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-件のコメント

[C4116] >本は本来、概念を問うもの

著者の個性が出てしまう本というのは魅力がないということかと思いました。
結局は自慢話になっているのかと思いました。
読者は自分がこうなりたいと思っていれば、そのテーマにあった本が自分にとってHOWの役割になるだろうと思って読んでいるのだろうと思います。
概念の問いというは著者自身のことを書くことはほとんどないのではないかと思います。
概念から飛躍するHOW本よりかは、まだ、学生が研究したデータで考えを発表する卒論のほうが魅力があるのかも知れないと思いました。

[C3608] 概念ありき・・

確かにもう出来上がってしまっている概念に
上乗せしているようなものを読んでも、何も変わらないと
思います。
真新しい考えだとしても、今までにない視点だとしても
概念が一緒なら、きっと変わらない・・。
なるほどな~と思います。
根底をなすものは、上位の世界での一面しか捉えていない
ものだったりするかもしれないのに・・
概念そのものを考える・・というのはとても大事なことだと
改めて思いました。
  • 2006/08/29-22:04:19
  • 投稿者 : まる
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[C3554] >読んでも、ほとんど実にならない

本についてレスを入れてからずっと気になっていました。それでも私は結構本を読んでいるなと。もりけんさんがここで言う本とは何かに役立つ目的で書かれたちゃんとした本なのではないかと思います。

私が暇な日曜日にどんな本をどんな読み方で読んでいるかということを観察してみると、これが確かにほとんど実用的ではない本を「ほとんど身にならない」読み方で読んでいることに気がつきました。

「何のために読むんだろう」と考えてみると、私は本を感動するために、そしてただそれだけのために、読んでいるようです(爆)。しいていえば、何かに感動して、心を柔軟にするためです(爆)(爆)。

作者の経験のみにたよってかかれた生き方本、自伝モノ、エッセイ、生き方本、小説など、私の本箱には、自分としては、とてもはずかしくて人には見せられないような本も並んでいます。

映像ではなく、私にはなぜか本で感動をしたいという欲求があります。「読んでもほとんど実にならない」のですが、一冊の本を手に取り、書いた著者と対話しながら読むのが好きなのだと思いました。
  • 2006/08/27-20:43:31
  • 投稿者 : ナイル
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[C3454] 本を書き始めた理由は、

本は、だいたい要約すれば、ワンセンテンスくらいだと言うことが、速読の本なんかに、書いてありました。
それを、言いたい!のが、本を書き始めた動機だと思います。(あと、問いをもったという動機もあるかもしれません)

でも、本は常識としては、数十~数百ページあるのが、普通だと思います。

たったワンセンテンスでは売り物にならないから、それにたくさん「例」とかを積み重ねて、1冊にするんだと、思います。

すると、概念については、さっと過ぎてしない、そこから派生したり膨らました例のような内容ばかりがズラーっと並んでいることが多いように思います。
それは、その最初の概念が「正しい」とうらづけるのに、すごい労力をかけている状態だと、思います。

でも、概念をたくさん語る本があったら珍しいですし、おもしろそうです。メインコーナーのように全編で概念という底辺で、ずっと右行ったり、左行ったりする本になるかもしれません。

まったくの余談ですが、人間が他人の話を集中して聞けるのは、たった19秒なのだそうです。
つまり、たったワンセンテンスしか集中して聞けないということです。

  • 2006/08/23-01:39:16
  • 投稿者 : テクノン
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[C3428] >本は本来、概念を問うもの

元々、本をよく読むほうではありませんでしたが、当時持っていた自分の趣味に関する本や、家事に関するハウツーだとか、ちょうど、もりけんさんのHPに出会ったあたりは、精神世界系や、癒し系!?の本などをまあまあ読みました。
でも、みな一時的にそういう気分になるだけで、だから何・・というものばかりだと、今になって思います。

もりけんさんを知ってからは、一時はかなりあった、もりけんさん以外の人の本はほとんどなく、あるのは知り合いが出したとかでおいてあるものだけになってしまいました。
それでも何の不自由もないし、毎日HPの活字を追うので必死です(汗)
今までは何時間でも本屋さんにいれたけど、今は本屋さんに行っても、手に取ろうと思う本がない状態です。

実は、もりけんさんを知ってからも、ハウツーモノに一瞬目がくらみ、アマゾンで買ったことがあります。
でも・・1回読んで・・それも最後の方は飛ばし読みで・・そして・・捨てました。あっさりと。
ハードカバーの本を捨てるのは、ちょっと・・と思ったけど、もう、古本屋にもっていく気力も湧かないほどでした。
やっぱり買わなきゃよかった・・と、決まっていたこととはいえ、買ったことを後悔しました。
ぜんっぜん面白くない・・・。


本は、答えを書くもの、人に何かを教えるもの、伝えるもの・・そういうのが、書き手にも読み手にもあるのではないかと思います。

それに、本の出版には、自費出版でない限り、その出版社の意向が相当入るということを、知り合いが出版する時に初めて知りました。
こういう方向で書いてくれ、と最初にいわれ、ある程度できたものを見せた時に、一回目はほとんど却下になったとか。
これでは、作者が書いているというより、出版社にかかされてるようなもんだなあ、と思いました。
すべての本がそうではないかもしれないけど、このことがあったので、もりけんさんと、編集者さんの本についてのやり取りは、いつも、ほんとにすごいと思っています。
出版社の意向どころか、話し合いによって、もりけんさんから、さらにいろんなものを引き出している感じがするからです。


「本を読むのはいいことだ。」というのも、一般的な常識になっていると思います。
少なくとも、私はそう思ってきました。
でも、概念(下位の問いに関わることがら)について書かれている、また概念を問うもりけんさんの文章を知ってからは、その常識に対して、本当にそうだろうか・・と思っています。


表題にあるように、「本は本来概念を問うもの」だとすれば、今、巷に溢れている本は、本来の姿ではないということになります。
積み上げることやハウツーに、人の興味がなくなったら、本は本来の姿になるのかな・・と想像しました。

[C3410] >本は本来、概念を問うもの

 
ほとんどの作家は(自分もそうですが)、根底となる概念自体を問うことがないので、それが本のテーマになるということに気がつかないのではないかと思います。
概念は前提であり、それにプラス何を書くか(ハウツー)になってしまうのでしょう・・。
だから、前提である概念を崩すとかその過程を考えるとかそういうことがないのだと思います。
  • 2006/08/20-12:58:48
  • 投稿者 : くるみ
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[C3397] >本は本来、概念を問うもの

無人島に持っていく本、1冊、2冊、3冊は・・と考えたことがあります、どっかのコピーに乗せられて。
好きな女性作家の数冊を思っていたのですが、読書というのは好きなだけ読み込むことで満足できるものではなさそうに思います。
読んで感じたことは、必ず誰かにしゃべりたくなると思います。
そこで相手からも意見など聞けたら言うことナシだと思います。
だからもりけんさんのサイトは面白くって離れがたくて、その辺の本を読むことにならないのだと思いました。
  • 2006/08/19-14:53:55
  • 投稿者 : ゆくえ
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[C3395] >本は本来、概念を問うもの

なぜ、そこにたどり着いたかは結局わからずじまいの本は多いと思います。
それがわからないから方法論も実感できないで話題になっているから一応読んだになってしまっていました。
ミーハー的ですが話題になっているから何かあるのかと本を読んでましたが実に成っていることは無いと思いました。
作家の方が概念を問うこと自体難しいと思っているか概念に攻めることができないでいるからそういう本が少ないのかなと思いました。
概念が上っ面だから問えるところまで行かないように思います。
  • 2006/08/19-13:48:17
  • 投稿者 : 小町
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[C3390] >概念を問うもの

概念を問う行為は、なんか始まりについて戻っていく印象があります。
 
今書店で買われている本は始まりというよりゴールや答えを求められているという気がします。
 
しかし答えのある本を読んでも私自身ぐっときません。あーそう・・・で終わります。
 
概念を問うていくと、ゴールなんか設定するのがバカらしくなってきます。

だから最近あまり本を読んでいません・・・

[C3388] >本は本来、概念を問うもの

 本というものは文字メディアです。文字によって考えや思いを他者に伝達するものです。伝えたいテーマがあるのであれば、特定の相手を限定したものでさえ、その内容の根底を成すべき考えを掘り下げて、そしてそうなったプロセスを伝える側に伝えるべきであると思います。お互いがわかったようなつもりで、データなどを元に確認事項を確認されてない表現は、ひとりよがりで著者と読者が本を通して対等になるということを念頭にいれず、閉ざされたなかでだけの、内輪うけのネタのようになってしまうと思いました。きちんとした概念の根底とプロセスという手続きは、読む側を視野にいれコミュケートしようという意志が伝わってきます。そういうものは、特定の読者を対象としたものでも不特定多数の対象へと拡散して普遍性や根源を問うものになるのではないかと思いました。会ったこともないまだ見ぬ「あなた」とつながるためには、端折ってはいけない手続きだと思いました。
  • 2006/08/19-11:05:53
  • 投稿者 : yk
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[C3384] 本は本来、概念を問うもの

そう思います。
どんどん掘り下げていったら・・下位の問いにぶちあたる
はずです。
今まで私が手にした本のほとんどが、下位の問いまで
問いを掘り下げていっているものはありません。
切り口は、何でも良いのだと思います。
でもそこから掘り下げて考えている人は少ないと
思います。
いや・・いるとは思います(汗)ですが、それはそれで・・
重みのある本のコーナーに行かないとイケない気がします(汗)
私がもりけんさんの本に遭遇した時は、欲望に忠実なわたしが
吸い寄せられました。なんか変わりたかったはずです。
下位の問いなんか持ってなかった私が、本の方から問われた
ような気になりました(汗)
そして、答えを探す人生から問いを持つ人生に変化したように
思います。
いきなり根底の部分を揺るがされました。
でも今は、ほんとに良かった・・と思います。

[C3382] >本は本来、概念を問うもの

最近まで政治の本等よく読んでいました。
でも、概念の説明に終始し、概念自体を「なんでそうなるの?」と問う本には中々(ではなくて全然)出会えません。世の中はこうなってるのだぞ、とは教えようとしても、何故そうなっているのかは中々(ではなくて全然)教えてくれません。おそらく大抵の著作家は問う段階になると筆が止まってしまうものかと思います。
  • 2006/08/18-22:19:09
  • 投稿者 : おかだ
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[C3381] >本は本来、概念を問うもの

本は役に立たないと、言えるほどたくさんの本は読んでいませんので偉そうには言えませ
んが(汗)、それでももりけんさんの本家HPに書き込みするようになってからは、すっか
り本を読まなくなりました。
もりけんさんが365日頭の中で考えていることを表出したリアルタイムでの書き込みを
超えるほどの魅力を本からは感じないからです。
だれも人間の存在そのものを問うことは書いていなくて、みんな答えばっかり書いていま
す。
そして私こそは答えをもらってばかりで、一時的な満足を繰り返してはごまかして生きて
きました。
問い続けたまま山頂を目指さず、途中の中途半端なままの本は書く人がいないのは、買う
人もいないからなのかなあと思いました。
  • 2006/08/18-21:42:43
  • 投稿者 : イーキン
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[C3380] >本当はそれをもっと書くべきだと思います。

 
出来上がった過程や根拠を読むのと、出来上がりを読むのは全然違うと思います。
 
出来上がったものはまさにノウハウで、理由なんてわからなくていいから、ただ真
似すればいいんだよということだと思います。
でももしそれで何か結果が出ても何が起こったのかわからないままだし、結果が出
ない時にはガッカリしてそのノウハウを捨てて終わりです。
 
でも出来上がった過程や根拠を読むのは、体験をするようなものだと思います。
どうしてそういう概念が生まれたのかを知っていれば、理由がわからないままとい
う事にはなりません。
たとえノウハウとして使って結果が出ても出なくても、もうそんなことはかまわな
いという気持ちになるかもしれません。このことがもう変化なのかもしれません。
  • 2006/08/18-20:27:48
  • 投稿者 : ぷく
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[C3379] >本は本来、概念を問うもの

本屋に行くと、ありとあらゆる方面からの探求結果を書いた本が、売るほど(汗)陳列されています。
たいして読んでもいないのに、こう言っては何ですが、
長年の人生を振り返り見ると、本を読んで実になったと実感することは、とても少ないです。

「実効性のないものは、時間の経過の中で必ず風化する」の思いが強いです。
風化に唯一太刀打ち出来るのは、出発点、原点をどこまで深く追い求めて行くかにあると思いました。

[C3376] >本は本来、概念を問うもの

本を読む側の自分も、概念が既に議論や疑問の差し挟む余地のない、出来上がったもの、決定的で絶対的なもの、として最初から捉えていたことに気が付かされます。
どうして、こういう概念が出来たのか、どんな風に出来たのか、それが分かれば、その概念が有効かどうか、が見えてくると思います。
やっぱり、これも根っこ、根底をなすもの、下の部分、なのですね。大事なのは、本当にいつでも、見えない根っこの部分なのですね。
方法論は、根っこが分かって、初めて見えてくるのも、人から最初に与えられるものなどでは、全くないのだな、と思います。
  • 2006/08/18-14:42:59
  • 投稿者 : ぱらむ
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[C3375] パクるという観点から

一番枝分かれした最後の具体的なアイデアのほうがパクりやすいと思います。でも人のものをとってきただけでは役にたつかどうかはわかりません。パクるのであればそれをじっくり自分で深化させる必要があると思いました。そうしないと概念から人間のほうが大事にされません。。。
  • 2006/08/18-14:31:05
  • 投稿者 : ナイル
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[C3374] >
 それが出来上がった過程だとか根拠は、あまり書かれません

>概念というのは、根底をなすものだと思います。
  
なんか思ったのですが、みんな自分が誰なのか記憶喪失な世界で焦り過ぎなのかもです。(私ももちろん)誰だかも分んないのに…アナタは世界の端(自分の起点)を見た事があるのですか、私はありません、ってカンジです。もしも方法論として確固たるものが…万が一あるのなら、逆にそっからなんで確固たりえるのか探ってみなきゃです。もしかしたら自分の素性がエラーしてかくれてんのかもしれない。
概念が根底をなすならばやはり「私は誰」…だと思います。誰だかもわかんないのに語り合ってもなにもでない気がします。
でも…↑エラソ~に書くのがはずかしい。見てるだけだから。こればっかりはドカーンとこないとホントだといえない。(←私は)こんなニブい奴ですが、サイトのどっかに参加してます。運命にぶった切られるまでよろしくお願いします(汗)…なにが書きたいのかわかんなくなりました。…(ははは 汗)

[C3373] 概念というのは、根底をなすものだと思います。

ここの所は。。もひとつよくわかりません。。代替不可能部分と。。可能部分があるかなあと。。わたしてきにはおもいまっすうう。。相沖関係がコレだけ強いのは。。主従関係の制御のほかにも。。何らかのルールが存在するのかも~~。。また。。外との現象への対応などにも。。関係してたりするのかなああ。。そう考えると。。
ジグソーパズルの1画の1ピースなので。。ピッタシ合った時の快感に勝るものはないのでは~~♪♪とおもいまっすううう。。。
  • 2006/08/18-12:05:15
  • 投稿者 : バニー
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[C3372] 概念ありきですらない本が大部分

本はたしかにほとんど役にたちません。だからそこから何かを学ぼうとは考えてはいないです。内容もどうでもいいのかもしれません。作者の思考の過程が刺激的であればそれでいいのだと思います。どんな本にも業務上の秘密は書いていないのだと思います。反面、一番大事なビジネスモデルの作り方を伝授しようと思っても人が集まらないというようなことを神田さんがどこかで述べられていたのを思い出しました。速効性のあるソリューションを受け手も求めているという問題もあるのだと思います。反面、概念から組み立てていったら、そのノウハウは、他人に好きなようにパクられなくなるのではないかと思いました。
  • 2006/08/18-11:58:03
  • 投稿者 : ナイル
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[C3371] >本は本来、概念を問うもの

>概念というのは、根底をなすものだと思います。

概念ができあがった過程や根拠は、
データも基づくものなのだと思いました。

なので、データをうやむやにした概念は、
砂上の楼閣のようなものであり、
実にならないのだと思いました。


  • 2006/08/18-11:23:19
  • 投稿者 : あかり
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[C3370] >本は本来、概念を問うもの

言われてみれば。。ではありますが。。概念が出来上がった過程とか根拠とか知らずに方法論が書かれていることを信じるということは盲信ってことになると思います。
書いてる人は人間です。間違う事もあると思います。だから、その過程や根拠を知る事は重要だと思いました。

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本は本来、概念を問うもの

 
 大概の本は、概念ありき・・です。
 それが出来上がった過程だとか根拠は、あまり書かれません。
 概念の上に積み重なる方法論が書かれます。
 だから読んでも、ほとんど実にならないのだと思います。
 
 概念というのは、根底をなすものだと思います。
 本当はそれをもっと書くべきだと思います。
 
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22件のコメント

[C4116] >本は本来、概念を問うもの

著者の個性が出てしまう本というのは魅力がないということかと思いました。
結局は自慢話になっているのかと思いました。
読者は自分がこうなりたいと思っていれば、そのテーマにあった本が自分にとってHOWの役割になるだろうと思って読んでいるのだろうと思います。
概念の問いというは著者自身のことを書くことはほとんどないのではないかと思います。
概念から飛躍するHOW本よりかは、まだ、学生が研究したデータで考えを発表する卒論のほうが魅力があるのかも知れないと思いました。

[C3608] 概念ありき・・

確かにもう出来上がってしまっている概念に
上乗せしているようなものを読んでも、何も変わらないと
思います。
真新しい考えだとしても、今までにない視点だとしても
概念が一緒なら、きっと変わらない・・。
なるほどな~と思います。
根底をなすものは、上位の世界での一面しか捉えていない
ものだったりするかもしれないのに・・
概念そのものを考える・・というのはとても大事なことだと
改めて思いました。
  • 2006/08/29-22:04:19
  • 投稿者 : まる
  • URL
  • 編集

[C3554] >読んでも、ほとんど実にならない

本についてレスを入れてからずっと気になっていました。それでも私は結構本を読んでいるなと。もりけんさんがここで言う本とは何かに役立つ目的で書かれたちゃんとした本なのではないかと思います。

私が暇な日曜日にどんな本をどんな読み方で読んでいるかということを観察してみると、これが確かにほとんど実用的ではない本を「ほとんど身にならない」読み方で読んでいることに気がつきました。

「何のために読むんだろう」と考えてみると、私は本を感動するために、そしてただそれだけのために、読んでいるようです(爆)。しいていえば、何かに感動して、心を柔軟にするためです(爆)(爆)。

作者の経験のみにたよってかかれた生き方本、自伝モノ、エッセイ、生き方本、小説など、私の本箱には、自分としては、とてもはずかしくて人には見せられないような本も並んでいます。

映像ではなく、私にはなぜか本で感動をしたいという欲求があります。「読んでもほとんど実にならない」のですが、一冊の本を手に取り、書いた著者と対話しながら読むのが好きなのだと思いました。
  • 2006/08/27-20:43:31
  • 投稿者 : ナイル
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[C3454] 本を書き始めた理由は、

本は、だいたい要約すれば、ワンセンテンスくらいだと言うことが、速読の本なんかに、書いてありました。
それを、言いたい!のが、本を書き始めた動機だと思います。(あと、問いをもったという動機もあるかもしれません)

でも、本は常識としては、数十~数百ページあるのが、普通だと思います。

たったワンセンテンスでは売り物にならないから、それにたくさん「例」とかを積み重ねて、1冊にするんだと、思います。

すると、概念については、さっと過ぎてしない、そこから派生したり膨らました例のような内容ばかりがズラーっと並んでいることが多いように思います。
それは、その最初の概念が「正しい」とうらづけるのに、すごい労力をかけている状態だと、思います。

でも、概念をたくさん語る本があったら珍しいですし、おもしろそうです。メインコーナーのように全編で概念という底辺で、ずっと右行ったり、左行ったりする本になるかもしれません。

まったくの余談ですが、人間が他人の話を集中して聞けるのは、たった19秒なのだそうです。
つまり、たったワンセンテンスしか集中して聞けないということです。

  • 2006/08/23-01:39:16
  • 投稿者 : テクノン
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[C3428] >本は本来、概念を問うもの

元々、本をよく読むほうではありませんでしたが、当時持っていた自分の趣味に関する本や、家事に関するハウツーだとか、ちょうど、もりけんさんのHPに出会ったあたりは、精神世界系や、癒し系!?の本などをまあまあ読みました。
でも、みな一時的にそういう気分になるだけで、だから何・・というものばかりだと、今になって思います。

もりけんさんを知ってからは、一時はかなりあった、もりけんさん以外の人の本はほとんどなく、あるのは知り合いが出したとかでおいてあるものだけになってしまいました。
それでも何の不自由もないし、毎日HPの活字を追うので必死です(汗)
今までは何時間でも本屋さんにいれたけど、今は本屋さんに行っても、手に取ろうと思う本がない状態です。

実は、もりけんさんを知ってからも、ハウツーモノに一瞬目がくらみ、アマゾンで買ったことがあります。
でも・・1回読んで・・それも最後の方は飛ばし読みで・・そして・・捨てました。あっさりと。
ハードカバーの本を捨てるのは、ちょっと・・と思ったけど、もう、古本屋にもっていく気力も湧かないほどでした。
やっぱり買わなきゃよかった・・と、決まっていたこととはいえ、買ったことを後悔しました。
ぜんっぜん面白くない・・・。


本は、答えを書くもの、人に何かを教えるもの、伝えるもの・・そういうのが、書き手にも読み手にもあるのではないかと思います。

それに、本の出版には、自費出版でない限り、その出版社の意向が相当入るということを、知り合いが出版する時に初めて知りました。
こういう方向で書いてくれ、と最初にいわれ、ある程度できたものを見せた時に、一回目はほとんど却下になったとか。
これでは、作者が書いているというより、出版社にかかされてるようなもんだなあ、と思いました。
すべての本がそうではないかもしれないけど、このことがあったので、もりけんさんと、編集者さんの本についてのやり取りは、いつも、ほんとにすごいと思っています。
出版社の意向どころか、話し合いによって、もりけんさんから、さらにいろんなものを引き出している感じがするからです。


「本を読むのはいいことだ。」というのも、一般的な常識になっていると思います。
少なくとも、私はそう思ってきました。
でも、概念(下位の問いに関わることがら)について書かれている、また概念を問うもりけんさんの文章を知ってからは、その常識に対して、本当にそうだろうか・・と思っています。


表題にあるように、「本は本来概念を問うもの」だとすれば、今、巷に溢れている本は、本来の姿ではないということになります。
積み上げることやハウツーに、人の興味がなくなったら、本は本来の姿になるのかな・・と想像しました。

[C3410] >本は本来、概念を問うもの

 
ほとんどの作家は(自分もそうですが)、根底となる概念自体を問うことがないので、それが本のテーマになるということに気がつかないのではないかと思います。
概念は前提であり、それにプラス何を書くか(ハウツー)になってしまうのでしょう・・。
だから、前提である概念を崩すとかその過程を考えるとかそういうことがないのだと思います。
  • 2006/08/20-12:58:48
  • 投稿者 : くるみ
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[C3397] >本は本来、概念を問うもの

無人島に持っていく本、1冊、2冊、3冊は・・と考えたことがあります、どっかのコピーに乗せられて。
好きな女性作家の数冊を思っていたのですが、読書というのは好きなだけ読み込むことで満足できるものではなさそうに思います。
読んで感じたことは、必ず誰かにしゃべりたくなると思います。
そこで相手からも意見など聞けたら言うことナシだと思います。
だからもりけんさんのサイトは面白くって離れがたくて、その辺の本を読むことにならないのだと思いました。
  • 2006/08/19-14:53:55
  • 投稿者 : ゆくえ
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[C3395] >本は本来、概念を問うもの

なぜ、そこにたどり着いたかは結局わからずじまいの本は多いと思います。
それがわからないから方法論も実感できないで話題になっているから一応読んだになってしまっていました。
ミーハー的ですが話題になっているから何かあるのかと本を読んでましたが実に成っていることは無いと思いました。
作家の方が概念を問うこと自体難しいと思っているか概念に攻めることができないでいるからそういう本が少ないのかなと思いました。
概念が上っ面だから問えるところまで行かないように思います。
  • 2006/08/19-13:48:17
  • 投稿者 : 小町
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[C3390] >概念を問うもの

概念を問う行為は、なんか始まりについて戻っていく印象があります。
 
今書店で買われている本は始まりというよりゴールや答えを求められているという気がします。
 
しかし答えのある本を読んでも私自身ぐっときません。あーそう・・・で終わります。
 
概念を問うていくと、ゴールなんか設定するのがバカらしくなってきます。

だから最近あまり本を読んでいません・・・

[C3388] >本は本来、概念を問うもの

 本というものは文字メディアです。文字によって考えや思いを他者に伝達するものです。伝えたいテーマがあるのであれば、特定の相手を限定したものでさえ、その内容の根底を成すべき考えを掘り下げて、そしてそうなったプロセスを伝える側に伝えるべきであると思います。お互いがわかったようなつもりで、データなどを元に確認事項を確認されてない表現は、ひとりよがりで著者と読者が本を通して対等になるということを念頭にいれず、閉ざされたなかでだけの、内輪うけのネタのようになってしまうと思いました。きちんとした概念の根底とプロセスという手続きは、読む側を視野にいれコミュケートしようという意志が伝わってきます。そういうものは、特定の読者を対象としたものでも不特定多数の対象へと拡散して普遍性や根源を問うものになるのではないかと思いました。会ったこともないまだ見ぬ「あなた」とつながるためには、端折ってはいけない手続きだと思いました。
  • 2006/08/19-11:05:53
  • 投稿者 : yk
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[C3384] 本は本来、概念を問うもの

そう思います。
どんどん掘り下げていったら・・下位の問いにぶちあたる
はずです。
今まで私が手にした本のほとんどが、下位の問いまで
問いを掘り下げていっているものはありません。
切り口は、何でも良いのだと思います。
でもそこから掘り下げて考えている人は少ないと
思います。
いや・・いるとは思います(汗)ですが、それはそれで・・
重みのある本のコーナーに行かないとイケない気がします(汗)
私がもりけんさんの本に遭遇した時は、欲望に忠実なわたしが
吸い寄せられました。なんか変わりたかったはずです。
下位の問いなんか持ってなかった私が、本の方から問われた
ような気になりました(汗)
そして、答えを探す人生から問いを持つ人生に変化したように
思います。
いきなり根底の部分を揺るがされました。
でも今は、ほんとに良かった・・と思います。

[C3382] >本は本来、概念を問うもの

最近まで政治の本等よく読んでいました。
でも、概念の説明に終始し、概念自体を「なんでそうなるの?」と問う本には中々(ではなくて全然)出会えません。世の中はこうなってるのだぞ、とは教えようとしても、何故そうなっているのかは中々(ではなくて全然)教えてくれません。おそらく大抵の著作家は問う段階になると筆が止まってしまうものかと思います。
  • 2006/08/18-22:19:09
  • 投稿者 : おかだ
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[C3381] >本は本来、概念を問うもの

本は役に立たないと、言えるほどたくさんの本は読んでいませんので偉そうには言えませ
んが(汗)、それでももりけんさんの本家HPに書き込みするようになってからは、すっか
り本を読まなくなりました。
もりけんさんが365日頭の中で考えていることを表出したリアルタイムでの書き込みを
超えるほどの魅力を本からは感じないからです。
だれも人間の存在そのものを問うことは書いていなくて、みんな答えばっかり書いていま
す。
そして私こそは答えをもらってばかりで、一時的な満足を繰り返してはごまかして生きて
きました。
問い続けたまま山頂を目指さず、途中の中途半端なままの本は書く人がいないのは、買う
人もいないからなのかなあと思いました。
  • 2006/08/18-21:42:43
  • 投稿者 : イーキン
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[C3380] >本当はそれをもっと書くべきだと思います。

 
出来上がった過程や根拠を読むのと、出来上がりを読むのは全然違うと思います。
 
出来上がったものはまさにノウハウで、理由なんてわからなくていいから、ただ真
似すればいいんだよということだと思います。
でももしそれで何か結果が出ても何が起こったのかわからないままだし、結果が出
ない時にはガッカリしてそのノウハウを捨てて終わりです。
 
でも出来上がった過程や根拠を読むのは、体験をするようなものだと思います。
どうしてそういう概念が生まれたのかを知っていれば、理由がわからないままとい
う事にはなりません。
たとえノウハウとして使って結果が出ても出なくても、もうそんなことはかまわな
いという気持ちになるかもしれません。このことがもう変化なのかもしれません。
  • 2006/08/18-20:27:48
  • 投稿者 : ぷく
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[C3379] >本は本来、概念を問うもの

本屋に行くと、ありとあらゆる方面からの探求結果を書いた本が、売るほど(汗)陳列されています。
たいして読んでもいないのに、こう言っては何ですが、
長年の人生を振り返り見ると、本を読んで実になったと実感することは、とても少ないです。

「実効性のないものは、時間の経過の中で必ず風化する」の思いが強いです。
風化に唯一太刀打ち出来るのは、出発点、原点をどこまで深く追い求めて行くかにあると思いました。

[C3376] >本は本来、概念を問うもの

本を読む側の自分も、概念が既に議論や疑問の差し挟む余地のない、出来上がったもの、決定的で絶対的なもの、として最初から捉えていたことに気が付かされます。
どうして、こういう概念が出来たのか、どんな風に出来たのか、それが分かれば、その概念が有効かどうか、が見えてくると思います。
やっぱり、これも根っこ、根底をなすもの、下の部分、なのですね。大事なのは、本当にいつでも、見えない根っこの部分なのですね。
方法論は、根っこが分かって、初めて見えてくるのも、人から最初に与えられるものなどでは、全くないのだな、と思います。
  • 2006/08/18-14:42:59
  • 投稿者 : ぱらむ
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[C3375] パクるという観点から

一番枝分かれした最後の具体的なアイデアのほうがパクりやすいと思います。でも人のものをとってきただけでは役にたつかどうかはわかりません。パクるのであればそれをじっくり自分で深化させる必要があると思いました。そうしないと概念から人間のほうが大事にされません。。。
  • 2006/08/18-14:31:05
  • 投稿者 : ナイル
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[C3374] >
 それが出来上がった過程だとか根拠は、あまり書かれません

>概念というのは、根底をなすものだと思います。
  
なんか思ったのですが、みんな自分が誰なのか記憶喪失な世界で焦り過ぎなのかもです。(私ももちろん)誰だかも分んないのに…アナタは世界の端(自分の起点)を見た事があるのですか、私はありません、ってカンジです。もしも方法論として確固たるものが…万が一あるのなら、逆にそっからなんで確固たりえるのか探ってみなきゃです。もしかしたら自分の素性がエラーしてかくれてんのかもしれない。
概念が根底をなすならばやはり「私は誰」…だと思います。誰だかもわかんないのに語り合ってもなにもでない気がします。
でも…↑エラソ~に書くのがはずかしい。見てるだけだから。こればっかりはドカーンとこないとホントだといえない。(←私は)こんなニブい奴ですが、サイトのどっかに参加してます。運命にぶった切られるまでよろしくお願いします(汗)…なにが書きたいのかわかんなくなりました。…(ははは 汗)

[C3373] 概念というのは、根底をなすものだと思います。

ここの所は。。もひとつよくわかりません。。代替不可能部分と。。可能部分があるかなあと。。わたしてきにはおもいまっすうう。。相沖関係がコレだけ強いのは。。主従関係の制御のほかにも。。何らかのルールが存在するのかも~~。。また。。外との現象への対応などにも。。関係してたりするのかなああ。。そう考えると。。
ジグソーパズルの1画の1ピースなので。。ピッタシ合った時の快感に勝るものはないのでは~~♪♪とおもいまっすううう。。。
  • 2006/08/18-12:05:15
  • 投稿者 : バニー
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[C3372] 概念ありきですらない本が大部分

本はたしかにほとんど役にたちません。だからそこから何かを学ぼうとは考えてはいないです。内容もどうでもいいのかもしれません。作者の思考の過程が刺激的であればそれでいいのだと思います。どんな本にも業務上の秘密は書いていないのだと思います。反面、一番大事なビジネスモデルの作り方を伝授しようと思っても人が集まらないというようなことを神田さんがどこかで述べられていたのを思い出しました。速効性のあるソリューションを受け手も求めているという問題もあるのだと思います。反面、概念から組み立てていったら、そのノウハウは、他人に好きなようにパクられなくなるのではないかと思いました。
  • 2006/08/18-11:58:03
  • 投稿者 : ナイル
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[C3371] >本は本来、概念を問うもの

>概念というのは、根底をなすものだと思います。

概念ができあがった過程や根拠は、
データも基づくものなのだと思いました。

なので、データをうやむやにした概念は、
砂上の楼閣のようなものであり、
実にならないのだと思いました。


  • 2006/08/18-11:23:19
  • 投稿者 : あかり
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[C3370] >本は本来、概念を問うもの

言われてみれば。。ではありますが。。概念が出来上がった過程とか根拠とか知らずに方法論が書かれていることを信じるということは盲信ってことになると思います。
書いてる人は人間です。間違う事もあると思います。だから、その過程や根拠を知る事は重要だと思いました。

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