさんとも違い…きっと自分だけのものであると思うのですが…こんな展開が…自分にあるとは思いませんでした。
そして…これで、ようやく全八巻を購入して読むことが出来ます。ほんとにどう言ったらいいのかわからないのですが…このブログに参加して、その後で読めるということが、なんてラッキーなのだろうと思います。それまで武蔵も小次郎も私にとって通りすがりの歴史上の人物でした。その生き方なんてものを考えることもなかったし…吉川英治さんがこんなにスゴイ文を書いていただなんて(五行を感じていたのか…五行に書かされたのか…)なんだかもうわかりませんが、(笑)今の気持ちはうれし泣きという感じです。私にとっては…「秘密」に巡り会ったという感じなのです。……なんといって良いかわからない割に…長文になりました。はははは(汗)しかしこればっかりは時空に感謝したいと思います。そしてもりけんさんにもお礼をいいたいです。こんな凄い本を沢山の視点とともに提示していただいてありがとうございました。

[C2632] >巌流島・・総集編(終わり)

武蔵も、とにかく、剣の技を極めることに集中していたと思います。
でも、剣の技を高めるだけで、勝ち続けることはできないことに気づいたのではないかと思います。
勝負の場では、思いもよらぬこと、不慮の事故など、あらゆることが起こる可能性があります。
剣の勝負では、勝たなければ、死ぬことになります。
最大の恐怖です。
その恐怖を前にして、とにかく、恐怖をふるい落とすように剣の技を磨き続けたのが小次郎だと思います。
剣の技を磨くだけではどうしても勝ち続けることはできない、という恐怖に直面していたのが武蔵だと思います。
 
たまたま、自分に有利なことがあれば勝ち、たまたま、自分に不利なことが起これば負けるかも知れません。
その、たまたま、ということを受け入れるか受け入れないかのちがいのようにも思います。
自分が勝つとき、それは、たまたま、自分に有利なことがおこるか、たまたま、相手に不利なことが起こったおかげかも知れません。
あらゆる状況を想定し、考え尽くし、たまたまを最小限にまで追い詰め、それでも起こるたまたまに向かい合っていたと思います。
たまたま、というのは、運であり、運命だと思います。
 
自分が勝つとき、勝つのは自分だけではなく、自分を含めた全体が勝つということのように思えます。
全体ということを考えたとき、自分というのはいなくなっていたかも知れないと思います。
だから、武蔵は、全てを大切にしたのだと思います。
それが、日常の生き方となってあらわれたのではないかと思いました。

[C2631] >巌流島・・総集編(終わり)

過ぎ去ってしまうとよく覚えてないのですが。。
文章書いた人は描写とかなんてうまいんだろうと思いました。
武蔵も小次郎も私は名前くらいしか知らなかったのですが、どこかで、見かけたら、ブログを思い出すだろうと思います。

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Author:森田健(もりけん)
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