Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

-件のコメント

[C2993] 本物のアガスティアの葉に出会って・・

>そしてこれを読んだとき、運命は決まっていても一生懸命に生きるしかない・・と思わないでしょうか?
そうですね。私はそれを受け入れられなくて、あがいているのでしょう。
でも、視点を変えるのも大切だと思いました。
この詩のような予言をしみじみ読ませてもらいました。
心に浸み込んで来ました。

[C2978] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

改めて「運命って決まっているんだな」と感じました。
そして、あきらめるしかないのだなと思いました。
いいときもあれば悪いときもあるのだなと思いました。
これが運命の仕組みなのだなと思いました。
あきらめるしかないということは、自分は無力だということを認めること。そして、自分は努力なんてしなくてもいいのだという安堵感に包まれました。
いつなんどき、いいことや悪いことあってもそれを肯定し流れに乗って生きるだけなのだなと思いました。
なんか、「自由」の意味が判ってきたような気がします。

風の吹くままに・・
流れのままに・・

う~んしびれるな・・・

[C2966] >なにかホッとするものを感じないでしょうか?


ホッとします。
とくに死ぬ場面は・・

風のように生命を運んでゆく運命。
それが、そのまま生命そのものだと・・


「生きる」とは、どういうことなのか・・

運命が決まっていても、いなくても、
「今」しか生きられない。
仙人のように時空を超越できたとしても、
たぶん、「今」しか生きられないのなら・・・

人生を悲観することもあるだろうし、
生きるエネルギーが涌かないときもあるだろう。

だけど、たとえどのような運命であっても、
「今」しか生きられないのなら、
せめて、この瞬間だけは、熱く生きていたいな・・

・・風のように

もう、それしかない・・

[C2964] >風に吹かれ・・・

子供さんの誕生の部分に自分の子の誕生を重ね合わせて、幸せな気分になりました。こんなに素敵な書き方だと自分の死の場面もありのままを受け止められそうです。感動してしまいます。

表現の仕方で受けとる気持ちがこんなにもなごむのかと思いました。
運命は決まっている。。。
一生懸命とは、言えないけど、そこそこ頑張って生きていくしかないとあらためて思いました。

[C2959] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

拝見後、大きな衝撃を抱えたまま言葉になりませんでした。
躊躇する時間を要した気がします。
やっと、歌のようにリズムを持った優しい文章であることが理解できました。

もりけんさんが、インドでアガスティアの葉を訪ねられたのを本で読みましたが、驚くほど冷静に分析する姿勢をつらぬかれ、相手側が質問を換えつつ、そつない結果を導き出すと言えそうなシステムにまで触れられていました。
はるばるやってきたインドで、自分の身を言い当てられる不思議には、やみくもに感動&満足しても無理はないと思うのですが、もりけんさんは、全くそうではありませんでした。

今回、中国で本物のアガスティアの葉に出会われたことをうかがって、800年も前に、もりけんさんと同じく、時空の解明を考えた方たちがいたのだと思いました。

易学が、兵法の一端から発達したかどうか知りませんが、インターネットはアメリカ軍部内通信から発達したとうかがっております。
そして、インターネットが日本で知られるちょっと前、もりけんさんが郵政大臣賞を受賞された頃、もりけんさんはインターネットと同じことを構想していらっしゃったのを思い出します。

もりけんさんを前に800年前の文献を読み解かれた占い師は、きっとやってくる人全ての人生を慈しまれる方なのだと思います。

9000の語句?から取り出された70前後が、一人の人生を表現しうるのでしょうか・・
それをつなぎ合わせて美しくスムーズな一筋の流れに詠まれるこの占いは、詳細さに圧倒されながらもとてもロマンチックで、戦いとは結びつかない気がします。

インターネットを人のコミュニケーションから構想されたもりけんさんとこの占いの出会いは、やはり運命だと思いました。

[C2949] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/07/18-09:41:07
  • 投稿者 :
  • 編集

[C2946] 「風」という言葉が出てきます。。

う~ん。。わたしてきには。。死後のみなしご感と。。赤ちゃんで。。ママからエネルギーをもらっている感は。。ぜんぜん別感覚をおぼえまっすうう。。。わたしてきには。。霊的な繋がり感は感じたことがないので。。完全無意識の世界を。。180度は天国で。。180度は。。地獄説で。。唱えることのほうが。。よっぽど。。3次元の広がり感を狭くしているような感がただよいまっすうう。。一番外枠をはずしてやれば。。戦争をすることもなくなるのでは~でっすううう。。。あ。。記述はもりけんさんに。。乗っかってまっすううう。。。
  • 2006/07/18-08:30:05
  • 投稿者 : バニー
  • URL
  • 編集

[C2945] 素敵!

私は小学生の時、将来、詩人か占い師になろうと決めていました。
西洋占星術やタロットを用いて、電話鑑定をしていたことがありますが、腑に落ちないものがあり、家庭の事情もあって辞めました。
詩は、幼い頃から何十年も書いていて、昨年ようやく自費出版をしました。世間からの反応もなくさみしいです。(悩)
今、この葉の内容に触れて、「自然にながれてゆく」ということはこうゆうことなのかなあ・・と感じました。
自分の生命の動機が、見事に融合されて、豊かにそこに通じていました。
同じ運命を提示されても、別の表現をとられたら、「私は結果」ということに、きっと反発を覚えてしまうことでしょう。
すべてが詩であればよい、人生は一篇の美しい詩なのだ、ということを伝えたかったのです。
これを読むと、まさにそれですね。
私も自分の葉を読んでみたいです。
その内容が、意に反するものだとしても、私は美しい詩として、人生を全うできそうな気がします。結果を受け容れて、受け容れて、受け容れて。

[C2944] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

もりけんさんの今後のこれからも続く福のある人生から突如、数年後国家権力とも衝突するともされる災いがあるという判断を目にしますとハラハラします。しかしここを読んだ後、日暮れに鐘の音が聞こえて、夢のように一生を終わりますというもりけんさんの人生の判断の最期の箇所を読みますと、一時的な嵐は来るものの、最後はそよ風が吹いて終わるのだな、とホッとさせられます。今まで時空には何か無感情のような存在であるイメージを抱いていました。でも人間の人生をここまで叙情的な詩のような表現で表す手段を作り出したのも時空です。このような時空の気持ちを知りたくなりました。
  • 2006/07/17-21:44:02
  • 投稿者 : おかだ
  • URL
  • 編集

[C2943] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

運命は決まっていて、人生は私が創造しなくても作られていると思いました。
古文書は、だから何も心配することなんてないのだよ、と言っているように思いました。

日常にアクセクしたり一喜一憂しても、それさえも詩のように語られたとしたら、私の人生も悪くないな・・・と思いました。

私の周囲の流れは止まることないです。どんなことであれ、私はその流れに乗っていくのだと感じました。

「風」にように・・・軽やかになれば、私は自分の人生を肯定できるように思いました。
先を心配しなくても、風のようであれば行き着く先は必ずあると感じました。

心配をやめれば、今を生きていくしかないと思いました。

[C2942] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

メインコーナーにも書きましたが、もりけんさんの一生運を読ませてもらって、胸が苦しくなりました。
これはまったく否定的な感覚ではなく、より人間というものをいとおしいと思う感覚の始まりのように思えました。

風に吹かれて・・・
ああ、人間はいつも風に吹かれたままなんだと思います。

がんじがらめであろうが、風を感じて一瞬一瞬の生をまっとうするしかない・・・
フシケンのレスぽくないですがそんな風に感じました。

そしてふとあの世もこの世もただ生きる場所が違っているだけなのかもしれない・・・と思いました。

[C2941] 運命は

決まっていて、それをなぞるように生きていたとしても、
経験する一つ一つは決して無機質なものではないです。
・・それを思い出させてくれます。
風のように、あちらへこちらへと身を任せて
人生の一つ一つを楽しみたいな~と思いました。
何だか、ほわ~んと幸せな気分になりました。
  • 2006/07/17-17:39:51
  • 投稿者 : まる
  • URL
  • 編集

[C2937] 運命に逆らうことは出来るのでしょうか

運命がわかったとして、それに逆らった行動をするとどうなりますか?たとえば、占いで38歳で転職すると出ました。もし大好きな仕事だったとしても、転職しなければならないのでしょうか?それとも、転職しなければならない出来事が起きるのでしょうか。自然になるようになるさと言う生き方。これも実は運命にそって進んでいるのでしょうね。だから、生きることには無理せず好きなことをマイペースで自分の能力の範囲で頑張っていると運命が自然に良い方向へ導いてくれるのでしょうか?進む方向が解らなくなり迷っているとなにか、お知らせがあるのでしょうか?

[C2936] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

むかし綴られた詩が、運命というかたちでいま遭遇したというのが凄く運命だぁです
「運命」というものを変えるということは、この800年前の事実と現在のこのHP上での情報と繋がっているようです
「外側」ということに繋がるとき「運命」は揺らぐのかなと思いました

[C2935] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

>これを読んだとき、なにかホッとするものを感じないでしょうか?

「死」というものが、最近とてもあやふやというかただの恐怖だけでなく、「あるんだ」といこと前提な考えになっているようで、詩の世界がこの世とあの世両方の感覚のようなです
浮遊感の世界が、中国紀行のナマ報告で以前よりシフトしてる感です
>・・「運命」
思考する時、半分?はあの世にイッているのかなと考えると、また浮遊体験です

[C2934] 占い

はじめまして こんにちわ
これは、何という占いなのですか。
アガスティアの葉?

たいへん美しく驚きました。
何を感じて どう捉えて どう表現するか、占者の力量にかかりますね。
どういうふうに占ったのでしょう、うーん気になる!
  • 2006/07/17-12:11:09
  • 投稿者 : ゆか
  • URL
  • 編集

[C2933] >

でももしもあなたが私だとして、これを読んだとき、なにかホッとするものを感じないでしょうか?

[C2932] 9000件の文章が

いったい、どういう風にしてつなげられていくのか、わかりません。しかし、すくなくとも「つながっていく」のが人生だということは、なんとなく伝わってきました。つながるのは、べつにアースがなくても、つながっていくものだということも思いました。地面の上は、連続的に進行していくためのものでしょう。地面がなければ、連続性が失われそうな気がして、不安感を覚えることが多いかもしれません。しかし、連続性などなくても、人生はつながっていくし・・風のなかでも、つながっていくし・・生から死へとつながっていくし・・・こうしたことに、アースは不要だと思いました。私は、いろんな存在とつながって生きているのかもしれませんが、それ以前に、私そのものが、つながりとして在るのではないかと思いました。今が、もうひとつの今とつながっていくところに、私というものがあるのではないだろうかと思わされました。
  • 2006/07/17-12:06:00
  • 投稿者 : L.B.
  • URL
  • 編集

[C2931] 本物のアガスティアの葉に出会って・・

この古文書を書いた人は詩人のようです。

人の運命の中の出来事を、こんなに叙情的に美しく表現できるのは、
運命のあらゆる場面のすべてを肯定しているからだと思いました。
 
叙情的に表現されていますが、書かれている内容はピンポイントで
デジタルなので、驚き、唖然としてしまいました。。。
 
でも、ここまであらゆることが決まっていたとしても、なぜか、嫌な気がしてきません

逆に、どれだけガチガチに決まっていても、こんなに美しい出来事を体験して、
感じることが運命そのものなのだと。。。
 
この古文書は、そう伝えているのだと思いました。
  • 2006/07/17-06:47:05
  • 投稿者 :
  • URL
  • 編集

[C2930] >本物のアガスティアの葉に出会って・・


この占いの報告を拝見したとき、驚きとともに、すごく感じるところがあったのですが、今回の書き込みを拝見し、さらになんともいえない、ああ・・・という気持ちになりました。
「感動した」とかくとちょっと違う感じがするのですが・・うまい表現が見つかりません・・。

今回、ここで抜粋された、2つの記述には、最初拝見した時から、とても感じるところがありました。

娘さんのことについてかかれている箇所で、特に「風の中にふかれ、竹のように青い運命の・・」というところは、なんだかとても表現方法がいい・・と思いました。
そして、とてもいい人生なのでは・・と思いました。

もりけんさんがなくなる場面も、なくなるのは寂しいし、悲しいけれど、こんなふうにいい人生だったんだ・・そして、お父さんに逢いに行くんだ・・そう思うと、泣けてきました。

>これを読んだとき、なにかホッとするものを感じないでしょうか?
はい・・確かにそういう感じを持ちました。
全体を通し、なぜこんなに、ああ・・と思うのか、自分ではよく分からなかったのですが、

>そして運命を、とても肯定している人だと思いました。

この文章を拝見して、ああ・・これだと思いました。
なんだか、もりけんさんの本とか、フシトモなど、もりけんさんの文章を読んだ後に感じる感じと似ているのです・・。

「血が通った」占い・・まさにそうだと思いました。

「風」という言葉は、もりけんさんにぴったりだと思います。
娘さんの人生にも「風」が出てきて、きっと、もりけんさんのように、自由に、流れのままに、生きられるのだと思いました。

願望はイケマセンが、自分も風のように生きたいです。
でも、それには、あまりにも色々なものを持ちすぎて、風に乗って流れることができないような気がします・・・。

[C2929] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

 ポエトリー・リーディングのような散文的で綺麗な表現、良い事も悪い事も決まっているという運命をこういう詩的に表現されて、前段で過去もバッチリ当っていて、決まっている運命というのが柔らかく耳に吸い込まれてくるというか、肌で感じられるような気がしました。    決まった運命を、どう感じてどうやり過ごすかと思うかは、特に悪い時期も、やはり逃げずに、それを死ぬまで、風のように流れながら一生懸命に過すしかないと思いました。
  • 2006/07/17-03:23:36
  • 投稿者 : yk
  • URL
  • 編集

[C2928] 爽やかです!

涙が出ました。
人生を運命を「風」のように流れていきたい。
本当にそう思いました。

[C2927] ずっと、続いていくような感じがしました

生きてるうちは、自分の人生に、なにか大きな出来ごとが起こるということを、期待しているところがあると、思います。
でも、文化系のストーリーは、とっても柔らかく、繊細です。ハリウッドの超大作にようなド派手さはないです。
それは、とても静かです。
こうやって、風のように人生が終わって、また、さりげなく次の人生が始まっていきそうです。
やっぱり、ゴールとか大団円、つまり、もう終わりってことが、ないような、ふわふわした印象をうけました。

[C2926] バニーさん

みんな真剣です!!
  • 2006/07/16-23:51:59
  • 投稿者 : じんのり
  • URL
  • 編集

[C2925] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

表現がやさしく、端的だと思いました。
そして、季節感をともなった描写が穏やかな雰囲気を作り出しているようです。
走馬灯のように、年ごとの絵が浮かびます。
雲ひとつない空・・
山林の中に立つ虎・・
雲に覆われる月・・
黄色に色づく菊の花・・
人生のはかなさを感じます。
けれど、そこには冷徹さは感じられません。
今日の出会いも明日の涙も決まっているならば、受け入れるしかありません。
カルマの解消を迫られることもなく、私がなす術など何もない一生です。
けれど「私の人生」です。
喜びも悲しみも精一杯感じようという思いが湧いてきます。



[C2924] バニーさん

私はあなたの”バカレス”を同じコーナーで一日に何回も読みたくありません。
少なくとも今日はふざけたレスを入れる日ではないと思います。
  • 2006/07/16-23:25:19
  • 投稿者 : イーキン
  • URL
  • 編集

[C2923] 運命は決まっていても一生懸命に生きるしかない・・と思わないでしょうか?

単語てきにはすきです♪♪ええと。。ええと。。きがついたら。。できちゃったり。。することもあるかもしれないと思いましたああ。。♪♪あ~~。。。多次元でね~~(・_・;)
  • 2006/07/16-23:21:27
  • 投稿者 : バニー
  • URL
  • 編集

[C2922] 血の通った占い

方程式で表すのと、詩的な文章で表すのではこうも印象が違うのかと思いました。

自分がロボットといわれても、運命が決まっているといわれても、悔しいとか、何とかならないかとか、茫然自失するというか、どこか諦めきれないものを感じます。
しかしこの詩のような表現で、夢のように一生を終わると言われると、そうかやはり人生は決まっていて私達は風に吹かれ、行く先も決められないまま、長くもあり短くもある一生を送るのだろうな~という諦観におそわれます。
諦めの境地ではあっても、投げやりなそれではなく、容認出来るそれとでも言うのでしょうか・・。
何か自分が大きな全体と溶け合ったような不思議な感覚がします。
この本物のアガスティアの葉を書いた人は自分自身でも風のように人生を送り、風のように自由に、流れのままに生きることを体感していたのではないかと感じました。
  • 2006/07/16-22:57:39
  • 投稿者 : 空タネ
  • URL
  • 編集

[C2921] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

占いで今まで、自然の情緒あふれる表現を聞いた事がありませんでした。詩的な感覚がとても心地ち良いです。そして、文章の出来事の全てを受け入れることができます。何か運命(出来事)そのものを訪れる時を待つ(春が来る、、、ような)そんな感覚をうけました。そして運命そのものが、語りかけている、その時々に~そんな感じです。もりけんさんがいつも流れに乗りなさい(ハンドルを手放しなさい)の意味がここに表現されてました。
  • 2006/07/16-22:47:34
  • 投稿者 : じんのり
  • URL
  • 編集

[C2920] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

娘さんの誕生の場面なども、物語のようです。
読んでいるだけで親として子供との生涯の縁が大切に
表現されています。


もりけんさんに色々なことが起き、最後の時を迎える表現には
せつなくて…ガーンとなりながら、たしかに
そのあと静寂な気分になっていくのが不思議でした。
何かどこかで感じた安堵感がありました。それは
「お馬さんは暗くなったらおうちに帰るのです」 と
フシケンのHPで、トラさんがもりけんさんに
運命は決っているということをこのように表現した
書き込みを読んだ時と一緒でした。


人は誰でも死を迎えなければなりませんが、運命を受け入れる
ことはそういうことなんだ…と
そこでホッとした気持にさせられました。
一生涯楽しかった…と思えるのは
お馬さんがおうちに帰るように この世を離れることなのかも
しれないと思いました。
それは一生懸命生きるということに繋がっていくのだと
思います。


風…というのは自由を象徴しているんだなと思いました。
風とともに生まれて風とともに去っていくというのは
素敵だなと思いました。

[C2919]

血が通った・・・まさにそう形容するに相応しい、生命的で美しい表現だと感じました。
無機質的に真実をズバッと突き付ける告げ方も、情け容赦なく「ダメは、ダメ」と言われることも、慰めを与えて淡い希望に縋り付かせるのとは逆の意味で、その人を救っているようにも思えます。とにかく事実を受け止めるしかないのだと。
“本物のアガスティアの葉”からは、運命を告げられたその人の心を解き放つかのような、甘さでも生易しさでもない優しさを感じます。
人間が人生において苦しいと感じるのは、どうしてこんな目に遭わなければならないのか理由を見出せない不遇に見舞われた時ではないでしょうか。
そうして多くは、答えを与えることで救いをもたらそうとしてきました。その中で生み出された概念が、カルマだったり魂を磨くことだったり人生の目的だったりしたのだと思います。
今回の占いの記述には、前世からの因縁はもちろん、果たすべきことも存在意義についても述べられていません。
最後はただ「一生涯、福があって楽しい人生でした」と・・・ここに何よりもホッとしました。
誰のどんな人生にも価値の差はないことを、直接的な言い方ではなしにこの占いは語っているように思われたのです。
人は誰でも幸せを望み、それが叶わないときはせめてもの救いを求めるものだと、私はずっとそう思ってきたのですが、本当に欲しいのは納得のいく意味や理由づけなどではなく、自分の生は心から肯定されるものであって欲しい、ただそれだけなのではないか・・と思えてきました。
人生の中でどんなことがあっても私は私のままで、私が生まれたときに享けたこの運命のままに、生きていけるのではないか・・・という気がしました。
  • 2006/07/16-21:55:04
  • 投稿者 : 未来
  • URL
  • 編集

[C2917] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

表現がとても詩的だと思いました。
  
ジタバタしてもしょうがない。運命は決まっている。覚悟を決めて、ありのまま生きるしかないと思いました。
  • 2006/07/16-21:23:27
  • 投稿者 : アフロ
  • URL
  • 編集

[C2916] >そしてこれを読んだとき、運命は決まっていても一生懸命に生きるしかない・・と思わないでしょうか?

運命を知ってもそうだと思いました。
これは圧倒的です。
運命の流れは条件反射のようなもので拒否して迂回したりできる部分はわずかで・・・

決して茶化す意味でなく
「わかっちゃいるけどやめられな~い」という感じです。


・・・そう受け止めるしかないと今は思います。
  • 2006/07/16-20:50:35
  • 投稿者 : なみ
  • URL
  • 編集

[C2915] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

まるで、詩のようで、音楽のようで、血の通った文章だと思いました。

美しいと・・

運命は、血の通ったものだと思いました・・

この葉のさざめき・・

風・・

鐘の音・・

すべてに命が通っていて。。。


この世に四季が存在しているように、季節が巡っているようだと。。


  • 2006/07/16-20:33:13
  • 投稿者 : あかり
  • URL
  • 編集

[C2914] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

---------------------------------------------------------------------
羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提婆娑訶 
行ける者よ 彼岸に行ける者よ 彼岸に全く行ける者よ 悟りあれ、幸あれ
----------------------------------------------------------------------
般若心経の最後の文(下の文は解釈)ですが、数年前に初めて読んだ時に、解釈を読んで
もさっぱりわからなかったのですが、この最後の部分だけは、左の脳ではなく、右の脳で
感知した感じでした、泣けてしまいました。
今だから文章にできるのですが、でもこれを言葉にならない感覚としてその当時に感じた
ことは、すべての生きとし生ける者、それは現世でどんなにいわゆる罪を犯そうが、不幸
にまみれた人生を送っていたのだとしても、たった一人も例外なく“すべての人に対して”、
「悟りあれ、幸いあれ」と、この世の人生を終わらせてあの世へ去っていくすべての人に
対して、それが一体誰なのかわからないけれども、誰かがそのように声をかけているよう
に感じたのです。
あらゆる人に対して全肯定を感じたのです。
古代文書のもりけんさんの最後の年を読んだ時に同じものを感じました。
悲しみに打ちひしがれても、幸いに恵まれても、すべての出来事の中を、風のように通り
過ぎていき、そしてどこかわからないけれども、流れのままにどこかへ行くのだなと思い
ました。
  • 2006/07/16-20:29:18
  • 投稿者 : イーキン
  • URL
  • 編集

[C2913] 本物のアガスティアの葉に出会って・・

これまでは、「運命は決まっている、と思っている私」でしたが、この占いによって、「本当に決まっているんだ、と実感した私」に変わりました。
面相師がいった、「やはり運命は100%決まっていたのですよ」の言葉が響きます。
これを読んで、いろいろな事を考えました。
どんな仕組みで生まれてきたのだろう。とか、運命をなぞるだけの人生になんの意味があるのだろう。とか、答えの出ない事をとうとうと考えました。
しかし、考えても分からない事ばかりなので、ちょっと横に置いておく事にして、次に思った事は、
運命は決まっていて、運命をなぞる人生だけど、その通りに生きるのは私だし、生きて見なければその人生さえ、分からないではないかと思いました。
たとえ、15万円の占いで正確に運命が分かったとしても、それを実際に生きてみてはじめて、色々な状況を体験出来るのではないかと、
トラさんがお弟子さんに言ったように、「なにか事が起こってどのように感じるかまで決まっている」としてもそれを体験出来るのは自分しかいない。と思ったのです。

[C2912]

もし、これがほかの誰かの運命だとしても、読んでいて
「なんて美しくて幸せな人生なんだろう」と思うと思います。

まるで万葉の歌を読んでいるようです。

もし今辛くても人生の最後にそのように迎えることができたなら、精一杯「生きた」と思えるでしょう。

生れてきたからには、この人生を全うするしかないのだと感じます。

[C2911] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

運命がきっちりと決まっていることで私の入る余地などどこにも無いのだと虚無感に襲われてしまうと思っていました。
 
ここに描かれている人生は冷たさが無いと感じます。
運命が決まっているを知ることを怖がることも否定することも無いのだと思わせてくれるようです。
 
風に吹かれて漂う人生を生きているのは私なんだと強く思います。
  • 2006/07/16-17:01:07
  • 投稿者 : 小町
  • URL
  • 編集

[C2910] >本物のアガスティアの葉に出会って・・


私は運命が100%決まっているほうが嬉しいです。
 
1%でも、決まっていない部分があって、自分が「創造」(「変更」ではない)する余地があるのだとしたら、それはなんだか、時空から、
「なぜ、もっとガンバらないの?もっとガンバりなさいよ!」
と言われているようで、とても辛いです。
わたしだって、すごくガンバっているのに・・まだガンバらなくちゃいけないの・・と思います。
 
すべて決まっているのなら、何も悩む必要はなく、迷う必要もなく、思い煩う必要もなく、本当にそのまま、風のまま、流れのままに生きればいい、自由だなと思って、とてもホッとします。
 
もりけんさんの最後の描写はとても美しくて、いい人生だなと思いました。
いろいろなことがあっても、本当に夢のような、楽しい一生なのだなと思って、いいなと思いました。
 
人生とは夢のようなものかもしれません。
 
昨日、「風の中にふかれ」という表現を読んだとき、まるで土手の上の草みたいと思いました(笑)
流れのままなんだな、と。
もりけんさんの最後の描写を読んだときも、一陣の爽やかな風に乗って、お父さんに遭いに行くのだなと思いました。
 
死は恐いものではないのだと思いました。
わたしたちは風のような存在なんだと・・。
 
わたしも15万円出してこの占いをしてもらいたいです。

[C2909] そういえば

風にふかれ、という表現は、きのうも読んでて、どういうイメージかなと思ってした。さわやかな感じかなあとか思ってました。でも、言われてみると、確かにもりけんさんの運命の本にも風の表現があって、流れのままっていうことの同じ意味が、しっくり来るなあと思いました。今日は自分も熱海に向かってます。
  • 2006/07/16-15:35:12
  • 投稿者 : リョウコ
  • URL
  • 編集

[C2908] 光と影の狭間で・・・

人間は光と影の狭間で揺れている風なのかもしれない
私であって私ではない
それでも私として生きてゆく風^^
それが≪自分・・・≫

「今このとき」にすべてを見る
「今このとき」のすべてを抱擁し
「今このとき」の私を愛する
そして溢れるほどの≪未来に於ける欲≫を欲する

欲を欲してこその生身かな^^

この間施術中に出会った幽体は語っていた

  憤りに身をくねらせた日々こそ^^なつかしい
  生きているとはそのすべてが「ぬくもり」である
  あと少しすると私の人間らしさも消えてゆく^^
  苦しみが懐かしい・・・
  死は開放
  開放こそ≪苦≫であるのかもしれない
  「限り・縛り」に救われていたのかもしれない
  そのときが来れば見渡せる^^
  だから今は^^この時を見よ
  生き急ぐな・・・
  死に急ぐな・・・
  生きているとは素晴らしき時間鳴り

これが正しいのか?浅はかなる悟り気取りなのか?
選択は自由だ^^

ただ私は沙羅に
≪欲をかく事の素晴らしさ≫を噛み締めた
≪今を生きていることの切なさ≫を噛み締め
「今このとき」に感謝した^^

ひとはそれぞれ^^
あなたの道を歩くだけ・・・

    花蒔き地蔵^^恋海月

[C2907] 運命は決まっていても一生懸命に生きるしかない・・と思わないでしょうか?

3次元では。。かたや。。宗教説を唱えながら。。生まれながらに。。奴隷制や。。戦禍に巻き込まれたりするわけで。。なんだかんだ。。矛盾してる様な気がしまっすうう。。かといって。。タイガーランドをみると。。戦争強いられる人にも。。すごい。。葛藤があったりするわけで。。ここはやはり。。もりけんさんのいう時空解明にむいて。。すべて。。あるがままで向かってる的に。。おもったほうが。。そうして。。シフトアップで。。全体の快度アップしたほうが。。効果ありそうな気がしたりしますううう。。。わたしてきな快でいっても。。そんなにいろいろできるはずもないし。。。諦め的に生きてるようでもあるけど。。。これしかないてきに生きてるようでもあり。。なんだかチョイ浮遊感が。。なんだか。。きもちいい♪♪
自分自身がランダム的だし。。。最近は。。3次元の事象すらもや~~っとして。。○┼< バタッ・・・・・
  • 2006/07/16-15:26:41
  • 投稿者 : バニー
  • URL
  • 編集

[C2906] >運命は決まっていても一生懸命に生きるしかない・・と思わないでしょうか?

  
ここ最近、これは特に強く感じます。
  
どこまでいっても運命を支配することなんてできません。
結局決められたとおりに生きるしかありません。
全くの無抵抗状態が変わることはありません。
  
だとすればいくら運命の解明が進んだところで、生き方自体は従来と変わり得ないし、結局こういうスタンスで生きていかざるを得ないのだと強く強く感じます。
  • 2006/07/16-15:24:37
  • 投稿者 : aka
  • URL
  • 編集

[C2905] でももしもあなたが私だとして、これを読んだとき、なにかホッとするものを感じないでしょうか?

ほっとしました。
さらにもりけんさんの言葉にほっとしました。
自分を通り過ぎる風がここちいいなあと感じました。
すこし涙がでました。
運命がこんなふうにいとおしく思えたことはありませんでした。
風のままに、流れのままに、ぼくはぼくで、このままのぼくでいいんだと思いました。
  • 2006/07/16-15:16:51
  • 投稿者 : ごっつ
  • URL
  • 編集

[C2903]

運命の仕組みがどうなっているか考えているとき、自分はデータを処理するとか
分類するとか、そういう感覚で考えていることが多いです。
 
それは間違っているわけではないのだと思います。
ただそれはあくまで視点の一つでしかない。だからそのことを忘れてはいけない‥
 
本物のアガスティアの葉の詩のような文章を読んで、そんな気持ちになりました。
 
> そしてこれを読んだとき、運命は決まっていても一生懸命に生きるしかない・・と
>思わないでしょうか?
 
本物のアガスティアの葉に書かれているもりけんさんの運命の中には、楽しいこ
とも苦しいこともありました。それはたぶん誰の運命であってもそうなのだと思
います。
 
苦しい未来は怖いです。出来るものなら避けたい。。。
だからといって自分の運命を否定したくありません。
苦しい時にはたぶん思いきり無様な姿をさらします。楽しい時には調子に乗ると
思います。
 
それでいいんだと思います。
 
運命というのは、私といつも一緒にいるパートナーのように思えてきました。
決して離れることなく、風の中を一緒に流れるのかもしれません。
  • 2006/07/16-14:55:19
  • 投稿者 : ぷく
  • URL
  • 編集

[C2902] > 何か、血が通っていました。

コメントをどうぞ
  • 2006/07/16-14:54:29
  • 投稿者 : ぷく
  • URL
  • 編集

[C2901] まず中国は日本に比べて1時間ビハインドですから

日本時間の18時を中国時間に直しているのだと思いました。おそらく外国の依頼人を占ったことはあまりないのかもしれません。しかし中国も国土が広いため父母の出生年月日で時差がある場合は、最初に調整しているのだと思います。生まれた時刻を聞かれたら、地球の裏側で生まれても、それが中国時間で何時だったかを答える必要があるのでしょう。

黙示録的詩的表現は時空を飛び越える普遍性につながると思います。このようなビジョンを見て自由な世界に飛び立つ(そしてそれを書き残す)ということが800年前の中国で悪いことや異端とされていなかったのか不思議に感じました。物事には系譜というものがあるはずです。中国におけるこのような黙示録的なビジョンの系譜というものを知りたいと思いました。
  • 2006/07/16-14:32:17
  • 投稿者 : ナイル
  • URL
  • 編集

[C2900] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

生まれた時間で家族の生まれた年、子供の数、配偶者の姓までわかってしまう(決まっている)という事にとても驚きました。また、1年1年も決まっていて、死ぬ日も決まっている。。
とても、正確に分かるその占いで自分の人生もみてもらいたいと思いました。死ぬ日がいつかということも知りたいと思いました。
もしかしたら、今より、充実した人生を送れるかもと思ったりします。

[C2899] 本物のアガスティアの葉に出会って・・

10年くらい前に、青山圭秀さんの著書「アガスティアの葉」を
読んだ時も、静かに深く感動したことをよく覚えています。
20歳で恋につまづいた時に「運命」を、考えるようになりました。
続編の「サンカルパ」を読んだ時はさらに・・「運命って・・」と、
言葉が出ないほど考えさせられ、またとても感じ入りました。
著者も、カルマ解消の儀式のようなものをしていたと思います。
でも私にとって「カルマの解消」そのことはあまり深い関心事では
ありませんでした。こわい、とか考えただろうか・・。覚えていません。
それよりも、心に秘めていた好きな人と最後には結ばれる・・とゆう処に
すごくすごく感動していました。運命の人がいる・・それだけで嗚呼
よかった・・その先は考えませんでした。
そして今、相変わらず、私自身が自分で体感したものではありませんが
「800年前の古文書」の情報で・・胸の奥が震えるような思いがしま
した。
私の人生もこんな風に物語のようなんだ・・。
私の隣の人も、雨のしずくも、風に揺れる木の葉も、全部。
ひとつひとつに生命が吹き込まれていて、ひとつひとつに物語があるんだ
そう思ったら、泣けてきました。
私は私を生きよう、そう思いました。
生まれるずっと前から、宇宙のはじまりとつながっている私の運命。
深い安心を感じました。ひとりで泣いて、悲しくて悲しくて「もーーー」
とゆう時間が終わったような感じがしました・・。
でも「なんでそうなのかな・・?」とゆうことが、私をまた動かします。
何かに出会うたび、新しい「?」が生まれてもっともっとイキたくなり
ます(爆)今、この瞬間も・・一体何が、なんでこんな風になっている
のか・・大きなものにすっぽり包まれているような、そんな感じがしま
した。





[C2898] 運命と感情

方程式には感情がないように、運命も感情は必要ないのかもしれないと思ったりもしました。 
人が死んで悲しいとか、子どもが生まれてうれしいとか 
一般論では当たり前の事でも、人によって感じ方は逆転します。
でも人間の動きは感情に左右される事も多く
運命の中に感情は織り込み済みという事なのだと思いました。
だから占いの結果のとき、感情を表現される事はないのだと思ってましたが
この占いは違いました。
悲しいとか楽しいとかがあって、とても広がりのある表現がされています。 
なんか、本当に人生なんだな…って思いました。 
 
運命が決まっていても一生懸命生きるしかないというのは 
本当にそうだと思います。

[C2897] >、風のままに、流れのままに、つまり「自由」だと思いませんか?』

いま涙がきてます。どうしてここにほしかったものが落ちてるのかわかりません。本を読んだときには気付きませんでした。今日この日だから涙が出るんだと思います。

>この古文書を書いた人は、理科系であり、文化系であったと思います(笑)。 そして運命を、とても肯定している人だと思いました。
昨日メインをよんでなんて優しい詩なんだろうと思いました。私は自分の運命に感謝します。あの日あそこで読んだことが…どんな人生かはわからないけれど…最大の贈り物になるかもしれないと思います。そしていつもこれでいいんだって思います。「私」 が自由なんだな…なんても今思いました。

[C2896] >「風」という言葉が出てきます。

「風」という言葉が二回出てきたと思います。
どちらも印象的でした。
強い風ではなく、やさしく、涼やかな風なのだろうと思いました。
 
竹のように青い運命、、、
日暮れに鐘の音が聞こえて、夢のように、、、
 
詩的な表現です。
それが、時空の言葉なのかと思います。
 
自分のこれまでの人生やこれからの人生ををこんな言葉で表現されたら、泣けてしまいそうです。
もっと、時空と向き合いたいと思えてきます。

[C2895] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

>これを読んだとき、なにかホッとするものを感じないでしょうか?
はい、投獄のことも書いてあるというのに最後まで
安心感がありました。
それは文章の中の夢のようにと似てるかもしれません。運命を肯定して一生懸命生きるって楽じゃないけれどでもそれしかないのだと思いました。
もりけんさんの最後の場面はなぜかあさきゆめみしの
最後が思い出されてしまいました。涙が出ました。

風のように今日も調査のもりけんさん、軽やかで爽やかな風だと思いました^^


  • 2006/07/16-10:43:54
  • 投稿者 : Ciel
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

新規
投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

-件のトラックバック

トラックバックURL
http://fushigikenkyujo.blog62.fc2.com/tb.php/87-7cbf75d9
この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

本物のアガスティアの葉に出会って・・

 
 今回の中国紀行でも沢山の占いに出会ってきました。
 とても精度の高いものばかりです。
 
 でもそこには「血が通った」という表現は似合いませんでした。
 まるで理科系の人が、方程式を語るように運命を表現してきました。
 
「ダメは、ダメ・・」
 
 という感じに・・。
 
 しかし昨日遭遇した占いは違いました。
 何か、血が通っていました。
 例えば私の娘が誕生した時のことは、次のように書かれていました。
 
「その子供は菊の花の頃、つまり秋に生まれます。風の中にふかれ、竹のように青い運命の中の女の子です。一生涯、一人しか子供はいないので、その子の人生を死ぬまで手伝っていきます。子供は寅年生まれです(当たり)」
 
 誰が親であれ、これを読めば納得するはずです。
 すでに出来の悪い子供に成長していても(爆)、これを読めば「うんうん」と頷くのではないかと思います。
 
 私の死ぬ場面も同様です。
 
「この年に亡くなります。一生涯、福があって楽しい人生でした。日暮れに鐘の音が聞こえて、夢のように一生を終わります。風に吹かれ、菊の花が黄色くなった頃、つまり○月○日、お父さんに逢いに行きます」
 
 確かにこれからも色々なことが起こります。投獄の危険すらある様子です(笑)。
 でももしもあなたが私だとして、これを読んだとき、なにかホッとするものを感じないでしょうか?
 
 そしてこれを読んだとき、運命は決まっていても一生懸命に生きるしかない・・と思わないでしょうか?
 
 この古文書を書いた人は、理科系であり、文化系であったと思います(笑)。
 そして運命を、とても肯定している人だと思いました。
 
「風」という言葉が出てきます。
 それは私の書いた「運命を変える未来からの情報」の最後もそうでした。
 
『「私たちはどこから来てどこに向かっているのか?」という問いの答は、風のままに、流れのままに、つまり「自由」だと思いませんか?』
 
 アガスティアの葉は、最後はカルマで終わるときが多かったです。
 そして葉の最後に書かれたカルマ解消法を実行する日本人も多かったです。
 
 でもこの古文書には、それはありません。
 
 きょうも風のように次の場所に向かいます。
 きょうの案内人は、ふとっちょの弟子です(笑)
 
スポンサーサイト

53件のコメント

[C2993] 本物のアガスティアの葉に出会って・・

>そしてこれを読んだとき、運命は決まっていても一生懸命に生きるしかない・・と思わないでしょうか?
そうですね。私はそれを受け入れられなくて、あがいているのでしょう。
でも、視点を変えるのも大切だと思いました。
この詩のような予言をしみじみ読ませてもらいました。
心に浸み込んで来ました。

[C2978] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

改めて「運命って決まっているんだな」と感じました。
そして、あきらめるしかないのだなと思いました。
いいときもあれば悪いときもあるのだなと思いました。
これが運命の仕組みなのだなと思いました。
あきらめるしかないということは、自分は無力だということを認めること。そして、自分は努力なんてしなくてもいいのだという安堵感に包まれました。
いつなんどき、いいことや悪いことあってもそれを肯定し流れに乗って生きるだけなのだなと思いました。
なんか、「自由」の意味が判ってきたような気がします。

風の吹くままに・・
流れのままに・・

う~んしびれるな・・・

[C2966] >なにかホッとするものを感じないでしょうか?


ホッとします。
とくに死ぬ場面は・・

風のように生命を運んでゆく運命。
それが、そのまま生命そのものだと・・


「生きる」とは、どういうことなのか・・

運命が決まっていても、いなくても、
「今」しか生きられない。
仙人のように時空を超越できたとしても、
たぶん、「今」しか生きられないのなら・・・

人生を悲観することもあるだろうし、
生きるエネルギーが涌かないときもあるだろう。

だけど、たとえどのような運命であっても、
「今」しか生きられないのなら、
せめて、この瞬間だけは、熱く生きていたいな・・

・・風のように

もう、それしかない・・

[C2964] >風に吹かれ・・・

子供さんの誕生の部分に自分の子の誕生を重ね合わせて、幸せな気分になりました。こんなに素敵な書き方だと自分の死の場面もありのままを受け止められそうです。感動してしまいます。

表現の仕方で受けとる気持ちがこんなにもなごむのかと思いました。
運命は決まっている。。。
一生懸命とは、言えないけど、そこそこ頑張って生きていくしかないとあらためて思いました。

[C2959] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

拝見後、大きな衝撃を抱えたまま言葉になりませんでした。
躊躇する時間を要した気がします。
やっと、歌のようにリズムを持った優しい文章であることが理解できました。

もりけんさんが、インドでアガスティアの葉を訪ねられたのを本で読みましたが、驚くほど冷静に分析する姿勢をつらぬかれ、相手側が質問を換えつつ、そつない結果を導き出すと言えそうなシステムにまで触れられていました。
はるばるやってきたインドで、自分の身を言い当てられる不思議には、やみくもに感動&満足しても無理はないと思うのですが、もりけんさんは、全くそうではありませんでした。

今回、中国で本物のアガスティアの葉に出会われたことをうかがって、800年も前に、もりけんさんと同じく、時空の解明を考えた方たちがいたのだと思いました。

易学が、兵法の一端から発達したかどうか知りませんが、インターネットはアメリカ軍部内通信から発達したとうかがっております。
そして、インターネットが日本で知られるちょっと前、もりけんさんが郵政大臣賞を受賞された頃、もりけんさんはインターネットと同じことを構想していらっしゃったのを思い出します。

もりけんさんを前に800年前の文献を読み解かれた占い師は、きっとやってくる人全ての人生を慈しまれる方なのだと思います。

9000の語句?から取り出された70前後が、一人の人生を表現しうるのでしょうか・・
それをつなぎ合わせて美しくスムーズな一筋の流れに詠まれるこの占いは、詳細さに圧倒されながらもとてもロマンチックで、戦いとは結びつかない気がします。

インターネットを人のコミュニケーションから構想されたもりけんさんとこの占いの出会いは、やはり運命だと思いました。

[C2949] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2006/07/18-09:41:07
  • 投稿者 :
  • 編集

[C2946] 「風」という言葉が出てきます。。

う~ん。。わたしてきには。。死後のみなしご感と。。赤ちゃんで。。ママからエネルギーをもらっている感は。。ぜんぜん別感覚をおぼえまっすうう。。。わたしてきには。。霊的な繋がり感は感じたことがないので。。完全無意識の世界を。。180度は天国で。。180度は。。地獄説で。。唱えることのほうが。。よっぽど。。3次元の広がり感を狭くしているような感がただよいまっすうう。。一番外枠をはずしてやれば。。戦争をすることもなくなるのでは~でっすううう。。。あ。。記述はもりけんさんに。。乗っかってまっすううう。。。
  • 2006/07/18-08:30:05
  • 投稿者 : バニー
  • URL
  • 編集

[C2945] 素敵!

私は小学生の時、将来、詩人か占い師になろうと決めていました。
西洋占星術やタロットを用いて、電話鑑定をしていたことがありますが、腑に落ちないものがあり、家庭の事情もあって辞めました。
詩は、幼い頃から何十年も書いていて、昨年ようやく自費出版をしました。世間からの反応もなくさみしいです。(悩)
今、この葉の内容に触れて、「自然にながれてゆく」ということはこうゆうことなのかなあ・・と感じました。
自分の生命の動機が、見事に融合されて、豊かにそこに通じていました。
同じ運命を提示されても、別の表現をとられたら、「私は結果」ということに、きっと反発を覚えてしまうことでしょう。
すべてが詩であればよい、人生は一篇の美しい詩なのだ、ということを伝えたかったのです。
これを読むと、まさにそれですね。
私も自分の葉を読んでみたいです。
その内容が、意に反するものだとしても、私は美しい詩として、人生を全うできそうな気がします。結果を受け容れて、受け容れて、受け容れて。

[C2944] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

もりけんさんの今後のこれからも続く福のある人生から突如、数年後国家権力とも衝突するともされる災いがあるという判断を目にしますとハラハラします。しかしここを読んだ後、日暮れに鐘の音が聞こえて、夢のように一生を終わりますというもりけんさんの人生の判断の最期の箇所を読みますと、一時的な嵐は来るものの、最後はそよ風が吹いて終わるのだな、とホッとさせられます。今まで時空には何か無感情のような存在であるイメージを抱いていました。でも人間の人生をここまで叙情的な詩のような表現で表す手段を作り出したのも時空です。このような時空の気持ちを知りたくなりました。
  • 2006/07/17-21:44:02
  • 投稿者 : おかだ
  • URL
  • 編集

[C2943] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

運命は決まっていて、人生は私が創造しなくても作られていると思いました。
古文書は、だから何も心配することなんてないのだよ、と言っているように思いました。

日常にアクセクしたり一喜一憂しても、それさえも詩のように語られたとしたら、私の人生も悪くないな・・・と思いました。

私の周囲の流れは止まることないです。どんなことであれ、私はその流れに乗っていくのだと感じました。

「風」にように・・・軽やかになれば、私は自分の人生を肯定できるように思いました。
先を心配しなくても、風のようであれば行き着く先は必ずあると感じました。

心配をやめれば、今を生きていくしかないと思いました。

[C2942] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

メインコーナーにも書きましたが、もりけんさんの一生運を読ませてもらって、胸が苦しくなりました。
これはまったく否定的な感覚ではなく、より人間というものをいとおしいと思う感覚の始まりのように思えました。

風に吹かれて・・・
ああ、人間はいつも風に吹かれたままなんだと思います。

がんじがらめであろうが、風を感じて一瞬一瞬の生をまっとうするしかない・・・
フシケンのレスぽくないですがそんな風に感じました。

そしてふとあの世もこの世もただ生きる場所が違っているだけなのかもしれない・・・と思いました。

[C2941] 運命は

決まっていて、それをなぞるように生きていたとしても、
経験する一つ一つは決して無機質なものではないです。
・・それを思い出させてくれます。
風のように、あちらへこちらへと身を任せて
人生の一つ一つを楽しみたいな~と思いました。
何だか、ほわ~んと幸せな気分になりました。
  • 2006/07/17-17:39:51
  • 投稿者 : まる
  • URL
  • 編集

[C2937] 運命に逆らうことは出来るのでしょうか

運命がわかったとして、それに逆らった行動をするとどうなりますか?たとえば、占いで38歳で転職すると出ました。もし大好きな仕事だったとしても、転職しなければならないのでしょうか?それとも、転職しなければならない出来事が起きるのでしょうか。自然になるようになるさと言う生き方。これも実は運命にそって進んでいるのでしょうね。だから、生きることには無理せず好きなことをマイペースで自分の能力の範囲で頑張っていると運命が自然に良い方向へ導いてくれるのでしょうか?進む方向が解らなくなり迷っているとなにか、お知らせがあるのでしょうか?

[C2936] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

むかし綴られた詩が、運命というかたちでいま遭遇したというのが凄く運命だぁです
「運命」というものを変えるということは、この800年前の事実と現在のこのHP上での情報と繋がっているようです
「外側」ということに繋がるとき「運命」は揺らぐのかなと思いました

[C2935] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

>これを読んだとき、なにかホッとするものを感じないでしょうか?

「死」というものが、最近とてもあやふやというかただの恐怖だけでなく、「あるんだ」といこと前提な考えになっているようで、詩の世界がこの世とあの世両方の感覚のようなです
浮遊感の世界が、中国紀行のナマ報告で以前よりシフトしてる感です
>・・「運命」
思考する時、半分?はあの世にイッているのかなと考えると、また浮遊体験です

[C2934] 占い

はじめまして こんにちわ
これは、何という占いなのですか。
アガスティアの葉?

たいへん美しく驚きました。
何を感じて どう捉えて どう表現するか、占者の力量にかかりますね。
どういうふうに占ったのでしょう、うーん気になる!
  • 2006/07/17-12:11:09
  • 投稿者 : ゆか
  • URL
  • 編集

[C2933] >

でももしもあなたが私だとして、これを読んだとき、なにかホッとするものを感じないでしょうか?

[C2932] 9000件の文章が

いったい、どういう風にしてつなげられていくのか、わかりません。しかし、すくなくとも「つながっていく」のが人生だということは、なんとなく伝わってきました。つながるのは、べつにアースがなくても、つながっていくものだということも思いました。地面の上は、連続的に進行していくためのものでしょう。地面がなければ、連続性が失われそうな気がして、不安感を覚えることが多いかもしれません。しかし、連続性などなくても、人生はつながっていくし・・風のなかでも、つながっていくし・・生から死へとつながっていくし・・・こうしたことに、アースは不要だと思いました。私は、いろんな存在とつながって生きているのかもしれませんが、それ以前に、私そのものが、つながりとして在るのではないかと思いました。今が、もうひとつの今とつながっていくところに、私というものがあるのではないだろうかと思わされました。
  • 2006/07/17-12:06:00
  • 投稿者 : L.B.
  • URL
  • 編集

[C2931] 本物のアガスティアの葉に出会って・・

この古文書を書いた人は詩人のようです。

人の運命の中の出来事を、こんなに叙情的に美しく表現できるのは、
運命のあらゆる場面のすべてを肯定しているからだと思いました。
 
叙情的に表現されていますが、書かれている内容はピンポイントで
デジタルなので、驚き、唖然としてしまいました。。。
 
でも、ここまであらゆることが決まっていたとしても、なぜか、嫌な気がしてきません

逆に、どれだけガチガチに決まっていても、こんなに美しい出来事を体験して、
感じることが運命そのものなのだと。。。
 
この古文書は、そう伝えているのだと思いました。
  • 2006/07/17-06:47:05
  • 投稿者 :
  • URL
  • 編集

[C2930] >本物のアガスティアの葉に出会って・・


この占いの報告を拝見したとき、驚きとともに、すごく感じるところがあったのですが、今回の書き込みを拝見し、さらになんともいえない、ああ・・・という気持ちになりました。
「感動した」とかくとちょっと違う感じがするのですが・・うまい表現が見つかりません・・。

今回、ここで抜粋された、2つの記述には、最初拝見した時から、とても感じるところがありました。

娘さんのことについてかかれている箇所で、特に「風の中にふかれ、竹のように青い運命の・・」というところは、なんだかとても表現方法がいい・・と思いました。
そして、とてもいい人生なのでは・・と思いました。

もりけんさんがなくなる場面も、なくなるのは寂しいし、悲しいけれど、こんなふうにいい人生だったんだ・・そして、お父さんに逢いに行くんだ・・そう思うと、泣けてきました。

>これを読んだとき、なにかホッとするものを感じないでしょうか?
はい・・確かにそういう感じを持ちました。
全体を通し、なぜこんなに、ああ・・と思うのか、自分ではよく分からなかったのですが、

>そして運命を、とても肯定している人だと思いました。

この文章を拝見して、ああ・・これだと思いました。
なんだか、もりけんさんの本とか、フシトモなど、もりけんさんの文章を読んだ後に感じる感じと似ているのです・・。

「血が通った」占い・・まさにそうだと思いました。

「風」という言葉は、もりけんさんにぴったりだと思います。
娘さんの人生にも「風」が出てきて、きっと、もりけんさんのように、自由に、流れのままに、生きられるのだと思いました。

願望はイケマセンが、自分も風のように生きたいです。
でも、それには、あまりにも色々なものを持ちすぎて、風に乗って流れることができないような気がします・・・。

[C2929] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

 ポエトリー・リーディングのような散文的で綺麗な表現、良い事も悪い事も決まっているという運命をこういう詩的に表現されて、前段で過去もバッチリ当っていて、決まっている運命というのが柔らかく耳に吸い込まれてくるというか、肌で感じられるような気がしました。    決まった運命を、どう感じてどうやり過ごすかと思うかは、特に悪い時期も、やはり逃げずに、それを死ぬまで、風のように流れながら一生懸命に過すしかないと思いました。
  • 2006/07/17-03:23:36
  • 投稿者 : yk
  • URL
  • 編集

[C2928] 爽やかです!

涙が出ました。
人生を運命を「風」のように流れていきたい。
本当にそう思いました。

[C2927] ずっと、続いていくような感じがしました

生きてるうちは、自分の人生に、なにか大きな出来ごとが起こるということを、期待しているところがあると、思います。
でも、文化系のストーリーは、とっても柔らかく、繊細です。ハリウッドの超大作にようなド派手さはないです。
それは、とても静かです。
こうやって、風のように人生が終わって、また、さりげなく次の人生が始まっていきそうです。
やっぱり、ゴールとか大団円、つまり、もう終わりってことが、ないような、ふわふわした印象をうけました。

[C2926] バニーさん

みんな真剣です!!
  • 2006/07/16-23:51:59
  • 投稿者 : じんのり
  • URL
  • 編集

[C2925] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

表現がやさしく、端的だと思いました。
そして、季節感をともなった描写が穏やかな雰囲気を作り出しているようです。
走馬灯のように、年ごとの絵が浮かびます。
雲ひとつない空・・
山林の中に立つ虎・・
雲に覆われる月・・
黄色に色づく菊の花・・
人生のはかなさを感じます。
けれど、そこには冷徹さは感じられません。
今日の出会いも明日の涙も決まっているならば、受け入れるしかありません。
カルマの解消を迫られることもなく、私がなす術など何もない一生です。
けれど「私の人生」です。
喜びも悲しみも精一杯感じようという思いが湧いてきます。



[C2924] バニーさん

私はあなたの”バカレス”を同じコーナーで一日に何回も読みたくありません。
少なくとも今日はふざけたレスを入れる日ではないと思います。
  • 2006/07/16-23:25:19
  • 投稿者 : イーキン
  • URL
  • 編集

[C2923] 運命は決まっていても一生懸命に生きるしかない・・と思わないでしょうか?

単語てきにはすきです♪♪ええと。。ええと。。きがついたら。。できちゃったり。。することもあるかもしれないと思いましたああ。。♪♪あ~~。。。多次元でね~~(・_・;)
  • 2006/07/16-23:21:27
  • 投稿者 : バニー
  • URL
  • 編集

[C2922] 血の通った占い

方程式で表すのと、詩的な文章で表すのではこうも印象が違うのかと思いました。

自分がロボットといわれても、運命が決まっているといわれても、悔しいとか、何とかならないかとか、茫然自失するというか、どこか諦めきれないものを感じます。
しかしこの詩のような表現で、夢のように一生を終わると言われると、そうかやはり人生は決まっていて私達は風に吹かれ、行く先も決められないまま、長くもあり短くもある一生を送るのだろうな~という諦観におそわれます。
諦めの境地ではあっても、投げやりなそれではなく、容認出来るそれとでも言うのでしょうか・・。
何か自分が大きな全体と溶け合ったような不思議な感覚がします。
この本物のアガスティアの葉を書いた人は自分自身でも風のように人生を送り、風のように自由に、流れのままに生きることを体感していたのではないかと感じました。
  • 2006/07/16-22:57:39
  • 投稿者 : 空タネ
  • URL
  • 編集

[C2921] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

占いで今まで、自然の情緒あふれる表現を聞いた事がありませんでした。詩的な感覚がとても心地ち良いです。そして、文章の出来事の全てを受け入れることができます。何か運命(出来事)そのものを訪れる時を待つ(春が来る、、、ような)そんな感覚をうけました。そして運命そのものが、語りかけている、その時々に~そんな感じです。もりけんさんがいつも流れに乗りなさい(ハンドルを手放しなさい)の意味がここに表現されてました。
  • 2006/07/16-22:47:34
  • 投稿者 : じんのり
  • URL
  • 編集

[C2920] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

娘さんの誕生の場面なども、物語のようです。
読んでいるだけで親として子供との生涯の縁が大切に
表現されています。


もりけんさんに色々なことが起き、最後の時を迎える表現には
せつなくて…ガーンとなりながら、たしかに
そのあと静寂な気分になっていくのが不思議でした。
何かどこかで感じた安堵感がありました。それは
「お馬さんは暗くなったらおうちに帰るのです」 と
フシケンのHPで、トラさんがもりけんさんに
運命は決っているということをこのように表現した
書き込みを読んだ時と一緒でした。


人は誰でも死を迎えなければなりませんが、運命を受け入れる
ことはそういうことなんだ…と
そこでホッとした気持にさせられました。
一生涯楽しかった…と思えるのは
お馬さんがおうちに帰るように この世を離れることなのかも
しれないと思いました。
それは一生懸命生きるということに繋がっていくのだと
思います。


風…というのは自由を象徴しているんだなと思いました。
風とともに生まれて風とともに去っていくというのは
素敵だなと思いました。

[C2919]

血が通った・・・まさにそう形容するに相応しい、生命的で美しい表現だと感じました。
無機質的に真実をズバッと突き付ける告げ方も、情け容赦なく「ダメは、ダメ」と言われることも、慰めを与えて淡い希望に縋り付かせるのとは逆の意味で、その人を救っているようにも思えます。とにかく事実を受け止めるしかないのだと。
“本物のアガスティアの葉”からは、運命を告げられたその人の心を解き放つかのような、甘さでも生易しさでもない優しさを感じます。
人間が人生において苦しいと感じるのは、どうしてこんな目に遭わなければならないのか理由を見出せない不遇に見舞われた時ではないでしょうか。
そうして多くは、答えを与えることで救いをもたらそうとしてきました。その中で生み出された概念が、カルマだったり魂を磨くことだったり人生の目的だったりしたのだと思います。
今回の占いの記述には、前世からの因縁はもちろん、果たすべきことも存在意義についても述べられていません。
最後はただ「一生涯、福があって楽しい人生でした」と・・・ここに何よりもホッとしました。
誰のどんな人生にも価値の差はないことを、直接的な言い方ではなしにこの占いは語っているように思われたのです。
人は誰でも幸せを望み、それが叶わないときはせめてもの救いを求めるものだと、私はずっとそう思ってきたのですが、本当に欲しいのは納得のいく意味や理由づけなどではなく、自分の生は心から肯定されるものであって欲しい、ただそれだけなのではないか・・と思えてきました。
人生の中でどんなことがあっても私は私のままで、私が生まれたときに享けたこの運命のままに、生きていけるのではないか・・・という気がしました。
  • 2006/07/16-21:55:04
  • 投稿者 : 未来
  • URL
  • 編集

[C2917] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

表現がとても詩的だと思いました。
  
ジタバタしてもしょうがない。運命は決まっている。覚悟を決めて、ありのまま生きるしかないと思いました。
  • 2006/07/16-21:23:27
  • 投稿者 : アフロ
  • URL
  • 編集

[C2916] >そしてこれを読んだとき、運命は決まっていても一生懸命に生きるしかない・・と思わないでしょうか?

運命を知ってもそうだと思いました。
これは圧倒的です。
運命の流れは条件反射のようなもので拒否して迂回したりできる部分はわずかで・・・

決して茶化す意味でなく
「わかっちゃいるけどやめられな~い」という感じです。


・・・そう受け止めるしかないと今は思います。
  • 2006/07/16-20:50:35
  • 投稿者 : なみ
  • URL
  • 編集

[C2915] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

まるで、詩のようで、音楽のようで、血の通った文章だと思いました。

美しいと・・

運命は、血の通ったものだと思いました・・

この葉のさざめき・・

風・・

鐘の音・・

すべてに命が通っていて。。。


この世に四季が存在しているように、季節が巡っているようだと。。


  • 2006/07/16-20:33:13
  • 投稿者 : あかり
  • URL
  • 編集

[C2914] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

---------------------------------------------------------------------
羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提婆娑訶 
行ける者よ 彼岸に行ける者よ 彼岸に全く行ける者よ 悟りあれ、幸あれ
----------------------------------------------------------------------
般若心経の最後の文(下の文は解釈)ですが、数年前に初めて読んだ時に、解釈を読んで
もさっぱりわからなかったのですが、この最後の部分だけは、左の脳ではなく、右の脳で
感知した感じでした、泣けてしまいました。
今だから文章にできるのですが、でもこれを言葉にならない感覚としてその当時に感じた
ことは、すべての生きとし生ける者、それは現世でどんなにいわゆる罪を犯そうが、不幸
にまみれた人生を送っていたのだとしても、たった一人も例外なく“すべての人に対して”、
「悟りあれ、幸いあれ」と、この世の人生を終わらせてあの世へ去っていくすべての人に
対して、それが一体誰なのかわからないけれども、誰かがそのように声をかけているよう
に感じたのです。
あらゆる人に対して全肯定を感じたのです。
古代文書のもりけんさんの最後の年を読んだ時に同じものを感じました。
悲しみに打ちひしがれても、幸いに恵まれても、すべての出来事の中を、風のように通り
過ぎていき、そしてどこかわからないけれども、流れのままにどこかへ行くのだなと思い
ました。
  • 2006/07/16-20:29:18
  • 投稿者 : イーキン
  • URL
  • 編集

[C2913] 本物のアガスティアの葉に出会って・・

これまでは、「運命は決まっている、と思っている私」でしたが、この占いによって、「本当に決まっているんだ、と実感した私」に変わりました。
面相師がいった、「やはり運命は100%決まっていたのですよ」の言葉が響きます。
これを読んで、いろいろな事を考えました。
どんな仕組みで生まれてきたのだろう。とか、運命をなぞるだけの人生になんの意味があるのだろう。とか、答えの出ない事をとうとうと考えました。
しかし、考えても分からない事ばかりなので、ちょっと横に置いておく事にして、次に思った事は、
運命は決まっていて、運命をなぞる人生だけど、その通りに生きるのは私だし、生きて見なければその人生さえ、分からないではないかと思いました。
たとえ、15万円の占いで正確に運命が分かったとしても、それを実際に生きてみてはじめて、色々な状況を体験出来るのではないかと、
トラさんがお弟子さんに言ったように、「なにか事が起こってどのように感じるかまで決まっている」としてもそれを体験出来るのは自分しかいない。と思ったのです。

[C2912]

もし、これがほかの誰かの運命だとしても、読んでいて
「なんて美しくて幸せな人生なんだろう」と思うと思います。

まるで万葉の歌を読んでいるようです。

もし今辛くても人生の最後にそのように迎えることができたなら、精一杯「生きた」と思えるでしょう。

生れてきたからには、この人生を全うするしかないのだと感じます。

[C2911] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

運命がきっちりと決まっていることで私の入る余地などどこにも無いのだと虚無感に襲われてしまうと思っていました。
 
ここに描かれている人生は冷たさが無いと感じます。
運命が決まっているを知ることを怖がることも否定することも無いのだと思わせてくれるようです。
 
風に吹かれて漂う人生を生きているのは私なんだと強く思います。
  • 2006/07/16-17:01:07
  • 投稿者 : 小町
  • URL
  • 編集

[C2910] >本物のアガスティアの葉に出会って・・


私は運命が100%決まっているほうが嬉しいです。
 
1%でも、決まっていない部分があって、自分が「創造」(「変更」ではない)する余地があるのだとしたら、それはなんだか、時空から、
「なぜ、もっとガンバらないの?もっとガンバりなさいよ!」
と言われているようで、とても辛いです。
わたしだって、すごくガンバっているのに・・まだガンバらなくちゃいけないの・・と思います。
 
すべて決まっているのなら、何も悩む必要はなく、迷う必要もなく、思い煩う必要もなく、本当にそのまま、風のまま、流れのままに生きればいい、自由だなと思って、とてもホッとします。
 
もりけんさんの最後の描写はとても美しくて、いい人生だなと思いました。
いろいろなことがあっても、本当に夢のような、楽しい一生なのだなと思って、いいなと思いました。
 
人生とは夢のようなものかもしれません。
 
昨日、「風の中にふかれ」という表現を読んだとき、まるで土手の上の草みたいと思いました(笑)
流れのままなんだな、と。
もりけんさんの最後の描写を読んだときも、一陣の爽やかな風に乗って、お父さんに遭いに行くのだなと思いました。
 
死は恐いものではないのだと思いました。
わたしたちは風のような存在なんだと・・。
 
わたしも15万円出してこの占いをしてもらいたいです。

[C2909] そういえば

風にふかれ、という表現は、きのうも読んでて、どういうイメージかなと思ってした。さわやかな感じかなあとか思ってました。でも、言われてみると、確かにもりけんさんの運命の本にも風の表現があって、流れのままっていうことの同じ意味が、しっくり来るなあと思いました。今日は自分も熱海に向かってます。
  • 2006/07/16-15:35:12
  • 投稿者 : リョウコ
  • URL
  • 編集

[C2908] 光と影の狭間で・・・

人間は光と影の狭間で揺れている風なのかもしれない
私であって私ではない
それでも私として生きてゆく風^^
それが≪自分・・・≫

「今このとき」にすべてを見る
「今このとき」のすべてを抱擁し
「今このとき」の私を愛する
そして溢れるほどの≪未来に於ける欲≫を欲する

欲を欲してこその生身かな^^

この間施術中に出会った幽体は語っていた

  憤りに身をくねらせた日々こそ^^なつかしい
  生きているとはそのすべてが「ぬくもり」である
  あと少しすると私の人間らしさも消えてゆく^^
  苦しみが懐かしい・・・
  死は開放
  開放こそ≪苦≫であるのかもしれない
  「限り・縛り」に救われていたのかもしれない
  そのときが来れば見渡せる^^
  だから今は^^この時を見よ
  生き急ぐな・・・
  死に急ぐな・・・
  生きているとは素晴らしき時間鳴り

これが正しいのか?浅はかなる悟り気取りなのか?
選択は自由だ^^

ただ私は沙羅に
≪欲をかく事の素晴らしさ≫を噛み締めた
≪今を生きていることの切なさ≫を噛み締め
「今このとき」に感謝した^^

ひとはそれぞれ^^
あなたの道を歩くだけ・・・

    花蒔き地蔵^^恋海月

[C2907] 運命は決まっていても一生懸命に生きるしかない・・と思わないでしょうか?

3次元では。。かたや。。宗教説を唱えながら。。生まれながらに。。奴隷制や。。戦禍に巻き込まれたりするわけで。。なんだかんだ。。矛盾してる様な気がしまっすうう。。かといって。。タイガーランドをみると。。戦争強いられる人にも。。すごい。。葛藤があったりするわけで。。ここはやはり。。もりけんさんのいう時空解明にむいて。。すべて。。あるがままで向かってる的に。。おもったほうが。。そうして。。シフトアップで。。全体の快度アップしたほうが。。効果ありそうな気がしたりしますううう。。。わたしてきな快でいっても。。そんなにいろいろできるはずもないし。。。諦め的に生きてるようでもあるけど。。。これしかないてきに生きてるようでもあり。。なんだかチョイ浮遊感が。。なんだか。。きもちいい♪♪
自分自身がランダム的だし。。。最近は。。3次元の事象すらもや~~っとして。。○┼< バタッ・・・・・
  • 2006/07/16-15:26:41
  • 投稿者 : バニー
  • URL
  • 編集

[C2906] >運命は決まっていても一生懸命に生きるしかない・・と思わないでしょうか?

  
ここ最近、これは特に強く感じます。
  
どこまでいっても運命を支配することなんてできません。
結局決められたとおりに生きるしかありません。
全くの無抵抗状態が変わることはありません。
  
だとすればいくら運命の解明が進んだところで、生き方自体は従来と変わり得ないし、結局こういうスタンスで生きていかざるを得ないのだと強く強く感じます。
  • 2006/07/16-15:24:37
  • 投稿者 : aka
  • URL
  • 編集

[C2905] でももしもあなたが私だとして、これを読んだとき、なにかホッとするものを感じないでしょうか?

ほっとしました。
さらにもりけんさんの言葉にほっとしました。
自分を通り過ぎる風がここちいいなあと感じました。
すこし涙がでました。
運命がこんなふうにいとおしく思えたことはありませんでした。
風のままに、流れのままに、ぼくはぼくで、このままのぼくでいいんだと思いました。
  • 2006/07/16-15:16:51
  • 投稿者 : ごっつ
  • URL
  • 編集

[C2903]

運命の仕組みがどうなっているか考えているとき、自分はデータを処理するとか
分類するとか、そういう感覚で考えていることが多いです。
 
それは間違っているわけではないのだと思います。
ただそれはあくまで視点の一つでしかない。だからそのことを忘れてはいけない‥
 
本物のアガスティアの葉の詩のような文章を読んで、そんな気持ちになりました。
 
> そしてこれを読んだとき、運命は決まっていても一生懸命に生きるしかない・・と
>思わないでしょうか?
 
本物のアガスティアの葉に書かれているもりけんさんの運命の中には、楽しいこ
とも苦しいこともありました。それはたぶん誰の運命であってもそうなのだと思
います。
 
苦しい未来は怖いです。出来るものなら避けたい。。。
だからといって自分の運命を否定したくありません。
苦しい時にはたぶん思いきり無様な姿をさらします。楽しい時には調子に乗ると
思います。
 
それでいいんだと思います。
 
運命というのは、私といつも一緒にいるパートナーのように思えてきました。
決して離れることなく、風の中を一緒に流れるのかもしれません。
  • 2006/07/16-14:55:19
  • 投稿者 : ぷく
  • URL
  • 編集

[C2902] > 何か、血が通っていました。

コメントをどうぞ
  • 2006/07/16-14:54:29
  • 投稿者 : ぷく
  • URL
  • 編集

[C2901] まず中国は日本に比べて1時間ビハインドですから

日本時間の18時を中国時間に直しているのだと思いました。おそらく外国の依頼人を占ったことはあまりないのかもしれません。しかし中国も国土が広いため父母の出生年月日で時差がある場合は、最初に調整しているのだと思います。生まれた時刻を聞かれたら、地球の裏側で生まれても、それが中国時間で何時だったかを答える必要があるのでしょう。

黙示録的詩的表現は時空を飛び越える普遍性につながると思います。このようなビジョンを見て自由な世界に飛び立つ(そしてそれを書き残す)ということが800年前の中国で悪いことや異端とされていなかったのか不思議に感じました。物事には系譜というものがあるはずです。中国におけるこのような黙示録的なビジョンの系譜というものを知りたいと思いました。
  • 2006/07/16-14:32:17
  • 投稿者 : ナイル
  • URL
  • 編集

[C2900] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

生まれた時間で家族の生まれた年、子供の数、配偶者の姓までわかってしまう(決まっている)という事にとても驚きました。また、1年1年も決まっていて、死ぬ日も決まっている。。
とても、正確に分かるその占いで自分の人生もみてもらいたいと思いました。死ぬ日がいつかということも知りたいと思いました。
もしかしたら、今より、充実した人生を送れるかもと思ったりします。

[C2899] 本物のアガスティアの葉に出会って・・

10年くらい前に、青山圭秀さんの著書「アガスティアの葉」を
読んだ時も、静かに深く感動したことをよく覚えています。
20歳で恋につまづいた時に「運命」を、考えるようになりました。
続編の「サンカルパ」を読んだ時はさらに・・「運命って・・」と、
言葉が出ないほど考えさせられ、またとても感じ入りました。
著者も、カルマ解消の儀式のようなものをしていたと思います。
でも私にとって「カルマの解消」そのことはあまり深い関心事では
ありませんでした。こわい、とか考えただろうか・・。覚えていません。
それよりも、心に秘めていた好きな人と最後には結ばれる・・とゆう処に
すごくすごく感動していました。運命の人がいる・・それだけで嗚呼
よかった・・その先は考えませんでした。
そして今、相変わらず、私自身が自分で体感したものではありませんが
「800年前の古文書」の情報で・・胸の奥が震えるような思いがしま
した。
私の人生もこんな風に物語のようなんだ・・。
私の隣の人も、雨のしずくも、風に揺れる木の葉も、全部。
ひとつひとつに生命が吹き込まれていて、ひとつひとつに物語があるんだ
そう思ったら、泣けてきました。
私は私を生きよう、そう思いました。
生まれるずっと前から、宇宙のはじまりとつながっている私の運命。
深い安心を感じました。ひとりで泣いて、悲しくて悲しくて「もーーー」
とゆう時間が終わったような感じがしました・・。
でも「なんでそうなのかな・・?」とゆうことが、私をまた動かします。
何かに出会うたび、新しい「?」が生まれてもっともっとイキたくなり
ます(爆)今、この瞬間も・・一体何が、なんでこんな風になっている
のか・・大きなものにすっぽり包まれているような、そんな感じがしま
した。





[C2898] 運命と感情

方程式には感情がないように、運命も感情は必要ないのかもしれないと思ったりもしました。 
人が死んで悲しいとか、子どもが生まれてうれしいとか 
一般論では当たり前の事でも、人によって感じ方は逆転します。
でも人間の動きは感情に左右される事も多く
運命の中に感情は織り込み済みという事なのだと思いました。
だから占いの結果のとき、感情を表現される事はないのだと思ってましたが
この占いは違いました。
悲しいとか楽しいとかがあって、とても広がりのある表現がされています。 
なんか、本当に人生なんだな…って思いました。 
 
運命が決まっていても一生懸命生きるしかないというのは 
本当にそうだと思います。

[C2897] >、風のままに、流れのままに、つまり「自由」だと思いませんか?』

いま涙がきてます。どうしてここにほしかったものが落ちてるのかわかりません。本を読んだときには気付きませんでした。今日この日だから涙が出るんだと思います。

>この古文書を書いた人は、理科系であり、文化系であったと思います(笑)。 そして運命を、とても肯定している人だと思いました。
昨日メインをよんでなんて優しい詩なんだろうと思いました。私は自分の運命に感謝します。あの日あそこで読んだことが…どんな人生かはわからないけれど…最大の贈り物になるかもしれないと思います。そしていつもこれでいいんだって思います。「私」 が自由なんだな…なんても今思いました。

[C2896] >「風」という言葉が出てきます。

「風」という言葉が二回出てきたと思います。
どちらも印象的でした。
強い風ではなく、やさしく、涼やかな風なのだろうと思いました。
 
竹のように青い運命、、、
日暮れに鐘の音が聞こえて、夢のように、、、
 
詩的な表現です。
それが、時空の言葉なのかと思います。
 
自分のこれまでの人生やこれからの人生ををこんな言葉で表現されたら、泣けてしまいそうです。
もっと、時空と向き合いたいと思えてきます。

[C2895] >本物のアガスティアの葉に出会って・・

>これを読んだとき、なにかホッとするものを感じないでしょうか?
はい、投獄のことも書いてあるというのに最後まで
安心感がありました。
それは文章の中の夢のようにと似てるかもしれません。運命を肯定して一生懸命生きるって楽じゃないけれどでもそれしかないのだと思いました。
もりけんさんの最後の場面はなぜかあさきゆめみしの
最後が思い出されてしまいました。涙が出ました。

風のように今日も調査のもりけんさん、軽やかで爽やかな風だと思いました^^


  • 2006/07/16-10:43:54
  • 投稿者 : Ciel
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

新規
投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

0件のトラックバック

トラックバックURL
http://fushigikenkyujo.blog62.fc2.com/tb.php/87-7cbf75d9
この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

Appendix

くろこ

プロフィール

森田健(もりけん)

Author:森田健(もりけん)
もりけんブログへようこそ。
楽しんでいって下さい。

■無料会報誌「不思議の友」について
森田健が実際に足で歩いて遭遇した出来事を皆さんに報告する場として「不思議の友」という無料会報誌を出版しています。
この本は、読んでいただけるだけで嬉しいです。
でも、何か意見を返してくれるともっと嬉しいです。
不思議なことに興味がある方、不思議なことを解明したい方、または新しい生き方を見つけたい方のためのものです。
最新号は常に無料でお送りしています。
新しくお申し込みの方はこちらからどうぞ


最新号「不思議の友15」が届いていない方。
以前不思議の友が何度かお手元に届いた方で、この号が届いてないという方
は、


●03-3378-9845
●平日10:00~12:00、13:00~18:00

にお電話下さい。
その際「ブログを見た」と言っていただけると嬉しいです。

最近の記事

最近のコメント

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

たまちゃんカップ時計

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。